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(平15.4.9裁決、裁決事例集No.65 257頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 事件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が平成11年に譲渡した土地の譲渡所得の計算に当たって、その譲渡代金の全部が回収不能となった事実が生じたとして所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》第1項に規定する特例(以下「本件特例」という。)の適用が受けられるか否かが争われた事案である。

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(2)審査請求に至る経緯等

 請求人の審査請求(平成14年8月2日請求)に至る経緯等は、別表のとおりである(以下、異議決定を経た後の平成14年3月8日付でされた更正をすべき理由がない旨の通知処分を「本件通知処分」という。)。

(3)関係法令等

イ 所得税法第64条第1項は、その年分の各種所得の金額(事業所得の金額を除く。)の計算の基礎となる収入金額若しくは総収入金額(不動産所得又は山林所得を生ずべき事業から生じたものを除く。)の全部若しくは一部を回収することができないこととなった場合又は政令で定める事由により当該収入金額若しくは総収入金額の全部若しくは一部を返還すべきこととなった場合には、政令で定めるところにより、当該各種所得の金額の合計額のうち、その回収することができないこととなった金額又は返還すべきこととなった金額に対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかったものとみなす旨規定している。
ロ 所得税法第152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》は、確定申告書を提出し、又は決定を受けた居住者は、当該申告書又は決定に係る年分の各種所得の金額につき第63条《事業を廃止した場合の必要経費の特例》又は第64条に規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じたことにより、国税通則法第23条第1項各号(更正の請求)の事由が生じたときは、当該事実が生じた日の翌日から2月以内に限り、税務署長に対し、当該申告書又は決定に係る第120条第1項第1号若しくは第3号から第8号まで(確定申告書の記載事項)又は第123条第2項第1号、第5号、第7号若しくは第8号(確定損失申告書の記載事項)に掲げる金額について、同法第23条第1項の規定による更正の請求をすることができる旨、また、この場合においては、同条第3項に規定する更正請求書には、同項に規定する事項のほか、当該事実が生じた日を記載しなければならない旨規定している。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人及びその子であるA(以下、「A」といい、請求人と併せて「請求人ら」という。)は、P市p町○番○号のB(以下「B」という。)との間で、平成11年8月3日付の委任契約(以下「本件委任契約」という。)を締結しているが、その内容は、要旨、請求人らがBに対し、請求人ら所有の土地・建物を利用して利益をあげることを委嘱するものとなっている。
ロ 請求人は、Q市q町○○番の土地380.18平方メートル(以下「本件土地」という。)について、平成11年10月7日付で売主を請求人、買主をR市r町○○番地に所在するC株式会社(以下「C社」という。)、売買代金を34,270,000円とする旨の不動産売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
 次いで、C社は、本件土地を平成11年11月12日付でS市s町○○番地のD(以下「D」という。)に63,000,000円で転売している。
ハ 請求人らは、平成12年10月20日付で、Aが代表取締役を務めるT市t町○○番地に所在する株式会社E(以下「E社」という。)とともに、Bをはじめとする合計20名を被告として、○○地方裁判所に対し損害賠償を求める訴え(以下「本件訴訟」という。)を提起したが、その後、請求人らは、本件訴訟のうち、本件土地の売買代金に係る損害賠償請求について、平成13年11月27日付で訴えの一部を取り下げた。
ニ 請求人は、上記ハの本件訴訟の訴えの一部を取り下げたことに伴い、本件土地の売買代金の回収不能が確定したとして、所得税法第64条第1項及び同法第152条の規定に基づき平成13年12月13日付で別表の「更正の請求〔2〕」欄とすべき旨の更正の請求書を提出した。
ホ 請求人は、原処分庁に対し、平成11年分の所得税の確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)を法定申告期限内に提出しているが、本件確定申告書に添付されている「譲渡内容のお尋ね兼明細書」には、要旨、〔1〕本件土地をC社へ譲渡したこと、〔2〕契約年月日は平成11年10月7日であること、〔3〕譲渡代金の合計額は34,270,000円であることが記載されている。

