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(平18.8.23、裁決事例集No.72 89頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が違法を理由として、平成15年10月31日付でされた平成12年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分についてはその一部の取消しを、同日付でされた平成13年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分についてはその全部の取消しを求めた事案であり、争点は次の4点である。
争点1 株式を取得できる権利(以下「本件アワード」という。)が付与されたことに基づいて生じる課税の対象となる経済的利益の収入すべき時期について。
争点2 本件アワードが付与されたことに基づいて生じる経済的利益は、給与所得、一時所得のいずれに該当するか。
争点3 平成12年分及び平成13年分の所得税の各更正処分が信義誠実の原則に違反するか否か。
争点4 平成12年分及び平成13年分の過少申告加算税の各賦課決定処分について国税通則法(以下「通則法」という。)第65条第4項《過少申告加算税》に規定する「正当な理由があると認められる場合」に該当するか否か。

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(2) 審査請求に至る経緯

 各年分の所得税について、審査請求(平成16年4月14日請求)に至る経緯及び内容は、別表1のとおりである。

(3) 関係法令等

 別紙1のとおりである。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人及び原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 外国法人H社の概要等
(イ) 昭和24年に設立された非営利共同体であるJ共同体は、昭和47年に航空会社に対して顧客サイト機器などを供給する会社であるK社を設立した。
(ロ) J共同体は、平成5年にソフトウェア開発会社であるL社を買収した。
(ハ) J共同体は、平成7年にM社を設立した。
(ニ) J共同体は、平成7年にその所有するM社の株式をJ財団に譲渡し、譲渡を受けたJ財団は、M社の株式のうち14.3%を従業員等信託のために所有することとなった。
(ホ) さらに、J共同体とM社は、平成7年10月にネットワークの共同所有、運営管理を定めた共同事業契約を締結した。
(ヘ) M社は、平成10年にH社に社名を変更し、同年7月に国外の証券取引所において、新規株式公開を行った。
(ト) K社は、平成10年にN社に、L社は、同年にP社に、それぞれ社名を変更した。
(チ) J財団は、平成12年11月に財団が保有するH社普通株式約68,000,000株すべてをQ社に売却する株式売買契約を締結したことを発表した。
(リ) H社は、平成13年1月1日にN社等を統合し、単一組織となった。
(ヌ) 上記(チ)の契約に基づくJ財団とQ社との取引は平成13年6月29日に完了し、その結果、J財団が所有するH社の株式8,500,000株は、同社の株式2.2株に対し、Q社の株式1株の割合で交換された。
ロ 内国法人R社の概要等
(イ) J共同体は、昭和51年2月にJ共同体の日本における技術部門としてS社を設立した。
(ロ) S社は、平成10年6月にT社に、平成13年4月にU社に、それぞれ社名を変更した。
(ハ) U社は、平成13年9月12日に○○社との間で、同年11月1日付で合併し、社名をV社とする旨の合併契約を締結した。
(ニ) V社は、平成15年7月にR社に社名を変更した。
ハ 平成7年11月時点におけるM社の傘下には、K社、L社等があり、この中には、S社も含まれる(以下これらの企業を総称して「Jグループ」という。)。
ニ 本件アワードについて
 Jグループは、平成7年に従業員持株制度(以下「本件アワード・プラン」という。)を導入した。
 本件アワード・プランは、「A Guide to the Award Plan」(ガイド)で説明されるプラン(以下、当該ガイドで説明されるアワードを「通常報奨」という。)と「A Guide to Discretionary Awards」(ガイド)で説明されるプラン(以下、当該ガイドで説明されるアワードを「任意報奨」という。)とがある。
(イ) 通常報奨の内容は、要旨以下のとおりである。
A 本件アワード・プランの導入の目的
 Jグループは、市場の飛躍的な成長に伴うビジネスチャンスをつかむため、新たな体制を確立するとともに、組織の成長を図るため世界中の従業員の熱意と知恵を結集しなければならないという課題を有しているところ、従業員持株制度を実施している企業が達成する業績レベルは、同制度を持たない企業の達成度より高いことなどから、同制度を導入し、一定の基準で従業員に株式を付与することにより、組織の成長と成功を分かち合うものである。
B 本件アワード・プランの運用等
