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(平15.1.24裁決、裁決事例集No.65 566頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が相続により取得した財産のうち、相続開始時において売買契約締結済みの土地について、相続税の課税財産とすべき財産は土地であるか、売買残代金請求権(債権)であるかを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成11年8月15日に死亡したL(以下「被相続人」という。)の相続に係る相続税の申告書に課税価格を○○○○円及び納付すべき税額を15,862,000円と記載して法定申告期限までに申告した(以下「本件申告」という。)。
ロ 請求人は、平成13年6月13日に課税価格を○○○○円及び納付すべき税額を6,067,000円とすべき旨の更正の請求をした(以下「本件更正の請求」という。)。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成13年8月2日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。
ニ 請求人は、この処分を不服として、平成13年9月6日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月30日付で棄却の異議決定をした。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成13年12月30日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、被相続人の相続人であり、本件申告にかかる相続により、P市Q町○○番○の土地1,522平方メートル(以下「本件土地」という。)ほかを取得したこと。
ロ 本件土地に係る一連の取引の経緯は、次のとおりであること。
(イ)平成8年12月2日、被相続人と株式会社M(以下「M社」という。)は、本件土地について、被相続人を売主、M社を買主とし、売買代金を105,893,150円とする不動産売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結して、同日、M社から被相続人に手付金10,589,315円が支払われた。
(ロ)平成9年5月14日、被相続人とM社は、本件売買契約に関し、次の内容の不動産売買契約変更合意書を取り交わし、同日、M社は本件土地に係る条件付所有権登記移転仮登記を行うとともに、被相続人に対し内金42,357,260円を支払った。
A 所有権登記移転仮登記時に内金42,357,260円を支払う。
B 農地転用許可、所有権移転時に売買残代金52,946,575円を支払う。
(ハ)平成9年12月25日、本件土地について、R県知事から農地法第5条《農地又は採草放牧地の転用のための権利移動の制限》第1項の規定による農地転用許可がなされたが、M社は上記(ロ)のBの合意に基づく売買残代金の支払いをしなかった。
(ニ)平成11年8月15日、被相続人が死亡し、請求人が本件土地を相続により取得した。
(ホ)平成13年3月30日、上記(ハ)に係る農地転用許可は、同月21日付の許可処分取消し願に基づいて取り消された。
(ヘ)平成13年4月25日、請求人とM社は、本件売買契約及び平成9年5月14日の不動産売買契約変更合意による売買契約を次の条件で解除することに合意し、合意書を取り交わした。
A M社は、手付金10,589,315円の返還請求権を放棄する。
B M社は、被相続人が本件売買契約の履行に伴って負担した土地測量造成費前渡金等の金額8,535,000円を請求人に支払う。
C 請求人は、内金42,357,260円から上記Bの8,535,000円を控除した残金33,822,260円をM社に返還する。
D M社は、上記Cの残金33,822,260円の返還を受け次第、本件土地に係る条件付所有権登記移転仮登記を抹消する。
(ト)平成13年4月26日、M社は、本件土地に係る条件付所有権登記移転仮登記を抹消した。
ハ 本件売買契約に係る不動産売買契約書には、その第6条に所有権の移転時期に関して「本件不動産の所有権は、買主が売買残代金を支払ったときに買主に移転する」と、第7条に登記及び引渡しに関して「売主は売買残代金受領と同時に、買主又はその指定する者の名義に本件不動産の所有権移転登記申請手続きを行い、売主は買主に本件不動産の引渡しを行う」と、また、第15条の特約条項にその1として「この契約は、農地転用の許可及び開発行為の許可を条件とする」と記載されていること。
ニ 本件申告における取得財産の価額130,021,625円には本件土地の売買代金に相当する価額(以下「本件売買代金相当額」という。)105,893,150円が含まれており、その財産の種類及び価額の内訳は、〔1〕国税庁長官が定めた財産評価基本通達に基づく倍率方式による土地評価額29,254,970円、〔2〕預貯金48,948,575円及び〔3〕未収金27,689,605円であること。

(4)関係法令

 国税通則法(以下「通則法」という。)第23条《更正の請求》第1項において、申告書に記載した課税標準等の計算が国税に関する法律の規定にしたがっていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、納付すべき税額が過大であるときには、法定申告期限から1年以内に限り、更正の請求ができる旨規定している。

