(平成24年7月5日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、平成21年分の贈与税について、贈与により取得した取引相場のない株式の評価に当たり、財産評価基本通達(昭和39年4月25日直資56ほか国税庁長官通達をいい、以下「評価通達」という。)185《純資産価額》(以下、同項に定める評価方法を「純資産価額方式」といい、純資産価額方式による価額を「純資産価額」という。)による計算上、デリバティブ取引に係る未決済の負債等を計上していなかったとして更正の請求をしたところ、原処分庁が、当該株式の評価において、当該デリバティブ取引に係る未決済の負債等は、純資産価額の計算上、計上することはできないが、他に評価誤りがあるとして当該更正の請求の一部を認める更正処分を行ったので、これに対して、請求人が、更正の請求はその全部が認められるべきだとして、当該処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、請求人の父から、平成21年11月1日にF社(以下「本件評価会社」という。)の株式(以下「本件株式」という。)○○○○株の贈与(以下「本件贈与」という。)を受けたことにつき、平成22年3月15日に、別表1の「申告」欄のとおり記載した平成21年分の贈与税(以下「本件贈与税」という。)の申告書を原処分庁に提出した。
 なお、当該提出に係る申告における本件株式の1株当たりの評価額は、評価通達180《類似業種比準価額》に定める評価方法(以下、「類似業種比準価額方式」といい、類似業種比準価額方式による価額を「類似業種比準価額」という。)と純資産価額方式との併用により、別表2−1のとおり、254,348円と計算されていた。
ロ 請求人は、本件株式の評価額の計算において、純資産価額の計算上、本件評価会社が行うデリバティブ取引に係る未決済の負債等を計上していなかったなどとして、平成22年8月4日に、別表1の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の本件贈与税の更正の請求をした。
 なお、当該更正の請求における本件株式の1株当たりの評価額は、純資産価額方式により、○○○○円と計算されていた。
ハ 原処分庁は、本件株式の評価額の計算において、上記ロの負債等は純資産価額の計算上の負債には当たらないが、純資産価額及び類似業種比準価額の計算上誤りがあるなどとして、平成23年4月27日付で、別表1の「更正(減額)処分」欄のとおり、本件贈与税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)を行った。
 なお、本件更正処分における本件株式の1株当たりの評価額は、類似業種比準価額方式と純資産価額方式とを併用して、別表2−2のとおり、250,530円と計算されていた。
ニ 請求人が、本件更正処分を不服として、平成23年6月27日に異議申立てを行ったところ、異議審理庁は、同年9月21日付でこれを棄却する異議決定を行った。
 なお、当該異議決定に係る異議決定書は、同月27日に、請求人に送達された。
ホ 請求人は、上記ニの異議決定を経た後の本件更正処分を不服として、平成23年10月25日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

 関係法令等の要旨は、別紙2のとおりである。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件評価会社は、G銀行c支店(以下「G銀行」という。)と、平成19年7月25日に、要旨次の内容(商品名「d商品」)の契約を締結した(以下、当該契約に基づく取引を「本件甲取引」という。)。
(イ) 取引要項:本件評価会社とG銀行は、次の(ロ)ないし(ヘ)の要項により、相互に金銭の支払及び受領を行う。
(ロ) 想定元本:本件評価会社2,882,400,000円、G銀行24,000,000米ドル(以下、米ドルを「ドル」という。)
(ハ) 取引期間:平成19年7月27日から平成26年7月28日まで
(ニ) 金利支払日:平成19年10月29日を第1回とし、以後3か月ごとの各27日(合計28回)
(ホ) 1回当たりの金利支払額(固定):本件評価会社32,955,000円、G銀行300,000ドル
(ヘ) 金利支払方法:G銀行の本件評価会社に対する全ての支払は、指定の預金口座に対してなされ、本件評価会社のG銀行に対する全ての支払は指定の預金口座よりなされるものとする。
ロ 本件評価会社は、G銀行と、平成20年1月24日に、要旨次の内容の契約を締結した(以下、当該契約に基づく取引を「本件乙取引」という。)。
(イ) 契約の締結:本件評価会社とG銀行は、次の(ロ)ないし(ト)の条項を承認の上、ゼロコストオプション型の通貨オプション取引に係る契約を締結した。
(ロ) 取引の定義: この契約において、通貨オプション取引とは、本件評価会社とG銀行との間で、あらかじめ合意した価格(以下「権利行使価格」という。)で、あらかじめ合意して定める期日(以下「権利行使期日」という。)に、外国為替予約取引を実行するか否かを選択する権利(以下「オプション」という。)を、オプションの買手(以下「買手」という。)がオプションの売手(以下「売手」という。)に対して、対価(以下「オプション料」という。)を支払うことにより取得する取引をいい、ゼロコストオプションとは、特定の個別取引と他の個別取引を次表のとおり組み合わせた結果、本件評価会社がG銀行に支払うオプション料とG銀行が本件評価会社に支払うオプション料が同額となる場合、買手は売手に対しいずれの個別取引についてもオプション料の支払を行わないものをいう。

