ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.73 >> (平19.3.1、裁決事例集No.73 32頁)

(平19.3.1、裁決事例集No.73 32頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、滞納相続税を徴収するため、審査請求人(以下「請求人」という。)及び滞納者らが相続税の延納担保として提供した不動産について、担保物処分のための差押処分及び参加差押処分を行ったのに対し、請求人が、これらの処分以前に判決により被相続人との間の養子縁組が無効となり相続人の地位を失ったから、当該地位を前提として行った当該延納担保の提供は錯誤により無効であることなどを理由として、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

トップに戻る

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、別表1の納税者Dほか3名(以下「本件各滞納者」という。)に係る滞納相続税(以下「本件各滞納国税」という。)を徴収するため、本件各滞納国税の延納担保として提供を受けていた別表2の各不動産(以下「本件担保提供不動産」という。)のうちの請求人及びEの所有に係る不動産又は同持分について、差押処分及び参加差押処分(以下、これらを併せて「本件差押処分等」という。)をした。
ロ 請求人は、平成18年1月16日及び同月19日、本件差押処分等を不服として異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年4月7日付で、棄却の異議決定をした。
ハ 請求人は、平成18年5月1日、異議決定を経た後の本件差押処分等に不服があるとして審査請求をした。

(3) 関係法令等

イ 相続税法(平成4年法律第16号による改正前のもの。以下同じ。)第38条《延納》第4項は、税務署長は、相続税の延納の許可をする場合には、その延納税額に相当する担保を徴さなければならない旨規定している。
ロ 相続税法第39条第1項は、延納の許可を申請する者は、その延納を求めようとする相続税の納期限までに、延納を求めようとする税額及び期間、分納税額及びその納期限その他必要な事項を記載した申請書に担保の提供に関する書類を添付し、これを納税地の所轄税務署長に提出しなければならない旨、同条第2項は、税務署長は、第1項の規定による申請書の提出があった場合においては、同法第38条第1項及び第2項の規定に該当するときは当該申請を許可しなければならないが、担保が適当でないと認めるときは、その変更を求めることができ、当該申請者がその変更の求めに応じなかったときは、当該申請を却下することができる旨規定している。
ハ 相続税法第40条第2項は、税務署長は、延納の許可を受けた者が延納税額の滞納その他延納の条件に違反したとき、又は当該延納税額に係る担保物につき国税徴収法(以下「徴収法」という。)第2条《定義》第12号に規定する強制換価手続が開始されたときは、その許可を取り消すことができる旨規定し、また、この場合においては、当該強制換価手続が開始されたときを除き、あらかじめその者の弁明を聴かなければならない旨規定している。
ニ 国税通則法(以下「通則法」という。)第52条《担保の処分》第1項は、延納を取り消したときは、その担保として提供された財産を滞納処分の例により処分して、その国税及び当該財産の処分費に充てる旨、同条第4項は、同条第1項の場合において、担保として提供された財産の処分の代金を同項の国税及び処分費に充ててなお不足があると認めるときは、税務署長は滞納者の他の財産について滞納処分を執行する旨規定している。
ホ 民法第453条《検索の抗弁》は、同法第452条《催告の抗弁権》の規定に従い債権者が主たる債務者に催告をした後であっても、保証人が主たる債務者に弁済をする資力があり、かつ、執行が容易であることを証明したときは、債権者は、まず主たる債務者の財産について執行をしなければならない旨規定している。

