(平成26年7月4日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、民宿を営む審査請求人(以下「請求人」という。)から帳簿書類の提示がなかったとして、所得税の青色申告の承認の取消処分とともに、請求人の事業所得の金額及び消費税の課税標準額を推計して所得税並びに消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)の各更正処分等を行ったことに対し、請求人が、調査手続に違法があるなどとして、これらの処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 平成22年分及び平成23年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税について、審査請求(平成25年8月9日請求)に至る経緯及び内容は、別表1のとおりである。
 以下、平成25年3月13日付でされた平成21年分以後の所得税の青色申告の承認の取消処分及び本件各年分の所得税の各更正処分(平成25年7月9日付でされた異議決定によりいずれもその一部が取り消された後のもの)を「本件青色申告承認取消処分」及び「本件所得税各更正処分」という。
ロ 平成19年1月1日から同年12月31日まで及び平成20年1月1日から同年12月31日までの各課税期間(以下、順次「平成19年課税期間」及び「平成20年課税期間」といい、これらを併せて「本件各課税期間」という。)の消費税等について、審査請求(平成25年8月9日請求)に至る経緯及び内容は、別表2のとおりである。
 以下、平成25年3月13日付でされた本件各課税期間の消費税等の各決定処分及び無申告加算税の各賦課決定処分(同年7月9日付でされた異議決定によりいずれもその一部が取り消された後のもの)を「本件消費税等各決定処分」及び「本件消費税等各賦課決定処分」といい、本件青色申告承認取消処分、本件所得税各更正処分、本件消費税等各決定処分及び本件消費税等各賦課決定処分を併せて「本件各処分」という。

(3) 関係法令の要旨

イ 所得税法関係
(イ) 所得税法第148条《青色申告者の帳簿書類》第1項は、同法第143条《青色申告》の承認を受けている居住者(以下「青色申告者」という。)は、財務省令で定めるところにより、同条に規定する業務につき帳簿書類を備え付けてこれに事業所得の金額に係る取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存しなければならない旨規定している。
(ロ) 所得税法第150条《青色申告の承認の取消し》第1項第1号は、青色申告者につき、その年における同法第143条に規定する業務に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が同法第148条第1項に規定する財務省令で定めるところに従って行われていない場合には、納税地の所轄税務署長は、その年まで遡って、その承認を取り消すことができる旨規定している。
(ハ) 所得税法第156条《推計による更正又は決定》は、税務署長は、居住者に係る所得税につき更正又は決定をする場合には、その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額(その者の提出した青色申告書に係る年分の不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額並びにこれらの金額の計算上生じた損失の金額を除く。)を推計して、これをすることができる旨規定している。
(ニ) 所得税法第234条《当該職員の質問検査権》(平成23年法律第114号による削除前のもの。以下同じ。)第1項は、税務署の当該職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、納税義務がある者等に質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる旨規定している。
ロ 消費税法関係
 消費税法第62条《当該職員の質問検査権》(平成23年法律第114号による削除前のもの。以下同じ。)第1項は、事業者の納税地を所轄する税務署の当該職員は、消費税に関する調査について必要があるときは、納税義務がある者等に質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる旨規定している。

(4) 基礎事実

 次の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人の事業の概要等
(イ) 請求人は、平成元年頃から、e市f町○−○に所在する民宿兼居宅(以下「本件民宿」という。)において、屋号を「L」とする民宿を営んでいる。
(ロ) 本件民宿が所在するf○は、gにある島の一つで、○○海水浴場という海水浴場があり、本件民宿は、その海水浴場に接する道路に面した場所にある。
(ハ) 原処分に係る調査(以下「本件調査」という。)当時、請求人の妻であったMは、本件民宿において、主に掃除、洗濯に関する業務に従事していた。
(ニ) 本件民宿において請求人と同居していた者は、平成17年1月から平成19年6月までの間は、M、請求人の子であるNの2名であり、同年7月から平成21年5月までの間は、Mの1名であり、同年6月から平成23年4月までの間は、MとNの2名であり、同年5月から同年12月までの間は、Mの1名であった。
(ホ) 本件民宿に係る水道光熱費の額(電気料金の額、ガス料金の額及び水道料金の額の合計額をいう。以下同じ。)は、別表3の「水道光熱費の額」欄のとおり、平成17年が○○○○円、平成18年が○○○○円、平成19年が○○○○円、平成20年が○○○○円、平成22年が○○○○円及び平成23年が○○○○円であった。
ロ 請求人の確定申告等
(イ) 所得税
A 請求人は、原処分庁から、平成9年分以後の所得税の青色申告の承認を受けた。
B 請求人は、別表1の「確定申告(青色申告)」欄のとおり、納付すべき税額を○○○○円とする旨の本件各年分の所得税の各確定申告書を、いずれも法定申告期限後に原処分庁に提出した。
(ロ) 消費税等
A 請求人は、消費税法第2条《定義》第1項第3号に規定する個人事業者に該当するところ、平成19年課税期間以後の各課税期間の消費税等の各確定申告書をいずれも原処分庁に提出していない。
 なお、本件各課税期間に係る基準期間である平成17年1月1日から同年12月31日まで及び平成18年1月1日から同年12月31日までの各期間(以下、順次「平成17年課税期間」及び「平成18年課税期間」といい、これらを併せて「本件各基準期間」という。)に対応する請求人の平成17年分及び平成18年分の所得税の各確定申告書上における事業所得の総収入金額は、いずれも1,000万円以下であった。
B 請求人は、原処分庁に対し、消費税法第9条《小規模事業者に係る納税義務の免除》第4項に規定する同条第1項本文の規定(納税義務の免除)の適用を受けない旨を記載した「消費税課税事業者選択届出書」及び同法第37条《中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例》第1項に規定する同項の規定の適用を受ける旨を記載した「消費税簡易課税制度選択届出書」をいずれも提出していない。
ハ 請求人等に対する調査状況等
(イ) 平成24年8月29日の調査状況
A 平成24年8月29日午前、本件調査の担当者(以下「本件調査担当者」という。)は、請求人に事前通知することなく、本件民宿に臨場し、本件調査を開始した。
 本件調査担当者が、応対に出たMに対し、請求人の所在を尋ねたところ、Mは、請求人は洋上にて○○の実技指導をしている旨返答した。
 Mは、本件調査担当者の依頼を受け、自らの携帯電話を使用して請求人の携帯電話に電話をかけ、請求人に対し、本件調査担当者が来ている旨伝えた。
 その後、本件調査担当者が、Mの携帯電話を使用して、請求人に対し、税務調査のため臨場した旨伝えたところ、請求人は、○○の実技指導があるため今日は調査には対応できない旨述べた。
B 本件調査担当者は、請求人との電話を終えた後、本件民宿の1階にある民宿客用の食堂(以下「本件食堂」という。)において、Mから民宿業の概要等を聴取するとともに、Mに対し民宿業に係る書類の提示を求めた。
 本件調査担当者は、Mが提示した書類をデジタルカメラで撮影した後、本件民宿を辞去した。
 本件食堂は、本件民宿の玄関に隣接した部屋にあり、また、本件民宿の1階には本件食堂のほか請求人及びMの居宅等があり、本件民宿の2階には民宿客用の複数の部屋がある。
(ロ) その後の調査状況
A 本件調査担当者は、請求人に対し、電話又は文書にて、複数回にわたり調査への協力と帳簿書類の提示を求めた。
B 本件調査担当者は、本件調査の期間中、請求人と面談したことはなく、請求人は、本件調査担当者に平成17年分から平成23年分までの帳簿書類を提示したことはない。
ニ 原処分
(イ) 原処分庁は、本件調査の際、請求人が本件調査担当者に対して青色申告者が備え付けて保存していなければならない帳簿書類を提示しなかったことは、帳簿書類の備付け、記録又は保存が所得税法第148条第1項に規定する財務省令で定めるところに従って行われていないことになり、このことは、同法第150条第1項第1号に規定する青色申告の承認の取消事由に該当するとして、平成25年3月13日付で、本件青色申告承認取消処分を行った。
(ロ) 原処分庁は、本件各年分の所得税について、請求人の水道光熱費の額から家事費相当額の水道光熱費の額を控除した額を基礎に、推計の方法により事業所得の金額を算定して、平成25年3月13日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおり、各処分を行った。
(ハ) 原処分庁は、本件各課税期間の消費税等について、請求人を消費税等の納税義務者であると認定した上で、請求人の水道光熱費の額から家事費相当額の水道光熱費の額を控除した額を基礎に、推計の方法により消費税の課税標準額を算定して、平成25年3月13日付で、別表2の「決定処分等」欄のとおり、各処分を行った。
(ニ) 上記(ロ)及び(ハ)における請求人の水道光熱費の額として、原処分庁は、本件民宿に係る水道光熱費の額に、e市f町○−○に所在し、屋号を「P」とする喫茶店(以下「本件喫茶店」という。)に係る電気料金の額を加算していたが、異議審理庁は、本件民宿に係る水道光熱費の額のみとし、平成25年7月9日付で、別表1及び別表2の各「異議決定」欄のとおり、上記(ロ)の各処分及び上記(ハ)の各処分につきいずれもその一部を取り消した。

(5) 争点

争点1 本件調査の手続に本件各処分を取り消すべき違法があるか否か。
争点2 請求人が帳簿書類を提示しなかったことが、青色申告の承認の取消事由に該当するか否か。
争点3 本件各課税期間の消費税等の納税義務があるか否か。
争点4 推計の方法による課税の必要性があるか否か。
争点5 推計の方法による課税に合理性があるか否か。

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2 主張

(1) 争点1(本件調査の手続に本件各処分を取り消すべき違法があるか否か。)