ゼロコストオプションの組合せ 本件評価会社購入/G銀行売却オプション取引 本件評価会社売却/G銀行購入オプション取引
第1回から第20回まで 第5回から第20回まで

(ハ) 取引期間:平成20年3月25日から平成24年12月25日まで
(ニ) 権利行使期日:平成20年3月25日を第1回とし、以後3か月ごとの各25日(合計20回)
(ホ) 権利行使形態:ヨーロピアンタイプ(権利行使期日にのみ権利行使が可能なものをいう。以下同じ。)
(ヘ) 権利行使方法:書面により相手方に対して権利行使通知を行う。
(ト) 取引額:いずれかがオプションを行使すれば(第1回から第4回までは、行使可能なのは本件評価会社のみ。)、第1回から第10回までは300,000ドルを、第11回から第20回までは600,000ドルをいずれも約定レート102.70円で本件評価会社がG銀行から購入する(ただし、第1回から第4回までについては、1ドル102.70円以上の円高の場合、市場の為替相場による。)。ただし、第5回以降については、平成21年3月24日午後3時から平成24年12月25日午後3時までの間に、一度でもドルが110円以上の円安となれば、以後のオプションは消滅する。
ハ 本件評価会社は、G銀行と、平成20年3月31日に、要旨次の内容の契約(以下、当該契約に基づく取引を「本件丙取引」といい、本件甲取引、本件乙取引及び本件丙取引を併せて「本件各取引」という。)を締結した。
(イ) 契約の締結:本件評価会社とG銀行は、次の(ロ)ないし(ト)の条項を承認の上、ゼロコストオプション型の通貨オプション取引に係る契約を締結した。
(ロ) 取引の定義: この契約において、通貨オプション取引とは、本件評価会社とG銀行との間で、権利行使価格で、権利行使期日に、オプションを、買手が売手に対して、オプション料を支払うことにより取得する取引をいい、ゼロコストオプションとは、特定の個別取引と他の個別取引を次表のとおり組み合わせた結果、本件評価会社がG銀行に支払うオプション料とG銀行が本件評価会社に支払うオプション料が同額となる場合、買手は売手に対しいずれの個別取引についてもオプション料の支払を行わないものをいう。

ゼロコストオプションの組合せ 本件評価会社購入/G銀行売却オプション取引 本件評価会社売却/G銀行購入オプション取引
第1回から第20回まで 第5回から第20回まで

(ハ) 取引期間:平成20年5月23日から平成25年3月29日まで
(ニ) 権利行使期日:平成20年5月23日を第1回とし、以後3か月ごとの各25日(合計20回)
(ホ) 権利行使形態:ヨーロピアンタイプ
(ヘ) 権利行使方法:書面により相手方に対して権利行使通知を行う。
(ト) 取引額:いずれかがオプションを行使すれば(第1回から第4回までは、行使可能となるのは本件評価会社のみ)、第1回から第4回までは100,000ドルを97.45円(若しくは実勢価格)で本件評価会社がG銀行から購入し(ただし、1ドル97.45円より円高の場合、市場の為替相場による。)、第5回以降は為替レートが1ドル当たり97.45円以上の円安であれば100,000ドルを97.45円で本件評価会社が購入するが、1ドル当たり97.45円以上の円高となれば200,000ドルを97.45円で本件評価会社がG銀行から購入しなければならない。
ニ 本件評価会社の本件贈与の日直前に終了した事業年度の末日は、平成21年9月30日(以下「本件決算日」という。)である。
ホ 本件評価会社は、評価通達179に定める「中会社」である。

