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(平19.1.31、裁決事例集No.73 453頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の相続税の延納申請について、担保提供の申出があった不動産は処分禁止の仮処分の登記がされているため担保として不適格であるとして、延納申請却下処分を行ったのに対し、請求人が、当該仮処分の登記は訴訟により抹消されるものであるから、当該不動産は延納の担保として適当であるとして、当該却下処分の取消しを求めた事案である。

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(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成15年11月20日、同年1月○日に死亡したA(以下「被相続人」という。)の相続に係る相続税について、共同相続人であるB、C及びDと共に申告をし、当該申告により請求人が納付すべき相続税額○○○○円の全額について、別表の「本件各担保申請物件の所在等」欄記載の各土地(以下「本件各担保申請物件」という。)を延納申請に係る担保として、延納の申請(以下「本件延納申請」という。)をした。
ロ 原処分庁は、平成17年12月19日付で、請求人に対し、本件延納申請について却下処分(以下「本件延納申請却下処分」という。)をした。
ハ 請求人は、平成18年2月3日、本件延納申請却下処分を不服として、異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年4月24日付で棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、平成18年5月19日、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、審査請求をした。

(3) 関係法令等

イ 国税通則法(以下「通則法」という。)第35条《申告納税方式による国税等の納付》は、期限内申告書を提出した者は、国税に関する法律に定めるところにより、当該申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に相当する国税をその法定納期限までに納付しなければならない旨規定している。
ロ 通則法第52条《担保の処分》第1項は、税務署長等は、担保の提供されている国税がその納期限までに完納されないとき、又は担保の提供がされている国税についての延納、納税の猶予若しくは徴収若しくは滞納処分に関する猶予を取り消したときは、その担保として提供された金銭をその国税に充て、若しくはその提供された金銭以外の財産を滞納処分の例により処分してその国税及び当該財産の処分費に充て、又は保証人にその国税を納付させる旨規定している。
ハ 国税通則法施行令第16条《担保の提供手続》第2項は、通則法第50条《担保の種類》第3号から第5号までに掲げる担保(土地、建物等)を提供しようとする者は、抵当権を設定するために必要な書類を税務署長に提出しなければならず、その提出を受けた税務署長は抵当権の設定の登記を関係機関に嘱託しなければならない旨規定している。
ニ 相続税法(平成18年法律第10号による改正前のもの。以下同じ。)第38条《延納》第1項は、税務署長は、納付すべき相続税額が100,000円を超え、かつ、納税義務者について納期限までに金銭で納付することを困難とする事由がある場合においては、納税義務者の申請により、その納付を困難とする金額を限度として延納を許可することができる旨、同条第4項は、税務署長は、同条第1項の規定による延納の許可をする場合には、その延納税額が500,000円未満で、かつ、その延納期間が3年以下であるときを除き、その延納税額に相当する価額の担保を徴さなければならない旨規定している。
ホ 相続税法第39条第2項ただし書は、税務署長は、延納を許可する場合において、延納申請者の提供しようとする担保が適当ではないと認めるときは、その変更を求めることができ、この場合において、延納申請者がその変更の求めに応じなかったときは、延納申請を却下することができる旨規定し、同条第4項は、税務署長は当該却下をした場合においては、当該却下をした旨及びその理由を記載した書面により、申請者に通知する旨規定している。

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(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 被相続人を遺言者とする平成11年10月○日付の遺言公正証書(以下「本件遺言書」という。)には、本件各担保申請物件を請求人に相続させる旨記載されていた。
ロ Bは、平成15年3月○日、請求人を被告として、本件遺言書による遺言の無効確認を求める遺言無効確認請求訴訟(以下「本件訴訟」という。)をE地方裁判所に提起した。
なお、本件訴訟は、本件遺言書作成当時の被相続人の遺言能力の存否と、本件遺言書について遺言の方式が遵守されているか否かを主な争点としている。
ハ 本件延納申請時において、本件各担保申請物件の不動産登記簿には、別表の「所有権移転登記の状況」欄のとおり、請求人への所有権移転登記が経由され、また、同表の「本件各処分禁止登記の状況」欄のとおり、処分禁止の登記(以下「本件各処分禁止登記」という。)が経由されていた。
ニ 原処分庁は、平成17年10月17日付で、請求人に対し、本件延納申請について、補正すべき事項として担保物件の提供を求める旨及び処分禁止財産は担保不適当財産となる旨示し、同年11月21日までに補正を求める旨を記載した補正通知書(以下「本件通知書」という。)に、同期日までに補正がないときには申請を却下する旨を併せて記載して送付した。
ホ 請求人は、原処分庁に対し、本件各担保申請物件に代わる担保の提供をしていない。
ヘ 原処分庁は、平成17年12月19日付で、請求人に対し、本件各担保申請物件には本件各処分禁止登記があり担保不適格である旨及び担保変更の求めに対し適当な担保の提供がない旨の理由を示し、本件延納申請を却下する旨を記載した本件延納申請却下処分に係る通知書を送付した。
ト E地方裁判所は、平成17年8月○日付で、本件訴訟に係るBの請求を棄却し、F高等裁判所は、平成18年2月○日付で、同じくBの控訴を棄却し、最高裁判所は、同年6月○日付で、同じくBの上告受理申立を棄却した。
チ Bは、平成18年7月○日、本件各処分禁止登記に係る申立てを取り下げ、同月○日付で本件各処分禁止登記は抹消された。

