(平22.12.17裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、杭打ち等の土木建築工事の請負を業とする審査請求人(以下「請求人」という。)が福利厚生費として損金の額に算入した請求人の従業員等を参加者として実施したD国への旅行(以下「本件旅行」という。)の費用について、原処分庁が、本件旅行に係る費用の額は多額であり、社会通念上一般的に行われているレクリエーション行事には該当しないから、本件旅行により従業員が受けた経済的利益の額は、所得税法第28条《給与所得》に規定する給与に当たると認定し、源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)の納税告知処分等を行ったところ、請求人が、本件旅行は、社会通念上一般的に認められる範囲内のレクリエーション行事であるとして、その処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、請求人に対し、平成21年11月25日付で同年1月分の源泉所得税の額を○○○○円とする納税告知処分(以下「本件納税告知処分」という。)及び不納付加算税の額を○○○○円とする賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件納税告知処分と併せて「本件納税告知処分等」という。)をした。
ロ 請求人は、本件納税告知処分等を不服として、平成22年1月22日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年3月19日付で、いずれも棄却の異議決定をし、その異議決定書謄本を同月23日に送達した。
ハ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成22年4月20日に審査請求をした。

(3) 関係法令等

イ 所得税法第28条第1項は、給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいうと規定している。
ロ 所得税法第36条《収入金額》第1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とすると規定している。
ハ 所得税基本通達36−30《課税しない経済的利益・・・・・・使用者が負担するレクリエーションの費用》(以下「本件基本通達」という。)は、使用者が役員又は使用人のレクリエーションのために社会通念上一般的に行われていると認められる会食、旅行、演芸会、運動会等の行事の費用を負担することにより、これらの行事に参加した役員又は使用人が受ける経済的利益については、使用者が、当該行事に参加しなかった役員又は使用人(使用者の業務の必要に基づき参加できなかった者を除く。)に対しその参加に代えて金銭を支給する場合又は役員だけを対象として当該行事の費用を負担する場合を除き、課税しなくて差し支えないと定めている。
ニ 昭和63年5月25日付直法6−9、直所3−13所得税基本通達36−30《課税しない経済的利益・・・・・・使用者が負担するレクリエーションの費用》の運用について(法令解釈通達)は、使用者が、従業員等のレクリエーションのために行う旅行の費用を負担することにより、これらの旅行に参加した従業員等が受ける経済的利益については、当該旅行の企画立案、主催者、旅行の目的・規模・行程、従業員等の参加割合・使用者及び参加従業員等の負担額及び負担割合などを総合的に勘案して実態に即した処理を行うこととするが、1当該旅行に要する期間が4泊5日(目的地が海外の場合には、目的地における滞在日数による。)以内のものであること、2当該旅行に参加する従業員等の数が全従業員等(工場、支店等で行う場合には、当該工場、支店等の従業員等)の50%以上であることのいずれの要件も満たしている場合には、原則として課税しなくて差し支えないものとする旨定めている。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件旅行は、請求人の休業日である平成21年1月10日(土)から同月12日(月)成人の日(祝日)までの2泊3日の日程で実施された。
ロ 本件旅行に参加した者は、請求人の代表取締役B(以下「B社長」という。)、請求人の従業員10名及び外注先21名の合計32名であった。
ハ 本件旅行の費用の総額は8,000,000円であり、請求人は、当該費用の額を福利厚生費として所得金額の計算上損金の額に算入した。
ニ 原処分庁は、上記ハの金額のうち、本件旅行に参加した従業員に係る本件旅行の費用の額2,413,000円(一人当たりの費用の額は241,300円)を参加した従業員に対する給与等として源泉所得税の納税告知処分をした。
ホ 本件旅行に参加した従業員は、旅行費用を全く負担していない。また、本件旅行に参加しなかった従業員2名に対し、請求人から本件旅行への参加に代えた金銭等の支給はない。

(5) 争点

 本件旅行は、社会通念上一般的に行われていると認められるレクリエーション行事に当たるか否か。

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2 主張

(1) 原処分庁

イ 本件旅行は、本件基本通達の趣旨、目的に照らし、参加した従業員が受ける経済的利益の額、旅行の趣旨目的、旅行日程、見学先等の内容を基に判断すると、請求人が負担した参加従業員一人当たりの旅行費用の額が241,300円と多額であり、社会通念上一般的に行われていると認められる範囲内のレクリエーション行事に当たらない。
ロ 従業員に課税すべき経済的利益の享受があったか否かの判定については、それぞれの行事や旅行ごとに経済的利益の額が少額不追求の趣旨を逸脱しないかどうかの判断を行うべきである。
ハ 使用者が行うレクリエーション行事により従業員が受ける経済的利益の額が少額であるかどうかは、その行事ごとに判断すべきであるから、本件旅行がおおむね5年に1度実施されていることをもって、単年度当たりの費用を算定し、多額ではないとする請求人の主張には理由がない。

