(平成25年3月27日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、医療法人の理事長である審査請求人(以下「請求人」という。)が、自身が使用できる船室及び船内施設を他人に利用させるなどして対価を得たが、事業所得の金額の計算上損失が生じたとして、その損失の金額を他の各種所得の金額から控除して総所得金額を計算し、所得税の確定申告をしたところ、原処分庁が、当該損失は雑所得の金額の計算上の損失であるから総所得金額の計算において他の各種所得の金額から控除することはできないなどとして所得税の更正処分等を行ったのに対し、請求人が、当該損失は実際には不動産所得の金額の計算上の損失であるから総所得金額の計算において他の各種所得の金額から控除することができるとして、同処分等の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成20年分、平成21年分及び平成22年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税の青色の確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、それぞれ法定申告期限までにK税務署長に申告した。
ロ K税務署長は、これに対し、原処分庁所属の調査担当職員の調査に基づき、平成24年3月13日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおり、本件各年分の所得税の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)をした。
ハ 請求人は、本件各更正処分等を不服として、平成24年4月5日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

 関係法令等の要旨は、別紙に記載のとおりである。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人と原処分庁との間に争いはなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、上記(2)のハの時点で、医療法人L会(所在地:a県b市d町○−○)、医療法人M会(所在地:e市f町○−○)及び医療法人N会(所在地:a県g市h町○−○)の理事長であり、また、医療用機材器具等のリース業を営むP社(所在地:a県b市d町○−○)の取締役であった。
 なお、請求人は、これらの法人等から給与を得ており、これに係る本件各年分の給与所得の金額は、別表1の「給与所得の金額」欄のとおりである。
ロ 請求人は、○○国船籍で総トン数が○○トンであるクルーズ目的の客船(以下「本件船舶」という。)の居室○○号室(以下「本件居室」という。)について、Q社との間で、平成17年2月13日に、「居住権譲渡引受契約」及び「居住契約譲渡引受契約」(以下、これらを併せて「本件譲渡契約」という。)を締結し、Q社から、まる1契約期間中いつでも本件船舶に乗船して本件居室を独占的に利用し占有することができる権利及びまる2契約期間中いつでも本件船舶の共有エリアにおける施設を利用し食事の提供等のサービスを受けることができる権利等(以下、これらを併せて「本件居住権」という。)を2,480,000ドルで取得した。そして、同日、本件船舶の所有者であるR社は、これを承諾した。
 なお、本件譲渡契約の契約期間は、平成17年2月13日から平成84年3月15日までとされた。
 また、本件譲渡契約の定めにより、請求人は、R社に対し、維持管理費用又は商業維持管理費用と称するメンテナンス費用、飲食運営費用、燃料代割増費用及び調度関係費用(以下「本件維持管理費用等」という。)を、契約期間中四半期ごとに支払うものとされた。
ハ 請求人は、自身が本件居住権を利用しない間、第三者に有償で本件居住権を利用させることとし(以下、この本件居住権を利用する第三者を「レンタル利用者」、請求人がレンタル利用者に対し本件居住権を利用させることを「本件業務」、本件業務の対価としてレンタル利用者が請求人に支払うべき金員を「本件レンタル利用料」という。)、本件業務にかかる具体的な事務作業やサービスの提供等を請求人に代わってさせるため、平成19年5月1日に、甲社(以下「運営会社甲」という。)及びR社との間で、「居室レンタルサービス契約」(以下「旧レンタルサービス契約」という。)を締結した。
 旧レンタルサービス契約の定めにより、運営会社甲は下記(イ)の義務を、R社は下記(ロ)の義務を、それぞれ請求人に対して負い、請求人は、下記(イ)又は(ロ)のとおり、運営会社甲及びR社にその対価を支払う義務を負った。
(イ) 運営会社甲は、本件居室の利用をレンタル利用者に提供するためのサービス(以下「調達サービス」という。)及び広告・宣伝、代理店等への手数料の支払い、予約の処理、本件レンタル利用料の徴収・分配、レンタル利用者に対する乗船前及び乗船中のゲストサービス、在庫管理、船上の設備備品の提供等の本件業務を支援するサービス(以下「サポートサービス」という。)を提供する義務を、請求人に対して負う。
 また、運営会社甲は、請求人に代わってレンタル利用者から本件レンタル利用料を徴収するに当たり、妥当な努力を払う義務を、請求人に対して負う。
 これに対して、請求人は、調達サービスについては正味レンタル料金の○○%を、サポートサービスについては正味レンタル料金の○○%をそれぞれ運営会社甲へ支払う義務を負う。
 なお、正味レンタル料金とは、レンタル利用者から徴収する本件レンタル利用料から、下記(ロ)のR社へ支払うサービス料、適用可能な割引金額及び特別価格の費用を控除した残額である。
(ロ) R社は、請求人に代わって、レンタル利用者に対して乗船中の食事、催し物、居室清掃、荷物運搬などのサービスを提供する義務を、請求人に対して負う。
 これに対して、請求人は、レンタル利用者の乗船中の食事、充実サービス料、燃料サーチャージなどのサービス料をR社へ支払う義務を負う。
(ハ) 本件レンタル利用料には、本件居室の使用料並びにレストランでの食事及びアルコール飲料の代金が含まれる。
ニ 旧レンタルサービス契約の契約期間満了に伴い、請求人は、平成21年1月27日に、乙社(以下、「運営会社乙」といい、運営会社甲と併せて「本件各運営会社」という。)及びR社との間で、旧レンタルサービス契約と同様の内容の契約(以下、「新レンタルサービス契約」といい、旧レンタルサービス契約と併せて「本件各レンタルサービス契約」という。)を締結した。具体的には、運営会社乙は上記ハの(イ)と同じ内容の義務を、R社は同(ロ)と同じ内容の義務を、それぞれ請求人に対して負い、請求人は、運営会社乙及びR社にその対価を支払う義務を負った。
 また、上記ハの(ハ)と同様の内容も新レンタルサービス契約に含まれている。
ホ 請求人がレンタル利用者から得た本件各年分の本件業務に係る収入金(以下「本件収入金」という。)は、次表のとおりであった。