請求人 原処分庁
 以下のとおり、本件調査の手続には、本件各処分を取り消すべき違法がある。  以下のとおり、本件調査の手続には、本件各処分を取り消すべき違法はない。
イ 質問検査権の要件の欠如
 税務調査は、提出された納税申告書に誤りがあるとか、過少申告や無申告であるという合理的な疑いがもたれた場合に、その疑いに基づいてその納税義務者に対して個別に行われるべきものであって、一定の地域の同業者に対してしっ皆的に行われるべきものではない。
 また、質問検査権は、客観的な必要性があると判断される場合にその行使が初めて許されるものであり、かつ、この客観的な必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度において認められるものである。
 しかしながら、平成24年8月下旬、原処分庁は、請求人を含めf島で旅館、民宿等を営む納税者に対して、各調査を行った(以下、この各調査を「本件各調査」という。)。
 原処分庁による本件各調査は、f島の観光業の最盛期に、しっ皆的に無予告で一斉に行われ、その調査の態様も警察による一斉捜査のような異常なものであった。
 現に、本件各調査の影響で、平成25年にはf島内の一施設がゴールデンウィークの営業を取りやめた結果、約200人余りの観光客がf島に来ないなど観光客の減少が明らかに見られ、本件各調査は、f島の観光業に対する重大な妨害行為であった。
 以上のとおり、本件各調査は、税務調査を行うべき合理的な疑いや、質問検査の客観的な必要性がないにもかかわらず行われたものであり、被調査者の私的利益との衡量においても社会通念上相当な限度を超えたものであるから、本件各調査の一環として行われた本件調査は違法となる。
イ 所得税法第234条及び消費税法第62条の各規定による質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当な範囲にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解されているところ、本件調査担当者が、本件調査において、社会通念を逸脱して質問検査権を濫用するなどの違法な調査を行った事実は存しない。
ロ 事前通知の欠如
(イ) 本件各調査が開始された平成24年8月29日当時、原処分庁は、国税庁作成の昭和51年4月1日付の「税務運営方針」に従うべき義務があったところ、「税務運営方針」には「一般の調査においては、事前通知の励行に努め」ると記載されているにもかかわらず、原処分庁はこれに違反した。
(ロ) 平成25年1月1日から施行された国税通則法(以下「通則法」という。)第74条の9《納税義務者に対する調査の事前通知等》第1項は、税務署長等は納税義務者に対する実地の調査について原則として当該納税義務者に対して事前通知をすべき旨規定し、通則法第74条の10《事前通知を要しない場合》は、税務署長等が保有する情報に鑑み、違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれその他国税に関する調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合には、通則法第74条の9第1項に規定する事前通知を要しない旨規定している。
 そして、平成24年9月12日付の国税庁長官通達「調査手続の実施に当たっての基本的な考え方等について(事務運営指針)」(以下「本件事務運営指針」という。)の第1章「基本的な考え方」において、上記各規定は「従来の運用上の取扱いが法令上明確化されたところである」と示されていることからすると、上記各規定はそれまでの取扱いを明文化したにすぎないから、平成25年1月1日よりも前に開始された調査であっても、通則法第74条の10の要件に該当する場合にのみ、事前通知を要しないことになる。
 これを本件についてみると、本件各調査はいずれも事前通知をせずに行われているが、全ての被調査者に、事前通知をすることによって調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあったとは到底考えられないから、本件各調査の一環として行われた本件調査は、通則法第74条の10の要件を満たしておらず、同条は従来の運用上の取扱いを明文化したものであるから、従来の運用上の取扱いに違反しており、違法である。
ロ 質問検査の実施の日時場所の事前通知は、質問検査を行う上の法律上の一律の要件とされているものではなく、上記イのとおり、所得税法第234条及び消費税法第62条の各規定による質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当な範囲にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解されている。
 また、通則法第74条の10の規定は、平成25年1月1日以後に通則法第74条の9第3項第1号に規定する納税義務者に対して行う同条第1項に規定する質問検査等(経過措置調査等に係るものを除く。)について適用されるものであり、本件調査担当者が本件調査に着手した平成24年8月29日時点において、事前通知を行わなければならない旨を定めた法令の規定はない。
 なお、通則法第74条の10の規定のとおり、事前通知を行うことは、実地の検査において、質問検査を行う上の法律上の一律の要件と定められているものではない。
 したがって、事前通知を行わずに行った本件調査は何ら違法ではなく、このことは「税務運営方針」及び本件事務運営指針と何ら矛盾するものではない。
ハ Mに対する質問検査権行使の違法
(イ) 本件調査担当者が本件民宿に臨場した平成24年8月29日、請求人は、本件民宿に不在であったため、電話で本件調査担当者に対して日を改めて調査に来てもらいたい旨伝え、本件調査担当者はこれを了解した。
 しかしながら、本件調査担当者は請求人との上記了解事項をほごにし、対応したMの制止にもかかわらず本件民宿に立ち入った。
(ロ) そして、本件調査担当者は、請求人の了解を得ることなく、本来質問検査権の受忍義務のないMに対し、事業の内容等について回答を強要し、また、帳簿書類の提示を求めて、平成24年分の「予約帳」及び「お客様ノート」をデジタルカメラで撮影した。
(ハ) さらに、本件調査担当者は、Mに対し、「奥さん、これならサラリーマンの妻の方がよかった。」等の暴言を吐き、Mを威嚇した。
(ニ) Mは、本件調査担当者の上記(イ)から(ハ)までの行動に対して多大な恐怖感を抱き、精神的に不安定な状態に陥り、民宿の業務に従事できなくなったため、請求人は、Mの労働を補うためにアルバイトを雇うこととなり、民宿の営業に大きなマイナスが生じた。
 また、本件調査を契機として、○○○○を余儀なくされた。
 これは単に、本件調査が違法というだけではなく、人道上の問題を引き起こし、重大な損失を請求人とMに与える結果となった。
(ホ) 以上のとおり、本件調査担当者は、質問検査権を濫用しており、本件調査は、任意調査の限界を超えた違法なものである。
ハ 本件調査担当者は、平成24年8月29日、請求人に対して、調査のため臨場した旨を告げた上で、Mから仕事の内容などを聞かせてもらいたい旨述べたところ、請求人は了承した。
 また、本件調査担当者は、Mに対して、分かる範囲で事業内容を聞かせてもらいたい旨依頼したところ、Mはこれを了承し、本件調査担当者を本件食堂に案内したため、本件調査担当者は本件食堂で事業内容の調査を行った。
 そして、本件調査担当者は、Mから、平成24年7月以降の予約状況等が記載された大学ノートの提示を受け、Mの了承を得た上で、当該大学ノートをデジタルカメラで撮影した。
 このように、本件調査担当者は、請求人及びMに対して、調査に対する協力を要請し、両名の了承を得て調査を行っており、請求人が主張するような、制止にもかかわらず立ち入った(「請求人」欄のハの(イ))、強要した(同(ロ))、また、暴言を吐き威嚇した(同(ハ))と評価される事実経過はなく、質問検査権の行使において、違法と評価される事実は存しない。
ニ 調査理由の不開示
 請求人は、本件調査担当者に対し、無予告で一斉に本件各調査を行った理由の説明を求めたにもかかわらず、本件調査担当者は、請求人に対し、これを開示しなかった。
 したがって、本件各調査は違法であり、本件各調査の一環として行われた本件調査も違法となる。
ニ 税務調査を行うに当たって、調査の理由を開示しなければならない旨を定めた法令の規定はないから、これを行わないで調査したとしても、何ら違法ではない。
 また、本件調査において、本件調査担当者は、請求人に対し、所得金額の確認のためである旨を告知している。

(2) 争点2(請求人が帳簿書類を提示しなかったことが、青色申告の承認の取消事由に該当するか否か。)

原処分庁 請求人
 所得税法第150条第1項第1号は、青色申告者につき、その年における同法第143条に規定する業務に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が同法第148条第1項に規定する財務省令で定めるところに従って行われていないことに該当する事実がある場合には、納税地の所轄税務署長は、当該年分まで遡って、青色申告の承認を取り消すことができる旨規定している。
 そして、所得税法第148条第1項に規定する帳簿書類の備付け、記録又は保存とは、単に帳簿書類が物理的に存在することを意味するものではなく、同法第234条の規定に基づく税務職員の求めに応じ、それを提示することが当然の前提と解されている。
 本件調査担当者は、請求人に対し、平成24年8月29日から平成25年1月16日までの間、再三にわたり、電話又は文書で、帳簿書類の提示を求めたが、請求人は、平成24年12月11日に帳簿は作成していない旨及び必要経費に係る領収証等を廃棄した旨等を申し立てるなどして、帳簿書類を本件調査担当者に何ら提示しなかった。
 また、上記(1)の「原処分庁」欄のとおり、本件調査は適法に行われ、本件調査担当者が請求人を威圧するような言動をしたことはないから、請求人が帳簿書類を提示しなかったことに正当な理由はない。
 このように、請求人が正当な理由なく帳簿書類を提示しなかったことは、青色申告に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が所得税法第148条第1項に規定する財務省令で定めるところに従って行われていないことになり、このことは、同法第150条第1項第1号に規定する青色申告の承認の取消事由に該当する。
 上記(1)の「請求人」欄のとおり、本件調査は違法であるところ、本件調査担当者は、違法状態を是正するための努力をしないばかりか、請求人を威圧するような言動に終始した。
 このように、請求人は、本件調査の違法状態が全く解消されなかったことから、本件調査担当者の帳簿書類の提示要請に応じなかったものであり、請求人が本件調査担当者に対し帳簿書類を提示しなかったことには正当な理由があるから、所得税法第150条第1項第1号に規定する青色申告の承認の取消事由に該当しない。

(3) 争点3(本件各課税期間の消費税等の納税義務があるか否か。)

原処分庁 請求人
 請求人は、本件調査担当者に対し、帳簿書類を一切提示しなかったため、原処分庁は、本件各基準期間における課税売上高を実額によって算定することができないと認め、やむを得ず推計の方法によって算定した。
 原処分庁は、本件各基準期間における課税売上高を算定するに当たり、請求人と業種、業態の類似する同規模程度の同業者(以下「類似同業者」という。)の抽出基準として、1Q国税局管内において民宿業を営む個人、2青色申告者、3青色事業専従者のいない者、4海水浴場の近隣で営業している者(事業所の行政区域が海水浴場と同じ町名又は町名がない場合は同じ字である者)、5不服申立て又は訴訟係属中でない者、6水道光熱費の額が、請求人のそれの2分の1以上2倍以下の者という条件を設定し、本件各基準期間における類似同業者を別表4のとおり選定し、平成17年及び平成18年の水道光熱費の額(別表3の「差引水道光熱費の額」欄の金額)を基礎として、当該金額を類似同業者の水道光熱費率(総収入金額に対する水道光熱費の額の割合をいう。以下同じ。)の平均値(以下「平均水道光熱費率」という。)で除して当該各年分の総収入金額を計算し、当該総収入金額に類似同業者の課税売上高割合(総収入金額に占める課税売上高の割合をいう。以下同じ。)の平均値(以下「平均課税売上高割合」という。)を乗じる方法で、本件各基準期間における課税売上高を算定した。
 そして、本件各基準期間における課税売上高は、別表5の「平成17年課税期間」欄及び「平成18年課税期間」欄の各「課税売上高」欄の金額のとおりとなり、いずれも1,000万円を超えているから、請求人は、本件各課税期間の消費税等の納税義務がある。
 原処分庁は、本件調査により、平成17年分及び平成18年分の所得税について、青色申告の承認の取消処分や更正処分をしていないから、当該各年分の所得税の各確定申告書及び各青色申告決算書に記載された事業所得の総収入金額は、いずれも正しい金額として確定している。
 そして、原処分庁は、上記のとおり確定している上記各年分の事業所得の総収入金額を無視して、所得税とは独立して消費税についてのみ本件各基準期間における課税売上高を推計の方法によって求めているが、これは、税法の求める法的安定性及び予測可能性を否定するものであり、原処分庁がこれを可能とする法的根拠を明らかにしないことからも、法的根拠がないことは明らかである。
 そうすると、請求人の上記各年分の確定申告における事業所得の総収入金額はいずれも1,000万円以下であり、請求人において事業所得の総収入金額と消費税の課税売上高とは一致しているから、本件各基準期間における課税売上高は1,000万円以下となり、請求人は、本件各課税期間の消費税等の納税義務はない。

