(平成29年12月13日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁から納税者M及び納税者Nの各滞納国税に係る第二次納税義務の各納付告知処分を受けた審査請求人(以下「請求人」という。)が、当該各処分について、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第35条《同族会社の第二次納税義務》の要件を満たさない違法なものであるとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令等の要旨

  • イ 第二次納税義務の関係
    • (イ) 徴収法第32条《第二次納税義務の通則》第1項は、国税局長(徴収法第184条《国税局長が徴収する場合の読替規定》の規定による読替え後のもの。以下同じ。)は、納税者の国税を第二次納税義務者から徴収しようとするときは、その者に対し、政令で定めるところにより、徴収しようとする金額、納付の期限その他必要な事項を記載した納付通知書により告知しなければならない旨、同条第2項は、第二次納税義務者がその国税を同条第1項の納付の期限までに完納しないときは、国税局長は、納付催告書によりその納付を督促しなければならない旨それぞれ規定している。
    • (ロ) 徴収法第35条第1項は、滞納者がその者を判定の基礎となる株主又は社員として選定した場合に法人税法第2条《定義》第10号に規定する会社に該当する会社(以下「同族会社」という。)の株式又は出資を有する場合において、その株式又は出資を再度換価に付してもなお買受人がないこと(徴収法第35条第1項第1号)又はその株式若しくは出資の譲渡につき法律若しくは定款に制限があり、又は株券の発行がないため、これらを譲渡することにつき支障があること(同項第2号)の理由があり、かつ、その者の財産(当該株式又は出資を除く。)につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められるときは、その有する当該株式又は出資(当該滞納に係る国税の法定納期限の1年以上前に取得したものを除く。)の価額の限度において、同族会社は、その滞納に係る国税の第二次納税義務を負う旨規定している。
       また、徴収法第35条第2項は、同条第1項の同族会社の株式又は出資の価額は、徴収法第32条第1項の納付通知書を発する時における同族会社の資産の総額から負債の総額を控除した額をその株式又は出資の数で除した額を基礎として計算した額による旨、徴収法第35条第3項は、同条第1項の同族会社であるかどうかの判定は、徴収法第32条第1項の納付通知書を発する時の現況による旨それぞれ規定している。
    • (ハ) 国税徴収法基本通達(昭和41年8月22日付徴徴4-13ほか国税庁長官通達。以下「徴収法基本通達」という。)第35条関係13《資産及び負債の額の計算》は、徴収法第35条第2項の「資産の総額」及び「負債の総額」の算定に当たっては、徴収法第32条第1項の規定による納付通知書を発する日における貸借対照表又は財産目録を参考として、その日における会社財産の適正な価額を計算する。なお、上記の資産及び負債の総額の計算は、原則として納付通知書を発する日の現況によるが、特に徴収上支障がない限り、その日の直前の決算期(中間決算を含む。)の貸借対照表、財産目録又は法人税の決議書を参考として行っても差し支えない旨定めている。
  • ロ 見積価額の決定の関係
    • (イ) 徴収法第94条《公売》第1項は、国税局長は、差押財産を換価するときは、これを公売に付さなければならない旨、同条第2項は、公売は、入札又はせり売の方法により行わなければならない旨それぞれ規定している。
    • (ロ) 徴収法第98条《見積価額の決定》第1項は、国税局長は、近傍類似又は同種の財産の取引価格、公売財産から生ずべき収益、公売財産の原価その他の公売財産の価格形成上の事情を適切に勘案して、公売財産の見積価額を決定しなければならず、この場合において、国税局長は、差押財産を公売するための見積価額の決定であることを考慮しなければならない旨規定している。
    • (ハ) 「公売財産評価事務提要の制定について」(平成26年6月27日付徴徴3-7事務運営指針。以下「公売財産評価事務提要」という。)第6章《その他の財産の評価》の8《取引相場のない株式》は、取引相場のない株式については、次に掲げる区分に応じて得た額を基準価額(その財産の時価に相当する価額をいう。以下同じ。)とするほか、精通者の意見を参考として評価する旨定めている。
