(平成29年8月22日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、日本の居住者として税制適格ストックオプションの権利行使により取得した株式をK国に出国後に保管口座を移管したことによるみなし譲渡に係る譲渡所得について確定申告をした後、当該譲渡所得は、日本国とK国との間の租税協定により、日本国には課税権がないとして更正の請求をしたのに対し、原処分庁が、更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたことから、請求人が、同処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令等の要旨

別紙のとおりである。
 なお、別紙で定義した略語については、以下、本文でも使用する。

(3) 基礎事実及び審査請求に至る経緯

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ F社は、平成○年○月○日に設立され、b市e町○-○に本店を有する内国法人である。
  • ロ 請求人は、平成○年○月、F社に入社し、○○に就任した。
  • ハ F社は、平成○年○月○日の臨時株主総会において、有利な条件をもって新株予約権を発行する旨を決議した。
  • ニ 請求人は、平成○年○月○日付で、F社との間で、上記ハの決議及び同月○日開催の取締役会決議に基づき、税制適格ストックオプションの割当契約を締結し、F社から、同日に○○個の新株予約権(新株予約権1個当たりの行使に際し払い込むべき額○○円)を無償で付与された。
  • ホ 請求人は、平成○年○月○日、F社の○○に就任した。
  • ヘ 請求人は、平成○年○月○日付で、F社との間で、上記ハの決議及び同月○日開催の取締役会決議に基づき、税制適格ストックオプションの割当契約を締結し、F社から、同日に○○個の新株予約権(新株予約権1個当たりの行使に際し払い込むべき額○○円)を無償で付与された。
  • ト 請求人は、平成○年○月○日、上記ニの新株予約権○○個のうちの○○個(株数で○○株。同日におけるF社の1株当たりの株価は○○円)について、新株予約権を行使し、当該○○株を、F社とG証券との間における措置法第29条の2第1項第6号に規定する振替口座簿への記載若しくは記録、保管の委託又は管理等信託の契約に基づき、G証券の請求人名義の株式保護預り口座において保護預かりとした。
  • チ 請求人は、平成○年○月○日(以下、上記トの平成○年○月○日と併せて「本件各権利行使日」という。)、上記ニの新株予約権○○個のうちの○○個と上記ヘの新株予約権○○個との合計○○個(株数で○○株。同日におけるF社の1株当たりの株価は○○円)について、新株予約権を行使し、当該○○株を、上記トと同様、G証券の請求人名義の株式保護預り口座において保護預かりとした。
     なお、本件各権利行使日における請求人の住所は、b市f町○-○であった。
  • リ 上記ト及びチにより請求人が取得した○○株及び○○株の合計○○株の株式については、平成○年○月○日、F社の株式の1株が○○株に分割されたことにより、○○○○株(以下「本件株式」という。)となった。
  • ヌ 請求人は、平成X1年○月○日、その住所を上記チのb市f町○-○からK国へ移動した。
  • ル 本件株式は、平成X1年○月○日(以下「本件移管日」という。)、上記ヌの請求人の住所移動に伴い、G証券の請求人名義の株式保護預り口座からH社の請求人名義の保管口座へと移管された。
     なお、本件移管日におけるF社の発行済株式総数は○○○○株であり、株価は○○円であった。また、請求人が移管した本件株式は当該発行済株式総数の○○%であり、本件移管日における本件株式の価額に相当する金額は○○○○円(○○円×○○○○株)であった。
  • ヲ 請求人は、平成X1年○月○日、請求人の関与税理士であるJ(以下「J税理士」という。)を納税管理人に定めた旨の「所得税・消費税の納税管理人の届出書」を原処分庁に提出した。
  • ワ J税理士は、請求人の平成X1年分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)について、総所得金額(給与所得の金額)を○○○○円及び分離課税による株式等の譲渡に係る譲渡所得金額を○○○○円並びに納付すべき税額を○○○○円として、法定申告期限までに申告した。
     上記申告に当たり、請求人は、上記ルの本件株式の移管が措置法第29条の2第4項に規定するみなし譲渡に該当するとして、本件各権利行使日における上記ト及びチのF社の1株当たりの株価に基づいて算出した額○○○○円を収入金額、本件各権利行使日における上記ニ及びヘの新株予約権1個当たりの行使に際し払い込むべき額○○円に基づいて算出した額○○○○円(以下「本件権利行使価額」という。)を取得価額、当該収入金額から本件権利行使価額を差し引いた額○○○○円(以下「本件権利行使益」という。)を分離課税による株式等の譲渡に係る譲渡所得金額とした。
     なお、以下、上記ルの本件移管日における本件株式の価額に相当する金額○○○○円と本件権利行使価額との差額を「本件みなし譲渡益」、本件みなし譲渡益と本件権利行使益との差額を「本件値上がり益」という。
  • カ J税理士は、平成X2年7月29日、請求人の平成X1年分の所得税等について、本件権利行使益は、請求人がK国の居住者になった後に生じたキャピタルゲインであり、日本国では課税されないとして、更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をした。
  • ヨ これに対し、原処分庁は、平成X3年3月28日付で、本件更正請求に対し更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
  • タ 請求人は、平成X3年○月○日、その住所をK国からb市d町○-○へ移動した。
  • レ 請求人は、本件通知処分を不服として、平成X3年5月26日、異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年8月22日付で、棄却の異議決定をした。
  • ソ 請求人は、異議決定を経た後の本件通知処分に不服があるとして、平成X3年9月21日、審査請求をした。

