(平22.12.1裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)に対し、1事業に関する帳簿書類の提示を求めたところ、作成していないとの理由で提示されなかったなどとして、青色申告の承認の取消処分をし、2請求人と請求人が株主である同族会社との間の不動産の賃貸借に係る取引が、請求人の所得税の負担を不当に減少させる結果となるとして、所得税法第157条《同族会社等の行為又は計算の否認等》を適用して所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をしたことから、請求人が、これらの処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成18年分、平成19年分及び平成20年分(以下「本件各年分」という。)の所得税について、青色の確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載し、それぞれ法定申告期限までに申告した。
ロ 原処分庁は、平成21年7月8日付で、平成18年分以後の所得税の青色申告の承認の取消処分(以下「本件取消処分」という。)を行うとともに、本件各年分の所得税について、別表1の「更正処分等」欄のとおり、各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を行った。
ハ これに対し、請求人は、平成21年8月31日、異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月26日付で、別表1の「異議決定」欄のとおり、原処分の一部を取り消す異議決定をした(以下、異議決定後の所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をそれぞれ「本件各更正処分」及び「本件各賦課決定処分」という。)。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成21年12月11日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

 別紙のとおり。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、不動産貸付業及び農業を営む個人事業主であり、昭和60年3月14日、H税務署長に対し、所得税の青色申告の承認の申請を行い、その承認を受けた。
ロ J社は、不動産賃貸及び不動産管理を目的として昭和59年3月○日に設立された法人であり、請求人及び請求人の妻Kが各50%の株式を所有する法人税法第2条第10号に規定する同族会社である。J社の役員は、請求人の実子L(代表取締役)、請求人(取締役)及びK(取締役)の3名である。
ハ 請求人が行っている不動産貸付けの状況は別表2のとおりであり、収入の大部分はJ社からの賃貸料収入である。
 なお、別表2のうち、請求人のJ社に対する賃貸物件の詳細は、次のとおりである。
(イ) 請求人は、X市a町所在の土地と同土地上の鉄筋コンクリート・鉄骨造陸屋根地下1階付6階建の店舗共同住宅の持分3分の2とを併せてJ社に賃貸し、J社は、同店舗共同住宅の自社の持分3分の1と併せてこれを第三者に賃貸している。
(ロ) 請求人は、X市b町所在の土地と同土地上の鉄筋コンクリート造陸屋根3階建の共同住宅(2棟)の持分7分の4とを併せてJ社に賃貸し、J社は、同共同住宅の自社の持分7分の3と併せてこれを第三者に賃貸している。
(ハ) 請求人は、X市d町所在の土地と同土地上の軽量鉄骨造スレート葺2階建の共同住宅の持分2分の1とを併せてJ社に賃貸し、J社は、同共同住宅の自社の持分2分の1と併せてこれを第三者に賃貸している。
(ニ) 請求人は、X市e町所在の土地をJ社に賃貸し、J社は、同土地を第三者に賃貸している。
ニ 請求人は、本件各年分において、租税特別措置法第25条の2《青色申告特別控除》第1項第1号の100,000円の控除の適用を受けた。
ホ 原処分庁は、上記(2)のロのとおり、平成21年7月8日付で本件取消処分をしたが、同処分の通知書には、処分の理由として、要旨次のとおり記載されている。
(イ) 請求人の本件各年分の所得税の調査に関し、事業に関する帳簿書類の提示を求めたところ、現金出納帳を含めた帳簿は作成していないとの理由で提示されなかった。なお、集計表や決算書を作成するための一覧表の提示の求めに対しても、作成していない旨の理由で提示されなかった。
(ロ) これら現金出納帳などの帳簿が一切作成されていない事実は、帳簿書類の備付け、記録及び保存が所得税法第148条第1項に規定する財務省令で定めるところに従って行われていない場合に該当し、同法第150条第1項第1号に該当する。
ヘ 本件各更正処分の通知書には、所得税法第155条第2項に規定する「更正の理由」は附記されていない。