      • A 売買実例のあるものは、最近において売買の行われたもののうち適正と認められる価額
      • B 売買実例のないものでその株式の発行法人と事業の種類、規模、収益の状況が類似する他の法人の株式の価額のあるものは、当該類似法人の株式の価額
      • C 上記A及びBに該当しないものは、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほか国税庁長官通達。以下「財産評価通達」という。)の定めにより評価した額
       他方、公売財産評価事務提要が定められる以前の「公売財産評価事務提要の制定について」(昭和55年6月5日付徴徴2-9国税庁長官通達。以下「旧公売財産評価事務提要」という。)には、取引相場のない株式の評価方法については定められていない。ただし、旧公売財産評価事務提要第1章《通則》の第2節《評価事務に当っての留意事項》の5《提要に規定されていない財産の評価》は、評価方法を規定していない財産については、鑑定人による評価又は精通者意見の聴取を基として、旧公売財産評価事務提要第2章《評価の方法及び手順》の第1節《評価方法の種類》に定める、取引事例比較法、原価法、収益還元法の三種類の評価方法及び手順により評価することとされている。
  • ハ 再公売の関係
    • (イ) 徴収法第107条《再公売》第1項は、国税局長は、公売に付しても入札者等がないときは、更に公売に付するものとする旨、また、同条第2項は、国税局長は、同条第1項の規定により公売に付する場合において、必要があると認めるときは、公売財産の見積価額の変更をすることができる旨それぞれ規定している。
    • (ロ) 徴収法基本通達(平成26年6月27日付徴徴5-22「『国税徴収法基本通達』の一部改正について(法令解釈通達)」による改正前のもの。)第107条関係1-2《見積価額の変更》のなお書は、公売に付しても入札者等がない事実は、その公売財産の市場性が劣ることを示す合理的な理由の一つであることから、必要があると認めるときは、公売財産の種類、性質などにより市場性が劣ること等による固有の減価(以下「市場性減価」という。)を見直して見積価額の変更を行うものとする旨定めている(なお、第107条関係1-2は、平成22年6月15日付徴徴4-2「『国税徴収法基本通達』の一部改正について(法令解釈通達)」による改正によって新設されたものである。)。
    • (ハ) 徴収法基本通達(平成26年6月27日付徴徴5-22「『国税徴収法基本通達』の一部改正について(法令解釈通達)」による改正後のもの。)第107条関係1-2なお書は、公売に付しても入札者等がない事実は、その公売財産の市場性が劣ることを示す合理的な理由の一つであることから、再公売を行う場合には、公売に付しても入札者等がなかったことによる市場性減価を直前の基準価額から適切に減価して見積価額を変更するものとし、この場合の市場性減価は、直前の基準価額のおおむね30%程度の範囲内とする旨定めている。
    • (ニ) 旧公売財産評価事務提要第3章《見積価額の評定》の第1節《見積価額評定上の留意事項》の3《見積価額の減額》は、公売に付したが売却決定がされなかった場合には、原則として再公売をすることになるが、この場合においても、直ちに見積価額を減額して廉価に売却してよいというわけではなく、むしろ当初の見積価額が明確な算定基礎をもって評定されている限り、その価額を据え置いて再公売を実施すべきである。しかし、直前の見積価額が適当でないと認められるときは、直前の見積価額の算定基礎について十分に検討を加えるとともに、客観的に是認される範囲内において慎重な配意の下に見積価額の変更を行うものとし、単純に一定率をもって減額することのないよう留意する旨定めている。
    • (ホ) 公売財産評価事務提要第2章《公売財産の評価》の第5節《見積価額の変更》の1《公売に付しても売却できなかった場合》は、公売に付しても売却決定ができなかった場合には、原則として再公売をするものとするが、この場合においては、直前の公売における見積価額を漫然と据え置くのは適当ではなく、公売財産の価格形成要因の変化や市場性等を踏まえ、適正に見積価額を見直す。なお、公売に付しても入札者等がない事実は、その公売財産の市場性が劣ることを示す合理的な理由の一つであることから、公売に付しても入札者等がなかったことによる市場性減価を直前の基準価額から適切に減価した上で、見積価額を変更することとし、この場合の市場性減価は、直前の基準価額のおおむね30%の範囲内とする旨定めている。

