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(平19.1.12、裁決事例集No.73 312頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、その役員に付与した新株予約権の行使に係る経済的利益の供与並びにその非常勤役員に対する給与及び建築士に対する報酬等の各支払について所得税を徴収しなかったところ、原処分庁が、請求人に所得税の源泉徴収義務があったとして行った原処分に対し、請求人が、その全部の取消しを求めた事案である。

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(2) 審査請求に至る経緯

 請求人は、平成18年3月13日に審査請求をしたところ、これに至る経緯は、別表1記載のとおりである。

(3) 当事者間に争いがなく、証拠により容易に認定できる事実等

イ 請求人は、○○業を営む株式会社であった。
ロ 新株予約権の行使に係る経済的利益
(イ) 請求人は、その役員であったAに対し、平成15年6月30日、商法(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律第64条《商法の一部改正》の規定による改正前のもの、以下同じ。)第280条の21《新株予約権の有利発行の決議》に基づく新株予約権3個を付与した。
(ロ) Aは、平成16年5月19日、上記(イ)で付与された新株予約権3個について、1株当たり○○○○円、合計7,500,060円で行使(以下「本件権利行使」という。)し、請求人の株式○株を取得した。なお、請求人は、平成○年○月に東京証券取引所マザーズ市場に上場しており、同権利行使時の株式1株当たりの価額は○○○○円で、同権利行使に係る経済的利益は、合計46,499,940円であった。
(ハ) Aは、本件権利行使に係る経済的利益46,499,940円について、平成16年分の給与所得に係る収入金額に含め確定申告をした。
ハ 非常勤役員報酬
 請求人は、その監査役であったBに対し、平成14年1月から平成16年12月までの間、役員報酬として毎月○○○○円を支給した。
ニ 建築士に対する報酬等
 請求人は、広告デザイン並びに店舗及び住宅の設計等を業としていたCに対し、平成14年1月から平成17年3月までの間、別表2記載のとおり、デザインの報酬(所得税法第204条《源泉徴収義務》第1項第1号)、建築士の業務に関する報酬又は料金(同項第2号)を支払った。
ホ 請求人は、上記ロ(ロ)の経済的利益、ハの役員報酬及びニの報酬等について、いずれも源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)を徴収しなかった。
ヘ 別表1の付表「異議決定」の「源泉所得税の額」欄記載の各月分の源泉所得税の額については、当事者間に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても相当と認められる。
 なお、別表1の付表「異議決定」の「源泉所得税の額」欄記載の金額は、それぞれ、上記ロ(ロ)の本件権利行使に係る経済的利益について、平成16年5月分の給与に係る税額として○○○○円、上記ハの非常勤役員報酬について、平成14年1月から平成16年12月までの各月分の給与に係る税額として、各月○○○○円、上記ニの建築士に対する報酬等について、別表2の「支払金額」欄記載の各月分の報酬等に係る税額として、「備考」欄の「デザインの報酬」及び「建築士の業務に関する報酬又は料金」の別に、各月の支払額の100分の10(各月の支払額のうち1,000,000円を超える部分については、100分の20)の税率を乗じて計算した金額(ただし1円未満の端数切捨て)である。

(4) 争点

イ 受給者の確定申告により、請求人の源泉徴収義務は消滅するか。
ロ いわゆるストック・オプションの権利行使益に関する司法判断が割れていたことが、本件権利行使による経済的利益に係る源泉所得税の納税告知処分の不当事由にならないか。

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2 主張

(1) 争点イ(源泉徴収義務の消滅)

