ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.57 >> (平11.5.20裁決、裁決事例集No.57 267頁)

(平11.5.20裁決、裁決事例集No.57 267頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が平成9年に譲渡した宅地に係る譲渡所得について、租税特別措置法第39条《相続財産に係る譲渡所得の課税の特例》第1項に規定する相続税額相当額を取得費に加算する特例が適用できるか否かを争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、課税分離長期譲渡所得の金額を62,573,000円及び納付すべき税額を13,643,200円とする平成9年分の所得税の確定申告書を法定申告期限までに原処分庁に提出した。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成10年5月29日付で課税分離長期譲渡所得の金額を61,880,000円及び納付すべき税額を13,362,700円とする更正処分をし、さらに、平成10年7月3日付で課税分離長期譲渡所得の金額を140,807,000円及び納付すべき税額を36,134,800円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)並びに過少申告加算税の額を2,742,000円とする賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ハ 請求人は、原処分について平成10年7月3日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は同年9月30日付で異議申立てを棄却する旨の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成10年10月29日に審査請求をし、原処分の全部の取消しを求めた。
 なお、原処分庁は、平成10年7月31日付で過少申告加算税の額を2,691,000円とする変更決定処分をした(以下、本件賦課決定処分は、この変更決定後のものである。)。

トップに戻る

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人及びD(以下「請求人ら」という。)は、昭和61年8月16日に死亡したE(以下「本件被相続人」という。)の共同相続人であるところ、本件被相続人の遺言の内容が請求人らに対して何らの財産も相続させないとするものであったため、請求人らはF、
G、H、J及びK株式会社(以下「Fら」という。)に対し、遺留分の減殺及び遺産範囲の確定を求め、W地方裁判所に訴訟を提起した。W地方裁判所は、平成4年6月26日、請求人らの主張を認め、Fらに対しP市R町5丁目1053番2所在の宅地1,411.57平方メートルほか2筆合計1,716.40平方メートルの共有持分(以下「本件宅地」という。)などの相続財産の所有権移転の手続をするよう命じた。その後、F及びJはW高等裁判所に控訴したが、これに対しW高等裁判所は、平成6年2月24日にその請求を棄却したため、F及びJは最高裁判所に上告した。これに対し最高裁判所は、平成8年9月26日その請求を棄却し、W地方裁判所の判決内容が確定した。
ロ 請求人は、上記判決の確定に伴って交わされた平成9年3月14日付の「相続人間の遺留分減殺の確定に伴う基本合意書」に基づき、本件宅地を取得するとともに本件宅地を同月末日限りでK株式会社に150,000,000円で譲渡した。
ハ 請求人は、本件宅地の譲渡に係る所得(以下「本件譲渡所得」という。)について、租税特別措置法(平成6年法律第22号による改正後のもの。以下「措置法」といい、同改正前のものを「旧措置法」という。)第39条第1項に規定する、相続税相当額を譲渡所得の計算をする際に取得費に加算する特例(以下「本件特例」という。)を適用して分離長期譲渡所得の金額を計算し、その計算に基づき平成9年分の所得税の確定申告書を平成10年3月11日に提出した。
ニ 請求人らが本件被相続人の死亡を知ったのは、被相続人の死亡日である昭和61年8月16日から2、3日後のことである。

