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(平13.8.24裁決、裁決事例集No.62 25頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、所得税の確定申告書に、実際の収入金額より少ない金額を所得税法第28条《給与所得》第2項に規定する給与等の収入金額として記載し、それに基づき申告したことが、国税通則法第70条《国税の更正、決定等の期間制限》第5項に規定する「偽りその他不正の行為」に該当するか否かを主たる争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、在日G大使館(以下「G国大使館」という。)に勤務していた者であるが、平成4年分から平成10年分までの所得税について、確定申告書に別表1のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
 なお、請求人は、平成9年分の所得税の申告について、一時所得の申告漏れがあったとして、平成10年10月9日に、総所得金額を4,428,369円(内訳給与所得の金額3,767,200円、一時所得の金額661,169円)とする修正申告書を提出した。
ロ 次いで、請求人は、原処分庁の調査に基づき、平成8年分、平成9年分及び平成10年分の所得税について、別表2の「修正申告」欄のとおりとする修正申告書をいずれも平成12年2月15日に提出した。
 これに対して、原処分庁は、平成12年2月25日付で、別表2の「賦課決定処分」欄のとおりの過少申告加算税の賦課決定処分をするとともに、同日付で、平成4年分、平成5年分、平成6年分及び平成7年分(以下、これらを併せて「各年分」という。)の所得税について、別表3のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
 その後、原処分庁は、平成4年分から平成10年分までの所得税について、給与所得の金額を、給与等の収入金額とならない金額を含めて算定していたとして、平成12年3月7日付で、別表4のとおりの更正処分及び過少申告加算税の変更決定処分をした。
ハ 請求人は、各年分の所得税の更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)を不服として、平成12年4月21日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が、同年7月31日付でいずれも棄却の異議決定をしたので、同年8月23日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、昭和○年にG国大使館に採用され、平成○年1月に退職した。
ロ G国大使館に勤務する日本人職員(以下「現地職員」という。)の給与は、原則として2週間毎に支給されており、現地職員は、その支給の都度、給与支給額及びその年の給与支給累計額が記載された「個人給与明細書」又は「給与及び休暇の明細書」(以下、個人給与明細書と併せて「給与明細書等」という。)の交付を受けているが、所得税の源泉徴収がされていないことから、給与所得の源泉徴収票の交付は受けていない。
ハ 請求人が、平成4年分から平成10年分までの確定申告書に記載した給与等の収入金額は、次表の「申告額」欄のとおりであり、原処分庁の調査による請求人の給与等の収入金額は、同表の「調査額」欄のとおりである。

