(平成23年5月23日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、事業所得を有する審査請求人(以下「請求人」という。)が、平成20年分の所得税の確定申告及び修正申告をした後に、平成20年中にいわゆる振り込め詐欺の被害に遭い、だまし取られた金額分の損失が生じたから、この損失が所得税法第72条第1項に規定する雑損控除の対象になるとして、更正の請求をしたのに対し、原処分庁が、上記損失は雑損控除の対象とはならないとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったことから、請求人が、同通知処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 請求人の審査請求(平成22年8月26日請求)に至る経緯は、別表のとおりである。

(3) 関係法令の要旨

イ 所得税法第72条《雑損控除》第1項は、居住者の有する一定の資産について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合において、その年における当該損失の金額の合計額が一定の金額を超えるときは、その超える部分の金額を、その居住者のその年分の総所得金額から控除する旨規定している。
ロ 所得税法第2条《定義》第1項第27号は、災害とは、震災、風水害、火災その他政令で定める災害をいう旨規定し、所得税法施行令第9条《災害の範囲》は、上記政令で定める災害は、冷害、雪害、干害、落雷、噴火その他の自然現象の異変による災害及び鉱害、火薬類の爆発その他の人為による異常な災害並びに害虫、害獣その他の生物による異常な災害とする旨規定している。

(4) 基礎事実

イ 請求人は、平成20年4月7日、請求人の長男と名乗る氏名不詳者から、電話で「勤務先の金を流用したので、穴埋めするための金が必要である。」旨のうそを告げられ、電話の相手方が長男本人であり、金を必要としているものと誤信し、郵便局から、電話の相手方が指定したC銀行のD名義の口座(以下「本件口座」という。)へ、240万円を振込送金した。
 さらに、請求人は、平成20年4月8日及び同月10日にも、請求人の長男と名乗る氏名不詳者から、電話で「流用した金の穴埋めのため、更に金が必要である。」旨のうそを告げられ、再び、電話の相手方が長男本人であり、金を必要としているものと誤信し、郵便局から、電話の相手方が指定した本件口座へ、260万円及び320万円を順次振込送金した。
 以下、上記合計3回の振込みを「本件各振込み」という。
ロ その後、請求人は、上記合計3回の電話の相手方がいずれも長男ではなく、いわゆる振り込め詐欺の手口により、本件各振込みをした合計820万円分の金銭をだまし取られたことに気付き、平成20年4月11日、警察署に被害届を提出した。
ハ 請求人は、犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律に基づく被害回復分配金や、上記のいわゆる振り込め詐欺の犯人からの損害賠償金その他の損失補償金などを、何も受け取っていない。
 以下、請求人が上記のいわゆる振り込め詐欺の手口によりだまし取られた金額分(合計820万円全額)の損失を「本件損失」という。

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2 争点

 本件損失は、所得税法第72条第1項に規定する「災害又は盗難若しくは横領による損失」に当たるか否か。

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3 主張

 別紙のとおりである。

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4 判断

(1) 雑損控除制度の趣旨等

イ 所得税法第72条第1項は、納税者の資産に損失が生じた場合のうち、「災害又は盗難若しくは横領」という納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由によってその損失が生じた場合に限定して、当該納税者の担税力の減少に配慮し、当該損失のうちの一定額を当該納税者の所得から控除する旨規定したものと解される。
 そして、上記1の(3)のロのとおり、「災害又は盗難若しくは横領」のうち、「災害」についてのみ所得税法及び同法施行令に定義規定があることからすると、「災害」、「盗難」、「横領」はそれぞれ別個の概念であり、それぞれの意義及びそのいずれかに該当するか否かについては、上記雑損控除制度の趣旨等に照らして各別に解釈し、判断すべきである。
ロ これに対し、請求人は、所得税法第72条第1項に規定する「災害又は盗難若しくは横領」の概念は、租税法が独自に用いている1つの固有概念であり、その意義は、雑損控除制度の趣旨・目的に照らして決すべきである旨主張する。
 しかし、上記イのとおり、「災害」についてのみ所得税法及び同法施行令に定義規定があることからして、「災害又は盗難若しくは横領」を1つの固有概念であると解釈することはできない。
 したがって、請求人の上記主張は、採用できない。
ハ もっとも、請求人は、「災害」、「盗難」、「横領」が別個の概念であるとしても、本件損失は、「災害」による損失、「盗難」による損失、「横領」による損失のいずれかに該当する旨も主張する。
 そこで、以下、この3点について順に検討する。