(4) 争点4(推計の方法による課税の必要性があるか否か。)

原処分庁 請求人
 本件調査担当者は、請求人に対し、再三にわたり、事業所得の金額の算定に必要な帳簿書類の提示を求めたところ、請求人は、正当な理由なく帳簿書類を一切提示せず、また、請求人の確定申告書に記載された事業所得の金額を正当とする具体的な説明もせず、調査に対して全く協力しなかった。
 このような状況の下では、原処分庁は、本件各年分の事業所得の金額及び本件各課税期間の消費税の課税標準額を実額によって算定することができないと認め、やむを得ず推計の方法によって事業所得の金額等を算定したものであるから、推計の方法による課税の必要性があった。
 以下のとおり、推計の方法による課税の必要性はない。
イ 請求人が作成している「予約帳」、「お客様ノート」等により事業所得の金額を算定することができるところ、上記(2)の「請求人」欄のとおり、請求人が本件調査担当者に対し帳簿書類を提示しなかったことには正当な理由があるから、本件各年分の所得税を推計の方法により課税する必要性はない。
ロ 上記(3)の「請求人」欄のとおり、請求人は、本件各課税期間の消費税等の納税義務はないから、原処分庁は、本件各課税期間の消費税等を課税することはできない。
 仮に、消費税等の納税義務があるとしても、請求人が作成している「予約帳」、「お客様ノート」等により課税標準額を算定することができるところ、上記(2)の「請求人」欄のとおり、請求人が本件調査担当者に対し帳簿書類を提示しなかったことには正当な理由があるから、本件各課税期間の消費税等を推計の方法により課税する必要性はない。

(5) 争点5(推計の方法による課税に合理性があるか否か。)

原処分庁 請求人
 以下のとおり、原処分庁が採用した推計の方法には合理性がある。
イ 原処分庁は、本件各年分の事業所得の金額を推計の方法により算定するに当たり、上記(3)の「原処分庁」欄の1から6までの抽出基準を設定し、本件各年分の類似同業者を別表6のとおり選定した上、本件各年分の水道光熱費の額(別表3の「差引水道光熱費の額」欄の金額)を基礎として、当該金額を類似同業者の平均水道光熱費率で除して本件各年分の総収入金額を計算し、当該総収入金額に類似同業者の所得率(青色申告者に限り認められている特典を受けないものとして計算し直した所得金額の総収入金額に対する割合をいう。以下同じ。)の平均値(以下「平均所得率」という。)を乗じる方法で本件各年分の事業所得の金額を算定した。
ロ 原処分庁は、本件各課税期間の消費税の課税標準額を推計の方法により算定するに当たり、上記イの抽出基準に基づき、本件各課税期間における類似同業者を別表7のとおり選定した上、平成19年及び平成20年の水道光熱費の額(別表3の「差引水道光熱費の額」欄の金額)を基礎として、当該各金額を類似同業者の平均水道光熱費率で除して当該各年分の総収入金額を計算し、当該各総収入金額に類似同業者の平均課税売上高割合を乗じて計算した本件各課税期間の課税売上高に105分の100を乗じる方法で本件各課税期間の消費税の課税標準額を算定した。
ハ 類似同業者の平均値による推計の場合、推計の基礎となる各類似同業者の営業条件に差があるのはむしろ当然のことであって、推計方法が業種の同一性、業態の近似性、営業規模の一応の類似性及び平均値算出過程の整合性等推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、それが当該推計を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これをしんしゃくすることを要しないと解されている。
 原処分庁は、請求人と業種、業態の類似する同規模程度の青色申告者を選定し、その平均水道光熱費率及び平均所得率により事業所得の金額を、その平均水道光熱費率及び平均課税売上高割合により消費税の課税標準額を、それぞれ推計しているから、推計の合理性は十分に確保されている。
 以下のとおり、原処分庁が採用した推計の方法には合理性がない。
イ 事業所の行政区域が海水浴場と同じ町名又は町名がない場合は同じ字である者という類似同業者の抽出基準では、請求人のように海水浴場に面する場所で民宿業を営む者が必ず抽出されるとは限らないから、このような抽出基準には合理性がない。
 また、原処分庁は、類似同業者の事業所が所在する町名又は字名を示していないから、選定された類似同業者が請求人と類似しているかどうか全く不明であり、これは、請求人の反論の機会を奪うものであるから、原処分庁が採用した推計の方法には合理性がない。
 次に、原処分庁が採用した類似同業者の水道光熱費率は、平成22年分で5.41%から8.59%まで、平成23年分で5.79%から9.43%までとかなりの較差があり、また、原処分庁が採用した類似同業者の所得率は、平成22年分で4.82%から39.11%まで、平成23年分で3.82%から37.04%までとかなりの較差があるから、このように較差のある類似同業者の平均水道光熱費率及び平均所得率を用いた推計の方法には合理性がない。
 さらに、請求人には、1本件民宿が所在するe市の水道料金は他の地域の水道料金と比べて割高である、2海水浴場に面した場所で営業する民宿にあっては、海水浴をした民宿客が体に付いた海水を落とすために多量の水道水を使用する、3民宿業の一環として○○の貸出しを行っており、その洗浄のために多量の水道水を使用するという特殊事情があるところ、これらの特殊事情を考慮すれば、請求人の総収入金額は、類似同業者の平均水道光熱費率を基に計算した総収入金額と比べて10%程度低い金額となる。
 したがって、上記特殊事情を考慮していない原処分庁の推計の方法には合理性がない。
ロ 上記(3)の「請求人」欄のとおり、請求人には、本件各課税期間の消費税等の納税義務はない。
 仮に、請求人に本件各課税期間の消費税等の納税義務があったとしても、原処分庁が採用した類似同業者の水道光熱費率は、平成19年課税期間で4.58%から10.91%まで、平成20年課税期間で4.72%から8.26%までとかなりの較差があるから、このように較差のある類似同業者の平均水道光熱費率を用いた推計の方法には合理性がない。
 加えて、上記イのとおり、類似同業者の抽出基準は合理性がなく、また、選定された類似同業者が請求人と類似しているかどうか全く不明であり、さらに、請求人の特殊事情を考慮せずに、本件各課税期間の消費税の課税標準額を算定した原処分庁の推計の方法には合理性がない。

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3 判断

(1) 争点1(本件調査の手続に本件各処分を取り消すべき違法があるか否か。)

