(平成24年9月26日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、勤務先の親会社から付与されたリストリクテッド・ストック・ユニットが退職後に権利確定したことにより、同親会社の株式を無償で取得したことによる所得を、給与所得に含めないで確定申告をしたところ、原処分庁が、請求人は当該株式の取得時は居住者に該当するから、当該株式の取得による所得は給与所得として課税所得に含める必要があるなどとして、所得税の更正処分等を行ったことに対し、請求人が、当該株式の取得時は非居住者に該当するから、当該株式の取得による所得は課税所得に含まれないとして、原処分の各一部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成20年分の所得税について、確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して法定申告期限内にE税務署長に申告した。
ロ E税務署長は、これに対し、原処分庁所属の調査担当職員の調査(以下「本件調査」という。)に基づき、平成23年4月27日付で別表1の「更正処分等」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)をした。
ハ 請求人は、本件更正処分等を不服として、平成23年6月15日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年9月6日付でいずれも棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成23年10月5日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

イ 所得税法第2条《定義》第1項第3号は、居住者とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう旨規定し、同項第5号は、非居住者とは、居住者以外の個人をいう旨規定している。
ロ 所得税法第3条《居住者及び非居住者の区分》第2項は、居住者及び非居住者の区分に関し、個人が国内に住所を有するかどうかの判定について必要な事項は、政令で定める旨規定している。
ハ 所得税法第7条《課税所得の範囲》第1項は、非永住者以外の居住者については、全ての所得について(第1号)、非居住者については、同法第164条《非居住者に対する課税の方法》第1項各号に掲げる非居住者の区分に応じそれぞれ同項各号及び同条第2項各号に掲げる国内源泉所得について(第3号)、所得税を課する旨規定している。
ニ 所得税法第8条《納税義務者の区分が異動した場合の課税所得の範囲》は、その年において、個人が非永住者以外の居住者、非永住者又は同法第164条第1項各号に掲げる非居住者の区分のうち二以上のものに該当した場合には、その者がその年において非永住者以外の居住者、非永住者又は当該各号に掲げる非居住者であった期間に応じ、それぞれの期間内に生じた同法第7条第1項第1号から第3号までに掲げる所得に対し、所得税を課する旨規定している。
ホ 所得税法第102条《年の中途で非居住者が居住者となつた場合の税額の計算》は、その年12月31日において居住者である者でその年において非居住者であった期間(以下「非居住者期間」という。)を有するものに対して課する所得税の額は、居住者であった期間(以下「居住者期間」という。)内に生じた同法第7条第1項第1号(居住者の課税所得の範囲)に掲げる所得並びに非居住者期間内に生じた同法第164条第1項各号に掲げる非居住者の区分に応ずる同項各号及び同条第2項各号に掲げる国内源泉所得に係る所得を基礎として政令で定めるところにより計算した金額による旨規定している。
 そして、所得税法施行令第258条《年の中途で非居住者が居住者となつた場合の税額の計算》第1項は、上記の政令で定めるところにより計算した金額は、次に定める順序により計算した所得税の額とする旨規定している。
(イ) 居住者期間内に生じた所得税法第7条第1項第1号(居住者の課税所得の範囲)に掲げる所得等について、同法第2編第2章及び第3章の規定に準じて、各種所得の金額、総所得金額、所得控除、課税総所得金額及び所得税の額を計算する(第1号ないし第5号)。
(ロ) その者が非居住者期間内に支払を受けるべき所得税法第164条第2項各号に掲げる非居住者の区分に応ずる当該各号に掲げる国内源泉所得がある場合には、当該国内源泉所得につき同法第169条《分離課税に係る所得税の課税標準》及び同法第170条《分離課税に係る所得税の税率》の規定を適用して所得税の額を計算し、当該所得税の額を前号の所得税の額に加算する(第6号)。
ヘ 所得税法第161条《国内源泉所得》第8号イは、俸給、給料、賃金、歳費、賞与又はこれらの性質を有する給与その他人的役務の提供に対する報酬のうち、国内において行う勤務その他の人的役務の提供(内国法人の役員として国外において行う勤務その他の政令で定める人的役務の提供を含む。)に基因するものは、国内源泉所得である旨規定している。
ト 所得税法第164条第2項第2号は、国内に支店等事業を行う一定の場所を有する非居住者、国内において建設作業等を1年を超えて行う非居住者及び国内に代理人等を置く非居住者以外の非居住者が、同法第161条第8号に掲げる国内源泉所得を有する場合には、当該非居住者に対して課する所得税の額は、当該国内源泉所得について、同法第169条及び同法第170条の規定を適用して計算したところによる旨規定している。
チ 所得税法第169条は、同法第164条第2項第2号に掲げる非居住者の国内源泉所得については、他の所得と区分して所得税を課するものとし、その所得税の課税標準は、その支払を受けるべき当該国内源泉所得の金額とする旨規定している。
リ 所得税法第170条は、同法第169条に規定する所得税の額は、同条に規定する国内源泉所得の金額に100分の20の税率を乗じて計算した金額とする旨規定している。
ヌ 所得税法施行令第15条《国内に住所を有しない者と推定する場合》第1項第1号は、国外に居住することとなった個人が、国外において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有することに該当する場合には、その者は、国内に住所を有しない者と推定する旨規定している。
