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(平21.11.16、裁決事例集No.78 1頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人E(以下「請求人E」という。)及び同F(以下「請求人F」といい、この2名を併せて、「請求人ら」という。)が、訴訟上の和解の成立を理由に相続税の更正の請求をしたのに対し、原処分庁は、和解によって、その申告に係る課税標準又は税額の計算の基礎となった事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときには当たらないとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたことから、請求人らがその全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人らは、父G(平成12年5月○日死亡。以下「被相続人G」という。)の相続(以下「平成12年分相続」という。)に係る相続税(以下「平成12年分相続税」という。)について、別表1の「当初申告」欄のとおりに記載した相続税の申告書を他の共同相続人と共に法定申告期限までに提出した。
ロ 請求人らは、平成14年3月5日、原処分庁に対し、平成12年分相続税について、更正の請求を行い、原処分庁は、同年4月24日付で、別表1の「減額更正」欄のとおり、減額更正処分をした。
ハ 請求人らは、母H(平成13年11月○日死亡)の相続(以下「平成13年分相続」という。)に係る相続税(以下「平成13年分相続税」という。)について、別表2の「当初申告」欄のとおりに記載した相続税の申告書を他の共同相続人と共に法定申告期限までに提出した。
ニ 請求人らは、平成15年6月26日、平成12年分相続税及び平成13年分相続税について、別表1及び別表2の「修正申告」欄のとおりに記載した各修正申告書を他の共同相続人と共に提出した。
ホ 請求人らは、平成20年5月16日、原処分庁に対し、別表1及び別表2の「更正の請求」欄のとおり、各更正の請求をした(以下「本件各更正の請求」という。)。
ヘ 原処分庁は、平成20年8月8日付で、本件各更正の請求に対し、更正をすべき理由がない旨の各通知処分(以下「本件各通知処分」という。)をした。
ト 請求人らは、平成20年10月2日、本件各通知処分に不服があるとして異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月25日付で、請求人らに対し、いずれも棄却の異議決定をし、その決定書謄本を、平成20年12月27日に送達した。
チ 請求人らは、平成21年1月26日、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、審査請求をした。
 なお、同日、請求人らは請求人Eを総代として選任し、その旨を届け出た。

(3) 関係法令の要旨

イ 国税通則法(以下「通則法」という。)第23条《更正の請求》第1項第1号は、納税申告書を提出した者は、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときは、当該申告書に係る法定申告期限から1年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正をすべき旨の請求をすることができる旨規定している。
ロ 通則法第23条第2項第1号は、納税申告書を提出した者は、その申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときは、その確定した日の翌日から起算して2月以内の期間において、同条第1項の規定による更正の請求をすることができる旨規定している。
ハ 相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下同じ。)第13条《債務控除》第1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者が、課税価格に算入すべき価額は、取得した財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際、現に存するもの及び被相続人に係る葬式費用の金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨規定している。