(A) Jグループは、本件アワード・プランを運用するために、M社(平成10年以降はH社に社名変更。)の普通株式20株を取得できる権利を表す証書(以下「本件証書」という。)850,000証書を、J財団を通じて従業員等のために確保し、W信託会社を受託者として信託している。
 W信託会社は、従業員等に本件アワードを本件証書として付与し、本件アワードに関する記録を保管する等の行為を行う。
(B) 諮問委員会は、本件アワード・プランの実施と管理のために設立され、H社の役員等によって構成され、本件アワードの付与に関して受託者に勧告等を行う。
(C) 本件アワードを付与される者は、適格日(平成7年11月30日、平成8年11月30日、平成9年11月30日及び平成10年11月30日)において、Jグループの企業の一つに雇用されている常勤あるいは非常勤で働くすべての正規従業員等である。
C 本件アワードの付与等について
(A) 付与される本件アワードは、適格日における各従業員等の年間給与金額に応じて決定される。
(B) 各従業員等は、適格日以後に報奨として、H社から本件アワードを無償で付与される。
D 本件アワードの確定等
(A) 本件アワードは、1適格日から3年経過し、2本件証書が株式に転換されたか又は譲渡可能となり、3特定の従業員等に対しては、受託者から示された条件を満たされた日以後、諮問委員会が決定する日に権利確定(Vest)する。
(B) 適格日が平成7年11月30日及び平成8年11月30日のアワードについては、平成10年にH社の株式が上場されたことに伴い、また、適格日が平成9年11月30日及び平成10年11月30日のアワードについては、平成13年6月29日のQ社との取引完了に伴い、それぞれ上記(A)の2の条件は満たされた。
E 本件アワードの確定により得られる利益等
(A) 本件アワードが確定すると、従業員等は、付与された本件証書に対応するH社の普通株式(平成13年6月29日以後に権利確定(Vest)するものについては、H社2.2株に対し、Q社の株式1株の割合で交換されたQ社の株式。以下「本件株式等」という。)20株の受益所有権を得る一方で、同株式の法的所有権は受託者のもとに残るが、受託者は、従業員等から売却依頼があればその指示に従って本件株式等を売却する。
(B) 本件アワードが確定するまでは、付与された本件証書に対応する本件株式等に係る配当は受託者により保持されるが、権利確定した時点でそれまでに累積された配当が従業員等に支払われる。また、権利確定後、売却されていない場合における付与された本件証書に対応する本件株式等に係る配当は、本件株式等の法的所有権が受託者にある場合は、受託者を通じて従業員等に支払われ、本件株式等の法的所有権が従業員等に移っている場合は、直接従業員等に支払われる。
(C) 従業員等は、権利確定後、法的所有権が受託者にある場合は、従業員等であり続けることを前提に、どのように議決権を行使するかを受託者に指示することができ、法的所有権が従業員等に移っている場合は、直接議決権を持つこととなる。
F 離職者に対する取扱い
(A) 権利確定していない本件アワードは、雇用契約終了日に補償なしに自動的に取り消される。
(B) 権利確定した本件アワードは、雇用契約の終了により取り消されることはないが、雇用契約終了日以降の株価上昇分の利益を受け取れない。
(C) 死亡、傷害、定年退職、その他諮問委員会が認めた特別な事情による離職の場合は、受託者は諮問委員会の勧告に基づき次の措置を採り得る。
a 死亡による離職の場合は、死亡した従業員等の代理人に対して、裁量による現金を支払うことによって、本件アワードの失効に対する補償を行う。
b 傷害、定年退職、その他諮問委員会が認めた特別な事情による離職の場合は、本件アワードの失効を補償するために裁量による現金を支払うか、権利確定していない本件アワードの権利を保持し続けることができる。
(D) 離職者に対しては、いかなる理由があろうとも本件株式等の追加割当てを行わない。
G 譲渡制限、本件アワードの取消し
 本件アワードは、従業員等個人に対して付与されるものであり、付与された本件アワードを他人に譲渡することはできない。他人に譲渡又は抵当に入れようとした場合は、本件アワードは取り消される。
(ロ) 任意報奨の内容は、要旨以下のとおりである。
導入の目的等については、上記(イ)の通常報奨と同様であるが、1任意報奨は適格性のある従業員等の中から任意の基準で選ばれ、付与される本件証書数も完全に任意である、2任意報奨によって付与された本件株式等1株当たりの売却価格のうち、○○○○米ドルの権利を信託が保有する(平成13年6月29日に、H社の株式2.2株がQ社の株式1株と交換された後の信託が保有する権利は、1株当たり○○○○米ドルである)という点において異なる。
ホ 請求人の勤務状況等
(イ) 請求人は、昭和57年4月1日にR社の前身であるS社に入社し、平成7年11月30日から平成8年11月30日まで同社の○○支店営業部長を務め、その後、平成9年3月24日に同社の取締役に就任し、平成12年12月31日に同職を辞任して、同日付で同社(当時は上記ロのとおり、T社に社名変更)を退社している。
(ロ) 請求人に付与された本件アワードに係る適格日及び諮問委員会が決定した権利確定(Vest)の日の状況等は、別表2のとおりである。