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2 争点

本件みなし譲渡益のうち本件権利行使益について、日本国で課税を受けるか否か。

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3 主張

請求人 原処分庁
次の理由から、本件権利行使益は、K国に課税権があり、日本国において課税されるものではない。 次の理由から、本件権利行使益は、国内源泉所得として日本国において課税されるものである。
(1)措置法第29条の2第1項及び第4項は、税制適格ストックオプションの権利行使益について、所得税を課さず、株式の移転等の時に譲渡があったものとみなして所得税に関する法令の規定を適用する旨規定している。
 また、基本通達23〜35共-6(1)が、いわゆる税制非適格ストックオプションにおいて、権利付与から権利行使までの長期間にわたり生じた株式の値上がり益相当が供与されている場合は、給与所得ではなく雑所得とする旨定めているところ、これは、時の経過により当該値上がり益の構成内容が変化することを前提にしているといえる。
 そうすると、本件みなし譲渡益の構成内容についても、権利行使時に実現した本件権利行使益は、時の経過により変化、すなわち本件権利行使益部分は役員報酬から譲渡所得に変化したと考えるのが自然である。
 したがって、本件みなし譲渡益は、その全てが株式の保有によって生じた値上がり益、すなわち株式譲渡益と考えるのが相当であり、また、請求人は本件移管日においてK国の居住者であるから、本件権利行使益は、○○租税協定第13条第5項又は第21条第1項の規定が適用され、K国に課税権がある。
 さらに、○○租税協定上、権利行使益についての取扱いが明示されていない状況において、株式移転時に日本国で課税するのは、納税者の予測可能性の観点からも妥当ではない。
(1)本件権利行使益については、○○租税協定が適用されるところ、同協定にモデル条約と同旨の規定がある場合において、同条約の解釈と異なる取扱いをする旨の明示がないときは、その規定の内容に明らかに反するなどの事情がない限り、原則として○○租税協定の規定は、モデル条約の解釈と同様に解するのが相当というべきである。
 そして、○○租税協定第16条の規定と同様の規定がモデル条約第16条にあるところ、同条に関するコメンタリーによれば、法人の役員に付与されたストックオプションから生ずる利益は、その行使に基づき取得した株式の譲渡から生ずる譲渡収益とは区別する必要があり、オプションが行使等されるまでにオプション自体から生ずる利益に対してはモデル条約第16条の規定が適用されるとしている。
 そうすると、本件権利行使益については、○○租税協定第16条の規定が適用されて日本国における課税対象となる。
 なお、1措置法第29条の2第1項及び第4項は、飽くまで、日本国の税法の適用上、権利行使益について、権利行使時の課税を繰り延べ、当該権利行使により取得した特定株式の譲渡時において譲渡所得として課税するという措置が採られているにすぎず、○○租税協定においていずれの国で課税することができる収益であるかは、当該権利行使益の本来の性質により判断するのが相当であるところ、本件権利行使益の本来の性質は、上記のとおり、モデル条約第16条に関するコメンタリーによるところであり、また、2基本通達23〜35共-6(1)の定めは、権利付与の時期などにより結果として実現する権利行使益の本質が異なることに着目した定めであり、本件のように、一旦付与された権利の性質が時の経過により変質するとしているものではなく、前提を異にするものである。
 さらに、本件権利行使益に係る課税関係は、上記のとおり、各法令の規定及びその解釈から判断されるものであるから、納税者の予測可能性を損なうものとはいえない。
(2)○○租税協定がモデル条約を参考にして締結されたとしても、K国本件移管日においてOECDには加盟していないから、同協定締結時の同協定における解釈を踏襲すべきである。
 原処分庁は、○○租税協定締結後に示されたモデル条約の規定及び解釈が同協定の内容と異なる場合にその旨明示されるべきである旨主張するが、頻繁に改正されるコメンタリーの解釈との齟齬について条約締結当事国が協議し、明示の要否を検討することは現実的に不可能であり、また、同協定の適用に当たり、そのような運用を行うことは、憲法第84条に規定する租税法律主義に反し、法的安定性を著しく欠くものである。
 なお、モデル条約は数あるモデル租税条約の一つに過ぎず、モデル条約が国際基準であるとか、国際課税の共通ルールであるなどということは事実誤認であり、また、コメンタリーは、OECD加盟各国の実務担当職員が集まって作成した解釈案にすぎず、何ら法的拘束力も有しない。
 そして、本件権利行使益は、我が国の租税法において株式の譲渡から生ずる所得として課税されていることが文理上明らかである(措置法第29条の2第4項)から、○○租税協定の適用に当たっても文理解釈上当然に同協定第13条の適用を受けるべきものである。
(2)モデル条約は、租税条約を締結する際の国際基準とされ、条約交渉において国際課税の共通ルールとされているものであることに鑑みれば、○○租税協定締結の時とOECD加盟の時のいずれの前後を問わず、当事者間において、共通ルールと異なる合意をする場合や、当該共通ルールの変更に際して、当事者間で取り決めた従前の合意を変更しない場合には、その旨明らかにしておかなければかえって運用上の問題を来すことは明らかである。そして、上記(1)のとおり、○○租税協定にモデル条約と同旨の規定がある場合において、同条約の解釈と異なる取扱いをする旨の明示がないときは、その規定の内容に明らかに反するなどの事情がない限り、原則として当該同旨の規定については、モデル条約の解釈と同様に解するのが相当であり、このような運用をすることは租税法律主義に何ら反するものではない。

