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(平11.7.23裁決、裁決事例集No.58 47頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 Gは、妻であったH(以下「H」という。)との婚姻中に自己の名義で取得したM市N町39番1所在の宅地(以下「本件土地A」という。)、同所同番地所在の家屋番号209番の2の建物(以下「本件建物A」という。)、同所21番22所在の山林(以下「本件土地B」という。)、同所同番地所在の家屋番号21番22の建物(以下「本件建物B」という。)及びP市R町22番所在の山林(以下「本件土地C」といい、本件土地A、本件建物A、本件土地B及び本件建物Bと併せて「本件不動産」という。)を、離婚に伴いその全部を平成7年4月25日にHへ財産分与したとして、平成7年分の所得税について確定申告書に別表の「確定申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに申告した。
 その後、Gは、平成9年3月11日に本件不動産は取得の経過からすれば自分とHの共有財産であるから、Hへ分与した財産は本件不動産の半分となるので、分離長期譲渡所得の金額及び納付すべき税額を別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
 原処分庁は、これに対し、平成9年11月26日付で本件不動産がGとHの共有財産で各々の持分が2分の1であることが確認できないとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。
 Gは、この処分を不服として、平成10年1月26日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月22日付で別表の「異議決定」欄のとおり、原処分の一部を取り消す異議決定をした。
 Gは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成10年7月22日に審査請求をした。
 その後、Gは、平成11年4月28日に死亡したので、相続人Jほか3名は本件審査請求における審査請求人の地位を承継した(以下、Gを「被相続人」といい、Jほか3名を「請求人ら」という。)。
 なお、請求人らは、Jを総代として選任し、その旨を平成11年6月8日に届け出た。

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2 主張

(1)請求人らの主張

 原処分(異議決定により一部取り消された後のもの。以下同じ。)は、次の理由により違法、不当であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件不動産の所有権の帰属について
 本件不動産の所有権は、以下のとおり、被相続人とH(以下、被相続人とHを併せて「被相続人ら」という。)の離婚前においてその全部若しくは2分の1がHに帰属していたから、本件更正の請求は認められるべきである。
(イ)本件不動産の所有権は、次の理由により、その取得の時点からすべてHにある。
 被相続人らは、共に医師の資格を有して昭和28年に結婚し、翌年に被相続人名義でK医院(以下「医院」という。)を開業したが、医院の業務に従事したのは主にHである。
 したがって、本件不動産は、昭和37年以降被相続人がL大学医学部に無給医として勤務していた時期に取得した本件土地B、本件建物B及び本件土地Cはもとより、それ以前に取得した本件土地A及び本件建物Aも被相続人名義ではあるが、取得の経過からすればHの診療による収入で取得したものである。
 なお、本件土地Aの取得に関しては、取得した昭和31年当時、被相続人らは医院を開業したばかりでその取得資金がなかったため、うち100坪分の取得資金をHがHの父に出してもらった経緯もある。
(ロ)本件不動産の所有権は、次のとおり、昭和47年8月31日に被相続人が医院を廃業し、Hに事業を引き継いだ時点で、その全部が被相続人からHに移転している。
A Hの昭和47年分の所得税青色申告決算書(以下「決算書」という。)の貸借対照表において、資産の部の昭和47年9月1日(期首)及び同年12月31日(期末)のいずれの合計額にも、本件不動産の金額が含まれている。
B Hの昭和47年分の決算書の貸借対照表における資産の部及び負債・資本の部の期末の合計額と、Hの昭和48年分の決算書の貸借対照表における資産の部及び負債・資本の部の昭和48年1月1日(期首)の合計額が一致しないのは、資産の部の合計額から本件不動産、Q市S町87番1の宅地、同所87番2の宅地、M市N町21番25の宅地、同所同番地所在の建物、T市W町507番3の宅地及び電話加入権の各金額の合計額を、負債・資本の部の合計額から借入金の金額の一部及び事業主借入金の金額の一部の合計額をそれぞれ減額したことによるものであるが、この減額された部分の借入金(以下「本件借入金」という。)は、本件不動産等の金額が貸借対照表の資産の部及び負債・資本の部の合計額から減額された後も医院の勘定から返済されており、結局、Hは被相続人から引き継いだ借入金の全部を返済している。
