(平成27年9月30日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、不動産賃貸業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、賃貸の用に供していた共同住宅及びその敷地の売却に伴い、当該共同住宅1階の事務室を賃借していた建物管理会社に対し立退料名目で支払った金員を、分離長期譲渡所得の金額の計算上、譲渡に要した費用に算入して所得税の申告をしたところ、原処分庁が、当該金員は譲渡に要した費用に当たらないとして更正処分等を行ったことから、これを不服とする請求人が、当該更正処分等の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

審査請求(平成26年10月9日請求)に至る経緯は、別表のとおりである。
 なお、別表の「更正処分等」欄記載の平成26年5月15日付でされた平成24年分の所得税の更正処分を「本件更正処分」といい、過少申告加算税の賦課決定処分を「本件賦課決定処分」という。

(3) 関係法令の要旨

所得税法第33条《譲渡所得》第1項は、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいう旨規定し、同条第3項は、譲渡所得の金額は、その年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用(以下「譲渡費用」という。)の額の合計額を控除し、その残額から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする旨規定している。

(4) 基礎事実

以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても、その事実が認められる。

イ 請求人及び請求人の母は、平成5年6月15日に、a市d町○−○ほか所在の家屋番号○番○の共同住宅(以下「本件建物」という。なお、本件建物の名称は、「J」である。)及びその敷地(以下、本件建物と併せて「本件資産」という。)を、それぞれ2分の1の持分で取得した。

ロ 請求人は、本件建物の共有者である母の同意を得た上で、平成9年8月4日に、請求人が代表取締役を務めるK社との間で、本件建物の1階○号室(以下「本件事務室」という。)に係る要旨以下の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、本件事務室を貸し渡すとともに、同年12月25日に、K社との間で、本件建物の維持管理及び共用部分の損傷箇所の修繕等必要な工事の発注等を内容とする本件建物についての管理委託契約を締結し、同社に本件建物の管理業務を委託した。なお、本件賃貸借契約には、敷金に関する定めはない。

(イ) 賃貸借期間は、平成9年9月1日から平成11年8月31日までとする。ただし、期間満了の6か月前までに貸主から借主に対し更新拒絶の意思表示がない限り更新する。

(ロ) 賃料は月額25,000円、水道光熱費を含む管理費等は月額3,000円とし、翌月分を毎月25日までに支払う。

ハ 請求人は、平成23年3月○日に本件資産に係る請求人の母の持分を相続した。

ニ 請求人は、平成24年3月9日に、L社との間で、本件資産について、売買代金○○○○円で売却する旨の売買契約(以下「本件売買契約」といい、本件売買契約に基づく本件資産の譲渡を「本件譲渡」という。)を締結し、同日、本件売買契約に係る手付金○○○○円を受領した。
 なお、本件売買契約に係る不動産売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)には、要旨以下の事項が記載されている。

(イ) 本件資産の所有権は、買主が売買代金の全額を支払い、売主がこれを受領したときに売主から買主に移転する。

(ロ) 売主は、買主に本件資産を売買代金全額の受領と同時に引き渡す。

(ハ) 本件資産の引渡しは現状有形有姿で行うものとし、買主は本件建物及び附属設備の経年による汚れや損傷等経年変化を了承の上引渡しを受けるものとする。

(ニ) 買主は、引渡時において本件資産に関する賃貸借契約(建物及び駐車場)の賃貸人たる地位と各賃借人との賃貸借契約に関する一切の権利及び義務を承継する。

(ホ) 本件資産に係る賃料等及び諸経費等は、引渡日の前日までの分が売主に、引渡日以降の分が買主に帰属負担する。

(ヘ) 本件資産に対して賦課される公租公課は、引渡日の前日までの分を売主、引渡日以降の分を買主の負担とし、残代金支払時に精算を行う。

(ト) 本件売買契約に定めがない事項、又は本件売買契約条項に解釈上疑義を生じた事項については、民法その他関連法規及び不動産取引の慣行に従い、売主及び買主が誠意をもって協議し定めるものとする。

ホ 請求人とK社との間の上記ロの本件賃貸借契約及び管理委託契約は更新され、本件売買契約締結時において継続していた。

ヘ 本件譲渡に関し買主側仲介業者からL社に交付された平成24年4月10日付の売買価格等が記載された明細書に添付された書面(以下「本件書面」という。)には、本件建物の各室の入居者(契約者)名や賃料、敷金等の額等が記載されているが、K社の名は記載されていない。