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2 争点

 本件の争点は次のとおりである。

争点1 原処分庁が、現金出納帳などの帳簿が一切作成されていないとして青色申告の承認を取り消したこと及び更正通知書に更正の理由が附記されていないことは、違法又は不当か否か。

争点2 争点1について、違法又は不当といえない場合、請求人と請求人が株主である同族会社との不動産の賃貸借に係る行為又は計算が、請求人の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるか否か。

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3 主張

 各争点に係る当事者の主張は、次のとおりである。

(1) 争点1について

イ 原処分庁
(イ) 本件取消処分は、次の理由により適法である。
A 帳簿書類の備付けの不備について
 請求人は、原処分庁の不動産所得の調査の際、原処分庁所属の調査担当職員に、不動産所得に係る帳簿は作成していないとして、現金出納に関する事項(現金取引の年月日、必要経費に係る取引ごとの事由、出納先及び金額並びに日日の残高)を記載した帳簿(以下「現金出納帳」という。)を提示しなかったことから、現金出納帳を備え付けていないものと認められ、この事実は、請求人の不動産所得に係る帳簿書類の備付けが所得税法第148条第1項に規定する財務省令で定めるところに従って行われていない場合に該当する。
 また、請求人は、不動産所得に係る取引を記載した伝票を作成し保存していたから、帳簿書類の備付けはされていた旨主張するが、原処分に係る調査の際、請求人は、当該伝票を提示しなかっただけでなく、その存在を明らかにしなかったことから、原処分庁において、当該伝票について確認することができず、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを判断することができなかったのであり、このことは、所得税法第150条第1項第1号に規定する青色申告の承認の取消事由に該当する事実があるものと解される。
B 理由附記について
 所得税法第150条第1項第1号に規定する帳簿の備付け、記録又は保存とは、単に物理的に帳簿書類が存在することを意味するにとどまらず、これを税務職員による検査に当たって適時に提示することが可能なように体勢を整えて保存することをいうものと解されており、現金出納帳を含めた帳簿書類の提示がされなかった事実を記載した本件取消処分に係る理由附記に誤りはない。
(ロ) 本件各更正処分について
 本件取消処分は適法であり、当該処分により、請求人の提出した平成18年分以後の所得税の確定申告書は、青色申告書以外の申告書とみなされることから、更正通知書に更正の理由を附記せず行った本件各更正処分は適法である。
ロ 請求人
(イ) 本件取消処分は、次の理由により違法又は不当である。
A 帳簿書類の備付けについて
 請求人は、不動産所得については伝票式会計によっており、一切の取引を伝票に記帳し、つづって保管するとともに、収入集計表等も常時備えており、所得税法が要求する不動産所得の金額を正確に計算するのに必要な帳簿を備え付けていた。また、請求人は、固有の現金出納帳(ノート状の帳簿に現金取引を独立して記載したもの)は作成していないものの、現金出納に関しても、伝票に現金取引の年月日、必要経費に係る取引ごとの事由、出納先及び金額などを記載して、それらをつづって保管することにより、現金出納に関する事項を記載した帳簿書類も備え付けていた。したがって、請求人の不動産所得に係る帳簿書類の備付けは、所得税法第148条第1項に規定する財務省令で定めるところに従って行われていたと認められ、青色申告の承認の取消し事由に当たる事実はない。
 原処分庁は、請求人が当該伝票を提示しなかったとして帳簿書類の備付けがなされていなかった旨主張するが、帳簿の提示がないことを帳簿の備付けがないことと同視するのは、税務当局の再三の提示要求にもかかわらず提示しなかった場合であるところ、請求人は、伝票の提示を求められたことは一切なく、具体的に提示を求められた申告書作成のための集計表等はすべて提示してきており、調査において請求人が帳簿書類の提示を拒否した事実はない。また、原処分庁所属の調査担当職員は、請求人の経理処理方法を確認するという通常調査でなされる努力をすれば、伝票の存在は容易に把握できたにもかかわらず、現金出納帳の有無にこだわり、固有の現金出納帳の不存在をもって直ちに帳簿書類が不存在であると認定しており、その事実認定には誤りがある。
B 理由附記の不備について
 原処分庁が「現金出納帳などの帳簿書類が一切作成されていない」とした認定の基因となった事実が明らかにされておらず、理由の附記に不備がある。
(ロ) 本件各更正処分について
 上記(イ)のとおり、本件取消処分は違法又は不当であるから、取り消されるべきであり、更正通知書に更正の理由を附記せず行った本件各更正処分は、違法である。