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2 主張

(1)請求人

 本件通知処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件土地の売買代金の回収は不能であり、所得税法第64条第1項に規定する事実があるというべきである。
ロ また、次のとおり、請求人は、本件土地の売買代金を受領していないのであるから、原処分庁による、請求人がBを通じて売買代金を受領したとの認定は誤っている。
(イ)本件委任契約は、Bによる詐欺の手段として締結されたものであり、民法第95条に規定する錯誤に基づく無効な契約であるから、Bは法的に有効な受任者ではない。
 そして、買主であるC社の代表取締役F(以下「F」という。)は転売先であるDから売買代金を受領しているところ、このうち請求人が本件売買契約に基づく売買代金として受領すべき金額について、Bの代理人であるG(以下「G」という。)がBの使者としてその指示に基づき、買主であるC社のFから本件土地の売買代金を受領したとしても、上記のとおりBが法的に有効な受任者ではない以上、請求人が了承したか否かにかかわらず、Fによる金員の交付は無権限者に対する金員交付となるというべきである。
(ロ)そうすると、仮にFにおいて、Gが請求人に資産運用名目で土地を売却させ、その代金を詐取することを意図していた詐欺グループの一員であることについて過失なく知らなかったとすると、FからGへの本件土地の売買代金の交付は、民法第478条の規定による債権の準占有者に対する弁済として私法上有効となる。
 しかしながら、この場合、民法第478条の弁済者保護の規定は、取引安全のための第三者保護のために存する規定であり、課税処分を行う国は、このような意味での第三者の関係に立つものではない。
 したがって、FからGに本件土地の売買代金が交付されたとしても、それは準占有者に対する弁済となるだけで、本件土地の売買代金を請求人が受領したことになるわけではない。
(ハ)一方、C社及びFについては、本件訴訟の被告に加えていないし、本件土地の売買代金の請求もしていないが、全くの無過失善意者ではなかったのではないかと思われる。そうであれば、Fが本件土地の売買代金をGに交付した行為は債権の準占有者に対する弁済にも当たらないことになり、この場合も請求人は本件土地の売買代金を受領してはいないことになる。
(ニ)なお、請求人は、本件土地の売買代金の行方について、後日、Bから投資資金に充てられた旨聞いているが、これは架空の投資話であるから、架空の投資話を請求人が了承したことをもって売買代金を受領したことになるわけではない。

(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 請求人は、次のとおり、Bを通じて本件土地の売買代金を買主から全額受領していることが認められ、回収不能となっている金額はない。
(イ)本件委任契約によれば、請求人らは、本件土地の売却の以前から、自己の所有する土地・建物を利用して利益をあげることを、Bに対して委嘱し、Bはこれを了承していたことに加え、請求人はBから、本件土地が資産運用に見合わないから売却することにしたとの説明を受け、これを了承していることから、請求人は、本件土地の売却についてもBに委嘱していた。
(ロ)本件土地の売買代金の決済は、FとDらが同席して行われたほか、請求人は、同人が受領すべき金員を、Bからの指示に基づいて、Gに預けた。
(ハ)Bは、Gを通じて、本件土地の売買代金を受領しており、後日、請求人はBから、当該金員が既に投資資金に充てられている旨を聞き、それを了承した。
ロ したがって、所得税法第64条第1項に規定されている事実は生じていないので、同法第152条の規定の適用はない。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件土地の売買代金に、本件特例の適用要件である回収不能の事実があるか否かにあるので、以下審理する