ト 請求人は、平成24年4月13日に、L社から残代金○○○○円を受領するとともに、同社との間で上記ニの(ホ)及び(ヘ)の定めに従った精算を行い、同社に本件資産を引き渡した。

チ K社は、平成24年4月13日に、L社との間で本件建物につき契約期間を同日から同年5月31日まで、業務等の内容を鍵の保管、賃料等の計算・請求、本件建物の保守に関する調査報告等とする管理委託契約を締結し、上記期間において上記管理委託契約に定められた業務を行うとともに、引き続き本件事務室を使用した。

リ K社は、上記チの管理委託契約の契約期間終了後の平成24年6月1日以降、本件事務室を使用することはなかった。

ヌ M社とL社は、平成24年4月26日に、契約期間を平成24年6月1日から平成27年5月31日までとし、M社が入居推進業務、鍵・契約書等の保管業務及び家賃・共益費等の集金業務を行うことなどを内容とする賃貸借業務管理委任契約を締結し、平成24年6月1日から当該契約に定められた業務を開始した。

ル 請求人は、平成24年7月10日に、K社に対し5,000,000円を支払った(以下、当該支払った5,000,000円を「本件金員」という。)。なお、K社発行の請求人宛の領収証には「J1階事務所の立退き料として」と記載されている。

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2 争点

本件金員は、所得税法第33条第3項に規定する譲渡費用に該当するか否か。

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3 主張

原処分庁 請求人
 K社の退去に際して支払われた本件金員は、次のことから、客観的に見て本件譲渡を実現するために必要な費用であったとは認められず、譲渡費用に該当しない。  K社の退去は、次のことから、本件譲渡の実現に不可欠なものであり、本件金員は、客観的に見て本件譲渡を実現するために必要な費用であったと認められるから、譲渡費用に該当する。
(1) 本件売買契約書には、本件資産の引渡しは現状有形有姿で行うものとし、買主は、引渡時において本件資産に関する賃貸借契約の賃貸人たる地位と各賃借人との賃貸借契約に関する一切の権利及び義務を承継する旨の定めがある一方、K社を退去させる旨の定めはないから、L社は、本件売買契約に基づき、賃貸人たる地位と各賃借人との賃貸借契約に関する一切の権利及び義務を承継して請求人から本件資産の引渡しを受けていたと認められる。
 また、L社が請求人に対して、K社を退去させるよう求めた事実はなく、平成24年4月6日に行われた協議(以下「本件協議」という。)は、本件建物の管理業務をK社からM社に引き継ぐためのものであり、K社の退去について協議した事実はない。
(1) 本件売買契約書には、本件建物からK社を退去させる旨の定めはないものの、K社が退去することとなったのは、本件売買契約締結後の本件協議におけるL社からの退去要求に協力せざるを得なかったことによるものである。本件協議は、本件売買契約書に記載された「本件売買契約に定めがない事項、又は本件売買契約条項に解釈上疑義を生じた事項については、売主及び買主が誠意をもって協議し定めるものとする。」旨の定めにより行われたものである。
 本件書面にK社の名及び賃料が記載されていないことからすると、K社との本件賃貸借契約はL社に承継されなかったことが認められる。
(2) 本件建物の管理に当たり、本件事務室に設置されていた警報機器は必要がなくL社において撤去したこと、本件事務室にM社が常駐する必要はなく、L社はK社に退去するよう求めていないことからすると、本件事務室に入居者がいたとしても、M社の本件建物の管理業務の遂行に支障を来すことはなかったと認められ、本件売買契約の締結及び履行の過程において、本件金員の支払をもって、K社を退去させなければならない特段の事情はなかったと認められる。
 また、K社の代表取締役であるAは、請求人本人でもあり、このような同族関係にある場合において、K社を退去させなければならない特段の事情の有無については、請求人の側に存在したか否かによって主観的に判断すべきではない。
(2) K社を退去させなければならない特段の事情は、請求人の側に存在したか否かによって判断すべきであり、本件資産の売買がK社の退去を前提にして進んでいる以上、請求人としては、K社に退去してもらう特段の事情があったことは明らかである。
 K社は、月額25,000円という相場の半額程度の安い賃料で入居していたこと、長年にわたり本件事務室を拠点として不動産仲介業を営んでいたことからすると、K社としては、本件建物の管理業務を継続できない場合であっても、本件事務室の賃借を継続することが自己の利益となるのであるから、自己の都合で本件建物から退去する理由は存在しない。
 L社は、K社退去後に、本件事務室にあった警報機器及び配電盤の設置場所までの外部からの通路を確保するために、ドア及び壁等の設置工事を行った上で、上記設置場所以外の部分を第三者に賃貸するとともに、上記設置場所の部分をL社の管理スペースとして利用していることからすると、本件事務室に入居者がいたとしても、本件建物の管理業務の遂行に支障はなかったとする原処分庁の主張は誤りである。
 また、請求人とK社が同族関係にあっても、両者の間では有効な賃貸借契約が締結されていたのであるから、K社は本件建物の借主として本件建物を使用できるわけであり、本件譲渡に際して借主が通常支払われるであろう立退料を求めたとしても不自然ではない。

