(平22.3.15、裁決事例集No.79)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、父親の相続に係る相続税について、遺産の一部が未分割であり、また、債務及び葬式費用(以下「債務等」という。)のうち各相続人が負担する金額が確定していないとして、それぞれ法定相続分に従って課税価格を計算して申告をしたが、その後の判決により未分割財産の一部の分割が確定したところ、他の共同相続人の債務等の金額のうち取得した財産の金額を超える部分(以下「債務等超過分」という。)を、通達の定めに従い請求人の課税価格の計算上控除すると、課税価格は零円になるとして更正の請求をしたのに対し、原処分庁が、すべての共同相続人の合意がなければ債務等超過分の控除はできないとして、未分割財産の一部の分割が確定したことによる税額の減少のみを認めて一部減額の更正処分をしたことから、請求人が、その取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 請求人の審査請求(平成21年7月9日)に至る経緯等は、別表1のとおりである。
 なお、以下、平成20年11月27日の更正の請求を「本件更正の請求」といい、平成21年2月27日付でされた更正処分を「本件更正処分」という。

(3) 関係法令等の要旨

イ 相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下同じ)第13条《債務控除》第1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者が同法第1条《相続税の納税義務者》第1号の規定に該当する者である場合においては、当該相続又は遺贈により取得した財産については、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から被相続人の債務等の金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨規定している。
ロ 相続税法基本通達(昭和34年1月28日付直資10ほかによる国税庁長官通達。ただし、平成17年5月31日付課資2−4ほかによる改正前のものをいい、以下「基本通達」という。)13−3《「その者の負担に属する部分の金額」の意義》本文は、相続税法第13条第1項に規定する「その者の負担に属する部分の金額」とは、相続又は遺贈によって財産を取得した者が実際に負担する金額をいうのであるが、この場合において、これらの者の実際に負担する金額が確定していないときは民法(平成16年法律第147号による改正前のもの。以下同じ)第900条から第902条までの規定による相続分又は包括遺贈の割合に応じて負担する金額をいうものとして取り扱う旨定めている。
 また、基本通達13−3ただし書は、共同相続人又は包括受遺者が当該相続分又は包括遺贈の割合に応じて負担することとした場合の金額が相続又は遺贈により取得した財産の価額を超えることとなる場合において、その超える部分の金額を他の共同相続人又は包括受遺者の相続税の課税価格の計算上控除することとして申告があったときは、これを認める旨定めている。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人の父A(以下「本件被相続人」という。)は、平成14年12月○日に死亡し、相続が開始した(以下「本件相続」という。)。
ロ 本件相続に係る共同相続人は、本件被相続人の妻B、長女C、二女請求人、三女D、子(非嫡出子)E、養子F、養子G、養子H及び養子J(以下、養子4名を併せて「Fほか養子3名」という。)の9名(以下、これら9名を併せて「本件相続人ら」という。)である。
 なお、Fは請求人の夫であり、G、H及びJは、請求人の子である。
ハ 原処分庁は、平成18年10月17日付の第2次更正処分において、別表2記載の財産(以下「本件財産」という。)は分割が未了であるとして、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の課税価格を計算した。
ニ 請求人及びFほか養子3名は、平成18年○月○日、B、C、D及びEを相手方として、○○家庭裁判所に、遺産分割調停の申立てをしたが(平成○年(○)第○号遺産分割調停事件)、同事件は、平成19年○月○日、調停をしない措置(家事審判規則第138条)により終了した。
ホ 請求人及びFほか養子3名は、B、C、D及びEを被告として、○○地方裁判所に、本件財産の持分の確認を求める訴えを提起し(平成○年(○)第○号土地共有持分権確認等請求事件。以下「本件訴訟」という。)、平成20年○月○日、原告らの請求を一部認容する判決(以下「本件判決」という。)がされ、同月○日に確定した。
ヘ 本件訴訟では、別表2の順号1の土地(以下「本件P1土地」という。)が、本件被相続人の遺言書(以下「本件遺言」という。)に記載された「P市p2町所在土地の土地建物」に含まれるか否かなどが争われ、本件判決は、本件P1土地は、本件遺言に記載された土地に含まれており、指定分割済みであると判断した上、本件P1土地につき、Eを除く本件相続人らが、本件遺言に記載された割合で共有持分を有すること、別表2の順号2の土地(以下「本件Q土地」という。)及び別表2の順号5のゴルフ会員権(以下「本件ゴルフ会員権」という。)につき、本件相続人らが法定相続分で共有持分を有することを確認し、別表2の順号3及び4の各貸付金(以下、両者を併せて「本件貸付金」という。)の持分の確認請求は棄却した。
ト 請求人は、本件判決により未分割財産のうちの一部(本件P1土地、本件Q土地及び本件ゴルフ会員権)の分割が確定し、Fほか養子3名及びEに、別表3の「3債務等超過分」欄のとおりの債務等超過分が生じており、基本通達13−3ただし書を適用して、Fほか養子3名に生じた債務等超過分及びEに生じた債務等超過分の一部を請求人の本件相続税の課税価格の計算上控除すると、請求人の課税価格は零円になるとして、別表1の付表の「本件更正の請求」欄のとおり、更正の請求をした。
チ これに対し、原処分庁は、請求人の本件相続税の課税価格の計算上、他の共同相続人に生じた債務等超過分を控除するには、すべての共同相続人の合意がなければならないところ、本件では合意がないので控除は認められないとし、本件判決により本件P1土地、本件Q土地及び本件ゴルフ会員権の分割が確定したとして、別表1の付表の「本件更正処分」欄のとおり、更正処分をした。

