ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.69 >> (平17.6.24裁決、裁決事例集No.69 252頁)

(平17.6.24裁決、裁決事例集No.69 252頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が遺産分割の調停が成立したとして、相続税法第32条《更正の請求の特則》第1号に基づいて行った更正の請求が、同条に規定する期限内に行われたものか否かを争点とする事案である。

トップに戻る

(2)審査請求に至る経緯

イ  請求人は、平成5年5月29日に死亡したA(以下「被相続人」という。)の共同相続人の1人であるが、この相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、遺産分割が未了であったことから、相続税法第55条《未分割遺産に対する課税》を適用し、次表の「申告」欄のとおり申告書に記載して法定申告期限までに申告した。

(単位:円)
項目/区分申告修正申告更正更正の請求
課税価格○○○○○○○○○○76,033,000○○○○○
納付すべき税額4,619,1004,840,8009,245,5004,437,800

ロ 次いで、請求人は、上記イの表の「修正申告」欄のとおりとする修正申告書を平成6年12月7日に提出した。
ハ 原処分庁は、請求人に対して、平成13年7月2日付で、相続人に異動が生じたことで、相続税法第35条《更正及び決定の特則》第3項の規定により上記イの表の「更正」欄のとおりとする更正処分をした。
ニ その後、請求人は、本件相続に係る遺産分割協議が成立したとして、平成15年12月4日に上記イの表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
ホ 原処分庁は、これに対し、平成16年1月27日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ヘ 請求人は、この処分を不服として、平成16年3月23日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月21日付で棄却の異議決定をした。
ト 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成16年7月20日に審査請求をした。

(3)関係法令

 相続税法第32条は、相続税の申告書を提出した者は、各号のいずれかに該当する事由により、当該申告に係る課税価格及び相続税額が過大となったときは、当該各号に規定する事由が生じたことを知った日の翌日から4月以内に限り、国税通則法第23条《更正の請求》第1項の規定による更正の請求をすることができる旨規定し、第1号に規定する事由として、相続税法第55条の規定により分割されていない財産について民法の規定による相続分の割合に従って課税価格が計算されていた場合において、その後当該財産の分割が行われ、共同相続人が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分の割合に従って計算された課税価格と異なることとなったことを規定している。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件相続に係る遺産分割に関して、B家庭裁判所C支部において、平成○年(○)第○○号遺産分割事件及び平成○年(○)第○○号寄与分を定める処分事件の調停(以下「本件調停」という。)が行われた。
ロ 被相続人の共同相続人である、請求人、D、E、F、G(代理人出頭)及びHは、平成14年12月○日の本件調停の調停期日に出頭し、同期日において、不動産、不動産賃貸債権、預金、株式、配当金及びその他の債権等の財産が被相続人の遺産であることを確認し、請求人及びDが、そのうちの一部の不動産の共有持分、株式、配当金及び預金を取得することなどを内容とする調停が成立した。
ハ B家庭裁判所C支部書記官は、平成15年3月○日付で、本件調停の上記ロの調停期日調書(以下「本件調停調書」という。)の正本を作成した。