イ 請求人
 所得に対する最終的な課税権限は、各税務署長ではなく、国にあり、また、源泉徴収制度は、申告納税制度を補完するものであるから、仮に、ある所得について、源泉所得税を徴収して納付すべき者(以下「徴収義務者」という。)が徴収すべき源泉所得税を徴収しなかったとしても、受給者がその所得を確定申告し、納税すれば、結局、同源泉所得税相当額も国庫に歳入される以上、その時点で、国の徴収権は消滅するというべきである。
 したがって、受給者が確定申告をすれば、その所得に係る源泉徴収義務は消滅する。
ロ 原処分庁
 受給者が確定申告をしたことをもって、源泉徴収義務が消滅する旨の法令の規定はないから、源泉所得税を徴収しなかった場合、同申告があったとしても、それにより源泉徴収義務が消滅することはない。

(2) 争点ロ(納税告知処分の不当性)

イ 原処分庁
 新株予約権に関する課税関係は、本件権利行使時には、平成14年の所得税法施行令及び租税特別措置法の改正(いずれの施行日も平成14年4月1日)により既に明確になっていたから、いわゆるストック・オプションの権利行使益に関する司法判断が割れていたとしても、そのことをもって本件権利行使による経済的利益に係る源泉所得税の納税告知処分の不当事由にならない。
ロ 請求人
 本件権利行使当時、いわゆるストック・オプションの権利行使益に係る所得区分についての司法判断は、一時所得と給与所得に分かれていたから、本件権利行使に係る経済的利益について、請求人の所得税の源泉徴収義務の有無が確定していたとはいえない。
 したがって、同行使益に関する源泉所得税の納税告知処分は、不当である。

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3 判断

(1) 争点イ(源泉徴収義務の消滅)について

イ 所得税法第183条《源泉徴収義務》第1項は、同法第28条《給与所得》第1項に規定する給与等の支払をする者について、所得税法第204条第1項は、報酬若しくは料金、契約金又は賞金の支払をする者について、それぞれ、その所得の支払をする際、所得税を徴収し、納付しなければならない旨規定している。
 また、国税通則法第15条《納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定》第2項第2号及び第3項第2号は、源泉所得税の納税義務が、源泉徴収をすべきものとされている所得の支払の時に成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する旨規定している。
ロ さらに、所得税法第221条《源泉徴収に係る所得税の徴収》は、徴収義務者がその所得税を納付しなかったときは、税務署長が、その所得税をその者から徴収する旨を、同法第222条《不徴収税額の支払金額からの控除及び支払請求等》は、同法第221条の規定により徴収義務者が税務署長から徴収された所得税の額の全部又は一部につき源泉徴収していなかった場合には、その徴収をされるべき者に対しその所得税の額に相当する金額の支払を請求することができる旨を、それぞれ規定しており、また、国税通則法第36条《納税の告知》は、源泉徴収による国税でその法定納期限までに納付されなかったものを徴収しようとするときは、税務署長は、納付すべき税額、納期限及び納付場所を記載した納税告知書を送達して納税の告知をしなければならない旨を規定している。
ハ 上記イ及びロのとおり、源泉所得税の納税義務を負う者は、源泉徴収の対象となるべき所得の支払者とされ、その納税義務は、その所得の受給者に係る所得税の納税義務とは別個のものとして成立、確定し、これと並存するものであり、源泉所得税の納税に関し、国と法律関係を有するのは徴収義務者のみで、その所得の受給者との間には直接の法律関係を生じないものとされている。
ニ また、所得税法第120条《確定所得申告》第1項は、所得税の確定申告書を提出しなければならない者について規定し、その申告書の記載事項として、第5号に、「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」がある場合には、所定の税率を適用して算出された所得税の額からこれを控除した金額を掲げている。
 この「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」は、所得税法の源泉徴収の規定に基づき正当に徴収された又はされるべき所得税の額を意味するものであって、所得税法は、その所得の受給者が行う確定申告の際に、源泉所得税自体の過不足額の精算を行うことを、予定していない。
 すなわち、所得税の確定申告を行う者に対して、本来されるべき所得税の源泉徴収がされていない場合又はその税額に不足がある場合であっても、その確定申告の際に、源泉徴収漏れの税額が、同人から直接徴収されることはない。
ホ 以上のとおり、源泉所得税の納税に関し、国と法律関係を有するのは徴収義務者のみで、その所得の受給者との間には直接の法律関係を生じるものではなく、また、その所得の受給者が徴収されるべき源泉所得税を確定申告により納税することはできないのであるから、受給者の確定申告によって、請求人の源泉徴収義務が消滅することはない。