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4 判断

(1) 法令解釈

譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものである。しかしながら、所得税法上、抽象的に発生している資産の増加益そのものが課税の対象となっているわけではなく、原則として、資産の譲渡により実現した所得が課税の対象となっているものである。そうであるとすれば、資産の譲渡に当たって支出された費用が所得税法第33条第3項に規定する譲渡費用に当たるかどうかは、一般的、抽象的に当該資産を譲渡するために当該費用が必要であるかどうかによって判断するのではなく、現実に行われた資産の譲渡を前提として、客観的に見てその譲渡を実現するために当該費用が必要であったかどうかによって判断すべきものである。

(2) 認定事実

請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。

イ 本件事務室について

(イ) K社が使用していた当時の本件事務室の床面積は約30平方メートルであり、壁面の一部には、本件建物を管理するための警備会社の警報機器と配電盤(以下、これらの機器を併せて「本件建物に係る設備機器」という。)が設置されていた。

(ロ) K社が本件事務室を使用しなくなった後、本件建物に係る設備機器のうち警備会社の警報機器は撤去された。また、L社は、本件事務室から本件建物に係る設備機器が設置された壁面を区分するため、当該壁面を含む数平方メートルの区画に間仕切り壁を設置し、外部から当該区画に直接出入りできるドアを設置する工事(以下「本件工事等」という。)を行った。これにより、本件事務室の床面積は約23平方メートルに減少した。

(ハ) M社は、本件建物の管理に当たって本件事務室に常駐する必要はなく、現に本件事務室に常駐していない。

(ニ) L社は、上記(ロ)の本件工事等を行った後、第三者に本件事務室を賃貸した。

ロ 本件協議について
 平成24年4月6日、請求人、L社の代表取締役であるN(以下「L社代表取締役」という。)、本件売買契約に係る売主側買主側双方の仲介業者及びM社の各担当者が、本件事務室に集まり、本件譲渡後に、本件建物の管理業務の受託業者をM社に変更することを確認するとともに、K社からM社への同業務の引継ぎのため、本件譲渡の日である平成24年4月13日から同年5月31日までの間、L社がK社に対し本件建物の管理業務を委託することが合意された。

ハ L社からのK社の退去要求について
 請求人は、原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)に対し、L社からK社の本件事務室からの退去を求められた旨申述し、異議審理庁に対しては、本件協議の際に、本件事務室に管理会社以外の者が入居すると警報機器の管理ができないとの話になり、L社からK社の本件事務室からの退去を求められた旨申述している。そして、請求人は、当審判所に対しても異議審理庁に対する上記申述と同様の内容の答述をした。
 一方、L社代表取締役は、本件調査担当職員に対し、L社はK社に対しても請求人に対しても本件事務室からのK社の退去を求めておらず、K社が本件事務室への入居を継続してくれれば賃料が入るのでその方が良かったが、本件建物の管理業務をK社以外の者に委託するのであればK社は本件事務室から退去すると同社が言い出した旨申述している。また、L社代表取締役は、異議審理庁に対し、L社は請求人に対してK社の本件事務室からの退去を求めたことはない旨及びK社が入居を継続してくれれば賃料が入るのでその方が良かった旨のほか、本件協議を行う前にK社の本件事務室からの退去が決まっていたので、本件協議の際に改めてK社の本件事務室からの退去について話し合ってはいない旨申述している。そして、L社代表取締役は、当審判所に対しては、本件協議は今後の本件建物の管理業務について協議したものであり、K社の本件事務室からの退去については、K社が退去する旨どこかの時点で買主側仲介業者の担当者から聞いていた旨答述した。
 なお、本件協議に同席した本件売買契約に係る売主側買主側双方の仲介業者の各担当者は、本件協議では本件建物の管理業務について協議されたことは記憶しているが、本件協議の際にL社が本件資産の売主たる請求人又はK社の代表取締役としての請求人に対してK社の本件事務室からの退去を求めたことについて、売主側仲介業者の担当者は記憶しておらず、買主側仲介業者の担当者の記憶は曖昧である(本件協議に同席したM社の担当者は、その後担当が変更となったため聴取できなかった。)。

