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(平21.2.17、裁決事例集No.77 31頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人の被相続人が、資産の譲渡による所得のうち、その譲渡に係る対価が債務の弁済に充てられた部分の所得は課税されないとして申告を行ったところ、原処分庁が、当該譲渡所得は所得税を課さない所得に該当しないとして行った原処分に対し、審査請求人が、原処分には法令等の解釈に誤りがあるなどとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 審査請求人F、同G、同H及び同J(以下、4名を併せて「請求人ら」という。)は、平成18年8月○日に死亡したK(以下「被相続人」という。)の共同相続人である。
ロ 請求人らは、被相続人に係る平成17年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分について、平成19年12月5日に審査請求をしたが、この審査請求に至る経緯は別表1記載のとおりである。
 なお、請求人らはFを総代として選任し、その旨を同月13日に届け出た。

(3) 関係法令

 別紙記載のとおりである。

(4) 当事者間に争いがなく、証拠により容易に認定できる事実等

イ 被相続人の別表2の順号1から13までの各不動産(以下「本件譲渡物件」という。)のうち、順号3のP市Q町q番2所在の土地並びに順号5の同市Q町q番地2及び同番地1所在の居宅を除く各不動産は、L社から競売の申立てを受け、平成16年10月○日付で、M地方裁判所において競売の開始決定がされた。
ロ 被相続人は、別表2の順号1から6までの各不動産について、平成17年4月17日付で、N社と売買代金の総額を220,000,000円とする売買契約を締結し、同日に10,000,000円、同年5月30日に210,000,000円を受領した。
ハ 被相続人は、別表2の順号7から13までの各不動産について、平成17年5月30日付で、T社と売買代金の総額を300,000,000円とする売買契約を締結し、同日に300,000,000円を受領した。
ニ 被相続人は、平成17年5月30日に、上記ロ及びハの売買代金からL社に対して350,000,000円を返済し、U税務署に対して○○○○円を納付した。

(5) 争点

 被相続人は、所得税法施行令第26条に規定する資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合に当たるか。

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2 主張

(1) 原処分庁

イ 資力を喪失して債務の弁済が著しく困難な場合に当たるか否かの判定は、当該資産を譲渡した時において判断すべきである。
ロ 被相続人は、本件譲渡物件を譲渡した時において別表2記載の「原処分庁主張額」欄記載の資産及び負債を有しており、債務超過とはなっていないことから、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合に当たらない。
ハ 所得税基本通達9−12の4は、一般に強制換価手続によって資産の譲渡が行われるのは、その資産の所有者の資産状態が悪化し、自己の有する資産の全部をもってしても、債務の全部を弁済することができないような状態に陥っている場合が多く、このような場合に譲渡による所得に対する課税を行ったとしても、その者には納税資力がなく、結果的には徴収不能となることが明らかであることから、所得税を課さないという趣旨であり、被相続人の売買代金520,000,000円から債務の返済に充てられた金額の合計は、L社に対する350,000,000円及びU税務署に対する○○○○円の合計○○○○円であり、売買代金のすべてが債務の返済に充てられていない以上、所得税法第9条に規定する非課税所得としての前提を欠き、このような場合にまで所得税を課さないとすべき合理的な理由はない。

(2) 請求人ら

イ 資力を喪失して債務の弁済が著しく困難な場合に当たるか否かは、資産を譲渡した時の現況により判定するが、本件においては、本件譲渡物件の競売手続が開始された時である平成16年10月○日ころを基準として資産と負債を比較判定すべきである。
ロ 被相続人の資産及び負債については、次のとおりであり、その金額は、それぞれ別表2記載の「請求人ら主張額」欄のとおりとなる。
 以上から競売をそのまま進行させた場合、全資産をもってしても負債を完済できないことは明らかであるから、被相続人は、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難な場合に当たる。
(イ) 資産
A 被相続人の資産のうち、本件譲渡物件の価額については、本件譲渡物件がL社からの競売申立てがなされていたことから、競売の際の最低買受希望価額により算定すべきであり、別表2の順号1から13までの「請求人らの主張額」欄各記載のとおりである。
B 別表2の順号14の土地は、P市の差押物件のため換価不能物件である。
C 別表2の順号15の土地は、真の所有者が被相続人の弟であるVであるため、被相続人の資産として評価の対象とはならない。
D 別表2の順号16の土地は、第三者の家屋が存在する土地のため、借地権が発生し、換価不能物件である。
E 別表2の順号22のW社に対する貸付金は、同社の連帯保証人である被相続人の個人資産さえ競売が開始される程事業不振であり、同社には被相続人に対して弁済能力がなく、不良資産である。
(ロ) 負債
 被相続人の負債金額については、別表2の順号23、24及び25の「原処分庁主張額」のほか、同表順号26の「請求人ら主張額」欄の被相続人が代表者であるW社の負債をX社に対して連帯保証していた債務の金額○○○○円を加えた金額464,853,670円が、被相続人の負債の総額となる。
ハ 所得税基本通達9−12の4には、譲渡所得が非課税となるか否かは、譲渡の対価から譲渡費用を除いた全部が債務の弁済に充てられたかどうかにより判定するとしているが、所得税法施行令第26条に規定する非課税所得とは、その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられた金額を指すものであり、この通達は、解釈基準を逸脱し、課税範囲を拡張するものであるから、租税法律主義に違反し無効である。