(2) 検討

イ 「災害」による損失に当たるか否か
(イ) 本件損失が、所得税法第2条第1項第27号に規定する「震災、風水害、火災」によって生じたものではなく、同法施行令第9条に規定する「自然現象の異変による災害」及び「生物による異常な災害」によって生じたものでもないことは、明白である。
(ロ) 次に、本件損失が、同法施行令第9条に規定する「人為による異常な災害」によって生じたものであるか否かを検討するに、「人為による異常な災害」も、納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由によって納税者の資産に損失を生じた場合の一類型であるところ、本件損失は、上記1の(4)のイ及びロのとおり、請求人がいわゆる振り込め詐欺の手口によりだまされて錯誤に陥り、本件各振込みをしたことによって生じた損失であり、本件損失が生じた直接の原因である本件各振込みに至る意思決定の過程(本件各振込みの動機)にかし(誤り)があるものの、本件各振込み自体は、請求人の意思に基づいてなされたことが明らかである。そうすると、本件損失は、請求人の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由によって生じたものではなく、結局、「人為による異常な災害」による損失に当たらない。
 したがって、本件損失は、「災害」による損失に当たらない。
(ハ) これに対し、請求人は、本件損失は、長男に渡るはずの金銭が長男以外の第三者に渡ったことによって生じたものであるから、請求人の意思に基づかない事由により生じた損失であるし、いわゆる振り込め詐欺の被害に遭うことは、通常の生活では起こらない人為的災難であるから、本件損失は「人為による異常な災害」による損失に当たる旨主張する。
 しかし、上記(ロ)のとおり、本件各振込み自体は、請求人の意思に基づいてなされたことが明らかである。さらに、もし請求人の主張をいれるとすれば、詐欺の被害に遭って損失を被った納税者のうち、少なくない者らが、所得税法第72条第1項に規定する雑損控除の適用を受けることになりかねないが、このような事態は、雑損控除の対象となる損失を、納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな「災害」又は「盗難」若しくは「横領」により生じた場合に限定し、詐欺によって損失を生じた場合を雑損控除の対象外とした同条項(雑損控除制度)の趣旨を害することになる。
 したがって、請求人の上記主張は、採用できない。
(ニ) また、請求人は、いわゆる振り込め詐欺によって生じた本件損失は、その加害行為の悪質さ、被害の甚大さ、担税力に及ぼす影響、詐欺行為の介在等の点において、国税庁が雑損控除の対象であるとする耐震強度偽装事件に関する被害と同様であるから、「人為による異常な災害」によって生じた損失として、雑損控除の対象とされるべきである旨主張する。
 しかし、当審判所の調査の結果によると、耐震強度偽装事件に関して、耐震強度が偽装された建物の購入者に生じた被害のうち、雑損控除の対象とされたのは、当該建物の購入者が、建物販売会社の詐欺行為(販売)によって支払った建物売買代金についてではなく、建築設計事務所による構造計算書の偽装及び指定確認検査機関等による偽装の見過ごしに起因し、耐震強度不足が判明したことによって、新たに支出を要する建物耐震改修工事費用等の分の損失についてである。そうすると、耐震強度偽装事件の事例に照らし、直ちに、本件のようないわゆる振り込め詐欺の手口によってだまし取られた金額分(本件損失)を、雑損控除の対象とすべきであると考えることはできない。
 したがって、請求人の上記主張も、採用できない。
ロ 「盗難」による損失に当たるか否か 
(イ) 「盗難」の概念については、上記(1)のイのとおり、所得税法及び同法施行令に定義規定がないものの、雑損控除制度の趣旨のほか、課税行政の明確性及び公平性の観点からして、限定的で、かつ、ほかの法律上の概念と共通する一義的な解釈をすべきであるから、「盗難」の意義は、刑法の窃盗罪と同様に、財物の占有者の意に反する第三者による当該財物の占有の移転であると解するのが相当である(最高裁平成19年4月17日第三小法廷判決・民集61巻3号1026頁参照)。