イ 法令解釈
 所得税法第234条第1項及び消費税法第62条第1項の各規定は、税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査をすべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、所得税法第234条第1項各号及び消費税法第62条第1項各号規定の者に対し質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、上記にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解される。
 そして、適正公平な課税目的の実現という質問検査制度の目的に鑑み、質問検査の客観的な必要性があると判断される場合とは、過少申告の疑い等が具体的に認められる場合だけに限らず、広く申告の真実性あるいは正確性を調査するために必要がある場合も含まれるものと解され、また、この場合、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行う上の法律上一律の要件とされているものではない。
ロ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 請求人の申告状況等
 平成17年分から平成23年分までの請求人に係る所得税の各確定申告書及び本件調査担当者の当審判所に対する答述によれば、次の事実が認められる。
A 請求人は、本件調査の開始時点(平成24年8月29日)において、平成23年分の所得税の確定申告書を提出していなかった。
 なお、請求人は、平成23年分の所得税の確定申告書を平成24年10月4日に提出した。
B 平成17年分から平成22年分までの所得税の各確定申告において、請求人は、平成19年分の確定申告書は法定申告期限内に提出したが、平成19年分以外の年分の各確定申告書はいずれも法定申告期限後に提出した。
C 上記1の(4)のロの(ロ)のAのとおり、請求人は、平成19年課税期間以後の各課税期間の消費税等の各確定申告書をいずれも提出していなかった。
D 原処分庁は、請求人の業種、業態及び上記AからCまでの申告状況を前提として、民宿業がいわゆる現金商売であることなどから、ありのままの事業実態等を把握した上で、請求人の事業所得の金額等を確認する必要性があるとして、本件調査担当者は、事前通知をしないで後記(ロ)のAの(A)のとおり、本件調査を開始した。
(ロ) 本件調査の状況
 原処分関係資料及び平成24年8月29日に本件民宿に臨場した本件調査担当者2名の当審判所に対する各答述(以下「本件調査担当者2名の各答述」という。)によれば、次の事実が認められる。
A 平成24年8月29日
(A) 本件調査の開始
 本件調査担当者は、午前10時頃、事前通知をしないで、本件民宿に臨場して本件調査を開始した。
 当日、本件民宿に臨場した本件調査担当者は2名であった。
(B) 請求人とのやり取りの状況
a 上記1の(4)のハの(イ)のAのとおり、本件調査担当者は、携帯電話で、請求人に対して、税務調査のため臨場した旨伝えているところ、その際、請求人の平成23年分の所得税の確定申告書が提出されておらず、平成21年分から平成23年分までの所得税の調査をする、そして、必要がある場合には消費税等の調査をする旨を告げ、当該各年分の帳簿書類を準備するよう依頼したのに対し、請求人は、上記1の(4)のハの(イ)のAのとおり、当日の調査には対応できない旨述べた。
 これを受け、本件調査担当者は、当日は請求人との面談は行わないこととし、請求人に対し、翌週水曜日(平成24年9月5日)に再度臨場したいので、翌週月曜日(同月3日)に改めて電話をする旨を告げるとともに、「せっかく伺ったので、可能な範囲で奥さんから仕事の内容を聞かせてもらいたい。」旨伝えたところ、請求人は、「はい。」と答えてこれを承知したので、本件調査担当者は、「では、そのようにさせてもらいます。」と答えた。
 そして、上記1の(4)のハの(イ)のB及び後記(C)のとおり、本件調査担当者は、Mに対する質問調査に移行した。
b 本件調査担当者と請求人との間の上記aの携帯電話でのやり取りにおいて、請求人から、Mは申告や帳簿のことは全く分からないといった話や、今日は何もせずに帰ってほしいであるとか、本件民宿の中に入るのはやめてほしいといった話はなかった。
(C) Mとのやり取りの状況
a 上記1の(4)のハの(イ)のBのとおり、本件調査担当者は、請求人との電話を終えた後、Mに対し、同人の分かる範囲で請求人の事業内容等を教えてほしい旨依頼したところ、Mは、これを承諾し、本件調査担当者を本件食堂に案内した。
b Mは、本件食堂において、本件調査担当者による上記1の(4)のハの(イ)のBの民宿業の概要等の聴取に対し、要旨次のとおり申述した。
(a) Mは、本件民宿の掃除及び洗濯並びに現金で受領した宿泊代の金融機関への預入れを行っているが、民宿客の食事の支度等その他の業務は専ら請求人が行っている。
(b) 本件民宿を開業するに当たり、請求人は、本件民宿の購入費用及び改装費用に充てるため、R信用組合から2,500万円を借り入れた。
 本件民宿の開業後約5年間は、一夏に約400万円のもうけがあって年間の利益もあったが、徐々に利益が減少し、最近は借入金の返済も思うようにいっていない。
 サラリーマンの妻であれば、収入が安定しており、借入金の返済で苦労することもなく、自身や子供が商売の手伝いをする必要もないので、サラリーマンの妻は商売人の妻より楽であると思う。
c 本件調査担当者は、Mに対し、宿泊台帳や予約帳の有無を尋ねたところ、Mは、宿泊台帳は作成しておらず、宿泊客からの予約は、大学ノートに線を引いたものに記載している旨述べた。
 そこで、本件調査担当者は、上記1の(4)のハの(イ)のBのとおり、Mに対して民宿業に係る書類の提示を求めることにし、上記大学ノートの提示を依頼したところ、Mは、これを承諾し、本件調査担当者に対し、平成24年7月9日から同年9月9日までの予約状況が記載された大学ノート1冊(以下「本件予約帳」という。)を提示した。
 そして、本件調査担当者は、Mの承諾を得て、本件予約帳をデジタルカメラで撮影した。
 当日、Mが本件調査担当者に提示したのは本件予約帳のみであった。
d 本件調査担当者は、請求人との電話でのやり取り及びMに対する質問調査等の時間を含め、本件民宿に約1時間滞在していたが、この間、Mが、本件調査担当者からの質問調査を拒否したり、本件調査担当者に本件民宿からの退去を求めたりしたことはなく、当日の調査において、本件調査担当者は、本件民宿の玄関及び本件食堂以外の場所には立ち入ったことはなかった。
B 平成24年9月3日
 本件調査担当者は、上記Aの(B)のaのとおり請求人に電話をする旨告げていたので、平成24年9月3日午前9時30分頃、同月5日の面談時間を確定するために請求人に電話をかけたところ、請求人は、同日の面談について約束していない、調査は土曜日か日曜日にしてほしい旨述べた。
 これを受け、本件調査担当者は、平日に調査を行うことへの協力を求めたが、請求人から面談可能な具体的な日程が告げられることはなく、また、請求人が○○業の手伝いをしている最中であると述べたため、本件調査担当者は、改めて電話をかける旨述べた上で電話を終えた。
C 平成24年9月4日から同年12月10日まで
 平成24年9月4日から同年12月10日までの間、本件調査担当者は、請求人に対し、複数回電話をかけたが請求人が電話に出ることはなく、本件調査担当者への連絡を依頼する内容の「連絡表」と題する文書を8回にわたり送付するなどしたが請求人からの連絡はなかった。
 また、上記8回のうち、平成24年10月12日、同年11月2日、同月13日、同月21日及び同年12月3日の各日付の「連絡表」と題する文書においては、本件調査担当者は、請求人に対し、帳簿書類を提示して本件調査に協力することを要請したが、請求人から帳簿書類の提示はなかった。
D 平成24年12月11日
 本件調査担当者は、平成24年12月11日午後2時頃、請求人に電話をかけ、請求人に対し、面談日時の設定及び帳簿書類の提示を要請したところ、請求人は、本件調査担当者に対し、本件各調査を行った理由の開示を求めるとともに、Mに対する暴言について申し述べた上、銀行調査も行っているのであるから、調査は終了しているはずである旨申し述べた。
 これに対し、本件調査担当者は、請求人に対し、本件各調査を行った理由については守秘義務があるため説明できない、Mに対して暴言を吐いた事実はない旨返答するとともに、請求人の確定申告書に記載された所得金額などが正しいかどうか確認するために帳簿書類を提示してほしい旨依頼したが、結局、請求人はこれに応じなかった。
E 平成24年12月12日から平成25年3月13日まで
 上記Dの後、本件調査担当者は、請求人に対し、平成17年分から平成23年分までの帳簿書類を提示して本件調査に協力することなどを要請する内容の「連絡表」と題する文書を複数回送付したが、請求人から帳簿書類の提示はなかった。
 そして、原処分庁は、平成25年3月13日付で、上記1の(4)のニの(イ)から(ハ)までの各処分をした。
F 請求人の答述について
(A) 上記Aの(C)の状況につき、請求人は、上記2の(1)の「請求人」欄のハの(イ)及び(ロ)のとおり、本件調査担当者がMの制止にもかかわらず本件民宿に立ち入り、Mに対し事業の内容等についての回答を強要し、また、帳簿書類の提示を求めて平成24年分の「予約帳」及び「お客様ノート」をデジタルカメラで撮影した旨主張し、当審判所に対し、本件調査担当者が、本件食堂に無理やり上がり込み、Mを威嚇した旨、平成24年分の「予約帳」及び「お客様ノート」をデジタルカメラで撮影した旨答述するので、これについて検討する。
 なお、Mと当審判所の面談について、請求人は、本件調査により、Mが体調を崩して床につき、その状態は審査請求時にも続いている旨主張し、当審判所に対しても、上記体調を理由にMに会うことはできない旨答述して当該面談を拒否しているので、この状況について検討する答述は、請求人の答述と本件調査担当者2名の各答述となる。
 請求人は、平成24年8月29日の調査の際の具体的状況に関しては、要旨、本件調査担当者が、事業主である請求人の了解を得ずに、本件民宿に立ち入り、書類を見たので、請求人としては勝手に本件食堂に上がり込まれたと主張するもので、当審判所に対し、当日の状況については、「当日、自宅に帰った後、妻から、本件調査担当者が、私との電話の後、無理やり本件食堂に上がってきたことを聞きました。」、「(本件調査担当者は)『上がらしてくれ。』と言って入ってきたようです。」、「(Mは入るのはやめてほしいと言ったり、手で止めたりは)していません。そんなことはできません。」、「(本件調査担当者はMに対する暴言、威嚇行為として)『奥さん、これならサラリーマンの妻の方がよかった。サラリーマンの妻の方が楽ですね。』といった発言をしたそうです。」旨答述し、Mが本件予約帳を本件調査担当者に提示した際に本件調査担当者が捜索的行為をしたか否かについては、「不特定多数の人が見られるような場所に置いてあるので、すぐに見れたのではないか。」として、当該行為があったことを否定する趣旨の答述をしている。
 そうすると、客観的外形的事実関係としては、本件調査担当者が本件民宿に立ち入る際、Mの制止などの拒絶行為はなく、また、本件予約帳は本件食堂にあったものを捜索によらず確認、撮影したという事実関係を、この点に関して一致する請求人の答述と本件調査担当者2名の各答述により認めることができる。
 このような客観的外形的事実関係は、本件調査担当者が、平穏に承諾の上で本件民宿へ立ち入り、任意に本件予約帳の確認に至ったものとみるべきものであり、仮に、本件調査担当者が、本件民宿に無理やり立ち入り、Mを威嚇して本件予約帳を提示させたというのであれば、無理やりないし威嚇の状況を認定する根拠となるべき事実関係が伴うはずであり、そのような事実関係がなければ、無理やりないし威嚇の状況が存在するとみるのは不自然である。
 そして、そのような無理やりないし威嚇の状況を認定する根拠となるべき事実関係の有無について検討すると、「上がらしてくれ。」という言葉及び請求人が暴言とする上記発言には、本件民宿への立入りが無理やりであることや質問調査に対する回答、帳簿書類の提示が威嚇による強要であるという評価につながる内容はなく、請求人の答述のその他の部分にも、本件調査担当者が無理やり本件食堂に上がり込んでMを威嚇した旨の概括的で具体性を欠くものがあるものの、請求人が答述する上記状況を示す具体的な事実関係は見当たらない。
 したがって、本件調査担当者が無理やり本件食堂に上がり込んでMを威嚇した旨の請求人の上記答述は、上記客観的外形的事実関係に照らして不自然である。
 そして、請求人の上記答述は、不自然さに加え、内容が伝聞であること及び具体的な事実関係を摘示していないことを併せ考慮すれば、無理やりないし威嚇された旨の請求人の答述は推測を述べたものであって、信用性は低いと考えられる。
 これに対し、上記Aの(C)のbのMの本件調査担当者に対する申述及び本件調査担当者2名の各答述は、上記客観的外形的事実関係に照らし不自然な点はなく、また、本件調査担当者2名の各答述は具体的で、上記BからEまでのその後の本件調査の経過に関する事実関係全体にわたって不自然な点はなく、さらに、相互に矛盾することなく整合しているから、信用性が高い。
(B) 請求人は、上記Aの(B)の状況につき、請求人と本件調査担当者の間では、当日は本件民宿に立ち入らず質問調査を後日にするという了解事項があること、また、本件調査担当者がMに対して質問調査をし帳簿書類の提示を受けたことが事業主である請求人の了解を得ないものである旨主張し、これに沿って、当審判所に対し、上記Aの(B)の本件調査担当者との電話でのやり取りの際には、本件調査担当者からMに質問させてほしいという話はなく、請求人が「(本件調査担当者に)妻は会計は分かりません。後日にしてください。」と言った旨答述し、また、当審判所に提出した「税務調査での経過」と題する書面において、「『事業主は私であり妻は申告等にかかわっていません、また日を改めてお願いします。』と述べた。」旨記載している。
 そこで、この点につき検討すると、上記(A)のとおり信用性の高い本件調査担当者2名の各答述により認められる上記Aの(C)の事実関係は、Mが、本件民宿への立入りに承諾し、任意に質問調査等を受けたとみるべきものであり、また、Mがこのように対応する直前には、Mが請求人と携帯電話で話をしていたことを併せて考慮すれば、Mと請求人との間で、当日、本件調査担当者による本件民宿への立入りを避けるという留保はなく、Mが質問調査を受けることが承知されていたことが推認される。
 そして、上記Aの(B)のaのとおり、本件調査担当者が、請求人に対し、「せっかく伺ったので、可能な範囲で奥さんから仕事の内容を聞かせてもらいたい。」旨伝え、請求人が、「はい。」と答えてこれを承知し、本件調査担当者が、「では、そのようにさせてもらいます。」と答えたこと、また、本件調査担当者が、当審判所に対し、「当日、Mから、『本件民宿の中に立ち入るのはやめてほしい。』といった話はなかった。」旨答述していることは、上記のとおり推認されるMと請求人との間で上記の趣旨で承知していたことに符合するものであり、また、上記Aの(C)のb以下の状況に照らして自然であるから、信用性が高い。
 これに対し、請求人の上記答述はこれと矛盾し、上記Aの(C)のとおりMが本件民宿への立入りを承諾し、任意に質問調査等を受けた状況に照らすと不自然であることから、信用することができない。
 したがって、請求人の上記答述及び上記書面は、上記Aの(B)の認定を左右しない。
(C) 請求人が、本件調査担当者が暴言を吐き、威嚇したとして、本件調査担当者が、「奥さん、これならサラリーマンの妻の方がよかった。サラリーマンの妻の方が楽ですね。」と発言した旨、また、「お客様ノート」もデジタルカメラで撮影した旨各答述する点については、上記(A)及び(B)のとおり、請求人の上記Aの状況に関する答述には、本件調査担当者によるMに対する質問調査についての了解、本件民宿への立入りと質問調査等に際しての無理やりないし威嚇といった核心ともいうべき部分について信用することができない点があり、上記Aの状況に関する請求人の答述全体の信用性に問題があるといわざるを得ないこと、請求人の上記各答述はいずれもMからの伝聞であることから、請求人の上記各答述の信用性は高いとはいえない。
 これに対し、本件調査担当者には、本件調査時にMに対してあえて暴言を述べたり威嚇をする動機が見当たらず、また、本件調査担当者側から請求人が答述するサラリーマンの妻に関する事項をMに申し向ける必要性もなく、また、デジタルカメラで撮影してきたものが本件予約帳だけであったということは本件調査担当者2名の各答述が合致して支え合うから、この点に関する両名の答述も信用することができる。
 したがって、上記認定と矛盾する請求人の答述は、上記認定を左右するものではない。
ハ 判断
(イ) 争点について
 上記ロの(イ)のDのとおり、請求人が、平成21年分及び平成22年分の所得税の各確定申告書をいずれも法定申告期限後に提出し、平成23年分の所得税の確定申告書を提出していなかったこと、また、本件各課税期間の消費税等の各確定申告書をいずれも提出していなかったことから、原処分庁には、所得税について、平成21年分及び平成22年分についてはそれらの事業所得の金額が適正に算定されたものか否かを、平成23年分については申告の要否をそれぞれ確認するため、また、消費税等について、平成19年課税期間以後の各課税期間の申告の要否を確認するため、本件調査を行う客観的な必要性があったことが認められる。
 また、本件調査の状況は上記ロの(ロ)のとおりであるところ、平成24年8月29日の初回臨場時において、本件調査担当者は、請求人の意向を受けて、当日は請求人との面談は行わないこととしたこと、その後のMに対する質問検査権の行使に際しても、Mの案内により本件民宿に立ち入り、本件調査への協力の下で質問調査及び本件予約帳のデジタルカメラでの撮影を行っていること、そして、当日の調査を約1時間で終了させていることなどからすると、当日の本件調査担当者の質問検査権の行使によって、請求人の私的利益が格別侵害されたとは認められず、また、その後の原処分に至るまでの本件調査の状況からしても、本件調査によって請求人の私的利益が侵害されたとは認められない。
 さらに、所得税法第234条第1項及び消費税法第62条第1項に各規定する税務職員の質問検査権行使の相手方は、納税義務者本人のみでなく、その業務に従事する家族、従業員等をも含むものと解されるところ、上記1の(4)のイの(ハ)のとおり、Mは、本件民宿の業務に従事していたのであるから、本件調査担当者はMに対して質問検査権を行使できる。
 以上からすれば、本件調査担当者の質問検査権の行使は、本件調査の必要性と請求人の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまっているから、本件調査の手続に本件各処分を取り消すべき違法はない。
(ロ) 請求人の主張について
A 請求人は、上記2の(1)の「請求人」欄のイのとおり、本件各調査は、f島の観光業の最盛期に、しっ皆的に無予告で一斉に行われ、その調査の態様も警察による一斉捜査のような異常なものであり、そして、その影響でf島の観光客が減少するなど、本件各調査はf島の観光業に対する重大な妨害行為であったことが認められるところ、このように、本件各調査は、税務調査を行うべき合理的な疑いや、質問検査の客観的な必要性がないにもかかわらず行われたものであり、被調査者との私的利益との衡量においても社会通念上相当な限度を超えたものであるから、本件各調査の一環として行われた本件調査は違法となる旨主張する。
 しかしながら、請求人に対する税務調査の違法性は、本件調査における事実関係から判断されるべきであることはいうまでもなく、本件調査とは別個の第三者に対する調査における事情が本件調査の違法事由となることはないというべきであり、また、本件調査担当者の質問検査権の行使が、本件調査の必要性と請求人の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまっていることは、上記(イ)のとおりである。
 そして、当審判所が、本件各調査がf島の観光業を妨害する目的、態様で行われたか否かを検討しても、そのような目的、態様で行われたと認めるに足る証拠はないから、本件各調査が行われたことで、上記の社会通念上の相当性が否定されることはない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
B 請求人は、上記2の(1)の「請求人」欄のロのとおり、1税務運営方針によれば、一般の調査においては、事前通知の励行に努めるとされているから、事前通知をしないまま開始された本件調査は違法であり、また、2本件事務運営指針が示しているとおり、通則法第74条の10の規定は、従来の取扱いを明文化したものであり、平成25年1月1日よりも前に開始された調査であっても、事前通知をしない調査は同条の要件に該当する場合に実施されるべきものであるところ、本件各調査の全ての被調査者について、同条の要件が当てはまるとは考えられないから、本件各調査の一環として行われた本件調査は、従来の運用上の取扱いに反して行われており、違法である旨主張する。
 しかしながら、上記1の点については、税務運営方針は、納税者の自主的な理解、協力を得て円滑な税務行政を遂行しようとする観点から国税内部における税務調査を含む事務運営の基本方針を示したものであって、税務調査における実施の細目などを一律に定めたものではなく、一般の調査において、事前通知の励行に努める旨掲げていることをもって、事前通知の実施に関して裁量基準となる細目が定められたということはできない。
 また、上記2の点については、本件事務運営指針によれば、通則法第74条の10の規定は従来の運用上の取扱いを明文化したものであるところ、上記ロの(イ)のDのとおり、原処分庁は、請求人の申告状況等から請求人のありのままの事業実態等を把握する必要があると判断して事前通知をしないで本件調査を開始したものであり、原処分庁の当該判断は、事前通知を要しない場合について規定する同条の規定の趣旨に照らしても相当であると認められるから、事前通知をしないで行われた本件調査担当者の質問検査権の行使が、従来の運用上の取扱いに反しているということはできない。
 そうすると、事前通知をしないで行われた本件調査の違法性の判断は、本件調査担当者による質問検査権の行使が、社会通念上相当な限度を逸脱して行使されたか否かの観点から行うことになるところ、上記(イ)のとおり、本件調査担当者の質問検査権の行使は、本件調査の必要性と請求人の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまっており、本件調査担当者の合理的な選択において行使されたものと認められる。
 したがって、これらの点に関する請求人の主張にはいずれも理由がない。
C 請求人は、上記2の(1)の「請求人」欄のハのとおり、1本件調査担当者は、請求人との了解事項をほごにし、Mの制止にもかかわらず本件民宿に立ち入ったこと、2本件調査担当者が、請求人の了解を得ずに、質問検査権の受忍義務のないMに対し事業の内容等について回答を強要し、帳簿書類の提示を求めて、平成24年分の「予約帳」及び「お客様ノート」をデジタルカメラで撮影したこと、3本件調査担当者が、Mに対し、「奥さん、これならサラリーマンの妻の方がよかった」等の暴言を吐き、Mを威嚇したこと、そして、4上記1から3までの本件調査担当者の行動により、Mは精神的に不安定な状態に陥り、本件民宿の業務に従事できなくなって、本件民宿の営業に大きなマイナスが生じたのみならず、○○○○を余儀なくされ、重大な損失を被ったことからすると、本件調査担当者のMに対する質問検査権の行使は違法である旨主張し、当審判所に対し、上記1から4までの主張に沿った答述をする。
 しかしながら、本件調査の状況は上記ロの(ロ)のとおりであり、請求人の主張は、いずれもその前提となる事実関係を誤っており、また、たとえ上記(イ)の本件民宿への立入りやMに対する質問調査等が請求人の内心の意思に沿わないものであったとしても、上記ロの(ロ)のAの(B)のbのとおり、本件調査担当者に対して請求人から立入りや質問調査等を了解していない旨の明示的な意思の表示はなく、かつ、その状況は上記(イ)のとおり平穏なものであったことから、本件調査の必要性と請求人の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまっているというべきである。
 したがって、これらの点に関する請求人の主張にはいずれも理由がない。
D 請求人は、上記2の(1)の「請求人」欄のニのとおり、本件調査担当者が無予告で一斉に本件各調査を行った理由を開示しなかったことから、本件各調査は違法であり、その一環として行われた本件調査も違法となる旨主張する。
 しかしながら、本件調査担当者には通則法第126条(平成24年法律第16号による改正前のもの)の規定に基づく守秘義務が課せられており、本件調査担当者が他の納税者に対する調査状況等を開示しないことは法の要求するものであるから、本件調査担当者が、請求人に対し、請求人以外の納税者に係る調査の理由を開示しなかったことをもって、本件調査が違法となることはない。
 そして、上記イのとおり、質問検査の実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知のごときは、質問検査を行う上の法律上一律の要件とされているものではなく、そうすると、調査理由の告知の有無に関する違法性の判断は、本件調査担当者による質問検査権の行使が、社会通念上相当な限度を逸脱して行使されたか否かの観点から行うこととなるところ、上記ロの(ロ)のAの(B)のとおり、本件調査担当者は、平成24年8月29日の初回臨場時に、請求人に対し、携帯電話で、平成23年分の所得税の確定申告書が提出されておらず、平成21年分から平成23年分までの所得税の調査をする、そして、必要がある場合には消費税等の調査をする旨告げた上で本件調査を開始しているのであり、それ以上の具体的詳細な説明がなかったとしても、本件調査により請求人に不利益が生じるとはいえないから、本件調査担当者による質問検査権の行使は、社会通念上相当な限度を逸脱して行使されたとはいえず、本件調査担当者の合理的な選択において行使されたものと認められる。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2) 争点2(請求人が帳簿書類を提示しなかったことが、青色申告の承認の取消事由に該当するか否か。)