(3) 基礎事実及び審査請求に至る経緯

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人について
    • (イ) 請求人は、昭和○年○月○日に設立された○○の経営等を行う監査役設置会社であり、平成○年○月○日に商号をP社からJ社に変更した。
    • (ロ) 請求人の発行済株式総数は、請求人が設立された昭和○年○月○日から原処分が行われた平成28年7月8日まで、27,330株であった。
  • ロ 納税者Mに対する処分等について
    • (イ) 原処分庁は、納税者M(以下「M」という。)が納付すべき平成18年分の所得税の確定申告分(以下「M申告分」という。)について、徴収法第151条《換価の猶予の要件等》第1項第1号(平成26年法律第10号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に基づき、平成19年6月14日付で換価の猶予をし、同日、その担保として、Mが所有する請求人の株式計2,000株(以下「本件株式1」という。)の提供を受けた。
    • (ロ) 原処分庁は、徴収法第151条第1項第1号の規定に基づき、平成20年1月16日付で、Mが納付すべき平成18年分の所得税の更正分(以下「M更正分」という。)についても、換価の猶予をした。
    • (ハ) 原処分庁は、平成20年11月10日付で、本件株式1について、1M申告分については担保物処分の差押え、2M更正分については参加差押えをした。
    • (ニ) 原処分庁は、本件株式1について、延べ10回公売に付したが、いずれも入札者がなかった。
    • (ホ) 原処分庁は、平成27年12月18日付で、徴収法第153条《滞納処分の停止の要件等》第1項第1号の規定及び徴収法基本通達第153条関係8《一部停止》の定めにより、M申告分について滞納処分の執行を停止した結果、別表1の「M」欄の国税が滞納となっている。
  • ハ 納税者Nに対する処分等について
    • (イ) Q国税局長は、平成19年10月17日付で、納税者N(以下「N」という。)が納付すべき平成17年分の所得税の確定申告分、同年分の所得税の更正分及び平成18年分の所得税の確定申告分(以下、これらを併せて「N申告分等」という。)並びに同年分の所得税の更正分(以下「N更正分」という。)について、Nが所有する請求人の株式計2,500株(以下「本件株式2」といい、「本件株式1」と併せて「本件各株式」という。)を差し押さえた。
    • (ロ) 原処分庁は、平成26年6月24日付で、R税務署長からN申告分等及びN更正分について、徴収の引継ぎを受けた。
    • (ハ) Q国税局長及び原処分庁は、本件株式2について、延べ3回公売に付したが、いずれも入札者がなかった。
    • (ニ) 原処分庁は、平成28年2月10日付で、徴収法第153条第1項第1号の規定及び徴収法基本通達第153条関係8の定めにより、N申告分等について滞納処分の執行を停止した結果、別表1の「N」欄の国税が滞納となっている。
  • ニ 請求人に対する処分等について
    • (イ) 原処分庁は、平成28年7月8日付で、M更正分を徴収するため、請求人に対して、徴収法第32条第1項及び第35条の規定に基づき、徴収しようとする金額の限度額を○○○○円とし、納付の期限を同年8月8日とする第二次納税義務の納付告知処分をした。
    • (ロ) 原処分庁は、平成28年7月8日付で、N更正分を徴収するため、請求人に対して、徴収法第32条第1項及び第35条の規定に基づき、徴収しようとする金額の限度額を○○○○円とし、納付の期限を同年8月8日とする第二次納税義務の納付告知処分(以下、上記(イ)の納付告知処分と併せて「本件各告知処分」という。)をした(以下、本件各告知処分における各限度額を併せて「本件各限度額」という。)。
  • ホ 再調査の請求
     請求人は、本件各告知処分を不服として、平成28年9月2日に再調査の請求をしたところ、再調査審理庁は、同年11月25日付でいずれも請求を棄却する旨の再調査決定をし、その決定書謄本を、同月29日に請求人に送達した。
  • ヘ 審査請求
     請求人は、上記ホの再調査決定を経た後の本件各告知処分に不服があるとして、平成28年12月28日に審査請求をした。

