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(平13.10.11裁決、裁決事例集No.62 115頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、会社役員である審査請求人(以下「請求人」という。)が支出した通勤費、宿泊費、衣服費、交際費、新聞雑誌費などの金額を給与所得に係る給与等の収入金額から実額で控除できるか、また、これらの支出のうちに、所得税法第57条の2《給与所得者の特定支出の控除の特例》第1項に規定する特定支出の控除の特例(以下「本件特例」という。)により控除できるものがあるか否かを主たる争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯等

イ 請求人は、平成12年3月3日、平成11年分の所得税の確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)に、給与の収入金額2,040,000円から別表2−1の「旅費交通費等明細」と題するメモ記載の合計額778,600円及び同2−2の「会社勤務に係る諸経費:99年度分」と題するメモ(以下、これら2つのメモをそれぞれ「明細メモ」という。)記載の合計額603,000円の総合計1,381,600円(以下「本件支出」という。)を控除した残額658,400円を給与所得の金額とし、別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに提出した。
ロ これに対し、原処分庁は、平成12年11月28日付で別表1の「更正処分等」欄のとおり、平成11年分の所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ハ 請求人は、これらの処分を不服として平成12年12月27日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が平成13年3月23日付でこれを棄却する異議決定をしたので、同年4月13日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により不当であり、その全部の取消しを求める。
イ 本件更正処分について
(イ)請求人は、F株式会社(以下「F社」という。)の監査役をしているところ、F社から報酬として受けている収入は、請求人の収入全体の28パーセントにすぎないが、監査役の業務や責任は法的にも規定されていることから、定例の監査役会、取締役会への出席はもちろんのこと、会計管理、経営管理など実務部門への指導等も行っており、実態として監査役としての研さん費用を含め、自己負担支出は報酬額の約69パーセントを占めている。
(ロ)請求人は、健康上の理由から、平成7年にP県Q市に、また、平成11年には現住所であるR県S市に転居したが、その結果、F社までの距離は約380キロメートルとなり、最も速い交通手段でも最低4時間30分を要するため、長距離通勤及び宿泊が不可欠となったので、本件支出を給与等の収入金額から全額控除して申告したものである。
 なお、社外監査役のF社までの通勤費用等は、当時は自己負担であったが、平成13年度からは会社負担になっている。
(ハ)原処分庁は、本件確定申告書に関する請求人の提出書類にはJRや地下鉄の領収書の添付がなく、通勤の事実を証するものがないから、その内容が100パーセント認められないとの理由で、本件更正処分をしたのであるが、請求人としては、F社へ通勤した事実を証するものとして、証券取引所や法務局に届け出た株主総会、取締役会及び監査役会の各議事録等があり、金額についても、普通席特急乗車券利用の交通費や1泊2万円以内の宿泊費等、請求人が実際に支払った平均金額を費用控除として申告したものである。
 また、JRや地下鉄の運賃は公知のものであり、勤務に宿泊を伴うことは時間的に不可避である。
(ニ)以上の理由により、原処分庁は、書類上の形式的判断で課税をするのではなく、常識的に必要な費用であるという実態を理解し、給与の収入を得るために要した支出は実額で控除することを認め、請求人が必要経費とした本件支出を申告どおり認めるべきである。
 また、全額が必要経費として認められないとしても、本件支出が本件特例に該当するのであれば、その該当部分について本件特例の適用を認めるべきである。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分は不当であり、本件賦課決定処分も取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法であるから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件更正処分について
(イ)所得税法第57条の2第1項は、居住者が、各年において特定支出をした場合において、その年中の特定支出の合計額が同法第28条《給与所得》第3項に規定する給与所得控除額を超えるときは、その年分の給与所得の金額は、給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額からその超える部分の金額を控除した金額とすることができる旨規定し、同条第2項において、特定支出に該当する支出は、〔1〕通勤費、〔2〕転任に伴う引越費用、〔3〕研修費、〔4〕人の資格を取得するための支出及び〔5〕単身赴任者の往復旅費の5種類である旨限定的に規定している。
 そして、同条第3項には、特定支出控除の特例は、確定申告書にその適用を受ける旨及び特定支出の額の合計額を記載するとともに、当該支出に関する同法施行令第167条の5《特定支出の支出等を証する書類》に規定する領収書等及び同法施行規則第36条の5《給与等の支払者による証明等》に規定する給与等の支払者による証明書を添付した場合に限って適用する旨の規定がある。
(ロ)本件支出のうち上記(イ)の〔1〕から〔5〕の規定に該当するものは、勤務先までの通勤費であるが、当該通勤費については、上記(イ)で述べた給与等の支払者であるF社の証明書が添付されておらず、さらに、領収書等の添付又は提示を受けた事実がないことから、特定支出の条件に該当する支出はないことになる。
(ハ)請求人は、前記(1)のイの(ニ)のとおり、給与の収入を得るために要した支出の控除を実額で又は本件特例として認めるべきである旨主張するが、実額で給与所得を求めるべきものとする法令の定めはなく、上記(ロ)で述べたとおり、請求人が主張する交通費や宿泊費等は本件特例に該当する支出ではないから、請求人の主張には理由がない。
(ニ)以上の結果、請求人の平成11年分の総所得金額は、収入金額2,040,000円から給与所得控除額792,000円を控除した給与所得の金額1,248,000円に雑所得の金額3,487,244円を加算した4,735,244円となり、この金額でされた本件更正処分は適法である。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分は適法であるから、本件賦課決定処分も適法である。

