(平成23年12月6日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人A(以下「請求人A」という。)及び同C(以下「請求人C」といい、これら2名を併せて「請求人ら」という。)が、相続税の申告後、遺留分減殺請求に係る和解の成立により、他の共同相続人に対して返還等すべき額及び上記申告において相続財産としていた定額貯金の不存在が、いずれも確定したとして各更正の請求を行ったのに対し、原処分庁が、定額貯金が不存在であるとする部分については国税通則法第70条《国税の更正、決定等の期間制限》第2項により更正することができる期間を徒過していることから、当該部分は更正しないとして各更正処分を行ったことから、当該部分を認めなかった上記各処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人らは、平成15年5月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したD(以下「本件被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、「相続財産の確認表」(本件被相続人が生前経営していた会社の関与税理士作成、以下「本件相続財産確認表」という。)に記載されていた各財産を相続により各2分の1の割合で取得したものとして相続税額を算定し、それぞれ、別表の「当初申告」欄のとおり記載した相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)を、法定申告期限(平成16年3月○日)までに提出した(以下、この申告書の提出を「本件申告」という。)。
 なお、本件申告において相続財産として計上されていた本件被相続人名義の定額貯金10,003,526円(以下「本件貯金」という。)は、本件申告書を作成した請求人らの関与税理士が、本件相続財産確認表に記載されていた定額郵便貯金10,000,000円(口座に関する記載なし)に当時の定額郵便貯金の利率により計算した利息3,526円を上乗せして算出したものであった。
ロ 請求人らは、それぞれ、平成16年7月7日、原処分庁に対し、相続税の総額の計算誤りを理由として、請求人らの各課税価格及び納付すべき税額を別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の各更正の請求をした。
ハ これに対し、原処分庁は、平成16年9月29日付で、別表の「更正処分」欄のとおり、上記ロの各更正の請求を認める旨の各更正処分を行った。
ニ 請求人らは、それぞれ、平成22年7月29日、原処分庁に対し、遺留分減殺請求に係る和解の成立により、他の共同相続人に対して返還すべき額及び本件申告において相続財産として計上していた本件貯金の本件相続開始日における不存在が、いずれも確定したとして、別表の「本件更正の請求」欄のとおりとすべき旨の各更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
ホ これに対し、原処分庁は、平成22年10月29日付で、別表の「本件処分」欄のとおり、本件更正の請求に対して、遺留分減殺請求に基づく返還額等の確定による課税価格及び相続税額の減額のみを認め、本件貯金の不存在が確定したとする部分についてはその更正をすべき理由がないとする旨の各更正処分(以下、当該各更正処分のうち、更正をすべき理由がないとする旨の処分(通知処分)を「本件処分」という。)を行った。
ヘ 請求人らは、本件処分を不服として平成22年12月24日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は平成23年2月24日付で棄却の異議決定をした。
ト 請求人らは、異議決定を経た後の本件処分に不服があるとして平成23年3月24日に審査請求をするとともに、請求人Aを総代として選任し、同日、その旨を届け出た。

(3) 関係法令の要旨

イ 相続税法(平成16年法律第84号による改正前のもの。以下同じ。)第27条《相続税の申告書》第1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者は、一定の場合には、その相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内に相続税の申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない旨規定している。
ロ 相続税法第32条《更正の請求の特則》は、相続税について申告書を提出した者は、同条各号のいずれかに該当する事由により、その申告に係る課税価格及び相続税額が過大となったときは、当該事由が生じたことを知った日の翌日から4月以内に限り、納税地の所轄税務署長に対し、その課税価格及び相続税額につき国税通則法第23条《更正の請求》第1項の規定による更正の請求をすることができる旨規定している。
 そして、その事由として、相続税法第32条第1号は、同法第55条《未分割遺産に対する課税》の規定により分割されていない財産について民法(第904条の2《寄与分》を除く。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って課税価格が計算されていた場合において、その後当該財産の分割が行われ、共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された課税価格と異なることとなったことを規定している。
ハ 相続税法第55条本文は、相続又は包括遺贈により取得した財産に係る相続税について申告書を提出する場合において、当該相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によってまだ分割されていないときは、その分割されていない財産については、各共同相続人又は包括受遺者が民法(第904条の2を除く。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算するものとする旨規定している。