(4) 基礎事実

イ 被相続人GとHは、昭和18年9月○日に婚姻の届出をした夫婦であり、請求人ら及びJは、被相続人GとHとの間の子である(以下、請求人ら、J及びHを併せて「本件各相続人」という。)。
ロ 被相続人Gは、昭和55年5月ころから、本件各相続人とは別に、P市p町所在のマンションで、Kと生活を共にしていた。
ハ 被相続人Gは、別紙の物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)及び建物(以下「本件家屋」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)を所有していた。
ニ 被相続人GとKとの間で、平成8年11月29日、要旨次のとおりの負担付死因贈与契約(以下「本件死因贈与契約」という。)に係る公正証書(以下「本件公正証書」という。)が作成された。
(イ) 甲(被相続人G。以下同じ。)は、乙(K。以下同じ。)に対し、本件不動産を贈与することを約し、乙はこれを受諾した(第1条)。
(ロ) 乙は、前条の贈与を受けた負担として、必要なとき、甲の病気その他事故に対して療養看護に努めるものとする(第2条)。
(ハ) 第1条の贈与は、甲の死亡によって効力を生じ、死亡と同時に本件不動産の所有権は乙に移転するものとする(第3条)。
(ニ) 甲は、乙が本件不動産について本件贈与による所有権移転請求権保全の仮登記申請手続をすることを承諾した(第4条)。
(ホ) 本件の贈与の効力が生じた時点で本件家屋に借家人が存する場合は、乙が賃貸人たる地位を引き継ぐこととする(第6条)。
(ヘ) 甲が死亡する以前に乙が死亡したときは、本契約はその効力を失う(第7条)。
ホ 被相続人Gは、上記(2)のイのとおり、平成12年5月○日死亡し、相続が開始した。
 本件各相続人の間で、平成12年12月○日、Hが本件土地の持分10分の7及び本件家屋の全部を取得し、請求人ら及びJが本件土地の持分各10分の1を取得する旨の遺産分割協議が調い、本件各相続人は、同月○日、本件不動産の所有権移転登記手続をした。
ヘ Hは、上記(2)のハのとおり、平成13年11月○日死亡し、相続が開始した。
 請求人らとJとの間で、平成14年9月、Hが相続した本件土地の持分10分の7及び本件家屋について、それぞれが3分の1ずつ取得する旨の遺産分割協議が調った。
ト 本件死因贈与契約の執行者であるL弁護士(以下「本件執行者」という。)は、平成15年○月○日、請求人ら及びJを被告として、本件不動産について、本件死因贈与契約を原因としてKに所有権移転登記手続をすることなどを求める訴えを、M地方裁判所に提起した(平成15年(○)第○○○○号○○○○事件。以下「本件訴訟」という。)。
チ 請求人ら及びJは、本件訴訟において、本件死因贈与契約は公序良俗に反し無効であるなどと主張して争ったが、M地方裁判所は、平成19年○月○日、本件不動産の登記名義をKに移転することを命じる一部認容判決をした(以下「本件一審判決」という。)。
リ 請求人ら及びJは、平成19年○月○日、本件一審判決のうち敗訴部分を不服としてN高等裁判所に控訴した(平成19年(○)第○○○○号○○○○控訴事件。以下「本件控訴審」という。)。
ヌ 本件執行者(被控訴人)、請求人ら及びJ(控訴人ら)並びにK(利害関係人)の間で、平成20年3月○日、裁判官の勧告により、要旨次の条項による和解が成立した(以下「本件和解」という。)。
(イ) 控訴人ら、被控訴人及び利害関係人は、本件公正証書中、第1条、第2条のうち「前条の贈与を受けた負担として」とする部分、第3条、第4条、第6条及び第7条が無効であること、本件不動産の所有権が控訴人らに帰属すること及び本件不動産における一切の賃貸借契約上の地位は控訴人らが承継していることを、それぞれ確認する(和解条項第1項)。
(ロ) 控訴人らは、利害関係人が被相続人Gの療養看護を行ってきたことに対する慰謝料の趣旨で、解決金として本件不動産を第三者に売却処分した上、この売却代金から譲渡所得税及び仲介手数料を控除した金額の2分の1の金員を利害関係人に対し支払う。ただし、2億7,000万円を上限とする(同第2項)。
(ハ) 本件不動産の売却期間は、平成20年10月末日までとするが、買付先を探すことができなかった場合には、当該売却期間は平成20年11月1日から5か月間(平成21年3月末日まで)延長されるものとする(同第3項の(1)及び第4項)。
(ニ) 延長後の売却期間においても本件不動産の売却ができなかった場合には、控訴人らは、利害関係人に対し、金員の支払に代えて、本件不動産の各6分の1の共有持分権を譲渡し、同持分権移転の登記手続をする(同第5項の(1))。
 なお、この場合に共有物分割の裁判が提起され、競売による共有物の分割が行われた場合における利害関係人への競売代金の配当額は共有持分割合に基づき配当する(同第5項の(3))。
(ホ) 控訴人らは、別件○○請求訴訟を取り下げる(同第9項)。

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2 争点

 本件和解により、申告に係る課税標準又は税額の計算の基礎となった事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したといえるか否か。

