(平22.8.23裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の滞納国税を徴収するため、請求人の普通預金の払戻請求権の差押処分をしたのに対し、請求人が、当該差押処分は、前提となる申告が無効であるから違法であるなどとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、別表1の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、平成21年6月26日付で、別表2の債権(以下「本件債権」という。)の差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。
ロ 請求人は、本件差押処分を不服として、平成21年7月7日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は平成21年9月30日付で棄却の異議決定をした。
ハ 請求人は、平成21年10月13日、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、審査請求をした。

(3) 基礎事実

イ 平成10年3月10日、原処分庁に対し、還付金の額を○○○○円とする請求人名義の平成9年分の所得税の確定申告書が提出された(以下「本件確定申告書」といい、本件確定申告書に係る申告を「本件確定申告」という。)。
ロ 平成10年12月2日、原処分庁に対し、納付すべき税額を○○○○円とする請求人名義の平成9年分の所得税の修正申告書が提出された(以下「本件修正申告書」といい、本件修正申告書に係る申告を「本件修正申告」という。)。
ハ 原処分庁は、平成11年1月26日付で、請求人に対し、○○○○円の重加算税(以下「本件重加算税」という。)の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ニ 原処分庁は、請求人が、上記ロ及びハの国税を納期限までに完納しなかったことから、請求人に対し、別表1の「督促年月日」欄のとおり、平成10年12月25日付で本件修正申告書に係る滞納国税についての督促状を、平成11年3月23日付で本件賦課決定処分に係る滞納国税についての督促状をそれぞれ発送した。
ホ 請求人は、本件差押処分がされた時点において、本件滞納国税を完納していなかった。
ヘ 原処分庁は、平成21年6月26日、B銀行(以下「第三債務者」という。)に対し、本件差押処分に係る差押通知書を交付送達し、同月29日、請求人に対し、差押調書の謄本を普通郵便で発送した。
ト 請求人は、平成22年6月3日付で、F市G町○−○に転居した。

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2 争点

争点1 本件確定申告及び本件修正申告は無効か否か

争点2 本件差押処分のうち本件重加算税に係る部分は違法又は不当か否か

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3 主張

(1) 争点1について

イ 請求人
 請求人は、兄であるC(以下「請求人の兄」、又は、単に「兄」という。)にだまされて本件確定申告書に署名し、請求人の兄は、勝手に本件確定申告書を原処分庁に提出した。
 よって、本件確定申告は無効である。
 また、請求人の兄は、原処分庁の調査担当職員(以下「調査担当職員」という。)に本件修正申告書を書かされて、請求人に無断で原処分庁に提出したのであるから、本件修正申告も無効である。
ロ 原処分庁
 本件確定申告書は、請求人の署名押印のあるものを請求人が提出したものであり、その効果は当然に請求人に帰属する。
 また、請求人は、本件修正申告の内容について兄に全面的に任せていたと認められるから、仮に、請求人の兄が、本件修正申告書に請求人の氏名を署名し、押印した上、原処分庁に提出したとしても、その効果は請求人に帰属する。

(2) 争点2について

イ 請求人
 仮に、本件確定申告及び本件修正申告が有効であるとしても、請求人は、兄にだまされて、本件確定申告書に署名をしただけで、隠ぺい又は仮装行為をしていない。
 したがって、本来、本件重加算税は賦課されるべきではないから、本件差押処分のうち、本件重加算税に係る部分は違法又は不当である。
ロ 原処分庁
 課税処分と滞納処分とはそれぞれ目的を異にした別個の法律的効果を有する独立した行政処分であるから、仮に、課税処分に取消原因となる瑕疵が存在しても、課税処分が取り消されない限り滞納処分を行うことができるところ、本件賦課決定処分に重大かつ明白な瑕疵があるとは認められず、同処分が取り消された事実もないから、本件差押処分は適法である。

