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(平21.6.10、裁決事例集No.77 543頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、滞納法人の滞納国税を徴収するため、当該滞納法人が有する生命保険契約に基づく保険金支払請求権を差し押さえ、差押債権に係る換価代金の配当処分を行ったのに対し、当該保険金支払請求権に係る質権者である審査請求人(以下「請求人」という。)が、当該滞納国税が質権により担保される債権に優先するとして行われた配当処分は違法であるとして、請求人への配当順位の変更を求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、平成20年8月22日、A社の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、A社がB生命保険株式会社(以下「B生命」という。)に対して有する生命保険契約に基づく満期返戻金又は解約返戻金及び利益配当金の各支払請求権を差し押さえ、同日、当該各支払請求権に係る質権者である請求人に通知した(以下、原処分庁が差し押さえた各支払請求権を「本件差押債権」という。)。
ロ 原処分庁は、平成20年11月13日、本件差押債権の取立てに伴いB生命から○○○○円の給付を受け(以下、この給付を受けた金銭を「本件換価代金」という。)、同月14日、本件換価代金の全額を本件滞納国税に配当する旨、請求人への配当は零円となる旨、本件換価代金の交付期日を同月21日午前10時とする旨各記載した配当計算書を作成し、同日、その謄本を請求人あてに送付した(以下、この配当を「本件配当処分」という。)。
ハ 請求人は、平成20年11月19日、本件配当処分を不服として異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成21年1月13日、棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、平成21年1月27日、異議決定を経た後の本件配当処分に不服があるとして審査請求をした。

(3) 関係法令

イ 国税徴収法
(イ) 国税徴収法(以下「徴収法」という。)第15条《法定納期限等以前に設定された質権の優先》第1項は、納税者がその財産上に質権を設定している場合において、その質権が国税の法定納期限(同項の各号に掲げる国税については、当該各号に定める日とし、当該国税に係る附帯税については、その徴収の基因となった国税に係る当該各号に定める日とする。以下「法定納期限等」という。)以前に設定されているものであるときは、その国税は、その換価代金につき、その質権により担保される債権に次いで徴収する旨規定しており、これによれば、同項第5号の2に規定する源泉徴収による所得税(以下「源泉所得税」という。)については、その納税告知書を発した日が法定納期限等となる。
(ロ) 徴収法第15条第2項は、第1項の規定は、登記をすることができる質権以外の質権については、その質権者が、強制換価手続において、その執行機関に対し、その設定の事実を証明した場合に限り適用する旨、この場合において、有価証券を目的とする質権以外の質権については、その証明は、第2項各号に掲げる書類によってしなければならない旨規定し、同項第2号は、登記所又は公証人役場において日付のある印章が押されている私署証書を掲げている。
(ハ) 徴収法第15条第3項は、第2項の規定により証明された質権は、第1項の規定の適用については、民法施行法第5条《確定日付がある証書》の規定により確定日付があるものとされた日に設定されたものとみなす旨規定している。
ロ 民法
(イ) 民法第364条《指名債権を目的とする質権の対抗要件》は、指名債権を質権の目的としたときは、第467条の規定に従い、第三債務者に質権の設定を通知し、又は第三債務者がこれを承諾しなければ、これをもって第三債務者その他の第三者に対抗することができない旨規定している。
(ロ) 民法第467条《指名債権の譲渡の対抗要件》第1項は、指名債権の譲渡は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない旨規定し、同条第2項は、第1項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない旨規定している。