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2 争点

  • (1) 本件各告知処分は、徴収法第35条第1項第1号の「再度換価に付し」たとの要件を充足しているか(争点1)。
  • (2) 本件各限度額は、請求人の発行する株式の適正な時価を反映して算出された適法なものか否か(争点2)。

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3 争点についての主張

(1) 争点1(本件各告知処分は、徴収法第35条第1項第1号の「再度換価に付し」たとの要件を充足しているか。)について

原処分庁 請求人
原処分庁が本件各株式を公売に付した際の本件各株式の評価方法及び見積価額の見直しは、次のとおり適正に行われているから、本件各告知処分は、「再度換価に付し」たとの要件を充足している。 原処分庁が本件各株式を公売に付した際の本件各株式の評価方法及び見積価額の見直しは、次の理由から違法であるから、本件各告知処分は、「再度換価に付し」たとの要件を充足していない。
イ 本件各株式は取引相場のない株式であることを前提に、法令等の規定に従い、各評価方法を検討した上で、請求人の法人税の確定申告書等に記載された金額を基礎とする純資産評価方法を採用し、見積価額を算出した。このように、見積価額の決定は適正に行われている。 イ 徴収法基本通達(平成26年6月27日一部改正前のもの。)第98条関係1《見積価額の意義》は、徴収法第98条の「見積価額」とは、公売財産の客観的な時価を基準とする旨定めるが、原処分庁が算定した見積価額は、請求人の貸借対照表に計上された、いわゆる簿価純資産を基礎とするものであり、時価との乖離が大きい。
ロ 本件各株式の公売にはいずれも入札者がなかったが、本件株式1については、計9回、本件株式2については、計2回、それぞれの公売後に、旧公売財産評価事務提要又は公売財産評価事務提要の定めに従い、評価方法及び見積価額の見直しが適正に行われている。 ロ 公売財産を公売に付しても入札者がないときは、そのことをもって当該財産の市場性が劣る理由の一つとし、当該財産の再公売を行う場合には、直前の公売における見積価額を適正に見直すべきであって、漫然と据え置くのは適当ではない。
 そして、本件各株式のように複数回にわたって公売に付してもなお買受人が現れない公売財産については、その原因を調査し、可能な限りの価額修正をすべきである。
 しかしながら、原処分庁が本件各株式の見積価額を減額した回数は少なく、その額も僅少であったから、見積価額の見直しが適正になされているとはいえない。

