(平成23年3月25日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、会社員であり、不動産賃貸業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、不動産所得の金額の計算上生じた損失の金額があるとして、給与所得の金額と損益通算をして所得税の申告をしたのに対し、原処分庁が、請求人が不動産所得の必要経費に算入した金額の一部について、不動産賃貸業の遂行上必要な支出とは認められず、必要経費に当たらないなどとして更正処分等をしたことから、請求人が、更正処分の理由付記に不備があるなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯等

イ 請求人は、平成18年分、平成19年分及び平成20年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税について、青色の確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
ロ 原処分庁は、原処分庁所属の調査担当職員(以下「調査担当職員」という。)の調査に基づき、平成22年3月10日付で別表1の「更正処分等」欄のとおりとする所得税の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)をした。
ハ 請求人は、原処分を不服として、平成22年5月7日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

イ 所得税法第26条《不動産所得》第1項は、不動産所得とは、不動産の貸付けによる所得をいう旨規定し、第2項は、不動産所得の金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする旨規定している。
ロ 所得税法第37条《必要経費》第1項は、その年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他その所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする旨規定している。
ハ 所得税法第45条《家事関連費等の必要経費不算入等》第1項第1号は、居住者が支出する家事上の経費の額及び所得税法施行令第96条《家事関連費》に規定する家事上の経費に関連する経費の額(主たる部分が業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費の額又は青色申告者が取引の記録等に基づいて、業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分の金額に相当する経費の額を除く。)は、その者の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入しない旨規定している。
ニ 所得税法第57条《事業に専従する親族がある場合の必要経費の特例等》第1項は、青色申告者と生計を一にする親族で専らその青色申告者の営む事業に従事するもの(以下「青色事業専従者」という。)が所定の時期までに提出された届出書に記載されている方法に従いその記載されている金額の範囲内において当該事業から給与の支払を受けた場合には、その労務の対価として相当であると認められる給与の金額は、その青色申告者のその給与の支給に係る年分の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上必要経費に算入する旨規定している。
ホ 所得税法第155条《青色申告書に係る更正》第2項は、税務署長は、居住者の提出した青色申告書に係る年分の総所得金額又は純損失の金額の更正をする場合には、その更正に係る国税通則法第28条《更正又は決定の手続》第2項に規定する更正通知書にその更正の理由を付記しなければならない旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成18年から平成20年までの間(以下「本件各年中」という。)において、d市所在のH社に勤務する執行役員であり、H社の就業規則によれば、請求人の勤務時間は、平日の8時45分から17時15分まで(休憩時間1時間)であった。
ロ 請求人は、H社から、平成18年分として○○○○円、平成19年分として○○○○円及び平成20年分として○○○○円の給与の支払を受けた。
 なお、請求人は、平成21年6月30日にH社を退職した。
ハ 請求人は、妻のJ及び子2人の4人家族であり、本件各年中において、b市c町○−○所在の木造2階建て4LDKの建物(以下「本件住居」という。)に居住していた。
ニ 本件住居は、H社の福利用借上住宅規定に基づく福利用借上住宅であり、請求人は、H社に対し、同規定に基づき、本件住居の家賃の一部(毎月41,666円)を福利用借上住宅使用料として支払っていた。
 なお、請求人は、平成21年6月15日に肩書地に転居した。
ホ 請求人は本件各年中において、次の4物件を賃貸の用に供していた。
(イ) f市g町○−○所在の建物(以下「g物件」という。)
(ロ) f市h町○−○所在の建物(以下「h物件」という。)
(ハ) b市c町○−○所在のiマンション○○棟○○(以下「i物件」という。)
(ニ) f市j町○−○所在のkマンション○○○号(以下「k物件」という。)
ヘ g物件は、軽量鉄骨造2階建て1棟8室の物件であり、請求人は、本件各年中において、f市g町所在のL大学内にあるM社N店との間で、g物件の管理等を委託する旨の契約を締結していた。
 また、h物件は、木造2階建て2棟合計16室の物件であり、請求人は、本件各年中において、f市g町所在のP社との間で、h物件の管理等を委託する旨の契約を締結していた。
 上記各契約における受託者の管理業務の内容には、請求人を代理して賃借人と契約をすること、家賃を徴収すること、建物の巡回点検、共用部分の清掃、入居者及び近隣住民からのクレーム処理、家賃滞納者への督促、空室の発生や予想に伴う入居者の募集、修繕等の見積り及び工事の立会いなどが含まれていた。
ト 請求人は、本件各年分の不動産所得の金額の計算上、請求人使用車両(以下、単に「車両」という。)に係る経費(租税公課、損害保険料及び減価償却費等)、本件住居の福利用借上住宅使用料(毎月41,666円)、本件住居の水道光熱費の50パーセント、インターネット利用料及び電話代、その他の費用(会議費、接待交際費、タクシー代及び家族旅行の費用等)並びに妻Jに対する青色事業専従者給与を必要経費に算入していた。
 なお、請求人が、その他の費用として計上したものの中には、請求人がH社に立替金の清算を求め、H社が負担したものも含まれていた。
チ 原処分庁は、上記トの経費等の額は、請求人の不動産所得の金額の計算上、いずれも必要経費に算入できないとして、本件各更正処分等をした。

