(平成23年5月18日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、滞納者の滞納国税を徴収するため、滞納者が第三債務者に対して債権を有するとして当該債権の差押処分をしたのに対し、審査請求人(以下「請求人」という。)が、当該債権は請求人と滞納者との間の営業譲渡契約により滞納者から請求人に既に移転したのであるから、原処分庁が請求人に帰属する当該債権を差し押さえたことは違法であるとして、同処分の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、平成22年4月22日、D社の滞納国税を徴収するため、a市b町 ○−○所在の5階建ての建物の1階店舗部分(以下「本件店舗」という。)に係る賃貸借契約に基づいてD社がEに預託した敷金○○○○円の返還請求権(以下「本件敷金返還請求権」という。)について差押処分を行い、同日、同人に債権差押通知書を交付送達した。
ロ 原処分庁は、平成22年4月22日、D社の滞納国税を徴収するため、フランチャイズ基本契約に基づいてD社がF社に預託したロイヤルティ保証金○○○○円及び食材等代金保証金○○○○円の各返還請求権(以下「本件預託金返還請求権」といい、本件敷金返還請求権と併せて「本件各返還請求権」という。)について差押処分を行い、同日、F社に債権差押通知書を交付送達した。
 以下、原処分庁がした本件敷金返還請求権に係る差押処分と本件預託金返還請求権に係る差押処分とを併せて「本件各差押処分」という。
ハ 請求人は、平成22年6月18日、本件各差押処分を不服として異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年9月7日、棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、平成22年10月6日、異議決定を経た後の本件各差押処分を不服として審査請求をした。

(3) 関係法令

 民法第467条《指名債権の譲渡の対抗要件》第1項は、指名債権の譲渡は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない旨、同条第2項は、第1項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない旨それぞれ規定している。

(4) 基礎事実

イ 請求人の概要
(イ) 請求人は、平成17年9月○日に設立され、a市b町○−○に本店を置く、飲食店の経営などを目的とする有限会社である。
(ロ) 請求人の代表者は、設立の日から平成21年3月1日までG、同日からBである。
ロ D社による「K/H支店」の経営
(イ) D社は、平成9年8月1日、Jとの間で、本件店舗に係る賃貸借契約を締結したが、その後、同人が死亡したことから、D社は、平成18年9月30日、上記(2)のイの建物を相続したEとの間で、本件店舗について、賃貸人を同人、賃借人をD社とする賃貸借契約を締結し、同日付の賃貸借契約書を作成した。
 上記賃貸借契約書及びD社の平成19年4月1日から平成20年3月31日までの事業年度に係る法人税の確定申告書に添付された勘定科目内訳書(「仮払金(前渡金)の内訳書」)によれば、D社は、Eに対し、本件店舗に係る敷金(保証金)として○○○○円を預託していたことが認められる。
(ロ) D社は、F社との間で、「K」の商号等を使用する外食店に係るフランチャイズ基本契約を締結し、平成9年8月から、本件店舗において外食店「K/H支店」を経営していた。
 D社がF社との間で締結した平成17年10月26日付のフランチャイズ基本契約書によれば、D社は、F社に対し、ロイヤルティ保証金○○○○円及び食材等代金保証金○○○○円を預託していたことが認められる。
ハ 「K/H支店」に係る営業譲渡
(イ) G及びBは、平成20年9月1日、「K/H支店」に係る営業譲渡に関し、まる1同日、D社は同店に係る営業を請求人に譲渡し、Gはその所有する請求人に係る出資持分のすべてをBに譲渡する、まる2同店に係る営業譲渡により、請求人は、F社に対する保証金○○○○円及びEに対する敷金(保証金)○○○○円の各返還請求権並びにF社に対する買掛金等の債務をD社から承継するなどを内容とする契約を締結した。
 上記契約に基づき、平成20年9月1日、Bは、Gから請求人の総出資持分に当たる60口を譲り受け、また、同日、D社は、請求人に「K/H支店」に係る営業を譲渡し、請求人は、これに係るD社の資産及び負債を引き継いだ。
(ロ) 請求人は、D社及びEとの間において、上記ロの(イ)の本件店舗に係る賃貸借契約について、平成20年9月1日をもって請求人は本件店舗の賃借人の地位をD社から承継し、それに伴いD社の権利義務の一切を承継することなどを合意し、賃借人変更覚書を作成したが、同覚書には、民法施行法第5条第1項各号に規定する確定日付はいずれも付されなかった。
(ハ) 請求人は、D社及びF社との間において、平成20年9月1日、上記ロの(ロ)のフランチャイズ基本契約について、同日をもって請求人がD社の地位を承継し、当該契約上の一切の権利義務を承継することなどを合意し、覚書を作成したが、同覚書には、民法施行法第5条第1項各号に規定する確定日付はいずれも付されなかった。

