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(平15.6.20裁決、裁決事例集No.65 9頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が保有していた同族会社の出資口の譲渡について、売買契約の要素に錯誤があるとして当該契約を解除したことが国税通則法第23条《更正の請求》第2項に規定する後発的な理由に該当し、更正の請求ができるか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成9年分の所得税について、確定申告書(分離課税用)に総所得金額を8,593,262円、分離課税の株式等の譲渡所得の金額を15,714,600円(収入金額16,875,000円、必要経費1,160,400円)及び納付すべき税額を○○○○円と記載して法定申告期限までに申告した。
ロ 請求人は、平成13年10月21日に作成した契約無効の確認書(以下「本件確認書」という。)に基づき代金の返還をしたことから出資口の譲渡がなかったとして、同年12月21日(郵便物の通信日付印)に平成9年分所得税の更正の請求をした。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成14年2月15日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ニ 請求人は、この処分を不服として、平成14年4月8日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月28日付で棄却の異議決定をした。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の本件通知処分に不服があるとして、平成14年7月26日に審査請求をした。

(3)関係法令等

イ 国税通則法第23条第1項第1号は、納税申告書を提出した者は、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときには、当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り、更正の請求をすることができる旨規定している。
 また、同条第2項第3号は、納税申告書を提出した者は、当該国税の法定申告期限後に生じた政令で定めるやむを得ない理由があるときには、当該理由が生じた日の翌日から起算して2月以内に更正の請求をすることができる旨規定している。
ロ 国税通則法施行令第6条《更正の請求》第1項は、国税通則法第23条第2項第3号に規定する政令で定めるやむを得ない理由は、次に掲げる理由とすると規定し、第2号において、その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたことと規定している。
ハ 民法第95条は、意思表示は法律行為の要素に錯誤があるときは無効とする。ただし、表意者に重大な過失があるときは表意者自らその無効を主張することはできない旨規定している。

(4)基礎事実

 次の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 有限会社J(以下「J社」という。)は、請求人の子であるK(以下「K」という。)が代表取締役を務めた同族会社であるが、Kは平成12年2月6日に死亡し、その後継者としてKの子であり請求人の孫であるL(以下「L」という。)が、平成9年3月1日にJ社の取締役に就任した。
ロ 請求人は、平成9年2月21日にLとJ社の出資口1,125口(以下「本件出資口」という。)を1口当たり15,000円の売買金額16,875,000円で譲渡する旨の契約(以下「本件売買契約」という。)をした。
ハ 請求人が、Lとの間で平成13年10月21日に本件売買契約の無効を確認(以下「本件契約無効の確認」という。)し、作成した本件確認書には、次の旨記載されている。
1 本件出資口については、1口15,000円として計算し、合計16,875,000円の金額で譲渡したが、この金額については評価を実際の評価額の7分の1にしたという重大な要素の錯誤があったので、双方右確認の上、本契約は無効であることを確認する。
2 両名はすみやかにJ社の出資者名簿をM(請求人)に戻す手続をすると共に、売買代金16,875,000円について請求人はLに返還する。

譲渡人P市Q町○○番地○請求人
譲受人P市Q町○○番地○○L

ニ 本件出資口は、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほか国税庁長官通達。平成10年5月12日付課評2−3ほかによる改正前のものをいい、以下「評価通達」という。)168《評価単位》に定める取引相場のない株式に該当し、その評価額は、J社が評価通達178《取引相場のない株式の評価上の区分》に定める大会社に該当するため、評価通達179《取引相場のない株式の評価の原則》の1株当たりの純資産価額によって評価した結果、1口当たり102,590円となる。