ル 所得税基本通達161−28《勤務等が国内及び国外の双方にわたって行われた場合の国内源泉所得の計算》は、非居住者が国内及び国外の双方にわたって行った勤務又は人的役務の提供に基因して給与又は報酬の支払を受ける場合におけるその給与又は報酬の総額のうち、国内において行った勤務又は人的役務の提供に係る部分の金額は、その給与又は報酬の総額に対する金額が著しく少額であると認められる場合を除き、「給与又は報酬の総額 ×(国内において行った勤務又は人的役務の提供の期間 ÷ 給与又は報酬の総額の計算の基礎となった期間)」の算式により計算するものとする旨定めている。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、外国の複数の金融機関で勤務した後、平成14年4月10日、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)の法人であるF社のグループ会社であるG銀行に就職し、同銀行a支店及び他のF社のグループ会社での国内勤務をしながら、a県d市に設立されたH社の取締役を兼務していた。
ロ 請求人は、当時の勤務先の親会社であるF社から、同社グループ各社の従業員を対象とした株式報酬制度に基づき、リストリクテッド・ストック・ユニット(以下「RSU」という。)を、以下のとおり付与された。
(イ) 平成17年1月20日に付与されたRSU
 A 権利確定日を平成19年1月25日とするもの 18,682ユニット
 B 権利確定日を平成20年1月25日とするもの 18,682ユニット
(ロ) 平成18年1月19日に付与されたRSU
 A 権利確定日を平成20年1月25日とするもの 19,005ユニット
 B 権利確定日を平成21年1月25日とするもの 19,005ユニット
ハ 上記ロのRSUに係る株式報酬制度は、F社が、同社グループの優れた従業員を確保し、雇用を継続させるとともに、将来の職務上の成果をあげるための動機付けとすることなどを目的とする長期インセンティブプランに基づく報酬制度である。当該報酬制度により付与されるRSUは、これを付与された者に対し、あらかじめ定められた権利確定日に権利確定した当該RSU1ユニットにつき、F社の普通株式1株が支給されるという権利であり、この権利は、権利確定するまでは売却等をすることができないものとされている。また、当該RSUを付与された者は、権利確定するまでの間、配当相当額の支払を受ける資格を有するが、議決権を有しないこととされている。そして、当該RSUを付与された者があらかじめ定められた権利確定日まで雇用を継続される等の条件を満たした場合には、付与されたRSUが権利確定するが、途中で退職した場合には、一定の条件に該当しない限り、未確定のRSUは取り消されるものとされている。
ニ 請求人は、平成18年3月31日付でG銀行を退職し、同年4月1日付で、H社がJ社に移行したことに伴い、J社の代表取締役に就任したが、同年6月30日付で同社代表取締役を辞任した。なお、請求人がJ社代表取締役を辞任した後においても、同社と請求人との雇用関係は維持されていた。
ホ その後、請求人は、J社との雇用関係を継続したまま、平成18年8月1日、K社に出向して同社の副会長に就任したため、同日に日本を出国し、勤務地であるシンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)に入国した。なお、請求人は、平成18年7月25日に、b市長に対し、同年8月1日にシンガポールへ転出する旨届け出た。
ヘ 請求人は、日本を出国するまで、請求人が所有するa県b市e町○−○のマンション(以下「本件eマンション」という。)の所在地を住民登録地とし、シンガポールに赴任後は、K社借上げの住宅に居住していた。
ト 請求人は、平成19年8月31日、K社の副会長を辞任したことから、J社において、K社への出向を解除され、同日、J社を退職した。
チ 請求人は、平成19年8月31日、上記トの退職と同時に、シンガポール滞在用の査証として、MINISTRY OF MANPOWER発行の有効期間60か月間のPersonalised Employment Pass(以下「PEP」という。)を取得した。
リ 請求人は、上記トの退職に伴い、それまで居住していたK社借上げの住宅から、シンガポールに所在する長期滞在用家具付アパートメント「○○○○」(以下「本件サービスアパートメント」という。)に転居した。
ヌ 平成20年1月25日、請求人に付与された上記ロの(イ)のB及び(ロ)のAの各RSUが権利確定し、同日、F社から米国に所在するL社の請求人の証券口座に、当該各RSUの合計37,687ユニットに対応するF社の普通株式37,687株が入庫され、請求人は、同普通株式を取得した。以下、当該取得した普通株式を「本件株式」、本件株式の取得日(平成20年1月25日)を「本件株式取得日」という。
ル 請求人は、J社を退職後、シンガポールと日本などを行き来していたが、a県d市に所在するM社に、取締役会長として就任することが決まり、平成20年2月4日に日本に帰国し、同月12日付で同社取締役会長に就任した。なお、請求人は、平成20年2月13日に、b市長に対し、同年2月4日にシンガポールから本件eマンションの所在地に転入した旨届け出ており、その後、平成22年8月23日に肩書地(a県b市c町)へ異動したが、シンガポールから帰国した後は、日本国内に居住している。
ヲ 請求人が、シンガポールに入国した平成18年8月1日から、同国を平成20年2月4日に出国するまでの期間(以下「本件期間」という。)の日数は、553日である。また、J社を退職した日の翌日(平成19年9月1日)から平成20年2月4日までの期間(以下「本件退職後期間」という。)の日数は、157日である。
 以下、本件期間の日数のうち、請求人がシンガポールに滞在していた日数を「シンガポール滞在日数」といい、日本に滞在していた日数を「日本滞在日数」という。また、本件退職後期間の日数のうち、請求人がシンガポールに滞在していた日数を「本件退職後シンガポール滞在日数」といい、日本に滞在していた日数を「本件退職後日本滞在日数」という。
ワ 請求人は、平成20年分の所得税について、本件株式に係る所得を給与所得に含めずに、日本に帰国した後の給与所得などについて確定申告をしたところ、E税務署長は、本件調査に基づき、請求人は、本件株式取得日において、日本国内に住所を有し、所得税法第2条第1項第3号に規定する「居住者」に該当するから、本件株式に係る給与所得を課税所得に含める必要があるなどとして、本件株式37,687株に係る給与所得の収入金額を、N証券取引所における公表されたF社の普通株式の本件株式取得日の終値(1株当たり○○.○○米国ドル)、及び同日のP銀行における対顧客直物電信売買相場の仲値(以下「TTM」という。)(1米国ドル当たり107.16円)を基に、○○○○円と計算し、本件更正処分等をした。