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2 争点に対する当事者双方の主張

 当事者の主張は、別紙2のとおりである。

3 判断

(1) 争点1 本件アワードが付与されたことに基づいて生じる課税の対象となる経済的利益の収入すべき時期について。

イ 法令解釈
(イ) 所得税法における課税の対象とされているのは、個人の「所得」であるところ、当該所得には、現金に限らず、現物給付・債務免除益等の経済的利益も含まれていると解される。
(ロ) 所得税法第36条第1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とし、同条第2項は、前項の経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする旨規定しているところ、当該各規定は、収入がない場合であっても収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとする権利確定主義を採用したものであると解される。
 そうすると、現実の収入があった場合又は収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、収入金額として所得税の課税をすべきこととなると解される。
ロ 判断
(イ) 上記1の(4)のニの(イ)のBないしE及び(ロ)のとおり、本件アワード・プランによる本件アワードは、請求人の年間給与金額などに応じてH社から請求人に無償で付与され、条件が満たされると、諮問委員会が決定する日(以下「本件決定日」という。)に権利確定(Vest)するとしており、同日以後においては、被付与者は本件株式等をいつでも売却することができ、適格日から本件決定日までの本件株式等に係る配当が支払われ、本件決定日以後の配当を受ける権利及び本件株式等に係る議決権を行使できる権利も請求人に移転することが認められる。
 これによれば、請求人は、本件決定日に本件株式等を所有するのと同様の権利を無償で取得し、他方、H社は、W信託会社を介して、本件決定日に本件株式等を無償で譲渡するのと同様の義務を負ったと評価できる。
 このような本件アワードの付与に係る性質、内容などにかんがみると、本件アワードが請求人に付与されたことにより生じる経済的利益は、本件決定日に権利が具体的に確定したと認めるのが相当である。
 そして、請求人が本件決定日に得たものは、本件株式等の同日における時価相当額の経済的利益(以下「本件権利確定益」という。)と認めるのが相当である。
(ロ) 請求人は、本件アワードが付与されたことに基づいて生じる経済的利益は、請求人が本件株式等の売却申請を行った日に実現するから、当該売却申請を行った日が所得税法第36条第1項の収入金額とすべき時期である旨主張する。
しかしながら、上記(イ)で示したとおり、請求人は、本件決定日に本件株式等を所有するのと同等の権利を取得しており、請求人が行ったW信託会社に対する株式の売却申請は、本件決定日以後に請求人が有することとなった本件株式等に関する各種の権利のうち、本件株式等を処分できる権利について、請求人が自らの投資判断に基づき、これを行使すべく手続をしたものにすぎない。
 したがって、請求人の上記主張は採用できない。

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(2) 争点2 本件アワードが付与されたことに基づいて生じる経済的利益は、給与所得、一時所得のいずれに該当するか。

