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(平17.7.1裁決、裁決事例集No.70 144頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、Dに生じた損失が所得税法第72条《雑損控除》に規定する雑損控除の対象となるか否かを主な争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ Dは、平成14年分の所得税について、青色の確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成16年3月9日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ハ Dは、これらの処分を不服として、平成16年5月3日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年8月2日付で、いずれも棄却の異議決定をした。
ニ Dは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成16年8月31日に審査請求をした。
ホ その後、Dは、平成○年○月○日に死亡したので、相続人であるE及びFの2名は本件審査請求における審査請求人の地位を承継したものであり(以下、Dを「被相続人」といい、Eら相続人2名を「請求人ら」という。)、原処分に伴う請求人らの納付義務の承継額は各2分の1である。
 なお、請求人らは、Eを総代として選任し、その旨を平成17年6月13日に届け出た。

(3)関係法令

 所得税法第72条第1項は、居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族の有する一定の資産について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合には、その年における当該損失の金額のうち一定の金額をその年分の総所得金額等から控除する旨規定している。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 被相続人及び同人の長男Eは、電話で脅迫されて、平成14年中にG銀行○○支店の「H」名義の普通預金口座(口座番号が○○○○)であり、以下「本件口座」という。)に別表2のとおりの金額を振り込んだ。
ロ Eは、上記イの被害について、平成14年○月○日にJ警察署長に対し、次に掲げる内容の届出をした後、同年○月○日に、同警察署長がその届出を受理したことを証明する旨の証明書(以下「本件証明書」という。)の交付を受けた。
 なお、本件証明書の使途欄には雑損控除と、申請事項欄には盗難の届出と記載されている。
(イ)申請者
 E
(ロ)被害の日時
 平成14年○月○日午前○時ころから同年○月○日午前○時ころまでの間
(ハ)被害の場所
 Eの勤務する会社及びK銀行○○支店等8行
(ニ)被害者の住所、氏名
 申請者に同じ
(ホ)被害金品
 現金○○○円
ハ 被相続人は、別表2の同人が本件口座に振り込んだ金額○○○円の損失(以下「本件損失額」という。)を雑損控除の対象とした。