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3 判断

 本件では、請求人が、本件支出を給与所得に係る給与等の収入金額から実額で控除できるか、また、本件支出のうちに本件特例による控除が認められるものがあるか否かに争いがあるので、以下審理する。

(1)本件更正処分について

イ 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)本件確定申告書には、次の書類が添付されている。
A F社交付の平成11年分給与所得の源泉徴収票(支払金額2,040,000円)
B G厚生年金基金及び社会保険庁交付の平成11年分公的年金等の源泉徴収票(支払金額2,815,704円と2,210,466円の2枚)
C 健康保険料納付証明書(G健康保険組合)、共済掛金振込証明書(H協同組合連合会)、生命保険料控除証明書(K生命保険会社)
D 別表2−1及び2−2の各明細メモ並びに別表3のF社総務部長名で記載の交通費未支給証明書と題する書類(以下「交通費未支給証明書」という。)
(ロ)本件確定申告書には、本件特例の適用を受ける旨の記載がない。
(ハ)上記(イ)の添付書類のほかには、本件確定申告書の提出の際に提示された書類等はない。
ロ ところで、所得税法第28条第2項は、給与所得の金額は、その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額と規定しており、同条第3項は、給与所得控除額は、収入金額に応じた5段階の計算方法で算出されるべきものと規定している。すなわち、給与等については、個々の実額計算による必要経費ではなく、給与等の収入金額に応じた法定の給与所得控除額を控除することによって所得の金額を算出する旨定めている。
ハ また、上記ロに対する特例として、所得税法第57条の2第1項は、給与所得者の特定支出の控除の特例を定めており、居住者が、各年において特定支出をした場合において、その年中の特定支出の額の合計額が給与所得控除額を超えるときは、その年分の給与所得の金額は、給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額からその超える部分の金額を控除した金額とすることができる旨規定している。
 なお、前述の給与所得控除額は、同法第28条第3項第2号によれば、収入金額が180万円を超え360万円以下である請求人の場合、72万円と当該収入金額から180万円を控除した金額の100分の30に相当する金額との合計額とする旨規定されている。
ニ 次に、所得税法第57条の2第2項は、特定支出とは、居住者の次に掲げる支出(その支出につきその者に係る給与等の支払をする者により補てんされる部分があり、かつ、その補てんされる部分につき所得税が課されない場合における当該補てんされる部分を除く。)をいう旨規定している。
(イ)その者の通勤のために必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のための支出で、その通勤の経路及び方法がその者の通勤に係る運賃、時間、距離その他の事情に照らして最も経済的かつ合理的であることにつき給与等の支払者により証明がされたもののうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる一定の支出
(ロ)転任に伴うものであることにつき給与等の支払者により証明がされた転居のために通常必要であると認められる一定の支出
(ハ)職務の遂行に直接必要な技術又は知識を習得することを目的として受講する研修(人の資格を取得するためのものを除く。)であることにつき給与等の支払者により証明がされたもののための支出
(ニ)人の資格(弁護士、公認会計士、税理士その他の人の資格で、法令の規定に基づきその資格を有する者に限り特定の業務を営むことができることとされるものを除く。)を取得するための支出で、その支出がその者の職務の遂行に直接必要なものとして給与等の支払者により証明がされたもの
(ホ)転任に伴い生計を一にする配偶者との別居を常況とすることとなった場合その他これに類する場合として政令で定める場合に該当することにつき給与等の支払者により証明がされた場合におけるその者の勤務する場所又は居所とその配偶者その他の親族が居住する場所との間のその者の旅行に通常要する一定の支出
ホ これらの場合における、給与等の支払者による証明等について、所得税法施行規則第36条の5第1項は、所得税法第57条の2第1項の規定の適用を受けようとする居住者の書面による申出に基づき、書面により行うと規定するとともに、上記ニの(イ)に掲げる支出についての証明事項は、その者の通勤の経路及び方法並びに当該経路及び方法が運賃、時間、距離その他の事情に照らして最も経済的かつ合理的であると認められる旨などであると規定している。
