(平成25年6月4日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)が平成23年12月24日にした平成21年1月○日相続開始に係る相続税の申告について、無申告加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、当該申告は期限内申告であるなどとして、当該賦課決定処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成23年12月24日、平成21年1月○日(推定)に死亡したG(以下「本件被相続人」という。)を被相続人とする相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)について、請求人に係る課税価格を○○○○円、納付すべき税額を○○○○円とする相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)を原処分庁に提出して、相続税の申告をした。
ロ 原処分庁は、平成24年1月31日付で、本件申告書の提出により納付すべき税額○○○○円(国税通則法(以下「通則法」という。)第118条《国税の課税標準の端数計算等》第3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後の金額)を基礎として、通則法第66条《無申告加算税》第1項及び第2項の規定に基づき、無申告加算税の額を○○○○円とする無申告加算税の賦課決定処分(原処分)をした。
ハ 請求人は、原処分を不服として、平成24年3月26日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年5月24日に棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成24年6月20日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

イ 通則法第66条第1項本文は、期限後申告書の提出があった場合(同項第1号)には、同項ただし書に規定する期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由があると認められる場合を除き、当該期限後申告書の提出により納付すべき税額に100分の15の割合を乗じて計算した金額に相当する無申告加算税を課す旨規定し、同条第2項は、同条第1項の規定に該当する場合において、同項に規定する納付すべき税額が50万円を超えるときの無申告加算税の額は、同項の規定により計算した金額に、当該超える部分に相当する税額に100分の5の割合を乗じて計算した金額を加算した金額とする旨規定している。
ロ 相続税法第27条《相続税の申告書》第1項は、相続又は遺贈(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与を含む(相続税法第1条の3《相続税の納税義務者》第1号)。)により財産を取得した者は、当該被相続人からこれらの事由により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合において、その者に係る相続税の課税価格に係る所定の規定による相続税額があるときは、その相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内に課税価格、相続税額その他財務省令で定める事項を記載した申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない旨規定している。
ハ 民法第550条《書面によらない贈与の撤回》は、書面によらない贈与は、履行の終わった部分を除き、各当事者が撤回することができる旨規定している。
ニ 民法第554条《死因贈与》は、贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実については、請求人と原処分庁との間に争いはなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人と本件被相続人との関係及び本件被相続人の相続人等について
(イ) 請求人は、本件被相続人の従妹である。
(ロ) 本件被相続人は、平成21年1月○日(推定)に死亡した。
(ハ) 請求人は、平成21年2月19日、警察から連絡を受けたことにより、本件被相続人の死亡を知った。
(ニ) 本件被相続人の法定相続人は、本件被相続人の兄であるH(昭和59年5月○日死亡)を代襲した同人の子のJ(以下「本件相続人」という。)のみであった。
 なお、本件相続人は、平成22年4月14日、請求人から後記ロの訴訟を提起されて訴状の送達を受けたことにより、本件被相続人の死亡を知った。
