(平成23年6月23日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、外国為替証拠金取引(以下「FX取引」という。)の取扱業者から裁判上の和解に基づき支払を受けた金員を、雑所得として確定申告した後、当該金員は、当該取扱業者らの不法行為により請求人の資産である金銭等に加えられた損害に基因して支払を受けた損害賠償金であるから、非課税所得に当たるとして更正の請求をしたところ、原処分庁が、当該金員は非課税所得に当たらないとして更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったことに対し、請求人が原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成20年分の所得税について、青色の確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。
ロ その後、請求人は、平成21年9月24日に別表1の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成22年3月26日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ニ 請求人は、本件通知処分を不服として、平成22年5月19日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年7月9日付で棄却の異議決定をした。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の本件通知処分に不服があるとして、平成22年8月5日に審査請求をした。

(3) 関係法令

イ 所得税法(平成22年法律第6号による改正前のもの。以下同じ。)第9条《非課税所得》第1項第16号は、損害保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるものについては、所得税を課さない旨規定している。
ロ 所得税法施行令(平成22年政令第50号による改正前のもの。以下同じ。)第30条《非課税とされる保険金、損害賠償金等》は、所得税法第9条第1項第16号に規定する政令で定める保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)は、第1号ないし第3号に掲げるものその他これらに類するものとする旨規定し、その第2号には、不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金(これらのうち所得税法施行令第94条《事業所得の収入金額とされる保険金等》の規定に該当するものを除く。)が掲げられている。
ハ 所得税法施行令第94条第1項は、不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務を行う居住者が受ける第1号及び第2号に掲げるもので、その業務の遂行により生ずべきこれらの所得に係る収入金額に代わる性質を有するものは、これらの所得に係る収入金額とする旨規定し、同項第2号には、当該業務の全部又は一部の休止、転換又は廃止その他の事由により当該業務の収益の補償として取得する補償金その他これに類するものが掲げられている。

(4) 基礎事実

イ 請求人は、平成17年5月10日から同年11月までの約7か月間、H社との間で店頭FX取引(以下「本件店頭取引」という。)を行ったが、同年11月25日以降は本件店頭取引をやめて同社を通じて行う取引所FX取引(以下「本件取引所取引」という。)を開始し、平成18年3月までの約4か月間、本件取引所取引を行った(以下、請求人が行った本件店頭取引と本件取引所取引を併せて「本件FX取引」という。)。
ロ 請求人は、平成18年11月2日、本件FX取引につき、H社及びH社の従業員であるJ(以下「J」といい、H社と併せて「H社ら」という。)を被告とし、次の(イ)及び(ロ)のとおり主張して、Jに対しては民法第709条《不法行為による損害賠償》の規定に基づく損害賠償金の支払を、H社に対しては同法第715条《使用者等の責任》の規定に基づく同額の損害賠償金を連帯して支払うことを求める訴訟(平成○○年(○)第○○号、以下「本件訴訟」という。)を提起した。
(イ) 不法行為の内容 適合性原則違反及び説明義務違反等
(ロ) 不法行為によって生じた損害の内容及び金額
A 請求人が取引証拠金としてH社に預託した金銭と、本件FX取引の清算後に同社から請求人に対して返還された金銭との差額 41,784,680円
B 弁護士費用 上記差額の10%の額に相当する金員
C 遅延損害金 上記A及びBの合計額45,963,148円に対する平成18年3月18日から支払済みまで年5分の割合による金員
ハ 本件訴訟係属中の平成20年11月○日、請求人とH社らとの間で、裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。本件和解に係る和解調書(以下「本件和解調書」という。)には、要旨次の記載がある。
(イ) H社らは、請求人に対し、連帯して、損害賠償金として、16,713,872円の支払義務があることを認める。
(ロ) H社らは、請求人に対し、連帯して、前項の金員を平成20年12月22日限り、請求人の訴訟代理人名義の普通預金口座に振り込む方法により支払う。
(ハ) 請求人は、その余の請求を放棄する。
(ニ) 請求人及びH社らは、請求人とH社らの間には、本和解条項に定めるもののほか、何ら債権債務のないことを相互に確認する。
ニ その後、請求人は、本件和解調書に記載された16,713,872円(上記ロの(ロ)のAの40%の額に相当する金員。以下「本件金員」という。)の支払を受けた。
ホ 請求人は、本件金員から必要経費○○○○円を差し引いた金額○○○○円を雑所得の金額として、平成20年分の所得税の確定申告をした。