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2 争点

 本件株式を純資産価額方式により評価する場合、本件各取引のうち本件決算日において金利支払日又は権利行使期日が未到来の取引(以下「本件未到来取引」という。)に係る各取引額相当額を本件評価会社の資産又は負債に計上すべきか否か。

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3 主張

(1) 請求人

 本件各取引は、契約時点で取引額が明らかであり、原則として解約できないことから、本件未到来取引に係る負債については、将来の債務負担の時期や金額等は確定している。また、本件未到来取引に係る資産については、負債と異なり「確実な」要件はなく、その計上を否定する根拠はない。そして、本件未到来取引については、債権債務が、次のイないしハのとおり発生しているから、それぞれの金額を、本件株式の1株当たりの純資産価額の計算上、本件評価会社の資産及び負債に計上すべきである。
 その結果、本件株式の1株当たりの純資産価額は、別表2−3のとおり、○○○○円となることから、本件贈与により取得した本件株式の価額は○○○○円となる。
イ 本件甲取引について
 1回につき300,000ドルを受け取り、32,955,000円を支払う28回の取引であるところ、次表のとおり本件決算日において金利支払日が未到来の20回分(第9回から第28回まで)の取引額相当額として計算した金額を本件評価会社の資産及び負債に計上すべきである。
 なお、本件各取引のうち本件未到来取引において、資産に計上すべきドルについては、評価通達4−3に基づき、本件決算日現在の対顧客直物電信買相場(以下「TTB価格」という。)である89.21円で換算する。

資産計上額 300,000ドル×20回×89.21円=535,260,000円
負債計上額 32,955,000円×20回=659,100,000円

ロ 本件乙取引について
 第1回から第10回までは1回につき300,000ドル、第11回から第20回までは1回につき600,000ドルを、それぞれ1ドル当たり102.70円で購入する取引であるところ、次表のとおり本件決算日において権利行使期日が未到来の13回分の取引額相当額として計算した金額を本件評価会社の資産及び負債に計上すべきである。

資産計上額 (300,000ドル×3回+600,000ドル×10回)×89.21円=615,549,000円
負債計上額 (300,000ドル×3回+600,000ドル×10回)×102.70円=708,630,000円

ハ 本件丙取引について
 1回につき100,000ドルを20回(ただし第5回以降は1ドル97.45円以上の円高となれば1回につき200,000ドル)を97.45円で購入する取引であるところ、次表のとおり本件決算日において権利行使期日が未到来の14回分の取引額相当額として計算した金額を資産及び負債に計上すべきである。

資産計上額 200,000ドル×14回×89.21円=249,788,000円
負債計上額 200,000ドル×14回×97.45円=272,860,000円

ニ なお、本件未到来取引に係る負債が「確実な債務」の要件を満たさなかったとしても、本件贈与の日以後から本件贈与税の申告書を提出するまでに金利支払期日又は権利行使期日が到来した本件各取引に係る取引額については、本件株式の1株当たりの純資産価額の計算上、資産及び負債に計上すべきである。

(2) 原処分庁

イ 本件未到来取引に係る資産について
 請求人が、本件株式の1株当たりの純資産価額の計算上、計上すべきであると主張する本件未到来取引に係る資産については、本件贈与税の課税時期(以下「本件課税時期」という。)において、相続税法基本通達11の2−1《「財産」の意義》により、金銭に見積もることができる経済的価値のあるものとは認められないことから、本件株式の1株当たりの純資産価額の計算上、資産に計上することはできないものである。
ロ 本件未到来取引に係る負債について
(イ) 相続税法第14条に規定する「債務」
 相続税法第14条第1項の規定によれば、「前条の規定によりその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限る。」とされており、「確実な債務」といい得るためには、課税時期までに、当該債務が成立し、かつ、当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していることが必要である。同法第14条の趣旨は、相続人の積極的財産の価額から相続人ないし相続財産の負担となる債務(消極財産)を控除した正味(純)財産により課税価格を算定しようとするものであり、その存在が確実であっても、債務の性質上、相続人が履行するとは限らず、必ずしも相続人ないし相続財産の負担とならないものは除かれると解されている。
(ロ) 本件未到来取引に係る負債
 取引相場のない株式を評価する場合の純資産価額方式の評価における負債については、上記(イ)のとおり、本件課税時期において確実と認められるものに限られるところ、本件各取引に係る契約によれば、各金利支払日又は各権利行使期日において当該契約に基づく決済レートより為替レートが円安になった場合は、本件評価会社にとって為替差益を生じることとなるため、本件未到来取引に係る負債は、本件課税時期において、本件評価会社が負担しなければならない確実な債務とは認められない。したがって、本件未到来取引に係る負債を、本件株式の1株当たりの純資産価額の計算上の負債として計上することはできない。

