(平成29年10月18日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、納税者G社(以下「本件滞納法人」という。)の滞納国税を徴収するために、本件滞納法人が運営していた3か所のe教室に設置されていたfを差し押さえたことに対して、審査請求人(以下「請求人」という。)が、当該fについて、当該差押えが行われた時点において、請求人の所有であって、本件滞納法人に帰属する財産ではないので、当該差押えは違法、無効であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

別紙のとおりである。なお、別紙で定義した略語については、以下、本文でも使用する。

(3) 基礎事実及び審査請求に至る経緯

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人は、e教育活動に関する研究調査開発、e教育の普及等を目的とする○○○○である。
  • ロ 本件滞納法人は、○○○○の卸・小売業、e教室等の経営等を目的とする法人である。
  • ハ 請求人は、平成27年6月30日、本件滞納法人との間で、請求人が開発した○○○○レッスンの実施を本件滞納法人に委託する旨の契約(いわゆる特約店契約)を締結し、本件滞納法人は、同契約に基づき「H」の名称を用いてJ、K、L(以下、併せて「本件各教室」という。)などを運営していた。
  • ニ M税務署長は、平成27年11月4日、本件滞納法人の納付すべき国税(以下「本件滞納国税」という。)について督促状を送付した。
  • ホ 原処分庁は、平成27年11月26日、国税通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、本件滞納国税について、M税務署長から徴収の引継ぎを受けた。
  • ヘ 本件滞納法人は、平成28年4月22日当時、別表1記載のf8台(J内のf3台、K内のf1台及びL内のf4台。以下、これらを併せて「本件各f」という。)を所有していた。
  • ト 本件滞納法人と請求人は、平成28年4月22日、要旨次のとおりの合意(以下「本件譲渡合意」という。)をした。
    • (イ) 本件滞納法人と請求人は、本件滞納法人が予定している破産申立て及び事業廃止により、本件滞納法人が運営する「H」の生徒らに対する悪影響を最小限にするべく本件譲渡合意をする。また、本件滞納法人は、請求人に対し、当該生徒らがレッスンを継続して受講できるように協力する。
    • (ロ) 本件滞納法人は、請求人に対し、次のA及びBの事由を解除条件として、本件各教室及びN(以下、本件各教室とNを併せて「本件4教室」という。)の賃借人たる地位(本件4教室に関する本件滞納法人と賃貸人との賃貸借契約関係の一切)を譲り渡す。
      • A 本件4教室の賃貸人が本件滞納法人から請求人への賃借人たる地位の移転を承諾しないとき
      • B 本件滞納法人から請求人へ賃借人の地位を移転させた場合において、請求人が月額賃料及び原状回復義務以外の債務を負担することになることが判明したとき(ただし、債務額が金500,000円以下の場合を除く。)
    • (ハ) 本件滞納法人は、請求人に対し、上記(ロ)のA及びBの事由を解除条件として、本件4教室に存する本件滞納法人の所有する什器、備品等の動産の一切を譲り渡す。
    • (ニ) 本件滞納法人と請求人は、上記(ロ)及び(ハ)の合意について請求人が本件滞納法人に支払うべき対価を金零円とすることを合意する。
  • チ 本件滞納法人と請求人は、平成28年4月26日付で、要旨次のとおりの合意(以下「本件承継合意」という。)をした。
    • (イ) 本件滞納法人と請求人は、本件譲渡合意に基づき、本件4教室の建物(以下「本件建物」という。)の賃借人たる地位(本件建物に関する本件滞納法人と賃貸人との賃貸借契約上の権利義務の一切。敷金・保証金返還請求権を含む。)と本件建物の占有を、平成28年4月26日をもって、本件滞納法人から請求人に移転することを合意する。
    • (ロ) 本件滞納法人と請求人は、本件建物に関する賃料・共益費等の賃貸人に対する債務について、本件建物の占有移転期日までは本件滞納法人が負担し、同占有移転期日の翌日以降は請求人が負担することを相互に確認する。
  • リ 本件滞納法人は、P弁護士らに自己破産の申立手続を委任し、同弁護士らは、平成28年4月26日、当該申立手続を受任した旨の通知を本件滞納法人の債権者及び関係者に送付した。
     なお、本件滞納法人は、平成28年7月○日、Q地方裁判所に破産申立書を提出し、同裁判所は、同年8月○日午後5時、破産手続開始決定をした。
  • ヌ 原処分庁所属の徴収担当職員(以下、単に「徴収担当職員」という。)は、平成28年4月28日、徴収法第142条《捜索の権限及び方法》の規定に基づき、本件各教室内を捜索し、同法第47条第1項第1号及び同法第56条第1項の規定に基づき、本件各fを以下の時刻に差し押さえた(以下「本件各差押処分」という。)。本件各差押処分に係る差押調書には、同差押処分後、徴収担当職員は、同法第60条第1項の規定に基づき、本件滞納法人に対し、本件各fの保管を命じた旨の記載がある。なお、本件各差押処分時における本件滞納国税は別表2のとおりである。
    • (イ) 午後4時29分にJ内にあったf3台
    • (ロ) 午後4時40分にK内にあったf1台
    • (ハ) 午後4時45分にL内にあったf4台
  • ル 請求人は、平成28年7月14日、本件各差押処分の全部の取消しを求めて再調査の請求をしたところ、再調査審理庁が同年10月12日付で同再調査の請求を棄却する旨の決定をしたことから、同年11月10日、審査請求をした。