(単位:ドル)
区分 平成20年分 平成21年分 平成22年分
本件収入金 ○○○○ ○○○○ ○○○○

ヘ 請求人は、上記ハの(イ)、(ロ)及び同ニのとおり、本件各レンタルサービス契約に基づき、レンタル利用者へのサービス提供等の対価(以下「本件手数料等」という。)を本件各運営会社及びR社に支払っており、本件各年分の支払額は次表のとおりである。
 なお、請求人は、本件各年分の本件業務に係る所得の金額の計算において、本件手数料等の全額を必要経費に算入した。

(単位:ドル)
区分 平成20年分 平成21年分 平成22年分
本件手数料等 137,629.71 84,129.85 116,040.50

ト 請求人は、本件譲渡契約に基づき、次表のとおり、R社へ本件維持管理費用等を支払い、本件各年分の本件業務に係る所得の金額の計算において、その全額を必要経費に算入した。

(単位:ドル)
区分 平成20年分 平成21年分 平成22年分
維持管理費用 253,364.08 299,054.99 302,823.24
商業維持管理費用 2,280.19 3,634.80 4,275.22
飲食運営費用 42,375.00 42,599.96 41,258.94
燃料代割増費用 20,918.70 △4,729.40
調度関係費用 5,635.00
合計 324,572.97 340,560.35 348,357.40

チ 請求人は、本件居住権を本件業務に係る繰延資産に計上し、償却期間600月、事業専用割合100%として本件各年分の繰延資産の償却費を計算し、本件各年分の本件業務に係る所得の金額の計算において、その全額を必要経費に算入した。
 また、本件業務に係る本件各年分の決算料を関与税理士に支払っているが、この金額についても同様に、本件各年分の本件業務に係る所得の金額の計算において全額を必要経費に算入した。
リ 請求人は、本件各年分の本件業務に係る所得の金額の計算において、ドル建取引である本件収入金、本件手数料等及び本件維持管理費用等の円換算については、請求人の主たる取引金融機関の各年の年末における対顧客直物電信売相場と対顧客直物電信買相場の仲値(以下、この仲値を「TTM」という。)により行い、それぞれ申告した。

