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(平13.10.11裁決、裁決事例集No.62 37頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、法人格を有しない寺院の信徒が、寺院の伽藍新築工事等のために寄附した金銭(以下「本件寄附金」という。)が、同寺院の住職である審査請求人(以下「請求人」という。)の事業所得に係る総収入金額に当たるか否かを主な争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

 請求人は、平成7年分、平成8年分及び平成9年分(以下、これらを併せて「各年分」という。)の所得税について、次表の「確定申告」欄のとおり、法定申告期限までに申告をした。
 その後、請求人は、平成10年3月16日に平成8年分の納付すべき税額を次表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした。
 原処分庁は、これに対し、平成10年3月23日付で次表の「更正処分」欄のとおりの更正処分をした。
 その後、原処分庁は、平成11年2月10日付で次表の「更正処分等」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

 請求人は、これらの処分を不服として、平成11年4月1日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成11年6月30日付でいずれも棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成11年7月19日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、昭和52年ころに得度してH宗の僧侶となり、供養や加持祈祷を行っていたが、昭和61年6月10日にK教会から支部設置の認可を得て支部長に任命され、同年7月5日にQ市R町1207番地に所在する借家においてL寺(以下「本件寺院」という。)を開山した。
ロ 請求人は平成6年7月ころQ市R町2449番地の1に所在する土地を取得し、その土地に平成8年6月ころ本件寺院の伽藍等が建立された。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件寄附金は、本件寺院の本堂等を建立するために、宗教団体である本件寺院に対して寄附されたものであり、請求人の事業所得の総収入金額ではない。
 なお、建立した本堂等の建物を請求人個人の名義で登記したのは、本件寺院が宗教法人となるまでの間、本件寺院の代表者である請求人の名義で登記したものである。
ロ 各年分の事業所得の金額は、供養等に対する布施及び賽銭の金額を基に、正しく申告している。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件寄附金の帰属
 請求人が主張する宗教団体とは、宗教法人の前段階であり、宗教団体すなわち権利能力なき社団は、税法上、収益事業のみに課税されることになる。
 ところで、個人を離れて社団が実在するものとして法律的、社会的、経済的に認識されるには、個人の意思と離れた別個独立の団体の意思の存在が客観的に認識され、その事業活動等に要する団体固有の資産が個人と峻別されて存在することが、最低限必要なことであると解されている。
 しかしながら、〔1〕請求人は、事業に関する日々の現金の収受、支出の状況及びその後の現金の動きが分かる帳簿等の記載、保存を行っていないことから、祈祷料、寄附金等の金の動きが不透明であること、〔2〕請求人は毎年、祈祷料、賽銭及び供養料の収入金額並びに必要経費について記載したノ−ト(以下「本件ノ−ト」という。)に基づき確定申告を行っているが、本件ノ−トの収入金額は、月別の合計金額のみしか記載されておらず、また、当該収入金額が正しいか否かの判断ができる他の帳簿書類もないことから、団体固有の資産が個人の資産と峻別されているとはいえない。
 したがって、請求人は本件寺院は宗教団体である旨主張するが、もはやその体をなしておらず、護摩焚き祈祷料、供養料、奉納金、賽銭、寄附金等は、請求人の事業活動及びその活動に付随して発生したものであると解されることから、本件寄附金は、請求人の事業所得の総収入金額を構成するものである。
ロ 本件更正処分等
(イ)事業所得の金額等
A 総収入金額
 原処分に係る調査に当たり、調査担当者が請求人に対し、再三にわたり総収入金額の計算に必要な帳簿書類の提示を求めたところ、提示されたものは、本件ノ−ト及び領収書(以下、これらを併せて「調査提示資料」という。)であった。
 しかしながら、提示された領収書はその一部が欠落しており、現金出納帳などの帳簿の提示はなく、税理士を通じて適正に申告している旨主張するのみで、申告額を正当とする具体的理由の説明もなかった。
 また、本件寄附金については、「信者よりの預り金であり、その預り金で建立した寺院や舗装道路その他石仏等は、信者の所有物として祀ってあり、請求人個人のものではない」旨を主張し、総収入金額には計上されていなかった。
 以上のことから、実額による総収入金額の算定が不可能であったので、やむを得ず調査提示資料及び請求人の取引先等の調査により把握した資料等に基づき、合理的な推計の方法で、請求人の総収入金額を算定せざるを得なかった。
 その結果、各年分の総収入金額は、預貯金の入出金等を基に推計すると別表1のとおり、平成7年分が22,663,118円、平成8年分が31,845,451円、平成9年分が28,192,193円となる。
B 必要経費の額
 各年分の必要経費の額は、調査提示資料及び取引先等の調査によって把握した資料等に基づき、実額により算定したところ、次表のとおりとなる。

