別紙3

当事者の主張

争点1 本件出資持分の価額は、評価通達の定めにより評価すべきか否か。

原処分庁 請求人
 本件出資持分の放棄の時期は、財務大臣の特定医療法人の承認の内示を受けた後、P県知事による本件定款変更の認可が下りた時であるところ、本件相続の開始時において、X会は、特定医療法人の承認についての財務大臣の内示も示されておらず、P県知事による本件定款変更の認可もされていない。
 また、X会が意思決定を終え、各種手続行為の途上であるとしても、本件相続の開始時において、P県知事の定款変更の認可及び財務大臣の特定医療法人の承認が、確実に受けられるかどうかは不確定である。
 そうすると、本件出資持分は、相続税法第22条にいう「取得の時」、つまり本件相続の開始時において、いまだ放棄されておらず、X会は出資持分の定めのある医療法人であり、本件相続の開始時における本件出資持分の評価に当たっては、評価通達に定める評価方法によらないことが正当として是認されるような特別な事情があるとは認められない。
 したがって、本件出資持分の評価に当たっては、評価通達の定めによることが相当であり、請求人の主張には理由がない。
 本件相続の開始時における本件出資持分を評価するに当たっては、評価通達194−2の「医療法人の出資の評価」の(一般的な)定めによるべきでない。
(1) 本件相続の開始時におけるX会の出資持分は、既に、平成○年○月○日の社員・役員による本件基本合意書の合意及び同年○月○日の臨時社員総会における社員・役員全員の同意により、出資持分権者がその有する出資持分を放棄することが決定済みで、その履行途中の段階にあるものであるから、その評価は、「かかる決定・拘束下にない段階での出資持分についての一般的な評価方法に従った価額」とは異なると解すべきである。
 その評価とは、相続税法第22条に規定する「相続開始時における時価」との原則に立ち戻り、その時価と判例(名古屋地方裁判所平成3年5月29日判決(平成2年(行ウ)第22号)、名古屋高等裁判所平成4年4月30日判決(平成3年(行コ)第9号)及び最高裁判所平成5年2月18日判決第1小法廷(平成4年(行ツ)第137号)ほか)・学説上解されている「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」によるべきである。
 例えば、土地について、「土地は、基本的には評価通達により評価されるが、土地の売買契約を締結した後、買主に引き渡される前の段階に相続を開始した場合、最高裁判所昭和61年12月5日判決、最高裁判所平成2年7月13日判決及び最高裁判所平成5年2月18日判決は、一貫して所有権移転請求権等の債権と理解し、売買契約による取引価額で評価するとしている。
 また、株式及び出資についても、解散決議がされた会社の株式の評価、株式の割当てを受ける権利等の発生した段階の株式、株主となる権利の発生した段階の株式、株式無償交付期待権の発生した段階の株式について、評価通達でそれぞれの段階前の一般の評価方法と別個の評価方法が定められていることも、同様の例といえる。
 さらに、消滅時効について援用以外の要件を満たした段階での債権者側の評価、債務者側での評価も、同様の例といえる。
(2) 本件では、後述の各事情に照らし、「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合」自体が起こり得ず、かかる「取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」は零円と評価すべきである。
イ 特定医療法人は、社員が出資持分の定めのないものに限るとの制限を受けること(措置法第67条の2《特定の医療法人の法人税率の特例》第1項)、社員に利益配当請求権はもとより残与財産請求権もないこと(措置法第67条の2第1項、租税特別措置法施行令第39条の25《法人税率の特例の適用を受ける医療法人の要件等》第1項第4号)、社員その親族に対し財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を与えることもできないこと(租税特別措置法施行令第39条の25第1項第3号)、また、それを制度的に確立するため社員・役員の数に占める特定の親族グループの数の割合が各3分の1以下であること(租税特別措置法施行令第39条の25第1項第2号)など、出資持分を買い受けた者がその買受けによる投下資金を回収することが法律制度上不能であること。
ロ 特定医療法人の正式承認の前でも、「出資持分の放棄については、出資者全員が行うもので、社員・役員全員が本件基本合意書及び臨時社員総会決議で出資持分の放棄を決定しており、各種法定手続も終え、平成○年○月末までには、財務大臣による特定医療法人の正式承認が確実であったので、法定手続上も出資持分の定めのある姿へ後戻りすることができない段階に達していること。
ハ 本件相続の開始時において、N及びVは譲渡の意思を有せず、他の社員も譲渡を承認する意思を有しないこと及びこれらの意思決定・法定手続上の拘束下にある本件出資持分について、これを財産的に評価して、その買受けに名乗りをあげる者が登場しないことは明らかであること。