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2 争点

 本件業務に係る所得は、不動産所得に該当するか、それとも雑所得に該当するか。

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3 主張

原処分庁 請求人
 本件業務に係る所得は、下記(1)のとおり不動産所得には該当せず、下記(2)のとおり事業所得にも該当せず、また、利子所得、配当所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれの所得にも該当しないので、雑所得に該当する。  本件業務に係る所得は、下記(1)のとおり不動産所得に該当するので、雑所得には該当しない。
(1) 不動産所得の該当性について (1) 不動産所得の該当性について
 次の理由から、船舶の一部の貸付けによる所得は不動産所得に含まれない。そして、本件業務に係る所得は、不動産所得に該当しない。  次の理由から、船舶の一部の貸付けによる所得は不動産所得に含まれる。そして、本件業務に係る所得は、不動産所得に該当する。
イ 船舶の一部の貸付けによる所得は不動産所得に含まれないこと イ 船舶の一部の貸付けによる所得は不動産所得に含まれること
(イ) 条文の解釈は、法令の規定をその文字や文章の意味するところに従って解釈する方法(文理解釈)によって行わなければならない。所得税法第26条第1項は、「不動産、不動産の上に存する権利、船舶又は航空機の貸付けによる所得」と規定しており、「船舶の上に存する権利による所得」とは規定していないので、文理解釈によれば、まさに「船舶」といえるものの貸付けによる所得のみが、不動産所得に含まれることになる。 (イ) 文理解釈によれば、船舶の一船室の貸付けは、所得税法第26条に規定される船舶の貸付けに該当する。
 船舶が船舶そのもののみに限定されていると解釈することには無理がある。
(ロ) 本来、動産の貸付けによる対価は、基本通達35−2《事業から生じたと認められない所得で雑所得に該当するもの》(1)のとおり、事業所得又は雑所得に当たるところ、船舶については、登記の対象となり所有権の移転についてはその登記が船舶国籍証書の記載と相まって対抗要件とされることや、抵当権の目的とされること、強制執行等において不動産の手続が適用されることなどの点で、その性格が不動産に類似していることから、所得税法では不動産所得の基因となる資産とされたと考えられている。
 しかし、「一船室」の場合、以上のような不動産との類似性が認められない。したがって、船舶の一部の貸付けによる所得は不動産所得に含まれない。
(ロ) 不動産の貸付けと船舶の貸付けとが同様に扱われてきた所得税法の立法当初からの沿革からすれば、船舶そのものの他に船舶の上に存する権利の貸付けによる所得も不動産所得に該当する。
 本件船舶の一船室の貸付けは、本件船舶に係る居住権の貸付けであり、これは船舶の上の権利の貸付けである。したがって、これによる所得は、不動産所得に該当する。
 なお、基本通達161−12《船舶又は航空機の貸付けによる対価》において、「船舶の貸付けによる対価」とは、いわゆる裸用船契約に基づき支払を受ける対価をいうとされていることから、船舶のみの賃貸借契約である裸用船契約のみが、所得税法第26条に規定する「船舶の貸付け」に該当する。このことも、上記判断の根拠となる。  基本通達161−12は、裸用船契約と定期用船契約に基因する所得の区分判定であり、その射程範囲は、本件業務に係る所得の判定から外れている。
(ハ) 所得税法では、船舶の定義がされておらず、商法第684条《船舶の定義》において、船舶とは商行為をなす目的を以って航海の用に供するものをいうとされており、「船舶」とは、櫓櫂をもって運転する舟(同条第2項)を除き、広く「商行為の目的をもって航海の用に供する構造物」とされ、そして船舶に当たるか否かは、構造物の使用目的、形状、性能等を総合して社会通念によって決められるべきものとされている。
 一般的に、船舶の主な要件は、まる1浮揚性、まる2積載性、まる3移動性、まる4構造物とされ、その構造物は凹型構造をしており、船室、船倉を持っていることとされる。
 そうすると、船舶の一船室は、船舶の所要施設ではあるが、船舶ではない。したがって、船舶の一部の貸付けによる所得は不動産所得に含まれない。
(ハ) 一般的な社会通念からいえば、「船舶の一船室」は「船舶」に含まれると解釈するのが自然である。基本通達においても、ケース貸しは不動産の貸付けに該当し、広告等のため土地等を使用させる場合の所得は不動産所得に該当するとされているなど、家屋のごく一部の貸付けによる所得でさえ不動産所得に該当するとされていることから考えれば、船舶の一船室も不動産等に該当するというべきである。したがって、船舶の一船室の貸付けによる所得が不動産所得に該当しないと解するのはおかしい。
 船舶全体の権利を取得しなくとも、一船室の権利を取得すれば航海ができるのである。固定資産としての機能面に着目すれば、船舶と船舶の一船室は、船舶としての同一性を保っている。したがって、上記のように解することには合理性がある。
(ニ) マンションは土地の定着物であることから不動産であり、マンションの一室も不動産である。したがって、マンションの一室の又貸しによる所得は不動産所得となる。しかし、上記(ロ)のとおり、船舶の一船室とマンション等の不動産とは、その性格を異にすることから、これらを同列に扱うことはできないのであって、船舶の一船室の又貸しによる所得は不動産所得とならない。 (ニ) マンションの一室を借りて、それを又貸しした場合、これによる所得は不動産所得である。
 原処分庁の主張によれば、マンションの一室をマンション全体と切り離して考え、不動産に該当しないと考えることになるが、それはおかしい。
ロ 本件業務に係る所得が不動産所得に該当しないことについて ロ 本件業務に係る所得が不動産所得に該当することについて
(イ) 請求人は、不動産所得が資産性所得であることから、本件業務に係る所得も不動産所得であると主張するが、資産性所得とされる所得が、全て、直ちに不動産所得になるとは限らない。 (イ) 1日○○○○円という本件レンタル利用料の性質を考えると、豪華客船である本件船舶に依存する資産の貸付けの側面が強く、本件業務に係る所得は、資産性所得である。そして、不動産所得は資産性所得であるから、本件業務に係る所得は不動産所得とみるべきである。
 なお、請求人が本件業務に費やした肉体的労力の程度が低いことも、本件業務に係る所得が資産性所得である不動産所得であることを裏付けるものである。
(ロ) 本件業務においては、船舶の一部を使用させることとサービスを受けさせることが一体となっている。そうすると、「そのほとんどが船舶の一部の貸付け」とはいえない。
 請求人が取得した本件居住権は、船内共有施設が利用でき人的役務の提供を受けながらクルーズをすることができるというものである。
 したがって、本件業務も、単に一船室を貸し付けているだけではなく、レンタル利用者に、本件各運営会社やR社を通じて、各種サービスの提供を受けさせるものといえる。すなわち、本件業務は、いわば船室の使用とサービスが一体となった性格を持つものと認められる。
 なお、請求人は、所得区分は経済的実質から判断すべきとするが、これに関する判決文の引用解釈が誤っており、根拠とならない。
 したがって、船舶の一部の貸付けによる所得が不動産所得となり得るか否か論じるまでもなく、本件業務に係る所得は不動産所得とはなり得ない。
(ロ) 本件業務については、サポートサービス分は僅かで、そのほとんどが船舶の一部の貸付けとみるべきだから、本件業務に係る所得は不動産所得となる。
 本件業務に係る所得の場合、レンタル利用者に対して提供する各種サービスは、本件各レンタルサービス契約におけるサポートサービスの一部として提供されるが、当該サポートサービス全体をもってしても、その対価は正味レンタル料金の合計の○○%にすぎない。このように、人的役務の提供に係る対価が不動産の貸付けに係る対価と明確に区別され、かつ、それが占める割合は些少であり、人的役務提供は付随的なものである。
 所得区分は純法律的、形式的観点よりも経済的実質から判断すべきである。このことは、過去の判例で明確に示されている。
(ハ) 仮に本件業務が船舶の一部の貸付けであったとしても、上記イのとおり、所得税法第26条に規定する不動産所得における不動産等には船舶の一部は含まれない。
 したがって、いずれにしても、本件業務に係る所得は、不動産所得とはならない。
 