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2 争点

請求人は、本件各fの譲受けを、本件各fを差し押さえた原処分庁に対抗することができるか(具体的には、請求人は、本件各差押処分の前に本件各fの引渡しを受けていたか。)。

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3 争点についての主張

請求人 原処分庁
請求人は、本件滞納法人から本件各fを譲り受け、次のとおり、本件各差押処分前に本件各fの引渡しを受けているから、本件各fの譲受けを原処分庁に対抗することができる。 請求人が本件譲渡合意に基づいて本件各fの所有権を本件滞納法人から譲り受けた事実は認めるが、請求人は、次のとおり、本件各差押処分前に本件各fの引渡しを受けていないから、本件各fの譲受けを原処分庁に対抗することができない。
(1) 占有改定による引渡しを受けたこと(主位的主張)
 請求人は、平成28年4月26日、本件滞納法人との間で、本件各fの占有を請求人に移転し、現実に引き渡すまでは本件滞納法人が請求人のために占有する旨の本件承継合意をしたので、請求人は、同日、占有改定により本件各fの引渡しを受けた。
(1) 占有改定による引渡しを受けていないこと
 1本件承継合意に係る合意書には、本件建物の占有移転等の記載はあるが、本件各fの占有移転についての記載がないこと、2本件各差押処分時、本件各fには、請求人の所有物であることが明示されておらず、第三者がこれを知り得なかったことからすると、請求人及び本件滞納法人は、本件承継合意において、本件各fの占有改定の合意をしていない。
 したがって、請求人は、本件各fについて占有改定による引渡しを受けていない。
(2) 平成28年4月27日に現実の引渡しを受けたこと(予備的主張1)
 本件滞納法人は、平成28年4月27日、同法人の講師、従業員及びパートタイマー(以下「従業員等」という。)に対して同法人が自己破産すること等を説明し、同法人の従業員等を解雇した。他方、請求人は、同日、本件各教室を請求人の事業所と位置付け、本件滞納法人の従業員等を雇用しており、また、同日以降の従業員等の人件費や本件各教室の賃料を負担している。
 以上によれば、請求人は、平成28年4月27日、本件各教室の運営を自ら始めており、本件各教室及びその教室に設置されていた本件各fの現実の引渡しを受けた。
(2) 平成28年4月27日に現実の引渡しを受けていないこと
 本件滞納法人の従業員等が本件各教室の鍵を所持して施錠及び解錠をしており、本件各教室の占有補助者であったところ、同従業員等は、本件各差押処分当時、本件滞納法人に雇用されていた。なぜなら、本件滞納法人は、従業員等に対し解雇通知を行っていないこと、請求人は、平成28年4月28日までに行った従業員等との面接において同日より雇用するとの意思表示を行っておらず、雇用契約書も作成していないことから、請求人は、本件各差押処分時までに本件滞納法人の従業員等を雇用していなかったからである。
 また、現に、本件各差押処分時において、本件各教室では、本件滞納法人の従業員等が鍵の開閉を行い、入口等に請求人が経営していることをうかがわせる表示等も一切なかったことから、本件各教室の占有が移転していることを第三者が認識できる状態ではなかった。
 以上によれば、平成28年4月27日に本件各fの現実の引渡しを受けたという請求人の主張には理由がない。
(3) 平成28年4月28日午後2時頃に現実の引渡しを受けたこと(予備的主張2)
 請求人は、本件各差押処分前の平成28年4月28日午後2時頃、本件滞納法人の本店事務所において、本件滞納法人から、本件各教室の鍵(スペアーキーを含む。)をまとめて受領したことにより、本件各教室及びそこに設置されていた本件各fの現実の引渡しを受けた。
(3) その他の主張
 本件各fの占有者は、それらが設置された本件各教室の賃借人であると推認されるところ、本件各教室の賃貸人は、請求人との本件各教室に係る建物賃貸借契約の始期が平成28年5月1日であり、本件各差押処分時の賃借人が本件滞納法人であると認識していたので、本件各差押処分時の本件各教室の賃借人は、本件滞納法人である。
 したがって、本件各差押処分時に本件各fを占有していたのは本件滞納法人であり、請求人は、本件各差押処分までに本件各fの引渡しを受けていない。