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3 主張

(1) 請求人ら

 次のとおり、本件和解により、平成12年分相続税及び平成13年分相続税の各申告に係る課税標準又は税額の計算の基礎となった事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したから、本件各更正の請求は認められるべきである。
イ 本件不動産の帰属について
(イ) 和解調書の記載の解釈を行うに際しては、紛争の性質、内容及び和解に至った経緯についても十分に考慮に入れた上で、当事者の合理的意思を認定する作業を行うべきであるところ、本件和解は、本件控訴審においても本件一審判決と同様に本件死因贈与契約は有効であり、本件不動産はKに帰属するとの判断の結論に至ることが濃厚となってきたことから受け入れたものである。
(ロ) 本件和解条項にある、本件不動産を売却処分した代金から諸費用を控除した金額の2分の1の金員を解決金としてKに対して支払うこと、及び最終売却期限(平成21年3月末日)までに本件不動産の売却ができなかった場合には、この解決金の支払に代えて、本件不動産の共有持分2分の1をKに譲渡すること等は、本件不動産の共有持分2分の1がKに留保されていることを前提とするものである。
(ハ) 上記(イ)及び(ロ)によれば、本件和解条項には、本件死因贈与契約は無効である旨の一条項があるものの、実質的には本件不動産の共有持分2分の1がKに帰属することを認めたものというべきである。
 なお、本件不動産を売却してその代金を分配することとされているのは、争いの当事者が本件不動産を共有することは困難であるために、これを売却処分してその代金を分配することを第一の目的としたためである。
(ニ) 以上のとおり、本件和解により、平成12年分相続税及び平成13年分相続税の各申告において、請求人らが相続財産であるとした本件不動産は、その所有権の2分の1が被相続人Gの相続開始日にさかのぼってKに帰属することとなったのであるから、本件不動産の価額の2分の1に相当する金額は減額されるべきである。
ロ 債務控除について
 仮に、本件和解条項の文言のとおり、本件死因贈与契約が無効で、本件不動産の所有権の2分の1がKに帰属するとは認められないとしても、本件和解条項第2項において、解決金の支払理由が「被相続人Gの療養看護を行ってきたことに対する慰謝料の趣旨で」とされており、請求人ら及びJには、Kに対して慰謝料たる金員を支払う理由がないことからすると、解決金は、和解条項の記載のとおり、療養看護の対価であり、被相続人Gが負担すべき債務として相続開始日において存在していたものというべきである。
 そして、本件和解により、平成12年分相続に係る債務の具体的な金額が確定したものであるから、解決金に相当する金額は平成12年分相続に係る債務として相続財産から控除すべきであり、また、それに伴い平成13年分相続において生じることとなる被相続人Hの相続に係る債務としても控除すべきである。

(2) 原処分庁

 本件和解により、申告に係る課税標準又は税額の計算の基礎となった事実が当該計算の基礎としたところと異なることにはならないから、本件各更正の請求を認めないとした本件各通知処分は適法である。
イ 本件不動産の帰属について
(イ) 本件和解において、本件死因贈与契約は無効とされたから、本件不動産がKに帰属するとは認められない。
 また、被相続人Gが生存中に本件死因贈与契約を変更した事実やKが本件不動産の一部を放棄した事実もないことから、本件不動産の共有持分2分の1がKに留保されているとはいえない。
(ロ) 本件和解成立までの経緯等からすると、本件和解は紛争の基となった本件死因贈与契約を互いに無効であると確認し、Kとの間の各紛争を金銭等の支払によって解決を図ったものと認めるのが相当である。
 なお、本件不動産を売却してその代金を分配することとされているのは、解決金の原資について定めたものというべきである。
(ハ) 以上のとおり、本件和解に至る経緯やその内容等からみても、本件和解によって、本件不動産の所有権の帰属について、被相続人Gの相続開始日にさかのぼって変更を来すこととなった事実はなく、本件不動産の価額の2分の1に相当する金額を減額すべき理由はない。
ロ 債務控除について
 相続税の課税価格の計算において債務として控除できるのは、被相続人の債務で相続開始の際、現に存するものであり、かつ、確実なものであるところ、本件和解により請求人ら及びJがKに対して支払うこととなった金員は、被相続人Gの療養看護を行ってきたことに対する「慰謝料の趣旨」とするもので、被相続人Gが支払うべきであった療養看護の対価と解することはできず、その他被相続人GがKに対して当該金員を支払わなければならなかったとする事実もないから、被相続人Gの債務とは認められない。
 したがって、請求人らが主張する解決金に相当する金額を被相続人Gの債務として相続財産から控除すべき理由はない。

