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(平21.2.16、裁決事例集No.77 125頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、弁護士業を営んでいる審査請求人(以下「請求人」という。)が、自宅の取壊しに伴い支払ったアスベストの除去費用等を雑損控除の対象として確定申告したのに対し、原処分庁が、当該費用は雑損控除の対象とはならないとして所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったことから、請求人が、違法を理由にその全部の取消しを求めた事案であり、争点は、自宅の取壊しに伴い生じたアスベストの除去費用等は雑損控除の対象となるか否かである。

(2) 審査請求に至る経緯及び基礎事実

 次の事実については、請求人及び原処分庁の間に争いはなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成18年9月20日ころ、P市Q町○番地所在の自宅建物(以下「本件建物」という。)を取り壊すために、A社に本件建物解体工事を請け負わせ、取壊しに着手した。
ロ 工事着手後、請求人は、平成18年10月初旬ころ、本件建物の建築部材の一部にアスベストが含有されている可能性が判明したため、A社を通じて建築資材にアスベストが含有されているかどうか検査を実施したところ、建築資材の一部にアスベストの含有が判明した。そこで、請求人は、当該検査結果をP市に届け出たところ、石綿障害予防規則等に基づき、アスベストの除去工事を施工しなければならないとの指示を受けた。
ハ 請求人は、解体工事を中止し、平成18年10月24日にA社を通じてアスベスト除去工事の専門業者であるB社に対し、アスベスト除去工事を依頼し、同年10月25日から同年11月10日までを工事期間としてアスベスト除去作業が行われた。
ニ 請求人は、平成18年11月1日にA社に対し、解体費用のうちアスベスト除去工事費用として○○○○円、アスベスト分析検査試験費として○○○○円の合計○○○○円(以下、アスベスト除去工事費用とアスベスト分析検査試験費とを併せて「本件アスベスト除去費用等」という。)を、振込みにより支払った。
ホ 請求人は、法定申告期限内の平成19年3月15日に、別表の「確定申告」欄のとおり記載した平成18年分の所得税の確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)を、原処分庁に提出した。
 なお、本件確定申告書には、第一表の所得から差し引かれる金額の「雑損控除」欄に○○○○円、第二表の所得から差し引かれる金額に関する事項の「雑損控除」欄には、以下のとおり記載があり、請求人の自宅建物のアスベスト除去、解体工事に係る請求書及び明細書が添付されていた。
(イ) 損害の原因・・・・・・・・・・・・・・アスベスト被害
(ロ) 損害年月日・・・・・・・・・・・・・・平成18年10月30日
(ハ) 損害を受けた資産の種類など・・・・・・居住用家屋
(ニ) 損害金額・・・・・・・・・・・・・・・○○○○円
(ホ) 差引損失額のうち災害関連支出の金額・・○○○○円
ヘ 原処分庁は、平成19年9月19日付で、上記ホの雑損控除は認められないとして、別表の「更正処分等」欄のとおり、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)をした。
ト 請求人は、本件更正処分等を不服として、平成19年11月16日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が平成20年2月14日付で棄却の異議決定をしたことから、同年3月10日に審査請求をした。