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2 争点

 本件の争点は次の2点である。

争点1 更正の理由付記に不備はあるか。

争点2 原処分庁が否認した必要経費のうち、請求人の不動産所得の必要経費に当たるものがあるか否か。

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3 主張

(1) 争点1(更正の理由付記に不備はあるか。)について

原処分庁 審査請求人
イ 平成18年分の不動産所得に係る総収入金額及び租税公課のうち固定資産税に係る支出金額並びに本件各年分の建物の減価償却費に係る本件各更正処分の理由付記については、いずれも請求人の帳簿の記載に誤りがあると認められる事項について、領収書等の関係資料を摘示した上で具体的な理由を明示している。
 また、本件各更正処分における上記以外の理由付記については、請求人の帳簿書類の記載自体を否認したものではないことから、更正の根拠を理由付記の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示すれば足りるものと解されるところ、この点に係る本件各更正処分の理由付記は、帳簿の記載事項を具体的に摘示した上で、いかなる理由で必要経費にならないのかを明示している。
 したがって、本件各更正処分における理由付記に不備はない。
ロ 本件各更正処分の理由付記における請求人の申述は、調査担当職員が請求人から聴取した内容を記載したものにほかならないから、請求人の申述を虚偽にねつ造した事実はない。
 したがって、請求人のこの点に係る主張は、誤解によるものといわざるを得ず、本件各更正処分における理由付記には何ら不備な点はないから、請求人の主張には理由がない。
 本件各更正処分に付記された更正の理由は、車両の利用状況やその他経費に係る請求人の実際の申述内容とは全く異なることが記載されており、請求人の申述を虚偽にねつ造している部分があり、その申述を根拠に行った本件各更正処分はし意専断的なものと認められ、この点で本件各更正処分の理由付記には不備がある。