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4 当審判所の判断

(1) 認定事実

請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 請求人は、本件移管日において、所得税法第164条第1項第1号ないし第3号に掲げる事業の場所等(恒久的施設)を日本国内に有していなかった。
  • ロ 請求人は、上記1の(3)のヌ及びタのとおり、平成X1年○月○日に日本国からK国に住所を定め、平成X3年○月○日に同国から日本国に住所を定めたが、その間、請求人は措置法第2条第1項第1号の2に規定する非居住者(K国の居住者)であった。また、請求人は、当該非居住者であった期間を除き、同号に規定する居住者(日本国の居住者)であった。

(2) 法令解釈等

  • イ 措置法等の国内法について
    • (イ) 会社のストックオプション制度に基づき役員等に付与されたストックオプションの権利行使益、すなわち、オプションの行使により取得した株式の時価と権利行使価額(払込価額)との差額は、原則として給与所得としての課税が行われるところ、税制適格ストックオプションについては、措置法第29条の2の規定により、一定の要件のもとに一定の範囲まで、その権利行使益に対しては、権利行使時には課税せず、その行使によって取得した特定株式の譲渡時に、その株式の値上がり益と併せて譲渡所得として課税される(以下「SO課税制度」という。)。
    • (ロ) 措置法第29条の2第1項本文は、「・・・当該付与決議に基づき当該株式会社と当該取締役等との間に締結された契約により与えられた当該新株予約権若しくは新株引受権又は株式譲渡請求権(当該新株予約権若しくは新株引受権又は株式譲渡請求権に係る契約において、次に掲げる要件が定められているものに限る。以下「特定新株予約権等」という。)を当該契約に従って行使することにより当該特定新株予約権等に係る株式の取得をした場合には、当該株式の取得に係る経済的利益については、所得税を課さない。」旨規定する一方、同条には、第1項本文の規定の適用を受ける場合の株式の取得価額の計算の特例の詳細を政令に委任する第7項の規定がある。
       そして、上記取得価額の計算の特例として委任を受けた措置法施行令第19条の3第12項は、特定新株予約権等の行使に係る経済的利益の非課税の特例の適用を受けて取得した株式の取得価額は、その行使の時における価額ではなく、通常の譲渡又は払込みにより取得した有価証券と同様、その実際の譲渡価額又は払込価額による旨規定している(所得税法施行令第109条第1項第2号の読替え)。
       この結果、特定新株予約権等を行使することによって株式を取得した場合、当該株式の取得時における経済的利益(株式の時価から払込価額を控除した残額)には所得税が課されないのであるが、当該株式を譲渡した時に、当該譲渡に係る収入金額から控除する取得価額が、当該株式の取得時における時価ではなく払込価額とされることにより、上記経済的利益は譲渡時に譲渡益に含められ、課税されることになる。このようなことから、SO課税制度は、課税繰延べの制度と解される。
    • (ハ) また、措置法第29条の2第4項は、特定株式の移転があった場合には、当該移転があった時に、その時における価額に相当する金額による譲渡があったものとみなして、所得税に関する法令の規定を適用する旨規定している。
       そして、非居住者が、その有する特定株式を譲渡する場合における措置法第29条の2第7項の委任を受けた措置法施行令第19条の3第14項による読替え後の所得税法施行令第291条第1項は、同項第3号に規定する内国法人の株式等の譲渡による所得で同号ロの措置法第29条の2第4項に規定する特定株式の譲渡によるものは、所得税法第164条第1項第4号に規定する政令で定める国内源泉所得とする旨規定している。また、所得税法施行令第280条第2項は、同項第4号の資産の譲渡により生ずる所得(同令第291条第1項第3号に規定する株式等でその譲渡による所得が同号ロに該当するもの)は、所得税法第161条第1号に規定する国内にある資産の譲渡により生ずる所得とする旨規定している。
       これらの規定からすると、非居住者の特定株式の譲渡に係る所得は、所得税法第161条第1号に規定する国内にある資産の譲渡により生ずる所得に該当することから、特定株式を譲渡した非居住者は、所得税法第5条第2項第1号の規定により、所得税を納める義務がある。