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2 争点

 請求人は、本件株式取得日において日本国内に住所を有し、所得税法第2条第1項第3号に規定する「居住者」に該当するか否か。

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3 主張

(1) 原処分庁

 一定の場所がその者の住所であるか否かは、滞在日数、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在、居住の意思等に照らし、総合的に判断するものと解されるところ、以下の事実を総合的に判断すれば、遅くとも請求人の本件株式取得日における生活の本拠は日本にあったと認められるから、請求人は、本件株式取得日において、日本国内に住所を有し、所得税法第2条第1項第3号に規定する「居住者」に該当する。
 なお、請求人は、本件株式取得日において明確な職業を有していなかったのであり、本件期間のうち、本件退職後期間とそれ以外の期間(請求人がK社に勤務していた期間)とではその生活実態が大きく異なっていたことは明らかであるから、上記判断に当たっては、請求人がK社で勤務していた期間の生活実態を考慮すべきではなく、本件株式取得日と同様の生活実態にある本件退職後期間における上記各要素により判断すべきである。
イ 滞在日数
 請求人の本件退職後期間における、本件退職後日本滞在日数は70日、本件退職後シンガポール滞在日数は68日であり、これらの滞在日数に有意な差はない。
ロ 住居
 本件退職後期間中、請求人は、日本及びシンガポールの両国に生活の本拠たり得る住居を有していたといえるものの、本件調査において、請求人は、同期間中の日本での滞在先は、請求人の妻Qが起居し、請求人が所有する本件eマンションである旨申述し、他方、同期間中のシンガポールでの滞在先は、賃借期間を6か月として借りた、同居親族のいない借家である本件サービスアパートメントであったから、請求人の住居という点からの結び付きは、シンガポールに比して日本の方が強かったといえる。
ハ 職業
 請求人は、本件調査において、J社退職後、シンガポールにおいて、複数の金融機関に対する就職活動等を行いながら、企業買収を行うファンドの立上げ準備を行っていた旨申述したものの、同ファンドの立上げ準備は、平成19年末に頓挫している上に、請求人が同国で取得していたPEPは、その保有者に対して6か月以内の再就職を義務付けるとともに、起業活動を行うことを禁止する査証であることからすると、請求人は、そもそもシンガポールにおいて起業活動を制限された立場にあった。
 他方、請求人は、J社を退職した2か月後には、M社への就職に関し、同社の社長と接触を始め、平成19年12月10日には同社との間で給与等の金額やポジション等について大枠で合意していた。
 これらの事情に照らすと、請求人の職業という点からの結び付きは、シンガポールより日本の方がはるかに強固であった。
ニ 生計を一にする配偶者その他の親族の居所
 妻Qは、本件eマンションに継続して居住しており、また、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国(以下「英国」という。)に留学している請求人及び妻Qの二人の子(以下「子ら」という。)も、修学の余暇には同マンションで起居しており、請求人の親族は、勤務、修学等の余暇には、他の親族のもとで起居を共にすることを常例としていたこと、請求人が妻Qの生活費や子らの学費の負担をしていたこと、及び妻Qは、自身の平成19年分の所得税について、請求人を控除対象配偶者とし、子らを特定扶養親族としていたことからすると、少なくとも平成19年12月31日の現況において、請求人、妻Q及び子らは生計を一にしていた。
 他方、妻Q及び子らが、本件サービスアパートメントに継続して滞在したとは認められない。
 そうすると、生計を一にする親族の居所という点から、請求人と結び付きがあるのは日本のみであった。
ホ 資産の所在
 請求人の日本における資産としては、本件eマンション、複数の銀行預金口座に係る預金、借入金、f県g市h町所在のコンドミニアム及び妻Q名義で取得した自動車がある。
 他方で、請求人のシンガポールにおける資産としては、自動車1台と銀行預金口座1つであり、請求人の重要な資産の大部分は日本に存在していた。
ヘ 居住の意思
 請求人は、平成19年12月10日の時点で、M社との間で、雇用契約における給与等の金額やポジション等について、大枠の合意をしていたから、本件株式取得日には、シンガポールに長期滞在する意思を有していなかったものと認められる。

(2) 請求人

 一定の場所がその者の住所であるか否かは、滞在日数、住居、職業活動、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在等を総合的に考慮して判断すべきであるが、各判断要素の重要性は、その者の生活状況等によって大きく異なるから、並列的に判断すべきでない。
 そして、最も滞在日数の多い生活場所こそが生活実態に最も深く結び付く場所、すなわち生活の本拠であるから、住所の判定のために最も重要視されるべき判断要素は、上記各判断要素のうち、滞在日数及び滞在中の住居(生活場所)である。
 本件期間における請求人の滞在日数の状況等は、以下のとおりであり、請求人は、本件期間において、相当の日数を、K社借上げの住宅及び本件サービスアパートメントで生活し、活動拠点としていたのであるから、客観的にみて生活の本拠はシンガポールにあったというほかなく、請求人は、本件株式取得日において、「居住者」には該当せず、非居住者であった。
 なお、生活とは連続する日常の積み重ねで構築されるものであり、連続性が認められる期間中の特定の時点の住所を判断する場合には、日々が連続し始めた時から連続性が失われるまでの期間で検討されるべきであるから、本件株式取得日における請求人の住所を判断するに当たっては、本件期間を対象とすべきである。
イ 滞在日数
 本件期間のうち、請求人のシンガポール滞在日数は308日、日本滞在日数は148日であり、日本滞在日数は、シンガポール滞在日数の半分にも満たない。
ロ 住居
 本件期間において、請求人の滞在場所は、シンガポールにおいては、K社借上げの住宅、及び退職後に賃借した6か月ごとに契約が更新される本件サービスアパートメントであったのに対し、日本では、主にa県内のホテル、又は本件eマンションのいずれかであった。
 なお、主にa県内のホテルであったのは、日本滞在日数の多くが、日本の顧客とのミーティング等職務上の一時的な出張や会社設立に向けた打合せ等で帰国したからであり、本件eマンションは、本件期間においては、日々の生活拠点であったとはいえず、一時的に立ち寄る程度の場所にすぎなかった。
ハ 職業
 請求人は、J社を退職するまではK社の副会長という立場で同社の業務に従事し、J社退職後は、PEPを取得し、欧米系の金融機関等に対する就職活動を行いながら、並行して、シンガポールでM&Aを目的とするファンドを立ち上げる準備を行っていた。このように、請求人の本件期間中の職業活動の中心は、シンガポールであり、日本を職業活動の拠点としたのは、M社からの取締役会長への就任要請を受け入れ、日本に帰国した後のことである。
 なお、請求人は、本件株式取得日までに、M社から正式にオファーレターを受領しておらず、本件株式取得日においては、将来の勤務先がいまだ確定していない状況であった。
ニ 生計を一にする配偶者その他の親族の居所
 海外への単身赴任者は、生計を一にする家族とは別の場所に生活実態があるのが一般的であるから、当該単身赴任者の住所の判定において、生計を一にする家族の居所がどこにあるかを検討することは無意味である。仮に、生計を一にしていたかを検討するとしても、請求人の場合、本件期間において、請求人と生計を一にする子らの居所は日本になく、妻Qには、年額1千万円以上の独立した収入があったから、これらの親族と生計を一にしていなかった。
ホ 資産の所在
 金融資産は国内外を問わず、どこからでも管理できるものであり、住所の認定に当たりほとんど意味を持たない。住所の判定においては、生活を行うのに必要な資産があるかどうかが検討されるべきである。
 したがって、請求人が日本国内に複数の銀行預金口座を有していた事実や預金の金額は、請求人の住所の判定においては意味が無い。他方で、請求人は、本件期間中、R銀行i支店の預金口座から必要な生活費等を支払っており、シンガポールに、生活を行うのに必要な資産を有していた。
 また、請求人の日本の自宅(本件eマンション)等は妻Qが管理していたのであるから、請求人が日本に居住していなければ管理できないものではない。
ヘ 居住の意思
 住所の判定は、客観的事実に基づいて行われるべきであり、本件の場合、上記の客観的事実のみによって請求人の住所を判定することができるから、請求人の居住の意思を検討する必要はない。
 仮に、検討するとしても、本件期間におけるシンガポール滞在日数、本件サービスアパートメントの契約期間、職業活動の状況等からすると、請求人は、シンガポールでの滞在を終える平成20年2月4日まで、シンガポールに居住する意思があったことは明らかである。