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次のとおり違法であるから、その全部を取り消すとの裁決を求める。
イ 本件売買契約の経緯について
(イ)Kは、元気なうちに後継者となるLにJ社の出資口を可能な限り取得させようと考え、請求人が保有している本件出資口の購入を勧めることとした。
(ロ)請求人は、自分が死ねば子であるKに自己の持分を相続させる予定であったところ、Kから本件出資口をLに譲渡して欲しいと頼まれたため、何の異議もなくこれを了承した。
(ハ)Kは、J社には顧問の税理士がいなかったため、自分で近隣及び上場の同業種の会社の株価を参考にして株価を算定し、出資1口当たり15,000円、売買金額16,875,000円とした。
(ニ)なお、その際、請求人とLは、Kから本件出資口の取引価格は適正価格であるとの説明を受けていたため、低額譲受けによる新たな課税関係は発生することはないと理解し、Kの説明を信じて本件売買契約をした。
ロ 本件売買契約の重要な要素について
 本件出資口の譲渡は、体調を崩したKが将来のことを考えて後継者であるLに請求人の持分を購入させたものであり、購入の際、Lは経済的負担能力で購入できる範囲であると理解し、そのことは請求人も理解していた。そのため、Lに新たな課税が発生せず、これ以上の経済的負担がないことが本件出資口の売買の動機であり、前提条件であった。
 つまり、本件出資口の価格は適正な価格で、低額譲受けとして譲受人であるLに新たな課税関係が発生しないということこそが、本件売買契約の当事者双方にとっては最重要な関心事であった。
 なぜなら、もし、低額譲受けとして多額の贈与税がLに課せられることになれば、Lの年齢から考えて売買代金だけでも大変な負担となっており、明らかにその負担能力を超えるものだったからである。Kが他界すれば、Lは代襲相続人として相続で本件出資口を取得できる地位にあり、多額の課税関係を発生させる危険を冒してまで本件売買契約をする必要はなかった。もちろん、請求人にとっても、Lの経済的負担能力を超えた代金で売却する意思もなければ、Lが多額の負債を抱えることになるような低額譲渡をする意思も全くなかった。
 すなわち、譲渡人である請求人と、譲受人であるLの双方にとって本件売買以外に多額の課税が発生しないことが最大の関心事であり、この時期に本件売買契約を決断した動機である。そして、本件売買契約が適正価格の譲渡であり、新たな課税関係が発生しないとの動機は、明示又は黙示で当該契約の際に表示されており、重要な要素になっていた。このことは、他人間売買と異なり、同居の親族間の売買としては至極当然のことである。
ハ 本件売買契約の重要な要素の錯誤について
 請求人とLは、請求人が平成10年3月に本件売買契約に基づき譲渡所得の申告書を提出したが、平成13年の税務調査により低額譲受けの指摘があるまでの3年間税務署からは何の指摘もなかったことから、当該契約に係る譲渡価格は適正なものと信じて疑わなかった。もし、当該契約当時、この価格が税務署の指摘のごとく不当に安い価格の可能性があり、Lに対し数千万円余りもの多額の贈与税がかかるということがわかっていたならば、確実に当該契約は取りやめて、遺言によって本件出資口をLに代襲相続させていた。したがって、当該契約に係る譲渡価格が適正価格ではなく、低額譲受けとして多額の贈与税を発生させる点において重大な錯誤があるとの事実を認めて、Lからの申出により、契約の当事者双方が本件確認書を作成した。
 なお、多額の課税関係が発生することを知らなかったことが契約の要素の錯誤となり無効となりうることを肯定した判例として、最高裁判所平成元年9月14日判決(昭和63年(オ)第385号建物所有権移転登記抹消登記手続請求事件)(以下「最高裁判決」という。)がある。
 上記イ及びロのとおり、本件売買契約によってLに新たな課税関係を発生させることになった点において、当該契約の重要な要素に錯誤があり、錯誤がなかったら当該契約をしなかったことは明らかであることから、当該契約は無効である。
ニ 本件通知処分について
(イ)原処分庁の主張するように、本件売買契約は有効に成立したことは事実であるが、後継者としてLを経営に参画させ、経営者としての指導をするため取締役に就任させたこととは直接関係があるものではない。むしろ、取得がなくとも取締役の就任はなされていることから、取締役の就任、経営の参画は当該契約により生じた経済的成果とはいえない。
 また、本件売買契約の錯誤については、Lの方からの申し出であったことは事実であるが、契約当事者が本件確認書を作成して、本件出資口については従前通りに戻しており、そして、請求人は、LがJ社より受領していた平成10年に337,500円、平成11年4月に112,500円、平成13年6月に1,000,000円の合計1,450,000円の配当金について、本件契約無効の確認後Lから全額の返還を受けている。
 これらのことから、原処分庁の更正の請求に理由がない旨の主張は認められない。
(ロ)国税通則法第23条第2項の規定による所得税の更正の請求書は、本件契約無効の確認後2月以内に提出している。
 このことから、申告期限後の一定の後発的な事由がある場合において、その事由が発生してから2月以内に更正の請求をしており、その理由は民法第95条にいう錯誤による無効ということであるから、上記ハの最高裁判決の判示内容から考えて「やむを得ない理由」に該当することは明らかである。
以上により、原処分庁の主張にはいずれも理由がなく、本件通知処分は取り消すべきである。