トップに戻る

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 平成2年1月○日に死亡した被相続人F(以下「被相続人」という。)の相続開始時、相続人は、別紙1の相続関係図のとおりであった(これら請求人を含む相続人6名を、以下「本件各相続人」という。)。
ロ 被相続人は、昭和61年5月1日、別表2の1の「q町物件」を請求人に遺贈する旨の遺言公正証書を作成した。
ハ また、昭和62年7月3日、請求人の当時の本籍地であったP市の市長に対する届出により、請求人を被相続人及び同人の妻Dの養子とする養子縁組(以下「本件養子縁組」という。)がなされた。
ニ 本件各相続人は、平成2年7月13日、被相続人の相続に係る相続税の申告書を原処分庁に提出し、併せて相続税の延納申請を行ったが、当該申告時においては、本件各相続人の間に争いがあったため、被相続人の遺産の分割(以下「本件遺産分割」という。)が未了であった。
ホ 原処分庁は、平成3年4月18日付で、担保の提供がないことを理由に、上記ニの延納申請を却下した。
ヘ 本件各相続人は、平成3年5月8日、原処分庁に対し、要旨次の内容の同年4月24日付の嘆願書(以下「本件嘆願書」という。)を連名でそれぞれ署名押印の上提出した。
(イ) 鋭意努力を重ねてきたが、要件を具備できず、この度、被相続人に係る相続税の延納申請を却下する旨の通知をいただいた。
(ロ) しかし、要件を具備できなかったのは、当事者間の主張の相違というやむを得ない事情があったために延引したのであって、平成3年4月24日第3回家庭裁判所の本件遺産分割の調停の場でやっと関係者一同の同意が得られ、書類が整った。
(ハ) どうか却下の場合の窮状をご賢察の上、延納申請を認めていただきたく、伏して嘆願申し上げる。
ト 本件各相続人は、各自が納付すべき相続税の延納担保として、本件担保提供不動産を提供し、それら不動産のうち共有に係る不動産については、他の各相続人が当該提供に同意する旨記名及び押印した平成3年(月日については未記入)付の担保提供書をそれぞれ作成し(以下、これらの担保提供書を「本件各担保提供書」という。)、原処分庁に提出した。
チ 原処分庁は、平成3年5月31日付で、本件各相続人の延納申請をいずれも許可(以下「本件各延納許可」という。)し、本件担保提供不動産には、同年6月3日付で、本件各相続人をそれぞれ債務者とし、大蔵省(現、財務省。取扱庁G税務署)を抵当権者とする抵当権(以下「本件各抵当権」という。)の設定登記がされた。
 なお、本件各抵当権のうち、請求人を債務者として設定された抵当権は、請求人が受けた延納許可に係る相続税(最終分納期限:平成22年7月15日)が平成11年7月15日に完納されたため、同年10月13日に設定登記が抹消された。
リ 本件養子縁組は、最高裁判所平成9年5月○日判決(平成○年(○)第○号(控訴審H高等裁判所(平成○年(○)○号)))により確定したJ地方裁判所平成8年3月○日判決(平成○年(○)○号)で無効が確認された(以下、この判決を「本件養子縁組無効確認判決」という。)。
ヌ 納税者K、同L、同M及び同Nは、平成9年9月30日、原処分庁に対し、本件養子縁組無効確認判決により請求人の相続人としての地位が相続時にさかのぼって失われ、法定相続分に異動が生じたこと等を理由に、相続税の修正申告書を提出した。一方、請求人は、同年7月24日、また、納税者Dは同年9月30日、それぞれ同理由により更正の請求を行い、原処分庁は、同年11月26日付で、当該各更正の請求に係る減額更正を行った。
ル H高等裁判所は、別表2の2の「R市物件」に係る土地建物持分移転登記手続等請求控訴事件(平成○年(○)第○号、控訴人請求人、被控訴人D、同L、同M、同K及び同N)について、判決言渡し(平成13年4月○日)及び更正決定を経て「被控訴人らは、控訴人に対し、別紙物件目録記載の不動産につき、被控訴人Dは持分4分の1、同L、同M、同K及び同Nは各持分80分の3の真正な登記名義の回復を原因とする共有持分移転登記手続をせよ」等とする判決をし(以下「本件共有持分移転登記判決」という。)、同判決は、平成13年9月○日、確定した。
ヲ 別表2の1の「q町物件」の所有権は、上記ロの遺贈に基づいて平成2年3月○日付で同表1の「抵当権設定時の所有者」欄のとおりすべて請求人名義で登記されていたが、Eへの平成16年4月6日の売買を原因として、同表1の「原処分時の登記簿上の所有者」欄のとおり、その一部の物件について所有権移転登記がされた。
ワ 別表2の2の「R市物件」ないし6の「P市物件」の各不動産の所有権は、平成3年5月○日付及び同月○日付で、同表2ないし6の各不動産の「抵当権設定時の所有者」欄のとおり、法定相続分に基づいて登記されていたが(ただし、同表3の「s町物件」に係る同欄の請求人の持分と記載した50分の14のうち、法定相続に係る持分は50分の4であり、残る持分50分の10は請求人が原始的に所有していた。)、本件共有持分移転登記判決により、同表2の「R市物件」については、同表2の「原処分時の登記簿上の所有者」欄のとおり共有持分移転登記がなされた。
 なお、本件養子縁組無効確認判決によって変動した持分については、移転登記が行われていない。
カ Y国税局長は、本件各滞納国税のうち、D及びKの各滞納国税は平成17年12月20日、M及びLの各滞納国税は平成18年1月26日、それぞれ原処分庁から通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づいて徴収の引継ぎを受けた。
ヨ Y国税局長は、平成18年10月2日付で、各参加差押処分のうち、相続によって請求人の持分となっていた別表2の3の「s町物件」の持分50分の14のうちの50分の4、同表4の「t町物件」の持分10分の1、同表5の「u町物件」の持分10分の1及び同表6の「P市物件」の持分10分の1に係る処分を取り消した(以下、この取消しに係る各参加差押処分の一部を「本件取消済処分」という。)。
タ 本件差押処分等の各処分時において、別表2の1の「q町物件」のうち、順号2及び4の各不動産並びに順号3の不動産の持分3分の1及び順号5の不動産の持分2分の1は、Eが所有していた(以下、この不動産及び不動産の持分を「本件E所有物件」という。)。

