(平成28年6月28日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の相続税について、被相続人名義の不動産の譲渡代金債権が課税価格に算入されるとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人がその全部の取消しを求めた事案であり、争点は、上記代金債権の存否である。

(2) 関係法令

別紙のとおりである。

(3) 審査請求に至る経緯及び基礎事実

次の事実については、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。

  • イ D(以下「本件被相続人」という。)は、平成23年3月○日に死亡し、同人に係る相続(以下「本件相続」という。)が開始した。
     本件相続の相続人は、本件被相続人の夫である請求人、長女であるE、Eの子で本件被相続人の養子となっていたFの3名である。
  • ロ 本件被相続人は、平成22年11月25日当時、アメリカ合衆国d州e市所在の別表2記載の土地及び建物(以下、併せて「本件不動産」という。)の登記記録上の所有名義人となっていた。
  • ハ 本件被相続人・E名義の平成22年11月25日付「不動産売買契約書」(以下「本件売買契約書」という。)には、要旨、次の記載がある。
    1. (イ) 本件被相続人を売主、Eを買主として、以下の条件で本件不動産の売買契約(以下「本件売買契約」という。)が成立した。
    2. (ロ) 売買価額は代金○○○○米ドルとする。なお、米ドルを邦貨換算する場合、1米ドルを○○円にて換算する(当該換算レートにより邦貨換算した代金額は○○○○円である。)。
    3. (ハ) 買主は、売主に対し、平成22年11月25日に○○○○米ドルを支払い、平成22年12月6日までに○○○○米ドルを支払うものとし、売主は、買主から代金全額を受領すると同時に、本件不動産の引渡し及び所有権移転登記手続を完了させる。
  • ニ 請求人・E名義の平成22年12月6日付「金銭消費貸借契約書」(以下「本件消費貸借契約書」という。)には、要旨、次の記載がある。
    1. (イ) Eを借主、請求人を貸主として、請求人は、○○○○円をEに貸与し、Eはこれを借り受けた。
    2. (ロ) Eは、上記(イ)の金員を、不動産の取得の目的に用いるものとする。
    3. (ハ) 貸出金利は年利1%、返済期間は最長30年とし、その期間内に返済する。
    4. (二) Eは、当初の5年間、毎年11月末日までに元利金○○○○円を、年1回適宜の方法により請求人に支払うものとし、その後の返済金額については、請求人及びE協議の上、改めてこれを定める。
    5. (ホ) Eが本契約の期限の利益を喪失した時は、年率3%の損害金を加算の上、速やかに請求人に支払うものとする。
  • ホ 本件被相続人・E名義の2010年(平成22年)12月29日付「QUITCLAIM DEED」(和訳:権利放棄証書。以下「本件権利放棄証書」という。)には、本証書をもって、譲渡人(本件被相続人)は、○○米ドルの対価及び譲受人(E)から支払われた他の正当かつ価値ある対価を約因として、本件不動産に対する譲渡人の権利、権原及び権益の全てを、単独所有権として、譲受人に対し、譲与、提供、売却、譲渡する旨の記載がある。
     本件権利放棄証書には、本件被相続人の代理人としての請求人の署名及びEの署名があり、各署名について、G法務局所属公証人による認証が付与されている。
  • ヘ 本件不動産について、2010年(平成22年)12月29日付で、登記記録上の所有名義人が本件被相続人からEに変更された。
  • ト Eは、現在に至るまで、本件被相続人又はその相続人に対し、本件売買契約書記載の代金(上記ハの(ロ))を全く支払っていない。
  • チ 審査請求(平成27年7月23日)に至る経緯は、別表1のとおりである。
     原処分庁は、本件売買契約に基づく代金債権(以下「本件代金債権」という。)が本件相続に係る相続税の課税価格に算入されるとして、平成26年4月25日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおり、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