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(2)原処分庁

原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件売買契約の効果について
(イ)本件通知処分に係る調査及び異議申立てに係る調査において、次の事実が認められる。
A 本件売買契約は、Kの提案により行ったものであり、平成9年2月17日にJ社の社員総会の決議を受け、有効に成立している。
B Lは、平成9年3月からJ社の取締役に就任し、社員総会に出席し、J社の経営に参画しており、本件出資口から生ずる配当金を受領している。
C 本件売買契約の錯誤についての主張は、Lに対する贈与税の調査の担当職員(以下「調査担当職員」という。)からLに対して、当該契約について贈与税の申告の必要がある旨の指摘後に、L側から行われている。
D 請求人は、本件売買契約に伴う譲渡所得の申告を平成10年3月12日に提出している。
(ロ)上記(イ)のとおり、本件売買契約は親族間の契約であり、請求人は当該契約に伴う譲渡所得の申告を行っており、譲受人は本件出資口に係る配当金を受領していることから、請求人が平成9年に本件出資口を譲渡したことは明らかで、当該契約は有効に成立している。
 また、譲受人は、調査担当職員から贈与税の申告の必要性を指摘された後に錯誤による無効を主張していることからも、譲受人が贈与税の納税義務を認識したため、その主張に及んだのは明らかである。
 さらに、本件売買契約において、贈与税の納税義務の発生や租税負担の有無が、当該契約の法律行為の動機として表示されている事実も認められない。
 ゆえに、本件売買契約において、これが無効となり得べき錯誤は存在せず、有効に成立していると認められる。
ロ 本件通知処分について
更正の請求については、国税通則法第23条第2項の規定によれば、申告期限後に発生した一定の後発的な事由がある場合において、その事由が発生してから2月以内に限り更正の請求ができると規定されている。
 一定の後発的な事由については、国税通則法第23条第2項第1号及び第2号に掲げる事由のほか第3号において、その他国税の法定申告期限後に生じた政令で定めるやむを得ない理由がある場合につき規定されており、政令で定めるやむを得ない理由として、同法施行令第6条においてその理由が規定されている。
 そして、国税通則法施行令第6条第1項第2号によれば、税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消された場合において、更正の請求ができるとされているが、解除の理由が法定の解除事由などによってやむを得ず解除された場合をいうものと解されている。
 本件売買契約は、平成9年において有効に成立しており、この契約を当事者において本件契約無効の確認をしたとしても、単に合意解約したものであるといえることから、この解約が国税通則法第23条第2項第3号に規定する「法定申告期限後に生じたやむを得ない理由」には該当しない。
 よって、本件通知処分は適法に行われており、請求人の主張には理由がない。

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3 判断

 売買契約の要素に錯誤があるとして当該契約を無効確認により解除したことが、国税通則法第23条第2項に規定する後発的な理由に該当するか否かに争いがあるので、以下審理する。

