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(平13.7.9裁決、裁決事例集No.62 217頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、漁業協同組合である審査請求人(以下「請求人」という。)が、砂利採取業者の行う海砂採取に同意したことにより、砂利採取業者から受領した金員(以下「本件金員」という。)が、請求人の所得金額の計算上、益金の額に算入すべき金額か否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成10年4月1日から平成11年3月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について、本件事業年度に受領した本件金員は、請求人の組合員(以下「本件組合員」という。)に帰属する補償金であり、配分金額が確定するまでは仮受金として計上することが認められるとして、益金の額には算入せず、青色の確定申告書に所得金額を○○○○円及び納付すべき税額を零円と記載して、法定申告期限までに申告した。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成12年7月4日付で本件金員は請求人に帰属するもので、雑収入として益金の額に算入すべきであるとして、所得金額を19,824,895円及び納付すべき税額を4,802,700円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)並びに過少申告加算税の額を698,000円とする賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ハ 請求人は、これらの処分を不服として、平成12年8月17日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、海砂採取水域の近隣にF漁業協同組合、G漁業協同組合及び本部漁業協同組合(以下「三漁協」という。)と共有する共同漁業権を有している。
ロ P県において、海砂採取の許可を受けようとする者は、P県海砂利採取要綱(以下「本件要綱」という。)により、砂利採取区域が漁業権区域の内外にかかわらず関係漁業協同組合(以下「関係漁協」という。)等の同意を得なければならないとされている。
ハ 請求人は、H株式会社及びJ株式会社(以下、2社を併せて「本件砂利採取業者」という。)の海砂採取に同意した。
ニ 請求人は、海砂採取に関して、本件砂利採取業者との間に汚染防止協定書(以下「本件協定書」という。)を、また、J株式会社との間に海砂採取に係る基本合意書(以下「本件合意書」という。)を取り交わした。
(イ)本件協定書には、次の事項が記載されている。
A 請求人と本件砂利採取業者は、本件砂利採取業者がQ村沖の水域(共同漁業権設定水域外の水域に限る。)において行う砂利採取業に関し、汚染防止協定を締結した。
B 本件砂利採取業者は、砂利採取法第16条《採取計画の認可》に従った作業を行い作業水域の汚染防止に努めなければならない。
C 使用作業船(船舶)は、海洋汚染防止に係る法規を厳守し乗組員及び作業員に周知徹底をはかるものとする。
D 指定区域に違反し採取した場合、本件砂利採取業者は直ちに作業を中止する。請求人は、これによって生じた損害を本件砂利採取業者に請求できるものとする。
(ロ)また、本件合意書には、次の事項が記載されている。
A 採取数量は、400,000立方メートルとする。
B 漁業補償料は、10,000,000円とする。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 原処分に係る調査について
 原処分に係る調査は、関係資料を提出させ、請求人及び三漁協の組合長(代表理事)同席の際に、一度意見を聴取しただけで本件合意書の存在も確認していない不十分な調査である。本件合意書の内容を調べていれば、本件合意書の第5項で漁業補償料と明記されており解釈の余地もなかった。
ロ 本件金員について
(イ)本件金員の性格について
A P県において、海砂採取を許可するに当たっては、上記1の(3)のロのとおり、利害関係のある関係漁協の同意を条件として許可を与えている。
 つまり、P県が関係漁協の同意を求めている趣旨は、海砂採取による予想し得ない漁業被害が発生した場合に備えて、当事者間における紛争防止のための手続であると解されることからしても、本件金員は漁業補償金である。
B 共同漁業権設定水域外での海砂採取であっても、海面では潮流、魚類等の回遊の制限もなければ、物理的な仕切りもない。また、本件組合員は共同漁業権設定水域外でも操業している。
 したがって、本件組合員は大なり小なり被害を被るおそれがあるから、本件金員は、所得税法施行令第94条《事業所得の収入金額とされる保険金等》第1項第2号に規定する漁獲量の減少及び漁業妨害に対する漁業補償金である。
C 本件合意書で漁業補償料と規定されており、本件金員は、それに基づき受領した補償金である。
(ロ)本件金員の帰属について
A 漁業協同組合(以下「漁協」という。)は、漁業権の管理団体の性格を有しているが、漁協自体は漁業を営ず、漁業を営むのは組合員である。したがって、漁業被害が発生した場合、被害を被るのは組合員であって漁協ではないことから、本件金員は本件組合員に支給された金員である。
B これまで、本件組合員に帰属する取引であっても本件組合員全体に係る経済取引は、すべて請求人の組合長名で契約書を締結しており、本件金員は、組合長名で締結した本件合意書に基づいて請求人が本件組合員に代わり代理受領したものである。
ハ 予備的主張について
 昭和32年3月31日名局法1−21上申に対する指示(漁業協同組合が電力会社から受け入れる漁業補償金の取扱いについて)及び昭34直法1−27個別通達(漁業権の取消し又は変更に伴い交付を受けた補償金の取扱いについて)は、漁業補償金が漁協に対して交付されたものであるか、組合員に対して交付されたものであるか明確でない場合の会計処理について、〔1〕組合員に配分した場合は、損金の額に算入することを認める、〔2〕配分が確定するまで仮受金処理を認めるとしている。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 原処分に係る調査について
 請求人から提出された書類、その他関係資料の分析及び関係者からの聴取等により総合判断しており、税務調査に瑕疵があるとの主張は誤りである。請求人は、本件合意書に漁業補償料と記載されていることから、解釈の余地はない旨主張するが、当該判断をするに当たり、その取引に用いられた名称、形式等のみならず、実質的内容により判断した。
ロ 本件金員について
(イ)本件金員の性格について
A 本件協定書において、海砂採取水域は共同漁業権設定水域外と明記されており、本件組合員が有する漁業権に対する補償金ではない。
B 漁業補償金であれば過去における実績資料の有無にかかわらず、何らかの算定根拠が示されるべきである。しかし、本件金員は算定根拠が示されず、請求人及び三漁協に一律に10,000,000円を支給している。
(ロ)本件金員の帰属について
 本件協定書及び本件合意書の契約者は、請求人と本件砂利採取業者であることから本件金員は請求人に帰属する。
ハ 予備的主張について
 昭和32年3月31日名局法1−21上申に対する指示は、漁業補償金に対する個別事案の取扱いであり、漁業補償金に当たらない本件金員には適用されない。
ニ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり、本件更正処分は適法であり、かつ、請求人には国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないことから、同条第1項及び第2項の規定に基づき行った本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