C 事業所得の金額(総所得金額)
 各年分の事業所得の金額は、前記Aの総収入金額から、前記Bの必要経費の額を控除して算定すると、平成7年分が16,001,283円、平成8年分が19,022,954円、平成9年分が15,688,613円となる。
 なお、請求人には事業所得以外の所得は認められないので、事業所得の金額がそのまま総所得金額となる。
D 総所得金額から差し引かれる金額
 請求人は、配偶者特別控除の額を平成7年分は380,000円、平成8年分は280,000円としているが、いずれの年分も合計所得金額は、10,000,000円を超えるので、所得税法第83条の2《配偶者特別控除》第2項の規定により、配偶者特別控除の適用を受けることはできない。
 また、請求人は、平成9年分において老年者控除の額500,000円を控除しているが、同年分の合計所得金額は、10,000,000円を超えるので、請求人は所得税法第2条《定義》第1項第30号に規定する老年者には該当せず、同法第80条《老年者控除》第1項の適用を受けることはできない。
 上記以外の、総所得金額から差し引かれる金額は、平成7年分及び平成9年分については確定申告書に記載された金額に、平成8年分は更正の請求に基づく更正処分の金額に誤りは認められないので、平成7年分が1,650,773円、平成8年分が1,810,090円、平成9年分が1,280,040円となる。
E 課税される所得金額
 各年分の課税される所得金額は、前記Cの総所得金額から、前記Dの、総所得金額から差し引かれる金額を控除して1,000円未満の金額を切り捨てて算定すると、平成7年分が14,350,000円、平成8年分が17,212,000円、平成9年分が14,408,000円となる。
 以上の結果、請求人の各年分の課税される所得金額は、いずれも本件更正処分の額と同額となるので、本件更正処分は適法である。
(ロ)本件賦課決定処分
 本件更正処分により増加した税額の計算の基礎となった事実には、国税通則法(以下「通則法」という。)第65条《過少申告加算税》第4項に規定する過少申告加算税を賦課しない場合の正当な理由があるとは認められない。
 また、過少申告加算税の額は、通則法第65条第1項及び第2項の規定に従い正しく計算しており、本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

 本件の争点は、本件寄附金が請求人の事業所得に係る総収入金額となるか否かであるので、以下審理する。

(1)認定事実

 請求人が当審判所に提出した資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
イ 昭和61年6月28日付のH宗K教会L寺開山に関する信徒代表との打合せ議事録によると、同日開催された打合せにおいて、〔1〕本件寺院の開山式の日程を同年7月5日とする、〔2〕寺院規則を制定し、これを承認する、〔3〕請求人が代表者に就任する、〔4〕責任役員にN、S、T及びWが就任し、N及びSの両名は、信徒総代を兼任することが決議されている。
ロ H宗K教会「L寺」規則には、第1章総則で、名称、寺の所在地、包括宗教団体及び目的を定め、第2章役員で、代表者・責任役員の員数、資格、選任の方法、任期及び職務権限並びに信徒総代会の設置、代表者・責任役員の解任、総代の解任等について定められている。
 なお、信徒総代会は、寺の運営に関する一切の決定をする権限を持つ旨が定められている。
ハ 平成6年7月1日付のL寺責任役員会・信徒総代会議事録によると、同日開催された総代会において、〔1〕本件寺院の新築工事を実施する、〔2〕請求人及び責任役員4名が建設委員となる、〔3〕請求人が諸手続上の申請名義人となる、〔4〕Xが監査役となることが決議されている。
ニ 前記ハの決議に基づき、平成7年3月ころ、請求人及び世話人一同の連名で「H宗L寺伽藍新築ご寄付のお願い」と記された文書を信者に配付して寄附金を募集している。
ホ 請求人が当審判所に提出した本件寺院の伽藍新築に係る寄附者名簿によると、その寄附金の合計金額は、39,480,000円となっている。
ヘ Xは、当審判所に対し、本件寄附金は、Y郵便局の貯金口座(口座番号:○○○○、名義人:L寺M(請求人))(以下「本件郵便貯金」という。)にすべて入金しており、布施収入とは区別して管理している旨答述している。
 なお、請求人が、当審判所に提出した本件郵便貯金の通帳には、本件寺院の伽藍新築に係る寄附金として、平成6年分は16,930,257円、平成7年分は20,779,983円、平成8年分は2,667,812円、合計40,378,052円の入金がある。
 また、それ以外の寄附金として平成9年分に7,500,000円の入金がある。
ト 請求人が当審判所に提出した本件郵便貯金の通帳及び入出金明細表を基に当審判所で調査したところによると、本件寄附金は、別表2のとおり、個人的に費消された事実はない。
チ Xは、当審判所に対し、本件寺院は、伽藍新築当時から法人化を目指しており、Z県の指導により、平成10年12月ころ本件寺院境内において、宗教法人法第12条《設立の手続》第3項の規定に基づき、宗教法人設立に関する公告を行った旨答述している。
リ 請求人が、平成12年2月16日にZ県総務部私学学事振興局学事課に提出した「宗教法人設立概要書」に添付されている寄附証明書には、寄附されるものとして、本件寺院の土地及び建物(本堂、地蔵堂、観音堂、便所、不動堂、ポンプ室)が記載されている。
ヌ 本件寺院は平成13年4月19日現在、宗教法人設立の認証手続中である。