(5) 争点

 営業譲渡契約に基づいて本件各返還請求権を譲り受けた請求人は、その移転を、本件各返還請求権を差し押さえた原処分庁に対抗することができるか否か。

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2 主張

原処分庁 請求人
 D社は、請求人に対し、「K/H支店」に係る営業を譲渡したものであるところ、営業譲渡契約という1個の債権契約によって、D社に係る権利義務が請求人に移転するとしても、会社の合併の場合のように権利義務が当然に包括承継されるものではないから、本件各返還請求権の移転については、個別に権利の移転手続を要し、権利の移転を第三者に対抗するには民法第467条が規定する第三者対抗要件を要する。
 そうすると、請求人が営業譲渡契約に基づいてD社から譲り受けた本件各返還請求権は、民法第467条が規定する第三者対抗要件を備えていない限り、第三者に対抗することができないところ、本件各返還請求権の譲渡は、確定日付のある通知又は承諾をもってなされていないから、第三者対抗要件を備えているとはいえない。
 したがって、請求人は、本件各返還請求権の移転を、これを差し押さえた原処分庁に対抗することができない。
 請求人は、D社との間で、「K/H支店」に係る営業譲渡契約を締結し、同店に係る営業を譲り受けたものであるが、このような営業譲渡契約は、包括的財産を譲渡する契約であり、債権のみを目的とした指名債権の譲渡ではないから、民法第467条の規定の適用はなく、個別の債権の移転について第三者対抗要件を備える必要はないものと解される。
 そうすると、請求人は、営業譲渡契約に基づいてD社から請求人に移転した本件各返還請求権について、民法第467条が規定する第三者対抗要件を備える必要はないから、請求人は、本件各返還請求権の移転を、これを差し押さえた原処分庁に対抗することができる。

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3 判断

(1) 争点について

イ 法令解釈
 営業譲渡とは、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部又は重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡人がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡人がその譲渡の限度に応じ商法第16条《営業譲渡人の競業の禁止》に規定する競業避止義務を負う結果を伴うものをいい、営業譲渡契約により譲受人に承継されることとなった指名債権は、当該譲受人に移転するが、当該指名債権について二重譲渡や差押えとの競合が生じることは通常の債権譲渡の場合と同様であることからすれば、営業譲渡契約による指名債権の移転を第三者に対抗するためには、民法第467条が定める方法により、第三者対抗要件を具備する必要があると解するのが相当である。
ロ 判断
(イ) 上記1の(4)のハの(イ)のとおり、D社は、平成20年9月1日、「K/H支店」に係る営業を請求人に譲渡し、これにより、本件各返還請求権が請求人に移転したことが認められる。
 そして、上記1の(4)のハの(ロ)のとおり、請求人が、D社及びEとの間で賃借人変更覚書を作成したことからすれば、D社から請求人に対する本件敷金返還請求権の譲渡をEが承諾したこと、また、上記1の(4)のハの(ハ)のとおり、請求人が、D社及びF社との間でフランチャイズ基本契約の地位承継に係る覚書を作成したことからすれば、D社から請求人に対する本件預託金返還請求権の譲渡をF社が承諾したことがそれぞれ認められる。
 しかし、上記1の(4)のハの(ロ)及び(ハ)のとおり、上記各覚書には、民法施行法第5条第1項各号に規定する確定日付はいずれも付されておらず、そのほかに、当審判所の調査によっても、本件各返還請求権の移転について、確定日付のある証書によるD社から第三債務者(E及びF社)への通知又は第三債務者による承諾がなされた事実は認められない。
 そうすると、営業譲渡契約に基づいてD社から請求人へ移転した本件敷金返還請求権及び本件預託金返還請求権は、いずれも民法第467条が規定する第三者対抗要件を備えていないから、営業譲渡契約に基づいて本件各返還請求権を譲り受けた請求人は、その移転を、本件各返還請求権を差し押さえた原処分庁に対抗することができない。
(ロ) これに対して、請求人は、上記2の「請求人」欄のとおり主張する。
 しかしながら、上記イのとおり、営業譲渡契約による指名債権の移転を第三者に対抗するためには、民法第467条が規定する方法により、第三者対抗要件を具備する必要があると解されるところ、D社から請求人に対する本件各返還請求権の移転は、上記(イ)のとおり、いずれも第三者対抗要件を具備していない。
 また、請求人が主張するように、営業譲渡に伴う個々の財産の移転について第三者対抗要件を要しないとすれば、営業譲渡にかかわらない第三者の取引の安全を害することになり、取引の安全を配慮して第三者対抗要件を定めた法の趣旨を没却することになりかねない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2) 本件各差押処分について

 上記(1)のロの(イ)のとおり、請求人は、本件各返還請求権の移転を、これを差し押さえた原処分庁に対抗することはできない。
 そして、当審判所の調査によれば、原処分庁は、D社の滞納国税について、国税通則法第37条《督促》第1項、国税徴収法第47条《差押の要件》第1項、同法第54条《差押調書》及び同法第62条《差押えの手続及び効力発生時期》第1項に各規定する、督促から本件各差押処分に至る各手続を適法に行ったことが認められるから、本件各差押処分は適法である。

(3) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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