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4 当審判所の判断

(1) 認定事実

請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 請求人と本件滞納法人は、平成28年4月21日から同月23日までの間に、本件滞納法人が有していた本件4教室の賃借人たる地位を請求人へ移転させることについて、本件4教室の賃貸人から書面により承諾を得ている。また、請求人は、現在までに、当該賃借人たる地位の移転に伴い、月額賃料及び原状回復義務以外の債務を負担していない。
  • ロ 請求人は、平成28年4月26日、本件滞納法人に対し、本件承継合意に係る合意書に記名押印を求め、本件滞納法人の代表取締役は、同日、同合意書に記名押印した。
     しかし、同合意書の文中に記載した本件譲渡合意の日付に誤り(「平成28年4月22日」と記載すべきものを「平成29年4月22日」と記載していた。)があったため、請求人は、翌日の平成28年4月27日に、本件滞納法人に対し、上記誤りを修正して新たに作成した同月26日付の本件承継合意に係る合意書への記名押印を求め、本件滞納法人の代表取締役は、同月27日、同合意書に記名押印した。
  • ハ 請求人の従業員で本件滞納法人からの引継事務を担当していたR(以下「請求人担当者」という。)は、平成28年4月28日午後2時頃、本件滞納法人の本店事務所を訪問し、本件滞納法人の従業員であるSから、本件各教室の鍵を受け取った。その後、請求人担当者は、受け取った本件各教室の鍵を所持していた。

(2) 検討

  • イ 上記1の(3)のヘ及びトのとおり、本件滞納法人は、平成28年4月22日、本件譲渡合意により、請求人に対し、本件各fを含む本件4教室内所在の本件滞納法人所有の動産一式を請求人に対し譲渡した。さらに、上記1の(3)のチ及び4の(1)のロによれば、請求人と本件滞納法人は、平成28年4月26日に本件承継合意に至り、本件滞納法人は、請求人に対し、本件4教室に係る賃借人の地位と本件4教室の占有を移転したことが認められる。なお、上記4の(1)のイの事情によれば、本件譲渡合意における上記1の(3)のトの(ロ)のA及びBの解除条件は、現在までに成就していないことが認められるから、本件譲渡合意は、現時点においても有効である。
     ところで、動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ第三者に対抗することができず(民法第178条)、この引渡しには占有改定も含まれるところ(大審院明治43年2月25日判決・民録16輯153頁参照)、占有改定が認められるためには、占有代理人(直接占有者)がその占有物をある時以降本人のために占有する意思を表示することが必要となる(民法第183条)。
     これを本件についてみると、上記1の(3)のトの(イ)によれば、請求人と本件滞納法人は、請求人において、本件4教室で本件滞納法人が実施していたHの生徒らへのeレッスンを引き継ぐことにより、本件滞納法人の破産申立てが上記生徒らへ及ぼす影響を最小限にすることを目的として、本件譲渡合意及び本件承継合意を行ったと認められる。そうすると、請求人と本件滞納法人は、本件譲渡合意及び本件承継合意を通じて、請求人が引き継ぐ上記eレッスンの実施に不可欠な本件各教室とそこに存する本件各fを含む動産一切を、本件滞納法人から請求人へ滞りなく承継させることを企図していたというべきである。
     そして、請求人と本件滞納法人が、この企図に反して、本件各教室の占有を移転しつつ、そこに存する本件各fを含む動産一切の占有を移転しないことは考えられないことからすると、たとえ、本件承継合意に係る合意書には、本件各fの占有の移転について明示的に記載されておらず、また、本件各差押処分時、本件各fに請求人の所有物であることが明示されていなかったとしても、請求人と本件滞納法人は、本件承継合意により、本件各教室の占有の移転だけでなく本件各教室に存する本件各fの占有の移転にも合意するとともに、本件承継合意の日(平成28年4月26日)以降、本件各教室及び本件各fが請求人へ現実に引き渡されるまでは、請求人のために本件各教室及び本件各fを占有することに合意したものと認められる。
     そうすると、本件各fの直接占有者であった本件滞納法人は、本件承継合意において、本件各fを請求人のために占有する意思を表示したから、請求人は、本件各差押処分(平成28年4月28日午後4時29分から午後4時45分)に先立つ本件承継合意の日(同月26日)に、本件滞納法人から、本件各fの占有改定による引渡しを受けたと認められる。したがって、請求人は、本件各fの譲受けを原処分庁に対抗することができる。
  • ロ なお、念のため、本件各fに係る現実の引渡しについてみると、上記(1)のハのとおり、請求人担当者は、平成28年4月28日午後2時頃に、本件滞納法人の従業員から本件各教室の鍵を受領していることからすると、請求人は、本件各差押処分(同日午後4時29分から午後4時45分)に先立ち、本件各教室の鍵を引き継いだことにより、本件各教室及び本件各教室内に存する本件各fについて現実の引渡し(民法第182条第1項)を受けていたと認められる。
     そうすると、請求人は、この点においても、本件各fの譲受けを原処分庁に対抗することができる。

