(平22.9.29裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の滞納国税を徴収するため、不動産に係る請求人の持分について差押処分をしたのに対し、請求人が、滞納となったのは申告相談をした際の原処分庁の対応に問題があったからであり、継続して分割納付をしていたにもかかわらず行われた同処分は違法又は不当であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、平成21年10月15日付で、請求人が納付すべき別表1記載の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、別表2記載の不動産に係る請求人の持分3分の1について差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。
ロ 請求人は、平成21年10月27日に、本件差押処分に不服があるとして異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成22年1月22日付で棄却の異議決定をした。
ハ 請求人は、平成22年2月16日に、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして審査請求をした。

(3) 関係法令

 国税徴収法(以下「徴収法」という。)第47条《差押の要件》第1項第1号は、滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときは、徴収職員は、滞納者の国税につき、その財産を差し押さえなければならない旨規定している。

(4) 基礎事実

イ 請求人は、平成11年分の所得税について、確定申告書(分離課税用)に総所得金額を○○○○円及び納付すべき税額を○○○○円と記載して、法定申告期限までに申告した(以下、この申告を「本件申告」という。)。
ロ 原処分庁は、平成12年6月27日付で、請求人に対し、本件滞納国税について、国税通則法(以下「通則法」という。)第37条《督促》の規定に基づき督促状を発した。

(5) 争点

 本件差押処分は、信義則に反し違法であるか否か、また、差押えの趣旨及び目的に反し不当であるか否か。

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2 主張

(1) 原処分庁

 請求人の本件申告の手続に重大かつ明白な暇疵の存在は認められず、申告相談時の不服は、本件差押処分を違法とする理由にはならない。
 また、原処分庁は、請求人に対して、差押えをしない旨の指導をした事実はないことから、本件差押処分は、信義則に反することなく、本件滞納国税を徴収するため、徴収法第47条の規定に基づき適法に行われている。

(2) 請求人

 請求人は、本件申告の前に、B税務署に行き申告の相談をしたところ、原処分庁所属の職員から特別控除の範囲内であるので税金はかからないと言われたが、その後、請求人が申告に行くと、今度は特別控除に該当しない部分があるので税金がかかると言われた。請求人は、最初の申告相談後に、手持資金で家具等を購入しており、最初の相談の後すぐに、税金がかかる旨連絡してくれれば、本件滞納国税は納付できたのであるから、滞納原因は原処分庁にある。
 また、請求人は、原処分庁から毎年納付書の送付を受けて、少額であるが分割納付を約10年間継続し、その間、差押えの話もなかった。
 以上の事情があるにもかかわらず、今回、原処分庁が一方的に差押処分を実施したことは、信義則に反して違法であるか、あるいは不当である。