トップに戻る

2 主張

(1)請求人

イ 本件調停は、平成14年12月○日の期日では、遺産分割について基本的な合意のみがなされ、特に遺産のうち預貯金等は、その存在すら確認できていないことから、本件更正の請求のための相続税の課税価格を具体的に把握できる状態ではなかった。
 そして、相続税の課税価格の変動が具体的に把握できるようになったのは、平成15年3月○日の本件調停調書が作成された時点であるから、本件更正の請求に係る相続税法第32条に規定する「事由が生じたことを知った日」は、平成15年3月○日である。
 上記のとおり、平成15年3月○日が「事由が生じたことを知った日」であると解すれば、請求人が同年7月○日に更正の請求書を提出しようとしたが、これを受理できないとした原処分庁の指示は違法なものとなる。
 そうすると、本件更正の請求は、上記の違法行為により相続税法第32条に規定する期限後にせざるを得なかったものであり、原処分庁は、本件更正の請求について、これが同条に規定する期限後にされたものであるという主張をすることは許されない。
 したがって、本件更正の請求が、相続税法第32条に規定する期限後にされたものであることを理由とした本件通知処分は違法であり、その全部を取り消すべきである。
ロ 仮に、相続税法第32条に規定する「事由が生じたことを知った日」が原処分庁の主張する平成14年12月○日であり、本件更正の請求が同条に規定する期限後になされたものであったとしても、次のとおり、相続税に関する法制度には欠陥があるから、本件更正の請求を認めなかった本件通知処分は違法であり、その全部を取り消すべきである。
(イ)請求人は、当時、遺産分割に係る調停を完結させるのに精一杯であり、事由が生じたことを知った日から4か月以内に更正の請求という税務手続が必要であることは全く知らなかった。
(ロ)平成13年に請求人が何ら手続もしないのに税務署から更正通知が送付されてきたので、今回も税務署から連絡があると待っていたが、何の連絡もないことから、請求人が電話で税務署に問い合わせて初めて相続税法第32条に規定する更正の請求の期限を過ぎていることを知り、嘆願により同条の適用を請求しなければならなかった。
(ハ)本件調停により法定相続分より多くの財産を相続した他の共同相続人は、修正申告をする義務があるはずである。
(ニ)遺産が未分割であっても相続税の申告及び納税は先にしなければならないが、調停が成立すると納税者自らが更正の請求の手続をしなければならないというのは納得できない。

(2)原処分庁

 原処分は次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件更正の請求における相続税法第32条に規定する「事由が生じたことを知った日」とは、次の理由により本件調停について当事者間で合意が成立した平成14年12月○日である。
(イ)未分割の遺産を分割した結果、既に確定した課税価格及び相続税額が過大になるか否かの判断に当たっての算定の基礎となる遺産の価額は、申告(その後に更正があった場合にはその更正)により確定した価額を基礎とすることとされ、本件の場合、〔1〕請求人が提出した修正申告書及び平成13年7月2日付更正処分で確定した価額を基礎とすること、〔2〕請求人が具体的金額が確定していないと主張する預貯金については、本件調停において、被相続人の一切の預貯金を申立人らが取得することが合意されていたことからすれば、平成14年12月○日に相続税法第32条に基づく更正の請求のために必要な課税価格の変動を把握することが可能である。
(ロ)また、調停は、当事者双方が審判官の面前で調停条項を確認し、これを双方が受け入れて初めて成立するものであり、本件の場合、平成14年12月○日に被相続人の共同相続人が出頭した上で分割調停が合意成立していることが認められる。
ロ 上記イのとおり、相続税法第32条に規定する「事由が生じたことを知った日」は平成14年12月○日であるから、更正の請求の期限は平成15年4月○日となるので、本件更正の請求はその期限を徒過した不適法なものである。
 したがって、本件更正の請求に対して、更正をすべき理由がないとして行った本件通知処分は適法である。

