(平成23年10月24日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、当時国外の法人の代表者であった審査請求人(以下「請求人」という。)が、平成21年分の所得税について、当該法人から受領した給与及び日本の公的年金等の各所得の確定申告をした後、請求人には国外に生活の本拠があり、非居住者に該当するので、国内源泉所得以外の給与所得等の金額を総所得金額から減額すべきであるとして更正の請求をしたところ、原処分庁が更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったことから、請求人が、その処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成21年分の所得税について、別表1の「確定申告」欄のとおり記載した確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)を、法定申告期限までに原処分庁へ提出した。
ロ その後、請求人は、平成22年8月26日に、別表1の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成22年11月30日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ニ 請求人は、本件通知処分を不服として、平成22年12月20日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成23年3月17日付で棄却の異議決定をした。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の本件通知処分に不服があるとして、平成23年4月15日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

イ 所得税法第5条《納税義務者》第1項は、居住者は、この法律(所得税法)により、所得税を納める義務がある旨規定し、同法第2条《定義》第1項第3号は、居住者とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいい、また、同項第5号は、非居住者とは、居住者以外の個人をいうと規定している。
ロ 民法第22条《住所》は、各人の生活の本拠をその者の住所とすると規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間で争いがなく、当審判所の調査の結果によっても、その事実が認められる。
イ 請求人は、日本国籍を有する者であるが、平成10年2月、G国のc市において設立されたH社の取締役社長に就任し、平成21年中も同地位にあった。
ロ H社は、G国に本店を置くD社のグループ法人として設立された法人であり、G国のd県e市にある工場でスピーカーユニットの製造等を行っている。
ハ 請求人は、H社の取締役社長に就任して以降、単身でG国へ渡航し、おおむねG国と日本とで出入国を繰り返しながら同社の経営全般に携わり、上記ロの工場の管理や日本国内にあるH社の取引先との商談等の業務を行っていた。
ニ 請求人の平成21年における日本とG国への各入国日及び両国での各滞在日数の内訳は、別表2の「まる1滞在日数」欄及び「まる3滞在日数」欄のとおりであり、同年中の日本での滞在日数は合計186日、G国での滞在日数は合計179日であった。
ホ 請求人は、G国での滞在中には、H社が賃借して請求人に提供したd県e市にある宿舎(以下「d居宅」という。)で起居していた。
ヘ 請求人は、日本での滞在中には、平成15年3月に購入した自己所有物件であるa市b町○−○のマンション「E」○○○号室(以下、当該物件を「b町居宅」、b町居宅の所在地を「b町所在地」という。)で起居していた。
 なお、b町居宅には、請求人による取得当時から継続して、請求人と生計を一にする妻Fが居住している。
ト 請求人は、b町居宅を購入した平成15年3月中に、自身の住民登録地をb町所在地へ移動し、その後の3年余りの間に、同所からG国d県e市への転出、及び同市からb町所在地への転入を3度繰り返し、平成18年6月2日にG国d県e市からb町所在地への3度目の転入をした後は、継続してb町所在地を住民登録地としている。
 なお、妻Fは、平成15年3月中に、請求人の住民登録地のb町所在地への移動に合わせて、a市内の別の場所からb町所在地へ住民登録地を移動した後、継続して同所を住民登録地としている。
チ 請求人は、平成19年に自身が○○に罹患していることを知り、同年中に日本国内の病院で○○の手術を受け、以後は、術後の検査のために定期的な通院を続け、平成21年中も、日本での滞在中に、b町居宅から日本国内にある病院へ通院したことがあった。

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2 争点

 本件の争点は、請求人が所得税法第2条第1項第3号の「居住者」に該当するか否かである。

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3 主張

(1) 請求人

 請求人は、平成10年2月にH社が設立されて以降、同社の取締役社長としてG国に長期間滞在し、G国の工場での業務等に従事しているから、d居宅が請求人の生活の本拠である。なお、請求人は、H社の業務の一環として、日本におけるH社の得意先等との商談及び販売先の開拓等を行うために、年間の相当日数にわたり日本に滞在していたが、これは飽くまでもH社の役員としてG国から出張し、日本国内での業務を行ったものである。
 また、平成21年中は、G国よりも日本での滞在日数の方が多いが、これは請求人が○○手術後の治療のために通院したという特殊原因によるものである。さらに、日本国内に請求人と生計を一にする妻Fが居住しているのは、必ずしも同人をG国へ連れて行く必要がなかった上、同人の年齢等を考慮したからであるが、そもそも、請求人の生活の本拠の判定は、請求人自身に係る考察を主としてなすべきである。
 したがって、請求人は、G国に生活の本拠である住所を有し、日本の「居住者」に該当しない。