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2 争点

(1) 争点1 本件金員は、所得税法施行令第30条第2号に規定する「不法行為により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」に該当するか。

(2) 争点2 仮に争点1について該当するとした場合、本件金員は、所得税法施行令第30条第2号かっこ書及び第94条第1項第2号に該当し、非課税所得から除外されるか。

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3 主張

(1) 争点1について

イ 請求人
 本件金員は、以下の理由により、不法行為により請求人の資産である金銭等に加えられた損害につき支払を受けた損害賠償金である。
(イ) H社らは、本件FX取引に際し、請求人に対して、次のAないしEのとおりの不法行為を行った。
A FX取引は、商品先物取引及び外国為替に十分通じていなくてはその危険性の程度や仮定的な収支計算すら不能な、極めてハイリスク・ハイリターンの商品である。しかるに、H社らは、請求人の知識、経験及び財産状況に照らし不適当であるにもかかわらず、請求人に対して本件FX取引に係る受託契約等の締結を勧誘した。このことは、適合性の原則違反に当たる。
B H社らは、請求人に対して「絶対にもうかる。」旨を告げるなどの、断定的判断の提供に当たる行為をした。
C FX取引は、上記Aのとおり極めて専門的な知識を要する取引であるから、その取扱業者が顧客にFX取引を行わせる際には、顧客に対して正確な説明を行うのが当然であるのに、本件FX取引に際しては、請求人に対し、そのような正確な説明がなされていないに等しい。特にリスクについての説明はなく、このことは、説明義務違反に当たる。
D 請求人は、自ら本件FX取引を行うことを希望したものではなく、H社らは、請求人に対し、不招請勧誘の禁止に当たる違法な勧誘を行った。
E H社らは、請求人に対して、次の(A)ないし(C)のとおりの誠実義務違反に当たる行為をした。
(A) H社らは、請求人が、平成17年12月上旬ころ、本件FX取引を終了したい旨の意向を明示したにもかかわらず、これを拒否した。
(B) H社らは、「多くやればやるほどもうかる。」という形の勧誘を繰り返し、請求人をして、危険な取引を拡大させた。
(C) H社らは、手数料コストを抑えるべきところでも、請求人に何度も売買を繰り返させて、手数料稼ぎを行った。
(ロ) H社らは、本件和解において、自らの行為の違法性を認めた上、請求人に対し、不法行為に基づく損害賠償金として請求人の被った損失額の40%に相当する本件金員を支払った。
(ハ) 和解調書は、確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法第267条)のであるから、本件和解調書に記載された「損害賠償金」の文言を軽視すべきでない。
ロ 原処分庁
 本件金員は、以下の理由により、不法行為により請求人の資産に加えられた損害につき支払を受けた損害賠償金ではない。
(イ) H社らが、本件和解において違法性を認めたという事実は認められず、また、本件金員が、不法行為に基づき支払われたとする事実も認められない。
(ロ) 裁判所は、本件和解において、本件訴訟における請求人の主張に対する具体的な判断を、何も示していない。
(ハ) 本件和解調書上、本件金員の支払名目は損害賠償金とされているが、このことをもって直ちに、その支払原因がH社らの不法行為である旨の法的判断が示されたことにはならない。

(2) 争点2について

イ 請求人
 本件金員は、H社らの不法行為により請求人が被った実損害を補てんするために支払われた損害賠償金であり、得べかりし利益である売買差金が得られなかったという損害を補てんするために支払を受けた損害賠償金(収益補償)ではない。
 したがって、本件金員は、所得税法施行令第30条第2号かっこ書及び第94条第1項第2号に該当せず、非課税所得から除外されない。
ロ 原処分庁
 本件金員は、本件FX取引に係る雑所得を生ずべき業務に関連して生じたものであり、本件FX取引による売買損益を補てんする機能を有するものであるから、その業務の遂行により生ずべき雑所得に係る収入金額に代わる性質を有するものとして、雑所得に係る総収入金額に算入すべきものである。
 したがって、本件金員は、所得税法施行令第30条第2号かっこ書及び第94条第1項第2号に該当し、非課税所得から除かれる。