(2) 事業所得の該当性について (2) 事業所得の該当性について
 本件業務に係る所得は、次の理由から、事業所得に該当しない。
イ 事業所得にいう事業とは、その業務の営利性・有償性・継続性・反復性の有無のみならず、取引自体が事業としてなじみ得るか否か、取引の目的、自己の危険と計算における企画遂行性の有無、その取引に費やした精神的・肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、資金調達方法、その取引の目的、その者の職業、経歴、社会的地位、生活状況、相当期間安定した収益が得られる可能性が存するか否かなどを総合勘案し、一般社会通念により事業と認められる社会的客観性が具備されているものとされており、これは、納税者の主観によって判断されるものではないと解されている。
 上記(1)のとおり、本件業務に係る所得が不動産所得に該当することは明らかであり、事業所得の該当性を論ずるまでもない。
ロ まる1請求人は、本件業務を開始するに当たって、具体的な利益計画を策定していない、まる2本件業務の手取額は本件維持管理費用等さえ賄えていない、まる3本件各運営会社から示されるレンタル予約状況に基づく見込み収入額が本件維持管理費用等を上回ることはなく、相当程度の期間安定した収益を見込めるとはいえない、まる4本件レンタル利用料は、本件各運営会社が設定し、船舶所有者の承認を得て決定されるもので、請求人が本件レンタル利用料を決定することはできない、まる5請求人は顧客の獲得に関し、何らの営業活動等を行わない、まる6請求人は自身が利用するために本件居住権を購入したが、多額の本件維持管理費用等を要することから本件業務を開始した、まる7請求人は本件業務に関して従業員を雇用しておらず、事務所や看板を設置していない、まる8請求人は医療法人の理事長として給与収入を得ており、本件収入金が生活の原資とは認められない。
 以上のことから、総合的に勘案し、事業所得における事業と認められる社会的客観性を有しているものとは認められず、本件業務は、事業所得を生ずべき事業とは認められない。
 