(1)認定事実

 請求人の提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ Aが平成15年1月6日に当審判所に提出した陳述書には、本件土地の売買代金の決済に関し、要旨、H銀行○○支店の会議室で、請求人ら、F、G、J(本件土地の売買を仲介したU市u町○○番地に所在する有限会社Kの代表者)及び最終買主側の人物などの立会いの下で行われ、売買代金(現金)は、Gが持ち帰った旨記載されている。
ロ 請求人ら及びE社は、本件訴訟において、本件土地の買主であるC社及びその代表取締役であるFを被告として訴えていない。
ハ また、請求人は、本件土地の買主であるC社を被告として、本件土地の売買代金の支払を求める訴えを提起していないし、売買代金の請求も一切していない。
(2)ところで、本件特例は、上記1の(3)のイのとおり規定しているところ、本件特例の「その年分の各種所得の金額(事業所得の金額を除く。)の計算の基礎となる収入金額若しくは総収入金額(不動産所得又は山林所得を生ずべき事業から生じたものを除く。)の全部若しくは一部を回収することができないこととなった場合」とは、資産の譲渡が行われた場合、売主と買主との関係において、売主が当該譲渡代金の全部又は一部を買主から回収できなくなった場合をいうものと解される。
 したがって、請求人について本件特例が適用されるためには、譲渡所得の金額の計算の基礎となる、請求人のC社に対する本件土地の売買代金の全部又は一部を買主であるC社から回収できなくなった場合であることが必要となる。
(3)そこで、上記1の(4)及び上記(1)の事実を上記(2)に照らし判断すると、次のとおりである。
イ 請求人は、本件売買契約の買主であるC社を本件訴訟の被告に加えていないこと、また、C社に対して、本件土地の売買代金の支払を求めて訴訟提起をしていないだけでなく、本件土地の売買代金の請求を一切していないことからすると、C社と請求人との間において、本件土地の売買代金の決済は終わっているものと認めざるを得ない。このことは、上記(1)のイ及び上記1の(4)のホのとおり、請求人は本件土地の売買代金の決済の場に同席した上、C社から請求人が受け取るべき金員をGが持ち帰ったことについて、何ら異議を唱えていなかったこと、及び請求人が、本件確定申告書において、本件土地の譲渡に基づく譲渡所得を申告していることからも裏付けることができる。
 そうすると、請求人のC社に対する本件土地の売買代金の全部若しくは一部が回収することができないこととなった場合に当たらないことは明らかである。
 よって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ロ さらに、請求人は、上記2の(1)のとおり、請求人が本件土地の売買代金を受領していないから本件特例の適用を認めるべきであり、その根拠として、本件委任契約は無効であるから、B及びその代理人であるGには本件土地の売買代金を受領する権限がないところ、〔1〕Gに当該売買代金を交付したC社のFが善意無過失であれば民法第478条の規定により債権の準占有者に対する弁済として有効な支払になるものの、これは取引の第三者を保護する規定であり、課税処分を行う国は第三者の関係に立たないから、請求人が本件土地の売買代金を受領したことにならない旨、〔2〕C社のFが善意無過失でないのであれば、債権者の準占有者に対する弁済として有効にならないのであるから、請求人が本件土地の売買代金を受領したことにはならない旨主張している。
 しかしながら、上記〔1〕の主張について、C社のFによるGへの支払が債権の準占有者に対する弁済として有効になるのであれば、請求人とB及びその代理人であるGとの間で不当利得返還請求等に基づく法律問題が生ずることがあるとしても、請求人のC社に対する本件土地の売買代金債権は民法第478条の規定により消滅しているのであるから、当該売買代金の回収不能という問題が生じないことは明らかである。
 また、上記〔2〕の主張について、C社のFによるGへの支払が債権の準占有者に対する弁済として無効になるのであれば、請求人はC社に対して本件土地の売買代金を請求することができるのであるから、いまだ回収不能となっているわけではないことになる。もっとも、上記イのとおり、請求人とC社との間においては、本件土地の売買代金に関する決済は終わっているものと認めざるを得ないのであるから、もともとC社に対する売買代金が回収不能となったという問題ではないことは明らかである。
 結局、請求人の主張は、Bとの無効な委任契約に基づいて託した本件土地の売買代金が回収不能になったというものであるが、このことは、請求人とC社との間における本件売買契約の代金決済が終わった後の売買代金の使途に関することであり、本件特例における譲渡代金の回収不能とは異なる問題であるというべきである。
 以上によれば、これらの点に関する請求人の主張には理由がない。
(4)以上のことから、請求人の平成11年分の所得税に係る総所得金額、分離長期譲渡所得の金額及び納付すべき税額を計算すると、別表の「更正処分」欄の金額と同額となるから、本件通知処分は適法である。
(5)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所の調査の結果によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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