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4 判断

(1) 認定事実

イ 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 請求人の金融取引の経験等
A 請求人は、a県b市h町でパブを経営する一方で、a県e市に所有するマンション2棟及びa県b市f町に所有するマンション1室を賃貸している。
B 請求人は、平成16年にK証券会社(現、L証券会社。)を通じて株式の売買を始め、平成17年5月からは、株式の現物取引のほかに株式の信用取引をも始めるとともに、本件FX取引も始めた。このように、請求人は、本件FX取引を始めるまでには、1年程度の株取引の経験はあったが、FX取引の経験はなく、FX取引に関する知識も有していなかった。
C なお、請求人は、本件FX取引の開始当時、○歳であり、平成17年中の所得は、事業所得が約1,000万円及び不動産所得が約800万円である。
(ロ) 本件FX取引に至る経緯等
A 請求人は、自身の経営するパブで、客からJを紹介された。
 Jは、平成17年5月10日、事前に請求人の承諾を得た上で請求人の自宅を訪れ、請求人に対し、1時間程度、FX取引についての説明を行った。
 請求人は、当該説明を受けてFX取引を始めることを決め、外国為替証拠金取引口座開設書兼約諾書及び申出書に必要事項を記載して署名・押印し、これらの書類をJを介してH社に提出し、請求人名義のFX取引用の口座を開設した上、証拠金200万円を預託して、本件店頭取引を開始した。
B 請求人は、平成17年11月25日に本件店頭取引をやめるまでの間に、上記の証拠金200万円を含め合計36,130,000円を証拠金として入金し(途中で130,000円を出金)、本件店頭取引を行い、同取引により24,864,620円の利益を得た(本件店頭取引の状況は、別表2の「本件店頭取引」欄のとおりである。)。
C 請求人は、平成17年11月に、Jから取引所FX取引の方が店頭FX取引より税制上有利であると勧められ、本件店頭取引をやめて本件取引所取引を始めることとし、同月22日付で為替証拠金取引口座申込書を、同月24日付で為替証拠金取引口座設定約諾書及び「取引所為替証拠金取引についての理解度確認書」を、Jを介してH社に提出し、同月25日に上記Bの本件店頭取引の口座の残金60,864,620円全額を出金して、同日、その全額を本件取引所取引の初回の証拠金に充てた。
D 請求人は、上記A及びCの手続を行う際、H社に対し、FX取引の仕組みやそれに伴うリスクについて十分理解した旨、また、自分自身の責任においてFX取引を行う旨などを記載した書面に署名・押印をして、併せて提出した。
(ハ) 本件取引所取引の状況等
A 請求人は、本件取引所取引を開始後、Jが提案する取引内容のとおりに、H社を通じて外国通貨(主にM国通貨)を買い進め、その結果、平成17年12月9日以降、請求人の預託証拠金残高が不足し、追加の証拠金の預託を要する状況になった。
 さらに、同月14日以降、請求人が保有していた買い建玉に係る為替相場が大きく変動した(外貨安・円高になった)ことから、この買い建玉に多額の評価損が生じた。
B その後、請求人は、3回にわたり、追加の証拠金合計3,000,000円を差し入れたが追いつかず、平成18年2月16日及び同月17日の2日にわたり、N国通貨/円100枚及びM国通貨/円100枚を残し、そのほかの建玉すべてを売却したが、なお預託証拠金の残高不足は解消せず、H社からの求めに応じて、同日、請求人の子供の名義の預金から調達した14,500,000円を、追加の証拠金として差し入れた。
C 請求人は、平成18年3月17日、保有していたすべての建玉を売却して本件取引所取引を終了し、H社から証拠金預託残額11,715,320円の返還を受けたが、本件取引所取引により合計66,649,300円の損失を被った(本件取引所取引の状況は、別表2の「本件取引所取引」欄のとおりである。)。
 なお、請求人が本件FX取引に関して預託した証拠金は、合計53,630,000円であり、この金員は、預金の取崩し、株式の売却代金及び生命保険会社等からの借入れ等によって調達したものであったが、請求人は、本件FX取引により、証拠金として入金した上記金員の77%余りに相当する、41,784,680円(別表2の「証拠金入出金差額」欄の合計額)を失った。
D 請求人は、本件FX取引について、H社から、売買が行われた都度、証拠金の入出金明細や預託証拠金残高等が記載された取引内容報告書等の送付を受け、月末には当月の取引による月間の売買差損益及びスワップポイント等を記載した月次報告書の送付を受けていた。
ロ 本件訴訟における請求人及びJの当事者本人尋問調書等によれば、次の事実が認められる。
(イ) 本件FX取引に至る経緯等
A 請求人は、平成17年5月に本件店頭取引を始める際、外国為替証拠金取引口座開設書兼約諾書に株式の投資経験は1年、年収3,000万円及び金融資産3億円と記載したが、その詳細については話さず、Jも詳しくは質問しなかった。
B Jは、請求人が平成17年11月に本件店頭取引から本件取引所取引(「○○○○」)へ移行する際、請求人に対し、取引所FX取引の方が税制面で非常に得である旨を説明したが、当該取引と店頭FX取引との違いなどを具体的には説明せず、取引所FX取引に関する説明書も渡さなかった。
(ロ) 本件FX取引の状況等
A 本件FX取引の開始当初から、個々の取引に際し、請求人がJに対して発注の指示をすることはなく、Jが請求人に連絡をとって取引内容を提案し、請求人はJから提案された取引内容をそのまま了解して、本件FX取引に及んでいた。また、上記提案の際、Jは、請求人に対し、高い金利が得られることを強調する説明の仕方をしていた。
B 請求人は、平成17年12月に為替相場が大きく変動するまでの間は、本件FX取引の結果が良好に推移していたこともあり、Jに対して、同取引により損失が生じた場合の話をしたことはなかったが、上記の変動以降は、請求人の方からJに対し、損失が生じた場合の話を初めて持ち出した。
C Jは、請求人に対し、追加の証拠金(追証)に関する説明をした際、自らが担当する顧客には追証を差し入れた者は誰一人としていない旨を説明した。
D Jは、請求人が本件FX取引を行っていた間、請求人の取引金額が徐々に大きくなっている状況を知りながら、請求人に対し、為替相場が大きく変動したときには損失を被るリスクも大きくなるので危ないことなどのアドバイスをしなかった。
ハ 本件訴訟の関係資料によれば、次の事実が認められる。
(イ) 本件和解に至る経緯
 平成18年11月2日に本件訴訟が提起された後、平成20年3月19日の裁判期日に実施されたJ及び請求人に対する当事者本人尋問等を経て、同年5月14日の裁判期日に請求人及びH社らに対する和解勧告がなされ、同年6月20日から同年11月6日までの間に、5回にわたり、両者及び両者の訴訟代理人弁護士の出席の下で和解に関する協議が行われ、同年11月○日に両者が和解の合意をし、本件和解に至った。
(ロ) 本件金員の額について
 本件金員の額は、請求人が本件FX取引により失った預託証拠金の額の範囲内の額であり、かつ、本件訴訟において請求人が支払を求めた実損害の額である41,784,680円の、ちょうど40%に相当する額16,713,872円である。