(3) 原処分庁の主張について

  • イ 原処分庁は、本件承継合意に係る合意書には本件各fに係る記載がないこと、本件各差押処分時、本件各fに請求人の所有物であることが明示されていなかったことから、請求人は本件各fについて占有改定による引渡しを受けていない旨主張する。
     しかし、原処分庁の主張を考慮しても、請求人と本件滞納法人が、本件承継合意により、本件各fの占有の移転等に合意したものと認められることは、上記(2)のイのとおりであるから、原処分庁の主張は採用することができない。
     なお、原処分庁は、持ち運ぶことが困難な動産の物権譲渡の対抗要件としての占有改定について、当該動産の物権譲渡の明認が要件になるかのような主張もする。しかし、動産の物権譲渡の対抗要件を規定する民法第178条や占有改定について規定する同法第183条は、占有改定について明認が必要であるとは規定していない上、持ち運ぶことが困難な動産か否かにより占有改定の要件が異なるとも規定していない。また、当審判所の調査の結果によれば、原処分庁の主張に沿うような判例は見当たらないことが認められる。そうすると、原処分庁の上記主張は、民法の条文や判例に根拠を有しない独自の見解にすぎず、失当である。
  • ロ 原処分庁は、本件各fの占有者はそれらが設置された本件各教室の賃借人と推認されるところ、本件各教室の賃貸人が、請求人との本件各教室に係る賃貸借契約の始期が平成28年5月1日であり、本件各差押処分時の本件各教室の賃借人が本件滞納法人であると認識していたから、本件各教室内に存する本件各fを占有していたのは本件滞納法人である旨主張する。
     しかし、本件各教室内に存する本件各fの引渡し(占有改定あるいは現実の引渡し)は、請求人及び本件滞納法人間でできるものであるから(民法第182条第1項、第183条参照)、請求人が、本件各差押処分に先立って、本件滞納法人から本件各fの占有改定及び現実の引渡しを受けたという上記(2)のイ及びロの認定は、本件各fが存する本件各教室の賃貸人の認識により直ちに左右されるものではない。
     したがって、この点に係る原処分庁の主張は採用することができない。

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5 本件各差押処分の適法性について

上記4の(2)で説示したとおり、請求人は、本件各差押処分の前に、本件滞納法人から本件各fの引渡しを受けており、その譲受けを原処分庁に対抗することができるので、本件滞納法人は、本件各差押処分時に、本件各fの所有権を有していなかったことになる。よって、本件各差押処分は、本件滞納法人に帰属しない財産に対して行われた違法な処分である。

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6 結論

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よって、本件審査請求は理由があるから、原処分の全部を取り消すこととする。

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