争点2 本件出資持分の放棄義務は、相続財産の価額から債務控除できる確実な債務に当たるか否か。

原処分庁 請求人
1 本件出資持分の放棄義務について
(1) 本件出資持分の放棄義務には、X会が財務大臣の特定医療法人の承認の内示を受けた後、本件定款変更について、P県知事の認可が下りた時に、その義務が確実になるという停止条件が付されている。
(2) 相続税法第14条第1項は、同法第13条の規定する債務とは、確実と認められるものに限ると規定している。
 また、名古屋地方裁判所平成3年5月29日判決(平成2年(行ウ)第22号)は、確実と認められる債務とは、「相続開始の時点までに、当該債務が成立し、かつ、当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していることが必要であり、停止条件付債務については、特段の事情がない限り、相続開始の時点までに当該条件が成就していることが必要であると解すべきである。」と判示している。
(3) これを本件についてみると、上記(1)のとおり、本件出資持分の放棄義務は、財務大臣の特定医療法人の承認の内示を受けた後、P県知事による定款変更の認可が下りた時に確実になると認められる。そうすると、本件出資持分の放棄義務という債務は、本件相続の開始時点において具体的な給付をすべき原因となる事実が発生しているとは認められず、条件が成就しているとはいえないから、相続税法第14条第1項に規定する確実と認められる債務とは認められない。
 したがって、請求人の主張には理由がない。
1 本件出資持分の放棄義務について
 本件出資持分の放棄義務は法律上停止条件付債務に該当すると考えられ、名古屋地方裁判所平成3年5月29日判決(平成2年(行ウ)第22号)、名古屋高等裁判所平成4年4月30日判決(平成3年(行コ)第9号)及び最高裁判所平成5年2月18日判決第1小法廷(平成4年(行ツ)第137号)によれば、「停止条件付債務については、特段の事情のない限り、相続開始の時点までに当該条件が成就していることが必要であると解すべき」と判示していることから、停止条件付債務について特段の事情がある場合は、相続開始の時点までに当該条件が成就していなくとも確定した債務として債務控除できるものであり、本件の場合、以下の理由から確実な債務に該当するものである。
(1) 特定医療法人の承認の確実性
 特定医療法人の承認については、指摘事項があることにより最初の年度に承認を受けることができなかったとしても、対応して改善していけば2、3年中に必ず承認されるものである。
 また、X会は、平成○年○月○日には財務省より特定医療法人承認の内示があり、平成○年○月○日には正式に承認されていることから、当該年度において特定医療法人の承認を受けることは確実と考えられた。
(2) 出資持分放棄の確実性
イ 特定医療法人は、財団又は持分の定めのない社団にのみ認められた制度であり、特定医療法人となるためには出資者の持分放棄(反対者には事前に退社払戻し)が必須条件である。
ロ 平成10年7月6日(平成16年3月1日一部改正)指第39号「特別医療法人にかかる定款変更等の申請について」によれば、「定款の変更認可の申請に当たっては、持分請求権の放棄についての出資社員全員及び役員の同意を経、規則及び局長通知に定める承認要件の充足を行った上で申請を行い(中略)申請者に対して指導するものとすること」となっている。
ハ X会においても、平成○年○月○日の臨時社員総会第1号議案において出資持分放棄に全員同意しており、出資持分放棄の意思表示を覆したり、又は出資持分の払戻しを請求したりすることは契約不履行に該当し、X会及び他の出資者に対する損害賠償債務が発生するため、債務の履行も確実である。
ニ 過去の判決(東京高等裁判所平成4年2月6日判決(平成元年(行コ)第70号))をみても、「諸般の状況からみて取消権の行使がされず、その債務が履行されることが確実と認定できる場合には、これを債務控除の対象から除外すべき理由はない。」としている。
2 相続税法第13条第1項第1号に規定する「相続開始の際」について
 相続税法第13条第1項第1号に規定する「相続開始の際」とは、相続開始、すなわち被相続人の死亡及び被相続人の死亡に近接し、かつ、社会通念上これから起因して生じる事態の経過を含めた時間の範囲を示すものと解されるところ、本件出資持分の放棄義務の条件であるX会に対する財務大臣の特定医療法人の承認の内示、P県知事の本件定款変更の認可については不確定であり、当該条件は本件相続の開始の時点において成就しておらず、本件出資持分の放棄義務に特段の事情があるとは認められないことから、本件出資持分の放棄義務は相続税法第14条第1項に規定する確実と認められる債務に該当しない。
2 相続税法第13条第1項第1号に規定する「相続開始の際」について
 東京地方裁判所平成8年2月28日判決(平成6年(行ウ)第313号)によれば、相続税法第13条第1項第1号に掲げる「相続開始の際」とは、「被相続人の死亡及び被相続人の死亡に近接し、かつ、社会通念上これから起因して生じる事態の経過を含めた時間の範囲を示すものと解すべき」との判断がされており、「相続開始の際」とは、相続開始の瞬時を捉えるのではなく、ある程度期間に幅を持たせてよいと考える。
 なお、本件の場合、社員総会で本件出資持分の放棄の同意がされており、本件定款変更の認可を受ける行政手続中の段階で相続開始があったことから、「相続開始の際」とは、相続開始の時点からP県知事から本件定款変更の認可を受けた時までの期間であり、本件出資持分の放棄義務は確実な債務に該当する。
3 担税力からみた債務控除について
 相続税法第13条第1項は、債務控除の対象となる金額は、被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの及び被相続人の葬式費用である旨規定し、相続税法第22条は、相続によって取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨規定している。
 そして、相続による財産の取得後にその価値が低下したとしても、相続税法上、当該評価額についてしんしゃくすべき又は低下した価値を債務とみなすべきとする規定はない。
3 担税力からみた債務控除について
 本件出資持分の放棄義務を債務と認めず、一方で出資持分の時価評価額に対して、相続税を課することは、相続開始の瞬間に財産としての価値があったという事実だけを根拠として、本件出資持分のように相続開始から数週間以内に財産価値がなくなり担税力が零となる財産に課税するということになり、課税の公平の原則に反するものであることから、本件出資持分の放棄義務を債務控除として認めるべきである。

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