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2 主張

(1) 請求人

 原処分は、次の理由により違法である。
イ 原処分庁は、本件各担保申請物件を担保不適格理由とする本件各処分禁止登記が、本件延納申請却下処分以前に棄却されており、その後、控訴審及び上告審も共に棄却されているのであるから、処分禁止登記が抹消される可能性が大であった事情を認めるべきであった。また、本件各処分禁止登記は本件各担保申請物件の所有権の4分の1のみについてされたにすぎず、その余の4分の3に係る価額でも担保価値としては十分であるから、本件通知書により担保の変更を求める必要性はなく、本件延納申請却下処分は、本件各担保申請物件の担保価値を評価しなかった形式的処分であり違法である。
ロ 本件各処分禁止登記は、平成18年7月○日付で抹消されたから、本件各担保申請物件の本件延納申請の担保としての適格性については、本件審査請求の審理終了時で判断すべきである。

(2) 原処分庁

 原処分は、次の理由により適法である。
イ 延納の担保として提供される財産は、その担保に係る相続税額を確実に徴収することができる金銭的価値を有するものでなければならず、延納許可が取り消された場合に、通則法第52条第1項の規定に基づいて滞納処分の例により換価し、その換価代金を国税に充当することが困難と考えられる事情を有する財産は、延納の担保としては適当でないと解されている。
 本件各担保申請物件には、原処分時において、本件各処分禁止登記がなされており、本件訴訟の控訴審又は上告審等の結果によっては、本件各担保申請物件を公売等で換価し国税に充当することが困難となるおそれがあったと判断し、請求人に対し、本件通知書を送付し担保の変更を求めたが、請求人から担保として適当な財産の提供がなかった。
したがって、相続税法第39条の規定により本件延納申請却下処分は適正に行われている。
ロ 原処分の違法性の判断は、行政処分の安定性の観点から、その処分時をもって当該判断の基準時とすべきである。

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3 判断

 本件は、本件各担保申請物件が本件延納申請に係る担保として適当であるか否かに争いがあるので、審理したところ、次のとおりである。

(1) 本件は、本件各担保申請物件が本件延納申請に係る担保として適当であるか否かに争いがあるので、審理したところ、次のとおりである。

イ 相続税の延納制度について
 期限内申告に係る納税は、通則法第35条の規定のとおり、その法定納期限までに納付すべき税額を納付することを原則とするが、相続税は主として不動産等の財産の取得に対して課税されるものであることから、納付すべき税額を一定の時期に全額金銭をもって納付するのが困難な場合もある。そこで、相続税法第38条は、納期限等の特例として、担保の提供を条件に年賦での納付を認める延納の制度を規定したものと解される。
ロ 延納担保の適格性について
 税務署長は、延納を許可するに当たり、相続税法第38条第4項の規定のとおり、その延納税額に相当する価額の担保を徴さなければならないから、同法第39条第2項ただし書の規定のとおり、延納申請者の提供する担保が不適当な場合にはその変更を求め、変更されない場合には延納の申請を却下することとなる。また、提供された担保に係る国税の延納を取り消した場合には、通則法第52条第1項の規定のとおり、その担保物を滞納処分の例により処分し、当該国税に充てることとなる。
 そうすると、相続税の延納担保として提供される財産は、その担保に係る相続税額を確実に徴収することができる金銭的価値を有するものでなければならないし、延納許可が取り消された場合に、滞納処分の例により換価することが困難と考えられる事情を有する財産は、延納の担保としては適当でないと解するのが相当である。
ハ 処分禁止の登記について
 不動産の登記請求権を保全するための処分禁止の仮処分の執行は、処分禁止の登記をする方法により行われ(民事保全法第53条第1項)、この登記の後にされた登記に係る権利の取得又は処分の制限は、当該仮処分の債権者が保全すべき登記請求権に係る登記をする場合には、その登記に係る権利の取得又は消滅と抵触する限度において、その債権者に対抗することができず(同法第58条第1項)、この場合においては、その債権者は、当該処分禁止の登記に後れる登記を抹消することができる(同条第2項)。