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4 判断

(1) 法令解釈

 所得税法第2条第1項第3号は、「居住者」とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいうと規定されているところ、同法上、住所についての定義規定はなく、反対の解釈をすべき特段の事由がない以上、同法における住所とは、民法第22条《住所》の定める住所の意義のとおり、各人の生活の本拠をいうものと解される(最高裁昭和29年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁参照)。そして、各人の生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり(最高裁昭和35年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁参照)、一定の場所がその者の住所であると認定するについては、その者の住所とする意思だけでは足りず、客観的に生活の本拠たる実体を具備していることを必要とするものと解すべきである(最高裁昭和32年9月13日第二小法廷判決・集民27号801頁、同平成23年2月18日同小法廷判決・集民236号71頁参照)。
 そうすると、各人の住所の認定は、その者の国内外での滞在日数、住居及び生活状況、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居住地、資産の所在等の客観的諸事情を総合的に勘案して判定するのが相当である。

(2) 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。
イ 滞在日数等について
(イ) F社が請求人に宛てた平成18年7月14日付「ASSIGNMENT LETTER」、及びJ社発表の「ニュース・レリース」によれば、請求人は、F社グループのアジア太平洋地域全体の投資銀行ビジネスを担当する副会長として、平成18年8月1日から、2・3年の予定でK社に赴任した。
(ロ) 請求人が、本件期間において、日本、シンガポール及びその他各国に滞在した日数の状況は、別表2のとおりであり、これによれば、本件期間の日数553日のうち、シンガポール滞在日数は306日、日本滞在日数は158日であった。また、本件退職後期間の日数157日のうち、本件退職後シンガポール滞在日数は68日、本件退職後日本滞在日数は70日であった。
(ハ) 請求人が、約1年半余りの本件期間において、日本に一時帰国したのは、全部で20回であり、そのうち、請求人がK社の副会長に在任中、日本に一時帰国した回数は14回であり、これらの日本への一時帰国の目的は、主にJ社及びK社の顧客との会合のためであった。
 また、請求人は、本件退職後期間において、6回にわたり日本に一時帰国し、1回目は平成19年9月2日から13日間(別表2の番号66)、2回目は同年9月30日からの17日間(同番号68)、3回目は同年11月5日から7日間(同番号72)、4回目は同年11月15日から7日間(同番号74)、5回目及び6回目は、7日間の米国y市滞在を挟み、同年12月3日からの11日間(同番号77)と同年12月21日からの15日間(同番号79)、それぞれ日本に滞在した。そして、請求人は、上記のとおり、シンガポールと日本を行き来した後、平成20年2月4日に帰国する直前までの約1か月間は、シンガポールに滞在した。本件退職後期間の日本への一時帰国の目的は、起業活動や就職活動(後記ハの(ハ)及び(ニ))の他、当時r県に住んでいた母親(平成20年12月死亡)の病院や施設に関係する手続を行うためであり、シンガポールに滞在した目的は、同国に投資会社を作るための起業活動及び請求人自身の就職活動を行うためであった。
ロ 請求人の住居及び生活状況等について
(イ) 請求人は、K社に副会長として在任中は、シンガポールに単身赴任し、同国での住居として、同社が費用負担する家具付きの社宅○○に居住し、その公共料金等を自己負担していた。
 請求人は、J社を退職した翌日(平成19年9月1日)から、6か月の契約期間で賃借した本件サービスアパートメントに住居を移し、引き続きシンガポールに居住していた。そして、請求人は、同アパートメントの賃料を、数か月分ずつまとめて、平成19年9月24日に30,169.00シンガポールドル、同年10月27日に20,789.08シンガポールドルを支払い、また、平成20年2月4日の帰国直前の同月2日に735.90シンガポールドルを支払って、明渡し日である同月4日までの入居期間に係る賃料を精算し、同日、本件サービスアパートメントを退去した。なお、上記賃料には、本件サービスアパートメントに係る公共料金(電気代、ガス代、水道代)の他、ケーブルテレビ及びインターネットの利用料等が含まれていた。
(ロ) 請求人は、シンガポール滞在中は、日常生活の諸費用の支払に○○カードを使用しており、平成19年8月から平成20年2月までの同カード支払明細によれば、請求人は、毎月、請求人が使っていたS社の携帯電話の使用料や、請求人が利用したシンガポールのレストランの飲食代等を支出していた他、日本に帰国した際に利用したa県内のホテル代等の費用も同カードを利用して支出していた。また、請求人は、シンガポールに赴任した後、国内の請求人名義の預金口座からR銀行i支店に開設した請求人名義の口座に生活用資金を移し、当該口座から、ほぼ毎月、3,000シンガポールドル(当時の為替レート(TTM)で換算すると、約22万円ないし24万円程度)を引き出し、シンガポールでの生活費等に充てていた。
(ハ) 他方で、請求人は、シンガポールに赴任する前から本件eマンションを所有しており、本件期間において日本に一時帰国した際に滞在できる住居を有していた。請求人は、日本に一時帰国した際は、本件eマンションに滞在することもあるが、上記(ロ)のとおり、a県内のホテルに滞在することもあった。
ハ 請求人の職業について
(イ) 請求人は、K社の副会長に在任中、日本の顧客との会合などのため、日本に一時帰国することがあったが、出向元である日本のJ社の職務に従事したことはなかった。
(ロ) また、請求人は、K社の副会長に在任中は、シンガポールでの安定した雇用のある者に発給される査証「EMPLOYMENT PASS」によりシンガポールに滞在していたが、上記1の(4)のチのとおり、J社を退職すると同時に、シンガポール滞在用の査証としてPEPを取得した。なお、PEPは、EMPLOYMENT PASSの所持者であったこと等一定の資格のある者に発給される査証で、有効期間は発給から60か月間であり、特定の雇用主との雇用関係の継続は条件ではなく、雇用されていない期間が6か月間以内であればシンガポールに滞在することが許され、その6か月間はシンガポールに居住しながら就職活動をすることができるというものである。
(ハ) 請求人は、J社を退職後、シンガポールと日本を行き来して、退職直前の自身の職歴・経験等を生かしてシンガポールに投資会社を作るための起業活動を行うとともに、併せて請求人自身の就職活動を行っていた。
 また、請求人は、就職活動として、外国の投資会社であるT社やU社等の企業に対し、就業条件等の交渉等を行っていたところ、そのうちの一つがM社であった。
(ニ) 請求人は、ヘッドハンティングを業務とするV社の仲立ちでM社との間で就業条件等の交渉を行うことになり、請求人が日本に滞在中の、平成19年10月4日(別表2の番号68の滞在期間)、同年10月12日(同)、同年11月5日(同番号72)、同年12月4日(同番号77)及び同年12月10日(同)の計5回、日本において、同社代表取締役Wと面談・会食等をし、給与等の金額やポジション等について大枠で合意した。
 また、請求人は、平成19年10月30日(同番号70)、オーストラリア連邦j市においてWと面談し、翌31日(同)、同地においてM社の親会社であるX社の社長Yと面談・会食をした。さらに、請求人は、平成19年11月下旬から米国k市を訪れ(同番号76)、上記親会社の役員等と面談した。
(ホ) X社は、平成20年1月30日付で、請求人に対し、M社の取締役会長への就任要請及び給与等の雇用条件を内容とするオファーレターを送付した。これに対し、請求人は、平成20年1月31日付で、同オファーレターに署名した。なお、請求人は、一旦米国のグループ会社で採用され、M社に派遣される雇用形態であった。
(ヘ) 平成20年2月7日、M社の株主総会において、請求人を同社取締役に選任する決議がなされ、同月12日、同社の取締役会において、請求人を取締役会長に選任する決議がなされ、請求人は、同日付で同社取締役会長に就任した。
ニ 請求人の配偶者その他の親族の居住地及び生活状況について
(イ) 妻Qは、平成18年1月27日に本件eマンションに転入してから、同マンションに継続して居住し、同所を住民登録地としている。妻Qは、学校法人が営むa県内の私立大学に大学教授として勤務し、毎年、1千万円余りの給与収入があり、同人の平成19年分ないし平成21年分の所得税の計算において、子らを特定扶養親族としていた。
(ロ) 子らは、請求人がシンガポールへ赴任する以前から、英国に留学(子らのうち一人は、シンガポールへの留学後、英国に留学)しており、本件期間中は二人とも留学先の学校の寮で生活をしていた。
(ハ) 請求人は、同人が所有している海外の預金口座から、P銀行m支店の妻Q名義の普通預金口座に、外国に留学している子らの教育費用として、請求人がシンガポールに赴任する前である平成18年1月16日に15,000,000円、本件期間中である平成19年3月27日に20,000,000円、同年8月6日に30,000,000円をそれぞれ送金した。同預金口座には、これらの各金員の他は、毎月の妻Qの給与等の振込みがあるのみであり、請求人から定期的な送金はない上、本件期間を通して常時1億円以上の残高があった。なお、当該預金口座からの出金は、毎月、数十万円又は百万円単位に上る。
(ニ) 請求人は、本件期間において、本件eマンションに係る電気代、水道代及びガス代を、Z銀行n支店の請求人名義の普通預金口座から自動引落としの方法で支払っていた。
ホ 請求人の資産の所在について
(イ) 請求人は、シンガポールにおいて、上記ロの(ロ)のとおり、同国での生活用資金を預金しておくために、R銀行i支店に請求人名義の預金口座を有していた他、K社に赴任して間もなく、p社製自動車(以下「p車」という。)1台を購入し、請求人の名で登録し使用していた。そして、請求人は、J社退職後も同車を保有し続け、平成20年1月18日付で同車を210,000シンガポールドル(約15,750,000円)で購入元に売却する旨の契約を締結し、同月31日に売却先に同車を引き渡した。
(ロ) 他方で、請求人は、シンガポールに赴任する以前から、日本において、本件eマンション、f県g市h町所在の別荘の他、複数の銀行預金口座及び本件eマンションの取得資金に係る借入金債務を有しており、本件期間においても、これらを引き続き保有又は負担し続けていた。
 なお、請求人は、シンガポール及び日本以外にも、請求人がシンガポールに赴任する以前から海外の銀行口座等に預金等を有していた。
ヘ 本件株式について
 請求人は、K社の副会長を辞任してJ社を退職するに際し、J社から、平成19年6月15日付の親展文書で退職条件等を示され、同月18日付で同文書に署名した。そして、その示された退職条件等の中で、請求人に付与されたRSUで未確定のものについては、請求人のアジア太平洋地域全体の投資銀行ビジネスを担当する副会長としての経歴に対する同社の評価から、退職とともに取り消されることはなく、退職後においてもそのままRSUに係る権利が維持されることとなり、請求人は、上記1の(4)のロ及びヌのとおり、付与時に予定されていた本件株式取得日(平成20年1月25日)に、本件株式を取得した。