    • (ニ) なお、措置法第37条の12第1項は、国内に恒久的施設を有しない非居住者の株式等の譲渡に係る譲渡所得について、他の所得と区分して15%の税率を適用して課税する旨規定している。
  • ロ ○○租税協定について
    • (イ) 「日星租税条約は、経済協力開発機構(OECD)のモデル租税条約に倣ったものであるから、同条約に関してOECDの租税委員会が作成したコメンタリーは、条約法に関するウィーン条約(昭和56年条約第16号)32条にいう『解釈の補足的な手段』として、日星租税条約の解釈に際しても参照されるべき資料ということができる」(最一小判平成21年10月29日民集63巻8号1881頁)から、コメンタリーは、措置法第29条の2第4項の規定によるみなし譲渡についても、○○租税協定の解釈に際して参照できると解される。
    • (ロ) ところで、措置法第29条の2第4項の規定による特定株式のみなし譲渡に伴う株式等の値上がり益は、実際の譲渡により生じたものではないところ、○○租税協定には、同協定第13条の譲渡(alienation)について具体的な定義はないが、1同協定第3条第2項によると、同協定に定義されていない用語は日本国における同協定の適用上、所得税に関する日本国の法令における意義を有するものであると解され、みなし譲渡についても所得税法等の譲渡に関する法令の規定を適用するとされること、2このようなみなし譲渡が同協定第13条の譲渡に含まれないと明示する規定が存在しないことからすると、措置法第29条の2第4項の規定によるみなし譲渡は、○○租税協定第13条の譲渡に含まれると解するのが相当である。
    • (ハ) 次に、特定株式のみなし譲渡に係る譲渡所得が、税制適格ストックオプションの権利行使益及び権利行使時から特定株式の譲渡時までの株式値上がり益から構成されている場合の課税関係について検討する。
      • A ○○租税協定においては、日本の居住者である時に税制適格ストックオプションの付与を受け、K国の居住者(日本の非居住者)となった後にその税制適格ストックオプションを権利行使した場合の権利行使益については、本来の性質が給与所得であるため、原則として居住地国(K国)に課税権があり、当該個人が従業員の場合は、その勤務が日本国で行われる期間に対応する部分について(同協定第15条第1項)、当該個人が役員の場合は、その法人が日本国の法人である場合に(同協定第16条)、日本国に課税権が配分されることとなる。
         しかしながら、日本の居住者であった時に税制適格ストックオプションの付与及び権利行使が行われた場合には、居住地国である日本にその税制適格ストックオプションの権利行使益に対する課税権が認められるところ、上記イの(イ)及び(ロ)のとおり、その権利行使時には課税が留保される(課税が繰延べされる)。そして、その後、その者が出国し、上記イの(ハ)のとおり、特定株式の移転によるみなし譲渡課税がされる場合であっても、当該留保した課税権について、○○租税協定(第15条、第16条及び第21条)をみても、日本国の課税権を制限する規定は見当たらない。
      • B 一方、税制適格ストックオプションの権利行使時から譲渡時までに生じた値上がり益については、○○租税協定第13条第5項の規定により、同条第1項ないし第4項に該当する場合を除き、居住地国にのみ課税権が配分されると解される。
      • C なお、上記解釈は、モデル条約第15条に関するコメンタリー第12.2、3及び4パラグラフ並びに同第16条に関するコメンタリーの第3.1パラグラフに照らしても相当と解される。
    • (ニ) そうすると、上記イの(ハ)及び(ニ)のとおり、国内法では、権利行使益及び権利行使時から譲渡時までに生じた値上がり益の全てを日本国で譲渡益として課税することとしているところ、上記(ハ)のとおり、日本の居住者であった時に税制適格ストックオプションの付与及び権利行使が行われた場合には、居住地国である日本国にその税制適格ストックオプションの権利行使益に対する課税権が認められ、その後その者が出国し、K国の居住者(日本の非居住者)となった以後、みなし譲渡課税がされることとなる場合について、○○租税協定では、その権利行使益について日本国の課税権を制限していないことから、日本国に課税権があり、さらに、権利行使時から譲渡時までに生じた値上がり益については居住地国にのみ課税権が配分されることとなる。

