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(平14.10.2裁決、裁決事例集No.64 1頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が相続した農地について、相続開始時点において既に時効が完成している事実を認定して第三者の賃借権の時効取得を認めた判決が確定したことから、相続税の課税価格に算入すべき当該農地の価額を、賃借権の価額を控除した金額に減額すべきであるとする更正の請求が認められるか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯及び基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成9年1月12日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡した父F(以下「被相続人」という。)から、別表2記載の1ないし3の土地(以下、各土地を一括して「本件各土地」といい、同表記載の1の土地を「本件甲土地」、同表記載の2及び3の土地を併せて「本件乙土地」という。)を相続した(以下、この相続を「本件相続」という。)。
ロ 請求人は、平成9年7月3日に、本件甲土地を耕作しているG(以下「G」という。)及び本件乙土地を耕作しているH(以下「H」といい、Gと併せて「Gら」という。)に対して、主位的に使用貸借の解約申入れによる終了に基づき、予備的に賃貸借の解約申入れによる終了に基づき、本件各土地の明渡等を求める訴訟(○○地方裁判所○○支部平成○年(○)第○○号事件。以下「本件訴訟」という。)を提起した。
 一方、Gらは、本件訴訟において、本件各土地について、それぞれ賃借権を時効取得したとして、時効の援用をする旨の平成9年8月6日付の答弁書を提出した。
ハ 請求人は、別表1の「申告」欄のとおり記載した相続税の申告書を法定申告期限までに提出したが、その際、本件各土地を評価するに当たり、本件各土地を耕作している第三者がいるものの、本件各土地が使用貸借契約に基づく貸付農地で、農地法第3条《農地又は採草放牧地の権利移動の制限》に規定する許可を受けていないものであると考え、賃借権等何ら負担のない自用地として評価した。
 また、請求人は、平成10年5月25日に原処分庁に対して、別表1の「修正申告」欄のとおりの修正申告書(以下「本件修正申告書」という。)を提出した。
ニ 本件訴訟に係る平成10年3月26日の第一審判決及び平成11年9月28日の控訴審判決(以下「本件判決」という。)は、次の要旨のとおり判示し、同年10月12日が経過して上告期間が満了したことにより、確定した。
(イ)被相続人は、昭和29年ころ、本件甲土地をGの父に、昭和32年ころ、本件乙土地をHの父に、それぞれ貸し渡したものであるところ、本件各土地の各貸借の合意は、期間の定めのない耕作目的の土地賃貸借契約に当たるが、これら賃貸借契約(以下「本件各賃貸借契約」という。)は、いずれも農地法第3条所定の知事等の許可を受けていないので無効である。
(ロ)本件甲土地については、昭和29年ころからはGの父が、昭和49年6月14日に同人が死亡して以降は同人の長男であるGが、また、本件乙土地については、昭和32年ころからHの父が、平成6年4月1日に同人が死亡して以降は同人の長男であるHが、それぞれ占有して耕作地として利用していることから、Gについては昭和49年12月31日の経過をもって、また、Hについては昭和52年12月31日の経過をもって、それぞれ賃借権を時効取得している。
(ハ)請求人の本件各土地に係る賃借権についての解約申入れについては、農地法第20条《農地又は採草放牧地の賃貸借の解約等の制限》所定の知事等の許可を要するところ、これを欠いているから無効である。
ホ このため、請求人は、平成11年11月16日に、原処分庁に対して、相続税の課税価格に算入すべき本件各土地の価額を耕作権の目的となっている農地として評価した価額に減額すべきであるとして、別表1の「更正の請求」欄のとおりの更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
ヘ これに対し、原処分庁は、平成12年5月30日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ト 請求人は、本件通知処分を不服として平成12年7月28日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が同年10月18日付で棄却の異議決定をしたので、同年11月17日に審査請求をした。

(3)関係法令等

イ 国税通則法(以下「通則法」という。)第23条《更正の請求》第2項第1号(以下「本件規定」という。)は、その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときに、その確定した日の翌日から起算して2月以内において、更正の請求をすることができる旨規定している。