(2) 争点2について

イ 原処分庁
(イ) 請求人とJ社の取引の不合理性
 不動産貸付業者が、その所有する不動産を不動産管理会社に貸し付け、不動産管理会社が、同不動産を第三者に転貸した場合、第三者から得る転貸料と貸主に支払う賃借料の差額が不動産管理会社の管理業務への対価として収益を構成し、不動産の所有者が不動産の管理を委託して支払う管理料とその経済的実質は同一のものであると解される。したがって、不動産貸付業者が不動産管理会社から得る賃貸料が不当に低額か否かは、不動産管理会社の転貸料と賃借料の差額が適正であるか否かにより明らかとなる。
 本件の場合、J社が得る転貸料と請求人が得る賃貸料の差額が転貸料に占める割合(以下「管理料割合」という。)は、約46%ないし48%と高額で、このような高額な管理料相当額を支払う取引は、経済的、実質的見地において両者が同族関係にあるがゆえに可能な不自然かつ不合理な取引であるといわざるを得ず、その結果として、請求人が得る賃貸料が低額となり、所得税の負担を不当に減少させていると認められる。
(ロ) 適正な賃貸料の額
 原処分庁が、請求人と類似性を有する業者の管理料割合(以下「適正管理料割合」という。)に基づき算定した賃貸料の額が、請求人の不動産所得に算入すべき適正な賃貸料の額である。原処分庁は、適正管理料割合の算定における同業者の抽出に当たり、請求人との地域的条件の類似性、不動産管理を不動産管理業者に委託しているという業態の類似性及び事業規模の近似性を確保しており、これら類似性が確保された同業者の平均値である適正管理料割合は合理的で、それに基づき算定した賃貸料の額が請求人の所得金額に算入されるべきである。 
ロ 請求人
(イ) 請求人とJ社の取引
 請求人とJ社との取引は、請求人所有の不動産を転貸して管理、仲介業務のみを行う単なる管理委託ではない。J社は、自ら資金調達して、請求人から賃借した土地に請求人と共同で建物を建築し、アパート及び店舗として第三者に賃貸して賃貸料収入を得ており、J社が企画から運営の一切の業務を行っていることから、J社が得る賃貸料と請求人への賃借料の差額は、単なる不動産管理料とは異なっている。原処分庁は、J社の管理料割合が単なる管理委託の場合に比べ高額であると主張するが、第三者間の取引においても、企画者に収入の一定割合が付与されることは何ら不合理ではないことから、請求人とJ社の取引は、十分に経済的合理性のある取引である。
(ロ) 適正な賃貸料の額
 請求人の不動産所得とすべき賃貸料は、土地所有者である請求人の地代収入、建物持分に係る転貸料収入、J社の企画・運営に対する支払管理料を総合して算定すべきであり、地代相当額を土地の相続税評価額の6%、J社の管理料を大手不動産管理会社の管理料の相場である転貸料の15%ないし20%として、請求人が収受すべき賃貸料を計算すると、申告額とおおむね一致する。したがって、請求人とJ社との間でなされた取引が、請求人の所得税の負担を不当に減少させる結果となるとは認められない。