(3) 検討

 上記1の(4)及び上記(2)の各事実によれば、請求人は、J社との雇用関係のあるまま、2・3年の予定でK社の副会長に就任し、日本を出国してシンガポールに赴任し、同国に居住していたところ、その後の事情の変更により、1年余りで同社の副会長を辞任し、併せてJ社を退職したが、直ちに日本に帰国することなく、引き続き同国での居住を継続している。このような事情の下で、退職後の本件株式取得日における請求人の住所がシンガポール又は日本のいずれにあるかを認定するには、本件株式取得日を含む本件退職後期間の事情のみならず、退職前の事情をも含めて、上記(1)の客観的諸事情を総合的に勘案し、客観的に生活の本拠たる実体を具備する場所はどこかを判定するのが相当である。
 なお、原処分庁は、本件期間のうち、本件株式取得日を含む本件退職後期間と職業を有していた期間とでは、請求人の生活実態が大きく異なることは明らかであるから、住所の認定に当たっては、請求人がK社の副会長に就任していた期間の生活実態を考慮すべきではなく、本件株式取得日と同様の生活実態にある本件退職後期間における滞在日数等の各事情により判断すべきである旨主張する。
 しかしながら、上記(1)のとおり、人の住所は、その者の住所とする意思だけでは足りず、客観的に生活の本拠たる実体を具備していることを必要とするものであるから、その認定は、その者の国内外での滞在日数、住居及び生活状況、職業、配偶者その他の親族の居住地及び生活状況、資産の所在等の客観的諸事情を総合的に勘案して判定するのが相当であるところ、本件において退職という事情は、請求人の全生活の一部の変化であり、これによって請求人の生活実態が大きく異なるものとなったかどうかは、それ自体が上記の客観的諸事情の一つ、すなわち住所の認定のための一判断要素として考慮されるべき事柄であって、上記の客観的諸事情として勘案すべき事情を選別し、あるいは限定するための基準とするのは相当でないというべきである。
 そこで、以下、上記のとおり、本件株式取得日を含む本件退職後期間の事情のみならず、退職前の事情をも含めて、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かを判定するための客観的諸事情について、順次検討する。
イ 滞在日数等について
 上記1の(4)のヲ、上記(2)のイの(ロ)及び別表2のとおり、請求人の本件期間におけるシンガポール滞在日数は306日、日本滞在日数は158日であるところ、請求人がK社の副会長に在任中(退職前)の期間におけるシンガポールの滞在日数は238日であり、当該期間における日本の滞在日数(88日)を大きく上回っている一方で、本件退職後期間における本件退職後シンガポール滞在日数は68日であり、本件退職後日本滞在日数(70日)とほぼ差がない。そして、上記(2)のイの(ハ)及び別表2のとおり、請求人が本件期間において日本に一時帰国したのは、全20回であるところ、K社の副会長に在任中(退職前)における帰国(全14回)のうち、滞在日数が半月程度に上る年末年始及び夏季を除く12回分の滞在日数は、いずれも1日又は1週間前後(4日ないし10日)と比較的短いものであり、おおむね職務上の出張のために滞在したと認められるものである。他方で、本件退職後期間における帰国(全6回)のうち、年末年始を除く5回分の滞在日数は、いずれも1週間から半月程度と比較的長いものが多いが、上記(2)のハの(ニ)のとおり、そのうち2回分は、1回の滞在中に5日又は7日の間隔をあけて就職活動先の関係者と2度にわたり面談等をしたというものであるし、その他に、遠隔地で暮らす請求人の母のために必要な手続を行うこともあったこと(上記(2)のイの(ハ))からすれば、おおむね就職活動その他の日本における用事のために滞在したものと認めることができる。
 以上のことからすると、請求人がK社の副会長に在任中(退職前)の期間と本件退職後期間とでは、日本及びシンガポールでの各滞在日数に大きな差異があるものの、請求人は、退職前においても、退職後においても、シンガポールに滞在しながら、目的をもって度々日本に一時帰国し、日本にも滞在していたことに変わりはなく、本件期間を通じて、両国での各滞在に有意な差異があるとは認められない。
ロ 請求人の住居及び生活状況等について
 請求人は、上記1の(4)のヘのとおり、シンガポールに赴任後は、K社借上げの住宅に居住し、同所を拠点として同社の副会長の職務に従事していたが、同リ、及び上記(2)のロの(イ)、並びに同ハの(ロ)及び(ハ)のとおり、K社の副会長を辞任してJ社を退職し、K社借上げ住宅を退去した後も、退職日兼退去日の日付で、6か月間は雇用されていなくてもシンガポールに滞在できる査証(PEP)を取得し、かつ、その翌日に、契約期間を6か月として本件サービスアパートメントを賃借し、平成20年2月4日に同サービスアパートメントを退去する日まで、シンガポール滞在中は同所で生活しながら、同所を拠点としてシンガポールでの起業活動や就職活動を行っていたことが認められる。また、請求人は、本件サービスアパートメントからの退去日の直前に、30日間連続してシンガポールに滞在し、同サービスアパートメントの賃借料の精算(上記(2)のロの(イ))や使用していたp車を売却し(同ホの(イ))、シンガポールから日本に帰国する準備をしたことが認められる。
 他方で、請求人は、上記(2)のロの(ロ)及び(ハ)によれば、シンガポールに赴任する以前から、妻Qが居住する本件eマンションを所有しており、同国への赴任後の本件期間においても、その状況に変わりはなかったところ、本件期間を通じて、上記イのとおり、K社の副会長に在任中(退職前)は顧客との会合などを行うために、また、本件退職後期間はM社などへの就職活動などを行うために、日本に一時帰国した際には、本件eマンション又はa県内のホテルに滞在していたものと認められる。
 以上のことからすると、本件期間を通じて、請求人は、シンガポール及び日本の双方に、滞在中の生活及び活動の拠点となり得る住居等を有し、実際に当該住居等を拠点として生活及び職業活動をしていたのであるから、同期間における請求人の住居及び生活状況について、明確な差があるとは認められない。
ハ 請求人の職業について
 請求人は、上記1の(4)のホ及びトのとおり、平成18年8月1日、J社との雇用関係を継続したまま、K社の副会長に就任し、平成19年8月31日まで同副会長の職にあったが、同日、同副会長を辞任し、併せてJ社を退職した。なお、請求人は、上記(2)のハの(イ)のとおり、同副会長に在任中、日本の顧客との会合などのため日本に一時帰国することがあったが、出向元である日本のJ社の職務には従事していない。そして、請求人は、上記1の(4)のチ及び上記(2)のハの(ロ)及び(ハ)のとおり、K社の副会長を辞任しJ社を退職すると同時に、6か月間は雇用されていなくてもシンガポールに滞在できる査証(PEP)を取得し、シンガポールと日本とを行き来して、6か月を目途に、両国で起業活動及び就職活動を行っていたものと認められる。