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4 判断

(1) 法令解釈

イ 所得税法第26条第1項の「船舶」の貸付けについて
 税法中に用いられた用語が法文上明確に定義されておらず、他の特定の法律から借用した概念であるといえない場合には、その用語は、特段の事情がない限り、言葉の通常の用法に従って解釈すべきである。なぜならば、税法の解釈において使用される用語の用法が通常の用語の用法に反する場合、当該用法が客観性を失うことになるため、納税者の予測可能性を害し、また、法的安定性をも害することになるからである。所得税法は、「船舶」について定義を設けておらず、他の特定の法律から借用した概念であるといえないことからすれば、所得税法第26条第1項に規定する「船舶」についても、特段の事情がない限り、言葉の通常の用法に従って解釈すべきものである。
 もっとも、所得税法第26条第1項に規定する「船舶」は、登記の対象となり所有権の移転についてはその登記が船舶国籍証書の記載と相まって対抗要件とされることや、抵当権の目的とされること、強制執行等については不動産の手続が適用されることなどの点で、その性格が不動産に類似していることから、所得税法の上では不動産所得の基因となる資産とされている。
ロ 不動産所得と事業所得(雑所得)の間の区分基準について
 所得税法上、不動産所得とは、不動産、不動産の上に存する権利、船舶又は航空機の貸付けによる所得であって、事業所得又は譲渡所得に該当するものを除いたものをいうが、実際には、不動産所得と事業所得(雑所得)の区分の基準は、条文上必ずしも明確ではない。
 そこで各所得の性質に着目すると、不動産所得が資産所得であり、事業所得はいわば資産、勤労共同の所得であることから、その所得の内容を吟味し、所得がほとんど又は専ら不動産等を利用に供することにより生ずるものである場合には不動産所得、不動産等の使用のほかに役務の提供が加わり、これらが一体となった給付の対価という性格をもつ場合には事業所得(又は場合により雑所得)と解すべきである。
ハ 事業所得と雑所得の間の区分基準について
 事業所得と雑所得の区分の基準についても、条文上必ずしも明確ではないが、雑所得が「それ以外の所得」として積極的な内容を持たないことから、事業所得の業務と雑所得の業務とが競合関係にある場合において、その業務が営業として事業的規模で行われている場合には、その所得は事業所得に該当し、その業務が営業として事業的規模で行われていない場合には、その所得は雑所得に該当するというべきである。
 そして、所得税法第27条第1項及び所得税法施行令第63条は、かかる観点から、営業として事業的規模で行われている業務を類型化し、その所得については事業所得として課税することとし、これに該当しない所得については雑所得として課税することとしたものと解される。
 これに関し、所得税法第27条第1項及び所得税法施行令第63条第1号ないし第11号の各類型に該当しない業務についても、その内容等次第では、事業所得として課税すべきことから、同条第12号は、さらに、同条第1号ないし第11号に該当するもののほか、「対価を得て継続的に行う事業」による所得についても事業所得として課税することとしたものである。
 ところで、具体的な業務がこの「対価を得て継続的に行う事業」に該当するか否かは、一般社会通念に照らして決めるほかないところ、その判断に際しては、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無のほかに事業としての社会的客観性の有無が問われなければならず、この観点からは、当然にその業務の種類、業務における自己の役割、業務のための人的・物的設備の有無、資金の調達方法、業務に費やした精神的、肉体的労力の程度、その者の職業・社会的地位などの諸点を検討する必要があると解される。