(2) 争点2(原処分庁が否認した必要経費のうち、請求人の不動産所得の必要経費に当たるものがあるか否か。)について

審査請求人 原処分庁
イ 車両に係る経費(租税公課、損害保険料及び減価償却費等)について
 請求人は、不動産物件の取得を目的とする現地調査及び遠隔地に散在する貸付不動産の現況確認に車両を使用しており、その車両に係る自動車税、損害保険料及び減価償却費等は、不動産賃貸業の遂行上必要な経費である。
 なお、車両の総年間走行距離7,000キロメートル程度に対し、不動産賃貸業以外に利用した年間走行距離は100キロメートル程度であり、車両の業務上の必要性及びその必要である部分は客観的に明らかである。
イ 車両に係る経費(租税公課、損害保険料及び減価償却費等)について
 請求人の主張する不動産物件の取得を目的とする調査の具体的内容は明らかでなく、本件各年分において、請求人が不動産物件を新たに購入した事実もない。また、g物件及びh物件は、不動産業者に管理を委託しており、請求人がf市に出向いて管理を行う必要性はなく、実際に管理を行っていたとも認められない。
 請求人は、車両の私的利用は、年間100キロメートル程度であり、大部分を不動産賃貸業の用に供していた旨主張するが、その根拠を何ら具体的かつ客観的に示していないから、車両に係る経費のうち、不動産賃貸業の遂行上必要である部分が明確に区分されていたとはいえない。
 したがって、車両に係る経費は、その全額について、必要経費に算入することができない。
ロ 本件住居に係る経費について
 請求人は、本件住居の全体面積80平方メートル程度のうち、50パーセントに相当する2部屋部分40平方メートル程度を、不動産賃貸業の用に供していたから、本件住居に係る家賃のうち、請求人が負担していた福利用借上住宅使用料(毎月41,666円)は、全額不動産所得の必要経費に算入すべきである。
 また、請求人は、上記のとおり、本件住居のうち50パーセントを不動産賃貸業の用に供しているから、その建物に係る水道光熱費の50パーセントは、必要経費に算入すべきである。
ロ 本件住居に係る経費について
 請求人の不動産賃貸業のうちに、40平方メートルもの空間を常時利用して行うべき業務があったとは認められず、本件住居を不動産賃貸業の用に供する必要性は極めて限定的であったと推認される。
 また、本件住居の電気、ガス及び水道は、家族4人の生活のために消費される部分が多くなるのは明白であって、請求人が来客や記帳のためにこれらを使用することがあったとしても、その使用量はごくわずかにとどまるものといわざるを得ず、水道光熱費を請求人の主張する面積比率(50パーセント)であん分することに合理的な理由はない。
 以上によれば、本件住居の賃借料及び水道光熱費は、不動産賃貸業の遂行上必要である部分が明確に区分されていたとはいえないから、いずれもその全額について、必要経費に算入することができない。
ハ インターネット利用料及び電話代について
 請求人は、不動産物件の取得を目的とする調査並びに貸付不動産の賃借人及び修繕業者等との連絡等に、電話及びインターネットを使用しているから、インターネット利用料及び電話代は、必要経費に算入すべきである。
ハ インターネット利用料及び電話代について
 請求人の主張する不動産物件の取得を目的とする調査の具体的内容が明らかでないことは上記イのとおりである。また、g物件及びh物件は、上記イのとおり、不動産業者に管理を委託しているから、仮に、賃借人や修繕業者等との連絡に電話を使用することがあったとしても、電話代のほとんどをこれらの連絡に使用しているとは認められない。
 そうすると、請求人のインターネット利用料及び電話代は、不動産賃貸業の遂行上必要である部分を明確に区分することができない以上、その全額について、必要経費に算入することができない。
ニ その他の経費について
 不動産賃貸業において、収益を向上させるためには、賃貸の見込める不動産物件をいかに安価に購入できるかが極めて重要なポイントとなり、不動産賃貸業を営む以上、かかる物件調査を継続することが大事であるから、業務の一環としての調査費用(接待交際費、タクシー代等)を必要経費に算入すべきである。
 また、祈祷料、宅配便代、電子機器代、事務用品代、カード年会費、スーツ代、作業着代、廃品処理代、備品代、自転車代、コンタクトレンズ代及びコンタクトレンズ購入に際しての診察代も、支出先が明らかであるものは必要経費に算入すべきである。
 なお、その他の経費のうち、家族に対する福利厚生費及び購入物品が不明であるものについては、必要経費に当たらないことを争わない。
ニ その他の経費について
 請求人の主張する不動産物件の取得を目的とする調査の具体的内容が明らかでないことは、上記イのとおりである上、請求人の主張する物件調査費その他の費用は、請求人の不動産所得の総収入金額に相当するような多額の支出であるにもかかわらず、その具体的内容が何ら明らかにされていないことからすれば、請求人の不動産賃貸業に直接関連し、かつ、通常必要な支出であると認めることはできない。
ホ 青色事業専従者給与について
 妻Jは、貸付不動産の賃借人、修繕業者等との業務連絡及び不動産物件の取得を目的とする調査等に従事しており、請求人の不動産賃貸業に専ら従事しているので、妻Jに対する給与は、不動産所得の金額の計算上控除されるべきである。
ホ 青色事業専従者給与について
 請求人自身が行う不動産物件の取得を目的とする調査が、不動産賃貸業に直接関連するものでないことは上記イのとおりである。また、上記ハによれば、請求人の不動産所得に関連する電話や郵便物の取次ぎが日常的に必要であるとは到底認められない上、妻Jの行う郵便物の受渡しや電話の応答は、単なる取次ぎにすぎないから、夫婦の相互扶助の範囲内あるいは日常生活の一環として行われている行為にすぎない。
ヘ 原処分庁が請求人の必要経費に算入できないとした経費のうち、上記各経費以外については争わない。  したがって、妻Jは、請求人の不動産所得を生ずべき事業に専ら従事する者には当たらないから、妻Jに対する給与を請求人の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。