(2) 請求人

イ 本件旅行は、実施日程が2泊3日であること及び従業員のほぼ全員が参加していること、また、従業員には経済的利益を受けることについての選択性が認められないものであることからすれば、社会通念上一般的に行われていると認められる範囲内のレクリエーション行事に当たる。
ロ 従業員に課税すべき経済的利益の享受があったか否かの判定については、本件旅行の費用の額だけではなく、その他の福利厚生費の年間合計額を勘案した上で給与として課税するかどうかを判断すべきである。
ハ 請求人の社員旅行は毎年実施するのではなく、おおむね5年に1度実施しているものであって、単年度であれば1年当たり48,260円となり、この金額は少額であるから経済的利益による給与としての課税を考える金額ではない。

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3 判断

(1) 法令解釈等

イ 経済的利益について
 所得税法第36条第1項は、上記1の(3)のロのとおり、受けた経済的利益の価額についても、その年分において収入すべき金額とする旨規定しており、従業員等が使用者から給与以外の名目の金銭や無償の便益等の供与を受けた場合、すなわち、収入すべき権利が確定したときはその金額の多寡にかかわらず、同法第9条《非課税所得》などによって非課税とされる場合を除き、その時点において同法第28条に規定する給与等に該当すると解される。
ロ 経済的利益の少額不追求について
(イ) 本件基本通達は、使用者が社会通念上一般的に行われていると認められるレクリエーション行事の費用を負担することにより、これらの行事に参加した役員又は従業員が受ける経済的利益については、一定の要件を満たす場合において課税しなくて差し支えない旨定めている。
(ロ) この取扱いは、1使用人らは、雇用されている関係上、必ずしも希望しないままレクリエーション行事に参加せざるを得ない面があり、その経済的利益を自由に処分できるわけでもないこと、2レクリエーション行事に参加することによって使用人らが受ける経済的利益の価額は少額であるのが通常であるうえ、その評価が困難な場合も少なくないこと、3使用人らの慰安を図るため使用者が費用を負担してレクリエーション行事を行うことは一般化しており、レクリエーション行事が社会通念上一般に行われていると認められるようなものであれば、あえてこれに課税するのは国民感情からしても妥当ではないこと等を考慮したものと解され、合理性を有するものといえる。したがって、レクリエーション行事として行われる旅行が本件基本通達にいう社会通念上一般的に行われていると認められるものに当たるか否かの判断に当たっては、当該旅行の企画立案、主催者、旅行の目的・規模・行程、従業員の参加割合、使用者及び参加従業員の負担額、両者の負担割合等を総合的に考慮すべきであるが、上記1ないし3の趣旨からすれば、従業員の参加割合、参加従業員の費用負担額ないし両者の負担割合よりも、参加従業員の受ける経済的利益、すなわちレクリエーション行事における使用者の負担額が重視されるべきである。けだし、上記の経済的利益が多額であれば非課税とする根拠を失うのに対し、従業員の参加割合、参加従業員の負担額、使用者と参加従業員の負担割合は、当該旅行がレクリエーション行事といえるかどうかの判断について考慮すべき事項であるとはいえても、自ら、どの程度の費用を負担してレクリエーション行事に参加するか否かは最終的には従業員が決定すべき事柄であって、参加しない者も予定されるからである(昭和63年3月31日大阪高裁判決)。
(ハ) 上記(ロ)によれば、本件基本通達の取扱いは、レクリエーション行事の参加者の受ける経済的利益の額、すなわち使用者の負担額を重視し、その額が少額不追求の範囲内であることを前提に強いて課税しないこととしたものと解されるから、当該経済的利益の額が多額で、社会通念上一般的と認められる範囲を逸脱しているような場合には、課税をしないものとして取り扱うべき根拠を失うこととなり、当該レクリエーション行事の参加者の受ける経済的利益の額は、その全額が所得税法第28条に規定する給与等として課税されることになると解される。

