(平22.2.16、裁決事例集No.79)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の外国為替証拠金取引(以下、「FX取引」といい、請求人が行ったFX取引を「本件FX取引」という。)に係る所得の金額の計算上生じた損失は雑所得に該当するから、他の所得と損益通算できないとして所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、本件FX取引はその取引回数等からみて事業所得を生ずべき事業として行った取引であるとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成19年分の所得税について、本件FX取引に係る所得の金額の計算上生じた損失は事業所得に該当するとして、確定申告書(以下「本件申告書」という。)に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに提出した。 
ロ 原処分庁は、本件FX取引に係る所得の金額の計算上生じた損失は雑所得に該当するとして、平成20年11月14日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)を行った。
ハ 請求人は、これらの処分を不服として、平成20年12月9日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成21年2月25日付で棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成21年2月26日に審査請求をした。

(3) 関係法令

 別紙記載のとおりである。

(4) 基礎事実

イ 請求人は、液晶部品及び製品の販売並びに輸出入などを業とするA社及びB社(以下、A社と併せて「本件関係法人2社」という。)の代表取締役である。
ロ 本件申告書に記載された請求人の収入は、本件関係法人2社からの役員報酬(合計○○○○円)、土地の譲渡収入、株式の譲渡収入及び本件FX取引に係る収入(損失○○○○円)である。
ハ 請求人は、平成15年8月か9月ころ、C証券に口座を開設し、インターネットにより本件FX取引を行っている。
ニ 請求人は、平成15年、平成17年及び平成18年の各年分の所得税の確定申告書に、本件FX取引に係る所得を雑所得と記載して、いずれも法定申告期限までに提出した。
ホ 請求人は、平成16年分の所得税の確定申告書に、本件FX取引に係る所得を記載していなかったが、平成17年4月4日に本件FX取引に係る所得を雑所得として追加記載した修正申告書を提出した。

(5) 争点

 本件FX取引は、事業として行った取引か否か。

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2 主張

(1) 原処分庁

 一定の取引行為が「事業」に該当するかの判断は、営利を目的とする継続的行為のみならず、「事業」としての社会的客観性に照らし総合勘案すべきであり、本件FX取引については、その取引回数及び取引金額の多寡だけでなく、「事業」としての社会的客観性が問題とされるべきであるから、当該取引のための人的及び物的設備、資金の調達方法、その者の職業(経歴)、社会的地位など諸般の事情をしんしゃくすると、次のとおり本件FX取引は、「事業」としての社会的客観性を備えているとみることはできない。
イ 請求人は、本件関係法人2社の代表者としての業務中に本件FX取引を行っており、特別な人的及び物的施設を有していない。
ロ 請求人は、C証券のホームページ又はインターネット上で把握できる情報に基づき本件FX取引をしているもので、請求人自らの責任において企画を樹立し、これを遂行するなどの相当程度の労力を用いていない。
ハ 本件FX取引に関し、請求人の管理下にある資金の範囲内において当該取引を行うなど、金融機関等からの積極的な資金調達が認められない。
ニ 請求人は、本件関係法人2社の代表者としての地位を有し、同社から役員報酬を得ることを常態とする者である。

(2) 請求人

イ 本件FX取引の年間取引回数は約1,400回で、取引金額にすると130,000,000円を超える規模であり、本件FX取引のために費やす時間も一日当たり平均15時間に及ぶため、本件FX取引は「事業」である。
ロ 原処分庁は、本件FX取引について、「事業としての社会的客観性」が認められないので事業所得に該当しない旨主張するが、1本件FX取引を行うことについて人を雇用する必要はなく、パソコンか携帯電話があれば特段の設備も不要であり、2請求人自らの責任において、日々政治・経済情勢などをインターネットで情報収集するなど相当な労力を用いていること、3自己資金で事業を行った場合に、事業としての社会的客観性がないとみなされる理由が理解できないし、請求人は、経営する法人から何度か資金の借入れを行っていることからすれば、原処分庁の主張は失当である。
ハ そもそも、個人の投資家が行う事業について、社会的客観性を具備しなければならないとする原処分庁の主張は、株取引や投資活動がインターネットを介して行われることが一般的になってきた現状から時代遅れの考え方である。

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3 判断

(1) 法令解釈

 所得税法第27条第1項に規定する事業所得について、所得税法施行令第63条第1号から第11号は、農業、林業及び狩猟業、漁業及び水産養殖業等と業種を具体的に列挙し、同条第12号において、前各号に掲げるもののほか、「対価を得て継続的に行う事業」とする旨規定しているが、本件FX取引は、同条第1号から第11号に列挙されている業種に含まれるものはないことから、同条第12号の「対価を得て継続的に行う事業」に該当するか否かを検討することとなる。
 そして、ある経済的行為が「対価を得て継続的に行う事業」に該当するか否かは、当該経済的行為の営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無のほかに事業としての社会的客観性の有無が問題とされるべきであり、この観点からは、当該経済的行為の種類、自己の役割、人的・物的設備の有無、資金の調達方法、費やした精神的・肉体的労力の程度、その者の職業・社会的地位などの諸点を検討する必要がある。
 そして、一定の経済的行為が反復・継続して行われることによって事業として社会的客観性が認められるためには、相当程度安定した収益を得られる可能性がなければならないと解するのが相当である。