(3) 当てはめ

  • イ 請求人は、上記1の(3)のニ、へ、ト及びチ並びに上記(1)のロのとおり、日本の居住者であった時に、税制適格ストックオプションの付与を受け、その税制適格ストックオプションを行使して、本件株式を取得した。本件株式は、上記1の(3)のト及びチのとおり、税制適格ストックオプションの行使により取得し、保管の委託等がされていたものであることから、特定株式に該当する。そして、本件株式については、上記1の(3)のルのとおり、本件移管日において請求人名義の保管口座に移管されたが、この移管は上記(2)のイの(ハ)の移転に該当することから、本件移管日において、本件株式の同日における価額により譲渡があったものとみなして、所得税に関する法令の規定が適用されることとなる。この場合、本件株式の取得価額は、上記(2)のイの(ロ)のとおり、本件権利行使価額であり、本件移管日において生じた本件みなし譲渡益について、所得税の規定が適用される。
  • ロ そして、請求人は、上記(1)のとおり、本件移管日において恒久的施設を有しない非居住者であるから、特定株式である本件株式に係る本件みなし譲渡益は、上記(2)のイの(ハ)のとおり、国内源泉所得であり、その所得は所得税法第161条第1号に規定する資産の譲渡により生ずる所得(譲渡所得)となる。
  • ハ そうすると、本件みなし譲渡益は、株式等の譲渡により生じた国内源泉所得であるから、上記(2)のイの(ニ)のとおり、措置法第37条の12第1項の規定により、その全体について15%の税率を適用して分離課税の対象となる。
  • ニ 上記イないしハのことからすると、上記(2)のロの(ニ)のとおり、本件権利行使益については、本件各権利行使日における居住地国である日本国に課税権が認められ、○○租税協定は日本国の課税権を制限していないから、課税権は日本国にある。
  • ホ 一方、本件みなし譲渡益のうち、本件値上がり益については、当審判所の調査の結果によっても、○○租税協定第13条第1項ないし第4項に該当する事実等は認められないことから、同条第5項に該当し、K国にのみ課税権が配分されることになる。
  • へ 上記ニにより、本件みなし譲渡益のうち本件権利行使益については、日本国で課税を受けることとなる。したがって、本件権利行使益は、上記(2)のイの(ニ)のとおり、措置法第37条の12第1項の規定により、15%の税率で分離課税の対象となる。