(2) 争点2(本件各限度額は、請求人の発行する株式の適正な時価を反映して算出された適法なものか否か。)について

原処分庁 請求人
本件各限度額は、次の事実からすると、株式の適正な時価を反映して算出された適法なものである。 本件各限度額は、次の事実からすると、株式の適正な時価を反映せず算出された違法なものである。
イ 原処分庁は、本件各告知処分の直前の請求人の平成28年3月期の決算書、貸借対照表及び財産目録等を参考に、第二次納税義務の限度額に係る資産・負債の額を求め、そこから純資産額を算出した上で、本件各限度額を適正に計算している。
 請求人は、平成28年3月期の貸借対照表(以下「本件貸借対照表」という。)に記載された数字は時価を適切に反映していないなどと主張する一方で、平成28年3月期の決算書について、請求人が再調査の請求や審査請求において主張する時価評価に訂正するわけでもない。
 そうすると、請求人は、請求人の都合により、同一の財産について、提出先により異なる評価をしていることになるが、そのような評価を正当化する理由は見当たらない。
イ 徴収法第35条第1項柱書に規定する「当該株式又は出資の価額の限度において」の「価額」とは客観的交換価値を反映した時価と解すべきであるが、本件各限度額は、請求人の本件貸借対照表に計上された、時価との乖離が大きいいわゆる簿価純資産を基礎にして算出されたものであり、相当ではない。
 加えて、本件貸借対照表には、1法定耐用年数ではなく使用予定年数で計算した減価償却資産、2回収不能な関係会社債権及び3債務超過である会社の投資有価証券が含まれており、これらの事情を踏まえて評価し直すと、本件貸借対照表は債務超過になる。したがって、第二次納税義務の限度額は零円とすべきであって、請求人から徴収することは不可能である。
 このような検討を経ず、単に本件貸借対照表に記載された数字に基づき計算した本件各限度額は、時価を適正に反映していないものである。
ロ 原処分庁は、1請求人から提出されている平成23年3月期ないし平成28年3月期の各確定申告書をみても、各事業年度における減価償却費、未収入金、仮払金及び投資有価証券の価額に大きな変動はないこと、2本件各告知処分時は、平成28年3月期の決算時から僅かな期日しか経過しておらず、その間に資産の内容等に劇的な変動があるとの証拠もないことから、徴収法基本通達に定める「特に徴収上支障がない」と判断し、平成28年3月期の決算書等に記載された金額に基づき本件各告知処分をしたものであって、かかる判断は相当である。 ロ 徴収法基本通達が定める「特に徴収上支障がない限り」とは、簿価と時価との間に著しい乖離がなく、簿価ベースによる株式評価額であっても時価純資産額に近似する場合と限定的に解すべきである。
 ところが、上記イのとおり、請求人は実際には債務超過の状態であり、簿価(本件貸借対照表に記載された金額)と時価との間に著しい乖離があるといえる。
 それにもかかわらず、原処分庁は、本件各告知処分を行うに当たり、「特に徴収上支障がない」場合に該当するとして、徴収法基本通達を硬直的に適用しており、相当ではない。
 また、原処分庁は、本件各告知処分を行うに当たり、請求人の資産内容等の事情聴取及び資産価値に関する資料請求等をしないなど、請求人の資産状況を精査しなかった。