ロ 民法第163条は、所有権以外の財産権を自己の為にする意思をもって平穏かつ公然に行使する者について、占有の開始時に善意無過失のときは10年、悪意又は有過失のときは20年の経過により、その財産権を取得する旨規定し、同法第145条は、時効について、当事者がその援用をすることを要する旨規定している。
 また、民法第144条は、時効の効力について、時効期間の起算日に遡及して生ずる旨規定している。
ハ 相続税法第22条《評価の原則》は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得の時における時価による旨規定している。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件においては、次のとおり、本件規定にいう「異なる」こと及びその「事実」が確定したといえることから、本件規定に基づく本件更正の請求は、認められるべきである。
(イ)請求人は、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告に当たり、本件各土地がいわゆるヤミ小作に供されている土地で、権利負担のない更地であるという事実を基礎とした。
(ロ)他方、本件判決によって、Gらにおいては本件各土地について賃借権を時効取得した事実、ひいては、請求人においては本件各土地について賃借権の負担がある事実が確定したものであるが、これは、次の点において、請求人が申告に当たり基礎とした事実と異なる事実が確定したといえる。
A 本件判決によってGらの賃借権の時効取得が認められたところ、時効の効果について、民法第144条が時効の起算日に遡及する旨規定していることから、本件各土地に係る賃借権も時効の起算日から存在することになる。そして、本件判決において、その起算日が相続開始日より前であると認定されていることから、本件相続開始日において、本件各土地について賃借権が存在していたことになる。したがって、本件相続開始日において、申告において前提とした権利負担のない更地という事実に対し、判決により賃借権の負担があるという異なる事実が確定したといえる。
 これに対し、原処分庁は、租税法律関係において時効の遡及効の適用を否定し、実体法上取得時効の効果は停止条件的に生じ、援用時に賃借権を取得する旨主張するが、これは、民法第144条に反する誤った解釈である。
B また、時効の遡及効の点を別としても、本件規定の趣旨が、申告時には予期し得なかった事態その他やむを得ない事由がその後において生じたことにより、納税者が不合理な損害を被る場合に、更正の請求を認めて納税者の権利を救済することにあることからすると、本件規定の適用に当たっては、相続発生時に遡って事実が異なっていた旨を確定する判決は必ずしも必要ではなく、相続税申告時に予期し得なかった事態が発生したといえる事情が存在するか否かを重視すべきである。
 本件において、相続開始時にいわゆるヤミ小作に供されていた本件各土地について、Gらの一方的な意思に係る時効の援用により賃借権の負担が生じることは、請求人において相続税申告時には予期し得なかったのであるから、賃借権の負担が生じたことは、申告に当たり基礎とした権利負担のない更地という事実と異なるとして、本件規定を適用すべきである。
ロ 請求人は、本件訴訟開始後、原処分庁の担当職員等に対し、本件訴訟で敗訴して、本件各土地に賃借権の負担が付いた場合の課税関係を尋ねたところ、当該担当職員は、「裁判で相手方の主張が認められ、その結果敗訴した場合は、更正の請求をすれば余分に納税した分は戻ってくる。」旨の回答をした。
 そのため、請求人は、当該担当職員の回答を信用し、更正の請求をしたものであり、また、請求人は、当該担当職員から、場合によって更正の請求が認められない可能性がある旨の指導がされておれば、本件各土地の評価額について通則法第23条第1項第1号の更正の請求あるいは土地賃貸借契約を自ら認める和解をすることについても検討したはずであるにもかかわらず、上記回答によりそれをしなかったのであるから、原処分庁が本件更正の請求を認めなかったのは、正義に反する。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 次のとおり、本件判決によっても本件規定にいう「異なる」こと及びその「事実」は確定していない。
(イ)本件判決によって、本件各土地についてGらが賃借権を時効取得した事実が確定した。
 しかしながら、民法第162条において、一定の要件を備えた占有が一定期間継続することによって時効取得の効果が生じる旨規定され、同法第145条において、時効の援用が規定されており、その趣旨は、時効の援用のあったときに権利取得という効果が確定的に発生することにあると解される。なお、民法第144条は時効の遡及効を規定しているが、この規定は、時効期間中継続した事実関係をそのまま保護し、時効による権利の得喪から生じる諸問題を遡及的に一挙に解決しようとする趣旨と解されることから、本件のような実体法上の時効の効力としての権利の得喪を生じる時期の問題とは全く別の問題である。したがって、租税法上においては、この適用がなく、時効の効力は遡及しない。