(4) 請求人の主張について

  • イ 請求人は、上記3の「請求人」欄の(1)のとおり、権利行使時に実現した本件権利行使益は、時の経過により役員報酬から譲渡所得に変化したと考えるのが自然であるから、本件みなし譲渡益の全てが株式譲渡益と考えるのが相当であるため、本件権利行使益は○○租税協定第13条第5項又は第21条第1項の規定が適用され、K国に課税権がある旨、さらに、同協定上、権利行使益についての取扱いが明示されていない状況において、株式移転時に日本国で課税するのは、納税者の予測可能性の観点からも妥当ではない旨主張する。
     しかしながら、本件権利行使益については、上記(2)のロの(ハ)のAのとおり、本件株式の譲渡時点まで課税の時期が繰り延べられたものであり、時の経過により給与所得としての性質が譲渡所得に変化するというのは請求人独自の主張であり、法令等の根拠を欠くものである。そして、本件株式の移転時に日本国で課税を受けることについては、上記(2)の法令解釈等のとおりであり、納税者の予測可能性を損なうものでもない。
     なお、基本通達23〜35共-6(1)ただし書は、役員等に付与されたストックオプションの権利行使益が雑所得に該当する場合がある旨を定めているが、これは、その供与された権利行使益が主として職務の遂行に関連を有しないと認められることを理由とするものであり、権利行使益の性質が時の経過により変化するということではない。
     よって、請求人の主張は採用できない。
  • ロ また、請求人は、上記3の「請求人」欄の(2)の前段のとおり、○○租税協定がモデル条約を参考にして締結されたとしても、K国は本件移管日においてOECDには加盟しておらず、同協定締結時の同協定における解釈を踏襲すべき旨、また、同協定の適用に当たり、同協定締結後に示されたモデル条約の規定及び解釈が同協定の内容と異なる場合にその旨明示する同協定の運用は、租税法律主義に反し、法的安定性を著しく欠くものである旨主張する。
     しかしながら、モデル条約の各条項及びコメンタリーについては、非加盟国であっても加盟国と同様に同意し得ない箇所を明示して意見を表明することができるとされているところ、K国は、20XX年(平成X1年)のモデル条約及びコメンタリーについて数十項目の意見表明を行っているものの、同条約第13条、第15条及び第16条並びにこれらのコメンタリーについては一切意見表明がないこと、また、別紙の4の(2)のホ、(3)及び(4)並びに6のとおり、同条約第13条第5項、第15条第1項及び第16条は、それぞれ○○租税協定第13条第5項、第15条第1項及び第16条と同様の規定となっていることから、同協定締結後に示された同条約の規定及び解釈が同協定の内容と異なることを前提とする請求人の主張は採用できない。
     さらに、請求人は、上記3の「請求人」欄の(2)の後段のとおり、モデル条約及びコメンタリーは国際課税の共通ルール等でなく、何ら法的拘束力も有しない旨主張するが、上記(2)のロの(イ)のとおり、コメンタリーは「『解釈の補足的な手段』として、日星租税条約の解釈に際しても参照されるべき資料ということができる」と解されることから、請求人の主張は採用できない。
     加えて、請求人は、上記3の「請求人」欄の(2)の後段のとおり、本件権利行使益については、○○租税協定の適用に当たっても、文理解釈上同協定第13条の適用を受けるべき旨主張するが、本件権利行使益についての同協定適用の判断は、上記(3)のニのとおりであって、請求人の主張は採用できない。

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5 本件通知処分の適法性について

上記4の(3)のへのとおり、本件権利行使益は、日本国において課税されるべきものであり、これを前提に請求人の平成X1年分の所得税等について納付すべき税額を計算することになるが、請求人は、当該納付すべき税額の計算に当たり、総所得金額から控除する生命保険料控除額を○○円としているところ、当審判所の調査の結果によれば、当該控除額は○○円が正当であり、これに基づいて当該納付すべき税額を計算すると○○○○円となり、これは、本件の確定申告における納付すべき税額○○○○円を上回ることになるから、本件においては、通則法第23条第1項第1号に規定する更正の請求ができる場合に該当しない。
 したがって、本件更正請求に対して更正をすべき理由がないとしてされた本件通知処分は適法である。

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6 結論

よって、本審査請求は理由がないから棄却する。

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