(3) 関係法令

 別紙のとおりである。

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2 主張

原処分庁 請求人
 本件アスベスト除去費用等は、以下の理由により、雑損控除の対象とはならない。  本件アスベスト除去費用等は、以下の理由により、雑損控除の対象となる。
(1) 災害に該当するか否か
 所得税法第72条の趣旨は、納税者その他所定の者の有する資産について、これらの者の意思に基づかない法定原因によって損失が生じた場合において、当該損失により減少した納税者の担税力を補うために一定額の控除を認めるものである。
 そして、雑損控除が適用される場合の損失は、所得税法第72条に規定する法定原因によって生じたものに限られると解するのが相当である。
 また、所得税法第2条第1項第27号を受けた所得税法施行令第9条に規定する「その他の人為による異常な災害」とは、社会生活上予見し得る単なる不法行為によって発生したというだけでは足りず、予見及び回避不可能で、かつ、その発生が劇的な経過を経て発生した損害であることを要するものであると解されている。
 そうすると、建物の解体等の際に求められるアスベストの除去作業は、作業の過程において飛散するアスベストを人が吸引することによる健康障害が明らかとなったことから、かかる健康障害の発生を防止するために法令等で義務付けられたものであり、このような法令等の規制を設けたこと自体は、災害に該当するとは認められない。
 そして、請求人の主張は、本件におけるアスベストによる災害とは所得税法施行令第9条に規定する「人為による異常な災害」であると主張するものであると解されるが、人為による異常な災害の解釈に関しては、上記で述べたとおりであり、アスベストが危険視されるに至った状態等は、所得税法第72条に規定する「災害」には該当しないことから、請求人の主張には理由がない。
(1) 災害に該当するか否か
 所得税法第72条の趣旨は、納税者その他所定の者の所有する資産について、これらの者の意思に基づかない災害、盗難、横領等の納税者の責任又は行為によらない自然現象あるいは他人の行為や責任によって、つまり、不可抗力によって、納税者の資産に損害を受けた場合及びやむ得ない支出をした場合に、当該損失等により減少した納税者の担税力を補うために一定額の控除を認めるものであり、同条が規定する「災害」について具体的事象を規定している所得税法施行令第9条も自己の責任又は行為によらない自然現象あるいは他人の行為や責任を類型化したものであって、限定列挙されたものではないということができるから、所得税法第72条に規定する「災害」の解釈に当たっても、自己の責任又は行為によらない事象であるかどうかが重要な判断基準になるというべきである。そうすると、所得税法第72条に規定する「災害」とは、納税者の意思に基づかない事象をいうのであり、本件においては、本件建物の建築当時には合法であったアスベスト部材が、その後、科学的に人体に極めて有害であることが判明し、本件建物解体時にはアスベストの含有量調査及びその除去について法令により義務付けられるまでに至ったものであり、法令自体が「災害」に該当するというよりはむしろ、この一連の事象が納税者の意思に基づかない事象として同条に規定する「災害」に該当するものである。
 原処分庁は、人為による災害とは、社会生活上予見し得る単なる不法行為によって発生したということだけでは足りず、予見及び回避不可能で、かつ、その発生が劇的な経過を経て発生した損害であることを要すると極めて限定的に解釈した上で、アスベストによる災害は、人為による災害に該当しない旨主張するが、この解釈は所得税法施行令第9条を含めた法令の条文に照らして妥当といえない。なお、所得税法施行令第9条の規定は飽くまで「災害」の具体的事象を例示列挙したものであり、限定列挙されたものではないから、「災害」の意義については所得税法第72条の趣旨にかんがみ個々具体的に判断されるべきものであり、同条の趣旨にかんがみれば、本件におけるアスベスト禍が「災害」に該当しないという解釈は不当である。
 また、原処分庁の「人為による異常な災害」の定義の解釈は狭きに失するものであって不当である。仮に原処分庁の主張する定義を採用したとしても、本件建物建築当時には全く危険視されていなかったアスベストという物質が、突如として人体に極めて有害であることが指摘され、ここ数年でその有害性が一気に社会問題にまで発展するほどに至ったものである以上、それは予見及び回避不可能で、かつ、その発生が劇的な経過を経て発生したものであることは明白であるから、本件においてアスベストが危険視されるに至った事象は「人為による異常な災害に」に該当する。
(2) 資産に損失が生じたか否か
 本件アスベスト除去費用等は、本件建物自体に損害が生じたために支出されたものではなく、本件建物の解体工事を行う過程でアスベストが使用されていることが判明したためにアスベストの除去作業が必要となり、支出されたものであるから、請求人の主張するアスベストの除去作業は、所得税法第72条でいう法定原因により生じた損失には当たらない。
 したがって、請求人が主張する一連の事象が災害に該当しない以上、本件アスベスト除去費用等は、災害による資産の損失の金額とは認められず、雑損控除の対象とならないことから、請求人の主張には理由がない。
(2) 資産に損失が生じたか否か
 本件建物の建築部材の一部にアスベストが含有されていることが判明し、本件建物建築当時には全く危険視されていなかったアスベストが、本件建物解体時においては危険視され、アスベスト除去等が法令で義務付けされるに至った事実によって、本件建物はその経済的価値を減ずるに至ったことは明白であり、その経済的価値の減少自体が所得税法第72条に規定する「損失」であると主張するものである。
 そして、その減少した経済的価値の金銭的評価としては、アスベスト除去に要する費用等に相当する額とするのが妥当であるから、その費用である○○○○円である。
(3) 災害関連支出に該当するか否か
 上記(1)で述べたとおり、アスベストが危険視されるに至った状態等は、所得税法第72条に規定する「災害」には該当しないことから、請求人の主張には理由がない。
(3) 災害関連支出に該当するか否か
 一連のアスベスト禍による本件建物の経済的価値の減少自体が所得税法第72条に規定する「損失」には直ちには該当しないとの解釈の余地もあるが、仮にそうであったとしても、アスベストが含有していた事実の判明によって、その除去等を余儀なくされた以上、その除去費用等は、少なくとも、所得税法施行令第206条第1項第1号に規定する「災害により(中略)その価値が減少したことによる当該住宅家財等の(中略)除去のための支出」に該当し、したがって、所得税法第72条に規定する「やむを得ない支出」に該当することは明白である。
 また、請求人は、所得税法施行令第206条第1項第3号の規定は、住宅家財等の所有者自身に被害が及ぶおそれがある場合の支出を雑損控除として認めていることから、本件アスベスト除去費用等は雑損控除として認められるべきである旨主張するが、同号は、「当該住宅家財等に係る被害の拡大又は発生を防止するため」と規定していることから、災害による被害を受けた対象を当該住宅家財等としているのは明らかであり、当該住宅家財等の所有者自身に被害が及ぶおそれがある場合の支出を雑損控除とする旨の規定ではなく、請求人の主張は独自の解釈に基づくものである。  さらに、所得税法施行令第206条第1項第3号が、雑損控除の対象となる支出として「災害により住宅家財等につき現に被害が生じ、又はまさに被害が生ずるおそれがあると見込まれる場合において、当該住宅家財等に係る被害の拡大又は発生を防止するため緊急に必要な措置を講ずるための支出」を挙げており、住宅家財等の所有者自身に被害が及ぶおそれがある場合の支出を雑損控除として認めていることからしても、居住者はもちろんのこと、周辺住民という第三者の健康被害の防止のための支出であるならば、一層、納税者の担税力を補うために雑損控除として認められてしかるべきである。