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2 争点

 本件の争点は、本件更正の請求において、Fほか養子3名に生じた債務等超過分及びEに生じた債務等超過分の一部を、請求人の本件相続税の課税価格の計算上控除できるか否かである。

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3 主張

(1) 請求人

イ 基本通達13−3ただし書は、債務等超過分を控除するに当たって共同相続人全員の合意が必要であるとは定めていないから、請求人の本件相続税の課税価格の計算上控除することを認めるべきである。
ロ 債務等超過分が共同相続人のうちのいずれの相続税の課税価格の計算上控除されたとしても、共同相続人が控除した債務等の合計額が被相続人に係る債務等の金額以下であれば、原処分庁は相続税法で規定している税額を確保できるのであるから、請求人以外の共同相続人が債務等超過分を控除していないのであれば、請求を認めるべきである。
ハ 仮にEについて生じた債務等超過分の一部を請求人の本件相続税の課税価格の計算上控除できないとしても、Fほか養子3名は、同人らに生じた債務等超過分を請求人の本件相続税の課税価格の計算上控除することに合意しているから、少なくともFほか養子3名に生じた債務等超過分については、控除を認めるべきである。

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(2) 原処分庁

 基本通達13−3ただし書に定める「その超える部分を他の共同相続人の相続税の課税価格の計算上控除することとして申告があったとき」とは、債務等超過分の控除に当たって、すべての共同相続人によって当該債務等超過分をどのように控除するかを合意したことを前提として、債務等超過分を他の共同相続人の相続税の課税価格の計算上控除することとして申告があった場合をいうものと解するのが相当である。
 本件においては、債務等超過分を控除することについて、すべての共同相続人の合意を得た事実はないものと認められるから、これを請求人の本件相続税の課税価格の計算上控除することは認められない。

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4 判断

(1) 法令解釈等

イ 相続税法第13条第1項は、上記1の(3)のイのとおり規定しているところ、「その者の負担に属する部分の金額」とは、相続により財産を取得した者が実際に負担する金額をいうものと解される。
 そして、基本通達13−3本文は、上記1の(3)のロのとおり、実際に負担する金額が確定していないときは、民法第900条から第902条までの規定による相続分の割合に応じて負担する金額をいうものとして取り扱うとしている。
 この点、未分割の財産については、相続税法第55条《未分割遺産に対する課税》が、民法の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って財産を取得したものとして相続税の課税価格を計算する旨を定めており、基本通達13−3は、債務等についてこれと同様の計算方法を認めたものであるから、当審判所も、かかる取扱いは相当であると解する。
ロ ところで、基本通達13−3ただし書は、上記1の(3)のロのとおり、共同相続人に債務等超過分が生じた場合に、これを他の共同相続人の相続税の課税価格の計算上控除することを認めている。
 これは、基本通達13−3本文の取扱いが、実際に負担する金額が確定するまでの仮定の計算であり、実際に負担する金額が確定していない状態において発生した債務等超過分を相続税の課税価格の計算上切り捨ててしまうことは必ずしも適当でないため、他の共同相続人の相続税の課税価格の計算上控除することを認めたものと解され、当審判所も、かかる取扱いは相当であると解する。
ハ もっとも、共同相続人の中に、債務等超過分を控除することが可能な者が複数いる場合、それぞれが任意に債務等超過分を自己の相続税の課税価格の計算上控除して申告できるとすれば、債務等超過分が重複して控除されることも想定され、妥当でなく、基本通達13−3ただし書が、そのような事態まで許容する趣旨でないことは明らかである。また、先に申告をした者のみ控除が認められるとすることも、公平性に欠け、妥当でない。
 したがって、基本通達13−3ただし書の「申告があったとき」とは、共同相続人の中に債務等超過分を控除することが可能な者が複数いる場合には、これらの者の間において、債務等超過分をどのように配分するかについての調整・合意がなされていることが前提になっていると解するのが相当である。
ニ なお、基本通達13−3ただし書は、「申告があったとき」と定めているが、更正の請求の原因となった判決等に基づき、相続税の課税価格を計算した結果、債務等超過分が発生した場合には、更正の請求において控除を求めることも許されると解する。