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4 判断

(1) 争点1について

イ 法令解釈
(イ) 青色申告制度は、誠実かつ信頼性のある記帳をすることを約束した納税義務者が、これに基づき所得額を正しく算出して申告納税することを期待し、かかる納税義務者に特典を付与するものであり、青色申告の承認の取消しは、この期待を裏切った納税義務者に対しては、いったん与えた特典をはく奪すべきものとすることによって青色申告制度の適正な運用を図ろうとすることにあるものと解されるところ(東京地方裁判所昭和38年10月30日判決)、この青色申告の承認の取消しは、形式上所得税法第150条第1項各号に該当する事実があれば必ず行われるものではなく、現実に取り消すかどうかは、個々の場合の事情に応じ、処分庁が合理的裁量によって決すべきである(最高裁判所第一小法廷昭和49年4月25日判決)。
(ロ) この点、青色申告の承認の取消処分に係る処理の統一を図るため、国税庁長官が定めた平成12年7月3日付課所4−17ほか3課共同「個人の青色申告承認の取消しについて(事務運営指針)」は、「個人の青色申告の承認の取消しは、所得税法第150条第1項各号に掲げる事実及びその程度、記帳状況等を総合勘案の上、真に青色申告書を提出するにふさわしくない場合について行うこと」としているところ、当審判所も、同事務運営指針は、青色申告制度の趣旨及び青色申告の承認の取消しの意義に照らし、相当であると解する。
(ハ) ところで、所得税法第148条第1項所定の備付け等の義務とは、ただ単に帳簿書類が存すればよいというものではなく、これに対する調査がなされた場合、税務職員においてこれを閲覧検討し、帳簿書類が青色申告の基礎として適正性を有するものか否かを判断しうる状態にしておくことを意味し、青色申告者が上記帳簿書類の調査に正当な理由なくこれに応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを税務署長が確認することができないときは、同法第150条第1項第1号が定める青色申告承認の取消事由に該当するものと解すべきである(東京高等裁判所平成7年12月11日判決)。
(ニ) したがって、青色申告の承認取消処分を行うか否かの判断に当たっては、所得税法第150条第1項第1号に該当する事実が形式的に存在するか否かだけでなく、請求人の業種業態、事業規模に応じた帳簿書類の備付け及び記録の状況、帳簿書類の提示の状況等の個々の事情をも総合的に勘案し、真に青色申告を維持するにふさわしくない場合に、取消処分を行うべきである。
ロ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。
(イ) 請求人の記帳状況について
A 請求人の関与税理士N(以下「N税理士」という。)は、市販されている振替伝票の用紙に平成17年分以降の請求人の不動産所得及び農業所得に係る取引を記載し(以下「本件伝票」という。)、それぞれの取引の発生順につづって、自身の事務所に保管していた。
B 不動産所得に関する本件伝票には、1賃貸料収入について、取引年月日、金額、相手先又は物件名及び借方科目(現金、銀行口座又は未収金の別)、2費用について、取引年月日、金額、相手先、修繕費、保険料等の科目及び貸方科目(現金、銀行口座又は未払金の別)が記載されていた。
C 農業所得に関する本件伝票には、1農業収入について、取引年月日、金額及び借方科目として現金が、2費用について、取引年月日、金額、相手先、肥料代、種苗代等の科目及び貸方科目(現金又は未払金の別)が記載されていた。
(ロ) 請求人の不動産所得に係る賃貸料収入の内訳は別表2のとおりであり、その受領状況は次のとおりである。
A J社からの賃貸料は、毎月一定額を、銀行振込みにより受領している。
B P社からの賃貸料は、年に1回銀行振込みにより受領している。
C Q駐車場の賃貸料は、管理委託先であるR社から、毎月1回、同社への管理費を差し引いた後の金額を銀行振込みにより受領している。
D S社からの賃貸料は、年に1回銀行振込みにより受領している。
E Q第1・第2駐車場の賃貸料は、管理委託先であるT社から、隔月1回、同社への管理費を差し引いた後の金額を現金で受領している。