ロ 請求人が本件相続人を被告として提起した訴訟について
(イ) 請求人は、a地方裁判所に対して平成22年3月23日付の訴状を提出して、本件相続人並びに本件被相続人が預金を有していた各金融機関(K銀行、L銀行及びM銀行。以下「本件各金融機関」という。)を被告とする所有権移転登記手続等請求訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起した。
 本件訴訟は、請求人が、平成20年4月23日に本件被相続人との間で本件被相続人の死亡を条件として本件被相続人がその全財産を請求人に贈与する旨の書面による死因贈与契約を締結しており、当該死因贈与契約に基づき本件被相続人の全財産の権利を取得したとして、まる1本件相続人に対して、本件被相続人が所有していた各不動産について、平成21年1月○日死因贈与を原因とする所有権移転登記手続を、まる2本件各金融機関に対して、本件被相続人が有していた各預金(K銀行の預金2億6,764万855円、L銀行の預金684万3,686円、及びM銀行の預金154万8,787円)について、その支払を、それぞれ求めたものであった。
(ロ) 請求人が、本件訴訟において、上記(イ)の死因贈与契約を締結したことの証拠として裁判所に提出した書証の要旨は、次のAないしDのとおりであった。
A 平成20年4月23日頃に本件被相続人が記載したとする「Eえ ゼンザイサンをEへヤル」との記載のあるノート(本件訴訟の甲第4号証)
B 請求人が作成し平成20年4月24日に本件被相続人に郵送したとする「…昨日お兄さんが『お前は夫が亡くなって大変だろうから俺がもしもの時は全財産やるよ。お前にやらなかったら国に持っていかれてしまうよ』とおっしゃった時は突然のことでびっくり呆然としてしまいました。…心底ありがたいことだと思っております。…財産を頂くから言う訳ではありませんが…お兄さんにもしもの時はeに納骨し、その後供養いたしますのでご安心ください。」と記載された手紙(本件訴訟の甲第5号証の1)
C 本件被相続人が作成し平成20年12月8日に請求人に荷物とともにゆうパックで配送されたとする「Eえ お前に全ざいさんをやる。しんぱいするな。」と記載された手紙(本件訴訟の甲第12号証)
D 請求人が作成し平成20年12月9日に本件被相続人に郵送したとする「…ゆうパック9:10ごろ受け取りました。…全財産をくださるとのこと 何とお礼を申し上げていいのやら、ただただありがたいことだと思っております。真にありがとうございます。」と記載された手紙(本件訴訟の甲第15号証の1)
(ハ) 本件相続人は、本件訴訟において、平成22年5月19日付の答弁書で、まる1上記(イ)の死因贈与契約が不成立である旨を主張するとともに、まる2仮に当該死因贈与契約が成立していたとしても、書面によらない死因贈与であり、贈与者である本件被相続人の包括承継人である本件相続人が当該死因贈与契約を撤回する旨を主張し、当該答弁書は、本件訴訟の第1回口頭弁論期日(平成22年5月19日)において陳述された。
(ニ) 請求人、本件相続人及び本件各金融機関は、平成23年12月○日、本件訴訟において、要旨、次の内容の訴訟上の和解(以下「本件和解」といい、本件和解に係る和解条項を「本件和解条項」という。)をし、本件訴訟は終了した。なお、本件和解は、訴訟代理人たる弁護士が関与して成立したものであった。
A 請求人と本件相続人は、本件被相続人と請求人との間の平成20年4月23日の死因贈与契約について、本件被相続人のK銀行g支店の定期預金1億7,000万円(平成21年1月○日現在の残高)のうち8,500万円の範囲において有効に成立し、これを請求人が取得することを確認する(本件和解条項第1項)。
B 請求人と本件相続人は、本件被相続人の財産のうち、上記A記載の財産を除く不動産、預金その他一切の財産を本件相続人が相続することを確認する(本件和解条項第2項)。
C K銀行は、上記Aの定期預金に係る預金契約を同行の預金規定に基づいて解約し、平成23年12月29日限り、支払日までの所定の約定利息を付し、法定の租税の源泉徴収税額を控除した金員のうち2分の1(円未満切り捨て)を請求人の訴訟代理人名義の銀行口座に振込む方法により請求人に支払い、残余金を本件相続人名義の銀行口座に振込む方法により本件相続人に支払う(本件和解条項第4項)。
ハ 本件申告書における申告内容について
 請求人は、本件申告書において、本件和解条項第1項のとおり、死因贈与により取得した財産の価額を上記ロの(ニ)のA記載の本件被相続人のK銀行g支店の定期預金1億7,000万円(平成21年1月○日現在の残高)のうち8,500万円(以下「本件預金」という。)とし、当該金額に既経過利子の額○○○○円を加算した○○○○円を取得財産の価額として、請求人の課税価格及び納付すべき税額を計算し、申告をした。