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 相続税法では、相続開始時の財産の評価はその時点での時価によることとされており、土地に関しては財産評価基本通達に基づいて行われているのが現実の取扱いである。
ロ ところが、原処分庁は、相続開始時点で本件売買契約が有効に成立しているとして、本件土地につき、その相続税の課税財産とすべき財産は土地ではなく、売買残代金請求権(債権)であると主張する。
ハ しかしながら、本件売買契約は相手方の都合により履行日になっても履行されず、最終的には契約締結後4年4か月余り(契約履行日から3年4か月、相続開始日から1年7か月余り)経過後に解除されたものである。
 このような異常な経過をたどった本件売買契約に係る本件土地について、相続税の課税財産とすべき財産を売買残代金請求権(債権)として評価することが、相続税法に定めるところの適正な時価による評価になり得るとは到底考えられない。
ニ それゆえ、本件土地に係る取得財産の価額の総額は、本件土地を土地として財産評価基本通達に基づく倍率方式により評価した額29,254,970円、上記1の(3)のロの(ヘ)のAの返還を要しなくなった手付金の額10,589,315円及び同Bの請求人がM社から支払を受ける額8,535,000円の合計額48,379,285円となるべきである。
ホ なお、本件申告において本件土地に係る取得財産の価額の総額を本件売買代金相当額105,893,150円としたのは、本件申告前に原処分庁に本件土地の評価について相談したところ、課税財産とすべき財産は土地ではなく売買残代金請求権(債権)であり、総額としては本件売買代金相当額で申告すべきであるとの指導を受けたことから、請求人としては不本意であったが、申告後改めて更正の請求を行うことを念頭に、総額としては本件売買代金相当額となるように申告したにすぎない。
 しかしながら、請求人としては、あくまで、本件土地につき、その相続税の課税財産とすべき財産は土地であると考え、本件土地に係る取得財産の内訳に土地を上げ、その評価額を財産評価基本通達に基づく倍率方式による額として申告したものである。
へ 仮に、申告段階では売買残代金請求権(債権)の価額、総額としては本件売買代金相当額での評価に誤りがなかったとしても、本件売買契約は解除されているのであるから、さかのぼって契約が存在しないこととなり、よって、更正の請求は認められるべきである。

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(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法である。
イ 本件土地の評価について
(イ)相続税法第22条《評価の原則》において、相続又は遺贈により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得時における時価による旨を規定しており、その時価とは、相続開始時における財産の客観的な交換価格をいうが、必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、相続財産評価の一般基準が財産評価基本通達によって定められ、納税者間の公平、納税者の信頼保護の見地から、財産評価基本通達に定める方法によらないことが正当として是認され得るような特別の事情がある場合を除き、財産評価基本通達に基づき評価することが相当であると解されている。
(ロ)しかしながら、土地の売買契約の締結後当該土地の売主から買主への引渡しの日前に当該売主に相続が開始した場合には、当該売主たる被相続人の相続人その他の者が当該売買契約に関し当該被相続人から相続又は遺贈により取得した財産は、たとえ当該土地の所有権が売主たる被相続人に残っているとしても、もはやその実質は売買代金債権を確保するための機能を有するにすぎないものであり、相続人その他の者が相続又は遺贈により取得した当該土地の所有権は、独立して相続税の課税財産を構成しないというべきであって、相続税の課税財産とすべき財産は、当該売買契約に基づく相続開始時における売買残代金請求権(債権)であると解するのが相当である。
 なお、最高裁判所昭和61年12月5日第2小法廷判決(昭和56年(行ツ)第89号相続税課税処分取消請求上告事件)においても同旨の判示がなされており、課税実務上も従来から売買残代金請求権(債権)として取り扱っている。
(ハ)これを本件についてみると、相続開始日において既に、〔1〕被相続人は、平成8年12月2日に手付金10,589,315円、平成9年5月14日に内金42,357,260円の合計52,946,575円(本件土地の売買代金の2分の1)を受領済みであったこと、〔2〕平成9年5月14日に売買代金完済を条件とする条件付所有権登記移転仮登記が行われていたこと及び〔3〕平成9年12月25日に農地法第5条第1項の規定によるR県知事の許可を受けていたことが認められ、これらの事実の下において本件土地は、土地の所有権が形式上被相続人に残っているとしても、その実質は売買残代金請求権(債権)であると認められる。
(ニ)なお、本件売買契約に係る不動産売買契約書において、その第3項に土地の所有権移転の日は「農地転用許可、開発行為許可時」と定められており、これを両方の許可のいずれも受けたときと解するか、あるいはいずれか一方を受けたときと解するか定かではないが、いずれか一方を受けた場合に土地の所有権が移転すると解すれば、平成9年12月25日には農地転用許可がなされており、その時点で本件土地の所有権はM社に移転していることになるから、本件土地につき、相続税の課税財産とすべき財産は当然に売買残代金請求権(債権)である。
ロ 本件更正の請求について
(イ)本件土地については、上記イのとおりであり、請求人が本件売買契約に基づき、本件売買代金相当額を相続税の課税財産の額として申告したことには誤りがないので、通則法第23条第1項第1号のほか同項各号のいずれの事由にも該当せず、更正すべき理由がない。
(ロ)本件売買契約を相続により承継した請求人とM社が本件売買契約を合意解除しても、通則法第23条第2項各号のいずれの事由にも該当せず、更正すべき理由がない。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件土地について、相続税の課税財産とすべき財産は土地であるか、売買残代金請求権(債権)であるかにあるので、以下審理する。