(2) 本件業務に係る所得が不動産所得に該当するか否かについて

 本件船舶は、上記1の(4)のロのとおり、総トン数○○トンのクルーズ目的の客船であり、上記(1)のイのとおり、所得税法第26条第1項に規定する「船舶」に該当することは明らかであるが、本件業務の内容は、航海と併せて、上記1の(4)のハ及びニのとおり、本件各運営会社を介した調達サービスやサポートサービスの提供及びR社を介したレンタル利用者が乗船時に提供を受ける食事、催し物、居室清掃、荷物運搬などの具体的なサービスの提供である。これは本来請求人自身が本件居住権の利用によって受けるクルーズを、請求人がレンタル利用者に有償で提供しているものにほかならない。そして、請求人が本件各運営会社に対しサポートサービスの対価として支払う金額は正味レンタル料金の合計金額の○○%に及ぶ上、請求人は、これ以外にも、調達サービスの対価を本件各運営会社に支払い、上記1の(4)のハの(ロ)に掲げるサービスの対価をR社に支払っているのである。
 このことに鑑みれば、船舶の一部の貸付けが船舶の貸付けに該当するかを論じるまでもなく、請求人が、本件業務において、レンタル利用者に対し、単に本件居室を利用させているだけではなく、相当程度のサービスと一体となったクルーズを提供していることからすると、本件業務に係る所得がほとんど又は専ら船舶(不動産等)を利用に供することにより生じるものとはいえないことは明らかである。そうすると、この点に関する請求人の主張は採用できない。
 したがって、本件業務が船舶の貸付けであるとは認められないから、本件業務に係る所得は、不動産所得には該当しない。