 そうすると、本件において、時効の援用があったのは本件相続開始日より後であり、Gらが賃借権を時効取得したのも本件相続開始日より後であることになるから、本件判決によっても、本件相続開始日において、本件各土地について賃借権があったとの事実は確定しておらず、本件判決において確定した事実と請求人が申告の基礎とした事実とは、何ら異ならない。
(ロ)また、請求人は、本件規定の適用に当たって、相続発生時に遡って事実が異なっていた旨を確定する判決は必ずしも必要なく、本件規定の趣旨を理由に、予期し得ない事態が生じた本件の場合には本件規定を適用すべきである旨主張するが、上記(イ)のとおり、本件相続の開始時において時効の援用がない以上、本件更正の請求は認められず、本件規定について請求人が主張するような拡大解釈をする余地はない。
ロ 原処分庁の担当職員は、請求人及びその弁護士から受けた更正の請求に関する相談に対し、更正の請求が認められる可能性が高いとの回答をしている。
 しかしながら、請求人が当該担当職員に相談したのは、請求人が本件相続税の申告をした後の平成11年のことであり、この回答によって請求人が誤った申告をしたとは認められず、仮に誤った教示をしたとしても、本来認められない更正の請求を認めることはできない。

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3 判断

(1)本件において本件規定が適用されるか否かについて

イ 本件規定の要件について
(イ)通則法第23条第2項の趣旨は、納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に発生し、これによって課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更を生じて税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に過酷な結果が生じる場合があると考えられることから、例外的に、一定の場合に更正の請求を認めることによって、保護されるべき納税者の救済の途を拡充したものであると解される。
 また、本件規定が、その救済すべき一場合として、判決により申告時に基礎とした事実と異なる事実が確定した場合を挙げているのは、課税計算の前提となる諸事実は広範かつ多岐にわたっており、その中には、納税義務が成立する時点で必ずしも権利関係等が明確でなく、当事者間では最終的に確定しがたい事実も多く、このような事実を課税の基礎とせざるを得ない場合もあり、そのような事実を課税の基礎とするときには、判決等による事実関係の確定を得て、その段階で課税の適切な是正を図るべきものとするのが妥当であるという趣旨に基づくものと解される。
(ロ)本件規定の文言と上記(イ)の趣旨にかんがみると、本件規定にいう「事実」とは、課税標準等又は税額等の計算に影響を与える事実を広く含むと解すべきであり、事実が「異なる」とは、事後的な実体法上の権利関係の変動に限られず、納税者が納税申告の際に基礎とした事実と判決で認定された事実との比較において、相違があれば足りると解すべきである。
(ハ)なお、請求人は、前記2(1)イ(ロ)Bのとおり、本件規定の適用に当たって、相続発生時に遡って事実が異なっていた旨を確定する判決は必ずしも必要なく、本件規定の趣旨を理由に、予期し得ない事態が生じた本件の場合には、本件規定を適用すべきである旨主張する。
 しかしながら、本件規定が「課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実」という文言を用いており、納税義務の成立時における事実を問題にしていると考えられることからすると、事実に相違があるか否かを比較する基準となる時点は、納税義務が発生する時点、すなわち相続税においては相続開始時と考えるべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用できない。
ロ 本件規定の適用について
(イ)まず、請求人は、前記2(1)イ(ロ)Aのとおり、申告に当たって、本件各土地について賃借権の負担がない自用地であるとの事実を前提としたが、本件判決によって、Gらの賃借権の時効取得が認定され、民法第144条により時効の効果は遡及するので、本件相続開始日において本件各土地について賃借権の負担があったという異なる事実が確定したと主張する。
 ところで、民法第163条及び第145条が、一定期間の権利の行使と時効の援用とによって取得時効の効果が生じると規定していることからすると、取得時効の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生じるものではなく、時効により利益を受ける者が時効を援用することによって始めて確定的に生じるものと解され、他方、ある一つの権利の時効取得の時期と喪失の時期とは同一であると考えるのが合理的であるから、時効取得されたことにより権利を喪失する者は、時効が援用された時に始めて確定的に権利を失うものと解される。すなわち、時効により賃借権を取得する者は、時効を援用するまではその賃借権を取得しておらず、他方、時効取得により賃借権の負担を負う者は、時効が援用されるまではその賃借権の負担を負っていないということができる。