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(2) 本件延納申請却下処分の適法性

 請求人は、本件遺言書による遺言に基づき本件各担保申請物件を相続により取得したが、本件各担保申請物件には、上記1の(4)のハのとおり、Bを権利者とする本件各処分禁止の登記がなされていたから、本件遺言書による遺言の無効が争われた本件訴訟の帰趨により、仮に遺言の無効が確認されることになれば、請求人もBも共同相続人中のひとりとして共有持分権を取得していることになるから、改めて遺産分割協議が成立して本件各担保申請物件が請求人に対して分割されない限り、Bは、自己の共有持分権に基づき請求人の所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求めることができる立場となる。この場合、仮に原処分庁が本件各担保申請物件に抵当権を設定し、延納が不履行になって公売したとしても、Bの処分禁止の登記に遅れる登記は上記(1)のハのとおり抹消される。
 本件延納申請却下処分時においては、Bの処分禁止の登記が経由された本件各担保申請物件は、このように事実上抵当権も所有権も権利の実現が不確実で不安定な状態にあり、不動産の買受希望者が現れる可能性が一般に乏しかったと認められる。
 そうすると、本件各担保申請物件は、たとえ数額上担保価値の算出が可能であり、また、本件訴訟の結果としてBが取得する可能性があるのは4分の1の共有持分権であったとしても、事実上極めて換価が困難な財産といわざるを得ず、担保物処分によって国税に充当することができないおそれが大きい財産であったといわねばならない。
 したがって、原処分庁が、本件各担保申請物件は本件延納申請に係る担保として不適格であるとして、請求人に対し、本件通知書により担保変更を求めたことには合理的理由があり、これに対して請求人が、上記1の(4)のホのとおり、本件通知書で指定された変更期限までに担保の変更をしなかったため、原処分庁は、相続税法第39条第2項ただし書の規定に基づき本件延納申請却下処分をしたものと認められるから、本件延納申請却下処分は適法である。

(3) 本件訴訟の推移の考慮について

 請求人は、本件各処分禁止登記に係る本件訴訟が、一審判決では棄却されていることなどから見ても、登記が抹消される可能性が大であった事情を認めるべきであったから、本件延納申請却下処分は違法である旨主張する。
 しかしながら、本件訴訟は上記1の(4)のロのとおり、私人間に生じた事実について当事者に争いがあるものであり、そのような場合に、行政庁たる原処分庁が、裁判所において行われる本件訴訟の内容を具体的に検討し、当該紛争が本件訴訟の控訴審又は上告審等においてどのように解決するかを予測して、本件各申請担保物件の本件延納申請の担保としての適格性についての判断をすることはできないし、また、上記(1)のイのとおり、期限内一括納付の原則の中にあって特例として認められている延納制度において、上記(1)のロのような担保の適格性の判断をするに当たっては、延納を許可する相続税額を確実に保全することができるかどうかを見定めることがその趣旨と解されるところ、これに形式上の障害があった場合に、当該障害の形式上の影響にとどまらず、争訟関係の内容などについて検討し、その帰趨までをも考慮して判断すべきことまで求める趣旨ではないというべきであるから、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(4) 本件延納申請却下処分の適否判断の基準時について

 請求人は、本件各担保申請物件の本件延納申請の担保としての適格性については、本件審査請求の審理終了時で判断すべきである旨主張する。
 しかしながら、延納申請却下処分は、その処分時を基準としてそれまでに生じた客観的事実を対象として行われるもので、当該却下処分の適否は、当該却下処分時を基準として判断すべきである。また、審査請求は、審理終了時において処分行政庁の立場でいかなる処分をすべきかを判断する制度ではなく、国税不服審判所における審理は、審査請求人の申立てにかかる原処分の適否を判断するために行われるものである。
 したがって、本件延納申請却下処分の適否は、当該却下処分時を基準として判断すべきであるから、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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