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(平18.2.27裁決、裁決事例集No.71 29頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が受取人となっている生命保険金の一部について、生命保険会社がその支払を拒絶したため、請求人の生命保険会社に対する保険金請求訴訟が係属していた間に、原処分庁が同生命保険金を相続税の課税価格に含めて行った相続税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分に対し、請求人が、判決によって同生命保険金の支払が確定する前の課税は違法であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。

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(2)当事者間に争いがなく、証拠により容易に認定できる事実等(以下「争いのない事実等」という。)

イ A(以下「被相続人」という。)は、平成13年9月○日に死亡した(以下、この相続を「本件相続」という。)が、その法定相続人は、養子である請求人及び実子3名のみであった。
ロ 請求人を含む法定相続人ら4名は、B裁判所に対し、平成13年10月○日、相続放棄の申述をし、同裁判所は、同日、同申述をいずれも受理する旨審判した。
ハ 生命保険金の支払の経緯
(イ)被相続人は、別表1「保険会社」欄記載の各保険会社との間で、同「契約年月日」欄記載の各日に、被相続人を被保険者、請求人を保険金受取人、同「保険金額」欄記載の各金額を保険金額とする生命保険契約(ただし、同〔2〕欄記載の金額は、会社更生手続に伴う条件変更後のものである。)合計5件を締結し、本件相続時点まで、それらの保険料をすべて負担していた。
(ロ)請求人は、別表1「保険会社」欄記載の各保険会社に対し、同「保険金請求日」欄記載の各日に、同表記載の各生命保険契約に基づき、被相続人の死亡を保険事故とする生命保険金の支払を請求した。
(ハ)請求人は、別表1〔3〕から〔5〕欄各記載の各生命保険契約に基づく保険金について、同「保険金受領日」欄記載の平成13年10月25日から同年11月12日の間にいずれも受領した。
(ニ)別表1〔1〕欄記載の生命保険契約に基づく保険金(以下「本件生命保険金〔1〕」という。)
A C生命保険株式会社(現D生命保険株式会社、以下「C生命」という。)は、本件生命保険金〔1〕の支払を拒否したため、請求人は、同社に対し、同保険金の支払を求める訴えを提起した(以下「本件第一訴訟」という。)。
B E裁判所は、平成16年9月○日、本件第一訴訟について、請求人のC生命に対する生命保険金○○○○円の支払請求を認容する旨判決し、同判決は、同年10月○日ころ確定した。
 請求人は、平成16年11月26日、本件生命保険金〔1〕○○○○円を受領した。
(ホ)別表1〔2〕欄記載の生命保険契約に基づく保険金(以下「本件生命保険金〔2〕」といい、本件生命保険金〔1〕と併せて「本件各生命保険金」という。)
A F生命保険株式会社(以下「F生命」という。)は、本件生命保険金〔2〕の支払を拒否したため、請求人は、同社に対し、同保険金の支払を求める訴えを提起した(以下「本件第二訴訟」といい、本件第一訴訟と併せて「本件各訴訟」という。)。
B G裁判所は、平成16年11月○日、本件第二訴訟について、請求人のF生命に対する生命保険金○○○○円の支払請求を認容する旨判決した。
 請求人は、平成16年12月6日、本件生命保険金〔2〕○○○○円を受領した。
(ヘ)請求人は、本件各訴訟の訴訟代理人である弁護士に対し、平成16年12月8日、本件各訴訟に係る弁護士費用として、合計○○○○円(以下「本件弁護士費用」という。)を支払った。
ニ  審査請求に至る経緯
 請求人は、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)について、平成17年3月3日に審査請求をしたが、同審査請求に至る経緯は別表2記載のとおりである。

(3)関係法令等の要旨

 別紙記載のとおり。

(4)争点

イ 請求人が本件各生命保険金について「保険金を取得した」(相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの、以下同じ。)第3条《相続又は遺贈により取得したとみなす場合》第1項第1号)のは被相続人の死亡時か。
ロ 本件弁護士費用の控除について
(イ)本件各生命保険金の額の評価において、本件弁護士費用は控除されないか。
(ロ)請求人は、「相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈に限る。)により財産を取得した者」(相続税法第13条《債務控除》)に当たらないか。
(ハ)本件弁護士費用は、「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの」(同条第1項第1号)に当たらないか。
ハ 本件相続税の期限内申告書の提出がなかったことについて「正当な理由」(国税通則法(以下「通則法」という。)第66条《無申告加算税》第1項)があるか。