トップに戻る

2 主張

(1)請求人

 請求人は、遺留分を侵害された者(以下「遺留分権利者」という。)として遺留分減殺請求権を行使し、遺留分減殺請求訴訟により本件宅地を取得した者であるが、遺留分を侵害していた者(以下「遺留分義務者」という。)が相続税法第32条《更正の請求の特則》に規定する更正の請求をしたため、遺留分権利者たる請求人も、その反射として同法第30条《期限後申告の特則》の期限後申告をすることを余儀なくされ、その税額を納付するために本件宅地を売却したのであり、このような場合においては、次のイ及びロのとおり措置法第39条第1項にいう相続税法第27条《相続税の申告書》第1項の「相続の開始があったことを知った日」は「遺留分減殺請求訴訟の判決が確定した日」と読み替え、措置法第39条第1項を適用すべきである。
イ 遺留分義務者は、相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日までの間に相続により取得した不動産を売却した場合、本件特例の優遇を受けられ、その後に遺留分権利者から遺留分減殺請求権を行使され、相続財産の返還を求められた訴訟に敗訴し、判決確定後に相続税法第32条の更正の請求をすることになっても、そのことによって、本件特例の優遇を受けて得た利益には何ら支障は生じない。
 これに対し、措置法第39条の規定をその文言のとおりに解釈するのであれば、遺留分権利者は、遺留分減殺請求訴訟で敗訴した遺留分義務者が相続税法第32条の更正の請求をした場合、その反射として同法第30条の期限後申告を余儀なくされ、判決により取得した不動産を売却し相続税を支払ったとしても、それが相続税の申告期限の翌日から3年を経過していれば本件特例の利益を受けることができない。
 また、原処分庁は、遺留分義務者について相続税法第32条の更正の請求を認める事由につき、同条第3号に「遺留分による減殺の請求があったこと」との規定があるにもかかわらず、これを文言どおりの解釈では遺留分義務者が更正の請求をしても税務上の最終処理が不可能であるとして、同号を「遺留分の判決が確定した時」と解釈しながら、措置法第39条第1項の解釈と適用においては相続税法第27条第1項の「相続の開始があったことを知った日」を「遺留分減殺請求訴訟の判決が確定した日」と読み替えることはできないとする。
 しかしながら、上記のように解釈すると、遺留分義務者が本件特例を受けることについて判決確定まで何年経過しても支障なく適用できるのと比較して、遺留分権利者を著しく不利益に扱うことになり、不公平、不平等である。そして、遺留分義務者が、自らは本件特例の優遇を受けておきながら、遺留分権利者の権利の実現を遅滞させ本件特例の優遇を受ける権利を喪失させたり、あるいは喪失の可能性を示して紛争を有利に解決することを助長することにもなり、相続税法と措置法の整合性も図れない。
ロ 遺留分権利者の遺留分減殺請求権を行使することによって実現される権利は、判決が確定するまでその権利の割合すら確定しないし、これを公示する手段もないのであって、遺留分権利者は、判決確定まで相続財産に対する具体的な使用、収益及び処分する権利を有しないのである。
 そして、上記イに述べたような法解釈を原処分庁がする限り、遺留分権利者は、遺留分義務者が相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日までの間に遺留分権利者の権利を認めるかあるいはそれまでの間に判決が確定して、取得した財産を譲渡するなどの処分ができない限り本件特例の予定する優遇を実現する手段が閉ざされてしまうこととなる。
 このような結果となる原処分庁の法解釈と法適用は、遺留分権利者から自身の行為責任によらない事情により本件特例を受ける権利を奪うことになり、それは「自己の意思による行為の自由とその行為による責任は自己が負う」という私的自治の原則を踏みにじるものであり、法の下の平等をうたう憲法にも違背する。

(2)原処分庁

イ 請求人は、昭和61年8月16日から2、3日後に本件被相続人の死亡を知るとともに、自己のために本件被相続人の権利義務を包括的に承継し得る地位を取得したことを知ったのであるから、相続税法(平成4年法律第16号による改正前のもの。)第27条第1項の規定により、本件被相続人の死亡を知った日の翌日から6月を経過する日が本件被相続人に係る相続税の申告期限となる。
 したがって、請求人の場合、本件特例が適用できるための最終譲渡日(以下「限界譲渡日」という。)は、旧措置法第39条第1項の規定により、当該申告期限の翌日から2年を経過する日となり、本件宅地は平成9年に譲渡されているから、本件譲渡所得の計算上本件特例の適用はない。
ロ 請求人は、措置法第39条第1項に規定する相続税法第27条第1項の「相続の開始があったことを知った日」を「遺留分減殺請求訴訟の判決が確定した日」と読み替えるべきである旨主張する。
 しかしながら、措置法は、本来課税されるべき税額を政策的な見地から特に軽減するものであることから、税負担公平の原則に照らし、その解釈は厳格にされるべきであり、特に、期限という明確で形式的な基準をもって規定されている条項については、厳格な解釈が要求されるべきで、みだりに実質的妥当性や個別事情を考慮してこれを拡張、類推解釈することはできない。
 また、措置法第39条第1項は、本件特例が適用されるためには相続の開始があった日の翌日から当該相続に係る相続税法第27条第1項の規定による相続税の申告書の提出期限の翌日から3年を経過する日(旧措置法では2年を経過する日)までの間に、相続税に係る課税価格の計算の基礎に算入された資産を譲渡した場合に限る旨規定し、限界譲渡日について格別の救済措置は設けていない。

