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(平20.6.19、裁決事例集No.75 176頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、人材派遣会社の派遣社員である審査請求人(以下「請求人」という。)が、同社から支払われた給与のうち、請求人が負担した自宅から派遣先までの通勤費相当額は非課税所得に当たるとして、これを給与等の収入金額から除外して給与所得の金額を計算し、源泉徴収税額の還付を求める申告をしたところ、原処分庁が当該通勤費相当額は非課税所得となる通勤手当には当たらないとして所得税の更正処分を行ったのに対し、請求人が同処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成16年分及び平成18年分(以下、これらを併せて「各年分」という。)の所得税について、確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも平成19年3月13日に源泉徴収税額の還付を求める申告をした。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成19年6月29日付で、各年分の所得税について次表の「更正処分」欄のとおりの各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)をした。

(単位:円)
年分
申告等
区分
確定申告 更正処分
平成16年分 年月日 平成19年3月13日 平成19年6月29日
総所得金額
(給与所得の金額)
○○○○ ○○○○
還付金の額に相当する税額 ○○○○ ○○○○
平成18年分 年月日 平成19年3月13日 平成19年6月29日
総所得金額
(給与所得の金額)
○○○○ ○○○○
還付金の額に相当する税額 ○○○○ ○○○○

ハ 請求人は、これらの処分を不服として、平成19年8月24日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月20日付でいずれも棄却の異議決定をし、請求人は、同月21日に交付送達によりその決定書謄本の送達を受けた。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成19年12月21日に審査請求をした。

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(3) 関係法令

イ 所得税法第9条《非課税所得》第1項第5号は、給与所得を有する者で通勤するもの(以下「通勤者」という。)が、その通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含み、以下「通勤手当等」という。)のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるものについては、所得税を課さない旨規定している。
ロ 所得税法第28条《給与所得》第1項は、給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下「給与等」という。)に係る所得をいう旨規定している。
ハ 所得税法第28条第2項及び第3項は、給与所得の金額は、その年中の給与等の収入金額から、収入金額に応じて所定の方法により計算した給与所得控除額を控除した残額である旨規定し、同条第4項は、その年中の給与等の収入金額が660万円未満である場合には、当該給与等に係る給与所得の金額は、前2項の規定にかかわらず、当該収入金額を別表第5「年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表」の給与等の金額として、同表により当該金額に応じて求めた同表の給与所得控除後の給与等の金額に相当する金額とする旨規定している。
ニ 所得税法第57条の2《給与所得者の特定支出の控除の特例》第1項は、居住者が各年において特定支出をした場合において、その年中の特定支出の額の合計額が給与所得控除額を超えるときは、その年分の給与所得の金額は、所得税法第28条第3項及び第4項の規定にかかわらず、その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額からその超える部分の金額を控除した金額とすることができる旨規定し、同条第2項は、特定支出とは、同項各号に掲げる居住者の支出(その支出につき給与等の支払者から補てんされる部分があり、かつ、その補てんされる部分につき所得税が課されない場合における当該補てんされる部分を除く。)をいう旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても認められる事実であるか、又は、各事実の末尾掲記の証拠により容易に認定できる事実である。
イ 請求人は、A社の派遣社員として、平成16年1月1日から同年12月31日まで及び平成18年1月1日から同年12月31日までの各派遣期間(以下「本件各派遣期間」という。)に、P市Q町○-○において就業していた(当該各派遣期間ごとに同社が作成した平成19年6月27日付の証明書と題する各書面。以下「本件各証明書」という。)。
ロ A社が、各年分において請求人に対して支払った給与(以下「本件各給与」という。)の額は、平成16年分が○○○○円、平成18年分が○○○○円である。
ハ 請求人が本件各派遣期間に支出した通勤費として本件各証明書に記載した金額は、平成16年分が347,900円、平成18年分が352,160円である(以下、各金額を「本件各通勤費相当額」という。)。
ニ A社は、請求人に対して、本件各給与に加えて、本件各派遣期間の通勤費を別途支給していない(本件各証明書)。
ホ 請求人は、各年分の給与所得の金額の計算上、本件各給与の金額から本件各通勤費相当額を控除した後の各金額を各年分の給与等の収入金額として、所得税法第28条第4項の規定を適用して申告した。

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2 主張

(1) 請求人

 次のとおり、A社からの給与のうち、本件各通勤費相当額は非課税とすべきであるから、原処分は妥当を欠くものであり、その全部の取消しを求める。
イ 非課税所得である通勤手当が給与に含めて支払われているという理由で課税されるのは、課税の公平から考えて妥当ではない。
ロ 通勤手当が別途支給されない派遣労働者が個人負担する通勤費は、給与を得るために必ず発生する必要経費であって、住宅手当の支給もなく、職場から遠い家賃が安く、通勤費の負担が大きい地域に住まざるを得ないという事情の下で、所得の処分と考えるのは無理があるから、税制上、一定の範囲で非課税措置(控除)が認められるのは当然のことである。
ハ 請求人が支払った通勤費には、既に消費税が含まれており、これに更に所得税を課すことは二重課税である。