 しかし、請求人による本件各振込みは、上記(2)のイの(ロ)のとおり、本件各振込みに至る意思決定の過程にかしがあるものの、請求人の意思に基づいてなされている。
 したがって、本件損失は、「盗難」による損失に当たらない。
(ロ) これに対し、請求人は、本件損失は、請求人が長男に渡すつもりで振り込んだ金銭を、請求人の意に反して第三者に取られたことによって生じたから、「盗難」による損失に当たる旨主張する。
 しかし、請求人が振り込んだ合計820万円分の金銭(預金債権の状態を含む。)に対する占有は、本件各振込みを終えた時点で、本件口座を事実上管理するいわゆる振り込め詐欺の犯人側へ移転し、請求人からは失われている。そうすると、本件各振込みの終了後は、請求人は、そもそも、上記金銭の占有者ではない。
 したがって、請求人の上記主張は、採用できない。
ハ 「横領」による損失に当たるか否か
(イ) 「横領」の概念についても、所得税法及び同法施行令に定義規定がないものの、上記ロの(イ)と同じ理由で、「横領」の意義は、刑法の横領罪と同様に、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をすること、であると解するのが相当である(最高裁昭和24年3月8日第三小法廷判決・刑集3巻3号276頁、大審院明治42年8月31日判決・刑録15輯1097頁参照)。
 そして、金銭は、特別の場合を除いては、物としての個性を有せず、単なる価値そのものと考えるべきであり、価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有権者は、特段の事情のない限り、その占有者と一致すると解すべきであり、また金銭を現実に支配して占有する者は、それをいかなる理由によって取得したか、またその占有を正当づける権利を有するか否かにかかわりなく、価値の帰属者すなわち金銭の所有者とみるべきであるとされている(最高裁昭和29年11月5日第一小法廷判決・刑集8巻11号1675頁、同昭和39年1月24日第二小法廷判決・裁判集民事71号331頁)。そうすると、上記1の(4)のイのとおり、請求人が振り込んだ合計820万円分の金銭は、費消されることを前提としたものであるから、当該金銭に対する所有権は、原則どおり、本件各振込みを終えた時点で、当該金銭に対する占有とともにいわゆる振り込め詐欺の犯人側へ移転したと認められ、当該犯人は、そもそも、請求人(他人)の物の占有者ではない。
 したがって、本件損失は、「横領」による損失に当たらない。
(ロ) これに対し、請求人は、本件損失は、請求人が長男に渡すつもりで振り込んだ金銭を第三者に横取りされたことによって生じたものであるから、「横領」による損失に当たる旨主張する。
 しかし、上記ロの(ロ)及び上記(イ)のとおり、請求人は、本件各振込みを終えた時点で、上記金銭の占有も所有権も失っているから、その後に当該金銭を請求人の意に反していわゆる振り込め詐欺の犯人側に費消されても、請求人が、当該金銭を他人に横取りされたことにはならない。
 したがって、請求人の上記主張は、採用できない。

(3) 本件通知処分について

 以上によれば、本件損失は、所得税法第72条第1項に規定する「災害」による損失、「盗難」による損失、又は「横領」による損失のいずれにも当たらない。
 したがって、請求人の更正の請求について、更正をすべき理由がないとした本件通知処分は、適法である。

(4) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠書類等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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