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(平11.11.26裁決、裁決事例集No.58 97頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人総代Dほか2名(以下、「請求人ら」といい、請求人らを各別に「D」、「E」及び「F」という。)が亡G(以下「被相続人」という。)の相続に当たり民法第922条に規定する限定承認をしたことによる所得税法第59条《贈与等の場合の譲渡所得等の特例》第1項第1号の規定(以下「本件法規定」という。)の適用の是非を争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

 別表のとおり。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 被相続人は平成7年1月6日に死亡し、これにより相続が開始したが、この相続に係る法定相続人は、請求人ら及びHの4名(以下「本件共同相続人」という。)である。
ロ J家庭裁判所は、本件共同相続人の申立てに基づき、平成7年4月26日に、被相続人に係る相続についての承認又は放棄をする期間を同年5月8日まで伸長する審判を行うとともに、同日までに本件共同相続人から民法第924条の規定によりなされた限定承認の申述を同月9日付で受理し、Dを相続財産管理人として選任する審判を行った。
ハ 上記ロのとおり相続財産管理人に選任されたDは、相続債権者等に対し、民法第927条所定の限定承認に係る公告をし、これは平成7年5月25日付官報に掲載された。
ニ 本件共同相続人は、P市R町二丁目56番1所在の宅地578.51平方メートル(以下「本件全土地」という。)のうちD所有分を除く持分57851分の53951(以下「本件宅地」という。)並びに本件全土地上に存する家屋番号56番1の2の家屋及び駐車場設備(以下「本件家屋等」という。)を相続し、平成7年7月24日に、相続を原因として本件共同相続人への所有権移転登記手続を行った。
ホ 本件共同相続人は、協議の上、平成8年2月23日に、本件全土地をP市R町二丁目56番1の宅地421.33平方メートル(以下「甲土地」という。)及び同所56番51の宅地157.17平方メートル(以下「乙土地」という。)に分筆し、甲土地は本件共同相続人の共有とし、乙土地はDが単独で所有することとした。
ヘ そして、本件共同相続人は、平成8年5月21日付で甲土地及び本件家屋等をK株式会社に221,000,000円で譲渡する(以下、この譲渡を「本件譲渡」という。)旨の不動産売買契約を締結し、同年8月6日に同社への所有権移転登記手続を行った。
ト 相続財産管理人Dは、甲土地及び本件家屋等の譲渡代金221,000,000円並びに変額保険の解約返戻金26,878,120円及び預金等5,993,082円の合計253,871,202円をもって、被相続人に係る債務と判明した銀行借入金及び葬儀費用等の合計210,036,321円を支払い、残額をDへ6,334,881円、他の本件共同相続人3名へ各12,500,000円ずつ分配した事実が認められる。

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2 主張

(1)請求人ら

 原処分(異議決定による一部取消し後のものをいう。以下同じ。)は、違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 決定処分について
(イ)民法第922条は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務等を弁済すべきことを留保して承認できる旨規定し、相続財産が債務超過であるかどうか明白でない場合であっても、この限定承認をすることにより、相続人が保護されることになっている。
 しかしながら、本件法規定は、限定承認に係る相続によって譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、その事由が生じた時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなす(以下「みなし譲渡所得課税」という。)旨規定するのみで、民法のように債務超過及び財産超過のいずれの場合であっても相続人に不利益が生じないように考慮された規定とはなっておらず、そのため、限定承認後に財産超過が判明した本件のような場合には、所得税法上、超過財産に課税されることになって、民法が限定承認の制度により相続人を保護しようとした立法趣旨に反する結果となる。
 そこで、本件においては、被相続人に係るみなし譲渡所得課税は行わず、本件譲渡に係る譲渡所得課税のみを行うこととするほうが本件共同相続人の利益となることから、相続人の保護という限定承認の趣旨に立ち返って本件法規定を解釈し、被相続人に係るみなし譲渡所得課税は行われるべきでない。
 それにもかかわらず、本件法規定を形式的に適用してなした決定処分は違法である。
(ロ)仮に、本件法規定が文言のとおり適用されるものとしても、民法第921条第3号は、相続人が限定承認をした後でも、相続財産について「私にこれを消費」したときには単純承認したものとみなす旨規定し、公然と消費しても手前勝手に相続財産を消費すれば単純承認したものとしている。
 本件共同相続人は、被相続人に係る相続債権者への公告及び催告もせず、また、民法が定める換価手続である競売にもよらずに譲渡して、譲渡代金の大部分は債務の弁済に充てたものの、本件共同相続人一人につき10,000,000円ほどは自己のために消費しているのであって、これらの行為は上記「私にこれを消費」したことに該当するので、単純承認したものとみなされることになる。
 したがって、本件は限定承認に係る相続により資産の移転があった場合には該当しないから、本件法規定を適用した決定処分は違法というべきである。
ロ 無申告加算税の賦課決定処分について
 上記イのとおり、決定処分は違法であり取り消されるべきであるから、これに伴い無申告加算税の賦課決定処分も取り消すべきである。