F 貸家6軒の賃貸料は、毎月1回、各賃借人から現金で受領している。
(ハ) 請求人の帳簿書類についての原処分庁の調査の状況
A 原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)は、平成20年12月16日、請求人宅に臨場し、請求人及びN税理士に対し、確定申告をした不動産所得及び事業(農業)所得の金額の算出方法について説明を求めた。
 これに対し、N税理士は、別表3の平成20年12月16日欄記載の各書類を机の上に提示し、確定申告書の金額は、これらの集計表や領収書等に基づいて算定している旨の説明を行った。
B また、本件調査担当職員が、N税理士に対し、現金出納帳の提示を求めたところ、N税理士は、帳簿形式の現金出納帳は作成していなかったため、作成していない旨回答し、本件伝票が存在することの説明はせず、提示もしなかった。
 これに対し、本件調査担当職員は、現金出納帳などの帳簿を作成していないので本来なら青色申告の承認を取り消すのだが、という趣旨の発言をしたが、それ以上、現金出納帳の提示要求や現金取引の記帳状況についての確認は行わなかった。
C 本件調査担当職員は、平成20年12月16日から、本件各更正処分がなされた平成21年 7月8日までの間に、請求人宅を3回訪問したほか、H税務署において5回の面談を行ったが、請求人とJ社との間の取引についての調査に終始し、上記A及びBのやりとり以外に、請求人の記帳状況について確認したことはなかった。
D 本件調査担当職員が、請求人に対し、具体的に提示を要求した資料は、現金出納帳のほかには、別表3のとおりであり、請求人は、別表3記載の各資料をいずれも原処分庁に提示した。
 なお、調査の過程で、本件調査担当職員が、請求人に対し、本件伝票の提示を要求したことはなく、請求人も提示しなかった。
ハ あてはめ
(イ) 本件取消処分の違法性の有無について
A 本件伝票には、上記ロの(イ)のB及びCのとおり、別紙記載4の昭和42年8月31日大蔵省告示第112号(以下「本件告示」という。)に定める事項がおおむね記載されており、取引の記録は一応なされていたと認められる。
 しかしながら、一般的に「伝票」は、取引事実を記載する一定の様式を備えた紙片で、本来記帳の資料として用いられるものであり、帳簿そのものではない。
 請求人は、伝票式会計を採用しており、本件伝票に取引を記載して日付順につづって保管していることが、帳簿の備付けに当たる旨主張するが、いわゆる伝票式会計において伝票を帳簿として利用する場合には、単に伝票を起票するだけではなく、勘定科目ごとに伝票を整理、集計し、日計表その他の諸表票を付加することにより、伝票に帳簿としての機能をもたせているのであって、単なる伝票のつづりと、伝票式会計における帳簿とは、同義ではない。
 本件伝票のつづりは、単に取引の発生順に取引事実を記載したもので、勘定科目ごとに整理、集計されておらず、本件告示の別表第一各号の表の区分(現金出納、収入及び費用に関する事項等)にも分けられていないことから、組織的に整理集合されているとは認められない。特に、現金出納に関する事項についてみると、現金取引に係る伝票(借方又は貸方に「現金」と記載された伝票)とそれ以外の伝票が混在してつづられ、日日の残高も記載されていないことから、本件伝票のつづりをもって、請求人が、本件告示にいう「必要な帳簿を備え、その取引を同表の第二欄に定めるところにより、整然と、かつ、明りょうに記録している」状況にあったとは認め難い。
B また、請求人及びN税理士は、上記ロの(ハ)のBのとおり、本件調査担当職員から現金出納帳の提示を求められた際、作成していないと回答したのみで、現金出納帳に代わるものとして本件伝票のつづりが存在することを本件調査担当職員に告げていないところ、本件調査担当職員が、現金出納帳などの帳簿を作成していないので本来なら青色申告の承認を取り消すのだが、という趣旨の発言をしたのに対し、請求人又はN税理士において、現金出納帳に代わるものとして本件伝票のつづりが存在することを告げ、これを提示することは容易であったと認められる。にもかかわらず、N税理士が本件伝票のつづりを提示しなかったため、本件調査担当職員が、それ以上現金出納帳の提示を求めなかったことも無理からぬところである。
