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(平20.5.19、裁決事例集No.75 215頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、証券会社の特定口座に受け入れられた株式の取得費の額をいわゆるみなし取得価額を基礎に算出してされた所得税の更正処分及び更正の請求に対する更正処分について、審査請求人(以下「請求人」という。)が、実際の取得価額を基礎に算出すべきであるとして、いずれもその全部の取消しを求めた事案であり、争点は、取得費の額を実際の取得価額を基礎として算出することができるか否かである。

(2) 審査請求に至る経緯等

 審査請求(平成19年7月30日請求)に至る経緯及び内容は別表1のとおりである。

(3) 関係法令

 別紙のとおりである。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、A証券株式会社(以下「A証券」という。)へB社の株式○○○株(以下「本件株式」という。)の買付けを委託して、これを平成元年8月○日に8,548,305円(以下「本件実際取得価額」という。)で取得した。
ロ 請求人は、平成16年11月29日にA証券に対し、「特定口座開設届出書・特定口座源泉徴収選択届出書」と題する書面(以下「本件届出書」という。)を提出したところ、同社は、本件届出書に基づき、源泉徴収を選択した特定口座(以下「本件特定口座」という。)を開設した。
ハ 請求人は、A証券に対し、本件届出書の提出と同時に「特例上場株式等保管委託依頼書兼特例上場株式等にするための保護預り上場株式等に係る出庫依頼書」と題する書面(以下「本件依頼書」という。)を提出し、同社は、本件依頼書に基づき、本件株式を平成13年10月1日における本件株式の価額の100分の80に相当する金額679,000円(以下「本件みなし取得価額」という。)で取得したものとして本件特定口座に受け入れた。
ニ 請求人は、A証券から、本件株式が本件特定口座に本件みなし取得価額で受け入れられた旨記載された平成16年12月27日現在の特定口座残高明細書(以下「本件残高明細書」という。)を同年末までに受領した。
ホ 請求人は、平成17年9月26日に、本件特定口座内に保管の委託がされた本件株式を4,690,000円で譲渡した。
 なお、当該譲渡に係る譲渡費用は42,821円である。
ヘ A証券は、平成17年12月30日付で、本件株式を含む平成17年分の本件特定口座の譲渡損失の金額が353,193円となるとして別表2の内容のとおりの平成17年分特定口座年間取引報告書(投資家交付用)を作成して、請求人に送付した。
ト 請求人は、平成17年分の所得税の確定申告書に次の書類を添付した。
(イ) 平成17年分の上場株式等に係る譲渡損失の金額(以下「平成17年分上場株式等譲渡損失の金額」という。)が8,222,498円(当該金額は、本件株式の取得価額を本件実際取得価額とした上で、上記への平成17年特定口座年間取引報告書に記載された譲渡損失の金額を計算し直した金額である。)となる旨記載した所得税の確定申告書付表(上場株式等に係る譲渡損失の繰越用)
(ロ) 平成17年分特定口座年間取引報告書
(ハ) 本件株式の取得時における取引報告書(以下「本件取得時取引報告書」という。)
(ニ) 本件残高明細書

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2 主張

原処分庁 請求人
 本件株式に係る取得費は、以下の理由により、本件みなし取得価額を基礎に計算するべきである。
(1) 平成14年改正令附則第14条の3第3項は、特例上場株式等の特定口座への受入れの際に居住者等から証券業者等に一定の確認書類の提出がない場合は、取得費はみなし取得価額を基礎として計算する旨規定しているところ、請求人は、本件株式の保管の委託に際してその一定の確認書類の提出を行わなかったため、本件株式の取得費は、特定口座に本件みなし取得価額で適正に受け入れられたものである。
 本件株式に係る取得費は、以下の理由により、本件実際取得価額を基礎に計算するべきである。
(1) 請求人は、証券会社の営業担当者から、特定口座の申込みを早くして下さいと言われて特定口座の申込みをし、本件株式の保管の委託をしたところ、本件特定口座に本件みなし取得価額で受け入れられた。
 しかしながら、請求人は、本件取得時取引報告書を持っており、本件実際取得価額を証明できる。
 したがって、たとえ本件株式が本件特定口座に本件みなし取得価額で受け入れられていても、本件実際取得価額を取得費と認めるのが当然である。
(2) 本件株式の特定口座への受入れが上記(1)のとおり適正に行われたものである以上、その特定口座における上場株式等の譲渡に係る所得金額の計算は、確定的に行われたものと解すべきであるから、確定申告により他の取得価額に基づき再計算することは認められない。 (2) 本件株式の譲渡所得の金額は、本件実際取得価額を基礎に計算すると明らかに損失であるのに対し、本件みなし取得価額を基礎に計算すると利益が出るというのは、国が変えた制度によるものであるから、本件みなし取得価額で受け入れられた株式を譲渡した後であっても、本件実際取得価額の証明ができる以上、これに基づき、国は損失を認めるべきである。