(1)原処分に係る調査について

 請求人は、原処分に係る調査は、関係資料を提出させ、組合長から一度意見を聴取しただけで本件合意書の存在も確認していない不十分な調査である旨主張する。そこで、当審判所において審理したところ、確かに、原処分に係る調査担当職員は、請求人及び三漁協の組合長同席の際に、G漁業協同組合がH株式会社と取り交わした海砂採取に係る基本合意書(以下「別件合意書」という。)の存在は確認しているが、請求人が、J株式会社と取り交わした本件合意書については確認していないことが認められる。
 しかし、別件合意書の第5項で漁業補償料を10,000,000円とすることが明記されており、原処分に係る調査担当職員が別件合意書を確認し、本件合意書の第5項と同様の事実関係を把握して判断していることから、不十分な調査であるとの請求人の主張には理由がない。
 また、本件金員の性格は、その取引に用いられた名称、形式等のみならず、実質的内容により判断すべきであり、本件合意書第5項の漁業補償料の記載をもって本件金員が漁業補償金であるとの請求人の主張は採用できない。

(2)本件金員について

 本件は、本件金員が、請求人の所得金額の計算上、益金の額に算入すべき金額か否かが争点であるので、以下審理する。
イ 関係法令等について
(イ)漁業法第2条《定義》第1項において、「漁業」とは、水産動植物の採補又は養殖の事業をいい、同条第2項において、「漁業者」とは、漁業を営む者をいうと規定されている。また、同法第6条《漁業権の定義》第2項において、「共同漁業権」とは、共同漁業を営む権利をいい、同条第5項において、「共同漁業」とは、一定の水面を共同に利用して営む漁業をいうと規定されている。
 そして、共同漁業権は、同法第10条《漁業の免許》において、都道府県知事により漁協に免許されると規定されているが、漁業を営む権利(以下「漁業権行使権」という。)は、漁協の組合員である漁業者が有すると同法第8条《組合員の漁業を営む権利》第1項において規定されている。
 したがって、共同漁業権は、漁協とその組合員全員とに質的に分有されて、漁協は漁業権の保有主体として管理権能を、組合員全員はその収益権能(漁業権行使権)をそれぞれ有していると解されている。
(ロ)一般に、漁業補償とは、共同漁業権が設定された海など公有水面の埋立て・干拓、発電・水利のためのダム建設、自衛隊の演習その他の事業によって漁業者に生ずる損失に対してなされる補償を指し、具体的には、漁業法第39条《公益上の必要による漁業権の変更、取消し又は行使の停止》、土地収用法第68条《損失を補償すべき者》等の公権力の行使により漁業者に損失を与えた場合の補償、土地収用法等の収用発動前に任意に公共事業施行者と漁業者との間であらかじめ締結された漁業補償契約に基づく補償及び海面の埋立て・しゅんせつ工事等によって損失の発生が予見される場合に行われる漁業補償契約に基づいて補償されるもの等を指すと解されている。
 そして、補償すべき損失とは、公権力の行使による漁業補償では、「処分によって通常生ずべき損失」とするのが通例であり、契約による漁業補償では、当事者間の合意によるが、公権力の行使の場合と同様の考え方がとられている。
 また、「通常生ずる損失」には、財産価値の減少、新たな費用の支出等のほか、将来得べかりし利益の喪失等の期待利益の喪失も含まれると解されている。
 そうすると、漁業補償とは、事業施行者の何らかの行為により、漁業権行使権を有する漁業者に、上記「通常生ずる損失」に対してなされる補償をいうものと解される。
ロ 本件金員の性格について
(イ)請求人は、P県が利害関係のある関係漁協の同意を求めている趣旨は、海砂採取による予想し得ない漁業被害が発生した場合に備えての当事者間における紛争防止のための手続であると解されることからしても、本件金員は漁業補償金である旨主張する。
 確かに、請求人が、本件要綱に定める利害関係のある関係漁協の地位にあるのは認められるところであり、また、関係漁協の同意を求めている趣旨は、砂利採取業者が海砂採取をするに当たって、権利の侵害又は侵害のおそれについて当事者間の自主的調整を図るためと認められるところである。