 これに対し、民法第144条は時効の遡及効を規定するが、この規定の趣旨は、時効による権利の得喪から生じる諸問題について、永続する事実状態を尊重しつつ、一挙かつ簡明に処理するため、時効の私法上の効力について起算日まで遡及させるところにあり、この規定は、経済実態的にも現状回復を指向する民法第545条第1項などと異なり、経済実態的な事実関係までも遡及的に覆すものではないと解されることから、相続による遺産の取得という経済実態に対する課税場面である本件に民法第144条の規定は適用されず、課税上、賃借権の時効取得の効果は遡及しないというべきである。
 そうすると、本件において、賃借権の取得時効が援用されたのは本件相続開始日より後のことであるから、本件判決によっても、本件相続開始日においては、本件各土地に賃借権の負担がなかったこととなり、異なる事実は確定していないことに帰する。
 したがって、賃借権の時効取得を理由に本件規定を適用することはできず、この点に関する請求人の主張は採用できない。
(ロ)しかしながら、次のとおり、本件相続開始日に賃借権の取得時効が完成しており、時効の援用があれば一方的に賃借権を時効取得される状態にあったという点において、事実の相違があったということができるから、このことを理由に、本件規定の適用があるものと解される。
 すなわち、請求人は、本件相続に係る相続税の申告に当たり、本件各土地についてのGらの占有が農地法上の許可を受けない使用貸借契約に基づくものであるという事実、換言すると、Gらの占有が賃借の意思に基づくものではなく、かつ、賃借権の時効期間も当然満了しておらず、そのため賃借権の取得時効は完成していないという事実を基礎として、本件各土地を自用地として評価した。しかし、その後の本件判決によって、本件各土地について従前からGらの占有及び賃料の支払が継続していたことから、本件相続開始日には既に賃借権の取得時効の期間が満了し、賃借権の取得時効は完成していたという事実が確定した。
 このことは、申告の基礎とした事実と本件判決で確定した事実とに相違があるといえ、また、その確定した事実は、本件相続開始日において、本件各土地には、時効の援用以外の取得時効の要件が満たされており、請求人の意思如何にかかわらず、Gらの時効の援用があれば一方的に賃借権を時効取得される状態にあったということであり、これは、事実上の制約として、本件各土地の時価を下げ、相続税の課税標準等ひいては税額等の計算に影響を与えるものといえる。
 これを前記イ(ロ)の考え方に照らすと、本件判決によって、申告の基礎としたところと異なる事実が確定したといえるため、本件規定の要件を満たしていることになる。
ハ 以上のとおり、本件においては、本件判決により、本件相続開始日に賃借権の取得時効が完成していたという事実が確定したことを理由として、本件規定に基づく更正の請求が認められると解するのが相当である。

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(2)本件各土地の相続税の課税価格に算入すべき価額について

 上記(1)ハのとおり、更正の請求には理由があるため、以下、本件各土地の相続税の課税価格に算入すべき価額について検討する。
イ 評価方法について
 相続税法第22条に規定する時価は、客観的な交換価値を示す価額であると解されているところ、客観的な交換価値というものが必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、財産評価の一般基準として財産評価基本通達が定められ、同通達においては、財産の種類ごとにその評価方法が定められるとともに、その「評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。」とされており、この取扱いは、当審判所においても相当と認める。
 これを本件について見ると、本件相続開始日において、本件各土地には、賃借権の取得時効の完成という事実上の制約が存していたものであり、これは、社会通念に照らし、本件各土地の評価に当たって考慮すべき事情ということができる。
ロ そこで、当審判所が、株式会社Kに対し、本件相続開始日において、「既に賃借権(耕作権)の取得時効が完成していた」という事実を前提とした本件各土地の鑑定を依頼したところ、同社から、平成14年6月7日付の不動産鑑定評価書(以下「本件鑑定評価書」という。)が提出された。
 本件鑑定評価書には、要旨次のとおり記載されている。
(イ)本件の鑑定評価は、本件各土地を農地として利用している第三者がその賃借権を時効取得できるための期間が既に経過している事実を考慮した場合の適正価格を求める。
(ロ)評価手順としては、まず「賃借権取得に必要な時効期間が経過していた」事由を考慮しない場合の適正価格を求め、次に当該事由を考慮して最終鑑定評価額を決定する。