C 以上によれば、請求人の帳簿書類の備付け、記録及び保存は、財務省令に従って行われていないものというべきであり、所得税法第150条第1項第1号の青色申告の承認の取消し事由に該当する事実があると認められるから、本件取消処分は違法とはいえない。
(ロ) 本件取消処分の不当性の有無について
A もっとも、青色申告の承認の取消しは、上記イの(ニ)のとおり、所得税法第150条第1項各号に該当する事実及びその程度、記帳状況等を総合勘案の上、真に青色申告書を提出するにふさわしくない場合について行うべきである。
B これを本件についてみると、請求人は、不動産所得及び農業所得に係る取引のほとんどを本件伝票に記載しており、取引そのものの記録は行っている。
 そして、請求人は、上記ロの(イ)の記帳状況からすると、所得税法施行規則第56条第1項ただし書に規定する簡易な記録の方法及び記載事項によって記帳を行おうとしているものと認められるから、仕訳帳、総勘定元帳及び貸借対照表等の作成は要しないものであり、請求人が、本件伝票を収入、経費及び現金出納等の区分ごとに整理、集計し、残高等の記載を追記するなど、整然と、かつ、明りょうに整理していれば、財務省令で定める要件を充足したといえることに照らすと、請求人の帳簿書類の備付け及び記録の不備の程度は、甚だ軽微なものと認められる。
 請求人は、上記ロの(ロ)のとおり、不動産所得に係る事業のほとんどをJ社又は不動産管理業者を介して行っており、その収入及び費用は若干の取引を除き定額であり、かつ、賃貸料収入の大部分が銀行口座への振込みであることから、請求人が本件伝票のほか、通帳及び領収書等を集計して計算した本件各年分の所得金額は、十分正確性が担保されていると認められ、帳簿書類の備付け及び記録の不備により請求人の申告納税に対する信頼性が損なわれているとまではいえない。
C また、本件調査担当職員は、上記ロの(ハ)のBのとおり、調査の当初に現金出納帳の存否を確認した以外には、請求人の記帳状況について具体的な聴取り等の調査を行わず、その後は、専らJ社との間の取引状況の調査に終始していたことが認められるところ、請求人及びN税理士は、上記ロの(ハ)のDのとおり、本件調査担当職員から提示を求められた資料については、提出に応じているから、仮に、本件調査担当職員が、請求人又はN税理士に対し、日日の現金取引の状況を確認できる資料の提出を具体的に要求していれば、本件伝票の存在及び記帳状況を確認することは十分に可能であったというべきである。
 そうすると、請求人が自発的に本件伝票の存在を主張しなかった、又は提示しなかったからといって、直ちに原処分庁が請求人の記帳状況を確認できない状態であったとは認められず、青色申告者が帳簿書類の調査に正当な理由なくこれに応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを税務署長が確認することができないとき(上記イの(ハ))に該当するとまではいえない。
D 以上の事情を総合勘案すれば、本件は、真に青色申告を維持するにふさわしくない場合とまでは認められないから、本件取消処分は、不当な処分と評価せざるを得ず、これに反する原処分庁の主張には理由がない。

(2) 本件取消処分について

 以上のとおり、本件取消処分は、不当であるから取り消すべきである。

(3) 本件各更正処分について

 上記(2)のとおり、本件取消処分は取り消すべきであり、それに伴い、本件各更正処分に係る更正通知書には、所得税法第155条第2項に規定する更正の理由が附記されるべきところ、当該各更正通知書には、いずれもその理由が附記されていないことから、本件各更正処分は、いずれも法令の要件を欠く違法な処分となる。
 したがって、本件各更正処分は、争点2について判断するまでも無く、その全部を取り消すべきである。

(4) 本件各賦課決定処分について

 上記(3)のとおり、本件各更正処分はその全部を取り消すべきであるから、本件各賦課決定処分についても、その全部を取り消すべきである。

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