(2) 関係者の答述について

イ 本件訴訟におけるH社らの訴訟代理人であり、本件和解の協議にも携わったP弁護士は、当審判所に対し、本件金員の額及び趣旨に関して、要旨次のとおり答述した。
(イ) H社らの本件FX取引の進め方にはある程度の落ち度があったと考えられたため、それを反映した額の金員が支払われることとなった。
(ロ) したがって、本件和解において、請求人(原告)の本件訴訟における請求の一部が認められたものと解して問題はなく、本件金員は、請求人の被った損失に対する賠償金として支払われたものである。
(ハ) 本件金員の額は、H社らに40%相当の違法性があったとの判断から、請求人の主張した実損害の額(上記1の(4)のロの(ロ)のA)の40%とされたのであり、その額には請求人の主張した弁護士費用(同B)や遅延損害金(同C)は考慮されていない。
ロ 上記訴訟代理人弁護士の答述は、同弁護士が、あえてH社らの認識と異なる虚偽の答述をする立場にないことからして、その信用性を疑う余地はない。

(3) 法令解釈

 所得税法第9条第1項第16号は「損害保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるもの」を非課税所得として定めている。その趣旨は、損害賠償金が、他人の行為によって被った損害を補てんするものであって、その場合の担税力等を考慮すると、これに所得税を課するのは適当でないという判断によるものである。しかし、賠償の対象となる損害には種々のものが含まれるため、損害賠償金のすべてを一律に非課税所得とすることは適当でない。そこで、同号は「心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するもの」を例示的に掲げ、これらを含めて、非課税所得となる損害賠償金の範囲の具体的な定めを政令に委任し、これを受けた所得税法施行令第30条は「所得税法第9条第1項第16号に規定する政令で定める保険金及び損害賠償金は、次に掲げるものその他これらに類するもの」とする旨規定し、その第2号の中で「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金(これらのうち所得税法施行令第94条(事業所得の収入金額とされる保険金等)の規定に該当するものを除く。)」を掲げている。このように所得税法は、不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金であっても、課税されるべき所得に係る収入金額に代わる性質を有する休業補償や収益補償等を非課税所得から除くこととし、それ以外の本来課税することが適当でない実損害を補てんするための損害賠償金を非課税所得としている。

(4) 当てはめ(争点1について)

