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(平16.11.10裁決、裁決事例集No.68 15頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、包括受遺者が遺贈により承継した保証債務を履行したが、債務者に求償できなかったとして、国税通則法(以下「通則法」という。)第23条《更正の請求》第2項第1号により行われた更正の請求が適法な請求であるか否かが争われた事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 審査請求人A及び同B(以下、両名を併せて「請求人ら」という。)は、平成10年4月13日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したC(以下「本件被相続人」という。)の包括受遺者であるが、この相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告書に課税価格及び納付すべき税額を次表の「申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。

ロ 次いで、請求人らは、平成15年8月12日に、課税価格及び納付すべき税額を上記イの表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の各更正の請求(以下「本件各更正の請求」という。)をした。
ハ 原処分庁は、これらに対し、いずれも平成15年10月1日付で更正をすべき理由がない旨の各通知処分(以下「本件各通知処分」という。)をした。
ニ 請求人らは、これらの処分を不服として、平成15年10月31日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成16年1月28日付でいずれも棄却する旨の異議決定をした。
ホ 請求人らは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成16年2月23日に審査請求をした。
 なお、請求人らは、Aを総代として選任し、その旨を平成16年2月27日に届け出た。

(3)関係法令

イ 相続税法(平成15年法律第8号による改正前のものをいう。以下同じ。)第13条《債務控除》第1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者の当該財産に係る課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際現に存するものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨規定し、同法第14条《控除すべき債務》第1項は、当該債務は、確実と認められるものに限る旨規定している。
 また、相続税法第22条《評価の原則》は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額から控除すべき債務の金額はその時の現況による旨規定している。
ロ 通則法第23条第1項第1号は、納税申告書を提出した者は、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときは、当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正の請求をすることができる旨規定している。
 また、通則法第23条第2項第1号は、納税申告書を提出した者は、その申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときは、前項の規定にかかわらず、その確定した日の翌日から起算して2月以内に更正の請求をすることができる旨規定している。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても、その事実が認められる。
イ 本件被相続人は、平成4年3月19日及び同年4月2日に有限会社D(以下「D」という。)の株式会社E銀行(以下「E銀行」という。)からの借入れに際し、Dの代表者であるF、同社の役員であるG及び本件被相続人が代表者である有限会社H(以下「H」という。)と共に連帯保証(以下、これにより本件被相続人及びHが負担した保証債務を「本件保証債務」という。)をした。
ロ 請求人らは、平成13年11月29日にHと共にE銀行に61,876,490円を支払って本件保証債務を履行した。
ハ 請求人ら及びHは、平成○年○月○日に、D、F及びG(以下、これら3名を併せて「本件債務者等」という。)に対し、本件保証債務の履行に係る求償を求め、求償金請求の訴訟(J地方裁判所平成○年(○)第○号)を提起したところ、同年○月○日に本件債務者等に対し支払を命じる旨の仮執行宣言付判決がなされ、同月○日に本件債務者等に対し強制執行ができる旨の執行文が付与された。
ニ J地方裁判所及び同裁判所K支部の各執行官は、上記ハの執行文に基づき平成○年○月○日及び同月○日に行われた本件債務者等に対する強制執行の結果について、本件債務者等のいずれの者についても売得金で手続費用を弁済して剰余を生ずる見込みがない事由により執行することができなかった旨の各執行不能調書(J地方裁判所平成○年(○)第○号から第○号、同裁判所K支部同年(○)第○号から第○号、以下、これらを併せて「本件各執行不能調書」という。)を作成している。
ホ 本件各更正の請求において、請求人らは、上記ロのE銀行に支払った61,876,490円のうち、31,876,490円は保証債務履行に係る回収不能分として控除すべき債務であるとし、残りの30,000,000円はHが負担する保証債務となり同社の出資金の評価額が7,080,500円減額されるとしている。

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2 主張

(1)請求人

 本件各通知処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件被相続人は、Hの所有する建物のみに根抵当権が設定されるものとして本件保証債務を負ったものであったが、実際には本件被相続人が所有する不動産にも根抵当権が設定されたこと、そして、DのE銀行への債務の返済が滞り、本件被相続人が平成○年1月31日に債務の一部を代位弁済するに至ったことから、本件被相続人は、同年○月○日にE銀行及び本件債務者等に対し根抵当権の抹消等を求める調停(J簡易裁判所平成○年(○)第○号)を申し立てた(以下、この調停を「本件調停」という。)。
 本件調停は不調で平成○年○月○日に取下げとなり、本件被相続人が死亡した後は、請求人らが本件保証債務についてE銀行と交渉を続けたが、E銀行が担保不動産の競売申立てをしたことから、請求人らは、平成13年11月29日に61,876,490円を代位弁済した。
 そして、上記1の(4)のハ及びニのとおり、請求人ら及びHがJ地方裁判所において本件債務者等に本件保証債務の履行による求償権を行使したところ、本件債務者等に求償権の行使が不能である旨の本件各執行不能調書が平成○年○月○日及び同月○日に発せられた。
ロ 上記イのとおり、本件保証債務について、Dが債務の弁済不能の状態で、E銀行からの履行請求により代位弁済し、本件債務者等に求償権を行使したところ、本件各執行不能調書により本件債務者等に弁済能力がないことが確定したものである。
 したがって、本件各執行不能調書は、求償権の行使不能であることを確定したものであるから、通則法第23条第2項第1号に規定する「申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決」に該当するものであり、本件各更正の請求は、本件債務者等に対する求償権の行使不能が確定した日である平成○年○月○日又は同月○日の翌日から起算して2月以内に行われた適法な更正の請求である。