トップに戻る

3 判断

(1)認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ Dの代理人弁護士J(以下「J弁護士」という。)は、平成15年3月7日付で、請求人の代理人弁護士K(以下「K弁護士」という。)及びDに対して、「お願い」と題する書面を送付し、裁判所から請求人及びDが取得する被相続人の預金の銀行口座を特定するよう要請があったとして、請求人及びDで手分けして、被相続人の預金口座の有無、種別及び残高等の確認を依頼した。
ロ J弁護士は、平成15年3月○日付で、B家庭裁判所C支部書記官に対して、「ご連絡」と題する書面を送付し、被相続人の預金口座の内訳として、以下のとおりの銀行名、支店名、預金種別及び口座番号並びに各預金の残高を報告した。
(イ)M銀行m支店 普通預金口座(番号○○○○)
(ロ)N銀行n支店 普通預金口座(番号○○○○)
(ハ)P銀行p支店 普通預金口座(番号○○○○)
(ニ)Q信用組合q支店 普通預金口座(番号○○○○)
(ホ)R信用金庫r支店 普通預金口座(番号○○○○)
(ヘ)S銀行s支店 総合口座(番号○○○○)
ハ 請求人は、平成15年7月○日付で、原処分庁に対して、「相続税法の特則による更正の請求が提出期限を過ぎたことについての嘆願書」と題する書面(以下「本件嘆願書」という。)を提出した。本件嘆願書には、本件調停による遺産分割の経緯について、平成14年12月○日に家庭裁判所の調停により全部分割が成立したこと、請求人は平成15年3月31日にK弁護士から本件調停調書の写しを郵送にて入手したことが記載されている。また、本件嘆願書に添付された相続税の更正の請求書には、更正の請求のできる事由の生じたことを知った日として、平成14年12月○日と記載がある。

(2)相続税法第32条に規定する「事由が生じたことを知った日」について

イ 相続税法第32条第1号は、上記1の(3)のとおり規定しているところ、その趣旨は、国税通則法に定める一般的な更正の請求の事由に該当しない場合であっても、相続等により財産を取得した者について申告等に係る課税価格及び相続税額等がその後過大となった場合に、負担の公平を図るため、課税価格又は税額を更正すべき場合があるとして、相続税法特有の事由を定めるとともに、法律関係の早期安定や税務行政の能率的運営等の観点から更正の請求をなし得る期間を定めたものである。
 そして、家事調停手続によって遺産分割がなされた場合には、〔1〕共同相続人間に遺産分割の調停が成立したことによって、課税価格は未分割のときのそれとは異なることになること、〔2〕調停期日において遺産分割の合意が成立したことによって、各相続人が取得する遺産の範囲が明らかになり、調停期日に出頭した各相続人はこれを認識し、分割後の課税価格が未分割のときのそれとは異なることとなったことを認識することからすれば、この場合の相続税法第32条に規定される「事由が生じたことを知った日」とは、特段の事情がない限り、遺産分割の合意が成立した調停期日の日と解するのが相当である。
 なお、家事審判法第21条第1項は、「調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立したものとし、その記載は、確定判決(審判)と同一の効力を有する。」と規定しているが、調停は、当事者間の合意によってなされるという私法行為としての性格とそれが裁判所においてなされ確定判決と同一の効力を有するという訴訟行為としての性格を併せ有するものと解されるから、当事者間の遺産分割の合意の内容が調停調書に記載される前においても、当事者間の合意が成立した調停期日の日には、相続税法第32条第1号に規定される当該財産の分割が行われて課税価格が相続分等の割合に従って計算された課税価格と異なることとなったということができる。
 したがって、調停期日の日に調停調書が作成されていなくとも、相続税法第32条に規定される「事由が生じたことを知った日」とは、特段の事情がない限り、家事調停が成立した調停期日の日と解すべきである。
ロ 請求人は、平成14年12月○日の調停期日では、基本的な合意があっただけで、本件更正の請求のために相続財産を具体的に把握できる状況でなく、実際に把握できるようになったのは、本件調停調書が作成されてからであるから、相続税法第32条における「事由が生じたことを知った日」は本件調停調書の正本の作成日付である平成15年3月○日である旨主張する。
 確かに、上記認定事実のとおり、遺産分割の合意が成立した調停期日後に、裁判所と請求人側の代理人弁護士との間で被相続人の預金の確認作業が行われた上で、平成15年3月○日ころから同月○日までの間に本件調停調書が作成されたことが推認できる。
 しかしながら、上記の場合であっても、共同相続人間の遺産分割の合意は調停期日において成立している上に、請求人は、調停期日に出頭しその合意の内容を認識していたのであり、また、調停期日後に預貯金を確認したという点についても、その確認の内容が上記認定事実のとおり、金融機関名や預金種別、口座番号及び残高というものであって、請求人は自ら調査すればこれらを容易に認識し得るといえることからすれば、請求人が調停期日において遺産分割の合意をしたときに預貯金口座の存在やその残高をすべて正確に認識していなくとも、それは上記の特段の事情がある場合には当たらない。
 したがって、相続税法第32条に規定される「事由が生じたことを知った日」とは、本件調停が成立した調停期日の日である平成14年12月○日というべきであって、本件調停調書の正本が作成された日である平成15年3月○日とすることはできない。
 なお、仮に、請求人が主張するように相続税法第32条の「事由が生じたことを知った日」を平成15年3月○日と解したとしても、本件更正の請求は、同条による更正の請求の期限である同年7月○日を徒過した後に行われたのであるから、不適法な請求であることは明らかである。
 よって、この点に関する請求人の主張を採用することはできない。
ハ 上記のとおり、本件における相続税法第32条に規定する「事由が生じたことを知った日」とは、平成14年12月○日と認められる。
 そうすると、相続税法第32条による更正の請求の期限は、平成14年12月○日の翌日から4か月を経過する日の平成15年4月○日となるところ、本件更正の請求は、同年12月4日に行われているから、同条に規定する期限を徒過した不適法なものというべきである。