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2 主張

原処分庁 請求人
本件被相続人は、Eに対し、本件不動産を売却しているところ、相続開始時点において、本件売買契約書記載の代金○○○○円が支払われていなかったことから、本件被相続人は、上記代金に相当する本件代金債権を有していたと認められ、これは本件相続に係る相続税の課税価格に算入される相続財産である。 そもそも、本件不動産の所有者は請求人であり、本件被相続人が所有者であったことはない。
 請求人は、債権者からの強制執行を免れるために、本件不動産を本件被相続人名義としていたところ、これを更にE名義とするため、本件売買契約書を作成したが、同契約書は虚偽のものである。
 したがって、本件代金債権は発生していない。

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3 判断

(1) 認定事実

原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 上記1の(3)のヘの本件不動産の所有権移転登記に必要な書類の手配や登記申請等の諸手続は、請求人の命を受けた不動産業者のJが行った。
  • ロ Eは、本件売買契約書の作成に関与していない。
  • ハ Eは、本件消費貸借契約書に自ら署名・押印したが、同契約書記載の金員を受け取っておらず、返済もしていない。
  • ニ Eは、請求人から、本件不動産の所有名義をE名義に変えるのに必要な書類であるとして、本件権利放棄証書への署名を求められ、これに自ら署名した。
  • ホ 本件相続に関しては、請求人、E及びFの間で、平成23年12月13日付の遺産分割協議書が作成されている。
     しかし、請求人及びEは、実際には上記遺産分割協議書記載の分割方法と異なる遺産分割をするとして、同協議書と異なる分割方法を定める平成23年12月6日付の合意書(以下「本件合意書」という。)を作成しているところ、本件合意書には、「eの土地・建物は便宜上乙の名義ではあるものの、元来より甲の所有である事を甲・乙再度確認する。」との記載(なお、「甲」は請求人を、「乙」はEを、「eの土地・建物」は本件不動産を指す。)がある。
  • へ Eは、過去に家族でd旅行をした際に本件不動産を使用したこともあったが、現在では、建物の鍵を請求人のみが所持しているため、本件不動産を使用することはできない。
     本件不動産に係る固定資産税、水道光熱費等は専ら請求人が支払っており、Eがこれらを支払ったことはない。

(2) 検討

上記1の(3)のハのとおり、本件売買契約が成立した旨の本件売買契約書が存在するものの、上記(1)のロのとおり、本件売買契約書の作成に、買主とされるEは関与していない。また、上記1の(3)のハ、ヘ及びトのとおり、本件売買契約書において、本件不動産の所有権移転登記手続は、平成22年12月6日を最終弁済期とする売買代金全額の支払と引替えに行うとされているが、現在に至るまで売買代金は全く支払われておらず、そうであるのに、所有権移転登記が完了しているのは不自然である。さらに、上記(1)のハのとおり、Eは本件消費貸借契約書記載の金員を受け取っておらず、返済もしていない。しかも、上記(1)のホのとおり、請求人及びEの間では、本件不動産のEの所有名義は便宜上のものであり、真実は請求人が所有者であることを確認する旨の、本件売買契約とは明らかに矛盾した記載のある本件合意書が作成されている。加えて、上記(1)のヘのとおり、Eが本件不動産の所有者としてこれを管理、支配している形跡はうかがわれない。
 これらの事情に照らせば、本件売買契約書は、実体を伴わない架空の内容を記載した契約書であるものと認めるのが相当である(なお、本件売買契約書に付随して作成された本件消費貸借契約書や本件権利放棄証書も、その作成経緯等に照らせば、実体を伴わない文書であると認められる。)。
 したがって、本件代金債権は発生していないというべきである。

4 原処分について

上記3のとおり、本件代金債権は発生していないというべきであるから、これを本件相続に係る相続税の課税価格に算入することはできず、本件更正処分はその全部が違法である。
 また、本件更正処分の全部が違法である以上、本件賦課決定処分も、その全部が違法である。

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