(2)原処分庁

 本件各通知処分は次の理由により適法であるから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 相続税の課税価格の計算上、相続又は遺贈により取得した財産の価額から控除すべき債務の金額は、相続開始の際現に存するもので、確実と認められる債務に限られ、かつ、その時の現況による価額とされている。
 本件のように、相続開始の際に、保証債務を現に有していた場合において、その保証債務を履行したことによる求償権の行使がその相続開始後において不能となったとしても、そのことにより、相続開始時点における現況が異なるものではないことからすれば、本件各更正の請求は、通則法第23条第2項第1号の「申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定した」ことに基因する請求であるとは認められない。
 したがって、本件各更正の請求は不適法なものである。
ロ 以上のとおり、通則法第23条第2項第1号の要件を具備せず、他に本件相続税に係る課税価格を減額すべき事由も認められないから、本件各更正の請求に対して更正をすべき理由がないとして行った本件各通知処分はいずれも適法である。

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3 判断

(1)認定事実

 当審判所の調査によれば、Dは、資本金が500万円の会社で、当初は飲食業を主な事業目的としていたが、平成10年9月2日に自動車・中古自動車・自動車部品の輸出入、販売を主な事業に変更し、平成○年○月○日に解散している。

(2)法令解釈

イ 相続税の課税価格の計算上控除すべき債務とは、被相続人の債務で相続開始の際現に存するもので、確実と認められる債務に限られており、保証債務は、債権者と保証人の間に生じ、主たる債務者がその履行をしない場合に、主たる債務者に代わって、その債務を履行するという従たる債務であるから、被相続人が主たる債務者のためになした保証債務が相続された場合でも、将来現実にその履行義務が発生するか否かは不確実であり、仮に将来その保証債務を履行した場合でも、法律上は、その債務の履行は求償権の行使によって補てんされるので、保証債務は原則として確実と認められる債務には該当しない。
 そして、保証債務が確実と認められる債務に該当するためには、相続開始の時を基準として、主たる債務者が弁済不能の状態であり、かつ、その履行すべき保証債務について主たる債務者及び他の共同保証人に対してもなお債権の回収を受ける見込みのないことが確実になっていなければならず、具体的には、主たる債務者及び他の共同保証人が破産、和議、会社更生あるいは強制執行等の手続の開始を受け、又は事業閉鎖、行方不明等によって債務超過の状態が相当期間継続しながら、他からの融資を受ける見込みもなく、再起のめどが立たないなどの事情によって事実上債権の全部又は一部の回収ができない状況にあることが客観的に認められるか否かで判断すべきと解される。
ロ 通則法第23条第2項第1号の趣旨は、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実について民事上紛争を生じ、判決又は判決と同一の効力を有する和解その他の行為によってこれと異なる事実が確定したため、申告等に係る課税標準等又は税額等が過大になった場合において、後発的に更正の請求を認めようとするものであり、ここにいう判決とは、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実(例えば契約の成否、相続による財産取得の有無等)を訴えの対象とする民事訴訟に係る判決を意味するものと解される。
 そして、判決と同一の効力を有する和解その他の行為の「和解」とは、民事訴訟法第89条による裁判上の和解又は同法第275条第1項による訴え提起前の和解をいい、「その他の行為」とは、調書に記載することにより判決と同一の効力を有するものを意味し、例えば、同法第266条に規定する請求の放棄又は認諾、家事審判法第21条による調停等をいうものと解される。

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(3)本件各通知処分について

イ 相続税の課税価格の計算上控除すべき債務とは、上記(2)のイのとおり、相続開始の時の現況で判断されるところ、請求人らの主張によると、本件債務者等に対する本件保証債務の履行による求償権の行使不能が確定したのは平成○年○月であり、当該事実の確定が本件相続開始日の現況を示すものと判断できないこと、そして、当審判所の調査においても、本件相続開始日に主たる債務者であるDが事業閉鎖の状態であるなど、本件保証債務が上記(2)のイの確実と認められる債務であると判断する事実が認められないことから、本件保証債務が相続税の課税価格の計算上控除すべき債務と認めることはできない。
 したがって、本件相続税の申告に係る課税価格及び納付すべき税額が過大とはならないから、本件各更正の請求を適法なものと認めることはできない。
ロ また、請求人らは、本件各執行不能調書をもって、通則法第23条第2項第1号に規定する「申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決」に該当する旨主張するが、当該規定の判決又は判決と同一の効力を有する和解その他の行為とは、上記(2)のロのとおりであるところ、本件各執行不能調書は、民事執行規則第13条第1項第7号及び執行官規則第17条《調書の記載事項》に基づくもので、民事訴訟に係る判決ではなく、当該調書について判決と同一の効力を有する旨の規定がなく、また、本件各執行不能調書に記載されている内容は、本件債務者等に対する平成○年○月○日及び同月○日における強制執行の結果であり、申告等に係る課税標準等の基礎となる事実、すなわち、本件相続開始日における現況には変更がないのであるから、通則法第23条第2項第1号の判決又は判決と同一の効力を有する和解その他の行為には該当しないものと認められる。
 したがって、本件各更正の請求は、通則法第23条第2項第1号の要件を満たしたものとは認められない。
ハ 他に本件各更正の請求について、更正をすべき理由がないことから、更正をすべき理由がない旨を通知した本件各通知処分はいずれも適法である。

(4)その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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