(2) 認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の各事実が認められる。
イ 請求人は、代表取締役を務める本件関係法人2社から、所得税の確定申告書に記載した別表2のとおりの給与(役員報酬)の収入がある。
ロ A社がD税務署長に提出した法人税の確定申告書によれば、A社の各事業年度の売上金額、FX取引に係る運用益の金額及び所得金額は、別表3記載のとおりである。
ハ B社がD税務署長に提出した法人税の確定申告書によれば、B社の各事業年度の売上金額及び所得金額は、別表4記載のとおりである。
ニ 請求人は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述している。
(イ) 請求人は、本件FX取引のノウハウを、インターネットや雑誌などの情報から調べた。
(ロ) 本件FX取引の原資となる資金は、ほぼ自己資金であるが、A社から何回か借入れを行ったことがある。
(ハ) FX取引は、パソコンで24時間可能であるから、起きている間はいつもパソコンにログインして情報を得るなどしているが、A社の事務所でFX取引を行うことが一番多い。
(ニ) A社は、リサイクル業などを営んでいるが、平成19年度中はFX取引が多く、B社は、カーモニターなどの電気製品の輸入及び販売(一部製造も)を営んでいる。
(ホ) A社の役員は、代表取締役である請求人、請求人の妻及び請求人の兄の3人であり、従業員はいない。また、B社の役員もA社と同じであり、正社員が20人から22人くらい、パート社員が18人前後いる。
(ヘ) 本件関係法人2社に、請求人以外に核となるナンバー2の人物はいない。
(ト) FX取引に係るC証券の口座は、請求人とA社で別々に開設されており、パソコンでのログインも別々のIDで行うため、個人と法人の取引が混同することはない。
(チ) 法人の業務で、2〜3か月に1回の頻度で海外に出張しており、1回の出張は3〜4日くらいで、○○や○○に行くことが多い。
ホ 請求人は、平成20年9月4日に、原処分庁職員に対し要旨次のとおり申述している。
(イ) FX取引を始めた理由は、蓄財の方法を検討していたところ、FX取引であれば利益が得られると考えたからである。
(ロ) 本件FX取引で得た利益はすべて再投資に充ててしまうので、生活費になることはない。
(ハ) 午前9時から午後9時までは、A社で執務しながらFX取引及び株取引に従事しているが、執務時間中、A社の執務は3分の1くらいと認識している。
ヘ 請求人は、平成20年11月6日に、原処分庁職員に対し、生活費は給与の振り込まれている口座から引き落として使っているが、その預金の残高があれば投資にまわすことがある旨申述している。
ト 請求人は、平成21年1月28日に、異議審理庁職員に対し、要旨次のとおり申述している。
(イ) 法人はA社のみ投資取引を行っている。
(ロ) 個人、法人は基本的には同一の取引を行い、取引金額も同額かほぼ同額である。平成19年分も個人、法人同じくらいの額だったと思う。

(3) 判断

イ 本件FX取引について
 本件FX取引が所得税法施行令第63条第12号の「対価を得て継続的に行う事業」に該当するか検討すると、請求人は、平成15年以来、多額の資本を投入して継続的に取引をしていることから、本件FX取引は、営利性・有償性及び継続性・反復性について具備していないとはいえないものの、本件FX取引が事業といえるためには、上記(1)のとおり、社会的客観性を要するところ、1一般にFX取引は、主に差金決済により通貨の売買を行う取引で、証券会社等に証拠金を預け、実際に取引を行う際には証拠金の数倍から数十倍の金額の取引を行うことができる投機性の高い取引であり、継続的に相当程度安定した収入が得られる可能性は乏しく、本来事業になじみがたい性格を有するものであること、2請求人は、平成15年から平成19年までの5年間に、毎年本件関係法人2社から役員報酬として合計○○○○円の収入があり、その収入により生計を立てていること、3本件FX取引は、本件関係法人2社での職務の間に、蓄財の一環として取引を開始したものであり、インターネット情報や雑誌を参考に取引を行っているが、当該取引に要した必要経費は本件FX取引に直接要した費用のみであるなど本件FX取引の企画遂行に当たって相当程度の精神的・肉体的労力を要しているとは認められないこと、4本件FX取引のための資金は、請求人の自己資金あるいはA社からの借入れの範囲に限られており積極的な資金調達が認められないこと、5本件FX取引を反復継続して行うための人的・物的設備もないことを考慮すると、本件FX取引は、事業としての社会的客観性がいまだ認められず、「対価を得て継続的に行う事業」に該当するということはできない。
 なお、請求人は、株取引や投資活動がインターネットを介して行われることが一般的になってきた現状において、個人投資家が行う事業について、社会的客観性を具備しなければならないという考えは時代遅れである旨主張するが、本件FX取引が事業に該当するか否かの判断は上記のとおりであり、この点に関する請求人の主張には理由がない。
 以上によれば、本件FX取引は、所得税法施行令第63条第12号の「対価を得て継続的に行う事業」に該当しないので、本件FX取引に係る所得は事業所得とは認められず、また、所得税法第23条《利子所得》から同法第34条《一時所得》までに規定する他のいずれの所得にも該当するとは認められないので、本件FX取引に係る所得は雑所得に該当する。
ロ 本件更正処分について
 本件FX取引によって生じた損失は、上記イのとおり、事業所得の金額の計算上生じたものと認められず、雑所得の金額の計算上生じたものと解すべきであるから、所得税法第69条第1項の規定により、他の各種所得の金額と損益通算することはできない。
 したがって、請求人の平成19年分の所得税の納付すべき税額は、別表1の「更正処分等」欄の「納付すべき税額」と同額となることから、本件更正処分は適法である。
ハ 本件賦課決定処分について
 本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実については、通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいて行われた本件賦課決定処分は適法である。
ニ その他
 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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