 したがって、被相続人からHに事業を引き継いだ時点で、本件不動産を含む貸借対照表上の資産・負債のすべてが、被相続人からHに引き継がれている。
C 原処分庁は、医院の事業主を被相続人からHに変更したにもかかわらず、本件不動産の登記名義が被相続人のままであり、本件不動産に関して譲渡所得若しくは贈与税の申告が行われていないこと、本件不動産と同様に医院の事業主を被相続人からHに変更する前に取得し、事業主を変更した後の平成元年及び平成8年に譲渡したQ市S町87番1及び同所87番2所在の宅地(以下「S町の土地」という。)に係る譲渡所得の申告が、被相続人の名義によってされていることを理由に、本件不動産の所有権は、請求人らの主張する時期に移転しているとは認められない旨主張するが、本件不動産の登記名義を変更しないこと及び譲渡所得若しくは贈与税の申告が行われていないことをもって所有権の移転がなかったとはいえず、また、S町の土地の譲渡に係る確定申告の名義も、本件不動産の所有権の帰属とは一切関係がないものである。
(ハ)本件不動産は、次の理由により、被相続人らの共有財産である。
 本件不動産は、夫婦ともに専門的に高い技術を有する医師である被相続人らが婚姻中に夫婦の協力により取得したものであるから、被相続人の名義になっているが実質的には被相続人らの共有財産である。
 また、被相続人らは、婚姻中に取得した財産の全てを医院のものであると考えていた。
 そして、その医院は、帳簿に生活費や土地の売買代金及び被相続人の研究費までもが記載されていることからみると事業主個人の所有という概念には当てはまらないから、事業主の名義に関わらず被相続人らの共同所有と理解するのが合理的である。
 したがって、本件不動産の所有権は、その2分の1がHに帰属する。
ロ 禁反言及び信義則の法理について
 Y税務署の担当職員は、被相続人が本件更正の請求をした後に面談した被相続人の顧問税理士であるZ(以下「Z税理士」という。)と、本件更正の請求が認められることについて大筋で合意したにもかかわらず、人事異動により本件更正の請求の処理を引き継いだ同署の担当職員(以下「後任担当職員」という。)は、見解を180度転換し、本件更正の請求には更正をすべき理由がないとした。
 このことは、禁反言及び信義則の法理に著しく反して不当である。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件不動産の所有権の帰属について
 本件不動産の所有権は、以下のとおり、被相続人らの離婚前においてその全部若しくは2分の1がHに帰属していたとは認められないから、本件更正の請求には更正をすべき理由がない。
(イ)本件不動産の所有権は、次の理由により、その取得の時点からHにあるとは認められない。
 被相続人は、昭和29年の医院開業以降、L大学に教員として採用された昭和47年までの間、医院の事業に係る収入を自己の名義で確定申告しており、かつ、Hの診療に係る収支が被相続人のそれと区分されていた事実は認められないから、医院の事業に係る収入は全て被相続人に帰属するものと判断される。
 したがって、医院の事業をHに引き継ぐ前に取得した本件不動産を、Hの診療による収入で取得したとする請求人らの主張は認められない。
(ロ)本件不動産の所有権は、次の理由により、被相続人が医院を廃業しHに事業を引き継いだ時点で、Hに移転しているとは認められない。
A Hの昭和47年分の決算書の貸借対照表において、資産の部の期首及び期末に記載されている建物及び土地の金額の中に本件不動産の金額が含まれているとは判断できないし、仮に、当該建物等の金額の中に本件不動産の金額が含まれているとしても当該建物等の金額の上部には「配偶者所有事業使用」と記載されていることから、Hへ事業主を変更した後も被相続人が当該建物等、すなわち本件不動産を所有しているものと判断される。
B 請求人らの主張によれば、本件不動産の金額は、Hの昭和47年分の決算書の貸借対照表の資産の部の期末の合計額に含まれていたが、Hの昭和48年分の決算書の貸借対照表の資産の部の期首の合計額からは減額されているとする。このことは、当時、Hが事業用資産を非事業用資産に転用した事実が認められないことからみて、Hが本件不動産を所有していることの裏付けとはならず、かえって被相続人の所有を理由付けるものである。
 また、請求人らは、本件借入金は本件不動産等の金額が貸借対照表の資産の部及び負債・資本の部の合計額から減額された後も医院の勘定から返済しており、結局、Hが被相続人から引き継いだ借入金の全部を返済しているから、被相続人からHに事業を引き継いだ時点で、本件不動産を含む貸借対照表上の資産・負債の全てが、被相続人からHに引き継がれた旨主張するが、本件借入金を含むHが被相続人から引き継いだ借入金と本件不動産との因果関係が不明であるから、この主張は認められない。