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 国税通則法第70条第5項の規定の適用について
 以下の理由により、請求人に対して、国税通則法第70条第5項の規定(以下「本件規定」という。)を適用することはできない。
(イ)本件規定における「偽りその他不正の行為」については、判例上明確にされており、「ほ脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴収を不能若しくは困難ならしめるような何らかの偽計その他の工作を行うことをいう」ものとされているから、納税倫理に反する反社会性をもった積極的行為、例えば、帳簿の虚偽記載、二重帳簿の作成、仮名預金の設定等がこれに当たると解されなくてはならない。
 しかしながら、請求人は、「現地職員は、日本企業で働く人々と異なり、社宅、交通費の全額給付、企業年金等日本の税法では非課税扱いとなる給付を受けておらず、その代わりに現金による支払を受けていることから、数十年前に、G国大使館と税務当局との間で話合いが行われ、その結果、現地職員の確定申告に当たっては、これらの非課税となる現金支給額を給与収入から控除した残額(給与収入の60%から70%程度)で申告するよう税務当局から指導がなされた経緯がある」という先輩からの言い伝えを信じて申告したにすぎず、「ほ脱」の意図を全くもっていなかった。
 また、請求人は、税の賦課徴収を不能若しくは困難ならしめるような工作を全く行っていなかった。このことは、給与所得者である請求人の給与収入の情報が、大使館から容易に入手できる性質のものであること、現に今回の税務調査においても容易に把握されていることをみても、明らかである。
 したがって、請求人の行為は、本件規定における「偽りその他不正の行為」に該当しない。
(ロ)最高裁判所昭和48年3月20日第三小法廷判決は、「真実の所得を隠ぺいし、それが課税対象となることを回避するため、所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を税務署長に提出する行為自体、大法廷の判示する詐欺その他不正の行為に当たるものと解すべきである」旨判示しているところ、この「ことさら」の意義内容については、当該申告によって税をほ脱せしめることの積極的な意思の存在と、あえてその申告に及ぶ行為であると解されている。
 しかしながら、上記(イ)のとおり、請求人には、故意の面における積極的な意思の存在はないし、また、実体的に不正行為とみうる外部的付随事情がないことから考えても、同人の行為は、本件規定における「偽りその他不正の行為」に該当しない。
(ハ)原処分庁は、「給与に関する明細書等により各年分の給与等の収入金額の算定が容易であるにもかかわらず、これを行わなかったこと、給与に関する明細書等を申告書に添付していなかったこと、税務当局からの調査に基づく指摘がないこと、あるいは指摘されるおそれが少ないことを奇貨として、あえて過少申告をしても露見することが少ないと判断したこと、根拠のない過少な給与等の収入金額を申告書に記載したこと」を挙げて、請求人の行為は社会通念上不正な行為として、「偽りその他不正の行為」に該当する旨主張するが、次のとおり原処分庁の主張には理由がない。
A 給与等の収入金額を容易に把握できることは事実であるが、そのうちの非課税所得分の支給額の把握が困難であったため、請求人は、先輩からの言い伝えにより所得金額を計算したにすぎないのであって、そこにはほ脱の意思はなかった。
B 給与明細書等の申告書への添付は、法定事項ではない。
C 調査に基づく指摘がないこと、あるいは指摘のおそれが少ないことは、実調率が低い現状を考えるとすべての納税者に当てはまることである。
D 職場の先輩の説明を安易に信じたことが悪であるとするが、長年申告をしてきても税務当局から何らの指導もなかったという状況を考えれば、職場の先輩の説明を信じるのが当然と考える。
ロ 衆参両議院大蔵委員会の附帯決議について
 本件規定については、その改正の時である昭和56年4月24日及び同年5月15日の衆参両議院大蔵委員会において、「脱税の調査に当たっては、法令の理解度、脱税の意思の程度等の相違に配慮し、納税者の立場を十分に尊重すること」との附帯決議(以下「本件附帯決議」という。)がなされており、当時の大蔵大臣が「政府としても、趣旨に沿って誠意をもって対処する」と発言しているところ、請求人は、給与所得者であり、法令に関して素人としての理解度しかなく、また、上記イのとおり、脱税の意思も全くもたず、先輩からの言い伝えを信じて申告したにすぎないのであるから、本件各更正処分は、本件附帯決議にも反した違法な処分である。
 なお、今回の現地職員に対する税務調査は、個々の現地職員の意思とはかけ離れたところでなされたものと考えざるを得ず、現地職員に源泉徴収制度を適用できないことに対する制度的な攻撃とも解される。
ハ 請求人は、各年分の所得金額の多寡については争わない。

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(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、本件審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件規定の適用について
(イ)原処分庁の調査によれば、次の事実が認められる。
A 請求人の各年分の給与所得に係る給与等の収入金額は、上記1の(3)のハのとおり、調査額に比して過少に申告されており、その除外された金額が調査額に占める割合(小数点以下四捨五入。以下「収入除外割合」という。)は、各年分とも62%である。
B 請求人が、各年分において納付すべき税額として確定申告書に記載した金額と実際の納付すべき税額(いずれも予定納税額控除後の金額。以下、原処分庁の主張において同じ。)は次表のとおりであり、免れていた所得税額が実際の納付すべき税額に占める割合(以下「税額除外割合」という。)は、90%から104%までにも達する。

C 請求人は、原処分庁の調査担当職員に対し、次のとおり申述した。
(A)給与明細書等は、詳しく見ずに捨てていた。そこに、給与の明細が記載されていたことは、知らなかった。
(B)確定申告書に記載した給与等の収入金額は、大体これくらいもらっていると思った金額から、住宅手当等の13項目の控除額を控除して算出した。
D 請求人の各年分の確定申告書には、G国大使館からの給与等の収入金額を示す書類は添付されていない。
(ロ)本件規定における「偽りその他不正の行為」とは、正当な納税義務を免れる行為であって、社会通念上不正と認められる一切の行為を包含するものと解されるところ、本件においては、課税庁がG国大使館に対する質問検査権を有していないため、現地職員の給与等の収入金額を把握し得ない状況にあったこと及び上記(イ)の各事実から、請求人は、意図的に給与等の収入金額を過少に申告するという不正行為を、長期間にわたり行っていたというべきであり、また、〔1〕同人の収入除外割合が62%にも達すること、〔2〕その結果、同人が90%から104%までもの税額を免れていたこと、〔3〕同人は、原処分に係る調査及び異議申立てに係る調査において、調査担当職員が給与明細書等の提示を求めたにもかかわらず、すぐに捨てたとしてこれを提示しなかったことを総合勘案すれば、請求人の行為は、「正当な納税義務を免れる行為で社会通念上不正と認められる行為」に該当する。
 したがって、本件規定を適用して行った本件更正処分は適法である。
ロ 本件附帯決議について
 請求人は、上記イのとおり、不正な申告行為を行っていたのであるから、原処分庁が、適正かつ公平な課税の実現のために本件規定を適用して本件各更正処分を行ったことは、何ら本件附帯決議に反するものではない。