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(4) 基礎事実

イ 金銭消費貸借契約の締結
 A社及び請求人は、平成7年8月31日、使途を一時払終身保険料支払資金、弁済期限を平成17年8月12日として、A社が請求人から○○○○円を借り入れる旨の金銭消費貸借契約を締結した(以下、当該金銭消費貸借契約に基づき請求人が有する債権を「本件債権」という。)。
ロ 生命保険契約の締結等
 A社及びB生命は、平成7年8月31日、保険契約者をA社、被保険者をC、保険金受取人を保険契約者として、保険金額を50,000,000円、一時払保険料を○○○○円(特約部分の保険料を含む。)とする一時払終身保険契約(保険種類記号を「○○」、証券番号を「○○○○」とする契約。以下「本件生命保険契約」という。)を締結した。
 なお、本件生命保険契約に係る生命保険証券(以下「本件生命保険証券」という。)の「裏書事項」欄には「本生命保険契約の責任開始日において質権の設定を承認します。」と記載されている。
 また、本件生命保険証券には、D地方法務局E出張所の平成8年8月26日付の印章(確定日付第○○○○号)が押されている。
ハ 質権設定契約の締結及び質権設定の第三債務者への通知
 A社及び請求人は、平成7年8月31日、質権設定者をA社、質権者を請求人、質権の対象とする請求権を本件生命保険契約に係る死亡保険金請求権等、満期保険金請求権又は解約返戻金請求権(以下「本件指名債権」という。)とする質権設定契約を締結した(以下、A社が請求人のために設定した質権を「本件質権」という。)。
 A社は、平成7年8月31日、本件指名債権に本件質権を設定したこと、本件生命保険契約の解約権を質権者に委任するとともに、保険契約上のその他の権利を行使する場合は質権者の書面による同意を得て行使することを内容とする質権設定承諾請求書兼保険契約の権利行使委任・留保通知書(以下「本件質権設定承諾請求書」という。)を作成し、本件債権に係る第三債務者であるB生命に通知した。
 なお、本件質権設定承諾請求書の「被担保債権」欄には、債務者は保険契約者と記載され、被担保債権として、債務者が債権者に対して現在及び将来負担する一切の債務と記載されている(以下、本件質権の設定契約における被担保債権を「本件被担保債権」という。)。
ニ 質権設定に係る第三債務者の承諾
 B生命は、本件質権設定承諾請求書の「承諾」欄に平成7年8月31日に記名押印することで、本件質権の設定を承諾したが、本件質権設定承諾請求書の「確定日付」欄は空欄となっている。

(5) 争点

 本件質権は、本件滞納国税の法定納期限等以前に設定されたことが証明されたものといえるか否か。

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2 主張

原処分庁 請求人
(1) 本件滞納国税に係る法定納期限等は、平成16年6月分から平成17年2月分までの源泉所得税の納税告知書及び不納付加算税の賦課決定通知書を発した日である平成17年3月28日以降に到来するものであるから、平成7年8月31日に設定された本件質権は当該法定納期限等以前に設定されたものといえるが、第三債務者であるB生命が本件質権の設定の事実を承諾した本件質権設定承諾請求書には確定日付が付されていない。
(2) そうすると、質権者である請求人は、B生命の承諾をもって第三者である原処分庁に対抗することはできないから、本件質権は、本件滞納国税の法定納期限等以前に設定されたことが証明されたものとはいえない。
(1) 請求人は、平成7年8月31日、A社が同日にB生命と締結した本件生命保険契約に係る保険料支払のための資金をA社に貸し付け、本件指名債権について本件質権を設定し、第三債務者であるB生命は、同日、本件質権の設定を承諾している。
(2) そして、本件生命保険証券には質権の設定を承諾する旨の裏書があり、かつ、本件質権の設定につき第三者対抗要件を備えるためのD地方法務局E出張所の平成8年8月26日付の確定日付が付されており、本件質権設定承諾請求書には質権者として請求人が記載されている。
(3) このように、本件においては、本件生命保険証券と本件質権設定承諾請求書を一体とみなし得る事情が存在し、本件質権は平成8年8月26日に設定されたものとみなされるから、本件質権は、本件滞納国税の法定納期限等以前に設定されたことが証明されたものといえる。

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3 判断

(1) 法令解釈

 納税者の財産上に設定された質権により担保される債権が国税債権に優先するためには、その質権が国税の法定納期限等以前に設定され、かつ、質権者がその設定の事実を所定の方法により証明した場合に限るものとされており、そして、指名債権に質権が設定された場合のその証明は、確定日付のある証明書等によって行うものとされている(徴収法第15条)。
 また、指名債権に対する質権の設定を第三債務者以外の第三者に対抗するためには、質権設定者による第三債務者への質権設定の通知又は第三債務者による質権設定の承諾が確定日付のある証書によってしなければならないものとされている(民法第364条及び同法第467条)。
 これらのことからすれば、指名債権に対する質権が滞納国税の法定納期限等以前に設定されたことが証明されたものといい得るためには、まず、当該質権が第三者に対する対抗要件を備えていること、すなわち、第三債務者に対する質権設定の通知又は第三債務者による質権設定の承諾が確定日付のある証書によって行われることを要し、かつ、当該証書に付された確定日付が滞納国税の法定納期限等以前のものであることを要するものであり、質権者がこれらを証明した場合に限り、質権が滞納国税の法定納期限等以前に設定されたことが証明されたものといえ、当該質権により担保される債権が国税債権に優先するものと解される。