ニ 本件譲渡後における本件建物の管理業務についての請求人の意向等について
 請求人は、本件調査担当職員に対し、本件譲渡後もK社としては本件建物の管理業務を継続したかったが、L社が同管理業務をM社に委託することを決めていたので退去した旨及び平成24年4月13日に本件建物の入居者に対して本件建物の管理業務を行う者が変更になる旨のチラシを配付されたので退去せざるを得なくなった旨申述した。また、請求人は、当審判所に対し、本件事務室のように建物の管理上必要な警報機器などがあるような状況で所有者か建物管理会社以外の者が本件事務室に入居するというのは非常識で、あり得ない話である旨答述するとともに、本件売買契約締結の頃はK社が引き続き本件建物の管理業務を行うことができるものと思っていたが、本件建物の管理業務を行う者が変更になるのであれば話合いの中で出て行かなければ仕方がないと思った旨答述した。
 そして、本件資産の売主側仲介業者の担当者は、当審判所に対し、請求人とはK社が本件建物の管理業務を継続できればいいなという話をしていたが、結果として変更になった旨答述した。

ホ 本件譲渡後における本件事務室の使用の対価について
 上記1の(4)のチのとおり、K社は、平成24年4月13日に、L社との間で、本件建物についての管理委託契約を締結し、同日から同年5月31日までの間、本件事務室を使用したが、両者の間で本件事務室についての賃貸借契約は締結されず、K社がL社に対して本件事務室の使用の対価を支払った事実もL社がK社に対して同対価を請求した事実もない。

ヘ 本件金員の額の算出根拠について
 請求人は、本件調査担当職員に対し、本件金員はK社に対する営業補償や経費補償である旨申述し、異議審理庁に対しては、K社が設置した造作の帳簿価額1,507,125円と同社の営業収入の4,000,000円を考慮して本件金員の額を決定した旨申述した。また、請求人は、当審判所に対し、本件金員の額は、入居時にK社が負担した内部造作の未償却残高としての1,500,000円と同社に対する営業補償としての年間収入4,000,000円を考慮して決定した旨答述した。

ト 本件書面について
 上記1の(4)のヘのとおり、本件書面には、本件建物の各室の入居者(契約者)名や賃料、敷金等の額等が記載されているところ、本件書面は、本件譲渡によりL社が請求人から承継する賃貸借契約や敷金の額を確認するために、請求人が作成した資料を基に売主側仲介業者が作成したもので、平成24年3月中に買主側仲介業者を通じてL社に渡されたものである。

(3) 当てはめ

上記(1)のとおり、本件金員が所得税法第33条第3項に規定する譲渡費用に当たるためには、客観的に見て本件金員の支払が本件譲渡の実現に必要であったと認められなければならないので、この点について、上記(2)の認定事実を踏まえ、以下検討する。

イ 本件譲渡による本件賃貸借契約のL社への承継について

(イ) 上記1の(4)のホのとおり、請求人とK社との間の本件賃貸借契約は更新され本件売買契約締結時において継続していたところ、上記1の(4)のニの(ハ)及び(ニ)のとおり、本件売買契約書においては、本件資産の引渡しは現状有形有姿で行うものとし、買主は、引渡時において本件資産に関する賃貸借契約の賃貸人たる地位と各賃借人との賃貸借契約に関する一切の権利及び義務を承継する旨記載されており、また、本件売買契約書には、請求人が自己の責任においてK社を退去させる旨の定めがないことからすると、本件売買契約締結時においては、請求人及びL社は、本件譲渡後はL社が本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位を請求人から承継するとともに、本件賃貸借契約における賃貸人としての一切の権利及び義務を承継することとなるとの認識を有していたものと認められる。