トップに戻る

3 判断

(1)本件更正処分について

イ 措置法第39条第1項は、相続又は遺贈により財産の取得をした個人で相続税の課税を受けた者が、当該相続の開始があった日の翌日から当該相続に係る相続税法第27条第1項の規定による申告書の提出期限の翌日以後3年(旧措置法では2年)を経過する日までの間に、その課税の対象となった相続財産を譲渡した場合には、その者に課された相続税額のうち政令で定める部分の金額をその資産の譲渡所得の金額の計算上その資産の取得費相当額に加算し、取得費として控除する旨規定している。
ロ 請求人が措置法第39条第1項にいう相続税法第27条第1項の「相続の開始があったことを知った日」を「遺留分減殺請求訴訟の判決が確定した日」と読み替えるべきである旨主張することについては、次のとおりである。
(イ)自然人は、相続の開始、すなわち被相続人の自然死又は擬制死亡により、その権利義務を包括的に承継し得る地位を取得する。そして、当該相続に関し単純若しくは限定の承認又は放棄を行うことにより、相続人としての地位を確定的に取得又は喪失する。
 ところで、相続税法(平成4年法律第16号による改正前のもの。)第27条第1項は、「相続又は遺贈により財産を取得した者」は、算出される相続税額があるときは「その相続の開始があったことを知った日の翌日から6月以内」に申告書を提出しなければならない旨規定しているところ、この「知った日」とは、相続人が被相続人の自然死又は擬制死亡を覚知することにより、自己のために被相続人の権利義務を包括的に承継し得る地位を取得したことを知った日であると解されており、相続の単純又は限定の承認を行って相続人の地位を確定的に取得した日、あるいは、遺産分割の協議又は調停の成立若しくは審判により、相続人が具体的に相続財産の全部又は一部を取得した日ではないと解される。
(ロ)ところで、民法は相続財産の一部について遺留分権利者が相続することを遺留分として保障しているが、この遺留分権利者は相続の開始とともに相続財産の一定額を不可侵的に取得し得る地位に立つものであり、一般の法定相続人が相続の開始とともに被相続人の権利義務を包括的に取得し得る地位に立つのと、その法的性質に差異はない。ただし、一般の法定相続人が法定期限内に限定承認又は放棄をしなかった場合には単純承認したものとみなされ、原則として相続関係に立つのに対し、遺留分権利者は、遺留分義務者に対しその侵害部分を減殺すべき意思を積極的に表示することにより遺留分を確定的に確保することとなる点に相違があるにすぎない。
(ハ)そして、相続税法が、相続の開始を知った日を基準として相続税の申告書の提出期限を定め、相続財産の確定的又は具体的な取得時期を問題としていないことは上記(イ)のとおりであるが、遺留分権利者は、一般の法定相続人と同じく相続の開始により相続財産の一定額を不可侵的に取得し得る地位に立つものであるから、遺留分権利者についての相続税の申告書の提出期限の起算日についても、一般の相続の場合と同様に考えるべきである。
 したがって、遺留分権利者について、相続税法第27条第1項に規定する「相続の開始があったことを知った日」とは、被相続人の自然死又は擬制死亡を覚知することにより、相続財産の一定額を不可侵的に取得し得る地位に立ったことを知った日と解するのが相当であり、自ら遺留分減殺請求を行ってその遺留分を確定的に確保した日、あるいは、遺留分減殺請求に係る判決が確定しそのことによって具体的に相続財産の一部を取得した日と解するのは相当ではない。
ハ 請求人は、遺留分義務者が相続により取得した不動産を限界譲渡日以前に譲渡し本件特例の優遇を受け、その後に遺留分減殺請求訴訟に敗訴し相続税について更正の請求をすることになったとしても、本件特例を受けた利益には何ら支障がないにもかかわらず、遺留分権利者は本件特例の優遇を受けられないとすれば、それは遺留分権利者のみを不利益に扱うものであり不公平である旨主張する。
 しかしながら、措置法は、本来課税されるべき税額を政策的な見地から特に軽減するものであることから、税負担公平の原則に照らし、その解釈は厳格にされるべきであり、特に、期限という明確で形式的な基準をもって規定されている条項については、厳格な解釈が要求されるべきで、みだりに実質的妥当性や個別事情を考慮してこれを拡張、類推解釈することはできない。