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4 判断

(1) 争点1(更正の理由付記に不備があるか。)について

イ 法令解釈
 所得税法第155条第2項が青色申告書に係る所得税について更正をする場合には更正通知書に更正の理由を付記すべきものとしているのは、法が、青色申告制度を採用し、青色申告に係る所得の計算については、それが法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障した趣旨にかんがみ、原処分庁の判断の慎重、合理性を担保してそのし意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与える趣旨に出たものというべきである。したがって、帳簿書類の記載自体を否認して更正をする場合は、単に更正に係る勘定科目とその金額を示すだけではなく、そのような更正をした根拠を帳簿記載以上に信ぴょう力のある資料を摘示することによって具体的に明示することを要するが、帳簿書類の記載自体を否認することなく更正をする場合においては、納税者による帳簿書類の記載を覆すものではないから、更正通知書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿記載以上に信ぴょう力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を前記の原処分庁のし意抑制及び不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の付記として欠けるところはないと解するのが相当である(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁参照)。
ロ 認定事実
 本件各年分の「所得税の更正・加算税の賦課決定通知書」には、帳簿書類の記載自体を否認して更正処分をしたもの及び帳簿書類の記載自体を否認することなく、その法的評価につき納税者と見解を異にして更正処分をしたものに区分し、表を含め20ページ以上にわたり、更正の理由が付記されており、その一例を挙げると、次のとおりである。
(イ) 帳簿の記載自体を認めないで更正処分をしたものについて
 あなたは、f市に対する支出金239,200円を平成18年4月18日付で不動産所得の金額の計算上必要経費の額に算入していますが、固定資産税都市計画税(土地・家屋)領収書によれば、当該支出金額は平成17年4月18日に支払った固定資産税及び都市計画税と認められますから、平成18年分の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入することはできません。
(ロ) 帳簿の記載自体の法的評価について納税者と見解を異にして更正処分をしたものについて
 あなたは、本件住居に係る家賃を必要経費としていますが、本件住居はあなたの居住の用に供していたものであり、あなたの不動産所得を生ずべき業務の遂行上必要である部分も明確にされていませんから、当該家賃は、家事上の経費または家事関連費に該当し、必要経費に算入することはできません。
ハ 当てはめ
 原処分庁は、請求人が作成した仕訳日記帳に、計上誤り、年分誤り又は計算誤りがあるとして、帳簿書類の記載自体を否認した項目については、上記ロの(イ)のとおり、領収書等の信ぴょう力のある資料を摘示して更正の理由を明示しているということができる。
 また、請求人の帳簿書類の記載自体を否認したものでなく、その法的評価について請求人と見解を異にして否認した項目については、上記ロの(ロ)のとおり、更正処分の対象となった事実及びそれに対する法的評価を記載して、更正の理由を明示しているということができる。
 したがって、本件各年分の「所得税の更正・加算税の賦課決定通知書」には、更正の理由が、原処分庁の判断の慎重、合理性を担保してそのし意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるという理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示されているといえるから、法が要求する更正理由の付記として十分であり、本件各更正処分の理由付記に違法となる不備はない。
ニ 請求人の主張について
 これに対し、請求人は、本件各更正処分に付記された更正の理由には、請求人が、平成20年分の経費について申述した内容について、平成18年分及び平成19年分においても申述している旨記載されており、この点で本件各更正処分の理由付記には不備がある旨主張する。
 しかしながら、本件各更正処分の理由が、理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示されており、そこに手続上の違法が認められないことは上記ハのとおりであるところ、請求人の上記主張は、原処分庁が行った本件各更正処分の根拠となる証拠資料の存否ないしその信用性を争うものであり、理由付記の手続に対する不服の域を越え、更正の内容に対する不服に属するものというべきである。
 よって、請求人の上記主張には理由がない。