(2) 原処分庁

 原処分は、次のとおり適法であるから、本件審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 所得税法第9条第1項第5号において非課税とされる「通常の給与に加算して受ける通勤手当」とは、通常の給与とは別に支給されている場合の通勤手当等を意味すると解されているが、請求人の場合、本件各証明書の記載内容からも明らかなとおり、通常の給与とは別に通勤手当等が支給されていないから、本件各通勤費相当額は、非課税となる通勤手当等には該当しない。
ロ 給与所得の金額は、その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額である旨規定されており、給与所得の金額の計算においては、原則として、実額により収入を得るために要した費用、支出ないし経費を控除することはできないから、請求人の各年分の給与所得の金額の計算上、給与等の収入金額から実額で本件通勤費相当額を控除することはできない。
ハ 請求人の場合、本件各通勤費相当額が、各年分の給与所得控除額をいずれも超えていないから、所得税法第57条の2第1項の規定の適用もない。
ニ 請求人は、本件通勤費相当額に所得税を課すことは二重課税となる旨主張するが、そもそも、消費税と所得税とは課税対象が異なるものであり、二重課税の問題は生じない。

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3 判断

(1) 本件各更正処分について

イ 上記1の(3)のイのとおり、所得税法第9条第1項第5号は、通勤者が、その通勤に必要な交通機関の利用等のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当等のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるものを非課税とする旨規定している。したがって、通常の給与に加算して通勤手当等が支給されていない場合には、たとえ通勤者が通常の給与のうちから通勤費相当額を負担したとしても、給与所得の金額の計算上、当該通勤費相当額を、非課税所得として給与等の収入金額から除外することはできないと解される。
ロ これを本件についてみると、上記1の(4)のロのとおり、請求人は、本件各派遣期間に、A社から本件各給与を受けているところ、上記1の(4)のニのとおり、A社は、請求人に対して本件各派遣期間に係る通勤手当等を給与に加算して別途支給していないのであるから、請求人に所得税法第9条第1項第5号にいう「通常の給与に加算して受ける通勤手当」に該当するものがあるとは認められない。この他、本件各通勤費相当額を非課税所得とする規定はないから、これを非課税所得として、各年分の給与所得の金額の計算上、給与等の収入金額から除外することはできない。
ハ 請求人の主張について
(イ) 請求人は、1非課税となる通勤手当が給与に含めて支払われているという理由で課税されるのは、課税の公平の点から妥当ではない旨、及び2住居手当等の支給がないため、職場から遠い家賃が安い地域に住まざるを得ず、交通費の負担が重い派遣労働者が自己負担する通勤費は、所得の処分と考えるのは無理があり、税制上、一定の範囲で非課税所得(控除)が認められるべきである旨主張する。
 しかしながら、所得税法は、上記1の(3)のロのとおり、給与所得者が使用者から受ける給付は、すべて給与所得に係る収入金額とするのを原則としており、通勤手当等の使用者が業務の遂行上負担すべき費用として支給する給付のうち、給与と明確に区分して支給され、使用者が実質的な負担者であるとみることができる実費弁償の性格が外見上も明らかなものに限って、非課税所得としている。また、所得税法は、上記1の(3)のハのとおり、給与所得に係る個々の経費の実額の控除は認めず、飽くまでも収入金額に応じた必要経費の概算控除的性格を有する給与所得控除を原則とし、給与所得控除額を超える所得税法第57条の2第2項に規定する特定支出がある場合には、給与所得控除額に加えて、その超える部分の金額を差し引いて計算すること(特定支出控除)を認めることとしている。
 以上のような法令の規定及び趣旨に照らせば、所得税法第9条第1項第5号が定める、通勤手当等が通常の給与に加算して支給されるものには当たらない通勤費相当額を非課税とすることはできないし、給与所得控除及び特定支出控除以外に給与所得の収入金額から通勤費相当額を控除することはできない。
 なお、上記1の主張は、通常の給与に加算して受ける通勤手当等のうち、一定のものに限って非課税とする所得税法第9条第1項第5号の規定が、通常の給与に加算して通勤手当が支給される者と通勤手当等の支給がない者を課税上不公平に扱い、不当である旨の主張と、また、上記2の主張は、交通費の負担が重い派遣労働者について、税制上通勤費相当額の控除を認めていない上記1の(3)のハの給与所得の金額の計算に関する規定が不当である旨の主張とも解される。しかしながら、当審判所は、原処分庁の行った処分が違法又は不当なものであるか否かを判断する機関であって、その処分の基である法令自体の当否又は合理性を判断することはその権限に属さないから、当審判所で審理することはできない。
 したがって、請求人の主張には理由がない。
(ロ) 請求人は、同人が支払った通勤費には既に消費税が含まれており、これに更に所得税を課すことは二重課税となる旨主張する。
 しかしながら、所得税の課税対象は個人の所得であり、他方、消費税の課税対象は国内において事業者が行った資産の譲渡及び役務の提供等の対価であって、課税対象が異なることから、二重課税の問題は生じない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ニ 以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、本件各通勤費相当額は非課税所得に該当しないから、本件各給与の額から本件各通勤費相当額を控除した金額をもって各年分の給与等の収入金額とすることはできないとした本件各更正処分はいずれも適法である。

(2) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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