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2 主張

(1)争点イ(本件各生命保険金に係る「保険金を取得した」時期)について

イ 原処分庁の主張
 「保険金を取得した」とは、金銭によって現実に生命保険金の支払を受けたことをいうのではなく、保険事故の発生により保険金受取人が保険契約に基づき保険金請求権を取得したことをいうから、本件各生命保険金について訴訟が係属中であっても、請求人が本件各生命保険金について「保険金を取得した」のは被相続人の死亡時である。
ロ 請求人の主張
(イ)本件各訴訟が係属している間は、本件各生命保険金請求権の存在が確実とはいえず、本件各訴訟の判決確定により初めてその存在が確実となる以上、請求人が本件各生命保険金について「保険金を取得した」のは本件各訴訟の判決確定日であって、被相続人の死亡時ではない。
(ロ)相続税法上、請求人が本件相続に基づき取得した財産は別表1記載の各生命保険金のみであるから、本件各生命保険金の取得時期を本件各訴訟の判決確定日より前とすることは、請求人の担税力の面から見ても不当である。

(2)争点ロ(イ)(本件各生命保険金の額の評価における本件弁護士費用控除の可否)について

イ 原処分庁の主張
 相続財産の評価において、相続財産の取得に係る必要経費を控除することについて、相続税法に規定はないから、本件各生命保険金の額の評価において本件弁護士費用は控除されない。
ロ 請求人の主張
 相続財産として課税されるべきものは、納税義務者が受領した資産であり、受領できるかどうか不確実な資産を確実に受領できるようにするために要した費用は、必要経費として控除するのが課税の大原則であるから、本件各生命保険金の額の評価において、本件弁護士費用は控除されるべきである。

(3)争点ロ(ロ)(請求人の債務控除主体該当性)について

イ 原処分庁の主張
 請求人は、相続放棄をしており、包括遺贈も受けていないから、「相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈に限る。)により財産を取得した者」に当たらない。
ロ 請求人の主張
 相続財産として課税されるべきものは、納税義務者が受領した資産であり、同資産の実質的な取得額を課税価格とするために債務控除が認められているのであるから、「相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈に限る。)により財産を取得した者」とは、相続税の納税義務を負担する者をいい、請求人もこれに当たる。

(4)争点ロ(ハ)(本件弁護士費用の債務控除対象債務該当性)について

 請求人の主張
 本件弁護士費用は、C生命及びF生命が、被相続人の生前の行為につき公序良俗に反するとして本件各生命保険金の支払をかたくなに拒否したため、やむを得ず訴訟となったことに基づき生じた債務である以上、被相続人に帰属する原因により、相続開始時において負担することが確実な債務であるから、「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの」に当たる。

(5)争点ハ(「正当な理由」の有無)について

イ 請求人の主張
 本件各生命保険金の支払が確定していなかったことは「正当な理由」に当たる。
ロ 原処分庁の主張
 「正当な理由」とは、納税者の責めに帰さない事情、例えば、災害、交通・通信の途絶等により期限内に申告書の提出ができない事情を指すところ、本件の場合はこれに該当しない。