(ロ) 上記(イ)のとおり、本件売買契約締結時においては、請求人及びL社は、本件譲渡後はL社が本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位を請求人から承継するとともに、本件賃貸借契約における賃貸人としての一切の権利及び義務を承継することとなるとの認識を有していたものと認められるところ、上記(2)のロのとおり、本件協議において、本件譲渡後に本件建物の管理業務の受託業者をM社に変更することを確認するとともに、K社からM社への同業務の引継ぎのため、本件譲渡の日である平成24年4月13日から同年5月31日までの間、L社がK社に対し本件建物の管理業務を委託することが合意され、上記1の(4)のチのとおり、L社とK社は、平成24年4月13日に、その期間を同日から同年5月31日までとする本件建物の管理委託契約を締結し、上記(2)のホのとおり、同期間中、K社は本件事務室を使用したが、同期間における本件事務室の使用の対価の支払及び請求された事実はない。そして、上記1の(4)のヘのとおり、本件譲渡に関し買主側仲介業者からL社に交付された本件書面には、K社の名は記載されていないところ、上記(2)のトのとおり、本件書面は、本件譲渡によりL社が請求人から承継する賃貸借契約や敷金の額を確認するため、請求人が作成した資料に基づいて作成され、平成24年3月中にL社に交付されたものであるから、同月中には請求人とK社との間で本件譲渡の日までにK社が本件事務室から退去する旨の合意がされていたと推認できる。
 以上のことを併せ考えれば、本件賃貸借契約は、遅くとも本件譲渡の日である平成24年4月13日までに、請求人とK社との間で合意解約され、本件賃貸借契約に係る賃貸人の権利義務はL社に承継されなかったと認めるのが相当である。

ロ K社の本件事務室からの退去の必要性について
 上記イの(ロ)のとおり、本件賃貸借契約は、遅くとも本件譲渡の日である平成24年4月13日までに、請求人とK社との間で合意解約されたと認められるところ、請求人からK社に対する本件金員の支払が、客観的に見て本件譲渡を実現するために必要であったか否かを判断するためには、本件譲渡前に請求人がK社を本件事務室から退去させることが客観的に見て本件譲渡を実現するために必要であったかどうかを検討する必要がある。

(イ) この点につき、請求人は、K社に対する本件金員の支払は、L社からの退去要求に協力せざるを得なかったことによるものであるから、客観的に見て本件譲渡を実現させるために必要なものであった旨主張し、上記(2)のハのとおり、本件調査担当職員及び異議審理庁に対し、K社の本件事務室からの退去要求がL社からあった旨申述し、当審判所に対しても同様の答述をしている。
 しかしながら、上記(2)のハのとおり、L社代表取締役は、本件調査担当職員に対し、L社が本件事務室からのK社の退去を求めたことはなく、K社が入居を継続してくれれば賃料が入るのでその方が良かったが本件建物の管理業務をK社以外の者に委託するのであればK社は本件事務室から退去すると同社が言い出した旨申述している。また、L社代表取締役は、異議審理庁に対してもK社の退去を求めたことはなく、本件協議の前にK社の退去は決まっていたので、本件協議の際に改めてK社の退去について話し合ってはいない旨申述し、当審判所に対しては、K社が退去する旨をどこかの時点で買主側仲介業者の担当者から聞いていた旨答述している。そして、本件協議に同席した売主側買主側双方の仲介業者の各担当者は、本件協議では本件建物の管理業務について協議されたことは記憶しているものの、本件協議の際にL社が請求人又はK社の代表取締役としての請求人に対してK社の退去を求めたことを記憶していないか記憶が曖昧である。
 また、上記(2)のニの請求人の申述及び答述、並びに、上記(2)のハのとおり、L社代表取締役が「本件建物の管理業務をK社以外の者に委託するのであればK社は本件事務室から退去すると同社が言い出した」旨申述していることからすれば、K社の本件事務室からの退去は、本件譲渡後に本件建物の管理業務をK社以外の者に委託することを契機とするものであると認められるところ、上記(2)のイの(ハ)のとおり、本件譲渡後に本件建物の管理業務を受託したM社は本件事務室に常駐しておらず、また、本件事務室に本件建物の管理業務を行わなくなったK社が入居した場合に本件建物に係る設備機器が本件建物の管理業務遂行上支障になるとしても、本件建物に係る設備機器の撤去や移設等を行った上でL社とK社との間で本件事務室の賃貸借契約を締結することは可能と考えられ、実際、上記(2)のイの(ニ)のとおり、L社は本件工事等を行った上で本件事務室を第三者に賃貸していることからすれば、L社がK社の本件事務室からの退去を求める合理的理由は見いだし難い。
 さらに、仮にL社が請求人に対しK社の本件事務室からの退去を求め、そのために必要な費用を請求人がK社に支払うこととなったのであれば、請求人がL社に対して本件売買契約における売買代金の増額を求めるのが自然であるところ、本件譲渡の日である平成24年4月13日までの間に本件売買契約における売買代金の増額について、請求人とL社との間で協議が行われた事実はうかがわれず、上記1の(4)のトのとおり、平成24年4月13日には、同年3月9日に締結された本件売買契約の定めに従って売買残代金がL社から請求人に支払われるとともに、賃料等及び諸経費等並びに本件資産に対して賦課される公租公課相当額の精算が行われ、これら以外の金員がL社から請求人に交付された事実も本件売買契約の内容が変更された事実もうかがわれない。
 そうすると、L社が本件事務室からのK社の退去を求めた事実を認めることはできず、本件譲渡を実現させるためにL社からの退去要求に協力せざるを得なかったことから、K社を本件事務室から退去させるためには同社に対して本件金員を支払う必要があった旨の請求人の主張は、その前提を欠き、採用できない。