(2) 争点2(原処分庁が否認した必要経費のうち、請求人の不動産所得の必要経費に当たるものがあるか否か。)について

イ 法令解釈
 所得税法第37条第1項によれば、不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、その年における不動産所得の総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における不動産所得を生ずべき業務について生じた費用の額であり、家事上の経費及びこれに関連する経費(以下「家事関連費」という。)は、原則として必要経費に当たらない。もっとも、所得税法第45条第1項第1号及び所得税法施行令第96条によれば、青色申告者については、家事関連費のうち、取引の記録等に基づいて、業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分の金額は、必要経費に算入されることとなる。
 必要経費についての立証責任は、原則として原処分庁にあると解すべきであるが、一般に必要経費は請求人にとって有利な事柄であり、請求人の支配領域内のこととして証拠資料を整えておくことが容易であるから、原処分庁が具体的な証拠に基づき一定額の経費の存在を明らかにし、これが収入との間に合理的対応関係を有すると認められる場合は、これを超える額の必要経費は存在しないものと事実上推定され、請求人は、経費の具体的内容を明らかにし、ある程度これを合理的に裏付ける程度の立証をしなければ、上記推定を覆すことはできないと解される。
 また、青色申告に係る家事関連費については、納税者において、取引の記録等に基づき業務の遂行上直接必要であった部分を明らかにすれば、その部分について必要経費に算入することができるものと解される。
ロ 当てはめ
 これを本件についてみると、請求人が必要経費であるとして申告した支出の金額をすべて合計すると、請求人の不動産収入の約2倍から3倍の金額となるところ、これは異常な金額であるといわざるを得ず、原処分関係資料、請求人提出資料及び当審判所の調査の結果によれば、家族の食事代や、上記1の(4)のトのとおり、H社との間で立替払の精算をして同社が負担した支出も含まれていたことが認められる。
 これに対し、原処分庁は、別表2の「更正処分等」欄のとおり、請求人が不動産所得の金額の計算上必要経費に算入したもののうち、不動産所得を得るために通常必要な経費である賃貸物件に係る固定資産税、修繕費、減価償却費、賃貸物件購入に際しての借入金利子及び賃貸物件の管理委託費等について、必要経費に算入した上で、計算が誤っているもの及び業務と関連しないか又は業務に関する部分が明らかにされていないものについて、必要経費への算入を認めなかったものであり、本件各更正処分において原処分庁が認定した必要経費の内容及び金額は合理的である。
 したがって、請求人は、原処分庁が認定した必要経費の金額を超える額の経費があると主張する部分については、その具体的内容を明らかにし、ある程度これを合理的に裏付ける程度の立証をしなければ、原処分庁認定額を超える必要経費が存在しないとの事実上の推定を覆すことはできず、また、家事関連費については、取引の記録等に基づき、業務の遂行上直接必要であった部分を明らかにしなければ、その全額について必要経費に算入することができないというべきである。
 そこで、請求人と原処分庁との間で争いのある経費について、以下検討する。
(イ) 車両に係る経費(租税公課、損害保険料及び減価償却費等)について
A 当審判所の調査の結果によれば、請求人は、家族旅行の費用をも必要経費に算入して申告していること、これらの家族旅行の際、目的地や空港との往復に高速道路等の有料道路を使用していること、及び、自宅近くの飲食店、コンビニエンス・ストア、スーパーマーケット及びデパート等の駐車料金も必要経費に算入して申告していることが認められる。
 これらの事実によれば、請求人は、車両を日常的に家事用として使用していたと推認することができるから、車両に係る経費は、家事上の経費であり、仮に、車輌に係る経費のうちに不動産賃貸業に係る業務の遂行上直接必要であった部分を含むものがあったとしても、家事関連費に該当し、請求人において、取引の記録等に基づき、業務の遂行上直接必要であった部分を明らかにしない限り、車両に係る経費を必要経費に算入することはできないこととなる。