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3 判断

(1) 認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 原処分庁所属の徴収担当職員(以下「徴収担当職員」という。)は、平成12年5月19日、請求人に電話連絡をした際に、請求人に対して、財産を担保に出す方法もあること及びどうしても納税できない場合は差押えも検討しなければならないことを伝え、分割納付・担保提供について、督促状発付後に予定している面接のときまでに検討するように指示した。
ロ 請求人は、平成12年7月5日に、B税務署へ行き、徴収担当職員と面接を行い、本件滞納国税(ただし、本税額は、当時○○○○円。)を年金収入から同月以降最低10,000円ずつ納付する旨の納付計画並びに納付計画どおりに納付しなかったときには差押え及び公売処分をされても異議はなく、延滞税についても合わせて納付する旨を記載した納付誓約書を提出した。
ハ 請求人は、本件滞納国税について、上記ロの納付誓約書を提出した後の平成12年8月17日及び同年10月18日に、それぞれ10,000円を納付したが、その後、納付が途絶え、平成13年中及び平成14年中は、5,000円の納付を合計4回(合計20,000円)履行し、平成15年4月から平成21年8月までの毎偶数月にそれぞれ5,000円(平成16年12月には10,000円)を、平成21年10月15日に10,000円を納付した。
ニ 徴収担当職員は、平成21年9月9日付で、同月16日午前9時から午後4時までB税務署において、本件滞納国税の納付方法等について相談したいので具体的な納付計画を準備願う旨、及び、何の連絡もなく来署しないときには直ちに滞納処分(財産の差押え等)を行うことがある旨を記載した「滞納国税等の納付相談のお知らせ」と題する文書を請求人に送付した。
ホ 請求人が、平成21年9月14日に、上記ニの指定の日時に来署できない旨の電話連絡をした際に、徴収担当職員は、請求人に対して、このままの納税では、いつまでたっても完納にならない旨及び財産があれば差し押さえる旨を伝えた。
ヘ 請求人は、平成21年9月24日に、B税務署へ行き、徴収担当職員と面接した際に、まる1一括納付は現時点では困難であること、まる22か月に一度の分割納付金額を5,000円から10,000円に増額すること、及び、まる3長期分割納付を引き続き継続することを申し出たが、徴収担当職員は、請求人に対して、長期分割納付を認めるには差押えが前提となるので、不動産を差し押さえた上で、分割納付を認める旨を伝えた。
ト 平成21年10月15日現在における本件滞納国税は、別表1記載のとおりであり、その時点において、本件滞納国税について、通則法第46条《納税の猶予の要件等》の規定による納税の猶予、同法第105条《不服申立てと国税の徴収との関係》の規定による徴収の猶予等及び徴収法第153条《滞納処分の停止の要件等》の規定による滞納処分の停止が行われていた事実はない。

(2) 法令解釈

イ 租税法規に適合する税務官庁の処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、これを違法として取り消すことができるのは、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお、当該処分を取り消して納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存在する場合に限られるべきであると解されるところ、この特別の事情があるかどうかの判断に当たっては、少なくとも、まる1税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、まる2納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、まる3後にその表示に反する処分が行われ、まる4そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、まる5納税者が税務官庁の表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠なものであると解される。
ロ 処分の不当とは、処分を行うにつき、法の規定から処分行政庁に裁量権が付与されていると認められる場合において、処分行政庁の行った処分が、裁量権の逸脱又は濫用により違法であるとまではいえないが、当該処分の基礎となる法や制度の趣旨及び目的に照らして不合理であることをいうと解するのが相当であるから、裁量権の範囲内にある事由に関する原処分庁の判断が当該処分の趣旨及び目的に反している場合には、当該処分は不当なものというべきである。
 ここで、滞納処分とは、国税が納期限までに完納されないときに、国税債権の履行を強制的に実現するための一連の手続であって、納税者の財産をもって国税に充てることを目的とするところ、国税債権が金銭債権であることから、その目的を達成するためには、納税者の財産を換価し、その換価代金を国税に充てることが必要である。そして、この換価の前提として、納税者の財産を保全するため、納税者の特定の財産について、処分を禁止するのが差押処分であり、当該処分は納税者の意思にかかわりなく強制的に行われるものである。
 徴収法第47条第1項第1号は、滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときは、徴収職員は滞納者の国税につき、その財産を差し押さえなければならない旨規定する一方、同法第48条《超過差押及び無益な差押の禁止》、同法第75条《一般の差押禁止財産》から第78条《条件付差押禁止財産》まで、並びに、通則法第46条、同法第105条及び徴収法第153条の各規定において、一定の場合に差押えを制限しているところ、これらの規定は、納税者の権利及び利益の保護並びに生計及び事業の維持のため一定の範囲で差押処分を明文により制限して納税者の利益との調整を図り、個々の滞納事案における自主納付の見込みや差押えの必要性等についての認定・判断を徴収職員にゆだねた上で、滞納となった国税債権を確実に徴収するために、徴収職員に対し、差押えの必要があるときは早期に納税者の財産を保全することを求めたものと解される。したがって、徴収法第47条の規定に基づき納税者の財産を差し押さえるべき時期については、徴収職員の合理的な裁量にゆだねられていると解される。
 以上からすると、差押えの時期の判断が上記趣旨及び目的に反している場合には、当該差押処分が不当となると解するのが相当である。