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3 判断

(1)本件各更正処分について

イ 本件規定の適用について
(イ)本件規定における「偽りその他不正の行為」について
 国税通則法第70条第5項は、納税者が「偽りその他不正の行為」によりその全部若しくは一部の税額を免れた国税についての更正決定等は、その国税の法定申告期限から7年を経過する日まで、することができる旨規定している。
 そして、ここにいう「偽りその他不正の行為」とは、税額を免れる意図の下に、税の賦課徴収を不能又は著しく困難ならしめるような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行っていることをいい、例えば、虚偽の収支計算書の提出、二重帳簿の作成、正規の帳簿への虚偽記入等特別の工作を行うことが、偽計その他の工作を伴う不正な行為に該当することはもちろんのこと、真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得金額をことさらに過少にした内容虚偽の申告書を提出し、正当な納税義務を過少にしてその不足税額を免れる行為、いわゆる過少申告行為も、それ自体偽りの工作的不正行為といえるから、「偽りその他不正の行為」に該当すると解するのが相当である。
(ロ)これを本件についてみると、当審判所の調査の結果によれば、請求人は、各年分の確定申告に当たり、所得控除の額については、法令の規定に従いこれを適正に記載する一方で、〔1〕G国大使館からの実際の給与等の収入金額を給与明細書等により承知し得たにもかかわらず、別表5の「収入除外額」欄のとおりの金額、すなわち実際の給与等の収入金額(同表の「調査額」欄の金額)の62%にも及ぶ金額を除外した後の金額(同表の「申告額」欄の金額)を各年分の確定申告書の給与収入金額欄に記載したこと、〔2〕その結果、別表6のとおり、本来納付すべきであった税額の90%から93%までにも及ぶ所得税額を免れていたことが認められ、さらに、〔3〕同人が、過去に日本の法人に勤務していたことからして、同人において、800万円をも上回る金額が、非課税所得分の支給額として不相当に高額であると認識し得なかったとは到底認められない。
 これらのことからすれば、請求人は、法令の規定に基づくなどの合理的な根拠もなく恣意的に、給与等の収入金額を除外して申告したものと認められ、同人が正当な税額を免れる目的で、所得金額をことさらに過少に記載した申告書を提出したことは明らかであり、同人の行為は、本件規定における「偽りその他不正の行為」に該当すると解するのが相当である。
(ハ)この点、請求人は、非課税所得分を給与等の収入金額から控除してよいとする税務当局からの指導があった旨の先輩からの言い伝えを信じて申告したにすぎず、ほ脱の意図をもっていなかったのであるから、請求人の行為は、本件規定における「偽りその他不正の行為」に該当しない旨主張する。
 ところで、当審判所の調査の結果によれば、多数の現地職員が、実際の給与等の収入金額から多額の金額を除外した上で確定申告をしていることから、現地職員の間では、給与等の収入金額について、その一部を除外して申告してもよいとする言い伝えがあったものと推認されなくはないが、請求人がその言い伝えの真偽を税務署に確認した形跡はなく、毎年、その給与額の6割以上の額を除外した恣意的な額を給与額として申告し続け、本来納付すべき税額の9割以上をのがれてきたのであるから、同人は、むしろ、言い伝えに乗じて、これを恣意的に自己に有利となるように解し、多額の給与等の収入金額を除外してきたと推認するのが相当である。
 したがって、請求人は、各年分につき、税額を免れる意図の下に、賦課徴収を著しく困難ならしめるような内容虚偽の申告書を提出したもので、「偽りその他不正の行為」により税額を免れたというべきであるから、この点に関する同人の主張には理由がない。
 なお、請求人提出資料及び当審判所の調査の結果のいずれによっても、税務当局により、非課税所得分を給与等の収入金額から控除してよいとする指導が行われたことを認めるに足る証拠はない。
(ニ)以上のとおり、請求人の行為は、本件規定における「偽りその他不正の行為」に該当するから、本件規定を適用して本件各更正処分をしたことは適法である。
ロ 本件附帯決議について
 請求人は、本件規定を濫用して行われた本件各更正処分は、本件附帯決議に反し違法である旨主張する。
 しかしながら、本件規定を適用して行われた本件各更正処分は、上記イのとおり、請求人の行為が本件規定における「偽りその他不正の行為」に該当することからなされたものであり、したがって、本件附帯決議に反するものではないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2)本件各賦課決定処分について

 以上のとおり、本件各更正処分は適法であり、また、同更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づき行われた本件各賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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