トップに戻る

2 主張

請求人 原処分庁
 本件差押処分等は、次のとおり違法であるから、その全部の取消しを求める。  本件差押処分等は、次のとおり適法であるから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
1 本件各抵当権に係る担保提供について
 原処分庁から本件各延納許可を得るためには、本件各相続人全員が相続財産について抵当権を設定することが条件とされ、そのため、本件各相続人全員の署名のある本件嘆願書を提出し、請求人も原処分庁も請求人が共同相続人の一人であることを信じて、本件各抵当権が設定されたのである。
 仮に、請求人が相続人ではなく、相続財産について相続人として持分を有していなければ、本件遺産分割で対立している本件各滞納者のために、自己が所有する不動産への抵当権設定を承諾するはずはなく、また、原処分庁においても、請求人が相続人でなければ、請求人に対して他の相続人が納付すべき相続税の延納のために抵当権の設定を求めなかったであろう。
 そうすると、原処分庁は、請求人が相続人であることを前提として本件各抵当権の設定の承諾を求めたことは明白であり、本件各担保提供書に請求人が共同相続人であることを前提とする旨記載されていると否とにかかわらず、原処分庁は、請求人が相続人であることが本件担保提供不動産の担保提供に同意した動機であることを十分認識していたのである。
 したがって、請求人が相続人であることが意思表示の内容となっていることは明らかであり、請求人が相続時にさかのぼって相続人としての地位を失った以上、請求人の意思表示は動機の錯誤により無効である。
 よって、本件各抵当権も無効であり、この無効な抵当権に基づく本件差押処分等は取り消されるべきである。
1 本件各抵当権に係る担保提供について
 本件担保提供不動産は、請求人の意思に基づいて本件各滞納者のために担保として提供され、本件各抵当権が設定されたものであり、本件各抵当権の設定は何ら違法、不当なものではない。
 相続税の延納の担保として適格性を有する財産は、相続人が所有している財産に限られていないところ、請求人は、自己が所有する不動産を担保提供する旨の本件各担保提供書に署名及び押印しているのであり、同担保提供書には、共同相続人であることを前提に担保を提供する旨の記載もされていない。
 また、原処分庁は、被相続人の相続人であることを前提として請求人に対して本件抵当権の設定の承諾を求めた事実はない。
 したがって、請求人の担保提供の同意の意思表示に要素の錯誤が認められないことは明らかである。
2 本件抵当権に係る契約の更改について
 請求人は、本件養子縁組無効確認判決により、さかのぼって相続人ではなくなった結果、請求人が納付すべき税額は、更正の請求に基づく減額更正により異動が生じた。
 これは請求人が相続人ではなくなったことに基因するものであり、民法第513条《契約の更改》第1項の法意に照らせば、前債務(相続人としての相続税債務)と更正後の債務(受遺者の相続税債務)とは同一性を失っているから、前債務につき設定された本件各抵当権は更正後の債務について、その効力を及ぼさないと解すべきである。
 したがって、本件各滞納国税の滞納処分として行われた本件差押処分等は違法である。
2 本件抵当権に係る契約の更改について
 本件更正処分等は、相続税法第32条《更正の請求》に基づく平成9年7月24日付の更正の請求を受け、原処分庁が通則法第24条《更正》の規定に基づいて行った処分であり、請求人が主張する民法513条第1項の「契約」に当たらないことは明らかである。
3 検索の抗弁権について
 本件各滞納者は、担保提供した本件担保提供不動産以外にも本件各滞納国税を徴収することができる不動産や貯蓄があるから、まず、これらの財産の差押えや換価を実行すべきである。
 相続人ではない請求人が所有する不動産の差押処分等を行うことは、通則法第52条第1項、同条第4項及び検索の抗弁権の有無にかかわらず、権利の濫用又はこれに近い不当な処分である。
3 検索の抗弁権について
 請求人は、本件担保提供不動産を本件各滞納国税の担保として提供した物上保証人であり、物上保証人は、民法453条に規定する検索の抗弁権を有していない。
 また、通則法第52条第1項及び同条第4項に規定するとおり、仮に、本件各滞納者が本件各滞納国税を徴収するために十分な価値を有する財産を有していたとしても、まず、担保として提供された財産である本件担保提供不動産を処分しなければならないのであり、本件差押処分等は上記規定に従った合理的なものである。
4 信義則の法理の適用について
 請求人は、本件養子縁組無効確認判決を受けて更正の請求を行った後、原処分庁の担当職員から請求人が自らの相続税を完納すれば、請求人の持分に設定された抵当権はすべて抹消する旨説明を受け、完納した。
 にもかかわらず、原処分庁が本件各抵当権を抹消しないのは信義則違反である。
4 信義則の法理の適用について
 原処分庁の担当職員が、請求人の相続税を完納すれば、請求人の持分に設定された抵当権の登記をすべて抹消すると説明した事実はない。