B この点、請求人は、上記3の(2)のとおり、車両は、不動産物件の取得を目的とする現地調査及び遠隔地に散在する貸付不動産の現況確認に使用しており、総年間走行距離7,000キロメートル程度に対し、不動産賃貸業以外に利用した年間走行距離は100キロメートル程度であるから、業務に必要な部分は客観的に明らかである旨主張する。
 しかし、請求人は、請求人が主張する不動産物件の取得のための現地調査について、いつ、どこの物件の調査を行ったのかなどの具体的内容を証拠上明らかにしていない。また、g物件及びh物件は、上記1の(4)のヘのとおり、いずれもf市の不動産業者に管理を委託しており、さらに、原処分関係資料によれば、k物件については、不動産業者が賃借人から家賃を徴収し、請求人の銀行口座に振り込まれていたことが認められるから、本件各年中において、請求人がこれらの物件の現況確認等のために車両を用いて現地を訪れなければならなかった事情は見当たらず、実際に現況確認等を行ったことがうかがえる証拠もない。
 請求人は、上記主張を裏付ける証拠として、当審判所に対し、平成20年10月14日付及び平成21年6月23日付の車両の車検整備等に係る請求書(各時点での総走行距離が記載されたもの)及び平成22年10月20日時点での車両の走行距離メーターの写真を提出しているが、これらの証拠からは、各時点における当該車両の総走行距離が明らかとなるにすぎない。
C 以上によれば、請求人の上記主張は採用することができず、請求人は、車両に係る経費のうち、業務の遂行上直接必要であった部分を明らかにしていないのであるから、車両に係る経費を必要経費に算入することはできない。
(ロ) 本件住居に係る経費(家賃及び水道光熱費)について
A 上記1の(4)のハ及びニのとおり、本件住居は、H社の福利用借上住宅であり、請求人は、妻J及び子2人とともに本件住居で生活し、本件住居の家賃の一部を、福利用借上住宅使用料としてH社に支払っていたことが認められるから、本件住居に係る経費は、家事上の経費であり、仮に、請求人が本件住居を事務所として使用していたとしても家事関連費に該当し、請求人において、取引の記録等に基づき、本件住居の家賃及び水道光熱費のうち、業務の遂行上直接必要であった部分を明らかにしない限り、本件住居の家賃及び水道光熱費を必要経費に算入することはできないこととなる。
B この点、請求人は、上記3の(2)のとおり、本件住居の2部屋部分40平方メートル程度を、不動産賃貸業の用に供していたから、福利用借上住宅使用料の全額及び本件住居の水道光熱費の50パーセントを必要経費に算入すべきである旨主張し、当審判所に対し、事務所使用部分を示した本件住居の間取図を提出している。
 しかしながら、請求人は、上記1の(4)のヘのとおり、g物件及びh物件の管理をf市内の不動産業者に委託していること等から、請求人が行うべき不動産所得に係る事務は、パソコンによる帳簿の作成などの限定的なものにとどまると推認され、請求人の4人家族の住居である本件住居のうちの2部屋部分40平方メートルもの空間を、常時、事務所として使用して行うべき不動産所得に係る事務があったとは認められない。
 そうすると、上記間取図上、事務所と記載されている部分が、実際に常時事務所として使用されていたとはいえず、本件住居の水道光熱費の50パーセントが業務の遂行上直接必要であったとも認められない。
C 以上によれば、本件住居の50パーセントを業務の用に供していたとの請求人の主張は採用できず、請求人において、取引の記録等に基づき、本件住居に係る経費のうち業務の遂行上直接必要であった部分を明らかにしていないから、本件住居に係る経費を必要経費に算入することはできない。
(ハ) インターネット利用料及び電話代について
A 原処分関係資料、請求人提出資料及び当審判所の調査の結果によれば、請求人が必要経費に算入されるとした通信費のうち、原処分庁が必要経費への算入を認めなかった通信費は、本件住居に設置されたパソコンに係るインターネット利用料、本件住居に設置された固定電話代及び携帯電話代であることが認められる。