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4 判断

(1) 法令解釈等

イ 相続税法における財産の評価
 相続税法第22条《評価の原則》は、贈与により取得した財産の価額は、同法に特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価による旨規定している。ここにいう時価とは、課税時期におけるその財産の客観的な交換価値をいうものと解するのが相当であるところ、財産の客観的交換価値は、必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、原則として評価通達の定めによって評価した価額をもって時価とすることとされている。
 当審判所においても、かかる取扱いは、税負担の公平、効率的な租税行政の実現等の観点から合理的であると認められる。
ロ 取引相場のない株式の評価方法
 取引相場のない株式は、その発行会社の規模も上場会社に匹敵するものから、個人企業と変わらないものまで千差万別であることなどから、評価通達は、取引相場のない株式の価額について、合理的、かつ、その実態に即した評価を行うため、評価会社の規模を大、中、小に分かち、上場会社に匹敵するような大会社の株式は、上場会社の株式の評価との均衡を図ることが合理的であるので、原則として、類似業種比準価額方式により評価し、その経営実態において個人企業に近い小会社の株式は、会社経営と所有の分離もなく、株式の流動性も少ないことから純資産価額方式により評価することとし、その中間にある中会社の株式については、大会社の評価方式と小会社の評価方式を併用して評価することとしているところ、これらの評価方法は、評価会社の規模等に応じて適正な評価を行うために定められているものと解され、当審判所においても、かかる取扱いは、合理的であると認められる。
ハ 純資産価額の計算上の資産及び負債
(イ) 純資産価額は、課税時期における評価会社の各資産を評価通達で定めるところにより評価した価額の合計額から課税時期における評価会社の各負債の金額の合計額などを控除した金額を課税時期における発行済株式数で除して計算した金額とするとされていることから(評価通達185)、その計算の基礎とされるのは、課税時期における「評価会社の各資産」及び「評価会社の各負債」となる。この場合において、上記ロのとおり、純資産価額方式が採用された理由が、事業用財産の支配という点において、小規模な会社の実態と個人事業者の実態が実質的にあまり変わらないためであることからすると、この「評価会社の各資産」及び「評価会社の各負債」については、原則として、個人事業者の事業用の財産及び債務と同様に、財産性や債務として控除できるものであるか否かを考慮して判定するのが相当である。
(ロ) 相続税及び贈与税は、財産の無償取得によって生じた経済的価値の増加に対して課される租税であることから、相続税法上、その課税価格の算出の基となる財産とは、課税時期において金銭に見積もることができる経済的価値を認識できる全てのものをいうものと解される。また、相続税法第13条に規定する債務控除の対象となる債務とは、確実と認められるものに限られるところ(相続税法第14条第1項)、この確実と認められる債務とは、課税時期までに債務が成立し、その債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生しているものをいうと解される。
(ハ) 上記(イ)及び(ロ)によれば、純資産価額の計算上、「評価会社の各資産」とは、課税時期において現実に評価会社に帰属していると認められる金銭に見積もることができる具体的な経済的価値を認識できる全てのものをいい、将来の得べかりし不確定な債権などのように、課税時期に評価会社が具体的な経済的価値を把握しているとはいい難いものを含まないと解され、また、「評価会社の各負債」とは、課税時期までに債務が成立し、その債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生しているものをいい、その時点では将来の債務負担となるべき法律関係が成立しているだけで、その具体的な金額等が確定していないようなものを含まないと解される。