(ロ) もっとも、上記(イ)のとおり、L社からK社の本件事務室からの退去要求があったことを認めることはできないが、本件資産の売買がK社の本件事務室からの退去を前提にして進んでいる以上、K社に本件事務室から退去してもらう特段の事情があった旨請求人が主張し、また、上記(2)のニのとおり、請求人が当審判所に対し「本件事務室のように建物の管理上必要な警報機器などがあるような状況で所有者か建物管理会社以外の者が本件事務室に入居するというのは非常識で、あり得ない話である」旨及び「本件売買契約締結の頃はK社が引き続き本件建物の管理業務を行うことができるものと思っていたが、本件建物の管理業務を行う者が変更になるのであれば話合いの中で出て行かなければ仕方がないと思った」旨答述していることからすれば、請求人において、本件譲渡を実現させるためにはK社の本件事務室からの退去が必要であり、K社を本件事務室から退去させるためには同社に対する本件金員の支払が必要であると判断し、請求人とK社との間で、K社の本件事務室からの退去とともに請求人のK社に対する本件金員の支払が合意された可能性もある。
 しかしながら、上記のように請求人が判断したとしても、それは請求人の主観に基づくものであり、客観的に見てK社の本件事務室からの退去が本件譲渡の実現のために必要であったと直ちに認めることは困難であり、また、仮に、請求人とK社との間で上記合意が成立したのであれば、本件賃貸借契約及びK社に対する本件建物の管理委託業務について書面を作成している請求人とK社においては、上記合意が成立したことを明らかにする書面が作成されるのが自然と考えられるところ、当該書面が作成された事実はうかがわれないから、当該合意の成立を認めることも困難である。

(ハ) そうすると、K社の本件事務室からの退去は、客観的に見て本件譲渡の実現に必要であったとは認められないから、請求人のK社に対する本件金員の支払が、客観的に見て本件譲渡を実現するために必要な費用の支払であったと認めることはできない。
 したがって、本件金員は、所得税法第33条第3項に規定する譲渡費用に該当しない。

ハ 請求人の主張について
 請求人は、上記3の「請求人」欄のとおり主張するが、請求人がL社からK社の本件事務室からの退去要求に協力せざるを得なかった旨の主張については、上記ロの(イ)のとおり、L社から上記退去要求があったことを認めることはできないのであるから、その前提を欠き採用できず、また、本件資産の売買がK社の退去を前提に進んでいる以上、請求人としてはK社に退去してもらう特段の事情があった旨の主張については、上記ロの(ロ)のとおり、それは請求人の主観に基づくものであってK社の本件事務室からの退去が客観的に見て本件譲渡の実現に必要であったとは認められないのであるから、請求人の主張には理由がない。

(4) 本件更正処分について

上記(3)のロの(ハ)のとおり、本件金員は所得税法第33条第3項に規定する譲渡費用に該当せず、このことを前提に請求人の平成24年分の所得税の納付すべき税額を計算すると、本件更正処分の額と同額となるから、本件更正処分は適法である。

(5) 本件賦課決定処分について

本件更正処分は上記(4)のとおり適法であり、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいてなされた本件賦課決定処分は適法である。

(6) その他

原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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