C 被相続人らは、昭和47年に医院の事業主を被相続人からHに変更したが、本件不動産の登記名義は依然被相続人のままであり、本件不動産に関して所有権の移転があったとして譲渡所得若しくは贈与税の申告を行っていないこと、被相続人らの協議離婚の合意に際して最終的に取り交わされた平成7年4月25日付の約定書(以下「本件約定書」という。)によれば、本件不動産の財産分与により被相続人に課される税金の申告納付手続等についての合意があり、本件約定書を交わした時点において本件不動産の所有権が被相続人に帰属すると認識していたと認められること及び本件不動産と同様に医院の事業主をHに変更する前に取得したS町の土地を、事業主を変更した後の平成元年及び平成8年に譲渡しているが、当該譲渡に係る所得税の確定申告は被相続人名義で申告していることからみても、本件不動産の所有権が、医院の事業主の変更に伴い移転したとは認められない。
(ハ)本件不動産は、次の理由により、被相続人らの共有財産であるとは認められない。
 民法は、夫婦の財産関係について完全な別産制を採用しており、夫婦の一方が婚姻中に自己の名で取得した財産はすべてその者の特有財産とする旨規定しているから、夫婦の一方が財産を取得するについて、他方がどのような貢献をしたからといって、その財産が夫婦共有となるものではない。
 したがって、本件不動産は、婚姻中に被相続人が自己の名義で取得しており、かつ、Hが本件不動産の取得代金を負担している事実が確認できない以上、被相続人の特有財産と判断するのが相当である。
ロ 禁反言及び信義則の法理について
 請求人らは、Z税理士とY税務署の担当職員は本件更正の請求が認められることについて大筋で合意した旨主張するが、そのような合意があったとする事実は認められない上、仮に合意があったとしても、本件においては、課税の公平、平等を犠牲にしてもなお被相続人の信頼を保護すべき特段の事情は存せず、また、被相続人は何ら税法上の不利益を被っていないから、禁反言及び信義則の法理は適用されない。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、〔1〕被相続人が離婚に伴い財産分与したとする本件不動産の離婚の直前におけるその所有権の帰属及び〔2〕原処分は禁反言又は信義則の法理に反し不当であるか否かにあるので、以下審理する。

(1)本件不動産の所有権の帰属について

イ 請求人ら提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)被相続人らは、昭和28年12月26日に婚姻し、平成7年7月6日に協議離婚した。
(ロ)本件土地Aは昭和31年12月5日売買を原因として、本件建物Aは昭和34年3月27日所有権保存により、本件土地Bは昭和39年3月31日売買を原因として、本件建物Bは昭和43年3月30日売買を原因として及び本件土地Cは昭和40年5月4日売買を原因としてそれぞれ所有者を被相続人とする登記がされており、これらの登記以後被相続人らの離婚と同時に真正な登記名義の回復を原因としてHに所有権移転登記されるまで、本件不動産の名義は被相続人のままであった。
 また、S町の土地については、昭和43年7月4日売買を原因として所有者を被相続人とする所有権移転登記がされ、平成元年及び平成8年にそれぞれ第三者に対し譲渡された。
(ハ)被相続人とHとの間において平成7年4月25日付で作成された本件約定書には、概ね次のとおり記載されている。
A 被相続人らの間では既に被相続人名義の各不動産につきHの所有権確認及び財産分与契約を了しているが、これを以下のBないしFのとおりに変更する。
B 被相続人は、Hに本件不動産を財産分与し、直ちに財産分与を原因とする所有権移転登記手続をする。
C 被相続人は、Hに対し財産分与として現金1,500万円を交付する。
D 被相続人は、Q市S町87番地1所在の宅地を売却し、その売却代金は全額をHが買主より受領し、Hが当該代金の中から被相続人の名で仲介手数料、登記測量費用、売却までの当該宅地に係る公租公課を支払うことを承諾する。
E 被相続人は、上記Dの売却代金から仲介手数料などの諸経費、当該宅地の売却により被相続人に課される税金相当額及び本件不動産の財産分与に伴い被相続人に課される税金相当額を差し引いた残額を、Hへ財産分与する。
 なお、税金の申告納付手続はHが被相続人に代行して行う。
F 被相続人らの間には、本件約定書に定めたもの以外、何らの債権債務関係はない。
(ニ)請求人らは、その主張を裏付ける証拠資料として〔1〕被相続人の昭和43年分から昭和47年分までの決算書、〔2〕被相続人の昭和46年分の総勘定元帳、〔3〕Hの昭和47年分から平成3年分までの決算書、〔4〕Hの昭和53年分から昭和55年分までの総勘定元帳及び〔5〕Hの昭和47年11月から昭和50年9月までの銀行帳を当審判所に提出したが、これらの記載内容をみると次のとおりである。