 請求人は、上記1の(4)のへのとおり、g物件及びh物件について、f市内の不動産業者に管理を委託しているから、請求人が行うべき不動産所得に係る事務は極めて限られたものになると考えられ、また、業者に管理を委託していないi物件及びk物件の賃借人又は修繕業者等に連絡することがあったとしても、請求人が、固定電話及び携帯電話を、不動産賃貸業に係る連絡のみに使用していたとは考え難い。また、請求人の自宅である本件住居に設置されたパソコンについては、家族も利用するのが通常であるから、不動産賃貸業のみに使用していたとは考え難い。
 そうすると、請求人が不動産賃貸業のためにインターネット及び電話を利用することがあったとしても、これらの利用料は家事関連費に該当するものといえるから、請求人において、取引の記録等に基づき、インターネット利用料及び電話代のうち、不動産賃貸業の遂行上直接必要であった部分を明らかにしない限り、その全額について必要経費に算入することができないこととなる。
B この点、請求人は、当審判所に対して、インターネット上の不動産情報サイトである「○○○○」及び「○○○○」のホームページを印刷したものを提出し、電話及びインターネットを不動産物件の取得を目的とする調査に使用していると説明する。
 しかし、提出資料はいずれも検索用のページの写しであり、個別の物件の検索結果が記載されたものではなく、また、印刷日はいずれも、平成22年10月20日であると認められるから、本件各年中にインターネットを利用して不動産物件の取得のための調査を行ったことを示す証拠ということはできず、ほかに、インターネット利用料及び電話代のうち不動産賃貸業の遂行上直接必要であった部分を明らかにする証拠もない。
C 以上のとおり、請求人は、取引の記録等に基づき、インターネット利用料及び電話代のうち業務の遂行上直接必要であった部分を明らかにしていないから、インターネット利用料及び電話代は、その全額について、必要経費に算入することができない。
(ニ) その他の経費について
A 請求人は、その他の経費として、飲食代及びタクシー代等が必要経費に算入されるべきである旨主張するが、請求人は、飲食時における情報収集の内容や現地調査の対象となった物件などについての具体的な説明や、それを合理的に裏付ける証拠は提出していない。
 かえって、当審判所の調査の結果によれば、請求人が飲食の相手方として仕訳日記帳の摘要欄に記載している者の中には、H社の同僚等が含まれていること、上記タクシー代の支払が年間200件を超え、その多くが飲食店で飲食をした日と同じ日に支払われていることが認められ、これに、請求人が、上記1の(4)のイのとおり、平日はH社の執行役員として同社に勤務していたことを併せ考えると、請求人が主張する飲食代及びタクシー代の多くは、請求人が同僚等との飲食に際して支払った飲食代及びその際のタクシー代であったとも推認される。
B また、請求人は、当審判所に対し、上記飲食代及びタクシー代以外のその他の経費の内容について、祈祷料、宅配便代、電子機器代、事務用品代、カード年会費、スーツ代、作業着代、廃品処理代、備品代、自転車代、コンタクトレンズ代及びコンタクトレンズ購入に際しての診察代であるなどと抽象的な説明をするのみで、具体的な説明をすることなしに、これらの経費が必要経費に当たると主張する。
 しかし、これらは、通常、家事上の経費としても必要な支出であると解されるところ、これらの経費と不動産賃貸業との関連性を示す証拠は何ら見当たらない。
C なお、請求人は、当審判所に対し、Q社R支店の作成した平成18年4月3日付の「ご融資のお知らせ」を提出し、賃貸物件の取得を目的とする物件調査を行っていた旨主張するが、これは、請求人が、自らの事業の拡大のため、平成18年において新規の不動産物件の購入を企図していたことを推認させるにとどまり、特定の支出が必要経費に当たることを示すものではない。
D 以上によれば、請求人は、上記その他の経費が必要経費に当たることについて、経費の具体的内容を明らかにし、ある程度これを合理的に裏付ける程度の立証をしていないから、上記その他の経費は、必要経費に算入することができない。
(ホ) 青色事業専従者給与について