イ 法令解釈
(イ) 給与所得について
A 所得税法第28条第1項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」と規定しており、具体的に列挙された俸給等のほかに、「これらの性質を有する給与」をその名称にかかわらず給与所得に含め、課税上、同一の取扱いをすることとしている。そして、列挙された俸給等の内容、他の所得との相違点等にかんがみると、給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的ないし従属的な人的役務の提供の対価として給付されたものをいうものと解される。
 また、所得税法が所得区分の概念を採用しているのは、各種所得の源泉ないし性質に応じた分類をすることにより、それぞれ各種所得の金額の計算等において、それぞれの所得の担税力の相違を考慮したものであると解される。そして、従業員等が雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的ないし従属的な人的役務の提供の対価として経済的利益を受けた場合には、当該経済的利益を付与した者が直接の使用者か、それ以外の者であるかによって、担税力やその所得の性質に相違が生ずるものとは考え難く、当該経済的利益を付与した者が誰であるかによって給与所得に分類されたり、それ以外の所得に分類されたりし、その結果、税額の計算方法が大きく異なるのは不合理である。
 そうすると、当該給付が使用者から直接給付ないしは支給されることは、給与所得該当性の前提条件とはされていないと解すべきであるから、給与所得該当性は、雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的ないし従属的な人的役務の提供の対価として給付されたものかどうかによって判断すべきである。
B また、給与所得該当性の判断における人的役務の対価性の問題は、所得の性質を決定する基準としてのものであり、給与所得は、所得を獲得し得る従業員等としての地位又はその職務そのものを継続的な所得源泉としているものと考えられるから、従業員等の地位又は職務に関連してその人的役務の提供の見返りとして経済的利益を受けたものとされる関係があれば足り、人的役務の質や量と給付との間に数量的な相関関係があることまでを要するものではないと解される。
(ロ) 退職所得について
 ある給付が退職所得に該当するかどうかは、退職所得の意義について規定した所得税法第30条第1項の規定の文理及び退職所得に対する優遇課税についての立法趣旨に照らして決すべきものであり、ある金員が、同規定にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に当たるというためには、それが、1退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること、2従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払いの性質を有すること、3一時金として支払われることの要件を備えることが必要である。また、ある金員が、同規定にいう「これらの性質を有する給与」に当たるというためには、それが、形式的には各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とする。
(ハ) 一時所得について
 所得税法第34条に規定する一時所得とは、利子所得ないし譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務その他の役務または資産の譲渡の対価としての性質をもたないものとされているところ、同条第1項が労務その他役務の対価としての性質を有する所得を一時所得から除くこととしているのは、その所得が一時的なものであっても、役務の対価としての性質を有するものである限り、偶発的に発生した所得ではないからであると解される。
ロ 判断
(イ) 上記(1)のロのとおり、H社は、本件アワード・プランに基づき、W信託会社を介して、請求人に本件アワードを付与し、経済的利益を与えたものであるということができるから、本件権利確定益は、H社から請求人に与えられた給付に当たると認められる。
 また、上記1の(4)のロないしホのとおり、本件アワードは、請求人がH社傘下のS社ないしはT社(以下「勤務会社」という。)の従業員等であることを理由に付与されたものであること、本件アワードの権利確定(Vest)は、勤務会社の従業員等として一定期間の勤務をしたことによって可能となること並びに本件アワードは、請求人に対して行われるものであり、付与された本件アワードを他人に譲渡することは禁止されていることがそれぞれ認められる。そうすると、請求人は、勤務会社の従業員等たる地位に基づき、本件株式等を取得することができる権利を付与され、勤務会社の従業員等として一定期間勤務することにより、本件権利確定益を得たものであると認められる。このことからすれば、本件権利確定益は、請求人が専ら勤務会社に勤務することに基づいて得られた経済的利益であるから、請求人の非独立的ないし従属的な人的役務の提供の対価としての性質をもった所得と認めるのが相当である。
 さらに、本件権利確定益は、請求人が従業員等であった勤務会社からではなく、H社から与えられたものであるものの、上記1の(4)のニのとおり、本件アワード・プランの内容からすると、本件アワード・プランは、Jグループ各社の従業員等の意欲を引き出すことなどを企図して設けられており、H社は、請求人が勤務会社において職務を遂行しているからこそ、本件アワード・プランに基づき請求人に対して本件アワードを付与したものであって、本件権利確定益は、請求人が上記のとおり職務を遂行したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかというべきである。
 以上によれば、本件権利確定益は、雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な人的役務の提供の対価として給付されたものとして、所得税法第28条第1項に規定する給与所得に該当するというべきである。