(2) 原処分庁

 各人の生活の本拠は、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の所在等の客観的な事実に基づき判定すべきであるところ、請求人は、まる1平成18年6月に住民登録をG国d県からb町所在地へ移動させ、その後は引き続き同所を住民登録地としていること、まる2平成21年中の日本での滞在日数は186日であること、まる3日本滞在中はb町居宅で起居していること、まる4日本においてH社の重要業務を自ら行っていること、まる5妻Fがb町居宅に居住し、同所を生活の本拠としていること、まる6日本に生活の本拠となるマンション(b町居宅)を所有していること、及びまる7○○の治療に係る検査を受けるため、定期的に日本の病院に通院していることなどを総合的に勘案すれば、請求人はb町居宅を生活の本拠としており、同所に住所を有するものと認められる。
 したがって、請求人は日本の「居住者」に該当する。

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4 判断

(1) 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。
イ 請求人は、日本での滞在中に、日本国内の各所へ出張してH社の業務を行った場合には、取引先等への出張事績及び当該出張に要した費用等を記載した「出張金銭報告書」を作成しH社に提出していたところ、当該報告書によれば、平成21年中の日本滞在期間内において、請求人がH社の業務のために出張した日数は、別表2の「まる2出張日数」欄のとおりである。
ロ 請求人は、平成21年のG国での滞在中、d居宅で起居しながら、G国でのH社の業務に従事した。その間、請求人は、自ら炊事をすることはなく、朝食はH社の従業員が持参したものを食べ、昼食・夕食は工場の食堂で食べていた。また、d居宅に備付けの家具等を使用して、暮らしていた。
ハ 他方で、請求人は、平成21年の日本での滞在中、b町居宅で起居しながら、H社の業務のうち、出張して日本国内の取引先関係者を相手に商談、打合せ、情報交換、技術上の助言等の営業活動を行ったほか、電子メールを用いてG国でのH社の業務に関する指示を出していた。
ニ 請求人は、G国へ入国してH社の取締役社長としての業務を開始するに際し、G国で長期間滞在する場合に必要となる居留許可を取得せず、視察、商用及び会議等を目的としてG国に滞在する者に対しG国政府から発給される査証(訪問査証)を取得してG国に繰り返し滞在し、平成21年中も、同様に居留許可を取得せず、訪問査証でG国に滞在した。
ホ 請求人は、G国へ赴く直前の平成10年1月、D社のh支店を事業者とする健康保険の被保険者の資格を取得し、平成21年中も、当該健康保険の被保険者であった。
ヘ 請求人が提出した本件確定申告書及びその前年(平成20年)分の所得税の確定申告書に添付された、複数の「公的年金等の源泉徴収票」及びD社のh支店を支払者とする「給与所得の源泉徴収票」の各「住所又は居所」欄には、いずれもb町所在地が記載されている。

(2) 法令解釈

 所得税法第2条第1項第3号は、「居住者」とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいうと規定しているところ、同法上、住所についての定義規定はないから、同法における住所とは、民法第22条の定める住所の意義のとおり、各人の生活の本拠をいうものと解される(最高裁判所昭和29年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁参照)。そして、各人の生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり(最高裁判所昭和35年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁参照)、一定の場所がその者の住所であると認定するについては、その者の住所とする意思だけでは足りず、客観的に生活の本拠たる実体を具備していることを必要とするものと解すべきである(最高裁判所昭和32年9月13日第二小法廷判決・裁判集民事27号801頁、同裁判所平成23年2月18日同小法廷判決・判時2111号3頁参照)。
 そうすると、各人の住所の認定は、その者の国内外でのまる1滞在日数、まる2生活場所及び同所での生活状況、まる3職業及び業務の内容・従事状況、まる4生計を一にする配偶者その他の親族の居住地、まる5資産の所在、まる6生活に関わる各種届出状況等の客観的諸事情を総合的に勘案して行うのが相当である。