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3 判断

(1)争点イ(本件各生命保険金に係る「保険金を取得した」時期)について

イ 被相続人が保険料を負担し、当該被相続人の死亡を保険事故として保険金受取人が取得する生命保険金は、本来、相続の効果として取得するものではなく、保険金受取人が保険契約の効果として取得するもの、すなわち、保険金受取人の固有の財産である。しかしながら、租税負担の公平という観点からすると、同生命保険金は、経済的実質において、相続又は遺贈により取得した財産と同視すべきものであるので、相続税法第3条第1項第1号は、これを相続又は遺贈により取得したものとみなすこととしたのである。
 そうすると、「保険金を取得した」とは、相続又は遺贈により相続財産を取得したのとその経済的実質において同視できる状態になったことをいうと解するが、相続又は遺贈による相続財産の取得は、被相続人の死亡によりその相続財産に係る経済的利益が相続人又は受贈者に発生することをその内実とするから、保険金について、相続又は遺贈により相続財産を取得したのとその経済的実質において同視できる状態とは、保険金の経済的利益が保険金受取人に発生することをいうと解するのが相当である。
 ところで、上記のような生命保険金の受取人は、生命保険契約により一義的に定められており、同様に定められた被保険者の保険事故の発生を条件に、同様に定められた保険金額の請求権を取得する。このような生命保険金の性質からすると、その支払義務の有無について訴訟が係属中であっても、保険事故の発生により、保険金請求権が保険金の経済的利益として確定し、同利益が保険金受取人に発生したものとみることができる。
 以上からすると、「保険金を取得した」時期とは、保険事故の発生時、すなわち被保険者の死亡時と解するのが相当である。
ロ これを本件についてみるに、上記1(2)争いのない事実等ハ(イ)及び(ロ)記載のとおり、別紙1〔1〕及び〔2〕欄各記載の各生命保険契約の保険事故はいずれも被保険者すなわち被相続人の死亡であるから、請求人が本件各生命保険金について「保険金を取得した」時期は、被相続人の死亡時である。
ハ これに対し、請求人は、上記2(1)ロ(ロ)のとおり主張するが、相続税の申告後、当該申告において課税価格に算入されていた財産が、訴訟で敗訴し取得できないこととなった場合には、通則法第23条《更正の請求》第2項第1号の規定により更正の請求ができることとなるから、請求人の主張は前記判断を覆すに足りず、採用できない。

(2)争点ロ(イ)(本件各生命保険金の額の評価における本件弁護士費用控除の可否)について

 相続税の課税対象となる保険金は、「取得した保険金のうち被相続人が負担した保険料の金額の当該契約に係る保険料で被相続人の死亡の時までに払い込まれたものの全額に対する割合に相当する部分」であり(相続税法第3条第1項第1号)、保険金の支払を受けるための諸経費を控除した額を取得した保険金の価額とする旨の法令等の規定もないから、相続税の課税対象となる生命保険金の額の評価において保険金の支払を受けるための諸経費を考慮する余地はない。したがって、本件各生命保険金の額の評価においても本件弁護士費用は控除されない。

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(3)争点ロ(ロ)(請求人の債務控除主体該当性)について

 相続税法第13条の規定により、債務控除をすることができるのは、〔1〕相続により財産を取得した者、〔2〕包括遺贈により財産を取得した者及び〔3〕被相続人からの遺贈により財産を取得した相続人に限られている。そして、同条に規定する相続人は、同法第3条第1項の規定により相続を放棄した者は含まないものとされている。
 これを本件についてみるに、前記1(2)争いのない事実等ロ記載のとおり、請求人は、本件相続について相続放棄をしており、同法第13条に規定する相続人には当たらないから、請求人は〔1〕及び〔3〕に当たらない。また、請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、請求人は包括遺贈を受けてもいないことが認められるから、〔2〕にも当たらない。
 したがって、請求人は、「相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈に限る。)により財産を取得した者」には当たらない。

(4)争点ロ(ハ)(本件弁護士費用の債務控除対象債務該当性)について

 上記1(2)争いのない事実等ハ(ヘ)記載の事実からすると、本件弁護士費用は、請求人が、本件各訴訟の訴訟代理人である弁護士に対し、同弁護士との間で締結した同各訴訟の訴訟代理契約に基づいて負担したものであるから、請求人自身の債務であって、「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの」には当たらない。