(1)本件通知処分について

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ)本件売買契約は、Kの提案により行われ、平成9年2月17日に開催されたJ社の社員総会の決議により、本件出資口の名義が請求人からLに変更された。
(ロ)有価証券取引書には、次の内容が記載されている。
A 有価証券の種類 J社 出資 1,125口 単価 15,000円
B 有価証券の譲渡価額 16,875,000円
C 譲渡年月日 平成9年2月21日
D 譲渡を受けた者 L
E 譲渡をした者 請求人
(ハ)調査担当職員は、平成13年9月12日にL宅にてL及び関与税理士Nに対して、譲渡時における本件出資口の1口当たりの価額が相続税法第7条《贈与又は遺贈により取得したとみなす場合−低額譲受》に規定する低額譲受けに該当するためLの贈与税の申告が必要である旨の説明を行っている。そして、これに対し関与税理士N及び弁護士Uは、平成13年11月2日に原処分庁に対して、上記1の(4)のハに記載の本件確認書により本件売買契約の要素の錯誤のため当該契約が無効であると主張している。
(ニ)本件契約無効の確認に基づき、平成13年10月23日に開催されたJ社の臨時社員総会において、Lから請求人への本件出資口の名義変更が承認され、名義の変更を行うとともに、請求人は、譲渡代金をLに全額返還し、LがJ社から受領していた平成10年、平成11年及び平成13年に受けていた配当金の合計1,450,000円は、平成13年12月17日に700,000円と平成14年2月20日に750,000円とに分けてLから返還を受けている。
(ホ)請求人の代理人である関与税理士Nは、当審判所に対し、次の旨答述した。
A 平成9年頃、Kから出資持分を売ってくれないかと話があり、さらに跡取りのLに売ってやってくれないかと話があったので、これを承諾した。なお、本件売買契約に関する契約書は作成していない。
B Kは、余命いくばくもないとのことを知り、自分が亡き後の会社の態勢を整えるための準備に奔走していた。
C 本件売買契約の価額については、Kから適正であると聞いており、Kは価額があまり低いと贈与税等の問題が起きると認識して、いろいろ調べてR税務署等にも相談していた。
D 本件出資口の1口当たりの価額については、KがV市にあるS社の株式の時価及び同業種の上場企業や近隣の同業法人の株価などを参考にして決め、税務署にも行って説明し了解を得ているので問題はないと言っていたが、具体的な資料はない。そして、Kがいろいろ調べて、今の相場だから間違いないということだったので、Lが支払える金額ならばと了解した。
E 本件売買契約に係る譲渡価額が低廉であったことは、税務署の指摘のとおりであり、また、原処分により決定された本件出資口の1口当たりの価額が102,590円であることについても、争うつもりはない。
F 本件売買契約に係る譲渡代金は、平成13年11月1日にLの取引金融機関であるT銀行○○支店へその全額16,875,000円を振込み返還した。
ロ 請求人は、本件売買契約は錯誤により無効である旨主張し、最高裁判決を引用するので検討する。
(イ)上記イの認定事実によると、本件売買契約の目的ないし効果は、請求人がLに、J社の出資口1,125口を移転し、この対価として、Lが請求人に16,875,000円を支払うことにあり、本件売買契約について売買行為そのものの要素に錯誤がないことは契約当事者も認めるところである。
 しかしながら、請求人は本件売買契約に当たっては、当該契約が、相続税法第7条に規定する出資口の低額譲受けに該当して、Lに多額の税負担が生じることのないように、また同人の支払可能額であるように、売買代金の多寡を検討したものの、結果的には、その検討は不十分で、調査担当職員の指摘を受け、当該契約に係る売買代金は本件出資口の時価を下回り、このままでは低額譲受けに該当しLに多額の税負担が生じることが判明したということをもって、動機の錯誤には違いないが当該契約において重要な要素となっていたのであるから、Lは当該契約につき錯誤無効を主張し得る旨主張する。
(ロ)ところで、上記1の(3)のハに記載の民法第95条の規定にいう法律行為の要素とは、法律行為の内容の重要な部分を意味し、何が重要であるかはそれぞれの法律行為における諸事情との関連で判断されるべきであり、その部分に錯誤がなかったならば表意者はそのような契約をしなかったであろうと考えられるだけでなく、通常人を表意者の地位においてもおそらくその大部分の者がそうした契約はしなかったであろうと考えられるほど重要な部分であると解される。
 また、法律行為の動機に錯誤があった場合、その動機が相手に表示され、法律行為の内容の重要な部分となったときは、その動機の錯誤も要素の錯誤となり得ると解される。
(ハ)そこで、上記1の(4)の基礎事実及び上記イの認定事実を上述の解釈に照らして判断すると、〔1〕本件売買契約は口頭で行われ、請求人の主張する事情が売買契約の条件として表示されていたものとは認められないこと、〔2〕本件売買契約の背景には次世代への事業承継及び経営基盤の安定があったものと認められること、〔3〕出資口の時価の算定方法は評価通達に明示されていることから、上述のとおり請求人が主張するLの本件売買契約を成すに当たっての動機が、民法第95条の規定により、当該契約の重要な要素として同人を保護しなければならないものとまで解することはできない。
 したがって、当該動機が本件売買契約における要素とはなり得ないのであるから、これをもって、請求人は、当該契約が無効であることを主張することはできないというべきである。
(ニ)さらに、請求人は、最高裁判決を引用して、当該判決と同様に本件においても、多額の課税関係が発生することを知らなかったことは、契約の要素の錯誤に該当し、本件売買契約は無効となる旨主張するが、当該判決は、財産分与に係る不動産の分与につき、自己に課税されないことを前提としその旨を黙示的に表していた事例にかかるものであり、本件とは事案を異にするものであるから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ハ 請求人は、本件契約無効の確認をなし、譲渡代金を返還するとともに配当金の返還を受けていることから、更正の請求は認められるべきである旨主張するので検討する。