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(2)原処分庁

 原処分は適法であるから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 決定処分について
(イ)本件法規定における限定承認の意義は、民法からの借用概念で同法に規定する意義と同じであり、上記1の(3)のロのとおり、Dは相続財産管理人に選任され、本件共同相続人は、被相続人から限定承認に係る相続により本件宅地及び本件家屋等を取得したことは明らかであるから、本件法規定により被相続人に対して譲渡所得が課税されることになる。
 請求人らの主張は独自の見解であって、採用することはできない.
(ロ)また、民法第921条に規定する「私にこれを消費」に該当するというためには、相続債権者その他利害関係人に損害を与えるという詐害の意思があることが必要と解されるところ、本件共同相続人は共同して甲土地及び本件家屋等を譲渡し、その譲渡代金は、相続財産管理人Dの預金口座に入金された後、相続債権者への債務の弁済及び本件共同相続人への分配金として支払われたことが認められるので、「私にこれを消費」したものとは認められない。
 したがって、本件の場合、民法第921条第3号の事由には該当しないと判断され、単純承認したものとみなす余地はないから、請求人らの主張には理由がない。
 以上のとおり、決定処分は適法であり、取り消すべき理由はない。
ロ 無申告加算税の賦課決定処分について
 上記イのとおり、決定処分は適法であり、請求人らには国税通則法第66条《無申告加算税》第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとは認められないので、同条第1項の規定に基づいて行った無申告加算税の賦課決定処分は適法である。

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3 判断

(1)決定処分について

イ 本件法規定は、限定承認に係る相続について、当該相続により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、相続開始時点における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなして、みなし譲渡所得課税を行うこととしているが、これは、被相続人の所有期間中における資産の値上がり益を被相続人の所得として課税し、これに係る所得税額を債務として清算することにより、限定承認をした相続人が相続財産の限度を超えて負担することのないようにとの趣旨で規定されているものである。
ロ ところで、請求人らは、相続人の保護という限定承認の趣旨に立ち返って本件法規定を解釈し、被相続人に係るみなし譲渡所得課税は行われるべきでない旨主張する。
 しかしながら、本件法規定の趣旨は、上記イのとおりであり、本件法規定にいう限定承認の意義については民法の規定と同義に解することが相当であると認められる。
 そして、上記1の(3)のロのとおり、請求人らは限定承認に係る相続により本件宅地及び本件家屋等を取得しているのであるから、これについて本件法規定が適用されることとなるのである。
 なお、請求人らは、本件法規定が適用される結果、適用されない場合よりも納付すべき税額の点で不利益となり、限定承認により保護される相続人の利益が保護されないこととなるとも主張するのであるが、限定承認の制度は、被相続人の債務等の額自体を縮減することによってではなく、相続によって得た財産の限度において当該債務等の弁済の責任を負わせることにより、相続人の保護を図ろうとするものであって、納付すべき税額の多寡は限定承認の機能とは別個のものであるから、やはり請求人らの主張には理由がない。
ハ 次に、請求人らは、相続債権者への公告及び催告をしない上、換価手続である競売にもよらずに相続財産を譲渡しているのであるから、本件法規定を適用することはできない旨主張する。
 しかしながら、本件共同相続人は、上記1の(3)のハのとおり、民法第927条に規定する相続債権者に対する公告を行っていることが認められる上、仮に限定承認者が、同法第927条に規定する公告及び催告の義務を怠り、あるいは、同法第932条に規定する競売に付さずに任意売却したとしても、これらは単なる手続違反にとどまり、既に行われた限定承認自体の効力には影響を及ぼさないものと解されるのであり、この点に係る請求人らの主張には理由がない。
 また、請求人らは、相続財産を譲渡し、その譲渡に係る代金を本件共同相続人一人につき10,000,000円ほど「私にこれを消費」し、民法第921条第3号の規定により単純承認したものとみなされるのであるから、本件法規定を適用することはできないとも主張する。
 しかしながら、民法第921条第3号は相続債権者等の保護を図るための規定であること及び同法第919条が限定承認の取消しをするには家庭裁判所に申述しなければならないとしていることからすると、限定承認をすることにより保護を受ける者が、相続財産を私に消費することによって、所定の手続によらずに限定承認の効果を否定することができるというのは不合理であると解される。仮にそう解されないとしても、同法第921条第3号に規定する「私にこれを消費」するとは、相続債権者その他の利害関係人に損害を与えるような詐害的行為を意味し、消費に正当な理由がある場合等はこれに該当しないものと解されるところ、請求人らは、本件売買契約により甲土地及び本件家屋等を譲渡することによって、判明していた債務を相続債権者に弁済し、その残額を本件共同相続人間で分配したものであるから、「私にこれを消費」したことには該当しないと解される。
 以上により、いずれにしても本件共同相続人が単純承認をしたものとみなすことはできず、請求人らの主張には理由がないというべきである。

(2)無申告加算税の賦課決定処分について

 以上のとおり、決定処分は適法であり、また、同決定処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、国税通則法第66条第1項ただし書に規定する正当な理由があると認められる場合には該当しないので、同条第1項第1号の規定に基づいてした無申告加算税の賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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