イ H社らの不法行為により請求人の資産に損害が加えられたか否かについて
(イ) FX取引は、顧客が取扱業者に対して一定の証拠金を預託し、レバレッジを利用して通常の通貨の売買に比べて少額の証拠金で多額の外国通貨の売買を行う取引であり、為替相場や金利変動次第で多額の利益を得ることが期待できる一方、多額の損失を被る危険性もあるという、極めて投機性の高い取引である。また、FX取引は、取引通貨やレバレッジ、スワップポイント(金利差調整分)といった取引の仕組みや、外国通貨の為替相場及び金利動向等に関する知識はもとより、行うべき取引に関する判断力及び取引によって生じ得る具体的なリスクについての理解力を有していなければ、多大な損失を被る危険性が極めて高い取引でもある。そのため、FX取引の取扱業者には、顧客(特に新規にFX取引を開始する者)に対し、FX取引の開始前はもとより、開始後も、顧客の特性、取引の規模、市場の状況等に応じて、取引の仕組みやそれに伴って生じ得る具体的なリスクなどを十分に説明する義務があるというべきである。
(ロ) これを本件についてみると、請求人は、上記(1)のイの(ロ)のAのとおり、平成17年5月に本件店頭取引を始めるに当たり、Jから1時間程度、FX取引に関する説明を受けただけで、本件FX取引を開始している。しかし、請求人は、上記(1)のイの(イ)のBのとおり、FX取引の経験及び知識がなく、1年程度の株式の現物取引の投資経験及び知識を有していたにすぎない者であり、上記のとおり、Jから1時間程度の説明を受けただけで、FX取引の仕組みや内容及びそれに伴って生じ得る具体的なリスクなどを十分に理解できたとは考え難い。また、Jの側でも、上記(1)のイの(ハ)のAないしC及びロの(ロ)のAのとおり、本件FX取引開始後、請求人が、終始Jの言いなりに取引を行う状況を目の当たりにしていたことにも照らすと、請求人がFX取引に関して十分に理解した上で本件FX取引を行っているとの認識でいたとは認められない(なお、請求人は、上記(1)のイの(ロ)のDのとおり、FX取引の仕組みやそれに伴って生じ得るリスク等について理解した旨を記載した書面等に署名・押印をし、Jを介してH社に提出しているが、同書面の記載内容は、FX取引の仕組み・リスク等に関する知識や理解の有無を問うだけの簡易なものであり、請求人が実際にFX取引の仕組みや内容及びそれに伴い生じ得る具体的なリスク等を十分理解していたことを示す証拠とはいえない。)。
(ハ) また、Jは、上記(1)のロの(ロ)のAないしDのとおり、請求人が本件FX取引を始めてからも、請求人に本件FX取引が極めて高いリスクを伴うものであることを知らせることなく、むしろ、高い金利を得られることを殊更強調して、取引内容の提案をし、その結果、請求人は、本件FX取引の仕組みや内容及び為替変動等により自身の資産に多大な損失が生じ得るという危険性を十分に理解しないまま、上記1の(4)のイのとおり、約10か月余り(多額の実損害が生じた本件取引所取引に限れば約4か月)という短期間に、多額の取引を重ねるに至った。
(ニ) さらに、Jは、上記(1)のロの(イ)のB及び(ロ)のAないしDのとおり、本件FX取引を始めてから為替相場が大きく変動する平成17年12月14日ころまでの間は、請求人が本件店頭取引から本件取引所取引に移行するに当たり、請求人に対し、本件取引所取引に係るリスクについての詳細な説明をせず、その取引に係る説明書の交付もせず、自身の言いなりに取引金額を拡大させた。また、それまでの間は、本件FX取引による利益が出ていたため、請求人がJに対して損失が生じた場合の話を持ち出さなかった面はあるものの、Jの側でも、請求人による本件FX取引の急激な拡大状況を目の当たりにしながら、そのリスクに関する助言をしていない。
 しかも、上記(1)のイの(ハ)のAないしC及びロの(ロ)のDのとおり、その後、平成17年12月14日以降に大きな為替変動(円高)があり、請求人が保有する買い建玉(M国通貨/円等)に多額の評価損が生じ、請求人の預託証拠金残高が不足するに至ったにもかかわらず、Jは、請求人に対し、取引を継続した場合に損失が拡大する危険性についての十分な説明をせず、むしろ追加の証拠金を求めるなどして、取引を継続させている。