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3 判断

(1) 法令解釈

イ 所得税法第72条に規定する災害の意義
 所得税法第72条は、納税者等の有する、いわゆる生活に通常必要な資産について、災害、盗難、横領による異常な損失が生じた場合に担税力が減少することにかんがみ、所得控除を認めることとしたが、課税行政の明確性を確保し、かつ、納税者間の公平を図るために、対象者、対象資産及び控除原因を限定的に規定したものである。したがって、雑損控除が認められるためには、同条に規定された災害又は盗難若しくは横領という法定原因による損失が生じていることが必要である。
 そして、所得税法第2条第27号、同法施行令第9条によれば、災害とは、震災、風水害及び火災並びに冷害、雪害、干害、落雷、噴火その他の自然現象の異変による災害、鉱害、火薬類の爆発その他の人為による異常な災害及び害虫、害獣その他の生物による異常な災害をいうものと規定され、単に害を被ることとは区別されていることからすれば、災害とは、自然界に生じた天災ないしはそれと同視すべき事象を指すものであると解され、また、人為によるものであっても、予見及び回避不可能で、かつ、鉱害、火薬類の爆発など自然界に生じた天災と同視すべき劇的な過程を経て害を被る事象であることを要するものと解される。
ロ 所得税法第72条に規定する雑損控除の対象
 所得税法第72条は、居住者等の有する「資産」について、災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合(その災害に関連してその居住者が政令で定めるやむを得ない支出をした場合を含む。)において、一定額を総所得金額等から控除する趣旨を規定しているところ、同条に規定する「資産」の意義については、所得税法に格別の定義規定は置かれていないが、同法第2条第1項には、「資産」の種類として、たな卸資産(第16号)、有価証券(第17号)、固定資産(第18号)、減価償却資産(第19号)、及び繰延資産(第20号)等の定義規定があるだけで、身体が資産に含まれていることを窺わせる規定は見当たらず、かえって、非課税所得について定める同法第9条《非課税所得》第1項第16号は、「損害保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるもの」と規定していることからすれば、所得税法は、「心身」と「資産」とを区分しているものと解される。
 そして、これらの規定を踏まえれば、身体が所得税法第72条にいう「資産」に含まれると解釈することは困難であり、かえって、「資産」と身体とは別の概念として解するのが相当であるから、身体は、同条に規定する「資産」には該当しないと解される。
ハ 所得税法第72条及び同法施行令第206条に規定する災害関連支出の金額
 所得税法第72条は、損失の金額に含まれる災害関連支出の金額について、損失の金額のうち災害に直接関連して支出をした金額として政令で定める金額をいう旨規定し、同法施行令第206条第1項第1号は、災害により住宅家財等のその価値が減少したことによる当該住宅家財等の取壊し又は除去のための支出をいう旨規定しており、これらの規定からすれば、所得税法第72条の損失の金額に含まれる災害関連支出の金額は、災害及び価値の減少との強い因果関係が必要と解される。