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(2) 争点ロ(納税告知処分の不当性)について

イ 給与所得について、所得税法第28条第1項は、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう旨規定しているが、この給与所得については、一般に、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として受ける給付とされ、法人との関係が委任(民法第643条)又は準委任(同法第656条)とされる法人役員が、その勤務について受ける報酬もこれに当たると解する。
ロ また、その年分の給与所得の金額の計算上収入金額とすべき金額について、所得税法第36条《収入金額》第1項は、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする旨を、同条第2項は、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額について、その物若しくは権利を取得し、又はその利益を享受する時における価額とする旨を規定している。これを受け、発行法人から商法第280条の21第1項の決議に基づき与えられた同項に規定する新株予約権に係る所得税法第36条第2項の価額について、所得税法施行令(平成18年政令第124号による改正前のもの、以下同じ。)第84条《株式等を取得する権利の価額》第3号は、その権利の行使により取得した株式のその行使の日における価額から、その新株予約権の行使に係る新株の発行価額を控除した金額による旨規定している。
ハ そして、所得税法施行令第84条第3号に掲げる権利を取得した者が、これを行使した場合において、発行法人と権利を与えられた者との間の雇用契約又はこれに類する関係に基因してその権利が与えられたと認められるときの所得区分について、所得税基本通達23〜35共−6《株式等を取得する権利を与えられた場合の所得区分》は、給与所得とする旨定めている。
ニ 新株予約権の制度は、株式会社が第三者に対してあらかじめ定められた権利行使価額で株式を取得できる権利を与える制度であり、その権利を与えられた者は、その権利の付与後、その株式の価額が上がっても、その権利行使価額で株式を取得できることから、その権利を行使することによって、経済的利益を受けることができる。そうすると、発行会社は、第三者に対し新株予約権を付与し、所定の権利行使価額で株式を取得させることによって経済的利益を享受させるということができるから、その経済的利益は、その発行会社からその権利を付与された者に与えられた給付に当たるというべきである。そして、その法人の役員又は従業員に対し、新株予約権を付与したのであれば、これを行使したことによる経済的利益は、原則として、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として受ける給付とされたものとして、所得税法第28条第1項に規定する給与所得に当たるというべきである。
 したがって、上記ハの所得税基本通達23〜35共−6の定めは、相当である。
ホ ところで、所得税基本通達は、国税庁部内における所得税の執行に当たり、所得税法の解釈・適用が統一的に行われることを目的とするものであるが、これを公表することによって、納税者に対し、国税庁としての所得税法の解釈等を知らしめるものでもある。
 そして、上記ハの所得税基本通達23〜35共−6は、商法等の一部を改正する法律(平成13年法律第128号)により、平成14年4月1日を施行日として、新株予約権の制度が導入されたことに伴い、平成14年政令第103号により、同日を施行日として改正された所得税法施行令第84条第3号の規定を受けて、平成14年6月24日付課個2−5ほか国税庁長官通達により、改正され、公表されている。
ヘ そうすると、上記ニのとおり、従業員等に付与された新株予約権の権利行使益を給与所得とする所得税基本通達23〜35共−6の取扱いは相当であり、また、上記ホのとおり、国税庁は、本件権利行使時である、平成16年5月19日当時、同取扱いを公表していたのであるから、いわゆるストック・オプションの権利行使益に関する司法判断が割れていたとしても、それが本件権利行使による経済的利益に係る源泉所得税の納税告知処分の不当事由にならない。

(3) 結論

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 以上により、原処分にはこれを取り消すべき理由はない。

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