(2) 本件への当てはめ

イ 本件各取引の性質
(イ) 本件甲取引は、上記1の(4)のイのとおり、本件評価会社とG銀行との間で、想定元本を設定し、各金利支払日に、金利支払額を円とドルという異なる通貨をもって、相互に金銭の支払及び受領を行う取引であるところ、この取引は、将来の一定時点において、当事者が元本として定めた金額について、当事者の一方が相手方とあらかじめ取り決めた金融商品の利率等に基づいて金銭を支払い、相手方が当事者の一方とあらかじめ取り決めた金融商品の利率等に基づいて金銭を支払うことを相互に約する取引である。
(ロ) また、本件乙取引及び本件丙取引は、上記1の(4)のロ及びハのとおり、本件評価会社とG銀行との間で、各権利行使期日に、権利行使価格で、外国為替予約取引を実行するか否かを選択する権利(オプション)を売買する取引であるところ、この取引は、将来の一定時点において、あらかじめ取り決めた価格で、当事者の一方の意思表示により当事者間において金融商品の売買等の取引を成立させることができる権利を相手方が当事者の一方に付与し、当事者の一方がこれに対して対価を支払うことを約する取引である。
ロ 本件各取引の経済的価値の認識方法
(イ) 本件各取引の性質(上記イ)からすると、本件各取引は、一定の契約に基づき、将来の一定時点である各金利支払日又は各権利行使期日に、あらかじめ取り決めた価格で財物を交換又は取得(金銭の授受)すること、又は、具体的取引を成立させることを主眼とする取引であるといえるから、本件各取引の経済的価値は、取得する財物そのものではなく、取得する財物の価格と支払う対価の額の各金利支払日又は各権利行使期日における差額によって認識されるものといえる。すなわち、本件各取引は、各金利支払日が到来して、又は権利行使期日にオプションが行使されて、初めて、取得する財物の価格より支払う対価の額が少なければ利益又は純資産(以下「利益等」という。)として、その逆であれば損失又は負債(以下「損失等」という。)として、個々の取引の経済的価値が認識されるものである。
(ロ) 本件各取引の経済的価値を、本件評価会社側から具体的にみると、次のAないしCのとおり、各金利支払日において決済が行われ、又は各権利行使期日においてオプションが行使され、取引が成立した結果、利益等となるか損失等となるかにより認識されることとなる。
A 本件甲取引について
 本件甲取引においては、上記1の(4)のイのとおり、本件評価会社が受け取るG銀行の金利はドルであることから、各金利支払日の為替レートによって、本件評価会社が取得する資産の額が変動し、円による金利支払額との差損益が発生する。
 そうすると、本件甲取引は、各金利支払日に双方の金利を相互に支払う取引であるところ、各金利支払日における為替レートをもって取得する300,000ドルの円換算価格と支払うべき32,955,000円の差額により当該各取引の経済的価値が認識されることとなる。
B 本件乙取引について
 本件乙取引は、本件評価会社とG銀行との間であらかじめ合意した価格で、各権利行使期日に外国為替予約取引を行うか否かを選択する権利(オプション)を双方が有する取引であるところ、その権利行使形態はヨーロピアンタイプであることから、各権利行使期日において、相手方に対して権利行使通知を行うことにより取引が成立するものである。
 また、上記1の(4)のロの(ト)のとおり、第5回以降為替レートが1ドル110円以上の円安になれば、それ以降のオプションが消滅し、以後の取引は行われない。
 そうすると、本件乙取引においては、各権利行使期日において権利行使によって具体的な取引が成立することでその価値が認識されることとなる。
C 本件丙取引について
 本件丙取引は、本件評価会社とG銀行との間であらかじめ合意した価格で、各権利行使期日に外国為替予約取引を行うか否かを選択する権利(オプション)を双方が有する取引であるところ、その権利行使形態はヨーロピアンタイプであることから、各権利行使期日において、相手方に対して権利行使通知を行うことにより取引が成立するものである。
 また、上記1の(4)のハの(ト)のとおり、第5回以降為替レートが1ドル97.45円以上の円高となれば、取引額が100,000ドルから200,000ドルに変更される。
 そうすると、本件丙取引においては、各権利行使期日において権利行使によって具体的な取引が成立することでその価値が認識されることとなる。
ハ 本件株式の1株当たりの純資産価額を計算する場合の本件各取引の取扱い
 上記(1)のハの(ハ)のとおり、評価会社が有する財物が、純資産価額の計算上、課税時期における「評価会社の各資産」及び「評価会社の各負債」に当たるか否かは、前者の場合は、課税時期において現実に評価会社に帰属していると認められる金銭に見積もることができる具体的な経済的価値を認識できるものか否か、後者の場合は、課税時期までに債務が成立し、その債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生しているものか否かによって決せられるものであるところ、本件各取引の具体的な経済的価値は、上記ロのとおり、各金利支払日又は各権利行使期日において決済又は取引が成立した結果、利益等又は損失等のいずれかとして認識されるべきものである。
 これに対し、本件未到来取引について決済又は取引成立前にその価値を認識しようとしても、価値を認識しようとした時点の為替レートに基づいて仮に決済又は取引が成立した結果の理論値(予測値)としていわば抽象的に認識されるにとどまるほかなく、上記のように具体的な経済的価値を認識した、あるいは、確実な債務であるということはできないから、本件決算日における本件株式の1株当たりの純資産価額の計算上、「評価会社の各資産」又は「評価会社の各負債」に計上することはできない。
ニ その他の請求人の主張について
(イ) 請求人は、本件各取引のうち本件贈与の日以後から本件贈与税の申告書を提出するまでに決済された取引額については本件株式の1株当たりの純資産価額の計算上、資産及び負債に計上すべきである旨主張する。
 しかしながら、次のとおり、請求人の主張を採用することはできない。
(ロ) すなわち、1株当たりの純資産価額の計算は、評価会社の課税時期における各資産及び各負債の金額によることから、評価会社について課税時期現在における仮決算を行い各資産及び各負債の相続税評価額及び帳簿価額を計算しなければならないが、評価会社が課税時期において仮決算を行っておらず、課税時期における資産及び負債の金額が明確でない場合で、課税時期の直前に終了した事業年度の末日(以下「直前期末」という。)から課税時期までの間の資産及び負債について著しく増減がないため評価額の計算に影響が少ないと認められるときは、課税時期における各資産及び各負債の金額は直前期末の資産及び負債を基として計算することが相当と認められる。
(ハ) この点、本件評価会社の決算日は9月30日であるところ、本件課税時期である平成21年11月1日現在における仮決算を行っていないため、本件課税時期における各資産及び各負債の金額が明確ではない。また、本件課税時期である平成21年11月1日と本件評価会社の直前期末である本件決算日(平成21年9月30日)では、1か月程度の期間しかなく、その間の資産及び負債の著しい増減などによって本件株式の評価額が大きく変動した事情も認められないことから、本件株式の1株当たりの純資産価額の計算は、本件決算日現在の各資産及び各負債の額を基礎とするのが相当である。
(ニ) なお、本件甲取引の第9回は、平成21年10月27日に金利支払日が到来し決済されている。その結果、次表の計算のとおり、同日現在で5,637,000円の預金額の減少が認められるものの、上記金額は、本件評価会社の本件決算日現在の資産総額(相続税評価額)からすれば、約1.2%にすぎないことから、本件株式の1株当たりの純資産価額の計算において、本件決算日現在の各資産及び各負債の額を基礎とすることが不合理であるということはできない。