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2 争点

(1) 本件申告書は、相続税法第27条第1項に規定する「相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内」に提出された期限内申告書であるか否か(争点1)。
(2) 仮に、本件申告書が期限内申告書でなかった場合、期限内申告書の提出がなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があると認められるか否か(争点2)。

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3 主張

(1) 争点1について

イ 原処分庁
 本件において、本件被相続人は、請求人との間で、自らの死亡を停止条件として、自らの全財産を請求人に贈与する旨の死因贈与契約を締結しており、当該死因贈与契約は有効に成立している。そうすると、本件相続人との間に当該死因贈与契約の効力に係る争いがあって本件訴訟が係属中であっても、相続税法上租税債権の成立を妨げるものではなく、また、死因贈与の効力発生時期は贈与者の死亡時であり、死因贈与には民法第554条により遺贈の規定が準用されることなどからすると、請求人が本件被相続人の死亡を知った平成21年2月19日が、相続税法第27条第1項に規定する「相続の開始があったことを知った日」である。
 したがって、本件申告書は、期限後申告書である。
ロ 請求人
 民法第550条によれば書面によらない贈与は各当事者が撤回することができ、また、当事者が死亡した場合にはその相続人も撤回することができると解されるところ、本件において、請求人と本件被相続人との間の死因贈与契約に係る契約書は存在せず、また、本件相続人は、書面で死因贈与契約を撤回している。このため、本件訴訟において、裁判上の和解が成立し、あるいは請求人と本件被相続人との間の死因贈与契約が書面による贈与であると認定する判決が確定しない限り、請求人は死因贈与契約により本件被相続人の財産を取得することはできず、納付すべき税額等も確定しない。そうすると、本件においては、請求人が本件被相続人の死亡を知った日(平成21年2月19日)を「相続の開始があったことを知った日」ということはできず、「相続の開始があったことを知った日」とは、本件和解が成立した日(平成23年12月○日)である。
 したがって、本件申告書は、期限内申告書である。

(2) 争点2について

イ 請求人
 本件の場合、本件訴訟において、裁判上の和解が成立し、あるいは死因贈与契約が書面による贈与であると認定する判決が確定しない限り、請求人は死因贈与契約により本件被相続人の財産を取得することはできず、納付すべき税額等も確定しない。このような特殊な場合である本件において、本件和解が成立した日(平成23年12月○日)より前に、請求人が本件被相続人の財産を取得し、かつ、納付すべき税額等も確定したものとして、相続税の申告書を提出すべきであるとし、本件和解成立後に遅滞なく本件和解に基づき本件申告書を提出した請求人に対して無申告加算税を課すことは、余りにも過酷であり、そのような扱いは不合理である。
 したがって、仮に、本件申告書が期限後申告書であったとしても、請求人には、本件相続税の期限内申告書の提出がなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があると認められる。
ロ 原処分庁
 本件の場合、期限後申告となった理由は、単に請求人が税法の解釈を誤ったことによるものである。
 したがって、請求人には、本件相続税の期限内申告書の提出がなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとは認められない。

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4 判断

(1) はじめに

 本件申告書は、請求人が本件和解条項第1項のとおり本件被相続人から死因贈与により本件預金を取得したとして、請求人の課税価格及び相続税額が計算されたものである(上記1の(4)のロの(ニ)のA及びハ)ところ、本件和解は、訴訟の係属中に訴訟代理人である弁護士も関与して成立した訴訟上の和解であり(上記1の(4)のロの(ニ))、また、本件和解条項(上記1の(4)のロの(ニ))をみても、その文言自体が相互に矛盾し、又は文言自体によってその意味を了解し難いなど、和解条項それ自体に内包する瑕疵を含むような特別の事情は認められず、本件和解が本件和解条項のとおり有効に成立していることについては、請求人と原処分庁との間にも争いはない。
 そうすると、本件においては、本件和解条項第1項のとおり、請求人が本件被相続人から死因贈与により本件預金を取得したことを前提とすべきであり、以下においては、この前提に立った上で検討する。