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(2) 判断

イ 災害に該当するか否か
(イ) 請求人は、所得税法第72条が規定する「災害」について具体的事象を規定している所得税法施行令第9条も自己の責任又は行為によらない自然現象あるいは他人の行為や責任を類型化したものということができ、所得税法第72条に規定する「災害」の解釈に当たっても、自己の責任又は行為によらない事象であるかどうかが重要な判断基準になるというべきであることからすれば、同条に規定する「災害」とは、納税者の意思に基づかない事象をいうのであり、本件においては、本件建物建築当時には合法であったアスベスト部材が、その後、科学的に人体に極めて有害であることが判明し、本件建物解体時にはアスベストの含有量調査及びその除去について法令により義務付けられるまでに至ったものであり、この一連の事象が納税者の意思に基づかない事象として同条に規定する「災害」に該当する旨主張する。
 しかしながら、所得税法第72条に規定する「災害」の語義として、それを「納税者の意思に基づかない事象」とすることは広きに過ぎ、雑損控除の範囲を適切に画することができなくなることからすれば、「納税者の意思に基づかない事象」のみをもって同条に規定する「災害」に該当するとの考えは法解釈としては妥当ではなく、上記(1)のイの法令解釈で説示したとおり、災害とは、自然界に生じた天災ないしはそれと同視すべき事象を指すものであり、また、人為によるものであっても、鉱害、火薬類の爆発など自然界に生じた天災と同視すべき劇的な過程を経て害を被る事象をいうものと解するのが相当である。
(ロ) また、請求人は、上記(イ)のとおり、一連の事象が所得税法第72条に規定する「災害」に該当する旨主張するが、なおあいまいで特定された主張とはいい難いところ、本件においては、いかなる事象を所得税法第2条第27号を受けた同法施行令第9条に規定する「人為による異常な災害」に該当するものとして検討するかによって判断内容は異なるものとなる。
 すなわち、請求人の主張を「建物の解体の際にアスベストが発見されたことによりアスベストの除去作業等を法令により義務付けられるに至ったこと」が「災害」に該当するとの主張と解し、所得税法第2条第27号を受けた同法施行令第9条に規定する「人為による異常な災害」とみることができるかを検討すると、法令によりアスベストの除去作業等が義務付けられたのは、作業の過程において飛散するアスベストを作業員等が吸引することによる健康障害の発生を防止するためであり、従来建材等に広く使用されていたアスベストが、人の健康上危険視されてその使用が禁止され、除去作業等の費用負担を余儀なくされたこと自体は、予見及び回避不可能であり、納税者の責めに帰すべきものではなく、納税者の意思に基づかないものとしても、除去作業等の義務が課せられ、これを行ったこと自体は法令に基づく要請であり、かつ、その費用負担も受忍すべきものというべきであるから、かかる法令に基づき費用負担が生じたこと自体を上記「人為による異常な災害」とみることはできない。
 また、請求人の主張を「法令で除去等を義務付けられているかを問わず、本件建物建築当時においてはなんら危険視されていなかった物質が、その後一気に有害物質であるとの社会的評価を受け、劇的に危険視されることとなったこと」自体が「災害」に該当するとの主張と解し、所得税法第2条第27号を受けた同法施行令第9条に規定する「人為による異常な災害」とみることができるかを検討しても、そのように危険視されるに至った状態自体は、いまだ害を被る事象とはいえず、また、危険視されるに至ったアスベストに対していかなる対応をするかは政府等の判断であり、少なくともアスベストの除去費用等を国民が負担することが義務付けられたのは、あくまで法令に基づく要請であるから、やはり上記「人為による異常な災害」とみることはできない。
 さらに、請求人の主張を「住宅建材に危険視されることとなったアスベストが含有されていたこと」が「災害」に該当するとの主張と解し、そのこと自体を所得税法第2条第27号を受けた同法施行令第9条に規定する「人為による異常な災害」とみることができるかを検討しても、そのことにより住宅に何らかの外的要因により物理的な害が生じたといえるものではなく、また、自然界に生じた天災と同視すべき劇的な過程を経て害を被る事象でもないから、「住宅建材に危険視されることとなったアスベストが含有されていたこと」自体を上記「人為による異常な災害」とみることはできない。
(ハ) 以上のことからすれば、いずれにせよ本件において請求人が主張する事象は、所得税法第72条に規定する「災害」に該当しないというべきである。
ロ 資産に損失が生じたか否か