イ 法令解釈
 所得税法の定める青色申告制度は、納税者の帳簿書類について税務署長が税務調査を行うことができることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることが確認できた場合にのみ青色申告の承認による特典を与えるとの趣旨に出たものであり、青色申告者が、この調査に正当な理由なく応じないため、帳簿書類の備付け、記録又は保存が確認できないときまで青色申告の承認の特典の享受を認めるならば、青色申告制度の本旨に反することは明らかである。
 そうすると、所得税法第148条第1項により、青色申告者は、帳簿書類を備え付けてその取引を記録すべきことのみならず、税務職員が必要と判断したときにその帳簿書類を検査してその内容の真実性を確認することができるような態勢の下に、帳簿書類を保存すべきことをも義務付けられているものであり、正当な理由なく帳簿書類の提示を拒否した場合には、上記の保存義務を果たしていないことになって、同法第150条第1項第1号に該当すると解される。
ロ 判断
(イ) 上記(1)のロの(ロ)のCからEまでのとおり、平成24年9月から平成25年3月にかけて、本件調査担当者が、請求人に対し、再三にわたって帳簿書類を提示するよう求めたのに対し、請求人は、これに応じ難いとする理由も格別なかったにもかかわらず、上記1の(4)のハの(ロ)のBのとおり、平成21年分から平成23年分までの帳簿書類を提示しなかったのであるから、これは、正当な理由なく帳簿書類の提示を拒否したとみるべきであり、帳簿書類の保存義務を果たしていないことになって、所得税法第150条第1項第1号に該当することになる。
 したがって、請求人が帳簿書類を提示しなかったことは、青色申告の承認の取消事由に該当する。
(ロ) この点に関し、請求人は、上記2の(2)の「請求人」欄に記載のとおり、本件調査の違法状態が全く解消されなかったことから帳簿書類の提示要請に応じなかったものであり、帳簿書類を提示しなかったことには正当な理由がある旨主張しているところ、当該主張は、平成24年8月29日の本件民宿に臨場しての調査による上記2の(1)の「請求人」欄記載の事実に係る違法があり、また、それが解消していない違法状態が続いていたこと、さらに、その後、本件調査担当者が違法状態の是正の努力をしない上、威圧するような言動をしたという事実関係を前提としている。
 しかしながら、平成24年8月29日の本件調査の状況に違法な点がないことは、上記(1)のハの(イ)のとおりである。
 また、請求人は、平成24年8月29日より後の本件調査担当者とのやり取りとしては、当審判所に対し、「帳簿うんぬんという話もありましたが、腹を立てていたので電話では『知らん。』、『もう見たでしょ。』と言ったと思います。」、「書類は、何回か送られてきていたようですが、私が封を切ったのは1回だけなので、その他のものは内容は分かりません。」、「本件調査担当者とは一度も会っていません。」旨答述しており、これらの答述を踏まえると、本件調査の状況に威圧を内容とするものはなく、また、電話をかけたり書類を送付する本件調査担当者の行為自体を威圧とみるべきものでもなく、さらに、本件調査に違法があったとみるべき事実関係は見受けられない。
 したがって、この点に関する請求人の主張は、前提となる事実関係を誤っており、理由がない。