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3 判断

(1) 法令解釈等

イ 特定口座制度
 特定口座制度は、個人の株式等譲渡益課税の申告分離課税への一本化に伴い、申告事務負担を軽減する観点から創設され、証券業者等に開設した特定口座を通じて行う上場株式等の譲渡に係る1所得金額の計算の特例、2源泉徴収等の特例及び3申告不要の特例から成っており、平成15年1月1日から実施された制度である。
 ここにいう、1所得金額の計算の特例とは、個人が証券業者等に特定口座を開設した場合に、その特定口座に保管の委託をした上場株式等の譲渡による所得については、他の株式等の譲渡による所得と区分して所得金額を計算するもので(措置法第37条の11の3第1項及び措置法施行令第25条の10の2)、この計算は証券業者等が行い、証券業者等から送られる特定口座年間取引報告書(措置法第37条の11の3第7項)を計算明細書に代えて確定申告書に添付することにより(措置法施行令第25条の10の10第9項)、簡易に確定申告を行うことができるという制度である。
 特定口座に受け入れることができる上場株式等は、原則として当該特定口座で行われた取引により取得した上場株式等とされ、証券業者等において取得時期や取得価額が分かるものに限られるが、特定口座制度の迅速な定着を図るとともに投資家の利便に資する観点から、平成15年4月1日から平成16年12月31日までの間、特例上場株式等(個人が自宅などで保管していた、いわゆるタンス株など、特定口座へ保管の委託がされていない上場株式等)を特定口座に受け入れることができる特例(平成14年改正令附則第14条の3)が設けられた。
ロ 特例上場株式等の取得費
 特例上場株式等の取得費の額の計算の基礎となる取得価額及び取得の日の判定については、特例上場株式等の取得に係る取引が特定口座において処理されていないことから、平成14年改正令附則第14条の3第3項第1号は、当該特例上場株式等の特定口座への受入れの際に当該特定口座を開設している証券業者等の営業所の長が提出を受けた一定の確認書類により取得に要した金額及び取得の日を確認した場合は、当該確認がされた金額を基礎として算出した金額を取得価額とし、当該確認がされた取得の日を取得の日とする旨規定し、同項第3号は、取得に要した金額及び取得の日を確認することのできる一定の確認書類が提出されない場合は、平成13年10月1日における当該上場株式の価額の100分の80に相当する金額を基礎として算出された金額を取得価額とし、平成13年9月30日を取得の日とする旨規定している。
ハ 上場株式等に係る譲渡損失の繰越控除制度
 上場株式等に係る譲渡損失の繰越控除制度(措置法第37条の12の2)は、個人投資家のリスク負担の緩和等に配慮し、中長期的に国民が安心して証券市場に参加できる環境の整備を図るために、上場株式等の譲渡をしたことにより生じた損失の金額のうち、その譲渡をした日の属する年分の株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上控除してもなお控除しきれない金額を有するときは、一定の要件の下で、その損失の金額をその年の翌年以後3年以内の各年分の株式等に係る譲渡所得等の金額から繰越控除できる制度であるが、特定口座における損失について当該繰越控除を受けるためには、上場株式等に係る譲渡損失の金額が生じた年分の所得税につき当該上場株式等に係る譲渡損失の金額の計算に関する明細書及び特定口座年間取引報告書の添付がある確定申告書を提出し、かつ、その後において連続して確定申告書を提出していることが必要とされている(措置法第37条の12の2第3項及び租税特別措置法施行規則第18条の14の2第2項)。

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(2) 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料、当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
イ 請求人は、A証券の営業担当者から特定口座についての説明を受け、特定口座にすると難しい計算は証券会社がしてくれるということから、同社の保護預りにしていた上場株式について特定口座で取引することとし、請求人の妻が平成16年11月29日に本件届出書及び本件依頼書に文書日付、住所、氏名及び生年月日の各欄を記載するとともに請求人の印章で押印して、営業担当者を通じてA証券に提出した。
ロ 本件依頼書の「保管の委託をする特例上場株式等の明細」欄については、その提出を受けたA証券が、保護預りしていた上場株式6銘柄について銘柄コード、銘柄名、株数(口数)、取得の日、取得に要した金額、受入株数(口数)等について補完記入をしたもので、本件株式に係る取得の日は2001(平成13年)年9月30日、取得に要した金額は本件みなし取得価額(679,000円)とされている。
ハ 請求人は、本件依頼書の提出に際し、本件株式の取得に要した金額及び取得の日の確認できる書類を提出していない。
ニ 請求人は、A証券から送付された本件残高明細書の内容に特に疑問も感じず、同社に対して照会することはしていない。