(ロ) 請求人は、H社との間に直接雇用又は委任の契約関係がないから、本件アワードが確定したことによる経済的利益は給与所得に該当しない旨主張する。
 しかしながら、上記イの(イ)のとおり、給与所得該当性は、飽くまで雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的ないし従属的な人的役務の提供の対価として当該経済的利益が給付されたか否かにより判断されるべきものであり、経済的利益を受けた者と当該経済的利益を給付した者に直接の雇用関係又は委任の契約関係がないことのみをもって給与所得該当性が否定されるものではない。そして、請求人が得た本件権利確定益に係る事情は上記(イ)のとおりであるから、本件権利確定益は給与所得と認めるのが相当である。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。
(ハ) 請求人は、本件アワードが確定したことによる経済的利益の発生原因は、株価の上昇によるものであり、請求人の精勤とH社の株価の上昇とは直接的に関係しないから、本件アワードが確定したことによる経済的利益は、様々な要因によって形成される株価によって左右されるものであり、偶発性を有する所得であるところ、請求人は継続して本件アワードの付与を受けているが、その所得は性質上一時的なものであると解すべきであるから、一時所得に該当する旨主張する。
 しかしながら、上記イの(イ)で示したとおり、給与所得該当性の判断における人的役務の提供の対価性の問題は、所得の性質を決定する基準としてのものであり、給与所得は、所得を獲得し得る従業員等としての地位又はその職務そのものを継続的な所得源泉としていると考えられるから、従業員等の地位又は職務に関連してその労務の提供の見返りとして経済的利益を受けたものとされる関係があれば足り、人的役務の提供の質や量と給付との間に数量的な相関関係があることまでを要するものではない。
したがって、請求人が得るべきこととなった経済的利益の多寡が、人的役務の提供の内容と関係ない要素によって左右されたとしても、そのことは本件権利確定益の給与所得該当性を否定する事情とはならないから、請求人の上記主張は採用できない。
(ニ) なお、請求人は、仮に本件アワードが確定したことによる経済的利益が「直接雇用関係がある場合と同様に、労務の対価としての性質を有するもの」と解するとしても、本件アワードの平成13年7月3日権利確定分のうち任意報奨が権利確定したことにより生じる経済的利益については、請求人は当該権利確定前の平成12年12月31日に退職しており、当該アワードは、請求人がリストラに協力する目的で退職したことにより特別に失効しなかったものであるから、退職所得に該当する旨主張する。
しかしながら、上記1の(4)のニの(イ)のB、C、F並びに上記1の(4)のニの(ロ)のとおり、本件アワードは、請求人が勤務会社の従業員等であることを理由に付与されるものであり、当該付与がなければ本件アワードが権利確定したことによる経済的利益も生じないものであること、離職者に対しては、いかなる理由からも新たな付与は行わないことなどからすれば、本件アワードが権利確定することにより生じる経済的利益は、退職したという事実によって初めて支給ないし給付されるものではないと認めるのが相当である。そして、上記1の(4)のニの(イ)のD、F並びに上記1の(4)のニの(ロ)のとおり、本件アワードの権利確定(Vest)は、勤務会社の従業員等として一定期間、すなわち適格日から3年を超える勤務が必要であり、権利確定していない本件アワードは、原則、雇用関係終了後に自動的に取り消されるものであるところ、請求人の本件アワードの平成13年7月3日権利確定分のうち任意報奨の権利が失効しなかったのは、諮問委員会が請求人が勤務会社を退職した事情を考慮して、退職日までの勤務をもって、当該アワードの権利確定(Vest)に関する勤務期間の条件を満たすことを認めたからであると解するのが相当である。そうすると、請求人が退職したことにつき、上記主張のような理由があるとしても、本件アワードに係る経済的利益は、請求人が勤務会社に勤務していた事実に基づき、付与された本件アワードに基づいて生じるものであるから、請求人の退職という事実に基づいて支給ないし給付されるものとは認められない。
したがって、本件アワードの権利確定の時期が退職後であったとしても、そのことをもって退職所得に該当するという請求人の上記主張は採用できない。
(ホ) さらに、請求人は、上記(ニ)に関連し、本件アワードの平成13年7月3日権利確定分のうち通常報奨分が権利確定したことにより生じる経済的利益については、請求人が当該権利確定前の平成12年12月31日に退職していること及び一度失効した権利を平成14年1月9日に株券で取得したものであることから、平成14年分の退職所得である旨主張する。
 しかしながら、上記1の(4)のニの(イ)のF及び(ロ)のとおり、本件アワード・プランにおいては、権利確定していない本件アワードは、原則、雇用関係終了後に自動的に取り消されるが、諮問委員会が特別な事情で離職したと認める場合には、失効させないか若しくは失効に対する補償を行うこととしており、さらに、離職者に対しては、どのような理由によっても本件株式等の追加割当は行わないこととしていることが認められる。そうすると、本件アワードの平成13年7月3日権利確定分のうち通常報奨分の権利は、請求人の退職により失効することなく、同日に権利が確定し、請求人は、当該権利を行使したことにより、平成14年1月9日に株券で取得したものと推認される。
 また、請求人は、審判所に対して、本件アワードの平成13年7月3日権利確定分のうち通常報奨の権利について一度失効した後に、当該権利が再度生じたことを証明する証拠を提出せず、当審判所の調査によってもその事実は認められない。
 以上によれば、本件アワードの平成13年7月3日権利確定分のうち通常報奨分の権利が退職により失効したとは認められず、本件アワードが権利確定することにより生じる経済的利益は、退職したという事実によって初めて支給ないし給付されるものではないから、請求人の上記主張は採用できない。