A 請求人は、妻Jが、貸付不動産の賃借人、修繕業者等との連絡及び不動産物件の取得を目的とする調査等に従事しており、請求人の不動産所得を生ずべき事業に専ら従事しているので、同人に対する給与は、不動産所得の金額の計算上控除されるべきである旨主張する。
B しかしながら、請求人が、貸付不動産の管理のほとんどを貸付物件が所在するf市内の不動産業者に委託していることからすれば、請求人の不動産所得に関連する電話や郵便物の発送及び受渡しが日常的に頻繁に発生しているものとは到底考えられないから、妻Jが行う電話の取次ぎや郵便物の発送及び受渡しは、社会通念上、夫婦の相互扶助の範囲内の行為あるいは日常生活の一環として行われている行為にすぎないというべきである。
 また、請求人は、妻Jが、インターネットを通じて、毎日数時間かけて新しい物件情報の入手作業をしていると当審判所に対して説明するにとどまり、この点を含め妻Jが請求人の不動産所得を生ずべき事業に専ら従事していることを、合理的に裏付ける証拠の提出はない。
C したがって、妻Jは、請求人の不動産所得を生ずべき事業に専ら従事する者には当たらない。
ハ 結論
 上記ロの(イ)ないし(ハ)の経費及び同(ニ)のうちの飲食代及びタクシー代以外の経費については、結局のところ、家事上の経費又は家事関連費に該当するものと認められ、家事関連費であるとしても、請求人は、取引の記録等に基づき、業務の遂行上直接必要であった部分を明らかにしていないから、請求人の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入することはできない。
 また、上記ロの(ニ)の飲食代及びタクシー代については、請求人が、原処分庁認定額を超える経費が存在しないとの事実上の推定を覆すに足る立証を行っていないから、請求人の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。
 そして、上記ロの(ホ)のとおり、妻Jは、請求人の不動産所得を生ずべき事業に専ら従事する者には当たらないから、妻Jに係る青色事業専従者給与を請求人の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。
 よって、原処分庁が否認した必要経費に、請求人の不動産所得に係る必要経費として認められる経費はない。

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5 本件各更正処分について

(1) 以上の結果を踏まえ、建物に係る減価償却費の計算の誤りを是正したところで、請求人の不動産所得の金額を再計算すると、別表2の「審判所認定額」欄のとおりとなる。

(2) 上記4の(2)のロの(ホ)のとおり、妻Jは、請求人の青色事業専従者に該当せず、請求人の控除対象配偶者と認められるから、所得税法第83条《配偶者控除》の規定により請求人の本件各年分の配偶者控除の額は380,000円となる。

(3) そうすると、請求人の本件各年分の課税総所得金額は、別表1の「審判所認定額」欄のとおりとなり、同表の「更正処分等」欄のそれぞれの額と同額であるから、本件各更正処分はいずれも適法である。

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6 本件各賦課決定処分について

 本件各更正処分は、上記5のとおりいずれも適法であり、また、本件各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、本件各更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいてした本件各賦課決定処分はいずれも適法である。

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7 その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを違法又は不相当とする理由は認められない。

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