 請求人は、本件建物の建築部材の一部にアスベストが含有されていることが判明し、本件建物建築当時には全く危険視されていなかったアスベストが、本件建物解体時においては危険視され、アスベスト除去等が法令で義務付けされるに至った事実によって、本件建物はその経済的価値を減ずるに至ったことは明白であり、その経済的価値の減少自体が所得税法第72条に規定する「損失」である旨主張する。
 しかしながら、アスベストの除去等は、請求人も主張するようにアスベストの飛散による人の健康障害の発生を未然に予防することを目的とした法令の要請に従ったものであり、上記イで説示したとおり、それは災害により生じたものではないから、仮に本件建物の経済的価値が減少したとしても、所得税法第72条に規定する「災害により損失が生じた」ということはできない。したがって、請求人の主張は採用することができない。
ハ 災害関連支出に該当するか否か。
(イ) 請求人は、アスベストが含有していた事実の判明によって、その除去等を余儀なくされた以上、その除去費用等は、少なくとも、所得税法施行令第206条第1項第1号に規定する「災害により(中略)その価値が減少したことによる当該住宅家財等の(中略)除去のための支出」に該当し、したがって、所得税法第72条に規定する「やむを得ない支出」に該当することは明白である旨主張する。
 しかしながら、アスベストの除去等は、その飛散による人の健康障害の発生を未然に予防することを目的とした法令の要請に従ったものであって、仮にアスベストが含有していたことにより本件建物の経済的価値が減少したとしても、上記イで説示したとおり、「住宅建材に危険視されることとなったアスベストが含有されていたこと」は、所得税法第72条に規定する「災害」により生じたものではないから、所得税法施行令第206条第1項第1号に規定する「災害により」との要件には該当しない。したがって、本件アスベスト除去費用等は、同号の規定に該当し、所得税法第72条に規定する「やむを得ない支出」に該当すると認めることはできない。
 さらに、本件において、解体工事の着手からアスベスト除去等に至る一連の状況を考えると、請求人がアスベスト除去費用等の負担を強いられたことは認められるものの、アスベストの飛散による労働者の健康障害の発生を未然に予防するために、法令の要請により受忍すべき費用負担が発生し、解体費用が増加したにすぎないものと認めるのが相当である。
 したがって、本件アスベスト除去費用等は、所得税法施行令第206条第1項第1号に規定する「災害により(中略)その価値が減少したことによる当該住宅家財等の(中略)除去のための支出」に該当し、所得税法第72条に規定する「やむを得ない支出」に該当すると認めることはできないから、請求人の主張は採用することができない。
(ロ) 請求人は、本件アスベスト除去費用等は、居住者はもちろんのこと、周辺住民という第三者の健康障害の防止のための支出であるならば、一層、雑損控除の対象となる支出として所得税法施行令第206条第1項第3号に規定する「被害の発生拡大又は発生を防止するため緊急に必要な措置を講ずるための支出」に該当し、雑損控除として認められるべきである旨主張する。
 しかしながら、請求人の主張する本件アスベスト除去費用等が周辺住民という第三者の健康障害の防止のための支出として、所得税法施行令第206条第1項第3号に規定する「被害の発生拡大又は発生を防止するため緊急に必要な措置を講ずるための支出」に当たり、雑損控除に該当するためには、人の身体自体が所得税法第72条に規定する「資産」に該当することが必要であるところ、上記(1)のロの法令解釈で説示したとおり、人の身体が同条に規定する「資産」に該当すると認めることはできないというべきであるから、請求人の主張は採用することができない。

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(3) 本件更正処分について

 上記(1)及び(2)のとおり、本件アスベスト除去費用等は、請求人の平成18年分の所得税において所得税法第72条規定の雑損控除が適用される損失には当たらない。
 したがって、本件アスベスト除去費用等につき、雑損控除の適用を認めなかった本件更正処分は適法である。

(4) 本件賦課決定処分について

 本件更正処分は、上記(3)のとおり適法であり、当審判所の調査によっても、これにより納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、本件更正処分前の税額の計算の基礎とされなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないので、同条第1項の規定に基づいてされた本件賦課決定処分は適法である。

(5) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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