(ホ) 以上の事情を総合すれば、H社らは、本件FX取引において、FX取引の取扱業者に要求される説明義務を十分に果たしたとはいえない。
 また、上記の本件FX取引の状況等をみれば、請求人が為替変動等により多大な損失を被る危険性があることについての十分な認識を持たないまま、短期間に多額の取引を重ねるに至った原因が、H社らが請求人の被る損失の拡大などを顧みず、取引を継続させたことにもあることは明らかであり、このようなH社らの請求人への対応は、誠実義務違反に当たるといえる。
 そうすると、上記のH社らによる説明義務違反及び誠実義務違反の不法行為により、請求人が本件FX取引を行う際の取引上の判断を誤らせ、そのことが請求人の資産である預託証拠金の一部を失うことにつながり、請求人に相当額の実損害を被らせたものというべきであるから、本件FX取引において、H社らの不法行為により請求人の資産に損害が加えられたものと認めるのが相当である。
(ヘ) なお、請求人は、H社らが上記(ホ)の説明義務違反等のほかにも適合性原則違反等の不法行為を行った旨主張する。しかし、上記(1)のイの(イ)のとおり、請求人には店舗及び賃貸マンション等の資産及びある程度の株取引に関する知識があった上、自ら事業を営めるほどの経済知識を有していたこと、及び本件FX取引を始めた当時の請求人の年齢は○歳であり、社会人としての相応の判断能力等も有していたことなどからして、適合性原則違反があったとはいえない。また、Jは、FX取引におけるリスクについての説明を十分に行っていなかったものの、必ずもうかると明確に断言していたという事実は認められないから、断定的判断の提供があったともいえない。さらに、上記(1)のイの(ロ)のAの取引開始に至る経緯からして、不招請勧誘の禁止に該当する行為があったとはいえない。また、請求人が主張するその他の事情についても、上記(1)のイの(ハ)のBのとおり、平成17年12月上旬以降も、複数回にわたり、請求人が相当額の追加の証拠金を差し入れたことなどに照らすと、上記日時ころ、請求人が本件FX取引を終了したい旨の意向を明示したにもかかわらず、H社らがこれを一方的に拒否したことなどがあったとは認められない。
ロ 本件金員が上記イの損害につき支払を受けた損害賠償金であるか否かについて
(イ) 本件和解は、上記(1)のハの(イ)のとおり、J及び請求人への証人尋問等約1年半に及ぶ本件訴訟における裁判所の審理を経た後、裁判所から和解勧告がなされたのを機に、幾度も当事者間で協議を重ね、最終的に請求人とH社ら双方が本件和解調書に記載された和解条項に合意したものである。そして、その前提となる本件訴訟の審判の対象は、上記1の(4)のロのとおり、H社らの請求人に対する説明義務違反等の不法行為により、請求人が被った預託証拠金と清算後の返還金との差額という実損害、及びそれに伴って支出を要した弁護士費用、並びにそれらに関する遅延損害金の各支払を求める趣旨の、不法行為及び使用者責任に基づく損害賠償請求権であり、これに上記(1)のハの(ロ)の本件金員の額及び上記(2)の本件訴訟におけるH社側の訴訟代理人弁護士の答述を併せ考えると、本件和解において、H社らは、自身の落ち度の割合を勘案し、本件訴訟における審判の対象である上記実損害額のうち、自身の落ち度の割合に相当する一部の額(本件金員)を損害賠償金として支払ったものと認められる。このことは、上記1の(4)のハの(イ)のとおり、本件和解調書に、「和解金」、「解決金」、「見舞金」などではなく、「損害賠償金」として本件金員を支払う旨が明記されていることからも裏付けられる。
(ロ) そうすると、本件金員は、上記イの実損害につき支払を受けた損害賠償金であり、かつ、本件金員の中に、上記イの実損害を補てんする損害賠償金のほかに、別の性質の損害(例えば、弁護士費用や遅延損害金など)が含まれているとは認められない。
(ハ) したがって、本件金員は、H社らの不法行為により請求人の資産に加えられた実損害(本件FX取引において証拠金として預託した金銭の一部を失った損害)を補てんするために支払を受けた損害賠償金であり、所得税法施行令第30条第2号に規定する「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」に該当する。