(3) 争点3(本件各課税期間の消費税等の納税義務があるか否か。)

イ 本件各基準期間における課税売上高の算定に関する推計の必要性について
(イ) 消費税の課税売上高は、納税者の行う個々の資産の譲渡等の実額に基づいて確定されるべきものであり、納税者が保存する帳簿書類等の調査又は質問検査権の行使により上記実額が判明することが期待されるが、これらを調査又は行使するためには納税者の協力が必要なところ、納税者の協力がないがゆえに課税を放棄することは許されないことから、納税者の協力を得られず、個々の資産の譲渡等に関する信頼し得る調査資料を欠くために個々の実額からの課税売上高を確定することができないときは、課税庁は、必要な調査から判明した事実に基づき推計の方法により課税売上高を認定することが妨げられるものではなく、認定の基礎とされた事実が真実であり、当該事実から課税売上高を認定する方法が合理的であるときは、これをもって、課税売上高と是認し得るものというべきである。
 これを本件についてみると、本件調査担当者は請求人に本件各課税期間の消費税等の納税義務があるか否かを判断するため、上記(1)のロの(ロ)のEのとおり、請求人に対し、複数回にわたり、平成17年分から平成23年分までの帳簿書類の提示要請を行ったが、請求人が本件各基準期間に対応する平成17年分及び平成18年分の帳簿書類を提示しなかったことから、原処分庁は、個々の資産の譲渡等に関する信頼し得る帳簿書類に基づいて個々の実額から本件各基準期間における課税売上高を確定することができないと判断し、これらを推計の方法により算定したことが認められる。
 したがって、原処分庁は、本件各基準期間における課税売上高を推計の方法により算定する必要性があったものと認められる。
(ロ) この点に関し、請求人は、上記2の(3)の「請求人」欄のとおり、原処分庁は、本件調査により、平成17年分及び平成18年分の所得税について、青色申告の承認の取消処分や更正処分をしていないから、当該各年分の所得税の各確定申告書等に記載された事業所得の総収入金額は、いずれも正しい金額として確定しており、本件各基準期間における課税売上高は、当該各年分の所得税の各確定申告書等に記載された事業所得の総収入金額と同額となる旨主張する。
 しかしながら、本来、消費税の課税売上高は、納税者の行う個々の資産の譲渡等の実額に基づいて確定されるものであり、これは、資産の譲渡等の前提となる個々の売上金額について、取引実績に基づき作成した帳簿書類を基に算定すべきところ、請求人が正しい金額と主張する平成17年分及び平成18年分の所得税の各確定申告書等に記載された事業所得の総収入金額は、年間又は月間の収入金額を包括的に記載したもので、個々の売上金額に係る取引との関係において間接的なものにすぎず、資産の譲渡等の前提となる個々の売上金額を確認する資料とはならないものであるから、平成17年分及び平成18年分の所得税の各確定申告書等に記載された総収入金額を本件各基準期間における課税売上高と認定することはできない。
 なお、本件調査において、請求人は、本件各基準期間に対応する平成17年分及び平成18年分の帳簿書類を本件調査担当者に対し提示していないので、当該各年分の所得税の各確定申告書等に記載された総収入金額は、個々の売上金額に係る取引の実績に基づくものであるかの検証もすることができないものであった。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ハ) また、請求人は、当審判所に対しても、本件各基準期間における課税売上高の計算に必要な帳簿書類を提出しないから、当審判所においても、推計の方法により本件各基準期間における課税売上高を算定せざるを得ない。
ロ 本件各基準期間における課税売上高の算定に関する推計の合理性について
 上記イの(ハ)のとおり、本件各基準期間における課税売上高は、推計の方法により算定せざるを得ないから、請求人に本件各課税期間の消費税等の納税義務があるか否かは、原処分庁が採用した推計の方法の合理性を検討した上で、本件各基準期間における課税売上高が1,000万円を超えるか否かで判断することになる。
(イ) 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、原処分庁は、次のような方法により、請求人の営む民宿業について、本件各基準期間における課税売上高を算定したことが認められる。
A 課税売上高の推計方法
 原処分庁は、上記2の(3)の「原処分庁」欄のとおり、後記Bの抽出基準を設定して、本件各基準期間の類似同業者を別表4のとおり選定し、別表5のとおり、平成17年及び平成18年の本件民宿に係る水道光熱費の額から家事費相当額を控除した額(別表3の「差引水道光熱費の額」欄の金額)を、類似同業者の平均水道光熱費率で除して平成17年分及び平成18年分の総収入金額を計算し、当該総収入金額に類似同業者の平均課税売上高割合を乗じて、本件各基準期間における課税売上高を算定した。
 原処分庁は、上記家事費相当額の計算上、本件民宿における世帯人員は、平成17年1月から平成18年6月までの間は4名、同年7月から同年12月までの間は3名であったと認定し、平成17年及び平成18年の家事費相当額を別表3の当該各年の「家事費相当額」欄の各金額のとおり計算した。
B 類似同業者の抽出基準
 原処分庁は、類似同業者の選定に当たり、本件各基準期間において、1Q国税局管内において年間を通じて民宿業を営む個人(兼業者は除く。)であること、2仕入れがあり、青色申告者であること、3青色事業専従者のいない者であること、4海水浴場の近隣で営業している者(事業所の行政区域が海水浴場と同じ町名又は町名がない場合は同じ字である者)であること、5不服申立て又は訴訟係属中でない者であること、6水道光熱費の額が、請求人のそれの2分の1以上2倍以下の者であることという抽出基準を設定し、別表4の本件各基準期間の「類似同業者」欄のとおり、平成17年課税期間についてはAからEまでの5件の類似同業者を、平成18年課税期間についてはAからGまでの7件の類似同業者を、それぞれ選定した。
(ロ) 判断
A 推計の方法の合理性について
 原処分庁は、上記(イ)のAのとおり、水道光熱費の額を基礎に、本件各基準期間における課税売上高を算定しているところ、およそ、業種、業態に類似性のある同業者にあっては、特段の事情がない限り、同程度の水道光熱費の額に対し、同程度の収入を得、同程度の収入に対し同程度の課税売上高が含まれることが通例であり、このことは請求人の営む民宿業の場合にあっても例外ではない。
 そして、原処分庁は、上記(イ)のBの抽出基準で本件各基準期間の類似同業者を選定しているところ、上記抽出基準自体は、請求人と業種、業態、事業規模の類似する同業者を選定する基準として合理性があると認められる。
 よって、原処分庁の用いた推計の方法には合理性があると認められる。
B 課税売上高の算定について
(A) 原処分庁は、推計の基礎とする水道光熱費の額の計算に当たり、別表3の「平成17年」欄及び「平成18年」欄のとおり、本件民宿に係る水道光熱費の額から家事費相当額を控除しているところ、上記1の(4)のイの(イ)のとおり、本件民宿は民宿兼居宅であることから、原処分庁の上記計算方法は当審判所においても相当と認められる。
 しかしながら、平成17年及び平成18年の家事費相当額の計算上、請求人世帯の人員について、上記(イ)のAのとおり、原処分庁は、平成17年1月から平成18年6月までの間は4名、同年7月から同年12月までの間は3名であったとしているところ、上記1の(4)のイの(ニ)のとおり、平成17年1月から平成18年12月までの間は3名であったから、その一部について原処分庁の認定誤りが存するため、これを是正して、当該各年の家事費相当額を計算すると、平成17年が255,216円、平成18年が264,936円となる。
 そうすると、推計の基礎とすべき本件各基準期間に対応する平成17年及び平成18年の水道光熱費の額は、別表3の当該各年の「水道光熱費の額」欄の各金額から上記のとおり計算した各家事費相当額を控除した金額となり、平成17年が○○○○円、平成18年が○○○○円となる。
(B) そして、当審判所が、上記(A)で認定した本件各基準期間に対応する平成17年及び平成18年の水道光熱費の額を基礎として、原処分庁が設定した上記(イ)のBの抽出基準に従って、改めて類似同業者を抽出すると、イ原処分庁が選定した別表4の類似同業者(平成17年課税期間は5件、平成18年課税期間は7件)については、いずれも上記(イ)のBの6の抽出基準の範囲内にあるものの、平成17年課税期間においてA及びEが、平成18年課税期間においてA、B及びGが、いずれも民宿以外の宿泊業を営むにもかかわらず誤って類似同業者に選定されており、上記(イ)のBの1の抽出基準を満たさないこと、ロ本件各基準期間におけるその他の類似同業者については誤りなく選定されていること、ハ本件各基準期間において原処分庁が抽出した類似同業者以外に上記(イ)のBの抽出基準に該当する類似同業者がそれぞれ3件選定漏れとなっていることが認められた。
 以上の結果に基づき、誤って類似同業者に選定された者を除外し、選定漏れの類似同業者を採用すると、別表8の「類似同業者」欄のとおり、平成17年課税期間においては、上記(イ)のBの抽出基準に該当する類似同業者A、E及びFを加え、AからFまでの6件、平成18年課税期間においては、上記(イ)のBの抽出基準に該当する類似同業者A、B及びGを加え、AからGまでの7件の類似同業者が選定され、これらの類似同業者について、本件各基準期間の平均水道光熱費率及び平均課税売上高割合(以下、原処分庁が算出した平均水道光熱費率及び平均課税売上高割合を当審判所が改定したものをそれぞれ「改定平均水道光熱費率」及び「改定平均課税売上高割合」という。)を算出すると、別表8のとおり、平成17年課税期間の改定平均水道光熱費率は8.6%、改定平均課税売上高割合は100.0%、平成18年課税期間の改定平均水道光熱費率は8.4%、改定平均課税売上高割合は100.0%となる。
(C) 上記(A)及び(B)で認定したところに基づいて、本件各基準期間に対応する平成17年及び平成18年の是正後の水道光熱費の額を基礎として、類似同業者の改定平均水道光熱費率及び改定平均課税売上高割合を適用して本件各基準期間における課税売上高の金額を算定すると、別表9のとおり、平成17年課税期間がX,XXX,XXX円、平成18年課税期間がX,XXX,XXX円となる。
C まとめ
 上記Bの(C)のとおり、請求人の営む民宿業に係る課税売上高は、平成17年課税期間がX,XXX,XXX円、平成18年課税期間がX,XXX,XXX円となるところ、その他に原処分庁が主張する請求人の課税売上高はなく、本件各基準期間における請求人の課税売上高はいずれも1,000万円以下であると認められるから、請求人には、本件各課税期間の消費税等の納税義務はない。