(3) 判断

イ 本件差押処分の適法性について
(イ) 上記1(4)ロのとおり、本件滞納国税については、平成12年6月27日付で督促状が発せられ、本件差押処分は、当該督促状を発した日から10日を経過した日後に行われていること、及び、上記(1)トのとおり、本件差押処分が行われた平成21年10月15日現在において、本件滞納国税は完納されていないことからすると、徴収法第47条第1項第1号が規定する差押えの要件が満たされていたと認められる。そして、上記(1)トによれば、本件差押処分が行われた時点において、差押えが制限されていなかったと認められる。
 そうすると、本件差押処分は適法である。
(ロ) これに対し、請求人は、上記2(2)のとおり、本件申告に先立ち申告相談をした際に、当初、原処分庁所属の職員から税金がかからないと言われたが、その後、税金がかかると言われた旨の事情をもって本件差押処分が信義則に反して違法である旨主張する。
 しかしながら、請求人の主張する当該事情は、本件差押処分に関して、税務官庁が公的見解を表示したものではないから、本件差押処分が信義則に反することを基礎付ける事情とはなり得ない。
 よって、その事実の有無について判断するまでもなく、請求人のかかる主張を採用することはできない。
 また、請求人は、本件滞納国税の分割納付を約10年間継続して行い、その間、差押えの話もないまま一方的に行われた本件差押処分は違法である旨主張する。
 しかしながら、差押処分は、納税者の意思にかかわりなく強制的に行われるものであり、差押処分を行うに当たって、納税者が一部でも納付の意思を表示すれば差押処分ができなくなる旨や納税者の了解を得なければならない旨を定めた法令の規定はないから、原処分庁が差押えの話を請求人にしなかったことが本件差押処分を違法とする理由にはなり得ない。そして、上記(1)イからトまでの各事実をみても、原処分庁が請求人に対して別表2記載の不動産の請求人持分について差押処分をしないことを公的見解として表示したなど、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお本件差押処分を取り消して請求人の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情は認められない。
 よって、信義則違反を基礎付ける事情が存在しないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ロ 本件差押処分の不当性について
(イ) 上記(1)ロ及びハによれば、請求人は分割納付を継続してはいるものの、納付計画に従ったものではなく、その納付状況や本件滞納国税の額に照らせば、本件滞納国税の完納までに相当期間が必要であり、本件差押処分の直後に自主納付により本件滞納国税が完納される可能性は著しく低かったといわざるを得ないから、請求人の財産を保全する必要性があったということができる。
 よって、分割納付を継続している旨の請求人の主張を踏まえても、本件差押処分の実施時期の判断については差押処分の趣旨及び目的に沿った合理的なものということができるから、本件差押処分は不当でない。
(ロ) なお、請求人は、申告相談時の事情や事前に差押えの話がなかったことをもって、本件差押処分が不当である旨主張する。
 しかしながら、請求人の主張する申告相談時の事情は、請求人が滞納に至った原因であり、滞納原因を考慮して本件差押処分の実施の可否を判断する裁量を原処分庁は有していないことから、請求人の主張する当該事情については、本件差押処分が不当であるとの理由になり得ないものである。よって、その事実の有無について判断するまでもなく、この点に関する請求人の主張を採用することはできない。
 また、納税者の財産保全が差押処分の目的であり、差押えについて予告することはその目的の達成を不可能にするおそれがある行為であるから、事前に差押えの話をしないことは、このような差押処分の目的に反するものではなく、差押処分を不当とする理由にはなり得ない。よって、この点に関する請求人の主張を採用することはできない。
ハ 以上のとおり、原処分には、争点についてこれを取り消すべき理由はない。

(4) 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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