A 〔1〕及び〔3〕の決算書の減価償却費の計算欄には、設備の種類等の区分ごとに必要経費算入額が一括して記載されている。
B 〔2〕及び〔4〕の総勘定元帳の土地及び建物勘定には、繰越残高は記載されているが、土地及び建物の所在地の記載がなく、借入金勘定には借入金残高の記載があるものの何に係る借入金なのかが記載されていない。
C 〔5〕の銀行帳には、借入金の返済について記載があるものの、何に係る借入金の返済なのかが記載されていない。
(ホ)被相続人は、当審判所に対し、次のとおり答述した。
A 被相続人は、昭和29年1月に医院を開業した。
B 被相続人は、無給医としてL大学医学部に昭和37年から昭和47年まで勤務していた。
C 被相続人は、本件不動産の取得資金をいずれも銀行からの借入れにより調達したが、一部被相続人の父からの借入金もあった。
D 被相続人らは、本件不動産を居住の用及び事業の用に使用していた。
E 本件約定書は、被相続人らの協議離婚に当たっての最終合意に基づくものであり、本件約定書の内容は、そのとおりに実行されている。
ロ 国税通則法第23条《更正の請求》第3項は、更正の請求をしようとする者は、その請求に係る更正前の課税標準等又は税額等、当該更正後の課税標準等又は税額等、その更正の請求をする理由、当該請求をするに至った事情の詳細その他参考となるべき事項を記載した更正請求書を税務署長に提出しなければならない旨規定しており、この規定の文言に照らすと、更正の請求をする者が、まず、自らがした申告の内容が真実に反するものであることを立証すべきであると解するのが相当である。
 また、民法第762条によれば、夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中に自己の名で得た財産はその特有財産とし、夫婦のいずれに属するか明らかでない財産はその共有に属するものと推定する旨規定されており、夫婦の財産関係について、いわゆる別産制を採っていると解されるから、夫婦が婚姻中に得た所得やそれによって取得した財産の全てが、当然に夫婦の共有となるものではない。
 そうすると、夫婦が婚姻中に相互の協力、寄与によって得た資産であっても、いずれか一方の名義となっている場合には、その取得資金の拠出等の事実に基づき、他方の特有財産であることが明らかであるとき若しくは夫婦の共有財産であることが明らかであるときなど、当該名義が単なる名義借りであることが明らかである場合を除き、その名義人を当該資産の所有者として取り扱うのが相当である。
ハ これを本件についてみると、次のとおりである。
 まず、請求人ら提出資料のうち被相続人らの総勘定元帳及びHの銀行帳に記載のある借入金が何に係る借入金であるか不明であり、請求人らの主張するHが被相続人から引き継いだ借入金が本件不動産に関係するものであるか否かを確認することができないこと、また、被相続人らの決算書の貸借対照表に記載された土地及び建物の金額がどの物件の金額であるかが不明であり、本件不動産の金額が同貸借対照表に計上されているか否かを確認することができないことなど、請求人ら提出資料からは、Hが本件不動産の取得資金の全部又は一部を拠出した事実若しくは被相続人からHに事業を引き継いだ時点で本件不動産の所有権がHに移転している事実を認定することはできない。
 次に、原処分関係資料及び当審判所の調査によっても、上記と同様にHが本件不動産の取得資金の全部又は一部を拠出した事実若しくは被相続人からHに事業を引き継いだ時点で本件不動産の所有権がHに移転した事実を認定することはできない。
 したがって、本件不動産は、被相続人が婚姻中に自己の名義で取得しているのであるから、民法第762条の規定によりこれは被相続人の特有財産であり、被相続人らの共有となるものではないところ、本件不動産が被相続人らが婚姻中に相互の協力、寄与によって得た資産であっても、その名義が被相続人名義となっていることについて、その取得資金の拠出の詳細が不明であり、単なる名義借りであることが明らかであるとは認定できず、また、被相続人の名義で取得した後Hに所有権が移転したとする事実も認められないことから、被相続人をその所有者として取り扱うのが相当である。このことは、本件約定書が本件不動産の所有権が被相続人に帰属することを前提として作成されていると見られることとも符合するから、本件不動産の所有権は、被相続人らの離婚の直前においてその全部が被相続人に帰属していたと認められる。
ニ 請求人らは、本件不動産の所有権は被相続人らの離婚前においてその全部若しくは2分の1がHに帰属するから、本件更正の請求は正当である旨主張する。
 しかしながら、上記ハのとおり、本件不動産の所有権は被相続人らの離婚の直前においてその全部が被相続人に帰属していたと認められるから、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