(5) 当てはめ(争点2について)

イ 原処分庁は、本件金員が、本件FX取引の売買損益の補てんの機能を有するものであるから、請求人の雑所得の総収入金額に算入すべきであり、所得税法施行令第30条第2号かっこ書及び第94条第1項第2号により非課税所得から除外されると主張する。
ロ しかしながら、所得税法施行令第94条第1項は、その柱書で、「不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務を行う居住者が受ける次に掲げるもので、その業務の遂行により生ずべきこれらの所得に係る収入金額に代わる性質を有するものは、これらの所得に係る収入金額とする。」と定め、同項第2号は、「当該業務の全部又は一部の休止、転換又は廃止その他の事由により当該業務の収益の補償として取得する補償金その他これに類するもの」と定めているから、同号に規定する「収益の補償として取得する補償金その他これに類するもの」に該当するものは、休業補償や収益補償等の業務の遂行による得べかりし利益に代わるものであって、実損害を補てんするための損害賠償金はこれに含まれないと解される。
ハ そうすると、本件金員は、上記(4)のロの(ハ)のとおり、請求人が被った実損害を補てんするための損害賠償金であるから、所得税法施行令第94条第1項第2号に規定する「収益の補償として取得する補償金その他これに類するもの」には当たらず、原処分庁の主張は、採用できない。

(6) 本件通知処分について

 以上の結果、本件金員は、所得税法第9条第1項第16号及び所得税法施行令第30条第2号により非課税所得に該当するから、請求人が確定申告した雑所得の金額○○○○円を総所得金額から除いて計算すると、請求人の平成20年分の総所得金額は○○○○円、納付すべき税額は○○○○円となる。これらの金額は、請求人の更正の請求金額と一致するから、当該更正の請求に対し更正をすべき理由がないとした本件通知処分は違法であり、その全部を取り消すべきである。

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