(3) 本件業務に係る所得が雑所得に該当するか否かについて

 このように、本件業務に係る所得は、不動産所得には該当しない。また、本件業務に係る所得が、利子所得、配当所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれの所得にも該当しないことは明らかである。そこで、本件業務に係る所得が事業所得に該当するか、あるいは事業所得にも該当せず雑所得に該当することになるのかについて検討する。
イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 本件業務を開始した経緯について、請求人は、原処分庁所属の調査担当職員に対し、要旨次のとおり申述した。
A 請求人は、以前からクルーズが好きで、夫婦で乗船していたが、知人の紹介で本件船舶に興味を持ち、請求人自身や家族で乗船してクルーズを楽しむことを目的として、上記1の(4)のロのとおり、平成17年2月13日に本件譲渡契約を締結した。
B 請求人は、医療法人等の理事長等であり、本件譲渡契約締結後も多忙であったため、年に1回程度しか乗船できなかった。このように、請求人は、本件居室をなかなか利用できなかったことから、もったいないと考え、レンタル利用者に有償で本件居住権を利用させ、本件維持管理費用等を少しでも回収する目的で、上記1の(4)のハのとおり、平成19年5月1日に、旧レンタルサービス契約を締結した。
(ロ) 本件船舶の運航や本件業務を遂行する上での契約内容
A 本件譲渡契約の定めによれば、本件船舶の行程は、各オーナーで組織する居住者委員会が決定する。
B 本件各レンタルサービス契約の定めによれば、本件レンタル利用料は、R社の承認を得た上で本件各運営会社が決定する。
C 請求人は、本件各レンタルサービス契約に基づき、本件各運営会社を通じて、レンタル利用者に対して調達サービスやサポートサービスを提供しなければならない。
D 請求人は、自らが本件居住権を利用せず、希望するレンタル利用者があれば、その者に本件居住権を利用させる予定日を、事前に本件各運営会社に通知することになるが、請求人は、かかる予定日を撤回する権利を有している。
E 本件各運営会社は、まる1実際のレンタル日数が最少の日数になっても、まる2最低収益額を受け取ることになっても、また、まる3他の居室の収益と同額になっても、一切保証せず、責任もとらない。
(ハ) 本件船舶の日本地区の販売代理店S社の代表者であるTは、原処分庁所属の調査担当職員に対し、要旨次のとおり申述した。
A 本件船舶に関しては、居住者委員会が組織されており、この委員会で意思決定がなされる。したがって、請求人自身が旅行行程や本件レンタル利用料を決定することはない。
B 請求人は、約1年前に通知される本件船舶の大まかな旅程を踏まえて、自らの乗船予定日とそうでない日(自らが本件居住権を利用せず、希望するレンタル利用者があればその者に本件居住権を利用させる予定日)をR社に通知するが、請求人の乗船予定日は、後でも変更可能となっている。
C R社の本件船舶に関する方針は、請求人自身が本件居住権を利用しクルーズを楽しむことを目的としているので、S社は、請求人に対し、本件業務を勧めたり、投資目的で本件居住権を取得することを勧めたりはしていない。
(ニ) 請求人は原処分庁所属の調査担当職員に、要旨次のとおり申述した。
A 請求人は、本件業務の開始に当たっての利益計画や毎年の利益計画は立てていない。
B 請求人は、本件各運営会社からメール送信される本件業務に係る報告等を確認することもなく、本件維持管理費用等の支払のため年4回程度外国送金依頼書に署名するのみで、その他本件業務について何もしていない。
(ホ) 請求人の本件各年分の所得税青色申告決算書には、本件居住権以外の資産や借入金などの負債は計上されておらず、また、給料賃金及び借入金支払利息も計上されていない。
ロ 本件への当てはめ
 上記(1)のハの観点に立って、本件業務が「対価を得て継続的に行う事業」に該当するかどうかを判断する。
 請求人は、上記1の(4)のハ及びニのとおり、本件業務を開始するため、平成19年5月1日に運営会社甲と旧レンタルサービス契約を締結し、旧レンタルサービス契約の契約期間満了後の平成21年1月27日に運営会社乙と新レンタルサービス契約を締結して、上記1の(4)のホのとおり、レンタル利用者から本件レンタル利用料を得ていることを考慮すると、本件業務は、営利性・有償性及び継続性・反復性を具備しているといえる。
 しかしながら、本件業務が「対価を得て継続的に行う事業」に該当するためには、上記(1)のハのとおり、更に事業としての社会的客観性を要するところ、まる1本件居住権は、上記イの(イ)のとおり、そもそも、請求人が自身で又は家族と乗船してクルーズを楽しむために取得したものであること、まる2請求人がレンタル利用者に有償で本件居住権を利用させようと思い至ったのは、本業である医業が忙しく年間に1回程度しか乗船できなかったことから、毎年支払う多額な本件維持管理費用等を少しでも回収したいと考えたためにすぎず、他方、上記イの(ロ)のD及び(ハ)のBのとおり、レンタル利用者に供する予定日を自身の利用のため撤回する権利を有していることからしても、請求人自身が楽しむ目的が優先であるのは明らかであること、まる3請求人は、医療法人の理事長として、日々医療法人の業務に専念しており、上記1の(4)のイのとおり、これらの法人等から別表1の「給与所得の金額」欄のとおりの給与所得を得ていたのであって、その総所得あるいは生活の資の大部分をこれら法人等から得ていたこと、まる4請求人は上記イの(ニ)のとおり、本件各運営会社から送信される本件業務に係るメールにも全く関知せず、年4回程度外国送金依頼書に署名するのみであったこと、まる5請求人は、上記イの(ホ)のとおり、本件業務において従業員を雇用せず、事務的設備を整えていないこと、まる6本件業務のための資金も請求人の自己資金の範囲に限られていることなどを考えれば、本件業務は、一般社会通念に照らし、いまだ事業とは認められないと解するのが相当である。
 以上のことから、本件業務に係る所得は、事業所得に該当せず、雑所得に該当することになる。

(4) 本件各更正処分について

イ 外貨建取引の換算
(イ) 基本通達57の3−7は、取引の全てが外貨建てで行われ、かつ、損益計算書も外国通貨表示により作成している場合においては、継続適用を条件として、各年の年末における為替相場など一定の外国為替の売買相場により円換算を行うことができる旨定めており、この定めは、当審判所においても相当と認められる。
(ロ) 原処分庁は、本件各更正処分における本件各年分の本件収入金、本件手数料等及び本件維持管理費用等の円換算をそれぞれの取引日のTTMによっている。
 しかしながら、当審判所の調査の結果によれば、請求人は、本件各年分の所得税の確定申告書の作成に当たり、本件業務に係る損益計算書をドル表示で作成しており、また、上記1の(4)のリのとおり、継続して各年の年末におけるTTMにより円換算を行っていることから、本件業務に係る所得の金額は、基本通達57の3−7の定めにより、次表の各年の年末におけるTTMにより換算するのが相当である。