(ハ)当該事由を考慮しない適正価格については、本件各土地がいずれも単独では宅地としての効用はなく、数区画の戸建住宅用地として利用するのが最も合理的であることから、開発素地の売買実例と比較して求める取引事例比較法と、宅地分譲事業の収支採算からアプローチする開発方式の両評価手法を適用して評価する。
(ニ)当該事由を考慮した評価においては、本件各土地の買受人は、当該事由の存在によって大きな危険負担を負うこととなり、時効が援用された時の「解決金」を考慮した金額をもって本件各土地を購入するものと考えられることから、当該適正価格から「解決金」相当額を控除する。
(ホ)本件各土地の買受人においては、時効が援用された場合に「金銭の支払によって解決する」という法的請求権がなく、あくまで任意の交渉に依存することになり、時効援用者においては、農地法第2条《定義》第1項に規定する農地上に存する賃借権と同等の権利を主張するものと予想できること、及び、当地域における営農者はすべて兼業者であり、農業収益は極めて低い水準にあること等により、本件各土地で営農をし続けるという必然性は必ずしもないと考えられることから、「解決金」相当額は、適正価格の35パーセント程度と判断される。
ハ 本件鑑定評価書について、不動産鑑定評価基準等に照らして検討したところ、本件各土地の鑑定評価の基礎となる資料の収集、評価の過程及び方法において、特段不合理な点は認められず、「解決金」相当額の査定方法にも合理性があると認められる。
ニ また、請求人が本件修正申告書に記載した本件各土地の自用地としての評価額は、財産評価基本通達14《路線価》に定める売買実例価額、地価公示価格及び精通者意見価格等を基として国税局長が評定した路線価を基に、同通達15《奥行価格補正》ないし18《三方又は四方路線影響加算》に定める各種画地調整率による補正及び同通達40《市街地農地の評価》に定める造成費相当額を控除したものであり、不動産の時価の評価方法として合理性があると認められる。
ホ 当審判所は、以上のことを総合勘案し、請求人が採用した路線価に基づく本件各土地の評価額(本件甲土地が141,435,051円、本件乙土地が134,461,353円)から当該評価額に係る「解決金」相当額(当該評価額に本件鑑定にいう35パーセントを乗じた金額)を控除した金額(本件甲土地が91,932,783円、本件乙土地が87,399,879円)をもって本件各土地の時価とするのが相当であると判断する。
ヘ そうすると、請求人の本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額は、別表3の「審判所認定額」欄のとおりとなり、この金額は本件修正申告書に記載された課税価格及び納付すべき税額を下回るため、原処分はその一部を取り消すべきである。
(3)なお、請求人は、原処分庁の担当職員から、更正の請求をすれば本件各土地の価額の減額を認める旨の回答を得ていたにもかかわらず、原処分庁が本件更正の請求を認めなかったことは、正義に反すると主張し、当該担当職員から更正の請求が認められない旨指導されていたならば、通則法第23条第1項第1号の更正の請求あるいは土地賃貸借契約を自ら認める和解をすることも検討したはずである旨主張する。
 しかしながら、仮に租税法規に適合する課税処分について、信義則の適用により、その課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理、なかんずく、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係において、同法理の適用は慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を取り消して、納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めてこの原則の適用を考えるべきである。また、この特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対して信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後にその表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかという点、及び、納税者が税務官庁の公的見解の表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて、納税者の責めに帰すべき事由がないかという点の検討が不可欠であると解される。
 これを本件について見ると、原処分庁の担当職員が、請求人から本件相続の申告後に更正の請求に関して相談を受け、更正の請求の認められる可能性は高い旨回答した事実は認められるものの、その回答をもって、信頼の基礎となる公的見解というには不十分であり、原処分庁が請求人に対して信頼の対象となるべき公的見解を表示したことにはならないから、その余の点について判断するまでもなく、請求人の主張は採用できない。
(4)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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