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(平20.10.24、裁決事例集No.76 97頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)の破産手続中、役員退職年金に係る債権が債権回収会社へ債権譲渡されていたにもかかわらず、請求人が、平成17年分の確定申告において当該年金に係る所得を計上していたため、同所得を減算すべきとする更正の請求を行うとともに、平成18年分については同所得を除いて確定申告を行ったところ、原処分庁が、上記債権譲渡後においても当該年金を受給する権利は請求人が有し、その所得も請求人に帰属するとして平成17年分の更正をすべき理由がない旨の通知処分及び平成18年分の更正処分等を行ったのに対し、請求人が、当該年金を受給する権利は債権譲渡により一切有しておらず、その所得は請求人には帰属しないとして、同処分等の一部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成17年分及び平成18年分(以下「各年分」という。)の所得税の確定申告書に別表の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに原処分庁へ申告した。
ロ その後、請求人は、平成19年3月12日、平成17年分の所得税について総所得金額及び納付すべき税額を別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした。
ハ 原処分庁は、平成19年8月28日付で、これに対し、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をするとともに、平成18年分の所得税について公的年金等に係る雑所得の申告漏れがあるとして別表の「更正処分等」欄のとおり更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ニ 請求人は、平成19年10月29日、これらの処分を不服として異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成20年1月25日付で、いずれも棄却の異議決定をし、同月27日、請求人に対し、異議決定書謄本を送達した。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成20年2月27日、審査請求をした。

(3) 関係法令

 別紙のとおり。

(4) 基礎事実

イ 請求人は、昭和○年○月、CからD社に転職し、昭和62年7月に役員に就任し、平成7年7月に代表取締役副会長に就任後、平成10年7月、同職(役員)を退任(役員在任期間は11年間)するとともに相談役となり、平成12年7月、同職を退任するとともにD社から退職した。
ロ D社は、役員が退職又は死亡した場合の役員退職慰労金について、「役員退職慰労金(役員退職一時金・年金)に関する内規」(以下「本件内規」という。)により、役員退職年金の受給資格及び給付額を、要旨以下のとおり定めている。
(イ) 支給月額は、歴任中の最高位の役位を適用する。
(ロ) 副会長の支給月額は500,000円とする。
(ハ) 在任期間が10年以上15年未満の役員については、基準額の6割を支給する。
(ニ) 在任期間が15年未満の役員の支給期間は、10年確定とする。
ハ 本件内規では、当初、役員の退任に伴い相談役や関連会社の役員に就任し報酬を受ける場合には役員退職年金を支給しないこととしていたが、平成11年4月に本件内規が改正され、相談役等で報酬を受けていても役員退職年金が支給されることとなった。
ニ 請求人は、D社の役員退任及び同社の退職に伴い、平成10年7月に約○○○○円、平成12年7月に約○○○○円の退職一時金の支給を受け、これとは別に、改正後の本件内規に基づき、支給月額を300,000円(500,000円の6割相当額)、支給期間を平成11年4月分から平成21年3月分までの10年間とする役員退職年金(以下「本件退職年金」という。)を受給する権利を取得し、平成11年6月より受給を開始した。
ホ 平成○年○月○日、E地方裁判所(以下「E地裁」という。)は、請求人の自己破産申立てに基づき、破産法(平成16年法律第75号における新法成立前の旧法をいう。以下同じ。)第126条第1項の規定により、請求人を破産者とする旨決定するとともに、同法第142条第1項の規定により、弁護士Fを破産管財人に選任した(以下、同人を「F管財人」という。)。
ヘ F管財人は、以下に掲げる本件退職年金に係る債権(以下「本件債権」という。)を買い取ってもらうため、法務大臣から許可を受けた債権回収会社であるG社と債権譲渡の交渉を行い、平成16年5月14日、G社との間において、本件債権を同社に○○○○円で譲渡する旨の債権譲渡契約(以下「本件譲渡契約」といい、この契約書を「本件譲渡契約書」という。)を締結した。
(イ) 債権者 請求人
(ロ) 債務者 D社
(ハ) 発生原因 本件退職年金
(ニ) 債権額 ○○○○円(税引後)
(ホ) 支払期間 平成16年4月分から平成21年3月分まで(5年間)
(ヘ) 支払額(3か月ごと) 月額   300,000円×3か月=900,000円
所得税額 ○○○○円×3か月=○○○○円
差引支給額          ○○○○円
ト 平成16年5月○日、F管財人は、E地裁に対し、本件債権を本件譲渡契約のとおり譲渡することについて許可申請(以下「本件譲渡許可申請」という。)を行い、同日、E地裁は、これを許可した。
チ 平成16年5月24日、F管財人はD社に対する通知書(以下「本件通知書」という。)において、本件債権をG社に譲渡した旨を通知するとともに、平成16年4月分以降の本件退職年金については、G社名義の預金口座(H銀行○○支店、口座番号○○○○)に振り込むよう依頼した。
リ D社は、本件通知書に従い、平成16年4月分以降の本件退職年金について、支給月額から源泉徴収税額相当額を控除した残額を、3か月ごとに上記チの預金口座に振り込んでいる。
ヌ 本件退職年金は、受給者が死亡した場合は、遺族に年金として支払われることになっており、遺族がいない場合は、本件退職年金の受給権は消滅する。