(2) 認定事実

 当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件旅行の目的等について
 請求人提出資料及びB社長の当審判所に対する答述等によれば、本件旅行を実施した目的、内容等については次のとおりであったことが認められる。
(イ) 本件旅行は、請求人の外注先である個人事業者が現場を去ることになったことを契機として企画され、普段はいくつかの現場に分かれて業務を遂行している従業員や外注先を一緒に海外旅行に連れて行くことで一体感を持たせ、円滑な業務の遂行が可能となることを期待して行われたものである。
 また、本件旅行に同行した外注先は、請求人と長年取引のある個人事業者の外注先及び法人の外注先の社員等であった。
(ロ) 本件旅行は、1なるべく現地での滞在時間が長くなるよう往路は午前便、復路は午後便を利用したこと、2本件旅行の参加者に満足感を与えるため、宿泊はランドマーク的なホテルで部屋を1人1部屋とし、食事は現地の有名レストランを利用したこと、3ほかの観光客に迷惑がかからないよう本件旅行の参加者のみをグループとし、専用の添乗員を付けたこと、4請求人の業務に支障が出ないように、上記1の(4)のイの日程で旅行を企画したこと等から、旅行費用が割高となった。
ロ 一般的な海外旅行に要する費用等の額と会社負担金額等について
 官公庁及び民間企業からの依頼により賃金、労務管理、労働問題、経営管理等に関する各種調査研究の受託業務等を行っている法人であるE社が会員企業に対して行った社内行事と余暇・レク活動等に関するアンケート調査の結果によれば、海外への社員旅行を実施した企業の一人当たりの海外旅行費用平均額及び会社負担金額は、次のとおりであった。

番号 調査実施年月 平成11年7月 平成16年3月 平成21年12月
1 海外旅行費用平均額 112,421円 108,000円 81,154円
2 1の内、会社負担金額 69,089円 74,000円 56,889円
3 会社負担割合(2/1) 61.5% 68.5% 70.1%

(3) 本件への当てはめ

 レクリエーション行事として行われる役員又は従業員を対象とした慰安旅行が社会通念上一般的に行われていると認められる範囲内か否かの判断に当たっては、上記(1)のロの(ハ)のとおり、当該旅行の参加者が受ける経済的利益の額(使用者の負担額)が少額不追求の範囲内となるか否かを判断すべきであるところ、これを本件旅行についてみると、請求人が負担した従業員一人当たりの旅行費用の額241,300円は、上記(2)のイの(ロ)のとおり、ランドマーク的なホテルを1人1部屋使用したこと、現地の有名レストランで食事をしたこと等の事情もあって、上記(2)のロの会社負担金額と比較すると、当該負担金額を大きく上回る多額なものであるから、少額不追求の観点から、強いて課税しないとして取り扱うべき根拠はないものといわざるを得ない。
 したがって、本件旅行については、その実施日程が2泊3日で従業員のほぼ全員が参加しているとしても社会通念上一般的に行われているレクリエーション行事の範囲内と認めることはできない。

(4) 請求人の主張について

 請求人は、課税すべき経済的利益の享受が行われたかどうかの判定には、福利厚生費の年間合計額を勘案すべきである旨主張し、また、社員旅行は、おおむね5年に1度実施しているものであって、単年度であれば1年当たり48,260円となり、この金額は少額であるから経済的利益による給与としての課税を考える金額ではない旨主張する。
 しかしながら、従業員等が受ける経済的利益については、例えば、レクリエーション行事であれば、その行事が実施された時点で享受するものであり、その時点で収入あるいは収入すべき権利が確定するのであるから、少額不追求の観点から判断するに当たっても、請求人が主張するような取扱いをすべき理由はなく、収入あるいは収入すべき権利が確定するごとに、つまりはレクリエーション行事であれば、その行事の実施ごとに判断すべきである。したがって、福利厚生費の年間合計額を勘案すべきではなく、また、レクリエーション行事として行われる慰安旅行が隔年又は数年に1回実施されていたとしても、単年度に引き直すなどの考慮をすべきではないので、請求人の主張には理由がない。

(5) 本件納税告知処分について

 上記(3)のとおり、本件旅行は、社会通念上一般的に行われている範囲内のレクリエーション行事とはいえないことから、本件旅行の参加従業員は、課税される経済的利益を請求人から受けたこととなり、当該経済的利益の額は所得税法第28条第1項に規定する給与所得に該当する。そして、請求人は、所得税法第183条《源泉徴収義務》第1項の規定により所得税を徴収し、法定納期限までにこれを国に納付しなければならないところ、請求人はこれをしていない。
 そこで、各参加従業員の旅行費用の額を基に、所得税法(平成22年法律第6号による改正前のものをいう。)第186条《賞与に係る徴収税額》の規定により各参加従業員に係る源泉所得税の額を計算すると合計で○○○○円となり、本件納税告知処分と同額となることから、原処分庁が請求人に対して行った本件納税告知処分は適法である。

(6) 本件賦課決定処分について

 上記(5)のとおり、本件納税告知処分は適法であり、また、請求人が平成21年1月分の源泉所得税を法定納期限までに納付しなかったことについて、国税通則法第67条《不納付加算税》第1項ただし書に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条の規定によりなされた本件賦課決定処分は適法である。

(7) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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