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4 判断

(1) 争点1について

イ 法令解釈
 納税申告は、私人の公法行為というべきものであり、原則として納税義務者本人が申告書を提出して行うこととされているから(国税通則法第17条《期限内申告》等)、納税義務者以外の者が、本人の承諾なく勝手に納税義務者の申告書を作成し、提出した場合には、その納税申告は無効であると解される。
 もっとも、納税義務者以外の者が申告書を作成し提出した場合であっても、その者が、納税義務者から明示又は黙示に当該申告行為をする権限を与えられている場合は、その納税申告は有効であると解される。
ロ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 請求人の兄は、いわゆるマルチ商法を行う業者の会員になっていたところ、当該業者は、実在する会社の給与の支払調書を偽造して、会員に所得税の不正還付を受けさせていた。
(ロ) 請求人の兄は、請求人にも所得税の不正還付を受けさせるため、請求人に対し、所得金額等があらかじめ記載され、「平成9年分の所得税の確定申告書」と印刷された本件確定申告書を渡し、請求人は、これに署名した。
(ハ) 請求人は、本件確定申告書が提出された平成10年3月当時、20歳であり、兄と同居していた。
(ニ) 原処分庁は、平成10年6月2日、本件確定申告に係る還付金及び還付加算金合計○○○○円(以下「本件還付金」という。)を、別表2の普通預金口座(以下「本件口座」という。)に振り込んだ。
(ホ) 請求人は、平成10年6月9日、本件口座から420,000円を引き出して、兄に渡した。
(ヘ) 請求人は、平成10年10月28日、原処分庁において、調査担当職員から、本件確定申告の経緯等について調査を受けた。請求人は、本件確定申告書は兄から受け取り、自分で住所と名前を記載し自分で提出したこと及び本件確定申告書に添付している支払調書に記載されている仕事に従事し、本件確定申告書の内容は正しく、本件還付金の振込先はB銀行のE支店である旨を説明した。
(ト) 請求人の兄は、原処分庁に対し、還付金の額がある旨の平成9年分の所得税の確定申告をしていたが、平成10年12月2日、調査担当職員の調査を受け、請求人の上記(ヘ)の説明は虚偽の説明であり、同申告及び請求人の本件確定申告が、不正な還付申告であることを認めた。
(チ) 請求人の兄は、平成10年12月2日、原処分庁に対し、兄自身の修正申告書を提出するとともに、本件修正申告書に請求人の氏名を署名し、原処分庁に提出した。
ハ あてはめ
(イ) 請求人は、上記ロの(ロ)のとおり、あらかじめ所得金額等が記載された本件確定申告書に自ら署名しているところ、本件確定申告書には、署名欄のすぐ上に、大きく「平成9年分の所得税の確定申告書」と印刷されていること及び同(ハ)のとおり、請求人が当時20歳で、意思能力等に問題があったことを窺わせる証拠がないこと、同(ヘ)のとおり、請求人は、調査担当職員に、本件確定申告書は、自身で住所と名前を記載し提出した旨を説明していること及び本件還付金の振込先として説明した口座が、同(ニ)のとおり、本件口座と一致していることに照らすと、請求人は、自己が署名した書類が、所得税の確定申告書であることを認識していたものと認められ、また、本件確定申告書には、還付金の受取場所(振込先)として、本件口座が記載されていたと推認することができ(なお、本件確定申告書の当該部分は証拠上残存していないが、この推認を覆すに足る証拠はない。)、請求人は、その記載も認識していたと認めることができる。
(ロ) そして、請求人は、上記ロの(ヘ)のとおり、本件確定申告書が不正なものであることを認めていないものの、これら本件確定申告書の記載内容及びこれを提出することについて、何ら異議を述べていないことなどに照らすと、請求人は、本件確定申告に係る一連の不正還付の手続について、兄に包括的に委任していたというべきであり、上記委任の効力は、その後の、本件確定申告の内容を是正する手続である本件修正申告にも及ぶと解すべきである。
(ハ) そうすると、請求人の兄が、本件確定申告書を提出し、また、本件修正申告書に請求人の氏名等を記載して提出したとしても、本件確定申告及び本件修正申告はいずれも有効というべきである。
ニ 請求人の主張について
 これに対し、請求人は、本件確定申告書は兄にだまされて署名したものであり、本件修正申告書は兄が勝手に作成して提出したものであるから、本件確定申告及び本件修正申告はいずれも無効であると主張し、当審判所に対し、本件確定申告書が確定申告書であることは認識しておらず、また、本件口座から引き出した金員がどこからの入金かということは考えなかったと答述する。
 しかしながら、上記ハの(イ)のとおり、本件確定申告書が所得税の確定申告書であることは、その記載上明らかであり、請求人は、調査担当職員に、本件確定申告書の内容を説明し、還付金の振込先として本件口座を記載している旨を説明していることからすれば、上記答述は不自然で採用できず、請求人の主張には理由がない。

(2) 争点2について

イ 法令解釈
 課税処分と滞納処分とは、目的を異にする独立した行政処分であるから、課税処分が重大かつ明白な瑕疵により無効であるか又は違法を理由として権限ある機関によって取り消された場合でない限り、先行する課税処分の瑕疵を理由として、滞納処分の取消しを求めることはできないと解すべきである。
ロ あてはめ
 これを本件についてみると、上記(1)のとおり、本件確定申告書及び本件修正申告書は有効であり、本件賦課決定処分に無効原因となるような重大かつ明白な瑕疵があるとは認められず、本件賦課決定処分が取り消された事実もないから、本件賦課決定処分の瑕疵を理由に本件差押処分の取消しを求めることはできない。

(3) 本件差押処分の適法性について

 上記1の(3)のニないしヘのとおり、原処分庁は、本件滞納国税について請求人に対して督促状を発したこと、請求人は、督促状を発した日から10日を経過した後も本件滞納国税を完納しなかったこと及び原処分庁は、第三債務者に差押通知書を交付送達し、請求人に差押調書を発したことが認められるから、本件差押処分は、国税徴収法第47条《差押の要件》及び同法第62条《差押えの手続及び効力発生時期》の要件を満たしており、適法である。

(4) その他

 原処分のその他の部分については、請求人はこれを争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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