(4) 基礎事実

イ 本件相続について
(イ) 本件相続に係る法定相続人は、本件被相続人の妻であるE(以下「妻E」という。)、同長女である請求人A、同二女であるF(以下「二女F」という。)及び本件被相続人の養子であり請求人Aの子である請求人Cの4名である。
(ロ) 本件被相続人は、平成15年5月22日、遺言公正証書により、要旨別紙2のとおり、遺言した(以下、この遺言を「本件遺言」という。)。
ロ 和解に至る経緯、和解内容
(イ) 遺言執行者に指定された請求人Aは、本件遺言に基づき、G家庭裁判所c支部に対し、妻Eが本件被相続人の相続人であることを廃除する旨の審判を申し立てたが、平成17年3月○日、同支部において、民法第892条《推定相続人の廃除》に定める各廃除原因に該当すると認められるまでの行為があったと認めることはできないとして当該申立てを却下するとの審判がなされた。
(ロ) 妻E及び二女Fは、平成16年4月8日、請求人らに対し、本件相続に係る遺留分減殺請求を行ったが、請求人らがこれに応じなかったため、平成19年3月○日、請求人らを被告として、本件相続に係る遺留分減殺請求訴訟を提起した。
(ハ) 平成22年3月○日、上記(ロ)の訴訟の全当事者間において、要旨別紙3のとおりの裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した(別紙3において「原告ら」とあるのは「妻E及び二女F」を、「被告ら」とあるのは「請求人ら」を、「○○」とあるのは請求人Aをいうものである。)。
 なお、本件和解条項には、本件貯金が相続財産に含まれることを全当事者間で確認する旨の定め(第1項)があるほかは、本件貯金に関する定めはない。

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2 争点

 本件和解が相続税法第32条第1号に規定する事由に該当するか否か。

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3 争点に対する当事者の主張

請求人ら 原処分庁
 以下の理由により、本件和解は相続税法第32条第1号に規定する事由に該当する。  以下の理由により、本件和解は相続税法第32条第1号に規定する事由に該当しない。
(1) 本件申告の相続税法第55条該当性
イ 本件遺言は相続分の指定をしたものにすぎず、相続人間で自由に遺産分割することを認めるものであるから、本件遺言によって相続財産全部が請求人らに各2分の1の割合で分割されたとはいえない。
ロ 本件申告書の提出時においても
(イ) 妻Eに対する推定相続人排除審判申立事件が係属していたこと
(ロ) 妻E及び二女Fが事実上取り込んでおり、本件相続財産確認表に記載されていない預金等が存在したこと
から、相続財産全部が未分割であったと認められる。
ハ そして請求人らは、本件申告書の提出に当たり、妻E及び二女Fの協力を得られなかったため、本件相続財産確認表をもとに、本件遺言で指定された相続分に従い各2分の1の割合で相続したものとして申告書を作成、提出したにすぎない。
ニ したがって、本件申告書における課税価格は、相続税法第55条の規定に基づき本件遺言による指定相続分に従って計算したものと評価できる。
(1) 本件申告の相続税法第55条該当性
イ 相続税法第32条第1号は、当初の相続税の申告における課税価格が同法第55条の規定により計算されていた場合、すなわち、当該申告の時において、相続により取得した財産の全部又は一部がまだ分割されていない場合の規定である。
ロ 本件遺言は、相続財産のすべてを請求人らに各2分の1の割合で「相続させる」趣旨の遺言である。
 「相続させる」趣旨の遺言は、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、遺産分割方法の指定がなされたものと解すべきところ、本件においては、上記の事情は認められないから、本件遺言は、相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定であると解すべきである。
 そして、遺言により遺産分割方法が指定された場合、法定相続人は、当該遺言の内容と異なる遺産分割の協議はなし得ないと解されているから、本件においては、相続財産のすべてが遺言により、相続発生時に請求人らに各2分の1の割合で分割されたものといえる。
ハ したがって、本件申告の時において、分割されていない相続財産は存在しなかったのであるから、当該申告が相続税法第55条の規定に基づいたものと見る余地はない。
(2) 本件貯金に係る遺産分割の有無
イ 本件和解は、遺留分減殺請求に基づく財産の返還のみならず、遺留分減殺請求者との間で、本件申告書に記載された相続財産全部(本件貯金を含む。)について遺産分割協議もされたものである。
ロ 本件和解において、本件貯金は、請求人らの相続財産に含まれていないから、本件貯金は、遺留分減殺請求者に帰属する旨の遺産分割が成立したと認めるべきである。
(2) 本件貯金に係る遺産分割の有無
 本件和解は、本件申告書において課税価格の計算の基礎に算入された財産(本件貯金を含む。)を、請求人らが遺言により取得したことを前提として、遺留分減殺請求に基づき同人らが他の相続人らに返還すべき財産の範囲を合意したものであり、その返還すべき財産の中に本件貯金は含まれていない。
したがって、本件和解を原因として、本件貯金が遺留分減殺請求者に帰属する旨の遺産分割が成立したとは認められない。