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4 当審判所の判断

(1) 争点2(本件各限度額は、請求人の発行する株式の適正な時価を反映して算出された適法なものか否か。)について

  • イ 法令解釈等
    • (イ) 徴収法第35条第2項に規定する「当該会社の資産の総額から負債の総額を控除した額」とは、同族会社に対し納付通知書を発する時の客観的な時価を標準として計算された額と解するのが相当である。
       また、徴収法第35条に規定する第二次納税義務は、同族会社の株式等に市場性がないため、当該株式等を有する滞納者の国税について、当該株式等の価額を限度として同族会社に補充的に履行責任を負わせる制度であることからすると、同条第2項に規定する同族会社の「資産」とは、納付通知書を発する時において金銭に見積もることができる経済的価値を認識できる全てのものをいい、同様に同族会社の「負債」とは、納付通知書を発する時までに債務が成立し、その債務に基づき具体的な給付をすべき原因となる事実が発生しているものをいうと解される。
       以上によれば、徴収法第35条の限度額の計算上、同族会社の「資産」とは、納付通知書を発する時において現実に同族会社に帰属していると認められる金銭に見積もることができる具体的な経済的価値を認識できる全てのものをいい、その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれる債権などのように、同族会社が具体的な経済的価値を把握しているとはいい難いものを含まないと解され、また、同族会社の「負債」とは、納付通知書を発する時までに債務が成立し、その債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生しているものをいい、その債務の発生が確実といえないようなものを含まないと解される。
    • (ロ) なお、徴収法第35条第2項に規定する「資産の総額」及び「負債の総額」の算定について、徴収法基本通達第35条関係13は、原則としては、納付通知書を発する日における貸借対照表又は財産目録を参考として、その日における会社財産の適正な価額を計算するとした上で、特に徴収上支障がない限り、納付通知書を発する日の直前の決算期の貸借対照表、財産目録等を参考として行っても差し支えない旨定めている。この定めは、1貸借対照表や財産目録等が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠し、その財政状態と経営成績を適正に表した計算書類に基づいて作成される最も基本的かつ重要な証拠であって、通常は信用性を有するものであること、2一般に、第二次納税義務者である同族会社が、納付通知書を発する日に合わせて貸借対照表等を作成していることは考え難く、課税庁が、第二次納税義務を負う同族会社に対して納付通知書を発する都度、その時の当該同族会社の株式の時価評価を一から行うことは困難であることから、徴収事務の迅速な処理の要請をも踏まえ、納付通知書を発する日における同族会社の資産及び負債の金額が明確でない場合で、納付通知書を発する日と直前の決算期末との間において、会社の財政状態及び経営成績に重大な影響を及ぼす事象の生起がなく、直前の決算期末から納付通知書を発する日までの間の資産及び負債について著しい増減がないため株式の評価額の計算に影響が少ないと認められる場合には、「特に徴収上支障がない」として、当該決算期末の貸借対照表や財産目録等を利用することを認める趣旨と解され、合理性のあるものといえる。
  • ロ 認定事実
     請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。
    • (イ) 請求人は、徴収法第35条第1項の「同族会社」に当たる。
    • (ロ) Mが本件株式1を取得した日、Nが本件株式2を取得した日は、いずれも平成18年4月21日である。
    • (ハ) 請求人の本件貸借対照表の記載は、別表3の各「科目」欄及び各「帳簿価額」欄のとおりである。
    • (ニ) 納付通知書を発した日(平成28年7月8日)における請求人の資産及び負債の金額は明らかではなかった。
    • (ホ) 請求人について、納付通知書を発した日(平成28年7月8日)の直前の決算期末である平成28年3月31日から納付通知書を発した日までの間に、後発的に財政状態や経営成績に重大な影響を及ぼす事象が発生した事実はなく、直前の決算期末から納付通知書を発した日までの間の請求人の資産及び負債について著しい増減があったとは認められない。
    • (ヘ) 原処分庁は、本件貸借対照表に記載されている帳簿価額に基づき、資産の総額から負債の総額を控除した額(○○○○円)を発行済株式総数(27,330株)で除した額を基礎として、当該金額にM及びNがそれぞれ所有する株式数を乗じて、M更正分及びN更正分の本件各限度額をそれぞれ○○○○円、○○○○円と算定した。
    • (ト) 本件貸借対照表の各勘定科目のうち、「資産」については、納付通知書を発する時において現実に請求人に帰属していると認められる金銭に見積もることができる具体的な経済的価値を認識できるものか否か、また、「負債」については、納付通知書を発する時までに債務が成立し、その債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生しているものか否かに基づき客観的な時価評価を行うと、評価額の見直しが必要な各科目及びそれらの金額は以下のとおりとなる。