 しかし、上記1の(3)のニの(イ)のAのとおり本件協定書において、海砂採取水域は共同漁業権設定水域外の水域に限ると記載されており、本件組合員は、本件の海砂採取水域において、漁業権行使権を有していないことが明らかである。
 したがって、本件組合員には、漁業権行使権に関する損失は何ら生じておらず、上記イに照らしてみると、本件金員が本件組合員に対する漁業補償金であるとの請求人の主張には理由がない。
(ロ)なお、請求人の主張のとおり、共同漁業権設定水域は、海砂採取水域の近隣水域にあり、海面では、物理的な仕切りがないことなどから、汚染による損失のおそれを全く否定することはできない。
 しかし、仮に被害が発生し損失が生ずるおそれがあり、これに対する補償金として受領するのであれば、具体的な損失の予測やその額の見積り等の算定根拠が示されるべきであるが、請求人は、具体的な算定根拠を示していないことから、本件金員は損失額を補償するために支出された金員とは認められない。
 そうすると、請求人と本件砂利採取業者との間において、本件協定書及び本件合意書の締結が行われ、〔1〕請求人及び三漁協に一律に同額が交付されていること、〔2〕本件要綱の規定において関係漁協の同意が不可欠であったことから総合的に判断すると、本件金員の性格は、海砂採取を円滑に進める目的で請求人の同意を得るために支出された金員とみるのが相当である。
 したがって、本件金員が、漁獲量の減少及び漁業妨害に対する漁業補償金であるとの請求人の主張は採用できない。
(ハ)さらに、請求人は、本件合意書で漁業補償料と明記されており、本件金員は、それに基づき受領した補償金である旨主張する。しかしながら、上記(1)のとおり、本件合意書において漁業補償料と記載されていることをもって漁業補償であるとする請求人の主張は採用できない。
ハ 本件金員の帰属について
 請求人は、漁協自体は漁業は営ず、漁業を営むのは組合員であることから、損害を被るのは組合員であり、本件金員は本件組合員に帰属するもので、請求人が代わりに受領した旨主張する。
 しかしながら、上記ロのとおり、本件金員は本件組合員に対する漁業補償金とは認められず、本件組合員に帰属するものではないから、請求人が代わりに受領したとする請求人の主張は採用できない。
ニ 予備的主張について
 さらに、請求人は、昭和32年3月31日名局法1−21上申に対する指示及び昭34直法1−27個別通達において、漁業補償金が漁協に対して交付されたものであるか、組合員に対して交付されたものであるかの区分が明確にされていない場合の会計処理については、〔1〕組合員に配分した場合は、損金の額に算入することを認める、〔2〕配分が確定するまで仮受金処理を認めるとしている旨主張するが、これらはいずれも漁業補償金に関する取扱いを示したものであることから、漁業補償金とは認められない本件金員には適用されず、請求人の主張は採用できない。
ホ 以上のことから、本件金員は,所得税法施行令第94条第1項第2号に規定する補償金とは認められず、請求人が本件砂利採取業者の海砂採取に同意することに伴い受領したもので、請求人に帰属する金員であり、請求人の所得金額の計算上、益金の額に算入すべき金額である。よって、原処分庁が仮受金処理を否認して益金の額に算入した本件更正処分は適法である。

(3)本件賦課決定処分について

 以上のとおり、本件更正処分は適法であり、これにより納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由がある場合に該当するとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいて行った本件賦課決定処分は適法である。
(4)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された資料によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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