(イ)ところで、本件における更正の請求は、記載された理由等からして国税通則法第23条第2項第3号の規定に基づくものであると認められるところ、当該規定でいうその他当該国税の法定申告期限後に生じた前2号に類する政令で定めるやむを得ない理由については、上記1の(3)のイ及びロのとおり、同法施行令第6条第1項第2号において、その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたことと規定している。
 この規定からすると、解除権の行使でない合意解除は、「当該契約成立後生じたやむを得ない事情」によるものであるときに限って更正の請求の理由とすることができるとするものであり、この場合の「やむを得ない事情」とは、〔1〕法定の解除事由がある場合、〔2〕事情の変更により契約内容に拘束力を認めるのが不当な場合、〔3〕その他これに類する客観的な理由のある場合をいうものと解されている。そうすると、課税要件事実に係る合意解除があったとしても、上記要件に該当しない限り、原則としてその解除の効果を主張して減額を求めることは許されず、当事者間における課税要件事実に係る合意解除の私法上の効果は、すでに成立した納税義務に何らの影響を及ぼすものではないと解される。
(ロ)そこで、本件確認書に記載された本件売買契約を無効とする理由が「当該契約成立後生じたやむを得ない事情」に当たるか否かについて判断すると次のとおりである。
A 本件確認書に記載された本件売買契約を無効とする理由は、上記1の(4)のハの1の本件確認書のとおり、本件出資口については、1口15,000円として計算し、合計16,875,000円の金額で譲渡したが、この金額については評価を実際の評価額の7分の1にしたという重大な要素の錯誤があったので、双方確認の上、本契約は無効であることを確認すると記載されており、この評価額について上記イの(ホ)のC及びDのとおり、請求人の代理人である関与税理士Nは、当審判所に対し、Kが価額があまりにも低いと贈与税等の問題が起きると認識し、S社の株式の時価や同業種の上場企業及び近隣の同業法人の株価などを参考にして決めた旨答述している。
B そして、本件出資口の売買取引は、相続税法第7条の規定の適用対象となるところ、当該規定でいう当該譲渡があった時における当該財産の時価とは、相続税法第22条《評価の原則》に規定する時価とされており、この時価は評価通達の定めに従い評価することとされている。なお、当該時価を評価通達の定めにより評価することとされているのは、客観的な交換価値を示す価額を個別に評価する方法をとると、その評価方法、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることは避けがたく、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることから、あらかじめ定められた評価方法によりこれを画一的に評価する方法が、納税者間の公平、納税者の便宜という見地から見て合理的であるという理由によるものと解されているからで、このことは当審判所においても相当と認めるところである。
 そうすると、J社は、上記1の(4)のニのとおり、評価通達178に定める大会社に該当することから、その評価は同通達179の定めにより、類似業種比準価額によるか、1株当たりの純資産価額により行うこととなる。
C しかしながら、上記イの(ホ)のAのとおり、請求人の承諾を得て本件出資口の売買を進めたKは上記Aのとおり、本件出資口の取引について価額があまりにも低いと贈与税等の問題が起きると認識しながらも上記Bによる評価をしていないのであるから、同人がS社の株式の時価及び同業種の上場企業や近隣の同業法人の株価などを参考に本件出資口の出資1口の価額を実際の評価の7分の1である15,000円としたのは評価方法の不知であって、その不知による個人的判断に基づいた計算方法の誤りであり、また、不正確であることを自認しながら当該金額としたことは、代表者の地位にある者としては軽率であったと言わざるを得ない。そして、本件出資口の価格は適正な価格で、低額譲受けとして譲受人であるLに新たな課税関係が発生しないということこそが、本件売買契約の当事者双方にとって最重要な関心事であったとするならば、取引の金額を十分に慎重に検討したであろうと思われるが、著しく低い価額で当該契約を成したのは単なる法の不知である。
 したがって、請求人が本件契約無効の確認を主張したのは、上記イの(ハ)のとおり、調査担当職員からLが低額譲受けの指摘を受けた後であることからすると、本件契約無効の確認は、譲受人であるLの贈与税の負担を免れるために行われた親族間における当事者の合意による契約解除であり、請求人の個人的、主観的な事由によるものであって、上記(イ)に記載の「当該契約成立後生じたやむを得ない事情」には当たらないというべきである。
以上のとおり、請求人の主張する本件売買契約の要素に錯誤があり当該契約が無効であるとの理由は、国税通則法第23条第2項第3号に規定する「やむを得ない理由」には該当せず、同条同項に基づく更正の請求ができる場合には当たらない。
 なお、請求人は、上記イの(ニ)のとおり、本件契約無効の確認に基づき、本件出資口の名義の変更と、譲渡代金及び配当金の返還の事実を主張するが、これらのことが上述の判断に影響を及ぼすものではない。
よって、本件通知処分は、適法である。

(2)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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