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2 主張

原処分庁 請求人
(1) 本件退職年金は、本件内規に従って請求人に対して支払われるべきものであり、本件退職年金に係る受給権は請求人が保有している。本件退職年金がG社名義の口座に直接振り込まれているのは、本件譲渡契約書及び本件通知書に従ってD社が行っているにすぎない。 (1) 本件債権は、請求人の破産手続に伴い、本件譲渡契約及びE地裁による本件譲渡許可申請に係る許可により、G社に一括譲渡されたのであるから、請求人は、本件退職年金に関する権利を一切有しない。
(2) 請求人は、D社から将来にわたって支払われるべき退職年金の支払額から源泉徴収税額を差し引いた金銭債権(○○○○円)をG社に譲渡したのであり、本件譲渡許可申請の内容もそれが前提となっている。 (2) 本件譲渡契約に基づく譲渡の本質は、年金受給権を基とする基本年金債権及び5年間分の支分年金債権を本件譲渡契約により一括譲渡したというものであり、裁判所の本件債権の譲渡許可申請に係る許可に当たっての考え方もこれと同様である。
 したがって、譲渡の対象となった本件債権の額は、源泉徴収税額控除前の18,000,000円(300,000円×12か月×5年間)である。
 なお、本件譲渡契約書に記載されている債権額○○○○円(税引後)は、表示の一方法として記載されたものにすぎない。
(3) よって、本件退職年金に係る所得は、請求人に帰属する。
 請求人の各年分の雑所得の金額の計算上本件退職年金に係る収入すべき金額は、いずれもD社からの支払額である3,600,000円(300,000円×12か月)であり、同年金に係る源泉徴収税額はいずれも○○○○円(○○○○円×12か月)である。
(3) よって、本件退職年金に係る所得は、請求人に帰属しないから、請求人の各年分の雑所得の金額の計算上本件退職年金に係る収入金額及び源泉徴収税額は、いずれも零円である。

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3 判断

(1) 破産法に基づく破産手続について

 裁判所は、債権者又は債務者から破産の申立てがあった場合(破産法第132条)、破産原因の有無を審理し、債務者に関して破産原因があると認めれば破産宣告をし(同法第126条)、これと同時に破産管財人を選任する(同法第142条)。また、破産宣告と同時に債務者は破産者となり(同法第1条)、破産者に属する一切の財産は、一定の差押禁止財産を除き、破産管財人が管理処分権を有する破産財団に組み込まれる(同法第6条)。
 また、破産管財人が破産財団に属する財産を換価して債権者に配当を行うため、債権の譲渡を行う場合は、原則として監査委員の同意又は債権者集会の決議若しくは裁判所の許可が必要となる(同法第197条第8号及び第198条)。