 そして、そもそも本件特例は、相続財産の処分が相続の直後に行われた場合、特にそれが相続税の納付のために行われる場合に、所得課税である所得税と財産課税である相続税との間に直ちに二重課税の問題は生じないとはいえ、納税者が相続税と譲渡に係る所得税の二重課税を受けているとの印象を抱くことも否定し得ないことから、これを考慮し、「相続の直後」の一定期間に行われた相続財産の処分に限り、本来課税されるべき租税負担の軽減を図ることにしたものであり、この本件特例の趣旨にかんがみれば「相続の開始があったことを知った日」を上記ロの(ハ)のように解することは相当と認められる。
 よって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ニ 請求人は、遺留分義務者が減殺請求に応じたとき、既に申告納税した相続税について相続税法第32条の規定に基づき更正の請求を行うことになるが、原処分庁が同条第3号の「遺留分による減殺の請求があったこと」を「遺留分の判決が確定した時」と解釈しながら、請求人の主張する措置法第39条の読み替えを認めないとすると遺留分権利者が不利益を受ける旨主張する。
 ところで、相続税法第32条第3号の「遺留分による減殺の請求があったこと」を遺留分権利者が遺留分義務者に対して減殺の請求を行えば足りると解すると、遺留分義務者が直ちに減殺の請求に応じた場合には、その減殺の請求に基づいて既に確定している課税価格等が過大となり同号に該当するので問題はないが、遺留分義務者が減殺請求に応じない場合には、争いとなり更正の請求の期間の制限を越えることによって同号の適用する余地がなくなる場合も生じる。
 そもそも、相続税法第32条は、新たに生じた事由に基づき既に確定している課税価格等が過大となった者に更正の請求を行う余地を与えようとする特則規定であることにかんがみ、減殺請求に係る争いが和解、調停あるいは判決によって解決した場合には、同条第3号をその争いが解決したときと解するのが法の趣旨に沿う解釈といえる。
 このように、相続税法第32条第3号の規定を上記のように解することは法の趣旨からみて妥当であると解されるところ、措置法第39条第1項に規定される本件特例の趣旨は上記ハに述べたとおりであり、法の趣旨目的の異なる両規定を同一に解釈し得るものではない。
 よって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ホ 請求人は、原処分庁の法解釈は法の下の平等をうたう憲法に違背する旨主張する。
 しかしながら、措置法第39条第1項に関する原処分庁の法解釈は、上記イからニまでに述べたとおり相当と認められる。
 ところで、請求人の主張を、措置法第39条第1項の規定そのものが法の下の平等をうたう憲法に違背する旨の主張と解すると、その判断は、当審判所の権限に属さないことであり、審理の限りではない。
 よって、この点に関する請求人の主張は採用することができない。
ヘ 以上のことから、本件被相続人に係る請求人の相続税法(平成4年法律第16号による改正前のもの。)第27条第1項に規定する「相続の開始があったことを知った日」は、昭和61年8月16日の2、3日後であるから、その相続税の法定申告期限は昭和62年2月16日の2、3日後となり、限界譲渡日は旧措置法第39条第1項の規定により平成元年2月16日の2、3日後となるところ、本件宅地は平成9年に譲渡されているから、本件譲渡所得の金額の計算上本件特例を適用することはできないことになり、本件更正処分は適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 以上のとおり、本件更正処分は適法であり、また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいてした平成10年7月31日付変更決定後の本件賦課決定処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る