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2 主張

(1)請求人ら

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件損失について
 本件損失は、次の事由により雑損控除の対象となる。
(イ)Eは、平成14年○月○日に右翼団体系のLと名乗る者から人事録の掲載に係る年会費を支払うように要求され、「年会費を支払えば、他の系列の人事録から登録を抹消するように連絡をしてやる。支払わなければ、あちこちの団体が、場合によっては、勤務先や自宅に乗り込む」などと脅迫され、被相続人を含めたEの家族の身の危険を感じ、また、勤務先に来られることを危惧して、Lの要求に応じ、本件口座に○○○円を振り込んだ。
 その直後から、被相続人及びEは、M、暴力団員のN、P及びQなどと名乗る数名の者(以下、上記のLを含めて「本件加害者」という。)から「人事録の木版を買い取れ」、「ブラックブックという人名録の抹消料を支払え」などと次々と脅迫を受け、別表2のとおりの金額を本件口座に振り込んだ。
(ロ)また、被相続人及びEは、J警察署の担当刑事から数度の事情聴取を受けた後、当該刑事は、被相続人及びEが受けた被害の内容を十分承知した上、Eに対して盗難による被害届出をするよう進言した。そして、Eは、この進言に基づき本件加害者による被害を盗難によるものとする被害届出をし、J警察署長は、これを受理した。
(ハ)したがって、被相続人は、自らの意思に基づいて現金を支払ったのではなく、本件加害者から抵抗不能の状態に陥るほどの暴行に等しい脅迫を受け、その結果、意思能力を欠き、現金を強取されたのであるから、本件損失は、盗難により生じたものである。また、J警察署長は、本件損失を盗難によるものと認識しており、本件証明書はその事実を示しているものである。
ロ 本件更正処分について
 Eは、本件損失が平成14年分の所得税の額や今後の資産の処分に重要な影響を及ぼすことから、被相続人及びEが所有する財産の管理を委託しているR社の代表取締役Sを同行して、平成14年○月○日に原処分庁所属の職員(以下「本件職員」という。)に対し、必要な資料を提示した上、本件損失に係る所得税法上の取扱いについて公的見解を求めたところ、本件職員は、本件損失が所得税法第72条に規定する雑損控除の対象となる旨回答した。
 そこで、被相続人は、上記の回答を信頼して、平成14年中に不動産を譲渡し、本件損失について雑損控除を適用したところで申告したものであるから、本件更正処分は、信義誠実の原則(以下「信義則」という。)に違反し、違法である。
ハ 本件賦課決定処分について
 上記イ及びロのとおり、本件更正処分は違法であるから、本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、本件審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件損失について
 本件損失は、次の事由により雑損控除の対象とはならない。
(イ)上記1の(3)のとおり、雑損控除の対象となる損失は、災害又は盗難若しくは横領による損失で、納税者の意思に基づかない損失をいうものと解されるところ、被相続人は、平成14年○月○日から同年○月○日までの間、警察に届け出ることもしないまま、本件加害者の要求に応じ、延べ10回にわたり、自らの意思に基づいて現金を支払ったと認められる。
 そうすると、本件損失は、被相続人の意思に基づかない損失には該当せず、所得税法第72条第1項に規定する「災害又は盗難若しくは横領」による損失には該当しない。
(ロ)本件証明書は、Eが行った「被害の日時」、「被害の場所」、「被害者の住所、氏名」及び「被害金品」に関する届出を受理したことを証明するものであって、これらの事実を確認したことを証するものではなく、本件証明書が存在することをもって、本件損失が盗難による損失であるとは認められない。
ロ 本件更正処分について
(イ)租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等・公平という要請を犠牲にしてもなおその課税処分に係る課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めてこの法理の適用の是非を考えるべきである。
 そして、この特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、〔1〕税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと、〔2〕納税者がその表示を信頼して行動したこと、〔3〕表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けたこと、〔4〕表示を信頼し行動したことにつき、納税者の責めに帰すべき事由がないことの要件をすべて満たさなければならない。
 他方、納税相談は、相談者の一方的な申立てに基づきその申立ての範囲内で面接した税務署の職員の判断を示すだけで、具体的な調査を行うものではなく、納税相談における助言は、信頼の対象となる公的見解の表示には該当しないと解されている。
 Eが、納税相談において具体的な事実を摘示した上、税務署の職員に対して質問をしたという証拠がないばかりでなく、納税相談における助言は、公的見解の表示には該当しないことから、信義則の法理を適用することはできない。
(ロ)総所得金額及び分離長期譲渡所得の金額
 総所得金額及び分離長期譲渡所得の金額は、被相続人が確定申告書に記載した金額である。
(ハ)所得控除の額
A 雑損控除の額
 上記イのとおり、本件損失は、雑損控除の対象とはならないので、雑損控除の額は零円となる。
B その他の所得控除の額
 雑損控除以外のその他の所得控除の額は、被相続人が確定申告書に記載した金額と同額の○○○円である。
C 所得控除の額
 以上の結果、所得控除の額は○○○円となる。
(ニ)本件更正処分
 課税総所得金額は、総所得金額16,364,975円から所得控除の額を控除した後の金額の1,000円未満の端数を切り捨てた金額となり、○○○円である。
 また、課税長期譲渡所得金額は、分離長期譲渡所得の金額13,138,035円の1,000円未満の端数を切り捨てた金額13,138,000円となる。
 以上の結果、被相続人の課税総所得金額及び課税長期譲渡所得金額は、本件更正処分の額と同額となるから、本件更正処分は適法である。
ハ 本件賦課決定処分について
 上記ロのとおり、本件更正処分は適法であり、被相続人の場合、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当しないことから、同条第1項及び第2項の規定に基づいて行った本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

(1)認定事実

 当審判所が調査したところ、次の事実が認められる。
イ J警察署は、Eが平成14年○月○日に届出をした事件(以下「本件事件」という。)については、盗難事件ではなく、紳士録の掲載料や登録抹消料として現金をだまし取る詐欺、恐喝による事件として捜査している。
ロ 本件事件の捜査担当の警察官の説明によれば、本件証明書の交付の基因となったEからの申請書には、盗難の届出について証明を依頼する旨記載されているが、上記イのとおり、本件事件は盗難事件ではないので、当該申請書を誤って受理し、本件証明書を交付した。