トップに戻る

3 判断

(1) 本件E所有物件に係る部分に対する審査請求について

 請求人は、本件審査請求で、本件差押処分等のうち本件E所有物件に係る部分についても取消しを求めている。
 しかしながら、滞納処分等の行政処分に対して審査請求ができる者は、その処分の取消しを求めるにつき、法律上の利益を有する者に限られているところ、本件差押処分等のうち本件E所有物件に係る処分は、本件各滞納者の滞納相続税を徴収するために、Eの所有する財産について行われた処分であって、請求人は、当該処分の名あて人ではなく、これによって直接利益の侵害を受けた者に当たらない。
 したがって、本件差押処分等に対する審査請求のうち、本件E所有物件に係る部分の審査請求は、請求の利益を欠く不適法なものである。

(2) 本件取消済処分に係る部分に対する審査請求について

 本件各滞納国税に係る徴収については、上記1の(4)のカのとおり、Y国税局長が徴収の引継ぎを受け、Y国税局長は、平成18年10月2日付で、上記1の(4)のヨのとおり、本件取消済処分を取り消したことが認められる。
 したがって、本件差押処分等に対する審査請求のうち、本件取消済処分に係る部分の審査請求は、その対象を欠く不適法なものである。

(3) 上記(1)及び(2)以外の本件差押処分等について

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 原処分庁は、平成2年10月9日付で、本件各相続人に対し、本件各相続人から同年7月13日に提出された延納申請書に担保提供の記載がなかったことについて、担保の提供を求める旨記載した補正通知書を送付した。
(ロ) 原処分庁における、延納申請の許可又は却下に係る相談経緯は、次のとおりである。
A 本件各相続人の関与税理士であるV税理士は、平成2年10月19日、原処分庁所属の担当職員に対し、要旨次のような電話連絡をした。
(A) 平成2年10月22日に本件各相続人全員がV税理士の事務所に集まり、担保提供の相談をする。
(B) 相続財産全部について、法定相続分により各持分の登記をし、各人持分を担保提供する見込みである。
B 原処分庁の担当職員は、平成2年11月2日、V税理士に対して、担保に不適格な物件を除く相続財産全部を担保提供するよう電話連絡した。
C 請求人、L及びV税理士は、平成3年5月8日、G税務署に出署し、要旨次のような申立てをした。
(A) 本件各相続人は、請求人側2名とL側4名の間で相続争いがあるが、延納の担保提供については、双方が合意に達し担保を提供できる状態となった。
(B) 担保提供がないという理由で延納却下通知書を受領したが、本件嘆願書を提出するので、何とか延納を許可してもらいたい。
(ハ) 本件遺産分割の調停における請求人の代理人W弁護士は、平成3年5月13日、原処分庁に対し「報告書」と題する書面を提出し、同書面には要旨次の記載がある。
A 本件各滞納者は、平成3年4月24日、本件遺産分割の第3回調停期日において、請求人及びNに対し、原処分庁に本件嘆願書を提出し延納許可を得たい旨提案した。
B 請求人及びNは、上記提案に対しこれを了承し、その場で本件嘆願書に署名、押印した。
(ニ) 請求人は、平成18年7月14日、当審判所に対し、同日付の「陳述書」と題する書面を提出し、同書面には本件各担保提供書に係る担保提供について要旨次の記載がある。
A 請求人がW弁護士を代理人としてX家庭裁判所に本件遺産分割の調停を申し立てたところ、それに対抗するかのように、平成3年3月13日の第2回調停期日に養母D(本件各滞納者の中の一人)から、請求人及び同人の長女Nに対し、被相続人及び養母Dとの養子縁組無効の調停申立てがなされた。
B 養母Dは、平成3年4月23日の調停期日に、本件嘆願書に署名してくれれば、請求人と同人の長女Nに対する養子縁組無効の申立てを取り下げて、本件遺産分割を進行させる旨発言するとともに、本件嘆願書への署名を求めてきた。