取得額
(預金の増加)
300,000ドル×91.06円(平成21年10月27日のTTB価格)=27,318,000円
支払額
(預金の減少)
32,955,000円
差引額
(預金の減少)
△ 5,637,000円

(3) 本件更正処分の適法性

イ 外貨預金の邦貨換算
 本件評価会社は、G銀行にドル建普通預金を有しており、当該預金の本件決算日における残高は994,651.52ドルであるところ、当該預金の相続税評価額について、本件更正処分においては、本件決算日における帳簿残高と同額の106,744,629円と評価している。
 しかしながら、外貨建てによる財産については、評価通達4−3において、適正な邦貨換算をすべき旨規定されており、当審判所においても、かかる取扱いは相当であると認められるため、評価通達4−3の定めにより、当該預金の相続税評価額を算定した結果、当該預金の相続税評価額は89,956,283円(本件課税時期である平成21年11月1日は日曜日であることから、その直前の取引日である10月30日のTTB価格90.44円で換算)となり、16,788,346円過大に評価されていることになる。
ロ 本件株式の1株当たりの価額
 上記イの外貨預金の邦貨換算を踏まえ、本件株式の1株当たりの価額を算出すると、別表2−4のとおり、222,548円となる。
ハ 小括
 上記ロにより、請求人の本件贈与税の課税価格及び納付すべき税額を計算すると、別表3のとおり、それぞれ○○○○円及び○○○○円となる。したがって、本件更正処分のうち納付すべき税額○○○○円を超える部分は取り消すべきである。

(4) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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