      • A 前払費用、短期前払賃料、長期前払費用及び長期前払賃料
         前払費用等は、評価時点において財産的価値があるか否かによって判断するのが相当であるところ、本件貸借対照表の前払費用○○○○円、短期前払賃料○○○○円、長期前払費用○○○○円及び長期前払賃料○○○○円については、契約書等によれば、評価時点において契約等を解除した場合に返還されるものはないと認められるので、いずれもその評価額は零円となる。
      • B 繰延税金資産及び繰延税金負債
         繰延税金資産○○○○円及び繰延税金負債○○○○円は、将来の法人税等の前払額ないし未払額に相当するものとして企業会計上は資産及び負債にそれぞれ計上されるものであるが、現実に繰延税金資産の額を還付請求できるわけではなく、また、繰延税金負債の額の納付義務を負うものではないから、いずれもその評価額は零円となる。
      • C 未収入金
        未収入金のうち、S社に対する○○○○円については、その評価額を零円とするのが相当である。
        すなわち、同社の平成25年6月期ないし平成28年6月期の4事業年度の貸借対照表及び損益計算書の要旨は別表2の(1)のイ及びロのとおりであり、同社の上記4事業年度の貸借対照表上、いずれも○○○○の債務超過の状態であるが、これに加えて、1同社は土地等の固定資産を所有せず、また、同社の主たる資産はT社に対する貸付金○○○○円であるところ、以下のDで検討するとおり、当該貸付金については、その全額の回収が不可能又は著しく困難であると認められること、2上記4事業年度の間、S社の資産及び負債の額に大きな変動はなく、平成25年6月期以後は、損益計算書を見ても売上高がほとんどなく、平成28年6月期は売上高が全くないことからすれば、同社は休業状態であると認められること(受取利息はT社に対する未収利息を計上しているにすぎないことがうかがわれる。)を併せ考慮すると、実質的にみて資産は零円であることから、S社は、単に債務超過状態が継続しているというにとどまるものではなく、同社に対する未収入金の全額の回収が不可能又は著しく困難な状態であると認めるのが相当である。
         したがって、S社に対する未収入金について、その全額の回収が不可能又は著しく困難なものとして評価額を零円とすると、請求人の未収入金の評価額の合計は○○○○円となる。
      • D 仮払金
         仮払金のうち、T社に対する○○○○円については、別表2の(2)のイ及びロのとおり、同社の平成25年3月期ないし平成28年3月期の4事業年度の財政状態は、いずれも○○○○の著しい債務超過の状態であるが、これに加えて、1上記4事業年度の間、資産及び負債の額に大きな変動はなく、平成25年3月期以後は、損益計算書を見ても売上高が全くないことからすれば、同社は休業状態であると認められること、2同社は土地等の固定資産を所有せず、同社の主要資産は、K(Mの二男)、M及びNに対する長期貸付金及び未収入金であるところ、これらの各債権額は平成25年3月期から平成28年3月期までの間にほとんど変動がないこと(なお、その合計額は、平成25年3月期は○○○○円、平成26年3月期は○○○○円、平成27年3月期は○○○○円、平成28年3月期は○○○○円である。)のほか、3原処分庁は、徴収法第153条第1項第1号及び徴収法基本通達第153条関係8に基づき、M申告分及びN申告分等に係る国税について、滞納処分の執行等をすることができる財産がないとして滞納処分の執行を停止していること(前記1の(3)のロの(ホ)及びハの(ニ))、4当該仮払金は、平成23年7月14日から平成26年1月31日までの間に計18回にわたり計上された合計○○○○円が基になったもので、長期間にわたり本来の勘定科目に振り替えられることなく計上されたままであることがそれぞれ認められ、これらの事実を併せ考慮すると、実質的にみて資産は零円であることから、T社は、単に債務超過状態が継続しているというにとどまるものではなく、同社に対する仮払金の全額の回収が不可能又は著しく困難な状態であると認めるのが相当である。
         したがって、T社に対する仮払金について、その全額の回収が不可能又は著しく困難なものとして評価額を零円とすると、請求人の仮払金の評価額の合計は○○○○円となる。
      • E 工具器具備品及びリース資産
         本件貸借対照表に計上されている工具器具備品及びリース資産については、いずれも売買実例価額、精通者意見価格、小売価額等が明らかでないことから、その時価評価に当たっては、取得価額から償却費の額の合計額を控除した金額によって評価するのが相当であるところ、請求人は、本件貸借対照表に計上されている工具器具備品及びリース資産のうち、平成26年3月期及び平成27年3月期の2事業年度に新規に取得したものの減価償却費を全く計上していない。
         したがって、本件貸借対照表に計上されている工具器具備品及びリース資産について、取得価額から本来の耐用年数に従って減価償却した場合の償却費の額を控除すると、工具器具備品の評価額は○○○○円、リース資産の評価額は○○○○円となる。
      • F 投資有価証券