(2) 本件退職年金に関する権利について

 本件においては、上記1の(4)のホないしトのとおり、請求人に対する破産宣告と同時にF管財人がE地裁から選任されており、F管財人は、本件債権が請求人の破産財団に属しているとして、E地裁から許可を得てG社に債権譲渡している。そこで、1本件債権が差押禁止財産でなく、2本件債権の譲渡等に違法性がなければ、請求人は、本件譲渡契約により本件退職年金に対する権利を喪失したと認められることから、検討したところ、以下のとおりである。
イ 本件債権は差押禁止財産か否か
 差押禁止財産は、民事執行法第152条第1項第2号において、給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権が該当する旨規定しているところ、上記1の(4)のロのとおり、本件退職年金は、役位を支給月額決定の要素とし、役員在任期間を支給期間決定の要素として簡明に基準化されていること、また、上記1の(4)のヌのとおり、本件退職年金は、受給者が死亡した場合は遺族に年金として支払われることとされており、受給権者が生存していることを要件として支給する年金ではないことから、本件退職年金は、役員としての功労に対する報賞としての性格を有するものであり、一般の退職手当等又は退職年金のように使用人としての長年の労働の対価としての給与の後払い的な性質を持つものではない。したがって、本件債権は、差押禁止債権には該当せず、F管財人が管理処分権を有する請求人の破産財団に属するものと認められる。
ロ 本件債権の譲渡等に違法性があるか否か
(イ) 法令解釈等
A 民法第466条第1項は、原則として債権は譲渡することができる旨規定しており、また、債権譲渡契約にあっては、譲渡の目的とされる債権がその発生原因や譲渡に係る額等によって特定される必要があるところ、将来の一定期間に発生する債権を譲渡の目的とする場合には、適宜の方法により債権の始期及び終期を明確にするなどして譲渡の目的とされる債権が特定されるべきであるとされている(最高裁平成11年1月29日第三小法廷判決・民集53巻1号151頁参照)。
B 労働基準法第11条は、賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称のいかんを問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう旨規定し、さらに同法第24条第1項は、賃金は、直接労働者に、その全額を支払わなければならない旨規定していることから、ある退職手当等が同法第11条にいう「労働の対償」としての賃金に該当する場合には、同法第24条第1項の規定が適用ないし準用され、たとえ当該退職手当等の支給前にその受給権が他に適法に譲渡された場合においても、支払者はなお退職者に直接これを支払わなければならず、当該譲渡の譲受人から支払者に対しその支払を求めることは許されないとされている(最高裁昭和43年3月12日第三小法廷判決・民集22巻3号583頁参照)。
(ロ) 本件への適用
A 当審判所の調査の結果によれば、本件内規には、役員退職年金の譲渡を禁止する旨の特約等はない。また、上記1の(4)のヘのとおり、本件譲渡契約は、将来にわたり発生する債権を譲渡の目的とするものであるところ、本件債権に係る支払期間は平成16年4月分ないし平成21年3月分であり、その始期及び終期が明確であり、当該譲渡の目的とされる債権は特定されていることから、本件債権は、譲渡性を有する債権であると認められる。
B 本件退職年金は、上記イのとおり、役員としての役位及び在任期間によって支給月額及び支給期間が決定され、役員としての功労に対する報賞の性格を有するものであって、労働の対償として支払われるものではないから、労働基準法第11条に規定する「賃金」には該当しない。
 したがって、同法第24条第1項の規定は適用されず、D社が本件退職年金を直接G社へ支払うことについて、何ら違法性はないといえる。
ハ 上記イ及びロのとおり、本件債権は、差押禁止財産に該当せず、破産財団に属するものであり、かつ、譲渡性を有する債権であるところ、管理処分権を有するF管財人によりG社へ適法に譲渡されており、D社が本件退職年金を直接G社へ支払うことに違法性もないから、請求人は、本件退職年金に係る将来発生すべき債権及び受給する権利を、本件譲渡契約により失ったものと認められる。

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(3) 譲渡の対象となった債権の額について

イ 認定事実
(イ) 本件譲渡契約の締結に関するF管財人の当審判所に対する答述によれば、以下の事実が認められる。
A 本件譲渡契約書において、債権額を○○○○円(税引後)としたのは、債権を譲渡するに当たり債権を特定する必要があるからであり、F管財人からの照会に対するD社の平成16年5月12日付の回答文書に記載された内容から、支払期間及び支払額(3か月ごと)を、そのまま本件譲渡契約書に記載したものであること。
B F管財人の本件債権の譲渡に際しての考え方は、破産者である請求人の手元には何の権利も残してはならないという大原則から、本件譲渡契約書の表示は考慮せず、本来の本件債権の額として妥当な金額は、源泉徴収税額控除前の18,000,000円であること。
(ロ) 当審判所における調査の結果によれば、F管財人は、債権譲渡後の平成16年10月○日、E地裁に対し、各債権者に対する速やかな配当を実現するために、破産財団収集額のうち財団債権予定額(事務費、破産管財人報酬等)を除く全額について、簡易配当の方法によって各債権者に分配することの許可を申立て、同日、E地裁の許可を得ていることが認められる。
ロ したがって、F管財人が、G社と交渉を行い、本件譲渡契約を締結した趣旨は、上記イの(イ)のBのとおり、破産手続において請求人に本件退職年金に関する一切の権利を残さないという考え方に立って当該権利全額につき行われたものと認められるから、本件譲渡契約における債権の額を、本件譲渡契約書に記載のとおり税引後の額と解釈し、源泉徴収税額相当額のみ請求人に権利が残るものと認定することはできない。
 したがって、本件譲渡契約において、本来の債権譲渡の対象となった債権の額は、源泉徴収税額控除前の18,000,000円とするのが相当である。