(3) 平成17年分上場株式等譲渡損失の金額

イ 本件株式は、上記1の(4)のハのとおり、本件依頼書に基づき、特例上場株式等に該当するものとして本件みなし取得価額で本件特定口座に受け入れられたものであるところ、請求人が、本件依頼書の提出に当たり本件株式の取得に要した金額及び取得の日を確認できる書類を提出していないことから平成14年改正令附則第14条の3第3項第3号の規定の適用を受けたものであり、その旨の本件依頼書の内容に基づく処理として適正であるから、本件みなし取得価額が本件株式に係る取得費となる。
ロ 請求人は、本件株式の本件実際取得価額を証明する書類を所持しているから、本件実際取得価額を取得費として認めるべきである旨主張する。
 しかしながら、特定口座に受け入れられる特例上場株式等の取得費の計算については平成14年改正令附則第14条の3第3項各号に規定されており、本件取得時取引報告書に基づき本件実際取得価額によって取得価額を計算することは、上記(1)のロのとおり同報告書を証券会社に提出して同条同項第1号に規定する確認を受けることによって可能であるところ、上記(2)のハのとおり、請求人は、本件依頼書をA証券へ提出する際に同報告書を提出していない。
 そうすると、請求人は、本件取得時取引報告書を所持しているものの、同報告書に基づいて本件実際取得価額で特定口座に受入れをするための手続を履行しなかったのであるから、本件実際取得価額に基づいて請求人の特定口座内の本件株式に係る譲渡所得の金額の計算上控除すべき取得費を計算することはできないというべきである。
 したがって、請求人の主張は採用できない。
ハ また、請求人は、本件株式の譲渡所得の金額は、本件実際取得価額を基礎に計算すると明らかに損失であるのに対し、本件みなし取得価額を基礎に計算すると利益が出るというのは、国が変えた制度によるものであるから、本件みなし取得価額で受け入れられた株式を譲渡した後であっても、本件実際取得価額の証明ができる以上、これに基づき、国は損失を認めるべきである旨主張する。
 しかしながら、特定口座制度については、上記(1)のイのとおりであるところ、平成15年1月以後に上場株式等の譲渡を行う個人投資家は、特定口座制度の利用について、1特定口座制度を利用せず、年間譲渡損益を計算して確定申告をする方法、2特定口座を開設し、源泉徴収をしないで、特定口座年間取引報告書に基づき確定申告をする方法及び3特定口座を開設し、源泉徴収をして、特定口座年間取引報告書に基づく確定申告を要しない方法のいずれかを選択できるもので、どの方法を利用するかは、その個人投資家の自由な判断にゆだねられている。
 すなわち、請求人は、特定口座制度を利用せず、あるいは特定口座を設定しても本件株式を特定口座に保管の委託をせずに本件株式を譲渡することにより本件実際取得価額をもって本件株式の譲渡に係る譲渡所得の金額を計算することもできたところ、上記(2)のイの事実からすれば、請求人は、特定口座の説明を受け、特定口座については当該証券会社が計算を行うことについて理解した上で本件株式等の取引に関し、A証券に本件届出書及び本件依頼書を提出したことが認められ、請求人が自らの自由な判断に基づいて、特定口座制度の利用を選択し、かつ、本件株式を当該口座へ保管の委託をしたものというべきであるから、国の制度変更により本件実際取得価額に基づいて本件株式に係る譲渡所得の金額を計算することができなくなったということはできない。
 したがって、請求人の主張は採用できない。

(4) 平成17年分及び平成18年分の所得税の更正処分について

 平成17年分上場株式等譲渡損失の金額は、上記1の(4)のへのとおり353,193円となるから、平成17年分の所得税の確定申告における平成18年以後に繰り越される株式等に係る譲渡損失の金額は、平成16年分の株式等に係る譲渡損失の金額○○○○円に当該金額を加えた○○○○円となり、また、平成18年分の所得税の確定申告における平成19年以後に繰り越される株式等に係る譲渡損失の金額は、上記平成18年以後に繰り越される株式等に係る譲渡損失の金額○○○○円に平成18年分の株式等の譲渡損失の金額○○○○円を加えた○○○○円となり、いずれも原処分と同額となるから、原処分は、いずれも適法である。

(5) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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