(2) 争点1について

イ 法令解釈
 相続税法第27条第1項は、相続又は遺贈(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。)により財産を取得した者について、納付すべき相続税額があるときに相続税の申告書の提出義務が発生することを前提として、その申告書の提出期限を「相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内」と定めているものと解され、上記の「相続の開始があったことを知った日」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日を意味するものと解される。
ロ 当てはめ
(イ) 本件においては、本件和解条項第1項のとおり、請求人は本件被相続人から死因贈与により本件預金を取得したものである(上記(1))が、本件和解条項第1項は、当該死因贈与が書面によるものか否かについては明らかにしていない。
 しかるに、請求人が本件訴訟において裁判所に提出した各書証(上記1の(4)のロの(ロ))の客観的な記載のみから当該死因贈与が書面によるものであると認めることはできず、その他、当審判所の調査の結果によっても、当該死因贈与が書面によるものであると認めるに足りる証拠はないから、当該死因贈与は、書面によらないものとみるのが相当である。
(ロ) 上記(イ)のとおり、本件和解条項第1項の死因贈与は書面によらないものとみるのが相当であるところ、書面によらない贈与は、その履行が終わるまでは各当事者が自由にこれを撤回することができる(民法第550条)ため、それまでは目的財産は確定的に移転しておらず、いわば法律関係は当事者間で浮動の状態にあるものというべきである。
 そして、本件において、本件相続人は本件訴訟の訴状の送達を受けて初めて本件被相続人の死亡を知ったものであること(上記1の(4)のイの(ニ))からすると、本件被相続人と請求人との間で本件被相続人の全財産に係る死因贈与契約が成立していたとしても、本件被相続人の死亡後に唯一の法定相続人である本件相続人が当該死因贈与契約の存在を知れば、これを撤回する可能性が極めて高かったことが推認され、実際、本件相続人は、本件訴訟に係る答弁書において、主位的に当該死因贈与契約が不成立である旨を主張し、予備的に当該死因贈与契約を撤回する旨を主張していた(上記1の(4)のロの(ハ))。そうすると、本件和解の成立前の時点においては、本件被相続人の全財産を死因贈与により取得したとする請求人の権利は、極めてぜい弱なものであったといえることから、本件和解の成立前において請求人が自己のために相続の開始があったことを知ったものとは認められない。
(ハ) そして、本件和解により、請求人は、本件預金についてのみ死因贈与により取得することとなったものである(上記1の(4)のロの(ニ))ところ、このことは、本件相続人が、本件被相続人がその全財産を請求人に死因贈与する旨の死因贈与契約について、その一部を撤回したものとみるのが相当であり、本件和解により、当該一部撤回後の当該死因贈与契約の履行が確定したと認めるのが相当である。
 そうすると、請求人が自己のために相続の開始があったことを知ったのは、本件和解により当該死因贈与契約の履行が確定した日(平成23年12月○日)というべきである。
(ニ) 以上からすると、請求人については、本件被相続人との間の死因贈与契約の履行が確定した本件和解の日(平成23年12月○日)をもって、相続税法第27条第1項に規定する「相続の開始があったことを知った日」とするのが相当である。
(ホ) したがって、本件申告書は、本件和解の日である平成23年12月○日の翌日から10月以内である平成23年12月24日に提出された期限内申告書である。
 そうすると、請求人の主張には理由があり、本件申告書が期限後申告書であることを前提にされた原処分は違法である。

(3) 争点2について

 上記(2)のとおり、本件申告書は期限内申告書であるから、争点2について判断するまでもなく、原処分は違法である。

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5 原処分について

 上記4のとおり、本件申告書が期限後申告書であることを前提にされた原処分は違法であるから、その全部を取り消すべきである。

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