(4) 各年分における本件退職年金に係る所得の帰属について

 上記(2)のとおり、請求人において本件退職年金の将来発生すべき債権及び受給する権利は、本件譲渡契約により既に失われたものと認められ、また、上記(3)のとおり、本件譲渡契約において本来の債権譲渡の対象となった額は、源泉徴収税額控除前の18,000,000円であると認められることから、本件退職年金に係る所得は、その全額について請求人には帰属しないというべきものである。
 したがって、この点に関する原処分庁の主張は理由がない。

(5) 本件通知処分について(平成17年分)

イ 雑所得の金額(総所得金額)
 上記(4)のとおり、本件退職年金に係る所得は、その全額が請求人には帰属しないから、請求人の雑所得の計算に当たっては、本件退職年金に係る収入金額3,600,000円を除いて計算されることとなる。したがって、雑所得の金額は、次表の合計額○○○○円から所得税法第35条第4項及び租税特別措置法第41条の15の2《公的年金等控除の最低控除額等の特例》第1項の規定を適用して計算した公的年金等控除額1,200,000円を控除した残額○○○○円となる。

支払者 収入金額
社会保険庁 ○○○○円
J ○○○○円
合計 ○○○○円

ロ 源泉徴収税額
 源泉徴収税額は、本件退職年金に係る源泉徴収税額を除外して計算することになるから、社会保険庁からの公的年金等に係る源泉徴収税額○○○○円となる。
ハ 還付金の額に相当する税額
 以上の結果、平成17年分における還付金の額に相当する税額は、下表のとおり○○○○円となり、雑所得の収入金額が減少するとともに所得税の源泉徴収税額が減少し、その結果、還付金の額に相当する税額が減少することとなる。
 したがって、請求人は、本件通知処分の取消しを求める利益はなく、当該処分に対する審査請求は請求の利益を欠く不適法なものである。

区分 審判所認定額
総所得金額 ○○○○円
所得控除の合計額 ○○○○円
課税総所得金額 ○○○○円
源泉徴収税額 ○○○○円
還付金の額に相当する税額 ○○○○円

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(6) 本件更正処分について(平成18年分)

イ 雑所得の金額(総所得金額)
 上記(5)と同様に、請求人の雑所得の計算に当たっては、本件退職年金に係る収入金額3,600,000円を除いて計算されることとなる。したがって、雑所得の金額は、次表の合計額○○○○円から所得税法第35条第4項及び租税特別措置法第41条の15の2第1項の規定を適用して計算した公的年金等控除額1,200,000円を控除した残額○○○○円となる。

支払者 収入金額
社会保険庁 ○○○○円
J ○○○○円
合計 ○○○○円

ロ 所得控除の額
(イ) 医療費控除の額
 医療費の支払額○○○○円から所得税法第73条《医療費控除》第1項に規定する総所得金額の100分の5に相当する金額○○○○円を控除した○○○○円である。
(ロ) 社会保険料控除の額
 請求人に係る社会保険庁からの老齢基礎厚生年金から特別徴収された介護保険料○○○○円である。
(ハ) 所得控除の額の合計額
 上記(イ)及び(ロ)に加え、平成18年分所得税の確定申告書に記載されたその他の所得控除を合計すると、○○○○円である。
ハ 源泉徴収税額
 源泉徴収税額は、本件退職年金に係る源泉徴収税額を除外して計算することとなるから、○○○○円となる。
ニ 納付すべき税額
 上記イないしハに基づき納付すべき税額を計算すると○○○○円となり、本件更正処分に係る金額を下回るので、本件更正処分はその一部を取り消すべきである。

(7) 本件賦課決定処分について

 本件更正処分は、上記(6)のとおりその一部を取り消すべきであるところ、過少申告加算税の賦課決定処分の基礎となる税額は○○○○円となる。
 また、この税額の計算の基礎となった事実については、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。
 したがって、過少申告加算税の額は○○○○円となり、本件賦課決定処分に係る金額を下回るので、本件賦課決定処分はその一部を取り消すべきである。

(8) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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