 さらに、上記1の(4)のル、及び上記(2)のハの(ニ)ないし(ヘ)によれば、上記就職活動の一環として、請求人は、M社との間で就業条件等の交渉を行うこととなり、平成19年10月ないし同年12月に、同社代表取締役W、同社の親会社の社長及び役員との面談等を経て、同月10日頃には同社と給与等の金額やポジション等就業条件について大枠で合意し、その後に、平成20年1月30日付でM社の親会社から、文書をもって正式にM社の取締役会長への就任要請を受け、翌31日付で当該要請文書に署名し、正式に当該要請に対する受諾をした。そして、請求人は、一旦米国のグループ会社に採用された後、M社の株主総会及び取締役会の決議を経て、平成20年2月12日付で同社の取締役会長に就任した。
 以上のことからすると、請求人は、本件期間のうち、K社の副会長に在任中(退職前)には、シンガポールを拠点として職業活動を行っていたことが明らかである。他方で、請求人は、本件退職後期間には、シンガポール及び日本を行き来して両国に滞在し、両国において6か月を目途とする起業活動及び就職活動を行い、その6か月が経過する直前の平成20年2月12日に日本で新たな職業に就くことが決まったものの、本件退職後期間中は無職のままであったから、同期間中、シンガポール及び日本の双方を拠点として起業活動及び就職活動を行ったものというべきであり、同期間中のいずれかの時点をもって、請求人の職業活動の拠点が日本に移ったとみることはできない。
 なお、原処分庁は、請求人が、平成19年12月10日にM社との間で取締役会長への就任に関する条件等の大枠の合意をしたことにより、職業の点からはシンガポールより日本との結び付きが強固になった旨主張するが、上記のとおり、請求人とM社との間で、正式な合意に至ったのは平成20年1月末であり、当該合意に基づき、請求人が所定の手続を経て同社の取締役会長に就任したのは帰国後であって、本件退職後期間は無職のままであったことからすれば、上記の大枠の合意があったことをもって、本件退職後期間における請求人の職業活動の拠点が、シンガポール及び日本のいずれか一方と強く結び付いたとみることはできない。
ニ 配偶者その他の親族の居住地について
 上記(2)のニの(イ)ないし(ニ)のとおり、妻Qは、請求人がシンガポールへ赴任する前も赴任した後も、大学教授として毎年相当額の経常的な収入を得ながら、本件eマンションに居住し、海外留学中の子らの教育費用としてまとまった多額の金員の送金を請求人から受けるとともに、本件期間において、ふだんは妻Q自身のみが居住する本件eマンションに係る公共料金を請求人に負担されていたことが認められる。この点について、請求人は、当審判所に対し、子らの教育費用として、一人当たり1千万円程度かかったため、請求人が教育費用を負担していた旨答述し、また、妻Qとは平成16年頃から別居中である旨提出した書面で説明しており、当該答述及び当該説明は、上記の事実関係と矛盾するものではなく、これらを疑うべき事情もないから、上記の事実関係並びに当該答述及び当該説明を併せ考えると、請求人がシンガポールに赴任する前も赴任した後も、必ずしも請求人が妻Qの生活費までも負担していたとは認められない。
 以上のことからすると、本件期間を通じて、請求人と海外留学中の子らは、生計を一にしていたと認める余地があるとしても、請求人と日本に居住する妻Qが、生計を一にしていたと認めるのは相当でない。そうすると、請求人が、本件期間において、日本国内に生計を一にする親族を有していたとはいえない。
ホ 資産の所在について
 請求人は、上記(2)のホの(イ)のとおり、シンガポールに居住していた本件期間において、同国での生活用資金を預金するための銀行口座、及び生活に使用するp車を有していたことが認められる。また、他方で、同(ロ)のとおり、請求人は、シンガポールに赴任する以前から、日本において、本件eマンション、別荘、複数の銀行預金口座等を有しており、本件期間においても引き続き保有し続けていたことが認められる。
 以上のことからすると、請求人は、シンガポールより日本において多くの資産を有していたといえるものの、日本にあるこれらの資産の保有状況は、本件期間を通じて変わりがない。また、日本にあるこれらの資産の中に、請求人の生活の本拠が日本になければ、その管理等が困難なものもない。そうすると、請求人の資産の所在は、請求人の生活の本拠の所在を直接示すものとはいえない。
ヘ まとめ
(イ) 請求人は、平成18年8月1日、2・3年の予定でK社に、アジア太平洋地域全体の投資銀行ビジネスを担当する副会長として赴任したのであるから、所得税法施行令第15条第1項の規定により、同日から、国内に住所を有しない者と推定されるのであるが、請求人が同社の副会長に在任していた期間(退職前)における客観的諸事情、すなわち、上記イのとおり、シンガポールの滞在日数が日本の滞在日数に比べて大きく上回っていること、同ロ及びハのとおり、請求人はK社借上げの住宅を生活及び職業活動の拠点としていたこと、及び同ニのとおり、日本に生計を一にする親族を有していなかったこと、並びに同ホのシンガポールと日本の資産の保有及び管理等の状況などの各事情を総合的に勘案すれば、請求人は、K社の副会長に就任した当初から、シンガポールに生活の本拠を移し、同職に在任中は、同国において客観的に生活の本拠たる実体を具備していたものと認められるから、当該期間中は「非居住者」に該当する。
(ロ) そして、請求人は、本件退職後期間においては、上記イのとおり、本件退職後シンガポール滞在日数と本件退職後日本滞在日数とに大差はないものの、同ロのとおり、J社を退職後、6か月の契約期間で賃借した本件サービスアパートメントを日本に帰国した日に退去するまで引き続きシンガポールでの生活及び職業活動(起業活動及び就職活動)の拠点とし、退職の前後において同国での生活状況に変わりがないこと、同ハのとおり、J社を退職後、6か月を目途に起業活動及び就職活動を行い、その結果、平成20年2月から日本での就職が決まったものの、本件退職後期間中は無職のままであったこと、同ニ及びホのとおり、親族の居住地及び資産の状況は、退職前と同じ状況であったことなどの各事情を総合的に勘案すれば、本件退職後期間において、客観的に請求人の生活の本拠たる実体が、シンガポールから日本に移動したことをうかがわせる事情はなく、同期間における請求人の生活の本拠は、退職前と同じく、シンガポールにあったと認めるのが相当である。
(ハ) そうすると、本件株式取得日における請求人の生活の本拠は、シンガポールにあったと認められるから、請求人は、本件株式取得日において「居住者」には該当せず、「非居住者」に該当する。
(ニ) また、請求人は、上記1の(4)のル及び上記(2)のロの(イ)のとおり、平成20年2月4日に本件サービスアパートメントを退去して、同日に日本に帰国し、国内に居住することとなり、同月12日から日本国内における職業を有することとなったのであるから、同月4日に帰国した時から「居住者」に該当する。