(5)争点ハ(「正当な理由」の有無)について

イ 通則法第66条第1項ただし書にいう「正当な理由」とは、例えば災害、交通・通信の途絶など、期限内申告ができなかったことについて納税者の責めに帰すことができない外的事情など、無申告加算税を賦課することが不当又は酷と考えられる真にやむを得ない理由をいうと解する。これを、相続財産に属するとみなされる特定の財産を相続税の計算の基礎としないがゆえに期限内に申告をせず、後に当該財産を計算の基礎とする決定処分がされた場合についてみれば、期限内に申告書を提出しなかったのが、当該財産が相続財産に属するとみなされないか又は属するとみなされる可能性が小さいことを客観的に裏付けるに足りる事実を認識したためであれば、上記やむを得ない理由があると解すべきである。
ロ これを本件についてみるに、一方で、上記1(2)争いのない事実等ハ(ニ)及び(ホ)記載のとおり、本件相続税の申告期限において、本件各生命保険金につき本件各訴訟が係属中であり、当審判所の調査の結果によれば、本件各訴訟の第1審判決はそれぞれ平成15年11月○日及び平成16年4月○日に言い渡されたことが認められる。
 しかしながら他方で、同争いのない事実等ハ(ロ)記載のとおり、請求人は、被相続人の死亡により取得した別表1記載の各生命保険契約について、同表「保険会社」欄記載の各保険会社に対し平成13年10月に保険金の支払請求をし、同ハ(ハ)記載のとおり、本件各生命保険金と保険事故事由を同じくする合計3件、○○○○円の生命保険金は、被相続人死亡後まもなく支払われ、同(ニ)及び(ホ)記載のとおり、本件各訴訟はそれぞれ平成16年10月○日ころ及び同年11月○日に請求人勝訴のまま確定しており、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、C生命及びF生命が本件各保険金の支払拒絶をした理由は、被相続人の行為の公序良俗違反等であったこと、請求人は、同理由が抽象的で、確たる証拠を欠き、推測の域を出ないものでしかないとして、本件各訴訟を提起したこと、本件各訴訟の第1審判決は、C生命及びF生命の各主張を全て退け、請求人の請求をほぼ全部認容する内容であったこともそれぞれ認められる。
ハ これらの事実を総合考慮すると、確かに、異なる2社の生命保険会社が本件各保険金の支払を拒絶しているものの、本件相続の発生から本件各訴訟の確定までの一連の推移からすれば、請求人が期限内申告書を提出しなかったのが、本件各生命保険金が相続財産に属するとみなされないか又は属するとみなされる可能性が小さいことを客観的に裏付けるに足りる事実を認識したためであったと認めるに足りず、請求人に「正当な理由」があったとはいえないといわざるを得ない。

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(6)結論

イ 決定処分について
 上記(1)のとおり、請求人は本件各生命保険金を被相続人の死亡時に取得しており、同(2)から(4)より、請求人は、本件弁護士費用を、本件相続税における本件各生命保険金の評価において控除することはできず、相続財産の取得価額から債務として控除することもできない。そうすると、請求人の本件相続税の課税価格及び納付すべき税額は、当審判所においてこれらを算定しても、別表2「異議決定」欄記載の金額と同額となる。
 そして、決定処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 したがって、決定処分(異議決定により一部取り消された後のもの。)は適法である。
ロ 賦課決定処分について
 上記イのとおり、決定処分は適法であり、また、上記(5)のとおり、請求人には、期限内申告書の提出がなかったことについて「正当な理由」は認められないから、請求人の無申告加算税の額は、別表2の「異議決定」欄記載の金額と同額となる。
 そして、無申告加算税の賦課決定処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 したがって、無申告加算税の賦課決定処分(異議決定により一部取り消された後のもの。)は適法である。

別紙 関係法令等(要旨)

1 相続税法第3条第1項第1号は、被相続人の死亡により相続人(相続を放棄した者及び相続権を失った者を含まない。以下同じ。)その他の者が生命保険契約の保険金又は損害保険契約の保険金を取得した場合においては、当該保険金受取人について、当該保険金のうち被相続人が負担した保険料の金額の当該契約に係る保険料で被相続人の死亡の時までに払い込まれたものの全額に対する割合に相当する部分を取得した者が相続人であるときは当該財産を相続により取得したものとみなし、相続人以外の者であるときは当該財産を遺贈により取得したものとみなす旨規定している。
2 相続税法第13条第1項は、相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈に限る。以下同じ。)により財産を取得した者が無制限納税義務者である場合においては、当該相続又は遺贈により取得した財産については、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から次に掲げるものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨規定している。
(1)被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)
(2)被相続人に係る葬式費用
3 通則法第66条第1項は、期限後申告書の提出又は同法第25条《決定》の規定による決定があった場合には、その納税者に対し、期限後申告又は決定により納付すべき税額に100分の15の割合を乗じて計算した無申告加算税を課す旨規定し、また、期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由があると認められる場合は、この限りでない旨を規定している。

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