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(平20.2.19、裁決事例集No.75 779頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の夫である納税者C(以下「本件滞納者」という。)の滞納国税を徴収するため、本件滞納者名義の不動産の差押処分をしたのに対し、請求人が、本件滞納者が当該不動産の所有権登記名義を取得した際、請求人も当該不動産の所有権共有持分を取得していたものであるから、当該不動産の所有権全部が本件滞納者に帰属するとして行われた当該差押処分は違法であるとして、同処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、平成19年4月20日付で、国税通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、本件滞納者に係る次表の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)について、D税務署長から徴収の引継ぎを受けた。

請求人 原処分庁 区分 納期限 本税 延滞税
18 申告所得税 確定申告 平19.3.15 ○○○○円 法律による金額

ロ 原処分庁は、平成19年5月18日付で、本件滞納国税を徴収するため、別表の各不動産(以下「本件不動産」という。)を差し押さえた(以下「本件差押処分」という。)。
ハ 請求人は、平成19年7月11日、本件差押処分に不服があるとして審査請求をした。

(3)関係法令等

イ 国税通則法第43条第3項は、国税局長は、必要があると認めるときは、その管轄区域内の地域を所轄する税務署長からその徴収する国税について徴収の引継ぎを受けることができる旨規定している。
ロ 国税徴収法第68条《不動産の差押の手続及び効力発生時期》第1項は、不動産の差押えは、滞納者に対する差押書の送達により行う旨、同条第2項は、同条第1項の差押えの効力は、その差押書が滞納者に送達された時に生ずる旨、同条第4項は、同条第3項の差押えの登記が差押書の送達前にされた場合には、同条第2項の規定にかかわらず、その差押えの登記がされた時に差押えの効力が生ずる旨それぞれ規定している。
ハ 民法第176条《物権の設定及び移転》は、物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる旨規定している。
ニ 民法第177条《不動産に関する物権の変動の対抗要件》は、不動産に関する物権の得喪及び変更は、その登記をしなければ、第三者に対抗することができない旨規定している。
ホ 民法第762条《夫婦間における財産の帰属》第1項は、婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする旨、同条第2項は、夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する旨それぞれ規定している。
ヘ 民法第768条《財産分与》第2項は、財産分与について、当事者間に協議が調わないときは、当事者は、家庭裁判所に対し、協議に代わる処分を請求できる旨規定している。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人と本件滞納者は、昭和52年4月8日に婚姻した。
ロ 本件不動産の登記事項証明書によると、平成6年8月○日付で、同日売買を原因として、本件滞納者に所有権移転登記がなされている。
ハ 原処分庁は、平成19年5月23日付で、差押えの登記を経由し、また、同月27日、本件滞納者に対して本件差押処分に係る差押書を送達した。
ニ E家庭裁判所は、平成19年10月○日付で、請求人と本件滞納者間の離婚訴訟(以下「本件訴訟」という。)について、要旨次のとおりの判決(以下「本件家裁判決」という。)を言い渡し、本件家裁判決は同年11月○日に確定した。
(イ)請求人と本件滞納者とを離婚すること
(ロ)本件滞納者は、請求人に対し、本件不動産について、財産分与を原因として所有権移転登記手続をすること

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2 主張

(1)請求人

 本件差押処分は、次の理由により違法であるから、その取消しを求める。
イ 請求人が本件不動産の所有権に係る共有持分を有していること
(イ)本件不動産の取得経緯
 本件不動産は、請求人と本件滞納者が夫婦関係を調整するため、別居に当たり請求人と長女が居住するために購入したものである。
(ロ)本件不動産の購入資金について
 本件不動産の購入資金(頭金、住宅ローン)は、形式的には本件滞納者が支出しているが、次のとおり、実質的には、夫婦共有財産から支出したものである。
A 頭金について
 本件滞納者は、ほんのわずかな金額の生活費を請求人に手渡すのみで、その余の金を預金していたものであるから、当該預金は、夫婦共有財産といえる。そして、本件滞納者は、本件不動産の頭金を夫婦共有財産であるこの預金から支出したものである。
B 住宅ローンについて
 請求人と本件滞納者は別居に当たり、本件滞納者が生活費を支出し、請求人が長女を養育するという役割を果たしてきたのであり、この点において別居中も夫婦共同関係にある。したがって、夫婦共同関係にあった別居中の本件滞納者の給料も夫婦共有財産であるといえるから、住宅ローンも夫婦共有財産から返済されている。
(ハ)以上のとおり、本件不動産の取得経緯及び本件不動産の購入資金が夫婦共有財産から支出されていることからすれば、請求人は、本件不動産を本件滞納者が取得した時より、その所有権に係る共有持分を有している。そして、このことは、本件家裁判決においても認められたものである。
(ニ)原処分庁は、本件不動産は特有財産である旨主張するが、最高裁は、夫婦の一方の名義で取得された財産は必ずしもその名義人の財産とみなされるわけではなく、財産の帰属を実質的に判断する態度をとっていると解される(最高裁昭和34年7月14日判決・民集13巻7号1023頁参照)。
 これを本件についてみると、上記(イ)の本件不動産に係る取得経緯及び上記(ロ)の購入資金が夫婦共有財産から支出されたものであることからすれば、本件不動産は本件滞納者の特有財産ではない。
ロ 対抗要件について
(イ) 上記イのとおり、請求人は、本件不動産の取得時より、その所有権に係る共有持分を有しているので、その範囲において登記なくして差押債権者に対抗できる。
(ロ) そもそも、物権を取得し得ない差押債権者は、民法第177条の第三者に該当しない。
(ハ) 仮に、差押債権者が民法第177条の第三者に該当するとしても、本件における原処分庁は、背信的悪意者に当たるので、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に当たらない。