C 請求人は、被相続人の養女として相続人であり、本件遺産分割により遺産を分割取得する立場にあるから、遺産分割を進めていく上でも、請求人の相続分に当たる持分のみならず、請求人が遺贈により取得した相続財産につき抵当権を設定せざるを得ないと考え、本件嘆願書に署名した。
 この席で、同時に年月日欄に「平成参年」との記載があるのみで月日欄には記載のない本件各担保提供書及び抵当権設定承諾書にも押印を求められ相続人として押印した。
(ホ) 原処分庁は、平成17年6月21日付で、納税者D及び同Kの本件各延納許可を取り消し、次いで、同年12月16日付で同L及び同Mの本件各延納許可を取り消した。
ロ 本件各抵当権に係る担保提供の錯誤について
(イ) 請求人は、請求人が相続人であることが担保提供に係る意思表示の内容となっており、請求人が相続時にさかのぼって相続人としての地位を失った以上、請求人の意思表示は動機の錯誤により無効である旨主張する。
(ロ) そこで、請求人の担保提供に係る意思表示の動機を検討するが、本件養子縁組無効確認判決によると、1本件養子縁組は、被相続人が自身の死亡後の請求人の生計を保障することを主眼としてしたものであり、親子関係を形成する縁組意思が当初から認められなかったこと、2請求人は、養母D本人からは養子縁組の同意を直接得ていないこと、また、3本件担保提供不動産の担保提供に同意するに至った事情は、請求人とD双方が養子縁組の有効無効を取りあえず棚上げして遺産分割の円満な解決を図ることとし、本件滞納国税に係る相続税の延納申請についても、その却下処分を回避するために、双方の利害が一致した結果であることが認められるが、当審判所の調査においても、これらに反する事実は認められない。また、請求人とFとの関係が、実体上、養親子関係にないことは、そもそも請求人自身において当然に熟知していたものというべきである。
(ハ) そうすると、請求人とDとの間では、請求人が本件担保提供不動産の担保提供に同意する以前に、Dから養子縁組無効の調停が申し立てられるなど養子縁組の効力について争いがあり、また、担保提供の承諾が行われた時においても、養子縁組の問題は単に当事者間において一時棚上げされていたにすぎず、請求人の相続人としての地位の争いが収束していたわけではないことから、上記事実関係の下においては、請求人は、少なくとも、担保提供の承諾の時において自己の相続人としての地位がその争いの帰趨によっては失われる可能性があることを認識していたものと推認するのが合理的である。
(ニ) したがって、請求人は、本来は相続人でないところ、担保提供の承諾をした当時、相続人でないことの可能性は十分に認識していたというべきであるから、相続人でないのに相続人であると認識していたというような動機の錯誤があったとまでは認めることができないというべきであり、動機の錯誤を理由に担保提供の意思表示が無効であるという請求人の主張には理由がなく、本件各担保提供書に基づいて設定された担保物についてなされた担保物処分のための差押え及び参加差押えは、有効である。
ハ 本件各抵当権に係る契約の更改について
 請求人は、民法第513条第1項は、当事者が債務の要素を変更する契約をしたときは、その債務は、更改によって消滅する旨規定しているところ、前債務である相続人としての相続税債務と更正後の債務である受遺者の相続税債務とは同一性を失っているから、本件各抵当権は更正後の請求人の相続税債務について効力を及ぼさない旨主張する。
 しかしながら、減額更正処分により既に確定していた納付すべき税額が減少しても、その減少部分以外の部分の国税についての納税義務は、何ら影響を受けないから、減額更正を請求人及び国との間で国税債務の要素を変更して債務を消滅させるものとみる余地はない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ニ 検索の抗弁権について