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4 判断

(1) 相続税法の解釈

イ 相続税法第55条は、相続固有の問題として、相続税の法定申告期限内に遺産の全部又は一部の分割ができないことがあり得ることにかんがみ、現実に相続により取得する財産が確定していないことを理由に相続税の納付義務を免れるという不都合を防止し、国家の財源を迅速、確実に確保するために、法定申告期限内に申告書を提出する場合に相続人間で遺産が分割されていないときは、その未分割の遺産については、各共同相続人が法定相続分の割合に従って、当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算することとしている。
ロ そして、相続税法第32条第1号は、相続税の申告書提出時に分割されていない財産があるため同法第55条の規定により民法(第904条の2を除く。)の規定による相続分の割合に従って課税価格が計算されていた場合に、その後当該財産の分割が行われ、共同相続人が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分の割合に従って計算された課税価格と異なることとなったことを理由として更正の請求を認めるものであるから、相続税法第32条第1号の事由は、未分割の遺産につき、いったん同法第55条の規定による計算で税額が確定した後、遺産の分割が行われ、その結果、既に確定した相続税額が過大になるという相続税に固有の後発的事由について規定したものであり、同法第32条第1号に規定する事由があるといえるためには、相続税の申告書提出時に未分割の相続財産があり、かつ、当該財産について相続税の申告書の提出後に分割が行われたことを要するというべきである。

(2) 遺言の解釈

イ 被相続人の遺産の承継関係に関する遺言については、遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきものであるところ、遺言者は、各相続人との関係にあっては、その者と各相続人との身分関係及び生活関係、各相続人の現在及び将来の生活状況及び資力その他の経済関係、特定の不動産その他の遺産についての特定の相続人のかかわりあい等各般の事情を配慮して遺言をするのであるから、遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合、当該相続人も当該遺産を他の共同相続人と共にではあるが当然相続する地位にあることにかんがみれば、遺言者の意思は、上記各般の事情を配慮して、当該遺産を当該相続人をして、他の共同相続人と共にではなくして、単独で相続させようとする趣旨のものと解するのが当然の合理的な意思解釈というべきであり、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではない。そして、上記「相続させる」趣旨の遺言、すなわち、特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させようとする遺言は、上記各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然あり得る合理的な遺産の分割の方法を定めるものであって、民法第908条《遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止》において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとしているのも、遺産の分割の方法として、このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするためにほかならない。したがって、上記「相続させる」趣旨の遺言は、正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、他の共同相続人も当該遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議はなし得ないのであるから、このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきであり、その場合、当該遺産については、遺産分割協議を経る余地はないものというべきである(最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決・民集45巻4号477頁)。
ロ このことは、被相続人が遺産全部を一部の相続人に「相続させる」旨の遺言をした場合でも同様に解すべきであり、被相続人の死亡の時に直ちに遺産全部について分割の効果が発生し、遺留分減殺の問題が残ることはあるにしても、もはや当該遺産について再度の分割がなされる余地はない。
 なお、この場合は当該相続人に法定相続分を超える遺産を相続させることになるから、遺産分割方法の指定と同時に相続分の指定がなされたものと解すべきである。

(3) あてはめ

イ 本件遺言は、本件被相続人が相続開始時点で有している全財産を、法定相続人4名のうち請求人ら2名に対し、各2分の1の割合で「相続させる」旨明記されている。
ロ そして、前記1の(4)のイの(ロ)のとおり、本件遺言では、単に「被相続人の有する財産全部を請求人らに各2分の1の割合で相続させる」旨の記載ではなく、不動産8件を個別に掲記した上で、それらを含む一切の財産を「請求人らに各2分の1の割合で相続させる」旨記載されていること、本件被相続人は本件遺言において妻E及び二女Fには財産を相続させない意思を明確に表示していることからしても、本件遺言は、遺産分割協議を経ることなく相続開始により直ちに請求人らに各2分の1の割合で本件被相続人の有する財産全部を承継させようとするものと解釈するのが相当である。
 すなわち、本件遺言は、請求人ら2名に対し遺産全部を各2分の1の割合で相続させる旨の遺産分割方法の指定と同時に相続分の指定をしたものと解すべきであり、そうすると、本件被相続人の死亡の時に遺産全部について直ちに分割の効果が発生し、当該遺産について再度の分割がなされる余地はない。
ハ したがって、本件申告書の提出時に本件被相続人の遺産の中に未分割のものはなく、本件相続に係る相続税の課税価格が相続税法第55条の規定により計算されたものと認めるべき余地がないのであるから、本件においては、同条の適用があった場合に係る同法第32条第1号の規定の適用の前提を欠くものであって、本件和解が同号に規定する事由に該当しないことは明らかである。
ニ 以上のとおり、請求人の、本件遺言は相続分の指定にすぎず、相続財産全部が未分割であったとする主張には理由がないから、本件更正の請求のうち当該主張に係る部分について更正をすべき理由がないとした旨の本件処分は適法である。

(4) その他

 本件処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠書類等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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