         投資有価証券には以下の2社への出資額が計上されており、それぞれの時価評価は以下のとおりとなる。
        • (A) U社
           U社は、財産評価通達において、比準要素数1の会社に区分されることから、同社の普通株式○○○○円については、純資産価額方式により評価するのが相当であるところ、評価時点の直前期末である平成27年12月31日現在における同社の簿価純資産を基に評価すると、その評価額は○○○○円となる。
        • (B) V社
           V社は、財産評価通達において、小会社に区分されることから、同社の普通株式○○○○円については、純資産価額方式により評価するのが相当であるところ、評価時点の直前期末である平成28年3月31日現在における同社の簿価純資産は債務超過であることから、その評価額は零円となる。
      • G 退職給付引当金
         退職給付引当金○○○○円は、企業会計上の負債ではあるが、確実に発生する債務とはいえないので、その評価額は零円となる。なお、財産評価通達186《純資産価額計算上の負債》が退職給与引当金やその他の引当金に相当する金額について株式評価上負債に含まれないとしているのも、同趣旨であると解される。
      • H 小括
         上記AないしGの評価の結果、本件貸借対照表の純資産価額は別表3の「資本合計」欄の「審判所認定評価額」欄のとおりマイナスとなり、請求人は債務超過の状態に陥っていることが明らかといえる。
  • ハ 当てはめ
    • (イ) 上記ロの(ニ)及び(ホ)のとおり、納付通知書を発した日(平成28年7月8日)における請求人の資産及び負債の金額は明らかではなく、直前の決算期末(平成28年3月31日)以降、納付通知書を発した日(平成28年7月8日)までの間に、請求人に後発的に財政状態や経営成績に重大な影響を及ぼす事象が発生した事実はなく、直前の決算期末から納付通知書を発した日までの間の請求人の資産及び負債について著しい増減があったとは認められないから、本件は、徴収法基本通達第35条関係13の「特に徴収上支障がない」場合に当たるといえる。
       したがって、納付通知書を発した日における請求人の株式の客観的な時価を算定するに当たっては、平成28年3月31日時点の貸借対照表、財産目録等を参考として行うことができる。
    • (ロ) ところで、原処分庁は、上記ロの(ヘ)のとおり、本件各限度額の算定に当たり、請求人の直前の決算期(平成28年3月期)の本件貸借対照表に記載されている帳簿価額をもって、そのまま資産及び負債の額としている。
       しかしながら、徴収法基本通達第35条関係13が、特に徴収上支障がない場合には、直前の決算期の貸借対照表等を参考にすることを認めることで、納付通知書を発した日の時価評価を簡便に行えるようにすることを企図する一方、飽くまで「参考」とすることができるにとどめているのは、徴収法第35条第2項の「当該会社の資産の総額から負債の総額を控除した額」は、同族会社に対し納付通知書を発する時の客観的な時価を標準として計算されるべきものであることを踏まえたものと解される。そうであるとすると、上記イの(イ)のとおり、直前の決算期の貸借対照表等の各勘定科目の中に、その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれる債権などのように、額面どおりの経済的価値があるとはいい難い資産や、その債務の発生が確実といえないような負債が含まれている場合には、貸借対照表等の金額に一定の修正を加えて客観的な時価を算定するのが相当である。
    • (ハ) そして、本件貸借対照表に記載された資産及び負債の金額に修正を加えて請求人の株式の価額を算定すると、上記ロの(ト)のHのとおり、請求人は債務超過の状態に陥っており、その価額は零円であるから、本件各限度額は、請求人の発行する株式の適正な時価を反映して算出された適法なものとはいえない。
  • ニ 原処分庁の主張について
     原処分庁は、請求人は本件貸借対照表に記載された数字は時価を適切に反映していないなどと主張する一方で、平成28年3月期の決算書について、請求人が再調査の請求や審査請求において主張する時価評価に訂正していないことから、本件貸借対照表に記載された資産及び負債の帳簿価額をそのまま時価評価として用いることができる旨主張する。
     しかしながら、上記ハの(ロ)のとおり、飽くまで貸借対照表等は「参考」にすることができるにとどまり、そのまま時価評価として用いるのは相当ではないと解され、また、上記ハの(ハ)のとおり、本件貸借対照表の客観的な時価に基づく純資産価額はマイナスとなることから、この点に関する原処分庁の主張には理由がない。

(2) 本件各告知処分の適法性について

以上のとおり、請求人の納付通知書を発した日(平成28年7月8日)における資産の総額から負債の総額を控除した額はマイナスであることから、請求人が徴収法第35条の第二次納税義務を負うことはない。
  したがって、本件各告知処分は、争点1及びその余の部分について判断するまでもなく、いずれも違法となるから、その全部を取り消すべきである。

(3) 結論

よって、審査請求には理由があるから、本件各告知処分の全部を取り消すこととする。

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