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(3) 争点3 平成12年分及び平成13年分の所得税の各更正処分が信義誠実の原則に違反するか否か。

イ 法令解釈
 租税法規が納税者に平等、公平に適用されなければならないことにかんがみると、更正処分等が信義誠実の原則に反するとして、これを取り消すことができる場合があるとしても、少なくとも、このような租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお、納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存在することが必要であるというべきである。そして、このような特別の事情が存在するか否かの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したところ、後にその表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったかどうか、また、納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由が存在することを要するものと解される。
ロ 認定事実
 当審判所の調査によれば、いわゆるストックオプション制度に関する見解等に関し、次の事実が認められる(○○発行の書物「○○○の手引」、○○発行の税務官庁の幹部職員監修・編の書物「○○○」昭和60年、昭和62年〜平成2年、平成4年、平成6年、平成8年及び平成10年版)。
(イ) ストックオプション制度は、米国において1920年代から採用が始められた制度であり、1980年代以降本格的に導入されるようになった。そのころ、日本においては、いまだストックオプションに関する法令の定めがなく、その制度自体余り認知されていなかった。
(ロ) そして、昭和60年当時、上記「○○○」昭和60年版には、外国親会社から子会社従業員に対し付与されたストックオプションの権利行使益について、ストックオプションが給与等に代えて付与されたと認められたとき以外は一時所得として課税される旨記載され、平成6年版までの上記「○○○」にも同旨の記載がされていた。
(ハ) 平成7年11月に、特定新規事業実施円滑化臨時措置法(平成元年法律第59号。ただし、平成11年法律第223号により廃止。)の改正(平成7年法律第128号)により、日本において初めてストックオプション制度が導入され、平成9年5月の商法改正(平成9年法律第56号)により、自社の従業員等を対象とするものに限定されてはいたものの、ストックオプション制度が日本にも本格的に導入された。
(ニ) 上記「○○○」平成8年版(同年6月発行)では、平成6年版までの「外国親会社から子会社従業員等に対し付与されたストックオプションの権利行使益について、ストックオプションが給与等に代えて付与されたと認められたとき以外は一時所得として課税される」旨の記載が削除された。
(ホ) 上記「○○○」平成10年版(同年7月発行)では、外国親会社から子会社従業員等に付与されたストックオプションの権利行使益について、給与所得として課税される旨が記載されていた。
ハ 判断
 本件アワードは、権利行使益ではないという点においてストックオプションとは異なるが、両者はいずれも、従業員等に対し、勤務先会社における就労の継続と職務に精励することを奨め、これが遂行されることにより勤務先会社の業績の向上につながり、ひいては付与会社の株価の上昇に貢献し、その株価の上昇が経済的利益の増加につながり、従業員等も精勤の継続を動機付けられるという関係にあることに着目したインセンティブ報酬であり、その所得の性質を同じくすると認められることから、請求人の主張する国税庁の見解とは、ストックオプション制度に対する国税庁の見解のことをいうものと考えられるところ、上記認定事実等にかんがみれば、平成7年ころまで日本においてはストックオプション制度のなじみが薄く、特に、海外親会社から日本子会社従業員等に対しストックオプションが付与される場合には、個別のストックオプションプランの内容も一様でないこと、海外親会社と子会社従業員等との間には直接の委任や雇用関係がないことなど、直接国内の会社からその従業員等に対して一定の権利、利益が付与される場合と異なり、その利得に対する課税の取扱いや所得区分を決するに当たり複雑な事実関係、法律関係を総合的に勘案しなければならないといった事情が認められ、このようなストックオプション制度全般に関する十分な情報と認識が乏しい中で、平成10年ころまでは、税務処理の必要性等から一応の見解が示されていたにすぎないと解される。これによれば、平成10年ころまでは、ストックオプションに対する法制度は未整備であり、これに対する解釈、取扱いが一般納税者の間に浸透し、長年にわたり確定的なものとして先例法的なものにまでなっていたとみることはできない。
 これに対し、上記認定事実等によれば、課税庁は、平成10年分の所得税の確定申告期(平成11年2月ないし3月)以降、ストックオプションの権利行使益が給与所得であるとする統一的な扱いをするようになったと認められるから、請求人が確定申告をした平成12年分及び平成13年分については、ストックオプションに関する法整備がされ、権利行使益を給与所得として取り扱うよう変更されてから、既に2年ないし3年経過しており、税務当局が権利行使益を一時所得とする取扱いは存在しなくなっていたと認められる。
 以上のことからすれば、請求人が、本件権利確定益のほとんどを給与所得として申告せず、本件決定日以後本件アワードにより取得した株式を譲渡した場合に限り一時所得として申告したことは、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことに当たらないと認められるから、本件各更正処分については、前記の平等、公平な租税法規の適用の要件を犠牲にしても、なお、請求人の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情は存しないものというべきである。
 したがって、請求人の上記主張は採用できない。