平成20年末 平成21年末 平成22年末
91.03円 92.10円 81.49円

ロ 各年分の雑所得の必要経費について
(イ) 上記(3)のとおり、本件業務に係る所得は雑所得に該当するところ、請求人は、本件手数料等及び本件維持管理費用等の全額を本件業務に係る所得の金額の計算上必要経費に算入しているが、請求人が支払う費用の大部分を占める本件維持管理費用等は、そもそも請求人が自ら本件居住権を利用するための費用であり、請求人がレンタル利用者に本件居住権を利用させなくとも支払うべきものであるから、その全額を必要経費に算入できることにはならないというべきである。
 これを踏まえて検討すると、請求人が支払うべき費用のうち、本件各レンタルサービス契約に基づき支払うべき本件手数料等及び決算料は、本件業務と直接の関係を持ち、かつ、業務の遂行上必要なものとして必要経費に算入できる(所得税法第37条第1項)。
 他方、本件維持管理費用等及び本件居住権の償却費は、請求人自身が本件居住権を利用するための費用としての性格とレンタル利用者に利用させるための費用としての性格を併有するから、家事関連費に該当し(所得税法第45条第1項第1号)、その主たる部分が業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合であれば、その部分に相当する経費は、必要経費に算入できることになる(所得税法施行令第96条第1号)。そして、請求人が本件居住権を利用しないと通知した期間についても、後日請求人が希望すれば、基本的には請求人が本件居住権を利用できることからすれば、本件維持管理費用等及び本件居住権の償却費のうち、その主たる部分が本件業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができるのは、現にレンタル利用者が本件居住権を利用していた期間の分に相当する金額に限られるというべきであり、その部分に相当する経費は、必要経費に算入することができる。
 そうすると、本件各年分の本件維持管理費用等及び本件居住権の償却費に、平成20年分については年間総日数(366日)に占めるレンタル使用日数(146日)の割合を、平成21年分については年間総日数(365日)に占めるレンタル使用日数(57日)の割合を、平成22年分については年間総日数(365日)に占めるレンタル使用日数(86日)の割合を乗じた金額が必要経費に算入できることになる。
(ロ) 本件居住権の償却費について
A 本件居住権を取得するために支出した費用の額
 本件居住権を取得するために支出した費用の額は、上記1の(4)のロの2,480,000ドル(本件譲渡契約時のTTM換算で262,136,000円)、本件居住権の取得に際して支払った取得手数料2,000ドル(支払確定日のTTM換算で209,900円)及び送金手数料19,412円の合計額262,365,312円となる。
B 本件居住権の償却期間の月数
 本件居住権を取得するために支出した費用は、所得税法施行令第7条《繰延資産の範囲》第1項第3号ホの繰延資産に該当し、その支出の効果の及ぶ期間は、上記1の(4)のロのとおり、平成17年2月13日から平成84年3月15日までであり、同令第137条第1項第2号及び同条第2項の規定により、償却期間の月数は806月となる。
C 本件各年分の償却費の額
 上記Aの合計額262,365,312円を、その費用の支出の効果の及ぶ期間の月数である806で除し、これに業務を行っていた期間の月数である12を乗じて計算した金額に、上記(イ)の割合を乗じた金額が、本件各年分の償却費の額となる。
ハ 雑所得の金額
 上記イ及びロに基づき計算した本件各年分の本件業務に係る所得の金額に、平成20年分については請求人が受け取った平成19年分の所得税の還付加算金の額455,700円を収入金額として加算し計算すると、本件各年分の雑所得の金額は、別表2ないし4の「審判所認定額」欄のとおり、平成20年分は○○○○円、平成21年分は○○○○円及び平成22年分は△○○○○円となる。
ニ 総所得金額及び納付すべき税額
 本件各年分の雑所得の金額は、上記ハのとおりであるが、雑所得の金額の計算上生じた損失の金額は、総所得金額の計算において所得税法第69条第1項の規定は適用されず他の各種所得の金額から控除することはできない。そうすると、請求人の本件各年分の所得税の総所得金額及び納付すべき税額は、いずれも別表1の「更正処分等」欄の金額を下回らない。
 したがって、本件各更正処分は適法である。

(5) 本件各賦課決定処分について

 上記(4)のとおり、本件各更正処分は適法であり、また、本件各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件各更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、原処分庁が同条第1項の規定に基づいて行った本件各賦課決定処分は適法である。

(6) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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