(3) 本件への当てはめ

イ 滞在日数について
 上記1の(4)のニ及び別表2のとおり、請求人は、平成21年中はほぼ毎月日本へ入国し、その都度、半月程度又は1か月程度の期間にわたり日本に滞在した。その結果、請求人の平成21年中の日本における滞在日数の合計は、年間365日の半数を超える186日に及び、G国での滞在日数の合計と大差はないが、同日数を上回っている。
ロ 生活場所及び同所での生活状況について
 上記1の(4)のヘないしチ並びに上記(1)のイ及びハのとおり、請求人は、平成21年の日本での合計186日間の滞在中、自らの所有物件であり、平成18年6月以降は継続して自身の住民登録地とするb町居宅で、生計を一にする妻Fと同居して過ごしつつ、同居宅を拠点として、合計22日間(各滞在期間中、数日程度)をH社の業務に関する出張に費やし、その他の日には電子メールでG国でのH社の業務に関する指示を出したり、○○手術後の検査のための定期的な通院をしたりした(なお、平成21年中の通院の頻度は、請求人の答述によれば、毎月1回程度であったとのことである。)。
 他方で、上記1の(4)のホ及び上記(1)のロのとおり、請求人は、平成21年のG国での合計179日間の滞在中、H社の従業員等から3度の食事の提供を受け、請求人のG国滞在中の宿泊場所として同社から提供された賃借物件であるd居宅で、同居宅に備付けの家具等を用いながら単身で過ごしつつ、同社の役員として所要の業務を行った。
 以上の請求人の生活場所及び同所での生活状況を比較すると、b町居宅は、請求人が日本へ入国した際の、H社の業務や通院のために滞在する場所であるとともに、請求人が家庭生活を営む唯一の場所でもあり、請求人の全生活(私生活面及び事業活動面の双方)との関係が深い場所であるのに対し、d居宅は、請求人がG国でのH社の業務を行う都合上滞在する場所であり、b町居宅と比べて請求人の全生活との関係は希薄であると評価せざるを得ない。
ハ 職業及び業務の内容・従事状況について
 上記1の(4)のイのとおり、請求人は、H社の取締役社長という地位にあるため、雇用契約で定められた勤務時間・場所等に拘束される一般の従業員等とは異なり、必ずしも法人の所在地等の特定の場所に常時駐在していなければ自らの職務を遂行できないという立場にはない。現に、請求人は、平成21年中、ほぼ毎月、その都度半月程度又は1か月程度にわたり、延べ半年以上も日本に滞在しながら、上記(1)のハのとおり、日本で行うべきH社の業務のみならず、G国でのH社の業務についても滞りなく執り行っている。
 このように、請求人は、平成21年中、G国及び日本の双方において、H社の取締役社長としての業務全般を行っていたことが明らかである。そうすると、請求人が主張するように、G国に相当期間滞在してH社の役員としての業務を行ったとの事情をもって、直ちに請求人の全生活の中心がd居宅にあると評価することはできない。
ニ 生計を一にする配偶者等の居住地について
 請求人の妻Fは、上記1の(4)のヘ及びトのとおり、請求人がb町居宅を所有して以降、継続して同所に居住し、同所を住民登録地としている。
ホ 資産の所在について
 請求人は、上記1の(4)のヘのとおり、日本において、請求人がH社の取締役社長に就任した後の平成15年3月に取得した居住用資産であるb町居宅を、平成21年中も継続して所有している。他方で、請求人がG国において、不動産を保有している事実は認められない。
ヘ 生活に関わる各種届出状況等について
 請求人は、上記(1)のニのとおり、G国へ入国してH社の取締役社長としての業務を開始するに際し、G国に長期間滞在するための公的許可を取得せず、以後、継続して同許可を有しない状態にある一方で、上記1の(4)のヘ及びトのとおり、請求人がH社の取締役社長に就任した後に居住用資産であるb町居宅を取得し、平成18年6月以降は、継続してb町所在地(日本)を住民登録地としている。また、上記(1)のヘのとおり、請求人は、自身や生計を一にする妻Fの生活原資となり得る自身の公的年金等の各支払者に対し、b町所在地を自己の住所として届け出ている。さらに、請求人は、上記(1)のホのとおり、G国へ赴く直前に、日本の医療保険制度の基本をなす健康保険給付を受けられる公的資格を取得し、平成21年中も同資格を保有し続けている。
 このように、請求人は、日本の複数の公的機関等に対し、自身の住所が日本国内にあることを前提とする各種届出をしていたほか、日本国内で生活を送る上で有用な公的資格を有しながら、平成21年においてもG国へ赴任していたことが明らかである。これらの各事情は、いずれも、請求人の平成21年中の全生活の中心が、G国ではなく日本国内にあることをうかがわせる事情であると評価すべきである。
ト 上記イないしヘの諸事情を総合すると、請求人が、平成21年中、延べ半年近くにわたってG国に滞在し、G国の一定の場所で起居し、H社の取締役社長として同社の業務を行い、その業務の一環として日本へ出張することもあったことを考慮しても、日本における請求人の生活状況や業務の実情等にも照らすと、客観的に請求人の平成21年中の生活の本拠(全生活の中心)たる実体を具備していたのは、G国のd居宅ではなく、日本のb町居宅であったと認定するのが相当である。
 したがって、平成21年において、請求人は、日本に住所を有する「居住者」に該当する。

(4) 請求人の主張について

 請求人は、まる1平成21年中の日本での滞在日数が多いのは、○○の治療という特殊原因によるものである旨、また、まる2生活の本拠の判定は、請求人の妻Fではなく、請求人自身に係る考察を主としてなすべきである旨も主張する。
 しかしながら、上記(3)のとおり、当審判所は、請求人による日本国内の病院への通院事実や、生計を一にする妻Fの居住地のみならず、これらの事情を含めた、請求人の生活に関わる客観的諸事情を総合的に勘案して、請求人の平成21年中の生活の本拠は日本にあったと認定したのであるから、請求人の上記まる1及びまる2の主張は、いずれも上記(3)の認定の妨げとならない。

(5) 本件通知処分について

 以上のとおり、平成21年において、請求人は日本の「居住者」に該当するから、請求人が「非居住者」に該当するものとしてされた本件更正の請求に対し、更正をすべき理由はないとして行った本件通知処分は、適法である。

(6) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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