(4) 原処分庁の主張について

イ 原処分庁は、請求人の本件株式取得日における住所の判定において、その基礎となるべき事情の範囲をはじめ、当該判定要素についても、種々の主張をしているが、これらの主張については、上記(3)で判断したとおりである。
ロ なお、原処分庁は、請求人が、平成19年12月10日には、M社との間で取締役会長への就任に関する条件等について大枠の合意をしていたから、その後の本件株式取得日には、シンガポールに長期滞在する意思を有していなかった旨も主張し、この事情をもって請求人の住所が日本にあったと判定する根拠の一つとしている。
 確かに、上記の大枠の合意があった時点における請求人の居住の意思を検討すれば、近い将来、請求人は日本にあるM社の取締役会長に就任する見込みであったから、シンガポールに居住し続ける意思を有していなかったものと評価する余地がある。しかしながら、上記(1)のとおり、人の住所を認定するについては、その者の住所とする意思だけでは足りず、その場所が客観的に生活の本拠たる実体を具備していることが必要であるところ、上記(3)で検討したとおり、請求人が日本に帰国する平成20年2月4日まで、客観的に請求人の生活の本拠たる実体を有していたのはシンガポールの住居であると認められるから、原処分庁が主張するような請求人の居住の意思があったとしても、本件株式取得日における請求人の住所が日本にあったと認定することはできない。
ハ 以上のとおり、原処分庁の上記主張には、いずれも理由がない。