(1)認定事実

 原処分関係資料、請求人提出資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ M社による本件土地の買収目的は、P市Q町地内に他の2社とともに共同で出店するための敷地の確保であったこと。
ロ 上記イの共同出店計画は、共同で出店予定の他の2社のうちの1社が平成9年12月26日にM社に対して出店を断念する旨を申し出たことによって行き詰まり、以後、再開されることはなかったこと。
ハ 本件土地の相続開始時点における固定資産税評価額は26,595,428円であること。

(2)課税財産とすべき財産について

イ 原処分庁は、土地の売買契約締結後、当該土地の売主から買主への引渡しの日以前に当該売主に相続が開始した場合には、たとえ当該土地の所有権が売主たる被相続人に残っていたとしても、もはやその実態は売買残代金を確保するための機能を有するにすぎず、よって、相続税の課税財産とすべき財産は、当該売買契約に基づく売買残代金請求権(債権)であると主張する。
 確かに、土地の売買契約が当事者双方によって誠実に履行され、売買残代金請求権(債権)が確定的に被相続人に帰属しているということを肯定できるような場合には、土地の所有権は独立して相続税の課税財産を構成せず、その実質は売買残代金を確保するための機能を有するにすぎないものと解されている(上記2の(2)のイの(ロ)の最高裁判決参照)。
ロ しかしながら、本件においては、上記1の(3)のロの(ハ)のとおり、被相続人は、農地法第5条第1項に基づく農地転用許可を受けるなど、本件売買契約の内容を誠実に履行しているが、M社は、上記(1)のイ及びロのとおり、本件土地の買収目的であった出店計画が行き詰まったことから、本件売買契約締結の日から相続開始の日までの約1年8か月の間、売買残代金の支払義務を履行しておらず、結果としても、上記1の(3)のロの(ヘ)のとおり、本件売買契約を合意解除するに至ったことからすれば、相続開始時点において、売買残代金請求権(債権)が確定的に被相続人に帰属していたということを肯定することはできない。
 したがって、本件土地について、相続税の課税財産とすべき財産は、売買残代金請求権(債権)でなく土地であると認めるのが相当である。
ハ なお、原処分庁は、本件土地について農地転用許可がなされたことで所有権は既に買主に移転しているから、課税財産とすべき財産は売買残代金請求権(債権)である旨主張するが、上記1の(3)のハのとおり、買主が売買残代金を売主へ支払ったときに本件土地の所有権が移転し、同時に売主が所有権移転登記申請手続を行い、本件土地の引渡しを行うとされているところ、本件の場合、売買残代金の支払いは行われなかったのであるから、所有権の移転及び引渡しも行われなかったということになる。
 したがって、この点に関する原処分庁の主張には理由がない。

(3)本件土地の評価額について

イ 相続税法第22条において、相続により取得した財産の価額は当該財産の相続開始時における時価による旨規定しているところ、課税実務上は、財産評価基本通達及び国税局長が定める財産評価基準に基づいて相続により取得した財産の価額の評価が行われている。この課税実務上の取扱いについては、財産の時価を客観的に評価することは必ずしも容易なことではなく、また、納税者ごとに財産の評価の仕方が各々になることは公平の観点から好ましくないこと、同通達の内容が客観的かつ公平な評価をする上で合理的な定めであると認められることから、当審判所においても相当と認められる。
ロ 上記イのことから、本件土地については、財産評価基本通達及び○○国税局長が定めた平成11年分財産評価基準に基づいた倍率方式により評価するのが相当であり、そうすると、本件土地の相続開始時点の評価額は、上記(1)のハの固定資産税評価額26,595,428円に倍率1.1を乗じた29,254,970円となる。

(4)本件更正の請求について

 以上のことから、本件申告における本件土地に係る取得財産の価額の総額は、請求人が上記2の(1)のニで主張するとおり48,379,285円となり、本件土地に係る取得財産の価額の総額105,893,150円を48,379,285円に減額することを求める本件更正の請求には理由があると認められる。
 したがって、本件更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分は違法なもので、その全部を取り消すべきである。

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