(2) 判断

イ 当審判所の調査によれば、本件滞納国税に係る法定納期限等は、平成16年6月分から同年11月分までの源泉所得税の納税告知書及び不納付加算税の賦課決定通知書並びに平成17年2月分の源泉所得税の納税告知書を発した日である平成17年3月28日以降に到来することが認められるのに対し、上記1の(4)のハのとおり、本件質権は本件指名債権の上に平成7年8月31日に設定されたものであるから、本件質権により担保される本件被担保債権が本件滞納国税に優先するには、請求人が原処分庁に対し、徴収法第15条第2項に規定する方法により、本件質権が平成17年3月28日以前に設定されたことを証明することが必要となる。
 ところで、上記1の(4)のハ及びニのとおり、質権設定者であるA社は、平成7年8月31日に本件質権の設定を第三債務者であるB生命に通知し、B生命は、同日、本件質権設定承諾請求書に記名押印することで本件質権の設定を承諾したことが認められるが、上記1の(3)のロのとおり、第三債務者への質権設定の通知又は第三債務者による質権設定の承諾は確定日付のある証書によってしなければ、当該質権の設定を債務者以外の第三者に対抗することはできないところ、上記1の(4)のハ及びニのとおり、B生命が本件質権の設定の通知を受け、これを承諾した本件質権設定承諾請求書には確定日付が付されていないから、請求人は、本件質権の設定を第三者である原処分庁に対抗することはできない。
 このように、本件質権は、第三者である原処分庁に対する対抗要件を備えているとは認められないから、本件滞納国税の法定納期限等以前に設定されたことが証明されたものということはできない。
ロ これに対し、請求人は、上記2の請求人の主張欄記載のとおり、本件においては、本件生命保険証券と本件質権設定承諾請求書を一体とみなし得る事情が存在し、本件質権は平成8年8月26日に設定されたものとみなされるから、本件質権は、本件滞納国税の法定納期限等以前に設定されたことが証明されたものといえる旨主張する。
 しかしながら、上記1の(4)のロ及びハのとおり、本件生命保険証券に「本生命保険契約の責任開始日において質権の設定を承認します。」という内容の裏書がされ、D地方法務局E出張所の確定日付が付され、本件質権設定承諾請求書に質権者として請求人が記載されているとしても、上記裏書事項は、A社がB生命に対して有する保険金支払請求権に質権が設定されることを承認するということが記載されているにすぎず、その文言からは、請求人が質権者であることも、設定される質権により担保される債権が本件被担保債権であることもうかがうことはできず、まして、これを質権設定契約書とみることもできないのであるから、本件生命保険証券に確定日付が付されていることをもって、第三債務者であるB生命の承諾が確定日付のある証書によってなされたとみることはできない。
 また、請求人の主張を認めると、質権が設定される債権の債権者と債務者が共謀して、質権設定日をさかのぼらせ、第三者の権利を害することが可能となり、承諾が第三者に対する対抗要件足り得るためには、確定日付のある証書をもってすることを必要としている法の趣旨を没却してしまうことになりかねない。
 そうすると、上記イのとおり、本件質権が第三者である原処分庁に対する対抗要件を備えていない以上、本件質権は、本件滞納国税の法定納期限等以前に設定されたことが証明されたものということはできないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。

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(3) 本件配当処分の適法性

 当審判所の調査によれば、本件滞納国税については、国税通則法第37条《督促》第1項、徴収法第47条《差押の要件》第1項、徴収法第67条《差し押えた債権の取立》第1項、徴収法第129条《配当の原則》第1項及び徴収法第131条《配当計算書》に各規定する、本件滞納国税に係る督促から、本件差押債権の差押え、本件差押債権の取立てを経て、本件換価代金の配当に至る各手続は適法に行われたことが認められる。
 そして、上記(2)のイのとおり、本件質権は本件滞納国税の法定納期限等以前に設定されたことが証明されたものとは認められず、本件滞納国税が本件質権により担保される本件被担保債権に優先することとなるから、本件換価代金の全額を本件滞納国税に配当した本件配当処分は適法である。

(4) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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