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(2) 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件相続人らのうち、本件判決により債務等超過分が生じることとなった共同相続人は、Fほか養子3名及びEであり、債務等超過分を控除することが可能な共同相続人は、請求人、B、C及びDである。
ロ 請求人は、Fほか養子3名に生じた債務等超過分を請求人の本件相続税の課税価格の計算上控除することについて、Fほか養子3名の合意を得たが、Fほか養子3名に生じた債務等超過分及びEに生じた債務等超過分の一部を請求人の本件相続税の課税価格の計算上控除することについて、B、C、D及びEの合意は得ていない。

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(3) 本件へのあてはめ

 上記(2)のイのとおり、本件では、共同相続人の中に、債務等超過分を控除することが可能な者が複数いるから、上記(1)のハのとおり、これらの者の合意がなければ、請求人の本件相続税の課税価格の計算上、債務等超過分を控除することはできないと解すべきところ、請求人は、上記(2)のロのとおり、債務等超過分を控除することが可能な共同相続人であるB、C及びDの合意を得ていないから、請求人の本件相続税の課税価格の計算上、Fほか養子3名に生じた債務等超過分及びEに生じた債務等超過分の一部を控除することはできないというべきである。

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(4) 請求人の主張について

イ これに対し、請求人は、上記3の(1)のロのとおり、他の共同相続人が本件相続税の課税価格の計算上債務等超過分を控除していない限り、請求人による控除を認めるべきである旨主張するが、先に申告等をした者のみが控除による利益を受けられるような解釈が妥当でないことは上記(1)のハのとおりである。
ロ また、請求人は、上記3の(1)のハのとおり、Fほか養子3名に生じた債務等超過分については、これらの者が合意しているから、請求人による控除を認めるべきであるとも主張するが、債務等超過分は、仮定の計算上生じる仮の金額にすぎず、債務等超過分が生じた共同相続人が処分できる性質のものではないから、かかる主張も採用できない。

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(5) 請求人に係る本件相続税の課税価格の計算について

イ 請求人は、上記1の(4)のトのとおり、本件判決によって、本件P1土地、本件Q土地及び本件ゴルフ会員権の分割が確定したとして本件更正の請求をしており、原処分庁も、同チのとおり、本件更正処分において、これらの財産が分割されたものとして本件相続税の課税価格を計算している。
ロ しかしながら、遺産の分割は、指定分割(民法第908条)、協議分割(同法第907条第1項)又は家庭裁判所の調停若しくは審判による分割(同条第2項)によりなされるものであるところ、本件判決は、このいずれにも該当しない。
 本件判決は、上記1の(4)のヘのとおり、本件P1土地が、本件遺言の「P市p2町所在土地の土地建物」に含まれていること並びに本件Q土地及び本件ゴルフ会員権について、本件相続人らが法定相続分での共有(本件判決のいう共有は、遺産共有を指すと解される。)持分権を有することを確認したにすぎず、本件財産について、本件判決によって新たに分割が行われたわけではない。
ハ そして、上記1の(4)のニのとおり、本件相続人らの間の遺産分割調停は、調停をしない措置により終了しており、請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によっても、他に、本件相続人らの間で、本件Q土地及び本件ゴルフ会員権の遺産分割が行われた事実は認められない。
 したがって、本件Q土地及び本件ゴルフ会員権は、未だ未分割財産であるというべきである。
ニ 以上によれば、本件では、本件P1土地は本件遺言による指定分割済の財産として、本件Q土地、本件ゴルフ会員権及び本件貸付金は未分割財産として、請求人の本件相続税の課税価格を計算すべきである。
 そして、未分割財産がある場合の相続税の課税価格は、分割前の遺産総額に、民法の規定による相続分の割合を乗じた金額から、各共同相続人が実際に取得した分割済の財産の額を控除し、その残額に応じて、未分割財産の額を各共同相続人に配分する方法(いわゆる穴埋方式)により計算するのが相当である。

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(6) 本件更正処分について

 そこで、請求人に配分される未分割財産の割合を計算すると、別表4の「審判所」欄の順号6のとおり、○○○○分の○○○○となり、また、当該割合を各未分割財産にそれぞれ乗じて算出した金額を合計して請求人に配分される未分割財産の金額を算定すると、別表5の「5請求人配分額」欄の「審判所」欄の合計額のとおり、○○○○円となる。
 これに基づき、請求人の本件相続税の課税価格及び納付すべき税額を計算すると、別表1の付表の「審判所認定額」欄のとおり、○○○○円及び○○○○円となり、これらの金額は本件更正処分の金額を上回るから、本件更正処分は適法である。

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(7) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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