トップに戻る

(3)請求人のその他の主張について

イ 請求人は、相続税法第32条に規定する「事由が生じたことを知った日」を平成15年3月○日と解すれば、上記(1)のハの平成15年7月○日付の本件嘆願書を提出した時点で更正の請求をすることができたのであって、原処分庁がその際にした更正の請求を受理することはできないから嘆願書を提出するようにという指示は違法であり、それによって本件更正の請求を相続税法第32条に規定する期限内にすることができなかった旨主張する。
 しかしながら、そもそも、上記(2)のとおり「事由が生じたことを知った日」を平成15年3月○日と解することはできないし、また、上記認定事実のとおり、請求人が平成15年7月○日に提出した本件嘆願書には平成14年12月○日家庭裁判所における調停により全部分割が成立した旨記載され、また、本件嘆願書に添付された相続税の更正の請求書には、更正の請求のできる事由の生じたことを知った日として、平成14年12月○日と記載されていることからすれば、請求人が平成15年7月○日に本件嘆願書を提出した時点において、相続税法第32条による更正の請求の期限である平成15年4月○日を既に経過していることを前提とした原処分庁の対応に違法な点があったとは認められない。
 したがって、この点に関する請求人の主張は理由がない。
ロ また、請求人は、相続税法第32条に規定する「事由が生じたことを知った日」から4か月以内に更正の請求という手続が必要であることは知らなかったこと、また、この相続税に関する法制度には欠陥があることから、本件更正の請求を認めなかった本件通知処分は違法である旨主張する。
 しかしながら、相続税法第32条に規定する更正の請求は、法律の不知を理由とした法定の期限後になされた更正の請求を認める趣旨ではなく、また、当審判所は、法令等に基づいて、原処分庁が行った処分が違法か否かを判断する機関であって、その処分の基となった法令自体に欠陥があるか否かを判断する機関ではない。
 したがって、これらの点に関する請求人の主張はいずれも採用できない。
ハ さらに、請求人は、本件調停により法定相続分より多くの財産を取得した他の共同相続人は修正申告する義務がある旨主張するが、他の共同相続人の申告及び課税が請求人に対する本件通知処分を違法とする理由とはならないから、この点に関する請求人の主張は理由がない。

(4)以上のとおり、請求人の主張はいずれも理由がないもの、又は採用できないものであり、他に本件更正の請求を認める事由はないから、本件更正の請求に対して更正をすべき理由がないとした本件通知処分は適法である。

(5)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る