 なお、請求人らは、本件土地Aのうち100坪分の取得資金はHの父に出してもらっている旨主張するが、当該事実を裏付ける証拠資料の提出がなく、その事実を認めることができないから、この点に関する請求人らの主張は採用することはできない。
 また、請求人らは、本件不動産の登記名義を変更しないこと及び譲渡所得若しくは贈与税の申告が行われていないことをもって所有権の移転がなかったとはいえず、また、S町の土地の譲渡に係る確定申告の名義と本件不動産の所有権の帰属には一切関係がない旨主張する。
 しかしながら、前述のとおり、登記名義の変更や譲渡所得等の申告が行われていないことのみをもって所有権の帰属を認定しているものではないし、逆に、一般的には、所有権の移転があった場合には登記名義の変更等がされると思われるのに、本件において登記名義の変更等が行われなかったことにつき請求人らからは合理的な説明がない。
 また、S町の土地は、被相続人が無給医としてL大学医学部に勤務していた時期に取得しており、その取得の経過に関して本件不動産と別段の差異は認められないことから、原処分庁が、本件不動産の取得資金を拠出した者が誰であるかを認定することが困難であったため、その所有権の帰属を判断するに当たり、取得の経過が類似し既に譲渡されたS町の土地に係る確定申告の名義をその判断の目安として採用したことについて、別段、不合理であるとはいえない。
 更に、請求人らは、被相続人らは婚姻中に取得した財産の全てを医院のものであると考えており、その医院は、帳簿に生活費や土地の売買代金及び被相続人の研究費までもが記載されていることからみると事業主個人の所有という概念には当てはまらないから、事業主の名義に関わらず被相続人らの共同所有と理解するのが合理的である旨主張する。
 しかしながら、被相続人又はHが営んでいた医院が独立して権利義務の主体となるものではないし、また、事業主が総収入金額に算入されない収入を事業に持ち込み又は必要経費に算入されない支出を事業から引き出した場合は、その帳簿の記載において事業主貸や事業主借などの勘定により整理されることとなるのであって、医院の帳簿に生活費などの支出が記載されていることをもって、医院を被相続人らの共同事業のごとく解すべきではないから、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
ホ 以上のとおり、本件不動産の所有権は、被相続人らの離婚の直前においてその全部が被相続人に帰属していたと認められ、また、請求人らの主張にはいずれも理由がなく、被相続人がした確定申告の内容が真実に反するものであるとは認められないから、本件更正の請求には更正をすべき理由がない。

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(2)禁反言及び信義則の法理について

イ 請求人らは、Y税務署の担当職員がZ税理士と本件更正の請求が認められることについて大筋で合意したにもかかわらず、後任担当職員は見解を180度転換し、本件更正の請求が認められないとしたことは、禁反言及び信義則の法理に著しく反して不当である旨主張する。
ロ ところで、禁反言又は信義則の法理の適用については、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお租税法規に適合する課税処分に係る課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に初めて適用されるべきものであると解されており、この特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、課税庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後にこの表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が課税庁の公的見解の表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の検討は不可欠なものである。
ハ これを本件についてみると、Y税務署の担当職員がZ税理士に対し被相続人がした本件更正の請求が認められる旨表示したとしても、Z税理士は被相続人が本件更正の請求をした後に当該担当職員と面談しているのであって、被相続人は、その表示を信頼しその信頼に基づいて何らかの行動をしたのではないから、後に更正をすべき理由がない旨の通知処分がされたことに対して被相続人の信頼を保護すべき特別の事情が存するとは認められない。
 したがって、原処分について禁反言又は信義則の法理を適用すべき余地はないと認められるから、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
(3)以上のとおり、原処分は適法と認められる。
(4)原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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