(2)本件損失について

イ 上記1の(3)の規定から、雑損控除の対象となる損失は、「災害又は盗難若しくは横領による」ものに限られると解される。
 これを本件についてみると、上記1の(4)のイのとおり、被相続人は、電話で脅迫されて本件口座に○○○円を振り込んでおり、また、上記(1)のイのとおり、J警察署は、本件事件について詐欺ないしは恐喝による事件として捜査していること、被相続人が受けたという脅迫の内容及び態様は、上記2の(1)のイの(イ)の請求人らの主張のとおりであることからすると、本件加害者が、被相続人の反抗を抑圧する程度の脅迫を加えたとは認められないから、本件損失は、被相続人が現金を強取されたことにより生じたものではなく、詐欺ないし恐喝により生じたものとするのが相当であって、「災害又は盗難若しくは横領による」ものとは認められない。
 したがって、請求人らの、被相続人が自らの意思に基づいて現金を支払ったのではなく、本件加害者から抵抗不能の状態に陥るほどの暴行に等しい脅迫を受け、その結果、意思能力を欠き、現金を強取されたのであるから、本件損失は、盗難により生じたものである旨の主張には理由がない。
ロ また、請求人らは、J警察署長が本件損失を盗難によるものと認識している旨主張する。
 しかしながら、上記(1)のイ及びロのとおり、J警察署は、本件事件について詐欺ないしは恐喝による事件として捜査している上、J警察署長は、本件証明書の交付の基因となったEからの申請書を誤って受理し、本件証明書を交付したものであること、及び本件加害者が被相続人に対してした行為は、上記イのとおり、被相続人の反抗を抑圧する程度の脅迫ではないと認められることからすると、本件証明書に記載されている内容により、本件損失が盗難により生じたと認めることはできない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
ハ 以上の結果、請求人らの主張にはいずれも理由がなく、また、本件損失は、詐欺ないしは恐喝により生じたものであり、災害又は盗難若しくは横領による損失とは認められないので、雑損控除の対象とはならない。

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(3)本件更正処分について

イ 請求人らは、本件職員の回答を信頼して、平成14年中に不動産を譲渡し、本件損失について雑損控除を適用して申告したから、本件更正処分は、信義則に違反する旨主張する。
 ところで、租税法律関係において、信義則の法理が採用されるには、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお課税処分を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反すると認められるような特別の事情がある場合であって、この特別な事情があるというためには、少なくとも、〔1〕税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、〔2〕納税者がその表示を信頼してその信頼に基づいて行動したところ、〔3〕後に同表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、〔4〕納税者が税務官庁の同表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点が考慮されるべきであると解される。
 これを本件についてみると、請求人らが主張する本件職員の回答は、税務相談における税務職員の助言であって、公の見解の表示に当たるとは認められないことから、被相続人の場合には、上記の信義則の法理を適用する特別の事情があるとは認められない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
ロ 総所得金額及び分離長期譲渡所得の金額
 総所得金額及び分離長期譲渡所得の金額については、請求人ら及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によってもこれを不相当とする理由はない。
 したがって、総所得金額が16,364,975円及び分離長期譲渡所得の金額が13,138,035円である。
ハ 所得控除の額
(イ)雑損控除の額
 上記(2)のとおり、本件損失は、雑損控除の対象とはならないので、雑損控除の額は零円となる。
(ロ)その他の所得控除の額
 雑損控除以外のその他の所得控除の額については、請求人ら及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によってもこれを不相当とする理由はない。
 したがって、雑損控除以外の所得控除の額は、○○○円である。
(ハ)所得控除の額
 以上の結果、所得控除の額は○○○円となる。
ニ 本件更正処分
 課税総所得金額は、総所得金額から所得控除の額を控除した後の金額の1,000円未満の端数を切り捨てた金額となり、○○○円である。
 また、課税長期譲渡所得金額は、分離長期譲渡所得の金額13,138,035円の1,000円未満の端数を切り捨てた金額13,138,000円となる。
 さらに、上記ハの(イ)のとおり、雑損控除の額は零円となるから、翌年に繰り越す雑損失の金額も零円となる。
 以上の結果、被相続人の課税総所得金額、課税長期譲渡所得金額及び翌年に繰り越す雑損失の金額は、本件更正処分の額と同額となるから、本件更正処分は適法である。

(4)本件賦課決定処分について

 上記(3)のとおり、本件更正処分は適法であり、また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定により過少申告加算税の賦課決定をした本件賦課決定処分は適法である。

(5)その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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