(4) 争点4(推計の方法による課税の必要性があるか否か。

イ 所得税について
(イ) 所得税法第156条は、所得金額を推計して課税することを認めているところ、これは、納税者が帳簿書類を備え付けていない場合、帳簿書類の記載が不備、不正確で信用できない場合、納税者が帳簿書類を提示せず調査に非協力な場合など、納税者の所得金額を直接資料によって把握することができない場合に、課税を放棄することは租税の公平負担の見地から許されないため、税務署長が入手し又は容易に入手し得る推計のための基礎事実及び統計資料等の間接的な資料を用いて、所得金額に近似した額を推計し、これをもって課税することを是認する趣旨と解される。
 これを本件についてみると、上記(1)のロの(ロ)のCからEまでのとおり、本件調査担当者は、本件調査において、請求人に対し、再三にわたり、平成21年分から平成23年分までの帳簿書類の提示要請を行ったが、請求人は、当該各年分の帳簿書類を提示しなかったものであり、このように、請求人が帳簿書類を提示せず調査に非協力な状況の下では、原処分庁は、本件各年分の事業所得の金額を直接資料によって把握することができないと判断し、これらを推計の方法により算定したことが認められる。
 したがって、原処分庁は、推計の方法により課税を行う必要性があったものと認められる。
(ロ) この点に関し、請求人は、上記2の(4)の「請求人」欄のイのとおり、本件調査の手続にある違法状態が全く解消されなかったことから、本件調査担当者の帳簿書類の提示要請に応じなかったものであり、本件各年分の帳簿書類を提示しなかったことには正当な理由がある旨主張する。
 しかしながら、上記(2)のロのとおり、平成24年8月29日の本件調査の状況等には違法な点はないから、請求人の主張は、前提となる事実を誤っており、また、請求人は、本件調査担当者の帳簿書類の提示要請に対し、これに応じ難いとする理由も格別なかったにもかかわらず、帳簿書類の提示を拒否したものであり、請求人が帳簿書類を提示しなかったことについて、正当な理由を認めることはできないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ハ) また、請求人は、当審判所に対しても、本件各年分の事業所得の金額を実額計算の方法により算定することを主張せず、本件各年分の事業所得の金額を計算するに足りる収支関係を証する資料を提出しないから、当審判所においても、推計の方法により本件各年分の事業所得の金額を算定せざるを得ない。
ロ 消費税等について
 上記(3)のロの(ロ)のCのとおり、請求人には、本件各課税期間の消費税等の納税義務はないから、推計の必要性については検討する必要はない。

(5) 争点5(推計の方法による課税に合理性があるか否か。)