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3 判断

(1) 一般に資産の譲渡所得に対する課税は、その資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものであるから、その譲渡によって当該増加益が実現し、その譲渡代金が債務の弁済に充てられる予定であったとしても課税の対象となる。それにもかかわらず、所得税法第9条第1項第10号が、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合に、強制換価手続による譲渡所得及びこれに類する譲渡所得について非課税としている趣旨は、強制換価手続等によって資産の譲渡が行われる場合には、その者の資産状態が悪化し、自己の有する財産の全部をもってしても債務の全部を弁済することができないような状態に陥って初めてなされることが多く、このような場合について譲渡所得の課税を行ったとしても、その者には納税資力がなく、結果的には徴収不能となることが明らかであることから、納付困難な納税者に対して租税を免除するというものである。
 そして、所得税法施行令第26条は、所得税法第9条第1項第10号に規定する強制換価手続に類する譲渡による所得について定めており、同所得に該当するためには、1資力を喪失して債務の弁済が著しく困難であり、2強制換価手続の執行が避けられない場合における資産の譲渡による所得であり、3その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたものであることをすべて満たす必要がある。
 また、所得税法第9条第1項第10号の趣旨が、上記のとおり、譲渡所得が発生した際に納税資力がない者に対して租税を免除するものであることからすると、債務を弁済することが著しく困難である場合に該当するかどうかは、譲渡所得が発生した際に、債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を返済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができない場合をいうと解される。

(2) 原処分庁及び請求人らは、被相続人が、次のとおり、本件譲渡物件の譲渡時において別表2に記載するそれぞれの主張欄の各資産及び負債を有していたものと主張するが、それらの資産及び負債について争いがあるので、以下判断する。

イ 被相続人の資産の価額については、上記(1)のとおり、所得税法第9条第1項第10号の趣旨が、納付困難な納税者に対して租税を免除するものであることからすれば、資力を喪失して債務の弁済が著しく困難である場合の判断は厳格に行われるべきであり、弁済可能な金額を客観的、かつ、具体的な金額をもって算定し、その上で、さらにどれだけの返済資金を調達することが出来るかについて認定していくことが所得税法第9条第1項第10号の趣旨にかなうものである。
 そうすると、資産の価額の評価に当たり、譲渡物件については、弁済可能な金額が客観的、かつ、具体的な金額として把握できるのは、譲渡時において、譲渡の対価、すなわち譲渡価額として把握できるのであり、譲渡物件は譲渡以前においても同価額と同額の価額を有していたと認めるのが相当であることから、譲渡価額に相当する価額で評価すべきである。
 したがって、本件譲渡物件の譲渡価額は、上記1(4)ロ及びハの売買代金の総額520,000,000円であったことは、当事者間に争いはないことから、520,000,000円と評価することが相当である。
 これに対し、請求人らは、本件譲渡物件について、競売に際し算定される最低買受希望価額により評価すべきである旨主張する。しかしながら、請求人らが最低買受希望価額と主張する価額は、M地方裁判所の評価人を経験している不動産鑑定士から、最低買受希望価額は公示価格の60%の更に80%、すなわち公示価格に48%を乗じて算定されている旨聞いたことを算定根拠としているが、そもそも、同不動産鑑定士も、最低買受希望価額を常に公示価格の48%で算定していると答えたものではない上、本件譲渡物件について、競売の執行裁判所が決定した価額ではなく、執行裁判所は、同裁判所が選任した評価人の評価に基づいて最低売却価額を決定する(民事執行法第60条第1項及び同法第188条)のであるから、請求人らの主張する算定根拠に基づいて算定されるわけではないので、請求人らの主張は採用することはできない。
ロ その余の資産のうち、別表2の順号14から16までの土地について、原処分庁では、その実態を調査することなく、形式的な方法で認定し、その価額を算定している懸念があり、また、同表順号22の貸付金の有無についても疑義がある上に、仮に貸付金が存在していたとしても、貸付先のW社が債務超過状態で、平成18年3月には解散していることを思料すると、別表2の「原処分庁主張額」の「資産合計」の額には疑義が認められる。一方、負債のうち、請求人らが主張する同表順号26の連帯保証債務の有無についても、その存在に疑義が認められる。
 そうすると、原処分関係資料及び請求人ら提出資料からすると、これらの資産及び負債の額については、いずれの主張も、その裏付けが不十分であり、ただちに採用することはできない。
 しかしながら、請求人らが主張する負債の額の合計額は、別表2の「請求人ら主張額」の「負債合計」欄のとおり464,853,670円であるところ、上記イのとおり同表順号1から13までの資産の額の合計額は520,000,000円であるから、負債に係る請求人らの主張を全て認めたとしても、資産の額が、負債の額を上回ることは明らかである。
 したがって、被相続人は、所得税法施行令第26条に規定する資力を喪失して債務の弁済をすることが著しく困難である場合には当たらない。

(3) 請求人らは、債務の弁済に充てられた部分の金額を非課税所得とする旨主張するが、本件譲渡物件に係る譲渡所得は非課税所得の要件のうち、上記(2)のとおり、被相続人が資力を喪失して債務の弁済をすることが著しく困難である場合とは認められないから、その余の請求人らの主張については判断するまでもない。

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4 結論

 以上のとおり、原処分には、争点について、これを取り消すべき理由はない。
 また、請求人らは、原処分のその他の部分について争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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