ヘ さらに、本件特例の適用について、所得税法第57条の2第3項は、確定申告書に同条第1項の規定の適用を受ける旨及び同項に規定する特定支出の額の合計額の記載があり、かつ、前項各号に掲げるそれぞれの特定支出に関する明細書及びこれらの各号に規定する証明の書類の添付がある場合に限り適用するとし、また、同条第4項は、第1項の規定の適用を受ける旨の記載がある確定申告書を提出する場合には、同項に規定する特定支出の支出の事実及び支出した金額を証する書類として政令で定める書類を当該申告書に添付し、又は当該申告書の提出の際提示することが適用要件となっている旨規定している。
 そして、所得税法施行令第167条の5第1項は、前記ニの(イ)ないし(ニ)の特定支出の支出等を証する書類として、これを領収した者の領収を証する書類その他の当該支出の事実及び支出した金額を証する書類とする旨規定している。
ト これを本件について見ると、次のとおりである。
(イ)請求人は、給与等の収入金額から本件支出を必要経費として実額計算で控除すべきである旨主張するが、前記ロのとおり、給与所得の算定に当たって実額で給与所得を求めるべきものとする法令の定めはないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ロ)次に、請求人は、本件支出が本件特例に該当するのであれば、その該当部分について本件特例を適用し、給与所得控除額を超える部分の金額を控除すべきである旨主張するが、前記(1)のイの(ロ)及び(ハ)のとおり、本件確定申告書には、上記ヘで述べた本件特例の適用を受ける旨及び特定支出の額の合計額の記載がなく、かつ、領収を証する書類その他の当該支出の事実及び金額を証する書類の添付もない上、本件確定申告書の提出の際にこれを提示した事実もない。また、請求人が本件確定申告書に添付している別表3の交通費未支給証明書には、前記ホの規定による通勤の経路及び方法並びにそれが最も経済的かつ合理的であると認められる旨の記載がない。したがって、本件支出は、本件特例の適用要件を満たしていない。
チ なお、請求人は、形式的判断で課税をするのではなく、常識的に必要な費用であるという実態を理解してほしい旨主張する。
 しかしながら、給与所得の算定に当たって実額で給与所得を求めるべきものとする法令の定めがないことは、前記ロ及びトの(イ)に述べたとおりである。
 また、本件特例の制度は、特定の支出の負担を余儀なくされるサラリーマンの負担を考慮するものとして、昭和62年度の改正の際に創設されたものであり、給与所得者が必要経費そのものではないが勤務に伴って給与所得者特有の支出を余儀なくされているのも事実であることから、そのような給与所得者の特定支出の支出額が給与所得控除額を上回る場合には、その上回る特定支出の額を給与所得の金額の計算に当たって控除できるという趣旨の制度である。したがって、控除の対象とされる特定の支出の範囲も、前記ニのとおりサラリーマン特有の支出として限定的なものとされているところ、本件支出のうち、所得税法第57条の2第2項各号の規定に該当すると見る余地がある支出は、通勤費として支出された別表2−1の〔1〕の合計欄記載の旅費交通費271,600円と別表2−2の〔4〕の小計欄記載の自家用車諸費用及びタクシー利用等の支出23,000円との合計額294,600円に限られるが、仮に当該金額が本件特例の要件に該当するとしても、当該金額が請求人の給与等に係る給与所得控除額792,000円を超えないことは明らかであるので、いずれにせよ本件特例を適用することはできない。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用できない。
リ 以上の結果、請求人の平成11年分の総所得金額は、前記(1)のイの(イ)のAのとおり請求人が添付した平成11年分給与所得の源泉徴収票の給与等の収入金額2,040,000円から前記(1)のハで述べた所得税法第28条3項の規定に基づく給与所得控除の額792,000円を控除した1,248,000円に請求人が本件確定申告書に記載した雑所得の金額3,487,244円を加算した4,735,244円となり、この金額は更正処分の額と同額となるから、更正処分は適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 上記(1)のとおり本件更正処分は適法であり、かつ、更正により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいてされた本件賦課決定処分も適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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