イ 所得税について
(イ) 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、原処分庁は、次のような方法により、請求人の営む民宿業について、本件各年分の事業所得の金額を算定したことが認められる。
A 事業所得の金額の推計方法
 原処分庁は、上記2の(5)の「原処分庁」欄のイのとおり、後記Bの抽出基準を設定して、本件各年分の類似同業者を別表6のとおり選定し、平成22年及び平成23年の本件民宿に係る水道光熱費の額から家事費相当額を控除した額(別表3の「差引水道光熱費の額」欄の金額)を、本件各年分の類似同業者の平均水道光熱費率(別表6の「水道光熱費率」欄の本件各年分の「平均」欄の割合)で除して本件各年分の総収入金額を計算し、当該総収入金額に類似同業者の平均所得率(別表6の「所得率」欄の本件各年分の「平均」欄の割合)を乗じて、本件各年分の事業所得の金額(別表1の「異議決定」欄の本件各年分の「総所得金額(事業所得の金額)」欄の金額)を算定した。
 原処分庁は、上記家事費相当額の計算上、本件民宿における世帯人員は、平成23年1月から同年8月までの間は3名、同年9月から同年12月までの間は2名であったと認定し、平成23年の家事費相当額を別表3の「平成23年」欄の「家事費相当額」欄の金額のとおり計算した。
B 類似同業者の抽出基準
 原処分庁は、類似同業者の選定に当たり、本件各年分において、1Q国税局管内において年間を通じて民宿業を営む個人(兼業者は除く。)であること、2仕入れがあり、青色申告者であること、3青色事業専従者のいない者であること、4海水浴場の近隣で営業している者(事業所の行政区域が海水浴場と同じ町名又は町名がない場合は同じ字である者)であること、5不服申立て又は訴訟係属中でない者であること、6水道光熱費の額が、請求人のそれの2分の1以上2倍以下の者であることという抽出基準を設定し、別表6の本件各年分の「類似同業者」欄のとおり、平成22年分についてはAからGまでの7件の類似同業者を、平成23年分についてはAからEまでの5件の類似同業者を、それぞれ選定した。
(ロ) 判断
A 推計の方法の合理性について
(A) 原処分庁は、本件各基準期間における課税売上高の算定と同様に、上記(イ)のAのとおり、水道光熱費の額を基礎に、本件各年分の事業所得の金額を算定しているところ、およそ、業種、業態に類似性のある同業者にあっては、特段の事情がない限り、同程度の水道光熱費の額に対し、同程度の収入を、同程度の収入に対し、同程度の所得を得ることが通例であり、このことは請求人の営む民宿業の場合にあっても例外ではない。
 そして、原処分庁は、上記(イ)のBの抽出基準で本件各年分の類似同業者を選定しているところ、上記抽出基準自体は、請求人と業種、業態、事業規模の類似する同業者を選定する基準として合理性があると認められる。
 よって、原処分庁の用いた推計の方法には合理性があると認められる。
(B) この点に関し、請求人は、上記2の(5)の「請求人」欄のイに掲げた理由により、原処分庁が採用した推計の方法には合理性がない旨主張する。
 そこで、以下、これらの点について検討する。
a 請求人は、事業所の行政区域が海水浴場と同じ町名又は町名がない場合は同じ字である者という類似同業者の抽出基準では、請求人のように海水浴場に面する場所で民宿業を営む者が必ず抽出されるとは限らないから、このような抽出基準には合理性がない旨主張する。
 しかしながら、上記(4)のイの(イ)で述べた所得税法第156条の趣旨からすれば、本件のように一定の合理的基準に基づいて抽出した一定数の類似同業者の所得率等の平均値を用いて所得金額を推計する場合において、納税義務者と類似同業者とが業種、業態等において酷似していることまでは必要ではなく、合理的な推計を可能ならしめる程度の類似性が認められれば足りるというべきであるところ、原処分庁が設定した上記(イ)のBの抽出基準に請求人と業種、業態、事業規模の類似する同業者を選定する基準としての合理性が存することは、上記(A)のとおりであって、請求人の上記主張のように海水浴場に面する場所で民宿業を営む者という酷似性を求める事柄を抽出条件として考慮していないことをもって、当該抽出基準の合理性が否定されることはない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
b 請求人は、原処分庁が類似同業者の事業所が所在する町名又は字名を示していないから、選定された類似同業者が請求人と類似しているかどうか全く不明であり、これは、請求人の反論の機会を奪うものであるから、このような推計の方法には合理性がない旨主張する。
 しかしながら、本件のように類似同業者の平均値により推計する場合の合理性の判断は、設定された抽出基準に従って同業者が恣意なく選定されているか否かによるべきであるところ、上記(イ)のBの1及び4の抽出基準により立地条件の類似性は担保され、また、事業所の所在に基づく上記(イ)のBの1及び4の抽出基準の設定に恣意が介在したことを疑うべき具体的理由は見当たらず、原処分庁が類似同業者の事業所が所在する町名等を開示しないことは、原処分庁が採用した推計の方法の合理性の判断に影響を与えるものではない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
c 請求人は、原処分庁が採用した類似同業者の水道光熱費率及び所得率には較差があるから、このような較差のある類似同業者の平均水道光熱費率及び平均所得率を用いた推計の方法には合理性がない旨主張する。
 しかしながら、類似同業者の平均値により推計する場合には、請求人と業種、業態及び事業規模が類似する相当数の同業者を選定し、その平均値を算出することによって類似同業者間の水道光熱費率等に較差があったとしても、それぞれの類似同業者の個別性が平均化され、推計の合理性が高められるものであるから、一部の類似同業者の水道光熱費率等をみて多少の較差があるからといって、そのことをもって原処分庁の推計の方法に合理性がないというのは相当でなく、また、原処分庁の推計の方法を不合理ならしめる程度の較差は見当たらない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
d 請求人は、請求人には、1本件民宿が所在するe市の水道料金が他の地域の水道料金に比べて割高である、2海水浴をした民宿客が体に付いた海水を落とすため多量の水道水を使用する、3貸し出した○○の洗浄のために多量の水道水を使用する、という特殊事情があるから、これらの特殊事情を考慮すれば、請求人の総収入金額は、類似同業者の平均水道光熱費率を基に計算した総収入金額に比べて10%程度低い金額となるところ、当該特殊事情を考慮していない原処分庁の推計の方法には合理性がない旨主張し、上記1の点について、当審判所に対し、e市の20立方メートル当たりの水道料金がgに面したh市、i市、j市及びk市の20立方メートル当たりの水道料金に比べてそれぞれ2.5倍、2.1倍、1.7倍及び2.0倍程度割高となっていることを記載した「水道料金の比較計算表」と題する書面(当該5市がインターネット上に開設したウェブページからダウンロードした各水道料金表が添付されたもの)を提出する。
 しかしながら、類似同業者の平均値により推計する場合には、当該類似同業者間に通常存在する程度の営業条件等の差異は、その平均値に吸収され捨象されるものであるから、原処分庁が採用した推計の方法がその基礎的要件に欠けるところがない以上、当該平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを考慮する必要はないと解するのが相当である。
 そして、上記1の点については、上記書面によれば、確かにe市の20立方メートル当たりの水道料金は、他の4市の20立方メートル当たりの水道料金に比べて割高となっているが、本件民宿に係る水道光熱費の額に占める水道料金の額の割合は、平成22年が約11.9%、平成23年が約10.0%(いずれの割合も、別表3の当該各年の「水道光熱費の額」欄の金額に占める「水道料金の額」欄の金額の割合)にすぎないことからすれば、上記事実は、水道光熱費の額を基礎とする推計を不合理ならしめる程度に顕著な事情とはいえない。
 また、上記2の点については、海水浴場の近くにある民宿においては通常存在する程度の営業条件といえ、上記3の点については、請求人の異議申立てに係る調査の担当者に対する「○○は、本件喫茶店の前の倉庫に置いてあって、そこで洗います。いくらかは、本件民宿の前でも洗います。」旨の申述及び当審判所に対する同旨の答述から、○○の洗浄は、主として本件民宿に係る水道とは別の本件喫茶店に係る水道が使用されていたと認められ、上記1の(4)のニの(ニ)のとおり、原処分庁が本件喫茶店に係る水道料金の額を推計の基礎としていないことからすると、○○の洗浄が、水道光熱費の額を基礎とする推計を不合理ならしめる程度に顕著な事情とはいえない。
 さらに、請求人は、上記1から3までの事情により、請求人の総収入金額は、類似同業者の平均水道光熱費率を基に計算した総収入金額に比べて10%程度低い金額となる旨主張するが、そのような計算の根拠となる事実関係を具体的に認めるに足りる証拠がない。
 したがって、これらの点に関する請求人の主張にはいずれも理由がない。
B 事業所得の金額の算定について
(A) 上記(3)のロの(ロ)のBの(A)のとおり、推計の基礎とする水道光熱費の額の計算に当たり、本件民宿に係る水道光熱費の額から家事費相当額を控除する計算方法は、当審判所においても相当と認められる。
 しかしながら、平成23年の家事費相当額の計算上、請求人世帯の人員について、上記(イ)のAのとおり、原処分庁は、平成23年1月から同年8月までの間は3名、同年9月から同年12月までの間は2名であったとしているところ、上記1の(4)のイの(ニ)のとおり、同年1月から同年4月までの間は3名、同年5月から同年12月までの間は2名であったから、その一部について原処分庁の認定誤りが存するため、これを是正して、平成22年及び平成23年の家事費相当額を計算すると、平成22年が266,028円、平成23年が241,096円となる。
 そうすると、推計の基礎とすべき平成22年及び平成23年の水道光熱費の額は、別表3の当該各年の「水道光熱費の額」欄の各金額から上記のとおり計算した各家事費相当額を控除した金額となり、平成22年が○○○○円、平成23年が○○○○円となる。
(B) そして、当審判所が、上記(A)で認定した平成22年及び平成23年の水道光熱費の額を基礎として、原処分庁が設定した上記(イ)のBの抽出基準に従って、改めて類似同業者を抽出すると、イ原処分庁が選定した別表6の類似同業者(平成22年分は7件、平成23年分は5件)については、いずれも上記(イ)のBの6の抽出基準の範囲内にあるものの、平成22年分においてA及びBが、平成23年分においてA及びBが、いずれも民宿以外の宿泊業を営むにもかかわらず誤って類似同業者に選定されており、上記(イ)のBの1の抽出基準を満たさないこと、ロ本件各年分におけるその他の類似同業者については誤りなく選定されていること、ハ原処分庁が抽出した類似同業者以外に、平成22年分において上記(イ)のBの抽出基準に該当する類似同業者が3件、平成23年分において当該基準に該当する類似同業者が2件選定漏れとなっていることが認められた。
 以上の結果に基づき、誤って類似同業者に選定された者を除外し、選定漏れの類似同業者を採用すると、別表10の「類似同業者」欄のとおり、平成22年分においては、上記(イ)のBの抽出基準に該当する類似同業者A、B及びHを加え、AからHまでの8件、平成23年分においては、上記(イ)のBの抽出基準に該当する類似同業者A及びBを加え、AからEまでの5件の類似同業者が選定され、これらの類似同業者について、本件各年分の平均水道光熱費率及び平均所得率(以下、原処分庁が算出した平均所得率を当審判所が改定したものを「改定平均所得率」という。)を算出すると、別表10のとおり、平成22年分の改定平均水道光熱費率は8.5%、改定平均所得率は13.1%、平成23年分の改定平均水道光熱費率は10.0%、改定平均所得率は13.4%となる。
(C) 上記(A)及び(B)で認定したところに基づいて、平成22年及び平成23年の是正後の水道光熱費の額を基礎として、類似同業者の改定平均水道光熱費率及び改定平均所得率を適用して本件各年分の事業所得の金額を算定すると、別表11のとおり、平成22年分が○○○○円、平成23年分が○○○○円となる。
ロ 消費税等について
 上記(3)のロの(ロ)のCのとおり、請求人には、本件各課税期間の消費税等の納税義務がないから、原処分庁が採用した推計の方法に合理性があるか否かは検討する必要がない。

(6) 本件青色申告承認取消処分

 上記(2)のロの(イ)のとおり、請求人が平成21年分から平成23年分までの事業所得の金額の計算に必要な帳簿書類を提示しなかったことは、青色申告の承認の取消事由に該当し、平成21年分において、青色申告の承認の取消事由が存することは明らかであるから、本件青色申告承認取消処分は適法である。

(7) 本件所得税各更正処分について

イ 総所得金額
 上記(5)のイの(ロ)のBの(C)のとおり、請求人の営む民宿業に係る事業所得の金額は、平成22年分が○○○○円、平成23年分が○○○○円となるところ、その他に原処分庁が主張する請求人の所得金額はなく、これらが本件各年分の総所得金額となる。
ロ 納付すべき税額
 原処分庁の認定した本件各年分の所得控除の額は平成22年分が○○○○円、平成23年分が○○○○円であり、これらの金額について、請求人と原処分庁との間に争いがないところ、本件各年分の納付すべき税額は、いずれも○○○○円となり、これらの金額は、請求人の本件各年分の確定申告に係る納付すべき税額と同額であるから、本件所得税各更正処分は、いずれもその全部を取り消すべきである。

(8) 本件消費税等各決定処分及び本件消費税等各賦課決定処分について

 上記(3)のロの(ロ)のCのとおり、請求人は、本件各課税期間において、消費税等の納税義務がないから、本件消費税等各決定処分及び本件消費税等各賦課決定処分は、いずれもその全部を取り消すべきである。

(9) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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