(2)原処分庁

 本件差押処分は、次の理由により適法であるから、審査請求は棄却されるべきである。
イ 請求人が本件不動産の所有権に係る共有持分を有していないこと
 請求人は、本件不動産の取得経緯及びその購入資金が夫婦共有財産から支出されていることから、請求人が本件不動産の所有権に係る共有持分を取得時より有していると主張し、また、本件家裁判決も請求人の主張を認めたと主張するが、本件家裁判決は単に財産分与により、請求人への所有権移転を認めたにすぎない。
ロ 本件不動産は、本件滞納者の特有財産であること
 夫婦財産契約が存在しない場合の法定財産制について、民法第762条第1項は、夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中に自己の名で得た財産は、その特有財産とする旨規定しているところ、本件不動産は、本件滞納者が婚姻中に自己の名で得た財産であることから、本件滞納者の特有財産である。
ハ 対抗要件について
(イ)請求人は、本件差押処分後の本件家裁判決により、本件不動産の所有権を取得したものであるから、本件差押処分に対抗できない。
(ロ)差押債権者が民法第177条の第三者に該当することは判例が認めるところである。
(ハ)本件において、原処分庁が背信的悪意者と評価される事情は存しない。

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3 判断

(1)認定事実

イ 本件不動産については、平成6年7月30日付で、売主をF社、買主を本件滞納者とする不動産売買契約書が作成されている。
ロ 本件訴訟における本件滞納者の本人調書によれば、本件滞納者は、本件不動産について、要旨次のとおり供述している。
(イ)本件不動産を紹介して持ってきたのは請求人だが、最終的に契約したのは本件滞納者なので、本件不動産に決めたのは本件滞納者である。
(ロ)本件不動産に居住していたのは、請求人と娘である。
(ハ)本件不動産の購入資金は住宅ローンである。
(ニ)住宅ローンは本件滞納者の月々の給与及び賞与から天引きされていた。
(ホ)別居期間中、請求人に生活費を毎月送金していた。
(ヘ)本件不動産の管理費は、本件滞納者が負担していた。
(ト)本件不動産を請求人と娘にあげることまでは考えていなかった。
ハ 本件訴訟における請求人の本人調書によれば、請求人は、本件不動産の購入資金について、本件滞納者が住宅ローンを返済していた旨供述している。
ニ 請求人は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述している。
(イ)本件不動産は、本件滞納者と別居して請求人と娘が生活していく場所として購入したものである。
(ロ)本件不動産購入時に共有名義にしてほしいと本件滞納者には言ったが、本件滞納者の単独名義とされた。
(ハ)本件不動産の購入資金(頭金・住宅ローン)を支払っているのは本件滞納者である。

(2)本件差押処分について

イ 民法は、夫婦間の財産関係について夫婦別産制(同法第762条第1項)を採用し、婚姻費用の分担(同法第760条)及び日常家事債務の連帯責任(同法第761条)の両規定をもって婚姻共同生活に対して配慮するとともに、離婚の場合につき財産分与請求権(同法第768条)を認めているところである。このように民法は、夫婦の財産関係について夫婦別産制を原則とし、別途規定を設けることにより、共同生活の維持、夫婦相互の協力、寄与に対して配意していることからすれば、婚姻生活中に形成された財産について、直ちに物権としての共有持分を認めているとは解されない。そうすると、婚姻生活中に夫婦の一方が対外的にその者の名義をもって取得した財産について、その財産取得に他方の配偶者の協力があったからといって、直ちにその者に物権としての共有持分権を認めるのは相当ではなく、その者のその財産に対する権利は、飽くまで潜在的な権利にすぎないと解され、離婚に至って初めて、潜在的な権利の具現化としての財産分与等により、物権としての権利を取得するものと解するのが相当である。
ロ 請求人は、本件不動産の購入資金は、夫婦共有財産から支出されたものであるから、請求人は、本件不動産について、本件不動産の取得時より、共有持分を有しており、そして、物権を取得し得ない差押債権者は、民法第177条の第三者に該当しないのであるから本件差押処分は違法である旨主張する。
 しかしながら、上記イのとおり、本件不動産の取得に当たり、請求人の協力、寄与が認められたとしても、請求人には、直ちに物権としての共有持分が認められているとは解されない。そして、本件不動産の前主は売買契約の売主であるF社であることが推認されるところ、上記(1)のとおり、本件不動産の売買契約により同社から本件滞納者が本件不動産を購入し買主となっていること、本件不動産の購入資金である住宅ローンの返済は月々本件滞納者が行っていたこと、本件不動産の管理費は本件滞納者が負担していたことから、実体的にも本件滞納者が本件不動産の所有権の全部を取得し、保有していたことが認められ、さらに、その後本件差押処分前には請求人が本件不動産の所有権共有持分を取得したものとみるべき事実は見当たらず、上記1の(4)のニのとおり、本件差押処分の後、本件家裁判決に当たり請求人が本件不動産の所有権を取得したものというのが相当である。したがって、本件差押処分時の本件不動産の所有権を有しているのは本件滞納者であり、原処分庁は、本件滞納者の滞納国税を徴収するために本件滞納者に帰属する本件不動産を差し押さえたのであるから、民法第177条に係る検討を行うまでもなく、本件不動産を本件滞納者に帰属するものとして行われた本件差押処分には違法な点は見当たらないというべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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