 請求人は、本件各滞納者は、本件各滞納国税の延納担保として提供した不動産以外にも本件各滞納国税を徴収することができる不動産や貯蓄があるから、まず、これらの財産の差押えや換価を実行すべきである旨主張する。
 しかしながら、請求人は、担保財産を滞納国税の担保として提供した物上保証人であり、物上保証人は、民法第453条が保証人について規定する検索の抗弁権を有さない。そして、通則法第52条第4項は、担保として提供された財産を滞納処分の例により換価処分して、その換価代金を国税及び処分費に充ててなお不足があると認めるときは、税務署長等は当該担保を提供した者すなわち滞納者の他の財産について滞納処分を執行する旨規定しており、本件各滞納国税の徴収に当たっては、担保として提供された財産である本件担保提供不動産から処分することを前提として手続が進められることとなっているのであるから、本件差押処分等は法令の規定に従った適法なものである。
 また、請求人は、上記通則法の規定及び検索の抗弁権の有無にかかわらず、請求人は相続人ではないのであるから、請求人の所有不動産の差押処分等を行うことは、権利の濫用により違法又は不当である旨主張する。
 しかしながら、相続税の延納に係る納税担保は、延納許可に当たり、相続税の徴収を確実にするために設定するものであるが、担保に提供される財産を当該相続税に係る相続人が所有する財産に制限する必要はないから、確実な担保と評価されて提供を受けた請求人の延納担保財産に対して差押処分等を行うことは上記制度目的に沿ったものであって権利濫用には当たらず不当性もない。
 したがって、これらの点に関する請求人の主張には理由がない。
ホ 信義則の法理の適用について
 請求人は、原処分庁の担当職員が「請求人自らの相続税を完納すれば、請求人の持分に設定された抵当権はすべて抹消する。」旨の説明し、これを信じて相続税を完納したにもかかわらず、原処分庁が本件各抵当権を抹消しないのは信義則違反である旨主張する。
 しかしながら、国税通則法施行令第17条《担保の解除》は、納税担保を解除すべき要件として、国税庁長官等は、担保の提供があった場合において、担保の提供されている国税が完納されたこと、担保を提供した者が通則法第51条第2項《担保の変更》の承認を受けて変更に係る担保を提供したことその他の理由により、その担保を引き続いて提供させる必要がないこととなったときは、その担保を解除しなければならない旨規定しているところ、請求人が、上記1の(4)のチのとおり、延納に係る自己が納付すべき相続税を完納したとしても、それは、本件各滞納国税に係る担保である本件各抵当権を解除すべき要件には影響しないことであるから、本件各抵当権を抹消しなければならない理由とはならない。また、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によっても、原処分庁の担当職員が請求人の主張するような説明をしたと認めるに足る証拠は見当たらず、また、請求人自らの相続税の納付と本件各抵当権の関係について、そのほかに原処分庁が公的見解を示したといえるような証拠はない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ヘ 本件差押処分等の適法性
 本件各抵当権は、上記ロのとおり、請求人を含む本件各相続人の意思に基づいて本件各担保提供書が提出され、その担保提供に基づいて設定されたものであると認められるから有効である。そして、本件差押処分等は、上記イの(ホ)のとおり、本件各延納許可が取り消されたことにより発生した本件各滞納国税を徴収するため、本件各抵当権の実行として通則法第52条第1項の規定に基づいてなされており、上記ハないしホのとおり、これを違法又は不当とする事由もない。
 したがって、本件差押処分等のうち、本件E所有物件に係る部分及び本件取消済処分に係る部分以外の本件差押処分等は適法である。

(4) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る