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4 判断

(1) 法令解釈

 通則法第23条第2項は、納税者において、申告時には予想し得なかったような事態が後発的に生じたため、課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更を来し、税額の減額をすべき場合に、法定申告期限から1年を経過していることを理由に更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に酷な結果となることから、例外的に更正の請求を認めて納税者の保護を拡充しようとする趣旨の規定である。
 この趣旨及び通則法第23条第2項各号に列挙する後発的事由の内容に照らすと、同項第1号にいう和解により、「その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」とは、遺産の範囲又は価額等、申告に係る税額の計算の基礎となった事実を争点とする訴訟等において、当該事実と異なる事実を確認し又は異なる事実を前提とする和解が成立した場合をいい、和解の内容が、将来に向かって新たな権利関係等を創設する趣旨のものである場合は、これに当たらないというべきである。

(2) 当てはめ

イ 本件不動産の帰属について
(イ) これを本件についてみると、請求人らは、上記1の(4)のホのとおり、本件不動産が本件各相続人に帰属することを前提として、本件不動産の遺産分割協議を行い、平成12年分相続税及び平成13年分相続税の各申告をしている。
(ロ) 他方、本件和解条項は、上記1の(4)のヌのとおり、本件公正証書の第1条及び第3条(本件死因贈与契約)が無効であること及び本件不動産が請求人ら及びJに帰属することを確認した上、将来に向かって、請求人ら及びJがこれを売却し、Kに解決金を支払うこと並びに本件不動産が売却できなかった場合には、解決金の支払に代えて、本件不動産の持分の2分の1を譲渡することに合意したものである。
(ハ) そうすると、本件和解条項第1項は、上記(イ)の各申告の際、課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実と同一の事実を確認したものであって、当該計算の基礎となった事実と異なる事実を確認し又は異なる事実を前提としたものとはいえず、その他の和解条項も、将来に向かって権利関係を創設したものにすぎない。
(ニ) 請求人らの主張について
A 請求人らが主張するとおり、和解調書の解釈に当たり、紛争の性質、内容及び和解に至る経緯を考慮して当事者の合理的意思を認定する必要がある場合があるとしても、それは、和解条項に明確な記載がない場合や、和解条項自体が多義的である場合等であり、和解条項に明確な記載があり、当事者の意思が明白な場合にまで、それと矛盾する解釈をすることが許されるわけでないことはいうまでもない。
B これを本件についてみると、本件和解条項第1項は、上記(ロ)のとおり、本件死因贈与契約が無効であることを前提とし、本件不動産の所有権が請求人ら及びJに帰属していることを確認したものであることが明確であり、請求人らが主張するように本件不動産に係る所有権の2分の1が被相続人Gの相続開始日にさかのぼってKに帰属することを確認したものと解釈する余地はない。
C したがって、たとえ請求人らが本件一審判決で敗訴し、本件控訴審でも同一の結論になることが濃厚であると考えて和解を受け入れたものであるとしても、結論に影響せず、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
ロ 債務控除について
(イ) 相続税法第13条第1項第1号の規定からすれば、相続税の課税価格の計算において当該財産の価額から控除できる債務は、被相続人の債務で相続開始の際、現に存するものである必要がある。
(ロ) これを本件についてみると、本件和解条項第2項の解決金は、請求人ら及びJが、Kに対し、同人が被相続人Gの療養看護を行ってきたことを認めて支払うことに合意したものであって、被相続人Gが、相続開始時において、Kに対して本来支払うべきであったものとは認められず、ほかに被相続人GがKに対して、療養看護の対価を支払う債務を負っていたと認めるに足る証拠もないから、この点に関する請求人らの主張にも理由がない。
ハ 以上によれば、本件和解により、平成12年分相続税及び平成13年分相続税の各申告の課税標準及び税額の計算の基礎となった事実が、当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとは認められないから、当該各申告に更正をすべき理由がないとして行われた本件各通知処分は適法である。

(3) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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