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(2)本件寄附金の帰属

 原処分庁は、宗教団体と権利能力なき社団は同一であると定義した上で、本件寺院においては団体固有の資産が個人の資産と峻別されていないことを理由に、本件寺院は宗教団体としての体をなしていないとして、本件寄附金は、請求人の事業活動に付随して発生したものであり、請求人の事業所得の総収入金額を構成する旨主張する。
 ところで、権利能力なき社団とは、〔1〕共同の目的のために結集した人的集合体であって、〔2〕団体としての組織を備え、〔3〕そこには多数決原理が行われ、〔4〕構成員の変更にかかわらず団体そのものが存続し、〔5〕その組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものをいうと解されている。
 そこで、本件寺院の実態及び本件寄附金の帰属について、以下審理する。
イ 請求人は、前記1の(3)のイ及びロのとおり、K教会から支部設置の許可を得て支部長に任命され、本件寺院を昭和61年7月5日に開山し、平成8年6月ころ伽藍等が建立されている。
ロ 本件寺院は、前記(1)のイ及びロのとおり、寺院規則及び役員を定め、本件寺院の運営に関する一切の権限を信徒総代会に委ねるなど、団体としての意思決定機能を備えている。
ハ 本件寄附金については、前記(1)のハ及びニのとおり、信徒総代会の決議を受けて募集したものであり、請求人個人の意思で募集されたものではない。
ニ 本件寄附金は、前記(1)のホ及びヘのとおり、監査役であるXが、すべて本件郵便貯金に入金し、請求人個人の財産とは区分して管理している。
ホ 本件寄附金の大部分は、前記(1)のトのとおり、本件寺院の建設費等に充てられており、請求人が個人的に費消した事実はない。
ヘ 本件寄附金によって取得された本堂等は、前記(1)のチ、リ及びヌのとおり、本件寺院に宗教法人の認可が下りた場合には、宗教法人に寄附されると認められる。
 以上のことから、本件寺院の実態は、〔1〕共同の目的、〔2〕組織、〔3〕団体の存続、〔4〕運営、〔5〕財産の管理等において、実質的に権利能力なき社団の要件を充足していると認めるのが相当であることから、本件寺院は、法人税法第2条《定義》第8号に規定する人格のない社団(いわゆる権利能力なき社団)等に該当するものと認められる。
 したがって、本件寄附金は、人格のない社団である本件寺院に帰属すると認められることから、原処分庁の主張は採用できない。

(3)本件更正処分等

イ 本件更正処分
 原処分庁は、本件寺院は、権利能力なき社団の体をなしておらず、本件寄附金は請求人の事業所得の総収入金額を構成するとして、預貯金の入出金等を基に請求人の総収入金額を算定しているが、前記(2)のとおり、本件寺院は人格のない社団と認められることから、本件寄附金が、請求人の事業所得の総収入金額を構成するとしていた本件更正処分は、事実の認定を誤ったものと認められる。
 更に、原処分庁が総収入金額に算入したその他の預貯金の入積額等についても、そのすべてが請求人の事業所得に係る総収入金額と認定するに足りる証拠は認められない。
 したがって、本件更正処分はその全部を取り消すべきである。
ロ 本件賦課決定処分
 本件更正処分の取消しに伴い、その全部を取り消すべきである。
(4)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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