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(4) 争点4 平成12年分及び平成13年分の過少申告加算税の各賦課決定処分について通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められる場合」に該当するか否か。

イ 法令解釈
 過少申告加算税は、過少申告による納税義務違反の事実があれば、原則としてその違反者に対し課されるものであり、これによって、当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、過少申告による納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。その趣旨に照らせば、通則法第65条第4項に規定する「正当な理由があると認められる場合」とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である。
ロ 判断
 上記(3)のハの判断で示したとおり、本件アワードとその所得の性質が同じものであると認められるストックオプションに関しては、請求人が確定申告をした平成12年分及び平成13年分において、海外親会社から子会社従業員等に付与したストックオプションの権利行使益を給与所得として取り扱うよう変更されてから、既に2年ないし3年経過しており、権利行使益を一時所得とする取扱いは存在しなくなっていたにもかかわらず、請求人が、本件権利確定益のほとんどを給与所得として申告せず、本件決定日以後本件アワードにより取得した株式を譲渡した場合に限り一時所得として申告したことは、自己の独自の見解に従って申告したというべきであって、一時所得として申告することについて、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情が存在するとは到底いえず、通則法第65条第4項にいう「正当な理由」があるとは認められない。
 したがって、請求人の上記主張は採用できない。

(5) その他

 以上のとおり、原処分に違法はなく、また、原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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