(5) 請求人の平成20年分の納付すべき税額の計算について

 上記(3)のヘのとおり、請求人は、本件株式取得日を含む本件退職後期間において、非居住者に該当し、平成20年2月4日に日本に帰国した時から居住者に該当するので、平成20年分においては、居住者期間と非居住者期間を有する者である。そして、年の中途で非居住者が居住者となった場合の課税所得の範囲及び税額の計算については、上記1の(3)のハないしリのとおり、所得税法第7条、第8条、第102条、第164条第2項、第169条及び第170条等の規定により、居住者期間内に生じた全ての所得、及び非居住者期間内に生じた国内源泉所得を基礎として計算することになる。
 したがって、請求人が平成20年分において居住者に該当するとして行った本件更正処分には誤りがあるから、当審判所が、上記を前提に、請求人の課税所得の金額及び納付すべき税額を計算すると、次のとおりである。
イ 居住者期間内に生じた総所得金額
(イ) 利子所得の金額
 原処分庁は、本件更正処分において、請求人が支払を受けたG銀行q支店の請求人名義口座の預金利子に係る利子所得の金額を、別表1の「更正処分等」欄のとおり、○○○○円と算定しているが、同金額のうち、非居住者期間内の収入とされる預金利子○○○○円(別表3の「平成20年1月31日」欄の金額)については、国内源泉所得に該当しないことから請求人の平成20年分の課税所得に含まれない。したがって、請求人の課税所得に含まれるのは、居住者期間内に生じた利子所得の金額となり、当該金額は、別表3の「審判所認定額」欄の合計欄の金額○○○○円となる。
(ロ) 給与所得の金額
 原処分庁は、本件更正処分において、請求人の平成20年分の給与所得の金額を、別表1の「更正処分等」欄のとおり、本件株式に係る給与所得を含めて、○○○○円と算定しているが、請求人は、上記(3)のヘのとおり、本件株式取得日において非居住者に該当するから、本件更正処分において本件株式に係る給与所得とされた金額は、居住者期間内に生じた給与所得の金額には含まれない。したがって、原処分庁が算定した本件株式に係る給与所得の収入金額○○○○円(上記1の(4)のワ)を除いて、居住者期間内に生じた給与所得の収入金額及び給与所得の金額を計算すると、別表4の「審判所認定額」欄の各欄のとおり、それぞれ○○○○円、○○○○円となる。
ロ 非居住者期間内に生じた国内源泉所得の金額
(イ) 上記1の(4)のイないしハ及びヌ並びに上記(2)のヘのとおり、本件株式は、請求人の勤務先の親会社であるF社が、雇用の継続と将来の職務上の成果をあげるための動機付けを目的として、請求人に付与したRSUの権利が確定し、請求人が本件株式取得日(平成20年1月25日)に取得したものであるから、本件株式を無償で取得したことによる所得は、雇用関係又はこれに類する原因に基づき提供した労務の対価としての給付であると認められ、所得税法第161条第8号イに規定する「給与その他人的役務の提供に対する報酬」に該当する。そして、上記(3)のヘのとおり、請求人は、本件株式取得日に非居住者に該当するから、本件株式に係る所得のうち、請求人が国内において行った勤務その他の人的役務の提供に基因する部分が、非居住者期間内に生じた国内源泉所得として、請求人の課税所得となる。
(ロ) 請求人は、G銀行a支店他で国内勤務をしていた時に本件株式に係るRSU37,687ユニットを付与され、その後、J社での国内勤務及びK社に出向し同社の副会長としての国外勤務を経てJ社を退職したが、当該退職をする際に示された退職条件等に基づき、当該RSUに係る権利を取り消されることなく、退職後においても引き続き当該RSUに係る権利を維持されたところ、RSUに係る株式報酬制度に基づき、RSUを付与された者は、あらかじめ定められた権利確定日までの間、雇用が継続するとの条件を満たしたからこそ、RSUと引換えにF社の普通株式を取得するのであり、請求人はこの条件を満たしたとして本件株式を取得したことからすれば、本件株式の取得により請求人が得た利益は、請求人がRSUを付与されてから退職するまでの間のF社グループへの勤務期間に対応した労務の対価といえるものである。
(ハ) ところで、上記1の(3)のルのとおり、所得税基本通達161−28は、非居住者が国内及び国外の双方にわたって行った勤務又は人的役務の提供に基因して給与又は報酬の支払を受ける場合における国内源泉所得の計算式について定めているところ、同計算式は、給与又は報酬の対象となった総額を、国内において行った勤務又は人的役務の提供の期間と国外において行った勤務又は人的役務の提供の期間とであん分するものであり、合理的であることから、当審判所においても、これを相当と認める。そこで、本件における国内源泉所得の計算については、上記定めに準じて、請求人が非居住者であった期間に得た本件株式に係る所得のうち、国内において行った勤務に基因する部分を計算するのが合理的である。
(ニ) そうすると、本件株式に係る所得のうち、非居住者期間内に生じた国内源泉所得とされる金額は、本件株式に係る所得の金額(各評価額)に、本件株式に係るRSUの各付与日(平成17年1月20日又は平成18年1月19日)から請求人がJ社を退職した日(平成19年8月31日)までの各勤務期間(日数)のうち、同各付与日から請求人が国内において勤務していた平成18年7月31日(K社に赴任した日の前日)までの各勤務期間(日数)が占める各割合を、それぞれ乗じて計算することになる。
 以上の結果、請求人の非居住者期間内に生じた国内源泉所得の金額は、別表5の「まる13 国内源泉所得の金額の合計額」欄のとおり、○○○○円となる。
ハ 課税所得の金額
 上記イ及びロの結果、請求人の課税所得の金額(居住者期間に係る総所得金額及び非居住者期間に係る国内源泉所得)は、別表6の「審判所認定額」欄の各欄のとおりとなる。
ニ 納付すべき税額
 以上のことを基に、請求人の平成20年分の納付すべき税額を計算すると、別表6の「審判所認定額」欄のとおり、○○○○円(100円未満の端数を切り捨てた後の金額)となる。

(6) 本件更正処分について

 以上によれば、請求人の平成20年分の課税所得の金額のうち、非居住者期間に係る国内源泉所得の金額が生じるものの、居住者期間に係る総所得金額は、別表1の「更正処分等」欄の額を下回り、その結果、請求人の平成20年分の納付すべき税額は、同表の「更正処分等」欄の額を下回るから、本件更正処分は、別紙の「取消額等計算書」のとおり、その一部を取り消すべきである。

(7) 本件賦課決定処分について

イ 上記(6)のとおり、本件更正処分は、その一部を取り消すべきであるから、過少申告加算税の賦課決定処分の基礎となる税額は、○○○○円となる。
ロ また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。
ハ したがって、請求人の過少申告加算税の額は○○○○円となり、この金額は、本件賦課決定処分の額○○○○円を下回るから、本件賦課決定処分は、別紙の「取消額等計算書」のとおり、その一部を取り消すべきである。

(8) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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